生体の科学 55巻5号 (2004年10月)

特集 生命科学のNew Key Word

1.遺伝子/遺伝子発現/進化

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 TGF-β(transforming growth factor-β)はBMPおよびActivin/nodalとともにサイトカインスーパーファミリー分子群を形成し,発がんおよび増殖分化調節,アポトーシスのみならず初期発生や免疫調節に重要な役割を果たしている。これらのサイトカインは,セリン/スレオニンキナーゼであるtype Ⅱ受容体を活性化し,さらにtype Ⅰ受容体のセリン/スレオニンキナーゼ活性を上昇させシグナル伝達を行う。受容体キナーゼにより活性化し下流にシグナルを伝達する分子としてSmadがよく知られている1)。Smad分子群は特異的Smad(R-Smad;Smad1,2,3,5,8),共有型Smad(Co-Smad;Smad4)および抑制性Smad(I-Smad;Smad6,7)の3種の機能的分類がなされている。TGF-βシグナルにおいては,R-SmadのうちSmad2がtype Ⅰ受容体のターゲットとしてリン酸化にされ,最終的に核内においてCo-SmadであるSmad4と複合体を形成し,標的遺伝子のプロモーターに結合し転写活性化を惹起する。しかしながらSmad2の細胞質局在,特に受容体近傍へのリクルートのメカニズムは不明であった。

 こうしたなかでSmad2を細胞質にアンカリングする分子として同定されたのがSARA(Smad anchor for receptor activation)である。SARAはFYVEドメイン(conserved in Fab1p/YOTB/Vac1p/EEA1)を持ちPhosphatidilinositol-3-Phosphateを介して細胞膜に結合するとともにSmad2とも結合し,Smad2をTGF-β受容体複合体にリクルートする2)。最近になって,TGF-β受容体はリガンド結合後,細胞内小胞に取り込まれ継続してシグナル伝達を行う一方,ライソゾーム系により分解されることが判明した3)。前者はClathrin依存性の細胞内取り込みを経てEEA1陽性細胞内小胞に内包されるが,この小胞においてSARAがSmad2をリクルートしシグナル伝達を細胞内で継続させていた。一方で,Caveolin陽性小胞に取り込まれたTGF-β受容体は分解経路に乗るようであるが,その分子メカニズムは不明である。SARAと同様にFYVEドメインを持つHrsはSARAと協調してSmad2を受容体にリクルートする4)。ショウジョウバエにおいてHrs欠損細胞では受容体のダウンレギュレーション障害に基づいて種々のシグナル伝達が亢進することが認められていることから,Clathrin/Caveolin陽性小胞とHrsの関係が今後注目される。

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発現と機能

 Necdin(neurally differentiated embryonal carcinoma-derived protein)は,マウス胚性ガンP19細胞を神経分化させた際に誘導される遺伝子産物として発見された1)。マウスとヒトのNecdinは,それぞれ325個と321個のアミノ酸から構成される2)。Necdin mRNAは中枢および末梢神経系の大部分のニューロンに発現しているが,増殖中の神経幹細胞(前駆細胞)やグリア細胞には発現していない3)。Necdinは筋細胞や脂肪細胞などの分裂終了細胞にも発現しているが,ガン化した細胞には発現が認められない。株化された種々のガン細胞にNecdin cDNAを導入すると,増殖が強く抑制される4-6)。また,ニューロブラストーマ細胞にNecdinを強制発現させると,細胞周期制御因子の発現パターンが分化したニューロンの特徴を示すようになる7)。 一方, 培養条件下の知覚神経節ニューロンでは,内在性Necdinの発現を抑制すると,分化できずにアポトーシスを起こす8)。したがって,Necdinはニューロンの増殖抑制と共に,最終分化の誘導と安定化に関わるものと推定される。

新しいスプライシング変異 深尾 敏幸
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スプライシング(Spl)異常

 Spl異常はその遺伝子のコードする蛋白に大きな影響を与え,それをきたす変異は疾患の原因となる。イントロンの5',3'スプライス(SP)部位の異常によるSpl異常は有名であるが,エクソン内変異によるスプライシング異常が注目されており,その一つにnonsense-associated altered splicing(NAS)がある。本稿ではSpl異常について,特にNASの周辺について概説する。

