生体の科学 59巻5号 (2008年10月)

特集 現代医学・生物学の仮説・学説2008

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 医学・生物学にかぎらず,科学研究は技術に支えられ,仮説,学説に導かれます。仮説と学説の違いは実験による支持の強さを反映します。最初の観察が仮説を生み,その実験検証が計画され,適切な技術による実験が学説の成立へと導きます。学説は更なる検証実験を誘い,かくして科学的な事実が確立します。仮説・学説と実験・技術は科学研究を支える車の両輪のようなものです。あるいは,現代科学にとって新たな技術は欠くことのできない武器ですが,仮説,学説はその武器を使って克ちとる目標であるといえます。

 本誌では,1993年に「現代医学・生物学の仮説・学説」と題する倍大特集を組みました。いま読み返すと,この15年間の進歩の激しさをしみじみ感じます。そこで,本特集では,医学・生物学の諸分野で過去15年間に発展の目覚ましかった主要な仮説,学説を総覧することにしました。読者の想像を誘い,創造性を刺激する重要な資料となることを祈念しながら世に送ります。

1.細胞生物学

脂質ラフト 藤本 豊士 , 藤田 秋一
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 脂質ラフト(lipid raft)は,細胞内輸送の機構を説明するために,20年以上前にKai Simonsらによって存在が仮定された分子集合である。極性を持つ上皮細胞では,スフィンゴ糖脂質やGPI結合型蛋白質などの分子は,側・基底部に比べて頂部細胞膜に数倍以上の密度で存在する。Simonsらは,コレステロール存在下ではそれらの分子がゴルジ体の膜外葉(内腔葉)で筏(ラフト)のように集まり,その集合が頂部細胞膜への輸送に重要であるという説を提出した1)。数年ののち,BrownとRoseは,ラフトの成分が界面活性剤に対して不溶性であり,蔗糖密度勾配遠心で得られる軽い膜画分(界面活性剤不溶性膜detergent-resistant membrane=DRM)に濃縮されることを見出した2)。同じ画分にはシグナル伝達に関与する多くの分子も高度に濃縮されていた。膜内葉にアンカーする三量体G蛋白質,Srcファミリー遺伝子産物,Ras,いくつかの膜貫通型の受容体などである。

 この報告をきっかけにして,ラフトは細胞表面でのシグナル伝達に関連する分子が集中する膜ミクロドメインであり,クロストークや制御が行われる場であるという考えが一気に拡がった。また上記の報告以来,膜外葉の分子集合として想定されたラフトの概念は膜の両葉にまたがる構造に拡張されることになった。なお,DRMにはカベオリンの構成蛋白質であるcaveolin-1,2,3も濃縮していたため,当初はDRMがカベオラそのものであるという主張もあったが,この説は明確に否定されている。カベオラはDRMに含まれるが,その一部に過ぎない。

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●タイトジャンクションの構造

 多細胞動物にとって上皮の持つバリア機能は,生体の恒常性を維持するために極めて重要な働きを担っている。上皮細胞は極性を持ち,細胞同士の接着によって二次元,三次元の構造をなしている。タイトジャンクション(tight junction;TJ)は上皮細胞のもつ細胞間接着複合体のうち最も頂端部にある上皮間接着構造である。電子顕微鏡の観察ではTJは隣り合った細胞間の距離が0まで近づいていることから,上皮間接着を強固に保ち,バリアとして機能して頂端部と側底部のコンパートメントの維持を行っていると考えられてきた。TJに局在する分子としてclaudin,occludin,tricellulinなど複数の膜貫通タンパク質があるが,現在ではTJ strandの主要な構成成分はclaudinであることが明らかになっている。claudinは~23kDaの4回膜貫通タンパク質で遺伝子ファミリーを形成しており,現在少なくとも24種知られている。また,脊椎動物のTJに対応するものとして無脊椎動物のseptate junctionがあり,その構成成分のいくつかはclaudin-likeな分子であることから,細胞間のバリア機能を担う分子としてclaudinが進化的に保存されていることが示唆される。

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 個体を形成する個々の細胞は,その機能を十分に発揮するために細胞自身の形態や,種々のタンパク質,細胞骨格,細胞内装置の局在を厳密に制御し,細胞極性を形成している。この細胞極性の崩壊は細胞機能の破綻を導き,がんや動脈硬化など多くの疾患の病態に関係している。近年,細胞極性の関連因子が次々と同定され,細胞極性の形成機構が次第に明らかになってきている。本稿では,まず間葉系細胞が運動する際に形成される極性に関して,次に運動している細胞同士が衝突すると運動が停止して細胞間接着が形成されるが,この際に認められる極性の変化に関して,最後にこのような間葉系細胞が上皮細胞に分化して形成される極性に関して概説する。

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 多細胞生物では,発生や再生,恒常性の維持といった様々な場面で,細胞同士が様々な情報のやりとりをしながら細胞社会の秩序を形成している。生体内では間質や基底膜など多くの場合で,細胞のまわりが細胞外マトリックスというもので充填されている。細胞外マトリックスは単に多細胞体を構築するための足場というふうに長い間考えられてきたが,実は様々な細胞間のシグナルをダイナミックに制御しているということが近年の研究から明らかになってきた。細胞外マトリックス成分の一種であるヘパラン硫酸プロテオグリカン(Heparan sulfate proteoglycans:以下,HSPGsと略)は,細胞増殖因子やサイトカインなどの様々なシグナル分子と相互作用し,細胞増殖・分化・形態形成といった細胞活動を制御する細胞間情報伝達を担う重要な因子のひとつである。

膜リサイクリングシステム 田口 友彦
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 タンパク質の可視化の手法が近年急速に進歩・確立され,タンパク質の動態を時間的・空間的に精緻に追跡することが可能になってきた。そのことによって,タンパク質が実際に機能している“場”について情報を得ることができ,タンパク質の一生に関してわれわれは多くのことを学ぶことができるようになってきている。タンパク質の誕生(生合成)と死(分解)についての理解が多くのブレークスルーを医学・生物学にもたらしているのは周知であるが,タンパク質が機能している“場”についての知見が今後どのような形でタンパク質の一生に関して統合的理解をもたらしてくれるのか多いに興味あるところである。本稿では,近年進展が著しい細胞膜タンパク質の膜リサイクリングシステムについて概説し,その中心的な役割を果たしている細胞内小器官リサイクリングエンドソーム(以下REと略)に関する最新の知見を紹介したい。

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 本稿ではリソソームにおける細胞質成分の分解の主要な経路であるマクロオートファジーに限定して話を進める。危険な細胞内の分解に対する戦略の一つは膜内に分解酵素を隔離することであり,そのためリソソーム系の分解には分解基質を膜内の酵素群に分解基質をアクセスさせるための膜動態が必須となる。オートファジーにおける最も重要な過程はリソソーム内での分解ではなく,分解すべき細胞内の基質をいかに膜で隔離し,分解コンパートメントへ送るか,すなわちオートファゴソーム(AP)形成の過程である。細胞質の一部を単膜で取り囲むことは物理的に許されないため,膜囊を伸長して閉じた空間を作ることになるので,必然的にこのコンパートメントは二重膜構造となる。オートファジーの膜動態は,研究が進んでいる小胞輸送とは異なる作動原理を含んでいる。

 この15年の間にAP形成の分子機構は大きく展開し始めたが,以下のような古典的で基本的な問題は依然として謎のままである。

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 ミトコンドリア(Mt)はATP産生やアポトーシスに中心的な役割を果たしている。細胞内に網目状に張り巡らされたMtは細胞の分化,病変,環境変化などに応じて構造を変化させ機能変換をはかる。Mtの構造は分裂と融合のバランスによって維持され,分裂を阻害すると網目構造が発達し融合を阻害すると分裂する。この過程は3種類の高分子量GTPaseによって調節される。分裂に関わるDrp1(酵母Dmn1),融合に関わる外膜のMfn1,Mfn2(酵母Fzo1),内膜融合と構造維持に関わる内膜のOpa1(酵母Mgm1)である1-3)

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 真核生物の細胞核は脂質二重膜からなる核膜で覆われ,多くの機能性分子の自由な出入りが制限されている。そのため,核-細胞質間の情報伝達は,機能性分子の選択的な輸送によって行われる場合が多い。核-細胞質間輸送機構は多様であり,タンパク質,RNAなどを運搬する様々な経路が存在する。近年,ストレス応答や細胞分化に際して,核-細胞質間タンパク質輸送を担う輸送受容体の細胞内局在や発現量が変化することが明らかになった。特に細胞分化については,輸送受容体の発現変化が分化の方向性を決める重要な要素であることが示されている。本稿では核-細胞質間タンパク質輸送機構について解説し,高次生命現象においてどのような役割を果たしているのか考察する。

 真核細胞の核を包む核膜上には核膜孔が存在する。サイズの小さなタンパク質は拡散により核膜孔を通過するが,大きなタンパク質は特定の輸送受容体により選択的に通過する。細胞質から核へと運ばれるタンパク質の多くには,アミノ酸配列上に核局在化シグナル(NLS)が存在する。一方,核から細胞質へと運ばれるタンパク質の多くには核外輸送シグナル(NES)が存在する。NLS受容体importin αは塩基性アミノ酸に富んだNLSを認識する。このようなNLSをもつ機能性タンパク質は多数存在し,importin αが多くのタンパク質の輸送を担うことが示唆される。NLSタンパク質と相互作用したimportin αに,さらにimportin βが結合して三者複合体が形成されると,importin βの機能により複合体は核膜孔を通過し,NLSタンパク質が核内へと輸送される。その後,importin αおよびimportin βはそれぞれ低分子量GTPaseのひとつであるGTP結合型Ranの機能によって再び細胞質へと運び出され,リサイクルされる。

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 小胞体はmRNAからタンパク質が作られる場であり,生成されたタンパク質はゴルジ体に送られて修飾・選別された後に,種々の目的地へ送り出されている。この小胞体・ゴルジ体は大変に特徴的な形態を示し,小胞体は網状構造を,ゴルジ体は扁平膜積層構造をとっているが,その特徴的な形態の形成維持機構については未だよくわかっていない。

 加えて,これらの細胞内小器官の特徴的な形態は細胞周期間期にのみ見られるもので,細胞分裂期に入るとその多くが小胞化してその形態は失われる。そして,細胞分裂終期に娘細胞において再びその特徴的な形態が再構成される。この細胞周期における細胞内小器官の変化を引き起こす分子機構やその意義についても未だよくわかっておらず,細胞生物学の一大トピックである。これまでわれわれは,二つのp97ATPaseによる細胞内小器官の形成維持機構を発見しているので,本稿ではこれらについて概説する。

