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はじめに
急速に進歩したゲノム解析技術をもとに,ゲノムプロファイリング検査(パネル検査)やマイクロアレイ検査など新たな技術を用いた検査が,保険診療のもとで「ゲノム医療」として実装されている1, 2)。本稿では,小児疾患の診療におけるゲノム検査の進歩について概説し,がんを例にその実装体制についても触れる。
2016年に発行された小児内科48巻増刊号「小児疾患診療のための病態生理3」から,早いもので6年の月日が流れた。今,改めて読み返してみると,当時の遺伝子治療再活性化の兆しを深く感ずる次第で,同時にさらなる技術革新による新たな遺伝子治療の発展を期待する文章が数多く見受けられた。事実,この期間中に感染宿主が異なる複数のアデノ随伴ウイルス(adeno associated virus:AAV)由来カプシド蛋白質が同定され,これら抗体価の低いカプシドを利用した静脈投与可能AAVベクターが開発されたことで,多様な臓器を対象としたin vivo遺伝子治療が数多く開発されてきた。さらに,これまで遺伝子治療の理想系と考えられていたが,効果的な手法が存在していなかった変異遺伝子そのものを修復するゲノム編集技術もCRISPR/Casシステムなどが開発され,現在,これらゲノム編集技術を応用した新たな遺伝子治療の可能性が実際の臨床の場で検証されている。ただ,このような遺伝子治療の新たな展開が示されるたび,そこに付随するのが倫理性の問題で,とくにゲノム編集技術を応用した遺伝子治療はその影響が次世代におよぶ可能性があり,その論議は社会全体を巻き込むかたちで進められている。
「誤診」という言葉は,臨床医によっては一番聞きたくない言葉の一つではないだろうか。本稿では,診断エラー学の視点から「誤診」を客観的に捉え直し,「誤診」を減らすための対策を考えていきたい。
2007年,日本からLancetに発表された高血圧症治療薬ディオバンⓇ(一般名バルサルタン)の医師主導臨床試験は,同薬を販売する製薬会社に属する共著者が行った統計解析に疑義が生じた結果,論文の撤回(retraction)となった。利益相反(conflict of interest:COI)の問題が指摘され,その後,大学,官公庁,製薬会社を巻き込んだ大きな議論の末,後述する臨床研究法案の成立をみた。
1 基本病因,発症機序
フェニルケトン尿症(phenylketonuria:PKU)に代表されるフェニルアラニン(phenylalanine:Phe)代謝異常症は,Pheの代謝経路の障害によってひき起こされる 先天性アミノ酸代謝異常症である。Pheの代謝経路が先天的に障害され高フェニルアラニン血症をひき起こす疾患群は,Phe水酸化酵素(phenylalanine hydroxylase:PAH)をコードする遺伝子変異に起因するPAH欠損症とPAHの補酵素であるテトラヒドロビオプテリン(BH4)の合成系あるいは再生系の酵素遺伝子の変異に起因するBH4欠損症とに大別できる1, 2)。
チロシンは,フェニルアラニンから生体内で合成され,最終的にはフマル酸とアセト酢酸,コハク酸となる1)。チロシンの代謝経路は図1に示す通りであり,遺伝性高チロシン血症は,代謝に関わる酵素の遺伝的欠損によって生じる。欠損酵素の違いにより蓄積する物質が異なり,臨床症状も異なってくる(表)。
ホモシスチン尿症は,メチオニンの代謝産物であるホモシステインが体内に蓄積することによって発症するアミノ酸代謝異常症である。本稿ではホモシステインが上昇する代表的疾患である,①シスタチオニンβ合成酵素(cystathionine-β-synthase:CBS)欠損による古典型ホモシスチン尿症,②細胞内コバラミン(ビタミンB12,Cbl)代謝異常症,③5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(methylenetetrahydrofolate reductase:MTHFR)欠損症について解説する。古典型ホモシスチン尿症は高メチオニン血症を指標として新生児マススクリーニング(newborn screening:NBS)が行われているが,ほかの2疾患は高メチオニン血症を呈さないため,現行のNBSでは発見できない。ただしコバラミン代謝異常症でメチルマロン酸血症を伴う病型では,プロピオニルカルニチンが陽性となり,NBSが診断の契機となることがある。
食餌性蛋白質由来のメチオニンはメチオニンサイクル経由でホモシステインを生成する。その過程で生体内でのメチル基転移反応におけるメチル基を供与する重要な役割がある。ホモシステインはその後,硫黄転移経路を通って硫化水素,タウリンなど生体内に重要な生理物質を供給すると同時に,再びメチオニンに戻す再メチル化サイクルにも分岐している(図)。
メープルシロップ尿症(maple syrup urine disease:MSUD,OMIM 248600)は,分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素(branched-chain α-keto acid dehydrogenase:BCKDH)複合体の先天的な活性低下により,分枝鎖アミノ酸(branched-chain amino acid:BCAA)のバリン・ロイシン・イソロイシンとその代謝産物の分枝鎖α-ケト酸(branched-chain α-keto acids:BCKA)の上昇をきたす先天代謝異常症である1)。BCKDHはE1α,E1β,E2,E3の4つの蛋白質からなる複合体である。残存酵素活性やビタミンB1の反応性,ほかの酵素活性低下の合併などにより,古典型,間欠型,中間型,チアミン反応型およびE3欠損の5つの病型に分けられる2)。遺伝形式は常染色体潜性(劣性)遺伝で,わが国での頻度は出生約50万人に1人と考えられている2)。
非ケトーシス型高グリシン血症(nonketotic hyperglycinemia:NKH)は,生後数日以内に始まる意識障害やけいれんといった脳症様症状を呈するため,グリシン脳症(glycine encephalopathy)ともよばれる。NKHは,ヒトのグリシン代謝の主経路であるグリシン解裂酵素系(glycine cleavage system:GCS)の遺伝的欠損が原因であり,体液中のグリシン濃度の上昇が特徴的である。GCSは脳,肝,腎などのミトコンドリアに存在し,グリシンをCO2,アンモンニア,1炭素単位へと分解する。GCSは複合酵素であり,P, T, H, およびL蛋白質と略称される4つの構成酵素からなる。各蛋白質のアミノ酸残基数,遺伝子名,エクソン数,染色体位置を表に示す。P, T, H蛋白質はGCSに特異的であるが,L蛋白はピルビンサン脱水素酵素複合体などの構成蛋白質E3と共通である。L蛋白をコードするDLD遺伝子のノックアウト・マウスは胎生致死で,ヒトにおけるDLD欠損症は全て部分欠損であり,その臨床症状はLeigh脳症となり,高グリシン血症を呈さないことがわかっている1)。実際,L蛋白質欠損によるNKHの報告はない。H蛋白質欠損によるNKHの報告もきわめてまれである。
シトリン欠損症は常染色体潜性(劣性)遺伝疾患であり,原因遺伝子はsolute carrier family 25 member 13(SLC25A13)である1)。
尿素サイクル異常症とは,蛋白質(アミノ酸)代謝の結果生じるアンモニアを解毒している尿素サイクル(尿素合成経路)を構成する代謝酵素(もしくは転送機能)に先天的な異常があり,高アンモニア血症をきたす疾患を指す。高アンモニア血症の症状は,おもにアンモニアの神経毒に起因し,その神経症状(急性脳症もしくは慢性の精神運動発達遅滞,性格変調など)から疑われる。新生児期には,細菌感染と同等に鑑別すべき疾患の一つであり,それ以降の小児救急外来で遭遇する神経症状患者においても常に念頭におく必要がある。治療目標は,アンモニアによる不可逆的な神経障害(後遺症)を残さないことにある。そのためには,早期診断と治療が重要であり,高アンモニア血症の病態生理の理解が重要となる。尿素サイクルを構成する代謝酵素および転送蛋白の種類により疾患分類がなされており,Nアセチルグルタミン酸合成酵素欠損症(NAGSD),カルバミルリン酸合成酵素欠損症(CPS1D),オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症(OTCD),シトルリン血症(Hypercitrullinemia type1:CTLN1=アルギニノコハク酸合成酵素1欠損症:ASS1D),アルギニノコハク酸尿症(ASA=アルギニノコハク酸分解酵素欠損症:ASLD),アルギニン血症(アルギナーゼ欠損症),高オルニチン血症・高アンモニア血症・ホモシトルリン尿症(HHH)症候群,リジン尿性蛋白不耐症,シトリン欠損症(citrullinemia type 2),オルニチンアミノ基転移酵素欠損症(脳回転状脈絡膜網膜萎縮)が含まれる。OTCDはX連鎖性遺伝形式,そのほかはすべて常染色体潜性(劣性)遺伝形式を示す。先天代謝異常症のなかではもっとも頻度が高い疾患の一つであり,尿素サイクル異常症に属する各疾患あわせて約8,000~44,000人に1人の発生頻度と推定されている1)。
リジン尿性蛋白不耐症(lysinuric protein intolerance:LPI,OMIM222700)の基本病因は,二塩基性アミノ酸(リジン,アルギニン,オルニチン)の輸送蛋白の一つであるy+LAT-1(y+L type amino acid transporter-1)の機能異常である1)。
ミトコンドリア病は「ミトコンドリア機能およびエネルギー産生不全によってもたらされるさまざまな臨床的障害に対する総称」であり,およそ5,000人に1人の割合で発症する1)。多くの場合,原因遺伝子の異常に基づき酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation:OXPHOS)の障害がひき起こされ,エネルギー産生が障害され症状が出現する。その原因遺伝子は現在同定されているだけで約400種類にもおよび,かつその病態も多様である。したがって原因遺伝子が同定されその病態がわからないと,創薬の道筋を立てていくことも容易ではない。
ロイシン,イソロイシン,バリンの分枝鎖アミノ酸代謝異常症は,1954年に楓糖尿症が報告されて以来多くの酵素欠損部位が同定されてきた。そのなかでイソ吉草酸血症(OMIM#243500)は1966年にTanakaらにより,ボストン在住の異様な体臭をもつ姉妹のガスクロマトグラフィ・マススペクトロメトリー(GC/MS)分析結果をもとに発見された1)。わが国では1979年に市場らによって,繰り返す嘔吐・意識障害・むれた足の臭いにより,尿中有機酸分析を行い診断された症例が報告された2)。本症は6段階あるロイシン異化過程の第3段階目を触媒しているイソバレリル-CoA脱水素酵素(isovaleryl-CoA dehydrogenase:IVD)の欠損によりイソ吉草酸や関連代謝産物が蓄積し特異な体臭の原因となる(図1)。イソ吉草酸はすぐに3-ヒドロキシイソ吉草酸などに代謝されるため,尿中への排泄は比較的少なく,汗などの分泌物の臭いが強いとされる3)。本症の発見は歴史的に二つの重要な意味を持ち,一つは本症がGC/MSにより診断された最初の有機酸血症であり,この発見を契機に世界各地にGC/MSが設置され新しい有機酸血症が次々と発見されたことである。もう一つはIVDの存在が明らかとなり,ヒトの正常なロイシンの代謝経路が解明されたことである。イソ吉草酸は納豆やチーズの臭いにも含まれ,発作時の汗臭い強烈な体臭の原因であり,イソ吉草酸血症は別名足のむれた臭い(sweaty feet odor),または汗臭い足症候群ともいわれている4)。原因遺伝子であるIVD遺伝子は染色体15q14-15に局在し約15kbで12エクソンからなる。この遺伝子は426アミノ酸からなる前駆体として生成され,その後ミトコンドリアに取り込まれる際に翻訳開始点の上流32アミノ酸が切り取られ394アミノ酸の成熟酵素となる。欧米の遺伝子変異に関する報告では,点変異,フレームシフト変異,スプライス変異など60以上の変異が報告されているが,表現型と遺伝子型の相関は明らかではない。欧米では人種差はあるものの,タンデムマス法による新生児マススクリーニング(NBS)で発見される軽症例・無症状例を含めると約7~13万出生に1人の頻度で発見されている5)。日本での発生頻度はパイロットスタディの結果によると1997~2012年の15年間に3例発見され(スクリーニング数約195万人),約65万人に1人の発生頻度と推測されているまれな疾患である6, 7, 8)。