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 ラパマイシンは,哺乳類における免疫抑制効果,癌抑制効果,および狭心症における介入治療(angioplastyやステント治療)後の冠動脈再狭窄に対する抑制効果が注目される有機化合物である。このラパマイシンの細胞内標的蛋白質として,出芽酵母においてTOR(mammalian Target of Rapamycin)が同定された。mTORはTOR蛋白の哺乳類オーソログで,2549アミノ酸残基,289kDaの蛋白質リン酸化酵素(protein kinase)である。ラパマイシンはその細胞内受容体であるFKBP12(FK506結合蛋白質12)と複合体を形成し,この複合体がmTORに直接結合することにより,mTORの機能が阻害される。

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 SUMO(Small ubiquitin-related Modifier)はユビキチン類似のタンパク質モディファイアーの一つである。ユビキチンと同様,成熟型SUMOのC末端のグリシン残基のカルボキシル基が,基質である標的タンパク質のリジン残基のε-アミノ基へとイソペプチド結合し,タンパク質結合体を形成する。SUMO化修飾には,ユビキチン化反応と同様な酵素類が関与し,このシステムは酵母からヒトに至るまで保存されている。修飾を受けた標的タンパク質が新たな機能を獲得したり,同じリジン残基をユビキチン化と拮抗することにより標的タンパク質の安定化に寄与することが知られている1)

天然アンチセンス転写産物 阿部 訓也
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 天然アンチセンスRNAというように,ことさら「天然」という語句を付け加えるのは,遺伝子機能阻害のために利用される人工的なアンチセンスオリゴDNAなどと区別するためで,天然は(naturally occurring)という意味合いを持つ。すなわち,生物自体が本来備え持っている転写産物で,定義としてはある遺伝子(センス遺伝子)をコードするDNA鎖の逆鎖から読まれ,センス鎖と相補的な配列をもつもの,ということができる(図1)。

 このような転写産物の存在は古くからバクテリアなどで知られており,遺伝子発現制御に関与すると考えられていた。また哺乳類でも,X染色体不活性化に重要な役割を持つXist遺伝子の逆鎖から転写されるアンチセンスRNAが発見され,Tsixと名付けられた。さらに,ゲノム刷り込みを受けるIGF2受容体(Igf2r)遺伝子座にもAirと呼ばれる巨大なアンチセンスRNAが存在することが知られている。

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ヒドラ研究に対する革命

 ヒドラは刺胞動物に属し,非常に単純な体制をもつ多細胞生物である(図1)。系統発生的には左右相称動物が出現する前の今からおよそ7億年前に分岐したと考えられている。ヒドラは強い再生力および単純な体制をもつことから,古くから発生のメカニズムを研究するために用いられてきた1)。最近,われわれは藤澤敏孝博士(国立遺伝学研究所)との共同研究において,ヒドラ(Hydra magnipapillata)のおよそ23,000のEST配列を決定した。また,カリフォルニア大学のHans Bodeらも全く同じヒドラの系統を用いて,現在までに56,000以上のEST配列を決定している。これら80,000以上のEST配列は,ヒドラにおける分子レベルの研究を新たな方向へと変えうる強力なデータセットになるだろう。

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 減数分裂は,真核生物が生殖細胞において子孫を残すために行う必須な細胞分裂である。この分裂が起きるときに,両親から受け継いだ染色体(相同染色体)が対合し,同じ染色体部位に位置する遺伝子間でDNAが組換わる(相同DNA組換え反応)。この反応において重要なのが相同的対合反応である。これは,単鎖DNAと二重鎖DNAの塩基配列が相同な領域において対合される反応である。生物はこの反応を用いて,両親から受け継いだ遺伝情報を交換し,新しい組み合わせの遺伝子セットを持った子孫を作って遺伝的多様性を確保していると考えられている。また,この相同DNA組換え反応は,傷ついたDNAの修復にも使われており,細胞が正常に機能するために不可欠なメカニズムである。DNA組換え反応は,生物界で普遍的な現象であり,それに関わるタンパク質は大腸菌からヒトまで機能構造ともによく保存されている。本稿では,DNA組換え反応に関わるタンパク質に着目して,生化学的,構造生物学的視点から紹介する。