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 SUMO(small ubiquitin related modifier)は,ユビキチン類似の構造を持つタンパク質で,ヒトにおいては少なくとも三つのパラログ(SUMO1-3)が存在する。SUMOはE1(活性化酵素),E2(結合酵素),E3(リガーゼ)による段階的反応により,別のタンパク質のリジン残基とSUMOのC末端がイソペプチド結合する。これをSUMO修飾と呼ぶ(図)1,2)。SUMO修飾は,脱SUMO化酵素SENPファミリーによって基質タンパク質から外すことも可能で,これにより基質タンパク質の機能を可逆的に制御できる。近年,SUMO1やE2酵素,SENPのノックアウトマウスやSUMO-E3の発現量の少ない(hypomorphic)マウスの解析から,核構造や染色体の動態制御にSUMO修飾が関わることが明らかとなりつつある。以下では,核内構造体の中で,PMLボディーPML(promyelocytic leulemia)と核膜孔,クロマチンに着目して,それぞれの構造体の制御とSUMO修飾の役割を,特に細胞のがん化に関連した最近の論文の中から解説する。

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●染色体構築の分子基盤

 真核生物細胞が分裂期にはいると,間期では核に納められていたゲノムDNAは棒状の染色体へと構造変換を遂げる。細胞が分裂・増殖するときDNAは必ず「染色体」という構造変換を経て分配されることから,染色体の構築は基本的かつ重要な生命活動のひとつであるといえる。しかし,どのようにして間期核のクロマチンから分裂中期の,姉妹染色分体をもった染色体が構築されるのかという点については,これまでほとんどわかっていなかった。

 この課題を解く糸口となった因子が,この10年で解析が大きく進んだコヒーシンとコンデンシンである1,2)。これらは構造的によく似ており,どちらもコアサブユニットとしてSMC(structural maintenance of chromosome)タンパク質をもつ複合体である。SMCタンパク質はchromosomal ATPaseファミリーに属し,細菌からヒトまで保存されており,ヒストンの起源より古い。このことは,遺伝情報分配の基本的なしくみが広く生物界で共通していることを示唆している。コヒーシンはS期に複製された染色体DNAの接着を確立し,M期まで姉妹染色分体の接着を維持するほか,遺伝子の転写制御にも関与しているらしい。ヒトでのコヒーシンの制御因子の異常は,Cornelia de Lange症候群などの先天性疾患を引き起こすことがわかっている。一方,コンデンシンは分裂期染色体を凝縮させる因子であると考えられてきたが,コヒーシンと比較すると,その役割は必ずしも明確ではなかった。最近になって,高等真核生物は二種類のコンデンシン(コンデンシンⅠとコンデンシンⅡ)をもつことが明らかとなり,この分野の研究が大きく進展しつつある3)

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 生殖細胞は次世代を生み出すことのできる特別な細胞である。始原生殖細胞の形成様式は多くの動物種において,大きく二つに分類される1)。第一の様式は生殖質(germ plasm)と呼ばれる母性細胞質による決定機構であり,ショウジョウバエ,ツメガエル,線虫などでよく解析されている。生殖質にはRNAと蛋白質の巨大複合体からなる生殖顆粒(ショウジョウバエでは極顆粒,線虫ではP顆粒と呼ばれる)が含まれている。ショウジョウバエではoskar遺伝子が生殖顆粒形成の鍵となっているが,他生物種では相同機能を有する遺伝子は未同定である。第二の様式はマウスや有尾両生類などで見られ,胚誘導現象による形成機構である。いずれの形成機構の場合にも生殖系列細胞において共通に発現するいくつかの遺伝子の存在が見出されており,種を越えた生殖細胞の特性を理解する重要な手がかりとなっている。

 生殖細胞と体細胞が正しく分化するためには,それぞれに特異的な遺伝子発現が厳密に制御されなければならない。生殖質による生殖細胞形成機構においては,生殖質あるいは生殖顆粒の構成因子が体細胞に取り込まれると,生殖細胞形成プログラムの誤作動による発生異常が起こる可能性がある。そこで,初期胚において,この誤作動を防ぐための保証機構が働いていることが明らかとなってきている。本稿では,小型淡水魚ゼブラフィッシュ(Danio rerio)における生殖細胞と体細胞の分化機構を紹介する。

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 コラーゲンは生体内に最も多く含まれるタンパク質であり,直径1.5nm,長さ300nmのトリプルへリックスが規則的に会合して,強靭な線維を形成している。この線維型コラーゲンは,真皮や腱などの結合組織において張力に対する機械的強度を与えていることに加えて,最近では,周囲に存在する細胞と積極的に相互作用して細胞にさまざまなシグナルを伝達していることが知られている。このような細胞と線維型コラーゲンとの相互作用は,発生,血液凝固,創傷治癒,免疫,癌細胞の浸潤などの生理的・病理的局面で重要な役割を果たしており,このようなシグナル伝達のメカニズムを理解することは創薬の場面でも欠かすことができない。ところが,コラーゲンは生理的条件下においては不溶性の線維を形成してしまうため,コラーゲンとその結合タンパク質との相互作用を,従来の核磁気共鳴(NMR)法やX線結晶構造解析を用いて解析することは不可能であった。

 このような問題を解決するため,われわれのグループでは,複合体の分子量に制限されることなく,複合体界面を同定することのできるNMR手法として転移交差飽和(TCS)法を考案し1),コラーゲンのような不均一系に対して適用を試みてきた。本稿ではまず,TCS法の原理について解説し,本法を用いて明らかとなった二つのコラーゲン結合タンパク質のコラーゲン認識様式について述べることにする。

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 Rab(ラブ)はRasスーパーファミリーに属する低分子量GTP結合タンパク質で,rat brainに豊富に存在するRas様タンパク質として20年ほど前に同定された。Rabは酵母から哺乳動物に至るまで全ての真核生物に普遍的に保存されており,細胞内の小胞(膜あるいはオルガネラ)輸送を司ると考えられている1)。RabはGTPを結合した活性化型と,GDPを結合した不活性化型をサイクリングするスイッチ分子で,活性化型のGTP-Rabはエフェクターと呼ばれるパートナー分子と結合することにより膜輸送を促進する。Rabの活性化・不活性化は,グアニンヌクレオチド交換因子(GFF)やGTPアーゼ活性化タンパク質(GAP)などの因子により制御されることが知られている。一生物種当たりのRabの種類数は生物種ごとに大きく異なり,例えば,出芽酵母では11種類,線虫やショウジョウバエでは29種類,ヒトやマウスでは60種類以上の異なるRabアイソフォーム(Rab1-43のサブファミリーに分類)が存在する2)。高等多細胞生物ほどRabのアイソフォーム数が多様性に富む傾向があるため,高等動物の複雑かつ特殊化した細胞機能との関連性が示唆されている。しかしながら,ヒトやマウスに存在するRabの種類数は極めて多いため,他の膜輸送制御因子に比べこれまで解析が立ち後れていた。

 最近,ヒトやマウスに存在するほぼ全てのRabやその制御因子Rab-GAPを対象としたゲノムワイドでの網羅的機能解析が行われるようになり,細胞種特異的なRabアイソフォームの機能の一端が明らかになってきた3)。本稿では,進化的に保存されたhousekeeping Rabの機能,多細胞生物に特殊化したRabアイソフォームの機能,そしてRabの機能障害によるヒトの疾患について最近の知見を紹介する。

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 細胞内では微小管やアクチンフィラメントに沿った能動的な輸送によって,輸送小胞やオルガネラが効率的に目的地に運ばれている。このような細胞内輸送を担っているのがモータータンパク質(分子モーター)であり,これらは輸送小胞やオルガネラに結合し,細胞骨格のレール上を一方向に移動して荷物を運搬する。細胞内輸送に関わる分子モーターは大きく三つに分類され,アクチンフィラメント上を移動するミオシン(ミオシンⅤとⅥ,それぞれプラス端とマイナス端に向かって移動),微小管上をプラス端に向かって移動するキネシン(キネシン1,2,3),微小管上をマイナス端に向かって移動するダイニン(細胞質ダイニン)が存在する1)。これらの分子モーターは,レールに結合する頭部ドメイン,コイルドコイル部位,および荷物に結合する尾部ドメインを持ち,主に二量体として存在する(図)。輸送分子モーターの運動の仕組みは,構造生物学や一分子計測法の進展に伴い,その全容が明らかになりつつある。本稿では運動メカニズムの解明に焦点を当て,ここ十数年の間に得られた重要な知見を紹介する。

 分子モーターの運動機構の解明を推し進める大きな原動力となったのが,一分子計測技術の開発である。1995年に柳田らは全反射蛍光顕微鏡を用いて溶液中の蛍光一分子を観察することに成功し,これを応用してミオシンⅡへのATPの結合解離やキネシン1が微小管上を運動するようすを一分子レベルで観察した。その結果,キネシン1は一分子で平均1 μm程度の距離を連続的に移動することが示された2)。その後,この方法が様々な分子モーターに応用され,輸送に関わる分子モーターはすべて一分子で連続的にレールの上を運動する能力を有することが示された。一方,1993年にBlockらは光ピンセット法を用いて,キネシン1が微小管上を8nmステップ(微小管を構成するチューブリンダイマーのサイズと一致)で移動し,また最大7pN程度の応力に抗して進むことができることを明らかにした3)。その後,低負荷条件下ではATPを一つ加水分解する毎に8nmステップを行うことが示された。さらにこの方法を用いて,その他の輸送分子モーターもステップ状に移動することが示され,ミオシンⅤとミオシンⅥのステップサイズは35nm程度(アクチンフィラメントのピッチサイズの半分に相当)で,細胞質ダイニンは主に8nmステップを取るがそれより大きいステップも取りうることが示された。

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 骨は支持・運動,カルシウム代謝調節,造血などの機能を果たす,複雑に進化した構造体である。骨代謝は破骨細胞(osteoclast)による骨吸収と骨芽細胞(osteoblast)による骨形成によって成り立ち(図),骨の量と質を保ちながら,必要に応じてカルシウムを血液に供給する役目を果たしている。また最近は,骨芽細胞が造血幹細胞のニッチとして働くとの説も提唱されている1)

