- 有料閲覧
- 文献概要
- 参考文献
●進化医学の概念
高名な遺伝学者であるドブジャンスキーは「Nothing in biology makes sense except in the light of evolution」という名言を残した。事実,生物の成り立ちを理解するには進化学的な解析や考察が必須である。この考えを医学の領域に導入したものが進化医学(darwinian medicine, evolutionary medicine)である。つまり疾患の成り立ちを進化学の面から明らかにしようという学問といえる。この分野の重要性を数多くの具体例とともに示した「病気はなぜ,あるのか」の著者であるネシーとウイリアムズの言葉を借りれば,「何が(What)どのようにして(How)病気を引き起こすかが現在の医学の目指しているものとすると,進化医学ではなぜ病気があるのか(Why)」を問いかける。
例えば,アフリカで高頻度に見られる単一遺伝子病である鎌状赤血球症は,ヘテロ接合体ではマラリア感染に対して抵抗性があり,他の遺伝子型の個体より有利であるため(超優性),高頻度で維持されている(平衡選択)。一方,多因子病について進化医学で引き合いに出されるのがニールの倹約遺伝子型説(thrifty genotype hypothesis)である。これは2型糖尿病では,食物摂取やその利用を効率的に行う遺伝子型がその発症に関わっており,その遺伝子型は人類が過去の飢餓に脅かされる時代を生き延びてきた過程で選択を受けたもので,現在では急速な食料事情の改善やカロリー過剰摂取のため,疾患が引き起こされやすくなったという考えである。事実,アメリカのピマインディアンでは保護地域での豊富な食生活とともに糖尿病の有病率が増加し,糖尿病発症者が成人の30%以上にも達している。このような例はポリネシアのナウルの集団においても見られている。ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study;GWAS)などで繰り返し2型糖尿病との関連が報告されている転写制御因子7L2遺伝子(TCF7L2)のSNP(rs7903146)のリスクアレルのTは,ほかの霊長類でも見られる祖先型アレルである。したがって,祖先型のアレルが進化の過程で選択されてきたことが考えられ,倹約遺伝子型説に合うように見える。ところが,上記SNP以外にGWASにより関連が認められた18個のSNPのリスクアレルを検討すると,祖先型アレルは半数のみであり,祖先型アレルが格別選択されていないようにも見える。しかし,これらのSNPの機能的な意義については不明であり,疾患感受性に直接関わるリスクアレルは連鎖不平衡状態にあるほかの機能的SNPのアレルである可能性もある。
Copyright © 2008, THE ICHIRO KANEHARA FOUNDATION. All rights reserved.