2.核/染色体

核内外輸送シグナル 米田 悦啓
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 真核細胞では,遺伝情報を保持し複製する場である核と,その遺伝情報に基づいて蛋白質を合成する場である細胞質が,核膜と呼ぶ2層の脂質二重層で隔てられている。細胞が正常に機能するために,核と細胞質は常に核膜を介してRNAや蛋白質などの物質を流通させ,情報を交換する必要がある。このような核-細胞質間物質輸送は,核膜を貫くように存在する核膜孔と呼ばれる物理的な小孔を介して行われる。核膜孔の内周には,核膜孔複合体と呼ぶ巨大な蛋白質複合体が核膜孔を取り巻くように存在している。哺乳動物細胞の場合,通常,1個の核当たり数千個の核膜孔が存在する。1個の核膜孔複合体を構成する蛋白質(ヌクレオポリンと総称する)は約30種類あると考えられている。

 分子質量が2~4万ダルトン以下の低分子は,核内外の濃度勾配に従った単純な拡散(受動拡散)によって核膜孔を通過することができる。一方,それ以上の質量を持った分子は単純な拡散では通過することができず,その細胞が持つ特異的な輸送装置によって促進的に輸送される。なお,分子質量が受動拡散で通過できる大きさの分子であっても,輸送装置による促進的な輸送機構によって運ばれる分子も存在する。これらの輸送装置によって促進輸送される蛋白質は,通常,それ自身の分子内に促進輸送されるために必要な機能ドメインを持っている。細胞質から核内に移行するために機能するドメインを核局在化シグナル(NLS:nuclear localization signal)と呼び,核から細胞質に移行するために機能するドメインを核外輸送シグナル(NES:nuclear export signal)と呼ぶ。両シグナルともに,蛋白質分子内の特定の位置に存在するという法則性はなく,ミトコンドリアに輸送される蛋白質が持つミトコンドリア指向配列や,分泌蛋白質などが持つシグナルペプチドのように,輸送過程で蛋白質分子中から切り離されることはない。これは,核内外を移行する蛋白質は,通常,何度も核膜を通過する可能性があることを示唆しており,実際,核と細胞質の間を出入りする(シャトルする)蛋白質の例が数多く報告されている。

染色体テリトリー 田辺 秀之
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 「染色体テリトリー」とは,間期における核内染色体の存在様式を表している。間期とは,細胞周期における分裂期(M期)以外のG1,S,G2期の総称である。染色体は,通常,真核生物の細胞分裂中期に観察され,DNAがヒストン,非ヒストンタンパク質とともに高度に折りたたまれた構造物であり,ゲノム遺伝情報の担体として機能している。間期における個々の核内染色体は,高度に区画化され,互いに相容れないドメイン構造を持ち,一定の核内空間(テリトリー)を占めている。また,間期の染色体は,分裂中期で見られるような高度な凝集を解かれ,いわゆるクロマチンファイバーの集塊として存在し,染色体腕領域,バンド領域,サブバンド領域,さらにその下位のクロマチン顆粒に至る階層構造から成るものと考えられている1)

 「染色体テリトリー」という用語は,ドイツの細胞生物学者Theodor Boveri博士によって今から95年も遡った1909年に提唱されており,実はNew Key Wordではなく,その研究の歴史は古い1-3)。Boveri博士はウマ回虫の初期胚の細胞分裂過程を詳細に観察して,間期核における染色体の存在様式とその核内配置に関する次のような「Boveriの仮説」を提唱した2)。(1)間期核における染色体はテリトリー構造を呈する,(2)染色体テリトリーの核内配置は間期において安定に維持される,(3)隣接する染色体テリトリーの配列順序は,分裂前中期に染色体が核板上に移動してロゼットを形成する際に置換し得る,(4)一度ロゼットが形成された後は,後期,終期にわたり二分されていく娘細胞においても配列順序が維持され,分裂後はほぼ対称的な配置となる。この説に対し,1960~70年代には,テロメアやセントロメア部位が核膜をアンカーとして様々な染色体由来のクロマチンファイバーがほどけてランダムに入り混じった,ノンテリトリー説が支持されていたこともあった。しかし,近年開発された3D-FISH(three dimensional-fluorescence in situ hybridization)法により,個々の核内染色体は高度に区画化された「染色体テリトリー」構造を持つことが視覚的に明らかにされ(図1),最初に染色体テリトリーの概念を体系化・提示したBoveri博士の優れた先見性は高く評価されている1,3)