 骨代謝を調節する主なメカニズムとして,1)副甲状腺ホルモン(PTH)や活性型ビタミンDなどのカルシウム調節ホルモンに加えて,エストロゲンやアンドロゲンなどの性ホルモンによる内分泌性の調節,2)視床下部から交感神経系を経由して骨芽細胞に至る神経系の調節,3)T細胞や,骨局所で産生されるTNF-αやIL-1などのサイトカインを介する免疫・炎症性の調節,4)機械(力学)刺激による調節が働いている。なかでもメカニカルな調節は骨に特徴的であり,宇宙の微小重力環境での生活や,地上でも寝たきりなどの非荷重状態が急激な骨量の減少,すなわち骨粗鬆症をもたらすことはよく知られている。一方で,重力による植物成長の調節や血流による血管機能の調節と比べて,骨におけるメカノ調節のメカニズムは解明が遅れている。

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 真核生物では多くのタンパク質が,小胞体を起点とする細胞内小胞輸送経路に乗って細胞表層に運ばれる。小胞体には多様な分子シャペロンが存在し,分泌タンパク質や膜タンパク質の折り畳みを行う。変異タンパク質の高発現などが原因で構造異常タンパク質が小胞体内に蓄積すると,小胞体内在性分子シャペロンなどの発現が誘導される。この現象は1980年代終わりから知られており,unfolded protein responseと名付けられた。現在では,小胞体ストレス応答と呼ばれることも多い。

 小胞体ストレス応答の仕組みは,1990年代に出芽酵母での研究が先導して解明が進んだ。情報伝達経路の起点となる小胞体ストレスセンサーが,小胞体膜貫通タンパク質Ire1である。Ire1はサイトゾル側にキナーゼ活性とRNase活性を持つ。構造異常タンパク質の小胞体への蓄積,すなわち小胞体ストレスに応じてIre1は自己リン酸化し,RNaseとして働く。これは,HAC1遺伝子の転写産物mRNAのサイトゾルでのスプライシングにつながる。ちなみにこのスプライシング反応は,核内での一般的なmRNAスプライシングとは全くの別物である。これにより生じた成熟型HAC1 mRNAは転写因子タンパク質へと翻訳され,分子シャペロンを含め小胞体で働くさまざまなタンパク質が発現誘導される。

細胞内カルシウム制御 御子柴 克彦
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 細胞外からの刺激を受容した受容体がGタンパク質とカップルしており,ホスホリパーゼ(PLC)を活性化して膜のイノシトールリン脂質であるホスファチジルイノシトール2リン酸を水解してDAD(ジアシル・グリセロール)とIP3(イノシトール3.4.5トリスホスフェート)を放出する。このIP3がIP3受容体に働き,Ca2+を放出する。その意味でIP3受容体は細胞外からの刺激と強くリンクしている。IP3受容体は313KDaと巨大な分子である。最近,IP3受容体の生化学的,分子生物学的,生物物理学的解析が進むことにより,IP3受容体の性質が明解となってきた。

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 脂質を介した細胞内情報伝達機構は,1980年代の西塚,高井らによって成し遂げられたタンパクキナーゼC(PKC)の発見とその活性化機構の解明を端緒としている。すなわち,イノシトールリン脂質からホスホリパーゼCによって変換されたジアシルグリセロールがPKC分子を細胞膜へリクルートし,それを活性化することによって細胞外からの情報が細胞内へと伝達されていく。同様のスキームは,イノシトールリン脂質そのものに結合するPHドメインの発見によって,さらに多くの細胞内情報伝達経路においても見出されてきた。例えば,PI3-キナーゼの代表的なエフェクター分子であるAktタンパクキナーゼは,PI(3,4)P2あるいはPI(3,4,5)P3によって細胞膜へ移行し,細胞増殖,タンパク質合成,アポトーシス抑制など多くの細胞応答を引き起こす。

 いずれにしても,これら活性化機序の本質的な意義は,シグナルの受け手となる分子(上記の例ではPKCやAkt)を細胞外情報の入り口である細胞膜へ「連れて来る」ことである。細胞質内に三次元的に分散して存在する場合に比べて,細胞膜上に二次元的に集積することで分子密度は約1000倍にも上昇し,分子間相互作用やそれに伴うリン酸化などの反応ははるかに効率的に行われる。長い間,このような反応の場である生体膜は基本的に限りなく平坦な構造が想定されてきたが,近年の細胞内小胞輸送研究の進展に伴って,生体膜が単なる平面ではなく多彩な曲面を有する立体的な情報を持ちうることが明らかになってきた。本稿ではこのような「平面」から「曲面」へのパラダイムシフトに伴う,生体膜からの新たな情報伝達機構の可能性について論じる。

中心体 大杉 美穂
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 細胞内の微小管は,微小管形成中心(MTOC:microtubule organizing center)として機能する細胞内小器官やタンパク質複合体が重合核となり,重合が開始される。中心体は動物細胞における主要なMTOCである。中心体は植物細胞や多くの動物の卵細胞には存在しないが,動物体細細胞においてはすでに100年以上前に顕微鏡観察によりその存在が認知されていた細胞内小器官であり,微小管のマイナス端を固定することで微小管ネットワークの要として機能し,細胞極性,細胞や核の運動,細胞接着,分裂期の紡錘体形成などの制御に関与している。また,その数の異常は多くの癌細胞において悪性度との相関とともに報告されている。しかし,構造,複製機構,機能制御機構のいずれについても未解明の部分が多く,これからの研究課題の宝庫ともいえる。

2.分子生物・遺伝学・遺伝子工学

ncRNA(noncoding RNA) 廣瀬 哲郎
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 分子生物学のセントラルドグマには,蛋白質合成に専心するmRNA,tRNA,rRNAが登場する。かつてncRNAという言葉は,1980年代以降に新しく見出された核内低分子RNAや核小体低分子RNAなどを総称して例外的な意味合いで用いられてきた。ところが世紀を超えると事態は一変する。まず多数のマイクロRNAが重要な生理機能を果たすことが発見され,機能性RNAとしてのncRNAの重要性に注目が集まってきた。さらに大規模トランスクリプトーム解析によって,ヒトやマウスのゲノムからは数万種類にも及ぶ蛋白質をコードしない転写物が産生されていることが明らかにされた。特に最近の包括的解析によると,ヒトゲノムの98%が何らかのRNAに転写されているという驚くべき報告もある1)。興味深いことに,ゲノム全体あたりのncRNA転写領域の割合は,生物が複雑になるに従って著しく増大する傾向があることも指摘されている。こうしたことから,ncRNAには生物の複雑性の規定を含めた様々な制御機能があると期待されている。

miRNA(microRNA) 武藤 裕
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●miRNA(micro RNA)とは

 miRNAは機能性non-coding RNAの中のひとつの分子群で,内在的に存在する22残基程度の一本鎖RNAである。その発現は時間的あるいは空間的に制御され,発生調節因子やアミノ酸代謝因子のmRNAを標的として結合し,翻訳レベルの抑制を行い,発生や代謝を間接的に制御している。

 miRNAはRNAポリメラーゼⅡによってpri-miRNAとして転写された後,まず,核内においてDroshaと呼ばれる二本鎖RNAに特異的なヌクレアーゼによってプロセシングを受け,pre-miRNAというステムーループ構造をもつ70-80残基程度のRNA分子へと変換される。その後,Exportin-5の働きにより,細胞質に運搬されてDicerと呼ばれるヌクレアーゼによって成熟したmiRNA分子へとプロセシングされる。miRNAは標的となるmRNAと蛋白質RNA複合体を形成することにより,標的遺伝子の翻訳抑制を引き起こすが,この複合体はRNA induced silencing complex(RISC)と呼ばれている。成熟したmiRNAを取り込んだRISCは,miRNAの配列に従って標的になるmRNAを認識して結合する1)(図)。

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 後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は,レトロウイルスに共通に存在する構造遺伝子であるgagpolおよびenv以外に,調節遺伝子であるtatrev,さらにアクセサリー遺伝子であるnefvpuvprvifを有するという特徴がある。中でもvpr遺伝子産物は核移行,細胞周期のG2期停止,細胞の分化,アポトーシス,転写活性化などの多様な機能を発揮することによって,ウイルス複製とAIDS病態を制御していることから,AIDS発症の鍵として注目されている1)。これらのVprの様々な機能の発現は,Vprと相互作用する細胞内因子が多数存在することに起因すると考えられている。そこで,Vprの未知の機能を解明するために,われわれはYeast two hybrid法を用いて,新規Vpr結合因子として思いがけずスプライシング因子spliceosome-associated protein 145(SAP145)を同定したことから,Vprの新規の機能としてのスプライシングへの関与を見出すことに成功した2,3)

 本稿では,細胞由来およびHIV-1プロウイルス由来のpre-mRNAのスプライシングを制御するというVprの新しい機能の発見に至る過程と,そのスプライシング制御機構について紹介したい。

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 近年,生命システムの階層性に着目し,生体分子を組み合わせて新たなシステムを構築する構成的アプローチを実験の手段とする,合成生物学の展開が進んでいる。一例としてタンパク質合成システムが非天然アミノ酸を扱えるように遺伝暗号を拡張した研究が挙げられるが1),本稿では,人工的な遺伝子ネットワークの構築に焦点をあてる。例えば,抗マラリヤ薬前駆体の酵母での大量合成が,複数の外来性酵素を導入し,この酵素基質の生産量増大ならびに他経路での消費量低下を行うことで達成されている。

 遺伝子を組み合わせる合成生物学の進展は,各種のゲノム解析結果の蓄積と,長鎖DNAの人工合成技術の発達という,情報と合成技術両面の進歩に支えられている。DNAの合成は酵素を使用せずとも,有機化学によっても可能であるが,実用的には100ヌクレオチド程度が有機合成する長さの限界である。ただし,化学合成DNAを酵素を使用して組み合わせることでタンパク質コード配列を合成することも従来より可能であった。最近になって化学合成DNA多品種同時合成技術と誤り訂正技術が開発された結果,2008年にはMycoplasma genitaliumのゲノムが,オリジナルのゲノムDNA分子に依存せず,化学合成DNAを組み合わせることで合成されている2)。この技術を使用すれば,複数種類の生物由来のタンパク質コード配列を個体内に集積することも,開発者の名前を人工ゲノムに書き込むことも自由自在である。

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 近年,累積されてきた多くの生物種におけるゲノム配列情報は,われわれヒトを含め,現存する地球上のすべての生物は共通の祖先から進化したことを裏付けている。しかし,どのように進化は起きたのか。そのきっかけとなった遺伝子変化はいったい何であったのか。このような進化のダイナミクスに関わる問題へのゲノム科学のアプローチとして,ある生物種にのみ存在し,その生物種を特徴づけるような機能に関係する遺伝子(群)を同定し,その由来を明らかにするという方法が考えられるであろう。