マルチプルカルボキシラーゼ欠損症は,ヒトで機能する4種のカルボキシラーゼの活性が同時に低下する疾患である。その原因は,ホロカルボキシラーゼ合成酵素(HCS)欠損症とビオチニダーゼ(BTD)欠損症に大別される。HCS欠損症,BTD欠損症ともにビオチンの利用障害により複数のカルボキシラーゼ活性の低下をきたすため,マルチプルカルボキシラーゼ欠損症とよばれる1~3)。
プロピオン酸血症(OMIM #606054)は,必須アミノ酸であるバリン・イソロイシン代謝経路上の酵素プロピオニル-CoAカルボキシラーゼ(EC 6.4.1.3;propionyl CoA carboxylase:PCC)の活性低下によって,プロピオン酸をはじめとする短鎖カルボン酸が蓄積する代表的な有機酸代謝異常症である。PCCはミトコンドリア基質に発現しており,αサブユニットとβサブユニットからなる多量体である。各サブユニットは,それぞれPCCA遺伝子(MIM 232000,局在13q32.3)とPCCB遺伝子(MIM 232050,局在3q22.3)にコードされており,疾患の遺伝形式は常染色体潜性(劣性)を示す。
メチルマロン酸血症は,必須アミノ酸であるバリン,イソロイシン代謝経路上の酵素メチルマロニルCoAムターゼ(EC 5.4.99.2:MCM)の活性低下によって,メチルマロン酸をはじめとする短鎖カルボン酸が蓄積する代表的な有機酸代謝異常症である。メチルマロン酸の蓄積をきたす原因は,①MCM欠損症(MIM #251000),②ビタミンB12の摂取,小腸での吸収・輸送から,MCMの活性型補酵素であるアデノシルコバラミン(コバマミド)合成までの諸段階における障害がある(図)1, 2)。コバラミン代謝異常はcblA~cblGに分類され,cblA,cblBはアデノシルコバラミン合成だけに障害をきたしMCM欠損症と同様の症状・所見を呈するのに対し,メチオニン合成酵素に必要なメチルコバラミンの合成にも影響するcblC,cblFはホモシステイン増加を伴い臨床像を異にする。cblCの責任分子であるMMACHCによる修飾を受けたコバラミン代謝中間体はcblDの責任分子であるMMADHCによって,細胞内局在(ミトコンドリアまたは細胞質)の振り分けを受けるが,このMMADHCの障害では遺伝子変異の位置によって,ホモシスチン尿症単独型(variant1),メチルマロン酸血症単独型(variant2),混合型に分かれる3)。本稿では,MCM欠損症,cblA,cblB,およびcblD(variant2)を対象として取り扱う。いずれも常染色体潜性(劣性)遺伝性疾患である。メチルマロン酸血症は新生児マススクリーニングの一次対象疾患であり,新生児マススクリーニングによる国内での頻度は1/11万人,発症後診断例では国内最多の有機酸代謝異常症と報告されている4)。
脂肪酸β酸化(それにより生成されるアセチル-CoA)からの最終産物は,ケトン体であり,その産生や利用の障害に起因する疾患群をケトン体代謝異常症と総称する1)。ケトン体は,アセトン・アセト酢酸・3-ヒドロキシ酪酸の三者を指す。ただし,アセトンは呼気へ揮発されるため,体内での生理活性を持つ後二者が代謝的には重要である。このアセト酢酸と3-ヒドロキシ酪酸を足したものを血中総ケトン体(total Ketone body:TKB)と称し,ケトン体分画の検査項目で測定可能である。ともに強い酸であり,ケトン体利用障害などで血中に蓄積するとアシドーシスをきたす。一方で,ケトン体は飢餓時にはグルコースをセーブする重要な代替エネルギー源としての役割を持っているため,ケトン体産生障害も問題となる。
グルタル酸血症1型はflavin adenine dinucleotide(FAD)依存性のglutaryl-CoA dehydrogenase(GCDH)の異常による常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとる有機酸代謝異常症で,1975年に初めて報告された。
カルニチン代謝異常症とは通常,脂肪酸代謝異常症のうち,カルニチンの代謝に関連する蛋白や酵素の異常によって惹起される疾患群を指す。通常はカルニチントランスポーター(organic cation transporter 2:OCTN2),カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼI(carnitine palmitoyl transferase I:CPT1),カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼII(carnitine palmitoyl transferaseII:CPT2),カルニチン/アシルカルニチントランスロカーゼ(carnitine acylcarnitine translocase:CACT)の先天的異常によってひき起こされる4疾患を指す。疾患ごとの対応する蛋白や酵素,責任遺伝子,代表的な症状を表に示す1)。
脂肪酸は,心筋や骨格筋における安定期のエネルギーとしてだけでなく,エネルギー需要の高まる長期間の運動,絶食,発熱時に重要なエネルギー源として働く。そのため,ミトコンドリア内での脂肪酸β酸化にかかわる酵素の機能低下は重篤な代謝不全をひき起こす1)。
グルタル酸血症2型(glutaric acidemia type 2:GA2)は,電子伝達フラビン蛋白(electron transfer flavoprotein:ETF)(α,βの2つのサブユニットで構成),またはETF脱水素酵素〔ETF dehydrogenase:ETFDH,別名ETFユビキノン酸化還元酵素(ETF ubiquinone oxidoreductase:ETFQO)〕の先天的欠損により,ミトコンドリア内の複数のアシルCoA脱水素酵素反応が障害される疾患である。原因遺伝子はETFA,ETFBまたはETFDHで,いずれも常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式である1)。国内での発生頻度は48万出生に1人と報告されている2)。
Lesch-Nyhan症候群は,プリン体のサルベージ経路であるヒポキサンチン−グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)が先天的に欠損するために生じ,その結果プリン体の合成が亢進し,高尿酸血症をきたすほか,精神発達遅滞,不随意運動,自傷行為などの神経症状を呈するX連鎖性疾患である。高尿酸血症の機序は,HPRT活性が低下することによりプリン体のサルベージ経路の基質であるグアニン,ヒポキサンチンが再利用されずに尿酸に代謝されるほか,プリンde novo合成の過剰に由来する。サルベージ経路の基質でもあるホスホリボシルピロリン酸(PRPP)がHPRT欠損のために利用されずPRPPの細胞内濃度が上昇すること,サルベージ回路により産生されるIMPが減少することによりde novo合成系のフィードバック阻害が減少することなどによりde novo合成は過剰となる(図1)1)。これらは尿酸の産生過剰をひき起こし,高尿酸血症,腎結石などの原因となる。
1 ペルオキシソーム病
極長鎖飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸のβ酸化,フィタン酸のα酸化,プラスマローゲンの合成,過酸化水素の分解,グリオキシル酸の解毒など生体に重要な代謝機能を有するペルオキシソームの先天性代謝異常であるペルオキシソーム病は指定難病「20. 副腎白質ジストロフィー」と,「234. ペルオキシソーム病(副腎白質ジストロフィーを除く)」に認定されている(難病情報センターウェブサイトより)。従来の副腎白質ジストロフィー遺伝学的検査に加えて令和4年度より23個の病因遺伝子解析がペルオキシソーム病遺伝学的検査として保険収載されている。
ムコ多糖症(MPS)は,50疾患以上ある遺伝性ライソゾーム病の一つである。ライソゾームは細胞内小器官の一つで,細胞内外から取り込まれた高分子化合物を酸性(pH4~5)で加水分解酵素により順序よく分解する。その過程に関連する遺伝子変異により酵素活性が失われると,その酵素に特異的な基質がライソゾーム内に蓄積して細胞の機能障害を起こし,個体として疾患が発症する。MPS-plus症候群を含む8つの病型に分類され(表1),小児慢性特定疾患および指定難病の対象疾患である。
ムコリピドーシス(mucolipidosis)Ⅱ型・Ⅲ型は特徴的な顔貌と,関節拘縮,精神運動発達遅滞や多発性異骨症(dysostosis multiplex)とよばれる特有の骨変化を呈する常染色体潜性(劣性)遺伝性のライソゾーム蓄積症(lysosomal storage disease)である。1967年に,ムコ多糖症のハーラー病に類似するが尿中ムコ多糖の排泄増加が認められない疾患として報告され,患者の皮膚線維芽細胞には多数の封入体(inclusion body)が観察されたためPseudo-Hurler polydystrophyやI-cell病(Iはinclusionの意)とよばれた1)。その後ムコ多糖症とスフィンゴリピドーシスの症状を併せ持つ疾患ということで「ムコリピドーシス」と命名された。ムコリピドーシスにはⅠ~Ⅳの4つの型があり,ムコリピドーシスⅠ型は現在シアリドーシスと名称が変更されている。ムコリピドーシスⅣ型はライソゾーム膜のトランスポーターであるmucolipin-1の変異により引き起こされる別の疾患である。本稿においてはムコリピドーシスⅡ型とⅢ型について解説する。
糖脂質はセラミドとよばれる長い炭化水素鎖をもつ複合糖質であり,①グリセロールを基本骨格とするグリセロ糖脂質,②スフィンゴイド注を基本骨格とするスフィンゴ糖脂質に分類されるが,ガングリオシドは②のうちシアル酸(炭素数9のアミノ糖であるノイラミン酸の誘導体の総称)を含むものの総称。中枢神経系に非常に多く分布し,神経節の意味をとって,ガングリオシドと名付けられた。とくに神経終末や神経突起に多く,主に細胞膜の構成成分とされる。ヒトの中枢神経系のガングリオシドはコレラ菌やボツリヌスの毒素の受容体,ウイルスの感染部位,核酸のリン酸化やカルシウムイオンの移動への関与,免疫細胞の認識機構との関連が明らかになってきており,現在60種以上が同定されているが,GM1,GD1a,GD1b,GT1bが大部分を占め,このうちGM1はライソゾーム酵素によってGM2➡GM3➡ラクトシルセラミドへと代謝されるため(図1A)1, 2),この酵素群の機能不全により細胞内蓄積をきたす。GM1をGM2に分解するβガラクトシダーゼの不全でGM1蓄積症,GM2をGM3に分解するβヘキソサミニダーゼの不全でGM2蓄積症をきたし,これらが代表的なガングリオシド蓄積症(ガングリオシドーシス)とされる。
異染性脳白質ジストロフィー(metachromatic leukodystrophy:MLD)はライソゾーム酵素の一つであるArylsulfatase A(ARSA)の欠損またはSaposin Bの欠損により,その基質であるSulfatideが髄鞘(ミエリン)形成である希突起膠細胞(oligodendrocyte)やシュワン細胞(Schwann cell)に蓄積して細胞死を引き起こし,結果として中枢神経系や末梢神経系に脱髄を引き起こす疾患である。Saposin Bは,その前駆体であるProsaposinより生成され,疎水性が強いSulfatideに結合ARSAとの会合を即す役目をしている。Sulfatideは神経系以外に,胆囊,腎臓などにも蓄積する。脱髄により進行性の運動機能障害,認知機能障害などの神経症状を呈する。ARSAはライソゾームに局在するため本症はライソゾーム病の一つに分類される。ARSA遺伝子は染色体上では22q13.33に局在しProsaposin遺伝子は10q22.1に局在し,常染色体潜性(劣性)遺伝形式で遺伝する。本症は小児期発症の遺伝性脱髄疾患のなかでは頻度が高いほうである。