バウンダリーエレメント 石井 浩二郎
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 真核細胞の核内に保持されるゲノムDNAには膨大な数の遺伝子が含有されている。細胞機能の発揮には個々の遺伝子のゲノムDNAからの忠実な発現が不可欠であるが,遺伝子発現の緻密かつダイナミックな調節は様々なレベルの制御要素の組み合わせで成り立っている。その中で特徴的クロマチン制御の領域限定を担っているのが「バウンダリーエレメント(boundary element)」と呼ばれる一連のDNAシス因子である1)

 長大なるゲノムDNAは,核内で多様なタンパク質との高次複合体「クロマチン(chromatin;染色体)」を形成することで,高度な折り畳みによる秩序だった収納と,細胞分裂を通じた安定な継承・維持を達成している。染色体DNAの折り畳みにはヒストンタンパク質への巻きつきを基本単位とした複数の高次中間段階が介在しているが,その状態は外的シグナルなどに応じて動的に変遷し得るものであり,染色体折り畳み度は遺伝子発現レベルと相関関係を示す。しかしながら,1本の染色体に含まれたゲノムDNA上には多数の遺伝子が存在するため,単一のクロマチン分子内にも異なる折り畳みレベルのクロマチン構造が接しあいながら混在することになる。バウンダリーエレメントはこれら染色体上のクロマチン構造領域の境界を規定し,隣り合って互いに干渉しあう可能性のある動的クロマチン変換効果の伝播を部位特異的に遮断する機能を果たす。バウンダリーエレメントは,特にその遺伝子発現に与える影響に着目した場合,エンハンサーやサイレンサーなどの転写制御要素と混同しやすいが,バウンダリーエレメントは自らの部位を越えて伝播しようとするクロマチン変換効果は遮断するが(図1 ① の効果),自分自身を横切らない効果に対してはそれが近接する因子に由来していても全く影響を与えない点(図1 ② の効果)で上述の転写制御要素と一線を画する。

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 BAF(Barrier-to-autointegration factor)は1998年に遺伝子がクローニングされた分子であり1),約90アミノ酸から成る分子量10kDの低分子量DNA結合タンパク質で,これまでのところ多細胞動物にのみ存在が確認されている。BAFは,白血病ウイルスやエイズウイルスなどのレトロウイルスが宿主細胞に感染後に形成するプレインテグレーション複合体を構成する宿主細胞性由来の因子として見つかった分子である。in vitroではBAFは逆転写により形成されたウイルスDNAに結合し,ウイルスDNA間でインテグレーションが起こること(autointegration)を阻害する活性を持つことが明らかになっており,これがBarrier-to-autointegration factorと命名された所以である1)

 また,BAFにはウイルスゲノムを宿主ゲノムへインテグレーションさせるインテグレースを活性化する機能もある。その活性化能力は,これまで見つかっている同様な機能を持つ細胞性のタンパク質HMG A1(high-mobility group protein A1)より500倍以上高いことも知られている2)。BAFはタンパク質の構造内にhelix-hairpin-helix構造を持ち,塩基配列には依存せず2本鎖DNAに特異的に結合する特性がある。水溶液中では,ダイマーを形成し異なる2本鎖DNA間を架橋する機能が強く,21塩基対のDNAを用いた解析ではドデカマーの大きな複合体を形成することが示されている3)。宿主細胞性由来の因子であるBAFが,どうしてこのようにレトロウイルスの増殖に寄与するかについてはまだ詳細は明らかではない。

3.細胞周期/細胞分裂

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 チェックポイント(Checkpoint)という言葉は,1988年にWeinertとHartwellにより初めて使われた。野生型の出芽酵母はX線によるDNA損傷が与えられると,G2期に停止して,損傷を修復し,その後増殖を再開する。彼らはrad9変異株に同様なDNA損傷を与えると,この変異体は増殖を停止せずそのまま数世代分裂を続けやがて死んでしまうことを見出した。この結果から,彼らは,酵母細胞はDNA損傷を感知し,それが修復されることを確認するまで増殖を一旦停止させる監視システムを有していると提唱し,この監視点をRad9チェックポイントと名付けた。その後の研究から,細胞は細胞周期の種々のポイントに同様な監視点-チェックポイント-を備えていることが明らかになり,チェックポイントコントロールは以下に記すように,細胞周期の進行を監視する制御システムという広い意味で使用されるようになった。