 われわれはゲノムインプリンティングという哺乳類に特異的な遺伝子発現調節機構の研究を行ってきた。その中で,母親性2倍体が初期胚致死を引き起こす染色体領域(マウス染色体6番近位部)における原因インプリント遺伝子を探索中に,とても興味深い遺伝子を発見した。2001年にPEG10(paternally expressed genes 10)と命名して報告したこの遺伝子は,父親由来の染色体のみから発現するインプリント遺伝子であるが,哺乳類にのみ存在する遺伝子であり,その構造からsushi-ichiレトロトランスポゾンに由来する遺伝子であると考えられた1)。その根拠は,PEG10のコードする二つのタンパク質のコーディングフレーム(ORF)はそれぞれがレトロトランスポゾンのGAGおよびPOLタンパク質に相同性を有していること,そして,レトロトランスポゾンやトランスポゾンではGAGとPOLの二つのORFが翻訳される際,“リボゾームの-1フレームシフト”によりGAG-POL融合タンパク質が生成されるが,PEG10の翻訳もその機構によりORF-1とORF-2の融合タンパク質が発現していることの2点である。この遺伝子の機能と起源の解析は,“哺乳類の進化に大きな寄与を果たしたレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子(群)”という新しい発見に結びついた。

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 真核生物の遺伝子の大きな特徴としてイントロン(スプライセオソーム型イントロン)の存在が挙げられる。これらのイントロンはどこからきたのか,なぜ必要なのか,いまだ多くの謎が残されている。筆者らは,リボソームタンパク質遺伝子を用いた解析により,イントロンはミトコンドリアが細胞内共生した後に核ゲノムに出現し,その後一気に拡散した可能性があることを示してきた1)。また,マイクロRNA(miRNA)や核小体低分子RNA(snoRNA)が多数イントロン内にコードされていることから,イントロンは機能性ノンコーディングRNA(ncRNA)のキャリアとして働いており,これを介して,種分化に大きな影響を与えたのではないかと考えるに至った2)。本稿では,イントロン進化の観点からsnoRNA遺伝子の進化について論ずる。

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 相同組換えは,相同な2本のDNA分子を交換する生体内反応で,すべての生物に普遍的な生命現象である。減数分裂期に高頻度に発生し,父由来と母由来の遺伝情報をシャッフルすることによってゲノムの多様性を創出するともに,相同染色体を物理的に繋ぎ止めることで減数第一分裂における正確な分配を保証する。一方,通常抑制されている体細胞分裂期には,電離照射線照射などによるDNA二重鎖切断(DSB)の修復や複製フォークが崩壊した際の再生など,細胞にとって非常事態のみ活性化される(組換え修復)。不適切な組換え反応は転座や欠失,場合によっては,細胞死やがん化の原因となり得るため,多段階的に制御されている。

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 生物の持つ遺伝情報は親から子へと伝達される。これは,動物や植物などの多細胞生物から小さな細菌まで,あらゆる生物に見られる普遍的な現象である。しかし,遺伝情報の伝達はこのような“垂直伝播”だけではなく,異なる生物種の遺伝情報が自身のゲノムに入り込むこともある。これを遺伝情報の“水平転移”と呼ぶ。細菌では遺伝情報の水平転移が一般的に起こることが知られている。そして現在では,多細胞性の真核生物においても水平転移による遺伝情報の伝達が起こることが多数報告されている。

 当初,遺伝情報の水平転移はごく稀な現象であると考えられていた。しかし,大量のDNA塩基配列情報が蓄積されると,細菌では予想以上の頻度で水平転移が起こっていることがわかった。それでもなお,多細胞の動物では水平転移はほとんど起こらないと考えられていた。なぜなら,体細胞系列と生殖細胞系列が発生初期に分離するため,生殖系列の細胞が外部の環境と直接に接触することはなく,外来のDNAが生殖系列の細胞内に入り込むことはないと考えられていたためである。事実,キイロショウジョウバエ,C. elegans,ヒトなどのゲノムDNAからは,水平転移を示唆する遺伝情報はオルガネラ由来のものを除いて発見されなかった。ところが様々な生物を調べると,多細胞の生物であっても水平転移により遺伝情報を獲得していることが明らかになった。特に,ボルバキアという節足動物に広く見られる細胞内共生細菌の遺伝情報が,水平転移により宿主生物ゲノムに取り込まれていることが複数の生物で発見され,注目を集めている。

3.発生・分化・老化・再生医学

間葉系幹細胞の起源 梅澤 明弘
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 間葉系細胞とは骨,軟骨,脂肪,骨格筋,真皮,靭帯,腱といった結合織細胞を総称しており,発生学的に沿軸中胚葉(paraxial mesoderm)由来の細胞である。1999年,ヒト間葉系幹細胞から骨,軟骨,脂肪に分化する多分化能を有する間葉系幹細胞を同定した報告をPittengerらが行った1)。また,この沿軸中胚葉(骨,軟骨,脂肪)の他に,心筋,平滑筋,血管内皮といった発生学的に臓側中胚葉(visceral mesoderm)由来の細胞があり,間葉系幹細胞のなかに臓側中胚葉にも分化できる幹細胞が見出された。またさらに,一部の間葉系幹細胞は神経上皮由来であることも明らかになった2)。間葉系幹細胞は分化能に応じて階層構造を形成しているものと考えられており,それぞれの分化段階の階層において造血系のような前駆細胞といった中間体としての同定が可能かどうかは不明である3)。このような間葉系幹細胞の供給源として,骨髄,臍帯血,臍帯,胎盤,月経血,子宮内膜,胎児,真皮,脂肪,末梢血などがあげられる。

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 概日時計はバクテリアからヒトまで多くの生物種に保存された,24時間周期のリズムを作り出す生体システムである。概日時計の実体は,周期的な遺伝子発現を繰り返す時計細胞であり,研究室で何代にもわたって継代されたような培養細胞でさえも,それぞれの細胞が独立して遺伝子発現の概日振動を示す。われわれは,時計遺伝子のプロモーターの下流に半減期の短い不安定化ルシフェラーゼをレポーターとして配置することにより,この時計遺伝子発現の振動を定量的に測定する技術を開発し,一細胞レベルでもその発光の振動を測定することに成功している1-3)。哺乳類の場合,時計細胞は視交叉上核を中心に体の様々な部位に散在しており,これらの細胞が同調し,集団として刻む約24時間周期のリズムによって,個体全体のリズムが作り出されているのである。

 海外旅行の際,いわゆる時差ぼけを感じても数日内には現地の時間に順応するように,概日時計には外界の光情報を取り込んで時刻を修正する性質が知られている(光同調能)。しかしその一方で,真夜中に強い光を浴びると体内時計が一時的に停止してしまう現象(シンギュラリティ現象)が,1970年に米国のArthur T. Winfreeにより,ショウジョウバエで発見された。この現象は後に哺乳類を含む多くの生物においても確認され,概日時計に一般的な現象として認識された。この現象の説明は,Winfree自身によって理論的な側面から二つのモデルが提案されていた。一つ目は,強い光により集団内の個々の時計細胞のリズムが停止しているというモデル(図a左)。二つ目は,個々の時計細胞の概日リズムは維持されたままだが,各細胞の時計の状態(位相)がバラバラになり(脱同調),互いのリズムを打ち消し合ってしまうために,細胞集団全体としてはリズムがほぼ平坦に見えてしまうというモデル(図a右)である。

テロメア長の制御機構 清宮 啓之
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 テロメアは真核生物の染色体末端に存在する高次構造体である。DNAに2本鎖切断が生じると非相同末端癒合もしくは相同組換えが起こるが,テロメアはこのようなDNA損傷応答から正常な染色体末端を保護し,ゲノムの安定化に寄与する。

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 生物の発生過程において,一つの細胞から二つの異なる娘細胞を生じる非対称細胞分裂と呼ばれる現象は,細胞分裂を繰り返しながら多様な細胞を生じる個体発生にとって基本的かつ重要なプロセスであり,その制御機構はショウジョウバエなどを用いてよく研究されてきた。哺乳類大脳皮質においても,神経幹細胞は非対称分裂によって神経幹細胞自身と神経細胞(もしくは非上皮系前駆細胞)という異なる二つの娘細胞を生み出す。本稿では,これまでの哺乳類神経幹細胞における非対称分裂に関する研究とわれわれの最新の知見を基に,哺乳類神経発生における非対称な細胞運命決定を担う機構を議論する。

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 ゲノムインプリンティングは,父・母由来のどちらか一方の対立遺伝子のみに特異的な発現を引き起こすエピジェネティックな現象である。このように親の由来に応じて発現のオン・オフが制御される遺伝子をインプリント遺伝子と呼び,マウスでは100個近いインプリント遺伝子が見つかっている。この片親性の遺伝子発現は,親の配偶子形成過程においてゲノムに刷り込まれるエピジェネティックな記憶(インプリント)が子の細胞へ伝達され維持されることに由来する(図)。一方,胎仔期の始原生殖細胞ではインプリントはいったん消去され,その後の配偶子形成過程において,個体の性に応じたインプリントが新たに確立される(図)。つまり,インプリンティングは,配偶子形成過程における「確立」,受精後の体細胞における「維持」,および始原生殖細胞における「消去」の三つのステップから成り,体細胞系列では一生の間維持されるが,生殖細胞系列では確立と消去を世代ごとに繰り返す。本稿では,ゲノムインプリンティングを制御するエピジェネティックな機構に関する説の変遷と,最近の結果を踏まえた仮説・学説について概説する。

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 ES細胞に発現しているタンパク因子は密接に相互作用して多能性を維持しており,これらのタンパク因子の転写,タンパク因子の間のネットワークの重要性が示唆されている1)。このタンパク因子のネットワークには,臓器形成にも関与するSall1,4が含まれている。

Cancer stem cell 石川 健二 , 森 正樹
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 癌幹細胞(cancer stem cell)は1994年に急性骨髄性白血病において初めて同定され1),近年固形癌においてもその存在が報告されている。癌幹細胞は自己複製能および多分化能を有するごく少数の細胞集団で,それらが分裂・増殖・分化することで腫瘍を形成・維持していると考えられている。また,癌幹細胞は抗癌剤や放射線に対して強い耐性を有し,癌の再発・転移に深く関与すると推察されている。本稿では癌幹細胞に関するこれまでの知見を概説するとともに将来への展望について述べる。

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●なぜゲノムインプリンティング機構が哺乳類に存在するのか