Niemann-Pick病は,1914年にドイツの小児科医Albert Niemannが,著明な肝脾腫と急速に進行する神経退行から1歳6か月で死亡したユダヤ人乳児を初めて報告し1),1927年にLudwig PickによりGaucher病2型との違いが示され命名された。以降,非神経型が報告され,1961年にはA~Dの4型に分類された。その後,A型とB型は酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症(acid sphingomyelinase deficiency:ASMD)であることが示された。一方,C型とD型は,低比重リポ蛋白(low-density lipoprotein:LDL)コレステロール由来の遊離コレステロールの細胞内輸送障害が病因であることが解明された(Niemann-Pick disease type C:NPC)。1991年にASMDの原因遺伝子SMPD1が同定され,1997年にNPCの95%の原因遺伝子NPC1が,2004年にはNPCの約5%の原因となる遺伝子NPC2が同定された(表1)。ASMDとNPCについて,それぞれ別記する。
Gaucher病(Gaucher disease)は,先天代謝異常症の一つで,ライソゾームに存在する加水分解酵素の一つであるグルコセレブロシダーゼ(Glucocerebrosidase:GBA,または酸性β-グルコシダーゼともよばれる)の遺伝的欠損または活性低下により発症する。GBAは基質であるグルコセレブロシド(Glucocerebroside:Glc-Cer)をグルコース(Glc)とセラミド(Cer)に分解する働きを有するため,Gaucher病では,おもに肝臓や脾臓などの臓器で,マクロファージ系の細網内系細胞にGlc-Cerが蓄積し,貧血,血小板減少,肝腫大,脾腫,骨合併症などを呈する(図)。一方,中枢神経系ではグルコシルスフィンゴシン(Glucosylsphingosine:Glc-Sph)が蓄積すると考えられており,先に示した全身症状に加えて神経症状を合併する場合があり,神経症状の有無で3つの病型に分類される(表1)1)。神経症状を呈さない非神経型である1型,若年齢で発症し急速に進行する急性神経型である2型,そして,2型よりは神経症状の発現が緩徐に進行する亜急性神経型の3型に分類される。ただし,2型と3型は明確な区切りが存在するわけではない。オランダの報告によると,有病率は10万人あたり1.16人と推定されており,その90%は1型である2)。GBA遺伝子は,1番染色体上に存在し,現在までに400以上の遺伝子変異が報告されている。遺伝形式は,常染色体潜性(劣性)遺伝をとり,性差はないが,人種差がある。ユダヤ人Gaucher病患者では,GBA遺伝子の軽症型に関連するN370S変異が約70%を占めており,日本人Gaucher病患者ではこの変異を認めず,重症型に関連するL444PとF213Iの変異が約60%を占める。3型と診断された日本人Gaucher病患者のうち約43%は,初診時に1型と診断されており,そのほとんどはL444PとF213I変異を保有していたと報告されている。GBA遺伝子変異の種類により,臨床病型と相関するとも考えられており,日本人Gaucher病患者では欧米人Gaucher病患者に比較して神経型や重症型が多い3, 4)。
Fabry病は,ライソゾーム酵素の一つであるαガラクトシダーゼA(α-galactosidase A:GLA)の遺伝子異常により発症する,X連鎖遺伝形式の先天代謝異常症である。GLAの遺伝子異常により,GLAの酵素活性が低下し,その基質であるグロボトリアオシルセラミド(globotriaosylceramide:Gb3)が血管内皮細胞,自律神経節,汗腺,腎臓,心筋,角膜などに蓄積することによって,表1のような臨床症状を発症する1)。
Krabbe病は1916年,オランダ神経学者Knud Krabbeにより最初に報告され1),1970年にSuzukiらにより欠損酵素が同定された遺伝性脱髄疾患である2)。ライソソーム酵素,ガラクトセレブロシダーゼ(galactocerebrosidase;EC3.2.1.46)の欠損により,中枢,末梢の神経線維の脱髄をきたし,中枢,末梢神経障害をきたす常染色体性潜性遺伝(劣性遺伝)形成の疾患である。本酵素の遺伝子はGALCで染色体14q31に位置する。頻度は10~20万人に1人程度と考えられる。本酵素の基質は糖脂質であるガラクトセレブロシド(Gal-Cer),サイコシンなどがあり,とくに後者の蓄積がミエリン形成細胞に対する細胞毒性を持つため,脱髄が発症すると考えられている。酵素と基質の結合に必要な因子として,活性化因子saposin A(SAP-A)が知られているが,このSAP-A遺伝子の変異によっても若年発症のKrabbe病とほぼ同じ症状となることが報告されている3)。ただし,大変まれであり国内症例の報告はまだない。
Pompe病は,グリコーゲンをグルコースに分解するライソゾーム酵素である酸性α-グルコシダーゼ(acid α-glucosidase:GAA)の先天的欠損もしくは活性低下を病因とする先天性代謝異常症である1)。責任遺伝子は,17q25.2-q25.3に位置するGAA遺伝子であり,常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとる。わが国でのPompe病患者数は約120名で,発生頻度は0.11/100,000と推定されている2)。
糖原病はグリコーゲン代謝経路(図)の酵素やトランスポーターの異常によりグリコーゲンの合成と分解の障害が引き起こされる先天代謝異常症である。肝が罹患する糖原病(肝筋型を含む)には,0a型,Ⅰ型,Ⅲ型,Ⅳ型,Ⅵ型,Ⅸ型糖原病があり,表に示す遺伝子の異常により発症する。糖原病I型はグルコース-6-ホスファターゼ(G6Pase)機構の障害,糖原病Ⅲ型はトランスフェラーゼ活性(4-α-グルカントランスフェラーゼ)とグルコシダーゼ活性(アミロ-α-1,6-グルコシダーゼ)を有するグリコーゲン脱分枝酵素欠損,糖原病Ⅳ型はグリコーゲン分枝鎖酵素欠損,糖原病Ⅵ型は肝グリコーゲンホスホリラーゼ欠損,糖原病Ⅸ型はホスホリラーゼキナーゼ(PhK)欠損,糖原病0a型は肝グリコーゲン合成酵素欠損により発症する1)。
ガラクトースは単糖類の一種であり,グルコースとともに乳糖を構成する。母乳や乳製品に含まれる乳糖は,腸管上皮細胞刷子縁のガラクトシダーゼによってグルコースとβ-D-ガラクトースに分解された後に,SGLT1やGLUT2を介して体内に吸収される。吸収後に門脈を介して肝臓に流入したガラクトースは,90%以上が初回通過効果で肝細胞内に吸収されるため,生理的には肝静脈内の血液にはほとんど存在しない。ガラクトースはGLUT2を介して肝細胞内に取り込まれる。肝細胞内に取り込まれたガラクトースはLeloir pathway(図1)によって代謝され,解糖系や糖鎖形成の基質などとして生体内で利用される。なおガラクトースは脳糖とよばれるように,糖鎖合成の基質として脳神経系の発達に重要な役割を果たしていると考えられている。
フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ1(fructose-1,6-bisphosphatase 1:FBP1)は,糖新生系の律速酵素の一つで,フルクトース-1,6-二リン酸からフルクトース-6-リン酸への変換を行う(図)。フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ欠損症(OMIM 229700)は,染色体9q22.32に座位するFBP1遺伝子の病的バリアントに起因し,常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとる。FBP1遺伝子解析では,c.959dupGが日本人を中心とする高頻度バリアントとして認められている1)ほか,多彩な遺伝子型が報告されているが2),表現型との関連は明らかでない。1970年にBakerとWinegradによって最初の症例が報告され3),発症頻度は1~9/100,000人とされている4)が,正確な頻度は不明である。
胆汁酸とは,肝臓でコレステロールより生合成されるステロイドの1群である。胆汁酸代謝異常症とは,この生合成経路の遺伝性酵素欠損を1次性の病因とするもので,常染色体潜性(劣性)遺伝形式を示す遺伝性疾患である。胆汁酸生合成経路の遺伝性酵素欠損により,異常胆汁酸もしくは胆汁アルコールが蓄積する。異常胆汁酸は細胞毒性が強く,肝臓を中心にさまざまな臓器障害をひき起こす。異常胆汁酸の蓄積により,肝細胞が障害を受け胆汁うっ滞型肝障害をひき起こす1)。
Wilson病は,常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとる先天性銅代謝異常症の代表的疾患である。肝レンズ核変性症ともよばれることがあるが,Wilson博士が1912年に雑誌「Brain」に本疾患について報告したことからこの名がついた1)。肝臓ならびに中枢神経をはじめとする体内の種々の臓器に銅が過剰に蓄積することにより生じる疾患である。本症は進行性の疾患であり自然歴では予後不良な疾患であるが,治療が可能な数少ない遺伝病のひとつでもある。銅キレート薬や亜鉛薬による内科的治療法が確立されている。
両疾患は,X染色体潜性(劣性)のATP7A遺伝子異常症で,原則患児は男児であるが1),極まれに女児の報告がある2)。発症頻度は,Menkes病(menkes disease:MD)は男児出生約13万人に1人,occipital horn症候群(occipital horn syndrome:OHS)は男児出生約68万人に1人である2)。OHSは遺伝子変異としてスプライトサイト変異やミスセンス変異が多く,ATP7Aの活性がある程度残存しており,症状が軽い2)。
現代の小児神経疾患の診療において遺伝子診断は重要な診断手法となっている。遺伝性疾患のほとんどは希少疾患(わが国の患者数5万人未満と定義)であり,希少性を条件とする指定難病において神経疾患は80程度が知られている。これらは,患者数が少ないために診断が困難である。遺伝性希少神経疾患の多くは,染色体コピー数異常または単一遺伝子異常を原因とする。これらは,ゲノム解析の進歩により原因となる染色体領域や遺伝子が多数同定されており,遺伝学的検査による診断が可能となってきている。原因不明の知的発達症,先天性多発形態異常において,微細な染色体のコピー数の異常に起因することが多く報告されている1)。身体診察,血液・尿・髄液検査,画像検査による評価は,診察者の技術,多様な患者個体,評価時間により差異や変化を伴う。そのため典型的な症例を除いて,診断は確定的とはいえない。一方で,遺伝子診断はこういった差異や変化は認めず,病因遺伝子の異常の有無で評価可能であり,診断が確定的となる。小児慢性特定疾病,指定難病の診断基準に遺伝学的検査が含まれるものも存在する。保険適用疾患も増えており,2021年にはマイクロアレイ染色体検査(chromosomal microarray:CMA)が保険収載され,小児神経診療において遺伝学的検査を用いて診断する機会が増えている。
神経管閉鎖不全とは,胎生3~8週の神経管形成時期に脊椎や脊髄の形成が障害されることにより生じる病態である。脊椎の構成要素である椎弓や椎体の形成不全により,脊椎管が開放した状態を二分脊椎といい,この状態により症状が出現しているまたは症状が出現する危険がある状態を二分脊椎症という。二分脊椎を介して脊髄や髄膜などの脊椎管内の構造物が脊椎管外に脱出したり,脂肪組織や皮膚などの脊椎管外の構造物が脊椎管内に迷入し脊髄を牽引することにより,さまざまな症状を生じる。代表的な疾患は,腰背部に皮膚欠損を有し脊髄や髄膜が露出している脊髄髄膜瘤であり,このように外観から二分脊椎が明らかな病態を顕在性二分脊椎(図1A)という。これに対して外観だけでは診断が困難な病態を潜在性二分脊椎(図1B)とよぶ。潜在性二分脊椎のなかには脊髄脂肪腫や先天性皮膚洞があり,腰背部正中に皮下腫瘤や血管腫などの皮膚異常を伴うことが多い。本稿では,神経管閉鎖不全のなかで頻度の高い脊髄髄膜瘤と脊髄脂肪腫について,その病態生理と診療方針について解説する。
脳,とくに大脳は,多数の分子が時期と部位特異的に発現し,神経管形成,腹側誘導,細胞産生,細胞移動,細胞分化(領域特異化),回路網形成を経て形成される。全前脳胞症は腹側誘導の障害,滑脳症と異所性灰白質は神経細胞の産生部位から皮質への移動障害が原因である。脳梁は胎生8~14週に軸索が伸長し,半球間で交差して形成される。脳梁欠損は軸索の伸長交差障害である。大脳新皮質における神経細胞移動は胎生期前半(6~20週)に完了する。左右対称性の古典型滑脳症と皮質下帯状異所性灰白質の多くは遺伝性である。遺伝子によっては,神経細胞の移動以外に神経管形成から始まるさまざまなステップに作用し,たとえば細胞産生の異常では先天性の小頭症を,軸索伸長障害では脳梁欠損を併発し,原因遺伝子ごとに特徴的な形態異常を示す1)(表)。胎内感染,放射線被曝,薬物,出血,低酸素虚血など環境性や代謝異常症の二次変化でも生じる。