 細胞周期は,二つの間期をはさんでDNA複製と細胞分裂が秩序正しく繰り返される現象である。また,二つのイベントは相互に依存しており,それぞれが完全に誤りなく終了しないと,次のイベントの正しい進行は保証されない。たとえば,DNA複製が完全に終了する前に細胞分裂が進行すると,当然生じる娘細胞のいずれかは,完全なセットのDNAを引き継げなくなり,結果として細胞の増殖に重篤な影響がでると考えられる。チェックポイントコントロールとは,このようなことが起こらないように,細胞周期の種々の連続的なイベントがそれぞれ完全に終了したことを確認してから次のイベントに移行することを保証する機構である。

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紡錘糸形成チェックポイント機構の生物学的機能

 生命の設計図ともいえる染色体DNAは,細胞が倍加する際には正確に複製された後,均等に娘細胞に分配されなければならない。紡錘糸形成チェックポイント(以下,スピンドルチェックポイント)は,染色体の均等分配のために有糸分裂期における細胞周期進行を制御する監視機構である。複製後,姉妹染色体は互いに対合して姉妹染色分体を形成する。有糸分裂中期にいたりすべての染色分体の動原体に紡錘糸が接続すると,姉妹染色分体は解離しそれぞれの娘細胞に誘導される。スピンドルチェックポイントは,ある動原体が紡錘糸と接続されていない場合に姉妹染色分体の解離を遅延する。スピンドルチェックポイントが正常に機能しないと,動原体に紡錘糸が接続する以前に姉妹染色分体が解離する。紡錘糸をもたない染色体は娘細胞に正確に分配されないことから,染色体数の不安定性を引き起こす。このような不都合から癌の発生/進行の原因とも考えられる異数体が生成する。

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 中心体(centrosome)は直交する1対の中心小体(centriole)とその周囲を取り巻く蛋白質(pericentrial material)で形成されており,細胞周期を通じて様々な細胞現象に関与していることが知られている1,2)。特に有糸分裂の際には紡錘体極(spindle pole)となり,2極性の確立,紡錘体糸の形成,赤道面の決定に重要な働きを持つ。これらはすべて染色体の均等な分配に必要不可欠である1,2)。それぞれの娘細胞は親細胞から一つの中心体しか受け取らないため,中心体は間期中(有糸分裂前)に複製されなければならない。動物体細胞では,中心体の複製は細胞周期のG1/S転移期に中心小体の分離,複製によって始まる。中心小体ならびに中心体の複製はG2期までに完了し,またこの複製は1細胞周期中一度だけでなければならない(複数回の複製は3極以上の異常分裂の原因となり,発癌に重要な染色体異数性を引き起こす)ため,中心体の複製はDNA複製周期などその他の細胞周期と同調して起こる必要がある(図1)。

 有糸分裂を促すシグナルは,多くの細胞質および核内分子を介して伝達される。なかでも,CDKs(cyclin-dependent kinases)として知られるセリン/スレオニンキナーゼのファミリーは,DNA合成や有糸分裂といった主な細胞周期イベントの発現を調節している3-5)。また,CDKの活性は細胞周期特異的に発現するサイクリンによって制御されている3-5)(図1)。G1期サイクリンであるサイクリンEは,CDK2と二量体を形成して,セリン/スレオニンキナーゼ活性を発現し,RBをはじめとする細胞周期調節に重要な分子のリン酸化に関与する。サイクリンEの発現はG1後期に最大となり,その活性はS期への移行(DNA複製開始)に必須である6,7)。中心体複製とDNA複製が同一の経路で賄われているのか,もしくはいくつかの共通イベントをもつ二つの経路が存在するのかなど不明な点が多かったが,近年,CDK2/サイクリンE複合体が中心体複製開始の制御を行っていることが相次いで報告され,中心体複製の研究に新たな展開をもたらした8-10)