 哺乳類にはゲノムインプリンティングという“親由来の情報に基づいて一群の遺伝子を片親性発現させる特殊な機構”が存在している。この機構に制御される片親性発現遺伝子(インプリント遺伝子とよぶ)は,全遺伝子の1%にも満たないが,個体発生や成長に必須な遺伝子として機能するものを含む。このため,哺乳類の個体発生には父親・母親由来の両方のゲノムの関与が必須であり,実験的に作製した雌性単為発生胚および雄性発生胚はどちらも,母親の子宮に着床した後に致死(初期胚致死)となる1,2)

 通常,2倍体の生物ではどちらの親から伝わっても遺伝子は同等に発現する。このため片側の遺伝子に生じた変異も,劣性であればその個体の発生に影響しない。これは2倍体の生物にとって大きな利点である。そのように考えると個体発生に必須な遺伝子を片親性発現させるような“生物にとって一見不利に見える機構”が,生物進化の中で哺乳類に生じ,現在でも広く種間に保存されていることは大きな謎である。

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 細胞の表現型は特定の組み合わせの遺伝子発現により規定される。このような表現型に固有の遺伝子発現は,これを制御する組織特異的転写因子と,その標的遺伝子座の受容性を規定するエピジェネティック機構により決定される。ES細胞が持つ分化多能性(pluripotency)も一つの表現型であり,組織特異的転写因子とエピジェネティック機構により規定されている1)。多能性を規定する転写因子として,Oct3/4,Sox2,Klf4が特に重要であろうことは,これらを分化細胞に導入すると,ある確率で多能性幹細胞(iPS細胞)が誘導されるという発見により,劇的な形で示された2)

 では,このような複数の転写因子はどのようにして組織特異的遺伝子発現を制御しているのだろうか。iPS細胞誘導実験はここでもう一つ重要な情報を提供してくれた。それは,導入した外来遺伝子の発現は多能性獲得後にはその維持に必要ないという興味深い結果である。これは,三つの転写因子の強制発現により誘導された内在性遺伝子発現は,自律的に安定化し維持されうるということを意味する。複数の転写因子が協調的に作用して自律的に安定な状態を形成するには,まずこれらの転写因子をコードする遺伝子の発現が誘導され,さらに相互制御によって維持されなければならない。したがって,上記実験結果は,これらの転写因子が「ネットワーク」を形成していることを如実に物語っている。

4.シグナル伝達系

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 インスリンは糖,脂質,蛋白質の代謝作用のほか,細胞の増殖,分化,アポトーシスなど多岐にわたる生理作用を有するホルモンである。このような多彩なインスリン作用は,インスリンが細胞膜上のインスリン受容体と結合し,受容体チロシンキナーゼ活性が上昇することに端を発する1)。一方,インスリン受容体が生体におけるインスリン作用の発現に重要であることが実際に証明されたのは,1996年にインスリン受容体ノックアウトマウスが生後数日で高血糖とケトーシスにより死亡することが報告されてからである。その後,臓器特異的インスリン受容体ノックアウトマウスが次々に作製され,各臓器におけるインスリン受容体シグナルの重要性が明らかとなった2)。活性化されたインスリン受容体は,IRS蛋白やShcといった細胞内基質のチロシン残基をリン酸化し,下流の分子へとシグナルを伝えていく(図)。以下,本稿ではインスリン受容体シグナル下流分子のうち,主要なものについて概説する。

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 ニューロンの発火情報を他のニューロンに伝達するシナプスは,容易にその伝達強度を変える性質がある。これをシナプス可塑性と呼び,生物の記憶や学習の要素であると考えられている。シナプス可塑性を誘導する方法は多数あるが,多くは人工的な方法であり,現実の生体内では生じにくいものであった。そんな中,1997年にHenry MarkramとBert Sakmannにより,自然な頻度のプレ・ポストシナプスニューロン(プレ・ポスト)の発火により誘導され,しかもその極性がプレ・ポスト発火のmsec単位のタイミングに依存するシナプス可塑性が報告され,注目を集めた1)。これをスパイクタイミング依存シナプス可塑性(spike-timing-dependent synaptic plasticity;STDP)と呼ぶ(図A)。STDPにおいて,プレ→ポストのタイミングで発火する場合は長期増強(long-term potentiation;LTP)が,ポスト→プレのタイミングで発火する場合は長期抑圧(long-term depression;LTD)が誘導される。このSTDPのメカニズム,特にmsec単位のタイミングを検知し,長期間つづく可塑性へとコードするメカニズムを明らかにすることは,現在の神経科学の重要なテーマである。

 STDPのタイミング検知メカニズムを明らかにするために,新たに詳細な実験をデザインすることは至極まっとうな方法である。しかし,シナプス可塑性やSTDPの実験的研究はすでに大量に行われており,STDPのタイミング検知メカニズムについてのシナリオも提案されている。そこで,われわれはこれまでの実験で得られた膜電位のデータ・分子間相互作用のデータを元に詳細な膜電位・分子モデルを作成し(図B),コンピュータシミュレーションすることでSTDPのメカニズムの理解に迫ろうとした2)

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 細胞は増殖因子やサイトカインなどの細胞間情報伝達物質のみならず,放射線,浸透圧変化,酸化剤などの物理化学的環境ストレスにも適切に応答して,増殖,分化,アポトーシスなどの適応反応を示す。ヒトなどの多細胞生物においては,細胞のストレス応答の目的は個々の細胞の生存のみにとどまらず,損傷の度合い次第ではアポトーシスによる細胞死を誘導し,個体の恒常性を維持することにある。

 MAPキナーゼ(MAPK)経路は細胞外からの刺激を核へと的確に伝えるための主要なシステムの一つであり,主に遺伝子発現の制御によって様々な細胞応答を誘導する。酵母からヒトに到る広範囲の生物によく保存されているMAPKKK-MAPKK-MAPKの三種類のキナーゼから成っており,これらの引き起こす一連のリン酸化カスケード反応が細胞外からのシグナルを増幅しつつ核へと伝達する。

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 細胞運動は発生過程における形態形成,神経ネットワーク形成,創傷治癒,免疫応答,がん細胞の浸潤・転移など,様々な生理・病理現象において中心的な役割を果たしている。細胞外からの刺激に応答して,細胞内ではアクチン細胞骨格の動的な再構築が起こる。細胞の移動方向の先端部(先導端)ではアクチン線維の迅速な重合によって細胞膜が前方に押し出され,フィロポディア(糸状仮足)やラメリポディア(葉状仮足)と呼ばれる膜突出構造が形成される。また,後方ではアクチン-ミオシンからなる収縮性のストレスファイバーが形成され,その収縮力によって細胞の後端が細胞体側に引き寄せられる。前方に押し出された部分では,新たな基質-細胞接着部位が形成され,後方では退縮にともなって接着構造が消失する。基本的にこの繰り返しによって細胞は移動していく1,2)。これらの構造の形成にはRhoファミリー低分子量G蛋白質のRhoA,Rac,Cdc42が関与していることがよく知られている。

 RhoAはストレスファイバーを,Racはラメリポディアを,Cdc42はフィロポディアを,それぞれの標的蛋白質を介して誘導する2,3)。RhoAはROCKやmDiaなどを活性化する。Ser/ThrキナーゼであるROCKは多くの標的蛋白質をリン酸化する。ROCKはミオシン軽鎖ホスファターゼの結合サブユニットのリン酸化・不活性化を介して,ミオシン軽鎖のリン酸化を亢進させる。また,ROCKはLIMキナーゼをリン酸化して活性化し,アクチン脱重合因子コフィリンのリン酸化・不活性化を促進する。RhoAによって活性化されたforminファミリー蛋白質mDiaはアクチンの新規重合を促進する。これらの結果として,ミオシン-アクチン相互作用およびアクチン線維の重合が促進され,ストレスファイバーが形成される。RacおよびCdc42はWASPファミリー蛋白質のWAVE,N-WASPを介してArp2/3複合体を活性化し,新規のアクチン重合を誘起する4)。Arp2/3複合体はアクチンの重合核として機能するとともに,アクチン線維の側面に結合し,ラメリポディアに特徴的な枝分かれしたアクチン線維からなる網目構造を形成する。フィロポディア内のアクチン線維は網目状ではなく直線状に束ねられた形態をとっているが,これにはアクチン束化蛋白質や,枝分かれのないアクチン線維の重合を誘導するforminファミリー蛋白質などの関与が考えられている。

5.神経科学

侵害刺激受容体 富永 真琴
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●侵害刺激受容体

 痛みを惹起する侵害刺激は,温度刺激(熱刺激と冷刺激),化学刺激,機械刺激に大きく分けられ,侵害刺激を受容する陽イオンチャネルが報告されている。侵害刺激によって陽イオンが細胞内に流入し,神経細胞を脱分極させて電位作動性Naチャネルの活性化から活動電位の発生をもたらすのである1)。また,Kチャネルの閉鎖も脱分極をもたらす。事実,ある種のKチャネルが冷刺激によって閉鎖して脱分極から疼痛発生に関与することが報告されている。

 侵害刺激を受容する陽イオンチャネルの多くは,TRP(transient receptor potential)スーパーファミリーに属する。TRPチャネルは6回の膜貫通領域を有するCa2+透過性の高いチャネルであり,TRPスーパーファミリーは哺乳類では大きくTRPC,TRPV,TRPM,TRPML,TRPP,TRPAの六つのサブファミリーに分けられている2)

色覚系における色情報表現 小松 英彦
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●色情報の生成

 色覚は異なる分光感度特性を持つ錐体光受容細胞の活動を比較することにその基礎がある。下線を付したように比較を行うことが本質的に重要であり,ある錐体細胞が特定の色の知覚に対応しているわけではない。ヒト,類人猿,マカク属のサルは三種類の錐体細胞を持つ。これらは遺伝子レベルでも分光感度特性でもほとんど違いのない相同なものであり,ピークの波長の長いものから順にL錐体,M錐体,S錐体とよばれる。L,M,SはそれぞれLはlong-wavelength-sensitive(Mはmiddle-,Sはshort-)の略である。余談になるが,いまだに三種類の錐体に赤錐体,緑錐体,青錐体という用語をあてて記述していることがしばしば見られる。これはきわめて不適切な用語である。なぜなら,例えば赤錐体という言葉はこの錐体の活動が赤色知覚に対応するという誤解を与える。その結果,色覚があたかもカラーテレビのように,赤緑青の三つの異なる色の合成で生じているかのような,色覚のメカニズムについての根本的な誤解を生じやすくする。また,L錐体とM錐体の分光感度のピークは530~560nm付近にあり,これは緑から黄緑色に相当する波長領域である。これらのことからL,M,S錐体という事実に即した用語を使うことが必要である。