1 はじめに
1.基本病因・発生機序1, 2)
神経系の原基となる神経管は,前方から前脳胞,中脳胞,菱脳胞の3つの拡張部(一次脳胞)と脊髄に分化していき,発生5週までにさらに前脳から終脳と間脳,中脳はそのまま,菱脳からは終脳と髄脳が生じる。頭尾方向のパターン形成はホメオボックス遺伝子の組み合わせにより行われ,菱脳には8つの菱脳分節が生じる。中脳と後脳の境界は背側壁が陥入した菱脳峡となり,橋屈が終脳と髄脳の境界となる。終脳からは橋と小脳が生じる。終脳の背側の翼板の背外側に形成される菱脳唇から小脳板が生じ,小脳となる。髄脳からは延髄が生じる。
1.定義
水頭症とは,「脳室系での髄液生成部位から体循環への再吸収部位までにおける髄液循環機能不全」が原因で,過去あるいは現在において脳圧が亢進したことで生じる脳神経機能障害を総括した「病態」を指す1~3)。水頭症には,先天異常・感染性・腫瘍性など多種多様な病因が内包される。
脳脊髄液減少症をみたことのある小児科医はきわめてまれであると思われる。この疾患が小児科医の中に認知されていないからであろう。起立性調節障害,起立性頻脈症候群,片頭痛と診断されている症例の中に,一定数の脳脊髄液減少症が含まれていると考えられる。脳脊髄液減少症は,脳脊髄液がある閾値以下に減少することにより頭痛,めまい,吐き気,視覚障害,倦怠,記憶障害などの多彩な症状を呈する疾患である。原因の多くは脳脊髄液漏出である1)。高度の脱水により脳脊髄液産生が低下する例もある。脳脊髄液の漏出は,原因が特定できない特発性と,交通事故,スポーツ,転倒などの外傷に起因する外傷性がある。外傷性には検査や治療による腰椎穿刺も含まれる。小児では,体育授業(マット運動,とび箱,組体操,柔道など)やクラブ活動(バスケットボール,サッカーなど)による外傷が契機になる例が多い。脳脊髄液の減少,髄液圧の低下,脳脊髄液の循環障害のいずれが症状をひき起こすのかはよくわかっていない。特発性低髄液圧症候群の場合,頻度は年に人口10万人につき2~3人といわれているが,診断にいたらない例が多くあり頻度はもっと高いと思われる2)。外傷性は特発性より多い。小児例の頻度は不明であるが成人より多いのではないかと思われる。小児ではくも膜・硬膜形成が成熟しておらず,動きが活発で外傷の機会が成人に比べ多いからと推測される。成人では女性に多いが,小児例では男女差はみられない3, 4)。
脳,脊髄の周囲には脳軟膜・くも膜・硬膜があるが,このうちのくも膜が囊胞状となった状態をくも膜囊胞という。先天的なものと,外傷などの後にできる二次性のものがある。先天的なものは胎生期にくも膜が形成されるときに袋状となり,その一部がone way valve状となるためと考えられている。なぜ,one way valve状となるかはわかっていない。囊胞内には脳脊髄液が貯まっているが,やや蛋白濃度が高い場合があり,そのことから髄液が囊胞内でトラップされるメカニズムが囊胞拡大に関与していると考えられる。一般的には小児期に徐々に拡大する症例が多く,大人になってから大きくなる症例は少ないと考えられている。
新生児や乳幼児では,さまざまな中枢神経系疾患,あるいはそのほかの疾患が原因で,経過中にいわゆる硬膜下液貯留(subdural fluid collection:SFC)という現象が起こることがある。SFCとは,硬膜とくも膜の間に液体が貯留した状態を指し,単一の疾患ではなく外傷,水頭症,髄膜炎,代謝性疾患など多種の原因によりひき起こされる一つの病的な状態像と解釈すべきである1)。外傷によるものをsubdural hematoma,炎症によるものをsubdural effusion,血液を含まず新生膜のないものをsubdural hygromaとよぶこともあるが,乳幼児ではこれらの区別は必ずしも明確ではなく,時期により貯留液の内容や,被膜形成が変化することが多いため,総称してSFCとよばれている。硬膜下水腫(subdural effusion)と硬膜下液体貯留(subdural fluid collection)を同義語として使用している場合もある1)。
結節性硬化症(tuberous sclerosis complex:TSC)は神経皮膚症候群の1つで,全身の臓器に過誤組織(hamartia)とよばれる局所性形成異常(focal dysplasia)と,過誤腫(hamartoma)とよばれる良性の腫瘍(neoplasia)が多発しやすい特徴を有する(表1)。TSCの古典的三徴は,顔面血管線維腫,てんかん,知的発達症である。しかし三徴がすべて揃っている患者は30%くらいと少なく,臨床症状・経過は患者により多様である。
Sturge-Weber症候群(Sturge-Weber syndrome:SWS)は非遺伝性の先天性神経皮膚症候群で,20,000~50,000例の出生に1例程度で発症し,その頻度に人種差や性差は報告されていない。顔面のポートワイン母斑(port-wine stain:PWS)・緑内障・頭蓋内髄軟膜血管奇形を3徴とする。前額部のPWSは1,000例出生のうち3例ぐらいに発症するが,そのうち5~15%がSWSのほかの症状を呈するといわれている。
神経線維腫症1型(neurofibromatosis 1:NF1,von Recklinghausen病)は皮膚の多発性café-au-lait斑を特徴とし,皮膚の神経線維腫,叢状神経線維腫をはじめ,中枢神経など各種臓器に多彩な病変を生じる常染色体性顕性(優性)遺伝性の疾患である。神経線維腫症2型はまったく別の疾患で,両側の聴神経鞘腫を特徴とし,中枢神経に腫瘍が多発するが,神経鞘腫,髄膜腫などが主体で神経線維腫を生じることはないので,疾患名としては適切ではない。
髄膜炎の病態は,くも膜と脳軟膜に囲まれたくも膜下腔における炎症であり,一般には髄腔内への炎症細胞の浸潤(髄液細胞数の増加)により評価する。髄液細胞数の増加があり,細菌が検出されたものが細菌性髄膜炎,真菌が検出されたものが真菌性髄膜炎であり,細菌や真菌が検出されないものが無菌性髄膜炎である。無菌性髄膜炎の多くはウイルス性髄膜炎である。
ウイルス性脳炎(viral encephalitis)とは,ウイルス感染によって起こる脳実質の炎症の総称である1)。その発症機序は,大きく2つに分けられ,ウイルスが中枢神経系に直接感染するもの,ウイルス感染後の宿主の免疫学的機序を介するものがある。後者には,急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)などがあり,別稿(Ⅲ.神経疾患 急性散在性脳脊髄症)を参照してもらいたい。一方で,類似の疾患名で,脳症(encephalopathy)があるが,脳浮腫による機能障害によって意識障害,けいれんなどを呈する疾患を指す。その精細は,次稿(Ⅲ.神経疾患 14.急性脳症)を参照していただきたい。
小児急性脳症診療ガイドライン20161)では,急性脳症は以下のように定義されている。
近年の抗体検出技術の進歩は,脳炎,精神疾患,けいれん発作,運動障害および認知障害などの診断に応用されている。とくに抗NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体抗体に代表される神経細胞表面またはシナプスタンパク質に対する自己抗体は「ニューロン表面抗体」(neuron surface antibody:NSA)として注目されている1)。NSAによる自己免疫性脳炎の病態の研究では,自己抗体が受容体の内在化を誘発するか,抗原結合部位をブロックし,ほかの受容体を減少させることを示している2)。これらの抗体が除去されると可逆的な経過をとり,自己免疫性脳炎患者の免疫治療に対する反応性が良好であることを説明できる。
小児における脳膿瘍はまれな疾患であり,結果としてそのマネジメントは大部分が臨床経験やケースシリーズの結果に基づいて行われている。脳膿瘍全体の25%が15歳未満の小児とされ,過去の報告では4~7歳にピークがあるとされていたが1),近年では1.5歳と11.0歳にピークがある二峰性の分布という報告がある2)。わが国での正確な発生数は統計がないため不明であるが,海外では10万人あたり0.3~1.3人という報告がある3)。大部分の患者では素因があり,基礎疾患(HIV感染など),免疫抑制薬治療,脳周囲の自然防御機構の破綻(手術,外傷,乳突蜂巣炎,副鼻腔炎,歯性感染),または全身の感染源(心内膜炎,菌血症)により生じる。
1 基本病因
小児において,脳卒中はきわめてまれな病態である。その頻度は10万人あたり1.2~13症例ほどと報告されており,そのうち約半数が出血性脳卒中といわれている1)。一般的に,外傷による脳出血は “脳卒中” は含まないため,“出血性脳卒中” = “非外傷性脳出血” と解釈してよい。小児の出血性脳卒中の原因は多岐に渡り,成人と大きく異なる(表)。成人では,高血圧が原因の上位を占めるが,小児では脳血管奇形(脳動静脈奇形など)・出血性素因(白血病など)が原因として考えられる。
動脈性虚血である脳梗塞(arterial ischemic stroke:AIS)と静脈洞血栓症(cerebral sinovenous thrombosis:CSVT)について概説する。小児期と周産期で原因や治療などが異なるため,分けて解説する。
1.病 因
もやもや病は両側内頸動脈終末部の慢性進行性狭窄と,それに伴い側副路として発達した脳底部異常血管網の形成を特徴とする疾患である。1960年代にわが国から世界に向けて発信された疾患であり,現在では国際的にもよく知られた脳血管障害である。もやもや病の命名は,脳底部異常血管網が脳血管撮影において立ちのぼる煙草の煙のように「もやもや」と見えたことに由来する。もやもや病の病因は長らく不明であったが,2000年以降,遺伝子解析が積極的に行われ,2011年に17番染色体長腕上(17q25.3)に位置するring finger protein 213(RNF213)遺伝子が感受性遺伝子として同定された1)。一方で,もやもや病発症には遺伝子の感受性要因のみでは不十分であり,さらなる病因解明に向けて現在,研究が進められている。
急性小児片麻痺は,1897年にFreudが「遺伝的素因のない生来健康な生後数カ月~3歳の小児において突然片麻痺を呈し,初期症状は発熱やけいれん性発作,嘔吐,失語などの言語障害,意識障害を認め,そののち,てんかん発作を認める。病因は不明だが,感染症と同時に起こる」と記載したとされ,副鼻腔炎,乳様突起炎などの局所感染症に伴うことが報告されていた1)。そののち,脳病理では片側大脳の萎縮や囊胞性変化を,気脳造影図 (air encephalogram)では側脳室拡大や脳溝の開大を,動脈造影では脳動脈の狭小化を認めたとする症例報告がされ,脳血管障害の関与が示唆された1~4)。そしてGastautらにより,片麻痺後にてんかんを発症するhemiconvulsion-hemiplegia-epilepsy症候群(HHE症候群)が提唱された5)。Aicardiらは,けいれん性発作の先行する症例は3歳未満の低年齢発症で,臨床経過はHHE症候群に類似すること,また,けいれん発作の先行しない症例は発症年齢がさまざまで,脳血管の異常を認め,遠隔期のてんかん発症は少ないことを報告した6)。近年,画像診断技術や遺伝学的検査技術の進歩により,鑑別すべき原因疾患が多彩であることがわかってきた。原因疾患を大別すると,①急性脳炎脳症型,②脳血管障害型,③その他,に分類される(表)。
1 定義・概念
脳動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM)は,胎生早期に発生する脳血管系の先天異常といわれている。毛細血管を介すことなく動脈系と静脈系とが異常血管塊(nidus)により直接吻合する。脳血管造影では,1~数本の流入動脈(feeder)からnidus,導出静脈(drainer)が動脈相早期に描出される。
中枢神経の大多数を占めるグリア細胞(オリゴデンドロサイト,アストロサイト,ミクログリア)の遺伝性疾患は,大脳や小脳の “白質” が主たる罹患部位であることから遺伝性白質変性症と総称される。それらは髄鞘形成不全による白質変性症(先天性大脳白質形成不全症)と脱髄による白質変性症に分けることができ,後者にはライソゾーム病やアミノ酸代謝異常症などの多くの病態が含まれる1)。本稿では前者の先天性大脳白質形成不全症について述べる。国内で行われた疫学調査ではわが国での発症率は,10万人出生あたり0.78人であり,そのうち頻度がもっとも多いのはPelizaeus-Merzbacher病(PMD)で,10万人出生あたり0.26人であり,海外からの報告とほぼ同様である2)。
亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)は,麻疹の脳内持続感染による遅発性ウイルス感染症である。最初の報告から約30年後に患者組織からパラミクソウイルス様のヌクレオカプシドが発見され1),ついで患者血清および髄液の麻疹抗体価上昇が報告され,麻疹が病因に関与していることが明らかとなった2)。麻疹罹患後,数年の潜伏期間を経て発症し,亜急性に進行して末期にいたる。根治療法は確立されていないものの,麻疹の予防接種により回避可能な疾患である。
急性小脳失調症(acute cerebellar ataxia:ACA)は,おもに小児期に,急性の小脳失調症状を呈する疾患である。通常6歳以下,多くは2~4歳の小児に生じるが,より年長児・成人での発症もある。年間発症率は10~50万人に1人1)で,小児の失調の原因としては30~50%と最多である。
急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)は,炎症性脱髄が原因と推定され,中枢神経系の複数の病巣に由来する症候を認める単相性の急性脳脊髄炎である1)。ADEMは全年齢で発症し得るが,思春期前の小児に多く認められる。わが国では,小児ADEMの罹患率は年間0.40人/小児10万人,平均発症年齢は5.5歳であり,男児に多い(男:女比2:1)2)。
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)・視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitis optica spectrum disorder:NMOSD)は,自己免疫学的な機序が想定されている中枢神経系の炎症性疾患である。女性に好発し,MSのわが国での有病率は,欧米のそれより低いものの,患者数の増加が指摘されており,その背景には,疾患概念の普及や,食習慣の欧米化などが指摘されている。その正確な発症機序は明らかではないが,何らかの中枢神経系の抗原に対する免疫反応と考えられており,遺伝的要因(ヒト白血球抗原),環境要因(EBウイルス感染,喫煙,ビタミンD,紫外線,食事)が複雑に関与して発症する多因子疾患であると考えられている。2016年に報告されたわが国の小児脱髄疾患の調査によると,同定された439人の後天性脱髄疾患のうち,多発性硬化症は117人とされる(有病率は10万人小児あたり0.69人)1)。わが国での成人MS患者はおおむね1万人程度と見積もられているため,MS全体からみると,小児例は非常に少ない。また,欧米の報告によると,MSの3~10%は18歳未満で発症するとされ,発症年齢が低いほど,男児の割合が多く,精神症状やけいれん発作を伴うケースも増え,他方,思春期になるほど,成人例と同様に女性優位性がはっきりしてくるとされる2)。さらに,発症から二次進行型への移行は,成人例より時間を要するが,発症時期が低年齢であるため,より若年で二次進行型に移行しやすいとされている3)。
脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)とは,運動失調あるいは痙性対麻痺を主症状とし,原因が,感染症,中毒,腫瘍,栄養素の欠乏,形成異常,血管障害,自己免疫性疾患などによらない疾患の総称である1)。SCDは発症頻度の低い疾患で2),遺伝性と孤発性に分けられる。SCDは脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)と同義に用いられるので以下SCAと記載する。
A群β溶血性レンサ球菌(groupA B-hemolytic Streptococcus:GABHS,溶連菌)は,咽頭炎,肺炎,皮膚感染症,心内膜炎などの多くの疾患をひき起こすグラム陽性好気性細菌である。続発症として,リウマチ熱,急性糸球体腎炎もみられる。小舞踏病1)およびpediatric autoimmune neuropsychiatric disorders associated with streptococcal infection(PANDAS)2)は,GABHS感染症に伴い自己免疫性機序が関与して生じると推定されている中枢神経系の病態である。
大脳基底核は,線条体(尾状核,被殻),淡蒼球,黒質,視床下核からなり,随意運動,筋緊張,大脳高次機能を調節している。線条体と視床下核が大脳基底核の大脳皮質からの入力部であり,興奮性入力を受けている。淡蒼球内節と黒質網様部が大脳基底核の出力部であり,視床を介して大脳皮質へ,脳幹を介して脊髄に興奮性出力を投射している。この投射にはグルタミン酸,ドパミン,γアミノ酪酸(gamma-aminobutylic acid:GABA)の3つの神経伝達物質が関与する。
Rett症候群は,1966年にオーストリアの小児神経科医Rettによって初めて報告された疾患1)で,おもに女児に発症し,乳幼児期から始まる姿勢や協調運動の障害,対人関係の障害,常同運動,てんかんなど多彩な症状を年齢依存性に呈し,それまでできていたことができなくなる退行を特徴とする疾患である。Rett症候群の原因遺伝子として,methyl CpG binding protein 2(MECP2)遺伝子が1999年に報告された2)。現在世界的に用いられている診断基準3)で典型的Rett症候群と臨床診断された患者の約95%はMECP2遺伝子異常である。約5%には,30を超える多くの原因遺伝子が報告されている4)。
1.脳性麻痺の定義
1968年の厚生労働省の定義では,脳性麻痺とは「受胎から新生児期(生後4週間以内)までの間に生じた脳の非進行性病変に基づく,永続的なしかし変化しうる運動および姿勢の異常である。その症状は満2歳までに発現する。進行性疾患や一過性運動障害,または将来正常化するであろうと思われる運動発達遅延は除外する」とある。一方,2004年の国際的なコンセンサスに基づく定義には「発達期の胎児または乳児の脳に生じた非進行性の病変による運動と姿勢の発達の永続的で活動を妨げるような障害の一群を指す」(傍線部分が前述の定義と異なる)とあり,続いて「脳性麻痺の運動障害はしばしば感覚,知覚,認知,コミュニケーション,行動の障害およびてんかん,二次的な筋骨格の問題を伴う」と記載されている1)。
呼吸不全または循環不全などにより,十分な酸素供給が行われず,脳障害をきたした病態を低酸素性脳症(hypoxic encephalopathy:HE)という。通常,組織への血流低下(虚血)と血液の酸素運搬能の低下(低酸素血症)の2つの病態が混在していることが多く,低酸素性虚血性脳症(hypoxic-ischemic encephalopathy:HIE)ともいわれる。
てんかんは有病率が1%といわれており,全ての臨床医が遭遇する可能性があるcommon diseaseである。てんかんの有病率は出生直後がもっとも高く,20歳前後においてもっとも有病率が下がり,そののち再上昇していく。50歳前後で出生児の有病率になり,そののち,その頻度は増加していく(図1)。とくに成人期まで持ち越す難治性てんかんの多くは,小児期に発症する。以上から,小児科療育でのてんかん診療は,一般的素養として基本は抑えておきたい。
1 定 義
熱性けいれんはおもに生後6~60カ月に起こり,通常は38°C以上の発熱に伴う発作性疾患(けいれん性,非けいれん性を含む)と定義され,髄膜炎などの中枢神経感染症,先天代謝異常,そのほか明らかな発作の原因がみられるものは除外される1)。てんかんの患者でも発作が熱で誘発されることはあるため,すでにてんかんと診断されている場合は,有熱時発作でも熱性けいれんとはよばないほうがよい。最近は英語でfebrile convulsionよりfebrile seizureと表記されることが多く,非けいれん性発作も含むことから,日本語でも熱性発作とよぶ方が正確とも思われる。
グルコーストランスポーター1欠損症(glucose transporter 1 deficiency syndrome:Glut1DS,OMIM606777)は,1991年にDe Vivoにより初めて報告された1)。これは,乳児期発症の難治てんかんと種々の運動異常を合併した患者2人で,髄液糖低値と,赤血球膜表面上のGlut1の発現量と機能の低下を認め,グルコースの代替エネルギーとなるケトン食療法により,てんかんと運動異常が改善した症例報告である。1998年には,原因遺伝子SLC2A1,遺伝子座1p34.2が判明した。遺伝形式は,新規突然変異例と,常染色体顕性(優性)遺伝形式で遺伝する家族例が多く,ごくまれに常染色体潜性(劣性)遺伝形式の家族例の報告もある。
わが国の小児の片頭痛有病率は3.5~5%とされているが,世界各国の小児片頭痛の有病率は4.0~19.2%とさまざまである。男女比は小児期には性差が乏しく,思春期以降にホルモンの影響で女性が明らかに多くなる傾向にあり,生活支障度も高くなる。周期性嘔吐症候群(cyclic vomiting syndrome:CVS)の有病率は0.3~4%程度とされ,10歳ごろから周期性嘔吐症候群から片頭痛に移行し,約8割が18歳までに片頭痛に移行するといわれている1)。明らかな性差はないが,小児期ではやや男子に多い傾向にある。
後天性失語症とは,もともと正常な言語機能を獲得したのちに生じた,なんらかの脳損傷による言語障害を指し,意識障害がなく,聴力の異常がないにもかかわらず言語表現や言語理解に障害がある状態である。一般的には,二語文を話し始める2歳以降の小児に前述した症候が生じた場合を失語症といい,それ以前に生じた先天的異常,周産期異常などが言語障害の原因である場合は除外される1)。
急性横断性脊髄炎(acute transverse myelitis:ATM)は脊髄の炎症性病巣の存在位置に応じた横断性脊髄症状(対麻痺,四肢麻痺,脊椎のあるレベル以下の感覚障害,運動障害)が急性または亜急性に出現する中枢性脱髄疾患である。
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)は,脊髄前角細胞の変性による神経原生の筋萎縮症である。体幹・四肢の近位部優位の筋力低下,筋萎縮,脱神経症状(舌の線維束性収縮,手指の振戦)を呈する。乳児期から人工呼吸器を必要とする症例から成人期発症例まで重症度に幅があり,発症年齢と最高到達運動機能により臨床型別分類されている(表1)。
末梢神経は人体の運動・感覚・自律機能を伝達する線維束であり,有髄神経のAα線維,Aδ線維,B線維と無髄神経のC線維からなる1)。有髄神経は中心の軸索(axon)とそれを取り巻く髄鞘(myelin sheath)で形成される。また末梢神経の構成成分の抗原提示により固有部位に対する免疫応答が成立し,さまざまな自己免疫性末梢神経症状を発症する。
遺伝性運動感覚性ニューロパチー(hereditary motor and sensory neuropathy:HMSN)またはシャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease:CMT)は,進行性に運動および感覚神経が障害される末梢神経変性疾患群である。遺伝性ニューロパチーでもっとも頻度が高く,欧米では2,500人に1人,わが国では1万人に1人とされる1, 2)。発症年齢や重症度は原因遺伝子により多様で,多くは若年発症(0~20歳)だが50歳前後の発症もあり二峰性を示す3, 4)。わが国では約半数が孤発例とされ,常染色体顕性(優性)遺伝(autosomal dominant:AD)およびX連鎖性性遺伝がそれぞれ約33%,常染色体潜性(劣性)遺伝(autosomal reccesive:AR)が約7%とされる4)。
