特集 現代医学・生物学の仮説・学説2008
2.分子生物・遺伝学・遺伝子工学
多細胞生物における遺伝子の水平転移
二河 成男
1
Naruo Nikoh
1
1放送大学教養学部
pp.390-391
発行日 2008年10月15日
Published Date 2008/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425100528
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生物の持つ遺伝情報は親から子へと伝達される。これは,動物や植物などの多細胞生物から小さな細菌まで,あらゆる生物に見られる普遍的な現象である。しかし,遺伝情報の伝達はこのような“垂直伝播”だけではなく,異なる生物種の遺伝情報が自身のゲノムに入り込むこともある。これを遺伝情報の“水平転移”と呼ぶ。細菌では遺伝情報の水平転移が一般的に起こることが知られている。そして現在では,多細胞性の真核生物においても水平転移による遺伝情報の伝達が起こることが多数報告されている。
当初,遺伝情報の水平転移はごく稀な現象であると考えられていた。しかし,大量のDNA塩基配列情報が蓄積されると,細菌では予想以上の頻度で水平転移が起こっていることがわかった。それでもなお,多細胞の動物では水平転移はほとんど起こらないと考えられていた。なぜなら,体細胞系列と生殖細胞系列が発生初期に分離するため,生殖系列の細胞が外部の環境と直接に接触することはなく,外来のDNAが生殖系列の細胞内に入り込むことはないと考えられていたためである。事実,キイロショウジョウバエ,C. elegans,ヒトなどのゲノムDNAからは,水平転移を示唆する遺伝情報はオルガネラ由来のものを除いて発見されなかった。ところが様々な生物を調べると,多細胞の生物であっても水平転移により遺伝情報を獲得していることが明らかになった。特に,ボルバキアという節足動物に広く見られる細胞内共生細菌の遺伝情報が,水平転移により宿主生物ゲノムに取り込まれていることが複数の生物で発見され,注目を集めている。
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