 異なる錐体の活動の比較は網膜内の神経回路で生じ,その結果大きく分けて二種類の錐体差分信号が作られる1)。一つはL錐体とM錐体の活動の差分を表す信号(L-MまたはM-L)であり,もう一つはS錐体の活動とL錐体とM錐体の活動の和の差分を表す信号(S-(L+M))である。この二種類の信号が外側膝状体で中継されて,大脳皮質一次視覚野に伝えられる。しかし,網膜の神経回路においてどのような仕組みで特定の組み合わせの錐体活動の差分の信号が抽出されるのかについてはまだ不明である。

成長円錐ガイダンス 上口 裕之
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 神経回路が構築されるためには,神経細胞の細胞体から伸長した軸索突起が標的細胞に到達してシナプスを形成することが必要である。成長円錐(軸索先端部)はその細胞外環境に存在するガイダンス情報を読み取り,正しい方向へ移動し,軸索突起を牽引伸長する。成長円錐の前進を駆動する基本的なメカニズムはほぼ解明されており,1)細胞骨格(アクチン線維と微小管)の動態,2)細胞接着の時空間的制御,3)細胞膜の輸送などの重要性が報告されている1)。しかし,成長円錐が細胞外情報を旋回運動へと変換するガイダンス機構には不明の点が多い。本稿では,細胞質カルシウムイオン(Ca2+)シグナルと細胞膜動態に焦点を絞り,成長円錐ガイダンスに関する新たな学説を紹介する。

長期増強 真鍋 俊也
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 海馬は場所や出来事・事実などの記憶の中枢であると考えられている。てんかんの治療目的で海馬を含む両側の内側側頭葉の切除手術を受けたヒトの場合には,古い記憶は問題なく思い出すことができるが,新しい長期的な記憶がほとんど形成できなくなる1)。しかし,小脳や線条体が関係するような運動に関する記憶や大脳皮質がおもに関係する記憶などはまったく正常であることがわかっており,海馬は外界からの情報や位置情報を記憶する際に必須の脳部位であるといえる。外界からの入力を長期的な記憶へと変換する際には,その情報はシナプスに何らかの形で蓄えられると考えられるが,海馬のシナプスにおいては活性化のパターンによってシナプス伝達効率が長期的に修飾される機構が存在し,それが記憶形成の基礎過程であろうと考えられている。本稿では,海馬におけるシナプス伝達の基本的事項をまず説明し,それに続いてシナプスの長期的な修飾の代表である長期増強(LTP)とその生理的意義について概説したい。

長期抑圧 田端 俊英 , 狩野 方伸
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●小脳LTD

 シナプス可塑性(活動依存的なシナプス伝達強度の変化)は学習・記憶の生物学的素過程であるが,そのうち伝達強度の長期的減弱をもたらすものを長期抑圧(LTD)と呼ぶ。ここでは小脳LTDを例にとりメカニズムを概説する1,2)。小脳プルキンエ細胞(PC)は,全身の感覚情報や運動指令を伝える多数の平行線維(PF)と運動誤差を伝える1本の登上線維(CF)からシナプス入力を受ける(図A)。CFと一群のPFが同期してくり返しシナプス伝達を行うと(1~4Hz,100~600回),当該PFからPCへの興奮性シナプス後電位(EPSP)が数時間以上抑圧される。小脳LTDはPCにおけるPF入力の重み付けを変更し,運動協調を円滑化する運動学習に寄与する。

条件反射 久我 奈穂子 , 池谷 裕二
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 肉片を見せられたイヌは唾液を分泌するが,これに先行してベルを聞かせると,やがてベルの刺激だけで唾液を出すようになる―「Pavlovの条件反射」はとりわけ人口に膾炙した生理現象の一つである。ある特定の応答反射(unconditioned response;UR)を無条件に引き起こすことができる刺激(unconditioned stimulus;US)に先行し,それ自体では生理的な反応を引き起こすことはないニュートラルな刺激(conditioned stimulus;CS)を与え,CS-USをペアとして繰り返し提示することで,CSを与えるだけでURに類似した条件応答(conditioned response;CR)が引き起こされるようになる。これを古典的条件付けといい,連合学習の基本的な形態である。

 古典的条件付けの一つである瞬目反射条件付け(eyeblink conditioning)では,CSとして音や光,USとして角膜へのair puffや眼輪筋への電気刺激を用いる。初めはCSに無反応でUSを与えた時のみ𥇥を閉じる(瞬目する)が,CSとUSを時間的に近接させ繰り返し提示すると,CSの提示のみで条件反射(CR)として𥇥を閉じるようになる。学習にはUSに対するCSの先行が必須で,CSとUSの時間間隔が不適切な場合にも学習は困難となる。また,CSとUSの時間間隔を変えるとCR発現のタイミングも変化することから,被験動物(あるいは被験者)はCSとUSの因果関係と共に,時間間隔も学習しているといえる。

大脳のカラムとその機能 谷藤 学
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●細胞の反応性からみたカラム構造

 カラム構造は大脳皮質のユニバーサルな構成原理と考えられている。概念としてのカラムは,皮質表面から白質まで伸びる直径が約0.5mm程度の円柱状の構造をしている。類似した反応性を持つ1万から10万個の細胞を含むクラスターで,このようなカラムがそれぞれの領野において一定の規則に従って配列されていると考える。

 初期感覚野ではカラム構造を示唆するはっきりした証拠がある1)。第一次視覚野(17野)をみると,視覚刺激を動物に提示する眼と視覚刺激(線分)の向きの二つの反応特性(眼球優位性と方位選択性)について,大脳皮質の表面に垂直な軸に沿ってよく似た細胞が集まっている。また,右目に提示された0度の線分に応答する細胞集団の隣には0度から少しずれた向きの線分に応答する細胞集団が,その隣にはさらに少しずれた向きの線分に応答する細胞集団が並んでいる。右目に与えられたひとまわりの向き(0度から180度)の線分に応答する細胞集団のセットの横には,左目の線分刺激に対応したひとまわりの向きのセットが並んでいる。皮質表面に沿って眺めると方位の変化は連続的であるから,方位選択性について0.5mmの円柱状の構造を作っているというのは厳密には正しくない。また,ネコの17野では2・3層には両眼性の細胞も多く存在するので,機能円柱があるとしても細胞の性質がその上の層と下の層で全く同じ性質というわけではない。しかし,縦(0度)と横(180度)のどちらの方位によりよく応じるか,どちらの眼からの刺激により多く反応するかという風にひとくくりにとらえれば,概念的なモデルはそれほど実体から外れない。

小脳の心的機能 伊藤 正男
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 動物の小脳を破壊した時や小脳の疾患に際しておもに運動症状が現れることから,長い間小脳は運動中枢と考えられてきた。しかし,認知機能の中枢とされる大脳連合野と小脳の間に解剖的な結合路があり,霊長類への進化の過程において両者が平行して発達していることや,小脳疾患において認知機能の障害の起こることがあることから,小脳が運動とは別に認知機能にも関与する可能性が指摘されてきた。小脳疾患に際しての認知障害が運動障害による見かけのものであるとする考えも根強かったが,最近になって下記のような具体的な支持証拠が集まってきた。

 第一に,脳画像法によるヒトの小脳の活動が観察できるようになり,認知活動に伴って小脳に活動が起こることが実際に示されるようになった1)。例えば,1)左手の背部に不意に熱刺激が来ることを予期して待つ時や,2)ある刺激に反応してボタンを押すように注意を集中して構える時である。言語を用いる課題では,3)次々にあたえられる名詞に対応する動詞を次々にあげてゆく時(名詞-動詞転換),4)ある文字で始まる違う単語を1分間にできるだけ多く黙ったままあげる時(流暢性試験),5)6文字の組み合わせ4個からある制約のもとに文字の組をつくる時(選択的文字生成)などである。その他,6)黙ったまま10桁の数字を速算する,7)計画力のロンドン塔テスト,8)6文字の列を短時間記憶する時(作業記憶),9)ウィスコンシンカード合わせテスト(カードを色,形,名前のどれであわせる),10)ストループテスト(赤字で書いた緑という文字をどう読むか)を行うときである。11)チェスや囲碁のゲームで指し手を読むとき,12)既知の風景のなかで未来の出来事を思い浮かべるとき(未来視)もそうである。これらの認知的な活動に際しては小脳半球の外側部が活動する。活動部位は右側,左側のどちらか,あるいは両側のこともある(図)。

オレキシンによる行動制御 桜井 武
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 オレキシンAとBは摂食行動を制御する神経ペプチドとして発表された。その後,オレキシンの欠損とナルコレプシーの関連が明らかにされ,覚醒・睡眠状態の維持に重要であることが示された。近年,オレキシン産生神経の入出力系の解明により,大脳辺縁系,摂食行動の制御系,覚醒制御システムとの相互の関係が明らかになり,オレキシン産生神経は情動やエネルギーバランスに応じ,睡眠・覚醒を適切に制御し,行動を統合的に制御する機能を担うことが明らかになってきた。

 オレキシンAとBは共通の前駆体から生成される1)。オレキシンを発現する産生神経(オレキシン産生神経)は視床下部外側野(LHA)に限局して存在しているが,オレキシン産生神経は小脳を除き,中枢神経系全域に投射している。特に,睡眠・覚醒制御に関わるモノアミン作動性産生神経の起始核,青斑核(LC),縫線核(RN)や結節乳頭体核(TMN),腹側被蓋野(VTA)やコリン作動性神経の起始核である外背側被蓋核(LTD)や脚橋被蓋核(PPT)に密な投射が見られる。オレキシンの受容体,OX1RおよびOX2Rも脳内に広範な部位に分布するが,そのパターンはサブタイプにより異なっている。たとえばLCではOX1Rのみが発現しているのに対し,TMNではOX2Rのみが発現している。VTAにはOX1Rの強い発現が見られる。

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 1990年頃に,イタリアParma大学のRizzolattiなどのグループは,マカクザルの腹側運動前野のF5野において,サルが自己の手や口で,ある動作をした時に反応するニューロンの中に,実験者が同じ動作をするのを見たときにも視覚的に反応するものがあることを発見してミラーニューロンと名付けた1)。もともと彼らは,F5野で小さな物体を親指と人差し指の先端で摘み上げる高度精密把握やコップの中の物体を掬い上げるスクーピングなどさまざまな手の把握運動に先行して選択的に活動するニューロン群を記録していた。このように把握運動の出力に近い領域で発見されたミラーニューロンは,他者の動作を自己の動作と照合して理解することに関わるニューロンと推測されている。