先天性無痛無汗症(congenital insensitivity to pain with anhidrosis:CIPA)は,遺伝性感覚自律神経性ニューロパチー(hereditary sensory and autonomic neuropathy)4型(HSAN-4)に分類され,温・痛覚欠如,発汗障害,知的発達症を特徴とする常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患である。これに対し,遺伝性感覚自律神経性ニューロパチー5型(HSAN-5)は温痛覚消失を主徴とするが,一般に発汗障害や知的障害を伴わず,ナトリウムチャネルsodium voltage-gated channel alpha subunit 9(SCN9A)遺伝子やまれにnerve growth factor(NGF)遺伝子に変異があり,先天性無痛症とよばれ,HSAN-4(CIPA)とは区別される。よってHSAN-4とHSAN-5は基本的には別の病態の疾患と考えてよいが,まれにオーバーラップする疾患としても報告されている。日本においてはHSAN-4(CIPA)の患者数は130~210人,有病率は60~95万人に1人,また年齢分布は5~40歳が多くを占めるが65~70歳の患者も認めている1, 2)。HSAN-5の患者数は30~60人とHSAN-4よりも少ない。CIPAは単なる温痛覚の障害と発汗障害の組み合わせから成り立つ疾患ではなく,全身が影響を受ける疾患であり,生体の生存にかかわる重大な障害として包括的にみていかなければならない3)。
顔面神経麻痺の発症頻度は10万人あたり20~30人とされるが,10歳以下に限ると同3人程度と少ない1)。図1に小児顔面神経麻痺のおもな原因を示す。先天性麻痺が加わり,Bell麻痺の割合が増加したことが成人のそれとの違いであるが2),小児においても顔面神経麻痺の原因や病態は成人と大差はないものと推察される。
可逆性後頭葉白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome:PRES)は1996年にHincheyらにより,とくに脳血管の後方循環系に一過性の血管性浮腫を呈するreversible posterior leukoencephalopathy syndrome(RPLS)として提唱された疾患概念である1)。
Duchenne型筋ジストロフィーの病因遺伝子ジストロフィンの発見以来,ゲノム研究が進展し,多くの骨格筋の機能にかかわる遺伝子,ならびに蛋白質が同定され,それらの遺伝子変異によって筋疾患が生じることが明らかになってきた。遺伝性筋疾患に関する明確な定義はないが,筋ジストロフィー,先天性ミオパチー,ミオトニー症候群,骨格筋チャネル病,代謝性ミオパチー,先天性筋無力症候群などの疾患群がそれらの代表である(表)。
Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)とBecker型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy:BMD)は,Xp21.2に存在するジストロフィン遺伝子の病的バリアントによりジストロフィン蛋白が障害され,骨格筋の壊死・再生を生じる疾患である。X連鎖潜性(劣性)遺伝形式をとり,原則として男性に発症する。DMDは,ジストロフィン蛋白が欠損する重症型で,出生男児約3,500人に1人の割合で生じ,日本では約5,000人の患者がいると推測されている。BMDは,ジストロフィン蛋白のサイズや量が減少する場合に生じ,DMDよりも軽症型であり,頻度はDMDより少なく,出生男児3~6/10万人の頻度とされる1~3)。
筋ジストロフィーは臨床的に進行性の筋力低下および筋萎縮を示す遺伝性疾患である。また,筋病理学的には筋線維の壊死・再生,および線維化をみるものである。肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy:LGMD)は1954年にWaltonらがDuchenne型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD),顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy:FSMD),筋強直性ジストロフィー(dystrophia myotonica:DM)などと異なる筋ジストロフィーを臨床的および遺伝学的疾患として報告したものである1)。LGMDは進行性の筋力低下・筋萎縮を示し,発症は小児期後期から成人期である。発症時には肢帯筋,とくに下肢帯(腰帯)筋が傷害される疾患である。Waltonらの報告後に種々のタイプのLGMDが報告され,LGMDの分類は遺伝形式や発症年齢,臨床症状(発症時の罹患筋など)に基づいて行われた。しかし,近年の分子遺伝学の著しい進歩によりLGMDの責任遺伝子が続々と同定され,多くのLGMDサブタイプが報告された。1995年,欧州神経筋センター(European Neuromuscular Centre:ENMC)による会議で,LGMDは分子遺伝学的基準に基づき,常染色体性顕性(優性)遺伝(autosomal dominant:AD)形式をとるものをLGMDタイプ1として同定の順にアルファベットを割り付けた2)。LGMDタイプ1サブタイプは8つとなった。また,常染色体性潜性(劣性)遺伝(autosomal reccesive:AR)形式をとるものをLGMDタイプ2とし,原因遺伝子は24以上が同定され,それぞれ割り付けられた。しかし,この分類の中にはLGMD以外の遺伝性ミオパチーである先天性ミオパチーや代謝性ミオパチーなどが含まれたため,混乱を招くこととなった。また,発症時に肢帯筋が傷害される筋ジストロフィーはLGMDばかりではなく,先天性筋ジストロフィー,遠位型筋ジストロフィー,先天性ミオパチー,先天性筋無力症候群,筋炎などでもみられるためでもある。LGMDの原因遺伝子とされるものが先天性筋ジストロフィー,遠位型筋ジストロフィー,先天性ミオパチーなどの原因遺伝子でもあるため,より混乱を招くこととなった(図)3)。
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy:FSHD)は,症状に左右差のある,進行性の筋力低下,筋萎縮を緩徐な経過で認める筋疾患である。また,その障害部位の分布が特徴的である。その特徴とは,初期に顔面筋,肩甲周囲筋(翼状肩甲),上腕近位部筋に症状を認める点であり,本疾患の名称ともなっている。また筋ジストロフィーのなかで,Duchenne型筋ジストロフィーおよび筋強直性ジストロフィーに次いで頻度が高いといわれており,やや幅があるものの,有病率は3~12/10万人程度といわれている。
Emery-Dreifuss(エメリー・ドレイフス)型筋ジストロフィー(Emery-Dreifuss muscular dystrophy:EDMD)は,その合併症として心伝導障害がもっとも注意されるべき,緩徐進行性の筋ジストロフィーである。主要症状としては「3徴」があり,①上肢近位筋と下腿からはじまる筋力低下,②比較的早期発症の肘・脊柱・アキレス腱の関節拘縮,③生命予後を左右する房室伝導障害や心筋症などの心合併症を呈する。
神経筋疾患において侵される筋の部位は,通常,神経原性疾患は遠位筋優位であり,筋原性疾患は近位筋優位であるが,例外的に四肢遠位筋優位に侵される遺伝性筋疾患群を,遠位型ミオパチー(distal myopathy)と総称する。おもな疾患およびその責任遺伝子を表に示す1~4)。近年,新たな責任遺伝子が次々と同定されてきており,疾患概念・分類は刻々と変化している。本稿においては,これらの中で,小児期にみられる代表的な疾患であるGNEミオパチー,三好型遠位型筋ジストロフィーを中心に述べる。
福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama congenital muscular dystrophy:FCMD)は,1960年にFukuyamaらが報告した神経細胞移動障害による脳奇形(皮質形成異常)と眼合併症を特徴とする重度の筋ジストロフィーである1, 2)。日本人に特異的に多い常染色体潜性(劣性)遺伝性疾患で,保因者数からの計算では,患者数は1,000~2,000人と推定されており,わが国における小児期発症筋ジストロフィーでは,Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)に次いで2番目に多い。1990年代に9番染色体長腕上遺伝子座(9q31-33)同定に続き,原因遺伝子FKTNが報告された。創始者変異といわれるFKTNの3’非翻訳領域における3kbの挿入変異は,FCMD患者の87%にホモ接合型として認められ,FCMDではこの創始者変異のホモ接合,またはナンセンス変異やミスセンス変異,フレームシフト変異などほかの変異と創始者変異の複合ヘテロ接合型により発症する2)。創始者変異のホモ接合型では,臨床型は典型または軽症となるが,創始者変異と点変異の複合ヘテロ接合型では,重症型から軽症のさまざまな非典型例を生じる。発症率が10万人あたり2.9人であり,日本人90人に1人が保因者,または2005年の日本人を対象とした研究からは,188人に1人が保因者であると推察されている。日本に限局して報告されていたが,近年,日本人以外にもFKTN遺伝子変異が報告されるようになった。創始者変異である3kbの挿入変異は,動く遺伝子因子SVA(SINE-VNTR-Alu)型レトロトランスポゾンであり,FCMDは,SVAのエクソントラッピング機能により生じるスプライシング異常が原因で発症することが2011年に報告された3)。
先天性筋ジストロフィー(congenital muscular dystrophy:CMD)は,先天性に筋緊張低下と筋力低下を呈し,筋病理で筋ジストロフィー変化を認める疾患と定義される1, 2)。
筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy:DM)は,その名のとおり筋強直症状と進行性の筋萎縮を主たる症状とする進行性難治性筋疾患であり,有病率は約8,000人に1人と推計されている1)。本症の原因は,19番染色体上にあるDMPK遺伝子の3’側非翻訳領域におけるCTG3塩基繰り返し配列(リピート)の異常伸長であることがわかっており(図A)2),常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる。①出生時より発症する先天型,②幼少時に発症する小児型,③成年期に発症する成人型,④比較的軽症で発症年齢も遅い遅発型,がある。
先天性ミオパチーは,遺伝子異常により出生時または乳児期早期から筋緊張低下と筋力低下を呈し,非進行性または緩徐進行性の経過をたどるまれな筋疾患群である(表1)1)。筋線維の形態学的異常によって定義される(図1)2)。有病率は26,000人に1人で,新生児筋緊張低下例の14%を占める3)。X連鎖性遺伝のミオチュブラーミオパチーを除いて常染色体性遺伝で男女差はない1)。
1 基本病因,発症機序1, 2, 3)
非ジストロフィー性ミオトニア症候群はまれな疾患であり,筋線維の興奮性の異常によりひき起こされる筋強直(ミオトニア)を特徴とする筋チャネル病の一種である。ミオトニアは,筋肉の随意もしくは他動的収縮ののちすぐに弛緩できない症状である。非ジストロフィー性ミオトニアは,筋強直性ジストロフィーとは異なり,進行性筋萎縮をあまり呈さない疾患で,臨床症状と遺伝子変異によりいくつかの病型に分類される。本稿では,先天性ミオトニア(myotonia congenita:MC)と先天性パラミオトニア(paramyotonia congenita:PMC)に関して述べる。
1 基本病因,発症機序1~3)
筋収縮には大量のエネルギー(ATP)を必要とする。ATPはおもに,解糖系,β酸化,TCA回路とミトコンドリア電子伝達経路から生み出される。筋肉内でのATP産生障害,エネルギー源の供給不全,代謝経路の妨害による代謝産物の蓄積が起こるとさまざまな症状が筋肉に生ずる。この疾患群を代謝性ミオパチーと称する。ここでは,解糖系の障害である糖原病と脂質代謝異常症で筋症状が出現する疾患について取り上げる。
全身性疾患のうち,内分泌疾患に伴って筋力低下をきたす場合がある。内分泌性ミオパチーとしては,Cushing症候群(ステロイドミオパチー),甲状腺疾患(低下,亢進ともに)が代表的である。全身性疾患の診断がついていない段階では,亜急性に出現する筋力低下の原因疾患として,筋炎などとの鑑別が重要である。また,内分泌疾患に伴う筋症状では内分泌性ミオパチーを考慮する必要があるが,その筋症状や生理検査所見などは非特異的所見にとどまるため,疫学や病態生理から矛盾しないかどうかも含めた総合的な判断が重要である。
重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)は,骨格筋の神経筋接合部の分子を標的とする自己免疫疾患で,刺激伝達の障害によって筋力低下,易疲労性をきたす。標的抗原としては運動終板のニコチン性アセチルコリン受容体(AChR)がもっとも多く,わが国の成人患者血清中80~85%で抗AChR抗体を検出する。2001年に第2の自己抗体として筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)に対する抗体が発見された。LDL受容体関連蛋白質4(LDL receptor-related protein 4:Lrp4)抗体については,現時点では特異性の点からMGにおける病原性は断定されていない。