 現在までに明らかになっているミラーニューロンの性質は以下の通りである2)。(1)サル自身の動作でも,他の個体や実験者の動作でも最適動作は同じである。(2)物体を対象とする動作でなければ反応しないものが多いが,対象の存在が明らかであれば,把握の動作が途中で隠れて見えなくても反応する。(3)動作を視覚的に観察しているときだけでなく,動作に伴う音を聞いたときも反応するものがある。(4)実験者が道具を使ってつかむのを見て反応,自分の指でつかむときに反応するミラーニューロンもある。(5)一部のミラーニューロンは,サルのコミュニケーション動作(lip-smackingなど)にも反応する。上記の(3)~(5)の性質は,ミラーニューロンがモダリティを超えて動作のゴールを表象していることを示唆する。

作業記憶と意識・無意識 苧阪 直行
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●作業記憶

 作業記憶(ワーキングメモリ,作動記憶とも呼ばれる)はアクティブで目標志向的な短期的記憶であり,高次認知に必要不可欠な注意の制御系を含む記憶システムである1)。言語性や視覚性の作業記憶がある。作業記憶は二重課題や遅延反応課題を用いて評価されることが多い。二重課題では二つの心的作業を並列的に遂行するように求められる。たとえば,言語性作業記憶課題では連続的に提示される短文を音読しながら同時に下線が引かれた単語を憶える(リーディングスパンテスト)。遅延反応課題では遅延時間中に記憶に保持されている内的表象に基づいて反応することを求められる。たとえば,視覚性作業記憶課題では初期画面にあった特定の刺激パタンが遅延時間をおいて,別の刺激とともに後続提示された場合,どの位置にあったかを判断したりする(空間スパンテスト)。短文の場合は意味の理解という処理と,単語の保持という二つの心的作業を求められ,パタンの判断の場合は初期画面の情報の保持と遅延時間後の異同判断という処理を求められる。このような作業はいずれも意識的であるといえる。同様な意識的作業として暗算がある。繰り上がりのある暗算では,桁の繰り上がり情報を保持しながら計算という処理を並行して遂行することが求められる。また,作業記憶は行為のプランのためのアクティブな記憶システムという側面も持っている。これによって,目標を達成するため,段取りをつけて順次目標に向けて行為を実行して行くことができる。このようなプロセスも基本的に意識化されたアウェアネス(気づき)を基盤として働いているが,繰り返しにより慣れが生じてくると自動的,無意識的になる。

扁桃体のはたらき 小野 武年
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 ダーウィンは19世紀に「種の起源」で自然選択説を唱え,生存に適した特性を有する子孫が生き延び,世代が経るに従い,その特性が発達することにより種が分離するとした。彼の説によると,情動行動こそ生存に適した特性であり,哺乳類は情動行動などの共通の行動特性を備えていることになる。これら情動行動で最も重要な役割を果たしているのは扁桃体であり,その本質は感覚情報の生物学的価値評価であるといえる。本稿では,生物学的価値評価を中心に扁桃体の役割について概説する。

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 乳児は世界の言語で使われる大多数の音素の弁別をする能力を持って生まれてくるが,生後12ヵ月ぐらいまでに自分の学んでいる言語で使われない音素はだんだん弁別できなくなっていく。この変化が何時ごろ起こるのかは,母音と子音では異なっており,母音の場合には6ヵ月ごろからすでに母語の母音への特化が始まっていることがわかってきた1,2)。これに対して子音の変化は10から12ヵ月ごろまでに起こるといわれている。このような変化を示す発達過程を,Experience-dependent maintenance(経験に依存した弁別能力の維持)と呼ぶ。無論例外もあり,自分の言語になくて全く聞いたことがなくても弁別能力を失わない音の対もあるし3),逆に最初はうまく弁別できないが成長するにつれて弁別の精度があがるような比較もある4)。日本人の乳児の/r/と/l/の弁別はこの後者に属するようだということが報告されている5)

 同じ時期に,乳児は自分の言語に現れる音素配列の規則や韻律の特性についても学習していることが知られており,生後間もなくはどの言語にも適応可能な「言語一般向け処理」であった乳児の音声処理能力は,生後1年間の間に自分の言語だけを効率的に処理する「母語に最適化した処理」に移行する。

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 下側頭葉皮質およびこれに至る腹側視覚経路の物体視覚像の弁別および再認における重要性は繰り返し破壊行動実験で示されてきたが,下側頭葉皮質の物体カテゴリー認識における役割は不明であった。サルが顔を見たときだけに活動する一群の神経細胞が下側頭葉皮質に存在することが1972年頃に報告され1,2),その後も光計測と電気的細胞活動記録を組み合わせた研究で3),また機能的磁気共鳴画像法と電気的細胞活動記録を組み合わせた研究でそのような細胞群の存在が確認されている4)。顔というカテゴリーに反応する神経細胞群があれば,ほかの物体カテゴリーに反応する神経細胞群もあってもよさそうである。しかし,顔以外の物体カテゴリーに反応する下側頭葉皮質細胞は見つかっていない。

 一方,イヌの像とネコの像をカテゴリー的に弁別する課題でサルを数ヵ月以上訓練すると,前頭前野(前頭連合野)背外側部にイヌの像すべてあるいはネコの像すべてに反応する神経細胞が現れることが報告され5),物体カテゴリーは側頭葉ではなく,前頭前野に表現されると提案された。前頭前野は下側頭葉皮質から視覚的物体情報を受け取るが,さらに視覚情報以外の多くのモダリティーの情報を受け,トップダウン注意の制御などの行動の高次制御を行う部位として知られている。物体カテゴリーを表す神経細胞が前頭前野だけにあるとすると,物体カテゴリーは行動の高次制御の中で初めて生まれてくる概念ということになる。

6.免疫学

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 T細胞は抗原提示細胞表面のMHC(主要組織適合抗原複合体)上に提示された抗原ペプチドを認識する。MHCには,ほぼすべての細胞に発現しているMHCクラスⅠ分子と,食作用の盛んなプロフェッショナル抗原提示細胞が主として発現するMHCクラスⅡ分子がある。これら2種類のMHCが提示するペプチドは,原則として異なる経路に由来すると考えられている。

 ウイルスタンパク質などの内因性(細胞内)抗原は,ユビキチン-プロテアソーム系によってプロセシングされてペプチドとなった後に,TAP(transporter associated with antigen presentation)を通じて小胞体へと運ばれる。ここでペプチドはMHCクラスⅠ分子と結合し,そのまま分泌経路を通って細胞表面へと輸送され,CD8陽性T細胞に提示される。一方,外来性抗原はエンドサイトーシスあるいはファゴサイトーシスで取り込まれたのちに,リソソームまたはそれに関連したMHCクラスⅡコンパートメント(MⅡC)で分解される。ここで,生じたペプチドはMHCクラスⅡ分子に結合しているCLIP(インバリアント鎖由来のペプチド)と置き換わり,再び細胞膜へと輸送され,CD4陽性T細胞に提示される。

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 近年,ウイルスのE3ユビキチンリガーゼとそれらの哺乳類における相同分子からなる新たなE3ユビキチンリガーゼファミリーが見出された。このファミリーメンバーはすべて,その中心に二つの膜貫通領域と,アミノ末端にE3ユビキチンリガーゼの触媒活性ドメインであるRINGv(really-interesting-new-gene-valiant)ドメインを持った膜結合型のE3ユビキチンリガーゼである。これらのE3ユビキチンリガーゼを過剰に発現させると,ユビキチン化によってターゲットとなる様々な細胞膜表面に存在するタンパク質の発現が減少する。このファミリーに属するMARCH-Ⅰと呼ばれるE3ユビキチンリガーゼが,抗原提示細胞からCD4 T細胞への抗原提示に必須の分子であるMHC class Ⅱ(MHCⅡ)をターゲットとすることが明らかとなった1)。抗原提示細胞が発現するMHCⅡの機能やその量に異常をきたすと,病原体を体内から効率よく排除できなくなり,重症な感染症となる。また,MHCⅡは自己免疫疾患の発症にも関連すると予想される。このことから,MARCH-ⅠはMHCⅡのユビキチン化を通じて発現量を制御し,免疫応答を調節していると考えられる。そこで,生体内におけるMHCⅡのユビキチン化による発現制御の分子メカニズムについてわれわれが得てきた知見を紹介し,その意義について考えたい。

分子進化から見る自然免疫 瀬谷 司
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 自然免疫系は自己にない微生物成分(パターン)を識別し,微生物の回避応答を誘起する系といえる。自然免疫の概念はJanewayなどによって1980年台に提唱され,Toll-like receptor(TLR)の発見を皮切りに現実化した1,2)。TLRはパターン認識受容体と呼ばれる。微生物パターン分子-TLRの機能解析から,獲得免疫のペプチド特異認識の機構も自然免疫によって先導される広義のエフェクター系であると判明してきた。獲得免疫が脊椎動物にのみ見られる機構である一方,自然免疫は広く生物全般に保存されている機構である。では自然免疫はどのような進化で獲得免疫とリンクするように発達したのか。本総説ではパターン認識受容体の分子進化の観点から,その本来の役割と免疫系への収束の起源を考察する。

Th17細胞とその機能 渋谷 和子
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 Th17はエフェクターヘルパーT(Th)細胞のサブセットとして新しく仲間入りした細胞群である。1986年,エフェクターTh細胞はその産生するサイトカインによってTh1,Th2の二つのサブセットに分類できることが見出された。一時はTh細胞の関与する免疫応答はすべてTh1とTh2にて説明されるかのように考えられていたが,2000年,ライム病の原因となるBorrelia感染によって活性化されるエフェクターTh細胞がIL-17やTNF-αを産生し,Th1にもTh2にも分類されない細胞群であることが報告された1)。また,IL-12とp40分子を共有する新しいサイトカインIL-23の発見により,2003年,従来IL-12によって活性化されるTh1が惹起する自己免疫応答だと考えられていた実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)やコラーゲン誘導関節炎(CIA)などの病態が,実はIL-23によって活性化されたIL-17産生エフェクターTh細胞群によるものであることが明らかにされた。さらに,IL-17を産生するエフェクターTh細胞群はCD4ナイーブT細胞からTh1,Th2とは完全に独立して分化する細胞群であることが示され,2005年,Th17という名称がつけられた2)