1 疾患概念
筋炎は筋肉の炎症と定義され,筋肉の疼痛/圧痛,腫脹,筋力低下を特徴とする。筋炎の原因には感染症,自己免疫疾患,遺伝性疾患,代謝性疾患,薬剤などが挙げられる。感染性筋炎はウイルス,細菌,真菌,寄生虫など,多種多様な原因微生物によってひき起こされる1, 2)。
悪性高熱症(malignant hyperthermia:MH)は揮発性吸入麻酔薬・脱分極性筋弛緩薬の曝露を契機として,全身麻酔中ないし全身麻酔後に発症する緊急事態であり,骨格筋カルシウム調節の薬理遺伝学的障害に基づく骨格筋代謝亢進(酸素消費と二酸化炭素産生増大)により起こる。本症は全身麻酔症例1~2/10万人の頻度で発症する比較的まれな疾患であるが,いったん発症してからの進行は早く,迅速な診断と対処が必要である。米国における調査(2000~2005年)によるとMH2,553人中,小児(18歳未満)は454人(17.8%)であり,小児の死亡率は0.7%と成人(14.1%)よりも有意に低いものであった1)。
横紋筋融解症とは,骨格筋細胞の壊死,融解によって筋細胞内成分が血液中に流出した状態を指し,急性腎不全,ショック,心停止などを併発し得る病態である1)。病因は多岐に渡り,物理的,虚血性,化学的,生物学的,遺伝的要因が挙げられる(表)2~4)。なかでも原因としてもっとも多いのが外傷,不動,敗血症,心臓循環器系の手術とされ,小児では感染症によるものがもっとも多い(30%)。また,5~10%の患者においては,病因がはっきりしないとされる5)。
周期性四肢麻痺(periodic paralysis:PP)とは,発作性の骨格筋の脱力・麻痺を繰り返す疾患群である。臨床上は発作時の血清カリウム値により低カリウム性周期性四肢麻痺(hypokalemic periodic paralysis:HypoPP)と高カリウム性周期性四肢麻痺(hyperkalemic periodic paralysis:HyperPP)に大別され,それぞれ遺伝子異常に起因する一次性と,甲状腺機能亢進症をはじめとした他疾患や薬剤などに起因する二次性とに分類される1)。一次性のPPは,骨格筋細胞膜に発現するカルシウムチャネル,ナトリウムチャネル,カリウムチャネルの遺伝子変異に起因する筋細胞膜の興奮性の異常が本態と考えられており,類似した病態生理を有する先天性ミオトニア/パラミオトニアとともに “筋チャネル病” と呼称される(図1)1)。本稿ではおもに一次性のPPについて述べる。
骨は生理的に3つの役割を担う。すなわち,①全身の形態を保持する骨格として,運動を支持し,重要臓器を保護するとともに②カルシウム,リンなどのミネラルを貯蔵し,③造血幹細胞,間葉系幹細胞の供給源となる骨髄を内包する。従来,骨はホルモンや栄養状態などに受動的に応答するのみの臓器と思われてきたが,最近の研究によって,力学的な必要性に応じてダイナミックに変化・適応していく臓器であることが明らかになった1)。とくに,胎児期~思春期は,骨の発生から骨の成長(長軸方向および短軸方向),さらには骨石灰化による骨量の獲得によって,骨がヒトの一生の中でもっとも大きく変化する時期に相当する。本稿では骨・運動器疾患の理解に必要な骨成長の生理学について概説する。
1 骨粗鬆症の評価と骨密度測定
1.骨強度の定義
骨粗鬆症は低骨量と骨組織の微細構造の異常を特徴とし,骨の脆弱性が増大し,骨折のリスクが増大する疾患と定義される1)。骨強度には,一定容積の骨に含まれるカルシウムなどの骨塩量(bone mineral content:BMC)である骨密度(bone mineral density:BMD)が70%,骨の微細構造や骨代謝回転,微小骨折,石灰化の状態が影響する骨質が30%の割合で寄与するとされる。
学校健康診断の歴史1, 2)は1888(明治21)年に遡り,身長,体重,胸囲などを測定する「活力検査」を実施したのが始まりとされている。それ以降1900(明治33)年に「身体検査」の導入,1958(昭和33)年に学校保健法が施行され,現在行われている学校健診体制の基礎が標準化された。運動器に関しては,この際に「脊柱および胸郭の疾病および異常の有無」と喚起され,1994(平成6)年に「骨,関節の異常および四肢の状態も注意すること」と示された。そして,運動器検診として広く実施にいたったのは2016(平成28)年学校保健安全法施行規則一部改正に伴う,「四肢の異常」が必須項目となって以来である。今回,現在実施後7年を迎える運動器検診の実際,意義,今後の展望について報告する。
骨形成不全症(osteogenesis imperfecta:OI)は全身の骨脆弱性に伴う易骨折性,歯牙形成不全,難聴,青色強膜などを共通の特徴とする遺伝性骨系統疾患である。骨密度低下のみで一生のうちに骨折を起こさない非常に軽症なものから周産期致死にいたるものまで重症度には大きな幅がある1)。
Perthes病は小児に発症する大腿骨近位骨端部の阻血性壊死を呈する疾患であり,未だ明確な原因は不明である。Legg,Calvé,Perthesが1910年に相次いで報告したためLegg-Calvé-Perthes病(LCPD)とよばれている。Perthes病は骨端症の代表的疾患であり,骨の先端部である骨端部への血行がなんらかの原因で阻害され阻血性壊死が起こる。成人の大腿骨頭壊死症とは異なり壊死部の再生が期待できるため治療には年単位を要する。結果的に骨頭変形を遺残した場合は変形性股関節症のリスクが高くなる1)。
本症の多くはgrowth spurtの時期(男児11歳前後,女児10歳前後)に発症することが特徴であり,大腿骨近位の成長軟骨板が破綻することにより,近位の骨端が骨幹端に対して後方,内側へと「すべる」疾患である。
先天性股関節脱臼は,最近では発育性股関節形成不全(developmental dysplasia of the hip:DDH)とよばれるようになってきている。先天性という用語は,出生時にすでに脱臼しているというニュアンスが強いが,実際は9割以上が生まれた後に脱臼することがわかっており,脱臼整復後も治療を要することが少なくないためである。
1 診 断
先天性内反足は,出生時に足部が内返しの位置で拘縮し,徒手的には中間位まで矯正できない奇形で,足部が内方を向き,足背が前方を向いて急角度に曲がっているため,ほとんどの症例が出生直後に発見される(図1)。下腿を基準に観察すると,尖足(足関節が底屈位)・凹足(距骨の延長線より前足部が底屈し甲高になる)(図2A)・内転(足部が内側に屈曲)(図2B)・内反(後足部が内側に傾斜)(図2C)の4つの変形が観察される1)。さらに足の前後軸から観察すると,後足部に対して前足部が回内し捻れる変形を伴っている(図3)。
本稿で扱う「O脚」「X脚」とは,体を正面からみたときの,下肢のアライメント(全体の形)の異常であり,見た目で判断するものである。足の内側どうしをつけて脚を閉じると膝の間に隙間を生じるものを「O脚」,膝の内側どうしがついてしまい,足首の間に隙間が生じるものを「X脚」という(図1)。O脚は内反膝ともよび,英語ではleg bowingやgenu varumとよばれる。X脚は外反膝ともよび,英語ではknock-kneesやgenu valgumとよばれる。
1.脊柱側弯症(以下,側弯症)
正面からみて脊柱が左右に弯曲し,さらに椎体の回旋(ねじれ)が加わった状態である(図1)。
脚長不等とは,さまざまな原因により,左右の下肢長が異なる病態である。下肢の骨長に差がある構造的脚長不等と,下肢の骨長に差がない機能性脚長不等に分類される1)。
上肢の発生については,受精後4週で胎芽に上肢芽が膨隆し形成される。血管の形成も始まる。受精後5週で肢芽が肥大してその先端に指を誘導するapical ectodermal ridge(AER)が出現し(図1),そののちに手板を形成する。腕神経叢や上肢筋も形成される。6週では,上腕骨になる軟骨が形成される。手板内で指に相当する部位に細胞が凝集して,5本の指放線を形成する。この指放線にはそれぞれに指節骨となる軟骨や関節が形成される。7週では,指放線の間に生理的細胞死が起こることで指間陥凹が形成され,指が独立する。筋群が個別に発達し,上肢の骨格となる軟骨も中節骨まで形成される。肩や肘の関節腔が形成される。8週では末節骨に軟骨が形成され,上腕骨は軟骨の骨化が始まる(表1)1, 2)。これらの発生・分化にかかわる時期に,何らかの異常があれば特徴的な形態異常となる。
母体内での脊椎骨の形成不全により後方要素が癒合せず分離しており,脊髄が脊柱管内にとどまっていない状態である。病因としては栄養因子として母体の妊娠初期の葉酸不足,環境因子としてバルプロ酸やカルバマゼピン製剤など抗てんかん薬の服用,また二分脊椎の妊娠既往歴を有する女性では,再び懐妊する確率が10倍以上高く遺伝因子も指摘されており,多因子が複合的に関与すると考えられている。男女比は1:1.2と女性にやや多く,わが国における発生率は0.05%と先進国のなかでは高いが,適切な葉酸摂取により発症リスクを40~80%低減することができるため,さらなる啓蒙が必要である1, 2)。
1 病態生理
多発性関節拘縮症の原因は多くの因子で生じる。現在では400を超える特定された病態が知られている。これらの共通点は胎児の子宮内運動の欠如(胎児の無動症)や減少であり,結果として関節周囲の線維化や拘縮を生じ,さらに筋萎縮などを生じるという点(図1)1)である1, 2)。胎児無動症の病因としては,神経筋疾患,母体疾患や薬剤,子宮内拘束・子宮内血流障害,結合織疾患・骨系統疾患,神経筋接合部異常などが挙げられている。推定発生率は3,000~5,000出生に1人の割合であると見積もられている1, 3)。多発性関節拘縮症の約50%は遺伝子異常があるとされており,遠位型多発性関節拘縮症は常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとることがある。
本症候群はMaurice KlippelとAndré Feilが1912年に報告した脊椎欠損を有する一剖検例1)に由来する。剖検例の特徴から①短頸,②低位毛髪線,③頸部可動域制限を3徴とする先天性頸椎欠損(癒合)例をKlippel-Feil症候群と呼称するようになった。そののち,本症候群における併発奇形が多数報告された。癒合椎の発生病因は胎生期(3~7週)における硬節の分節化の過程,すなわち椎体終板形成期から椎間円板形成期における異常といわれている。癒合椎は「胎生期における頸椎を含む脊椎の分節化障害による奇形」である。多くの合併・併発奇形も同時期の発生過程の異常に由来すると考えられ,胎生6週前後の鎖骨下動脈・椎骨動脈系の血流減少が原因とする説がある。現在ではKlippel-Feil症候群は,前述の3徴,癒合椎の形態の違いおよびほかの併発奇形の有無を問わず「先天性頸椎癒合症」全般を指す,という理解が一般的である。
小児における骨関節感染症の場合,炎症そのものが沈静化しても,関節軟骨や成長軟骨板に炎症が波及することによって軟骨損傷や早期成長軟骨板の閉鎖により,発育とともに変形や脚長差が顕著になってくる場合がある1)。とくに新生児,乳児では意思の疎通が困難なために原因不明の発熱として診断がつかないまま抗菌薬が投与され,炎症が沈静化したのちに不可逆性の変形が残存することは避けなければならない。
神経疾患や筋疾患では,筋肉の収縮に異常が生じることで二次的に関節変形が生じることが多い。筋疾患はおもに筋ジストロフィー,ミオパチーなどがあり,神経疾患はおもに脳性麻痺,二分脊椎,脊髄小脳変性症がある。それぞれの疾患により発生機序は異なるが,二次性関節変形が問題となりやすい脳性麻痺を中心に病態,症状,治療について述べることとする。
1 基本病因・発生機序
血友病において特徴的な出血症状は,頭蓋内出血,血尿,消化管出血などの臓器内出血など多岐にわたる。そのなかで筋・骨・運動器系に障害を及ぼす可能性が高いものとして関節内出血や筋肉内出血がある。関節内出血とその反復によって血友病患者に生じた関節症を血友病性関節症(hemophilic arthropathy)と称する。しかしここでは関節内出血から滑膜炎,そして血友病性関節症にいたる一連の経過を血友病性関節症とする。