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 リウマチ性疾患の代表である関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA)は多因子疾患であり,HLA-DRやnon-MHC疾患感受性遺伝子などの遺伝因子にタバコや化学物質などの環境因子が複雑に関与して免疫学的な異常が出現し発症することが推定されているが,依然としてその発症の鍵となる真の原因は不明である。RAの病因としての獲得免疫,自然免疫を含めた免疫異常を考える上で,抗原提示の最大の機会である感染が,環境因子のなかでも最も重要視されることは明らかである。RAは近年,TNF-αなどのサイトカインをターゲットとした生物学的製剤により,ある程度疾患活動性を制御できるようになったが,真の病因に関わる治療でないため根治やその予防は望めない。RAの発症機序に関連する病原体としてはEBウイルス,HTLV-1,ヒトパルボウイルスB19など,ウイルス以外にも細菌としてはMycoplasmaがRAの原因の最有力候補に取り上げられてきたが,確証に至らずにいた。われわれはこのMycoplasmaに注目し,RAの病因としての仮説を提唱している。

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 免疫システムは自己から非自己を見分けて排除する役割を担っており,多細胞生物が生命を維持するために必須のシステムである。全ての多細胞生物は免疫システムを有し,免疫システムは獲得免疫と自然免疫の両輪により構成される。獲得免疫は脊椎動物にのみ認められる免疫機構であるが,自然免疫は普遍的に多細胞生物に存在する免疫機構である。

 しかし,獲得免疫の研究が目覚しい発展を遂げる一方,自然免疫は非特異的な現象であるとして長らく顕著な研究の進展を見ることはなかった。1996年,獲得免疫系を持たないショウジョウバエのToll分子が真菌感染を感知していることが示され,その翌年にTollのホモログであるToll-like receptor(TLR)4がヒトでも発見された。この発見の後,ヒトで10種類(TLR1-TLR10),マウスで12種類(TLR1-TLR9,TLR11-TLR13)のTLRが次々に発見された。特にヒトとマウスに共通のTLR1-TLR9では早期にそれぞれに特異的なリガンドが判明し,これらTLRの研究を通して自然免疫が特異的な免疫応答であることが現在では広く認知されている。ここでは,TLRの分子メカニズムを中心にTLRを紹介したい。

7.疾病

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 家族性アルツハイマー病原因遺伝子変異の同定とその表現型解析によって,脳内におけるアミロイドβペプチド(Aβ)蓄積がアルツハイマー病全般における根本的原因物質であることが確立した。Aβ蓄積が始まって発症に至るまで10年以上の時間を要するので,その機構の解明は容易ではない。Aβは正常脳内でも定常的に産生されており,通常は速やかに分解されるため,蓄積することはない。Aβの定常量は産生と分解のバランスによって規定される。

 Aβには40残基のアミノ酸からなるAβ40と42残基からなるAβ42の二種類が存在し,後者の重合性と凝集性が高いことから,Aβ42が一次病因分子種であると考えられる。家族性アルツハイマー病ではAβ(特にAβ42)の産生増加が病理的蓄積の原因であると考えられる。一方,孤発性アルツハイマー病の機構は確定していないが,蓄積に先立ってAβ分解系が低下するのに対して,明確な産生系の上昇は認められないことから,分解系低下が原因である可能性が高い。

ヒトゲノムコピー数多型 油谷 浩幸
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 ヒトゲノム配列が解読され,SNPをはじめとする多様性が明らかにされつつあるなかで,ゲノム構造変異,とりわけゲノムコピー数多型(copy number variation;CNV)1)が注目を浴びており,疾患との関連についても解析が進行中である。ゲノム構造変異が形成されるプロセスについては,segmental duplicationという遺伝子を含むDNAのある領域が重複する現象が以前より知られており,原因としては,遺伝的組換えの異常,レトロトランスポゾンの転移,染色体全体の重複などが想定されている。ヒトゲノム多様性さらにゲノム進化とCNVについて,遺伝子重複とトランスポゾンの関与を中心に考えてみたい。

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●進化医学の概念

 高名な遺伝学者であるドブジャンスキーは「Nothing in biology makes sense except in the light of evolution」という名言を残した。事実,生物の成り立ちを理解するには進化学的な解析や考察が必須である。この考えを医学の領域に導入したものが進化医学(darwinian medicine, evolutionary medicine)である。つまり疾患の成り立ちを進化学の面から明らかにしようという学問といえる。この分野の重要性を数多くの具体例とともに示した「病気はなぜ,あるのか」の著者であるネシーとウイリアムズの言葉を借りれば,「何が(What)どのようにして(How)病気を引き起こすかが現在の医学の目指しているものとすると,進化医学ではなぜ病気があるのか(Why)」を問いかける。

 例えば,アフリカで高頻度に見られる単一遺伝子病である鎌状赤血球症は,ヘテロ接合体ではマラリア感染に対して抵抗性があり,他の遺伝子型の個体より有利であるため(超優性),高頻度で維持されている(平衡選択)。一方,多因子病について進化医学で引き合いに出されるのがニールの倹約遺伝子型説(thrifty genotype hypothesis)である。これは2型糖尿病では,食物摂取やその利用を効率的に行う遺伝子型がその発症に関わっており,その遺伝子型は人類が過去の飢餓に脅かされる時代を生き延びてきた過程で選択を受けたもので,現在では急速な食料事情の改善やカロリー過剰摂取のため,疾患が引き起こされやすくなったという考えである。事実,アメリカのピマインディアンでは保護地域での豊富な食生活とともに糖尿病の有病率が増加し,糖尿病発症者が成人の30%以上にも達している。このような例はポリネシアのナウルの集団においても見られている。ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study;GWAS)などで繰り返し2型糖尿病との関連が報告されている転写制御因子7L2遺伝子(TCF7L2)のSNP(rs7903146)のリスクアレルのTは,ほかの霊長類でも見られる祖先型アレルである。したがって,祖先型のアレルが進化の過程で選択されてきたことが考えられ,倹約遺伝子型説に合うように見える。ところが,上記SNP以外にGWASにより関連が認められた18個のSNPのリスクアレルを検討すると,祖先型アレルは半数のみであり,祖先型アレルが格別選択されていないようにも見える。しかし,これらのSNPの機能的な意義については不明であり,疾患感受性に直接関わるリスクアレルは連鎖不平衡状態にあるほかの機能的SNPのアレルである可能性もある。

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 自閉症は,1943年に米国の小児精神科医レオ・カナー(Leo Kanner)によって「早期乳幼児自閉症」として最初に報告された精神疾患である。「社会的な相互交渉の質的な障害」,「言語や動作などによるコミュニケーション機能の質的な障害」,「限られた興味の範囲や反復的な動き」の三つの主要な行動的特徴によって,3歳頃までに発症が診断される発達障害である1)。人口1000人あたり1人以上の高い発症率が世界各国で報告されている。典型的な自閉症に,類似した行動障害を示す特定不能の広汎性発達障害やアスペルガー症候群も含めた自閉症スペクトラム障害(ASD)では,1000人あたり6人の高率になる。男女比は4:1で,性差が特徴である。ASD小児脳のMRI研究で,約20%に大頭症が観察される。しかし,発達障害の発症を解明するために必要な乳幼児期の病理・生物学的な研究データは少なく,発症のメカニズムは不明である。

 現在のところは自閉症を根治することができないため,患者を抱える家族の負担は極めて大きい。治療的な教育や対症的な薬物療法による障害の克服や代償が主な治療法である。2005年4月には,発達障害の支援を国・自治体・国民の責務として定めた法律「発達障害者支援法」が施行された。今年(2008年)になって,厚労省に「発達障害情報センター」が発足し(3月),国連決議のもと「世界自閉症啓発デー」(4月2日)も設定されるなか,自閉症研究の今後の展開に関心が高まっている。

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 双極性障害(躁うつ病),大うつ病を含む気分障害は,統合失調症とともに代表的な精神障害とされてきた。クレペリンによって,気分の周期的変動を呈し,人格変化が認められない精神疾患として躁うつ病の概念がはじめて提唱され,躁うつ病の生涯有病率は1-4%前後と報告されている。発病に遺伝的素因が関与することは,疫学的,遺伝生物学的研究からも支持されている。環境因としての種々の状況因子,病前性格,精神的および身体的要因の複雑な関与も指摘されているが,病態メカニズムは依然として不明である。その発症機序については,多くの仮説が唱えられてきており,本稿ではそれらについて説明する。

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 電位依存性ナトリウム(Na)チャネルのαサブユニットは,チャネルポアを形成する主要構成蛋白である。ヒトにおいてはNav1.1-1.9の9種類が知られており,Nav1.1,Nav1.2,Nav1.3,Nav1.6の4種類が中枢神経系で発現している。このうち,Nav1.1(αサブユニット1型蛋白)をコードする遺伝子SCN1Aの変異が,単純熱性けいれん(simple febrile seizures;FS),熱性けいれんプラス(generalized epilepsy with febrile seizures plus;GEFS+),乳児重症ミオクロニーてんかん(severe myoclonic epilepsy in infancy;SMEI)1)など,大きく重症度が異なる複数のてんかんにおいて報告されている。

 中でもすでに200種類以上のSCN1A変異が報告されているSMEIは,難治の強直間代発作とミオクロニー発作,重い精神発達障害を特徴とする最も重篤なてんかんである。出生後,一見正常に発達するが,2-10ヵ月ころ熱誘起性のけいれん発作で発症する。発作はときに群発,重積状態となる。1-4歳頃にはミオクロニー発作が出現し,時に非定型欠神発作,複雑部分発作などを示す。初期には正常な精神運動発達も徐々に退行し,中度ないし重度の精神遅滞を示すようになる。ほとんどが散発性である。SMEIにおいては,7-8割の患者にSCN1A遺伝子変異が見出され,検出頻度は非常に高い2)。ほとんどがde novo変異で,約3分の2がナンセンス,フレームシフト,欠失などの変異であり,残りの約3分の1がミスセンス変異である。SCN1A変異の電気生理学的解析(パッチクランプ解析)については多くのグループの報告があり,チャネル機能の増大と喪失の両方の効果が報告されているが,われわれはSMEIで見出された変異についてはナンセンス,フレームシフト変異はもとより,ミスセンス変異においてもチャネル機能の大幅な低下・喪失がみられることを確認している。

養育行動とその異常 黒田 公美
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 親が与える養育は,子どもの人格形成や種々の精神疾患への感受性に大きな影響を及ぼす。不適切養育を治療・予防するためには,養育本能を司る神経機構についての理解が必要である。

 哺乳をはじめとして身体を清潔に保つ,保温する,外敵から守るなどの「仔の生存の可能性を高めるような親の行動」を養育行動と総称する1)。養育行動はすべての哺乳類の存続に必須であることから,親の脳内で養育本能を司るメカニズムも基本的な部分は哺乳類内で保存されていると考えられる。本稿では,げっ歯類モデルを用いた最近の研究を中心に,養育行動を制御する脳領域,分子について概説する。

基本情報

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生体の科学
59巻5号 (2008年10月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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