多発性外骨腫症は,良性腫瘍である外骨腫(骨軟骨腫)が全身の骨に多発する,顕性(優性)遺伝性の疾患である。新生児期および乳児期に腫瘤を触れることは少ないが,成長とともに増大し,就学期前に皮下腫瘤としてみつかることが多く,12歳までに90%以上が診断される。
グルココルチコイド(glucocorticoid:GC,わが国では単にステロイドとよばれることが多い)は炎症や免疫系を抑制するために広く使用されている。ステロイド性骨粗鬆症は海外ではglucocorticoid-induced osteoporosis(GIO)とよばれる。GCの大量かつ長期的な使用は,さまざまな副作用をひき起こすことが知られているが,GIOは主要な合併症の一つである。GIOは二次性骨粗鬆症のもっとも一般的な原因であり,医原性疾患である1, 2)。過剰なGCは骨密度(bone mineral density:BMD)の低下と脆弱性骨折をもたらす。GIOにおける骨量減少は,治療開始後1年間は6~12%程度の急激な骨量減少を示す初期段階と,そののちは年率3%程度の緩やかな骨量減少を示す長期段階に大別される1, 2)。GIOの影響をおもに受ける骨格部位は,おもに海綿骨で構成される椎体や大腿骨などである。骨折の発生率は,使用期間(累積投与量)と現在の投与量に影響される。GIOの異質性は大きく,炎症性疾患などの基礎疾患,年齢,BMD,骨折の既往,GCに対する個人の感受性などが骨折リスクに影響する。GIOのエビデンスは成人が中心であり,小児に関するエビデンスは少ない。小児期は骨量増加・骨のモデリングを認める点が成人とは異なる。
斜頸は頸椎に関連した姿勢異常のうち,側屈あるいは回旋を主にする症状の総称で,torticollis(ラテン語で ‘twisted neck’の意)あるいはwryneckと表記される。乳児期に認められる斜頸でもっとも一般的なものは筋性斜頸(congenital muscular torticollis)で,発生率は0.3~2%,男女差は明らかではなく,右側にやや多いとされる。
1 愛着と愛着行動の類型
反応性愛着障害は,極端なネグレクト環境において生じる精神科障害の1つである。しかし愛着をめぐる問題はより広範な問題を含み,重要な論点にもかかわらず,理解のうえで混乱がみられる。
ことばは,音声や文字などの記号によって情報を伝達するシステムである。子供が発育する過程において人と豊かに交わり,感情をかわしあい,経験を分かち合うなかで,運動・感覚,社会性,情緒,認知などの発達と相互に不可分な形で連関しながら育まれる。そして,獲得したことばが今度は,他者とのかかわり方,自己制御,自我の芽生え,感情の客観化,概念や知識の形成など,心理社会性の発達に影響する。ことばの発達には,心理的・情緒的に安定した環境が重要である。ことばの遅れへの対応は,医学的診断とともに,発達の全体像や,家庭を中心とした子供を取り巻く環境など,視野を広げた総合的な診療が必要となる。
慢性疼痛疾患の1つとして,複合性局所疼痛症候群(complex reginonal pain syndrome:CRPS)は線維筋痛症にならんで,小児においても重要な疾患の1つである。小児においては,成人以上にいまだその疫学,病因,病態,そして治療などに関しても不明な点が多い。また一方では,小児においては心理社会的な因子の関与も大きいとされる背景から,小児では本疾患を心理社会的なモデルで理解して対応していくことが必要である。また,とくに治療抵抗例,重症例では,本疾患を熟知している小児科医,麻酔科医,リハビリテーション科医,精神科医などと集学的な医療を検討していくことが重要となる。
世の中にもトラウマという言葉が一般的になり,通常の会話の中でもその単語は簡単に扱われている。しかしながら,人は心の傷つく経験なしには決して成長できない。そのなかでも特別な病理性をもった心的外傷を精神科医療のなかではトラウマとして扱っていることに留意し,日々の臨床において,安易に心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder:PTSD)と診断しないようにするべきだろう。
知的能力障害(intellectual disability:ID)の診断においてもっとも使用されている診断基準は2つある。①米国精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)」と,②世界保健機関(World Health Organization:WHO)の「国際疾病分類(International Classification of Diseases:ICD)」,である。これまで精神遅滞や知的障害という名称が医学分野,教育分野において広く使われていたが,DSM第5版(DSM-5)では,知的能力障害(intellectual disability),知的発達症/知的発達障害(intellectual developmental disorder)と表記され,臨床現場ではDSM-5に沿った名称が頻用されているため,本稿では知的能力障害/知的発達症と表記する。
家では普通にしゃべれるのに,園や学校などではしゃべれないことを特徴とする疾患である。発症要因は解明されてはいないが,遺伝要因である気質をベースに,入園・入学などの環境負荷,固定要因が絡み合って発症すると考えられている。不安症群/不安障害群に分類される1)。家の外で感情や行動を抑制する気質(抑制的気質)2)がある子が,発話を期待される園や学校への入園や入学を機に,高まった不安を解消するため防衛的に緘黙になる3, 4)。選択性緘黙は,しゃべれないことを自分で選んでいると誤解されやすいため,本稿では場面緘黙を使用する。
自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は,自閉症やAsperger症候群などのサブタイプを1つの連続体(スペクトラム)上にあるものととらえ,それらを統合した大きな診断カテゴリーである。正式には,米国精神医学会の診断分類体系Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed(DSM-5;2013年)で初めて採用され,2022年に発行した世界保健機関(World Health Organization:WHO)のInternational Classification of Diseases 11th Revision(ICD-11)においても同名で採用された。もとはLeo Kanner(1943年)の幼児症例の報告に遡るが,今日では,ライフコースを通して持続する脳の非定型発達を基盤として,知覚,認知,注意,情緒,行動,対人関係など広範な領域における発達に影響を与え,社会生活にさまざまな程度の差はあるものの,支障をきたす病態と考えられている。
衝動的で落ち着きがなく,学校での授業に集中できない,不注意でボーっとしており,よびかけられても気がつかないなどといった子供たちは,注意欠如多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder:ADHD)として,対応策が医療や教育現場で講じられ,診断から治療,社会的対応のネットワークが構築されつつある1)。1798年スコットランドのCrichton Aが,ADHDに類似した症状に関して初めての記載をしている2)。その後,1844年ドイツの医師Hoffmann Hが,子供向けの絵本「もじゃもじゃペーター」3)でADHDの特徴をわかりやすく表し,今でもフランクフルトのマスコットとして親しまれている。1902年にStill GFがLancetに攻撃的な43小児例を「制御と広範囲の秩序破壊的行動」を示し,「個人の素質に原因があると考えられる児童期精神疾患」として報告している4)。1944年,スイスのチバ社(Ciba Pharmaceutical Company, 現ノバルティス社)によってメチルフェニデートが合成され,1954年に特許を取得し,ドイツで発売された。当初米国では,うつ病,慢性疲労,ナルコレプシーなどの治療薬として定められていたが,1960年代初頭に,当時,多動症や微細脳機能障害(minimal brain dysfunction:MBD)として知られていたADHDの子供に対して使用され始めた。1947年「多動,不器用,行動や学習の障害」によって特徴づけられる子供の脳障害を,神経学的立場から脳損傷児と称した。のちに「微細脳損傷(minimal brain damage)」などの表現になったが,症候学のみに基づいて脳損傷を推定することは誤りであると徐々に使われなくなった。米国精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアルであるDSM-Ⅱに小児期の多動性障害が記され,1980年DSM-Ⅲからは多動ではなく「注意欠陥」が病態であるとの考えが強くなり,1987年DSM-Ⅲ-Rより注意欠陥障害に多動が併存する場合とない場合の「AD/HD」が登場し,以後,DSM-Ⅳ,ICD-10,DSM-5,ICD-11とこれが整理され発展した。
1.発症頻度
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,fifth edition(DSM-5)1)によれば,反抗挑発症(oppositional defiant disorder:ODD)の有病率はおよそ3.3%(1~11%)で,青年前期では男児優位(14:1),青年期以降からは性差はみられなくなるという。素行症(conduct disorder:CD)は有病率4%(2~10%以上)で男児優位,小児期から青年期にかけて上昇するとされている。
限局性学習症とは,学習の機会が不足した不適切な教育の結果ではなく,生物学的に起因する結果として認知障害が生じ,読み,書き,読解,計算などの学業的技能(学業的スキル)の習得が困難になると考えられる神経発達症であると,DSM-5では定義されている。
病因は小脳,基底核,前頭葉,頭頂葉などに関与する脳内ネットワークの活性化低下によるものと指摘されているが神経基盤は完全に解明されていない。機序仮説は内部モデルの障害,ミラーニューロンシステム(mirror neuron system:MNS)の障害,実行機能の障害,感覚-運動処理の障害など複数提唱されている1)。有病率は5~11歳児で5~6%2),文化,人種,社会経済的条件を問わず発症する。男女比は2:1~7:1と遺伝要因が推察される2)。危険因子には妊娠中のアルコール暴露後,早産児,低出生体重児でより多くなる2)。
小児の約1/4は,睡眠不足,日中の眠気,遅寝遅起きといった睡眠習慣の問題や,さまざまな社会・認知機能障害,QOL(生活の質)/ADL(日常生活動作)障害など日中機能障害が生じる病態である睡眠-覚醒障害を抱えるといわれる1)が,これらの症状・病態は複雑にオーバーラップする。おもな関連について図に示し,後述する。
何らかの素因(漸弱性)に,後天的な環境要因が誘発因子となって影響を与え,個人の臨床閾値を超えると発症する。また,危険因子と保護因子の有無によってその重症度や経過が異なる。不安症は,家族集積性を認め,遺伝率注30~40%の多因子遺伝を示し,小児期~青年期では5~18%に発症するこの時期にもっとも多い精神疾患である1)。一般人口では女性に多い(男女比約1:2)が,小児期では頻度に性差はない2)。強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)の生涯有病率は1~3%で,その80%は小児期~青年期に発症している1)。小児期では男性が多いが,成人期はやや女性が多い2)。
解離症
解離症状を特徴とする解離症,転換症状を特徴とする転換症については従来からその病因や治療について議論されてきた。DSMの中では伝統的に健忘や遁走,意識変容や人格交代など精神症状を主とする解離型と,失立,失歩,けいれん,温痛覚の喪失などの感覚運動障害を主とする転換型に区別されてきたが,2013年に改訂されたDSM-5では,前者は解離症群,後者は身体症状症および関連症群の中の変換症として位置づけている1)。
癖とは,繰り返されることで身につき固定された行動を指す包括的用語で,習癖ともよばれる。この癖のうち,Olson WCが「習慣的に身体をいじる動作」を総称して「神経症性習癖」と総括したのが習癖異常の概念の始まりである。しかし,近年の生物学的研究や神経心理学的研究から多くの習癖の発生機序が生物学的基盤を有することが明らかになり,「神経症性」としての説明ができないと考えられるようになり,「神経症性習癖」から「習癖異常」という用語が使用されるようになった1)。