4.細胞小器官

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 神経のシナプス末端には直径50nm程度のシナプス小胞が充満している。各種の神経伝達物質はこの小胞の中に蓄積されており,神経の興奮に応答して細胞外にエキソサイトーシスされる。放出された神経伝達物質は後シナプスの受容体と結合し情報を伝える。これが「化学伝達」である。小胞内の神経伝達物質の蓄積は,小胞型神経伝達物質トランスポーター(vesicular neurotransmitter transporters)と総称される複数のトランスポーターが,液胞型プロトンプンプ(vacuolar H-ATPase, V-ATPase)が形成するプロトンの電気化学的ポテンシャル差を駆動力として,基質である神経伝達物質を能動輸送した結果である。このトランスポーターは輸送する基質により4種に分類される。小胞型モノアミントランスポーター,小胞型アセチルコリントランスポーター,小胞型抑制性アミノ酸トランスポーター,そして,小胞型グルタミン酸トランスポーターである。小胞型グルタミン酸トランスポーターは興奮性アミノ酸であるグルタミン酸を輸送するトランスポーターとして定義され,最近,その分子実体が明らかにされた1-3)。Vesicular glutamate transporterの和名。VGLUTとも略する。

 VGLUTは,構造的には12回膜貫通型の原形質膜に存在するNa依存性リン酸トランスポーターファミリー(SLC17)の仲間であり,現在までにVGLUT1,VGLUT2,VGLUT3という3種のイソ型が知られている(図1)。それぞれの分子量は若干異なるがおよそ56000であり,他3種の小胞型神経伝達物質トランスポーターとは全く異なった膜タンパクである。VGLUTはLグルタミン酸を基質として認識する。D体も基質とするが,その程度はL体の約15%である。D,Lアスパラギン酸は基質として認識されないが,1-aminocycloropropane-trans-1,3-dicarboxylic acidのようなトランス型の環状グルタミン酸類縁体は比較的よい基質である4)。エバンスブルーのようなグルタミン酸を含んだ色素が輸送を阻害するが5),強力で特異性の高い阻害剤は未だに知られていない。このトランスポーターは前述のプロトンの電気化学的ポテンシャル差の要素のうち,内部正の膜電位を輸送の駆動力として用いている4)。内部酸性のpH勾配は必要ない。この輸送活性には低濃度(大体5mM)の塩素イオンが必要である。塩素イオンが存在しないと活性は5%程度に減弱する。臭素イオンも同様に有効であるが,ヨードやチオシアネートアニオンは阻害的である。これは活性を制御するアニオン結合部位がVGLUT分子上に存在するためであると考えられている4,6)。VGLUTの特性の一つに輸送の多芸性(versatility)があげられる3)。VGLUTが原形質膜上に存在すると,Na勾配により駆動される無機リン酸の取り込み反応を引き起こすようになる。従って,VGLUTは局在するオルガネラ,駆動力・輸送基質・輸送の方向を変化させることができる(図1)。このような性質を示すトランスポーターは他に知られていない。

小胞体ストレス応答(UPR) 河野 憲二
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 小胞体は膜タンパク質や分泌タンパク質の合成を行うだけでなく,それらのタンパク質のフォールディング(折り畳み)や品質管理を行う場としても重要な機能をになっている。小胞体で合成されたタンパク質のフォールディング異常を引き起こすようなストレスを総称して「小胞体ストレス」と呼んでいる。細胞に小胞体ストレスがかかると,細胞はその異常を鋭敏に察知し,その恒常性を保つために小胞体ストレス応答(またはunfolded protein response:UPRともいう)を示す1)。この小胞体ストレス応答は,これまでの研究により主に三つの経路,すなわち1)タンパク質合成の抑制,2)小胞体シャペロン遺伝子群の転写レベルでの誘導,3)小胞体関連分解(ER associated protein degradation:ERAD),からなることがわかっており,いずれも小胞体内腔からサイトゾルや核への新しい情報伝達経路により活性化される2)(図1参照)。

 一つ目のタンパク質合成の抑制は,小胞体膜貫通型タンパク質キナーゼPERK(PKR-like ER kinase)の活性化によりeIF2α(eukaryotic initiation factor 2α)がリン酸化され非活性型となり,タンパク質合成が抑制されることにより一過的に新生タンパク質の小胞体内への流入が抑制されるもので,小胞体ストレスに呼応し初期段階で起こる応答である3)。このタンパク質合成の抑制により逆に翻訳が誘導されるATF4(activating trans-cription factor 4)と呼ばれる転写因子があり,この活性化によりアミノ酸代謝や輸送,細胞内酸化還元反応に関与する遺伝子の転写誘導がかかることが知られている。翻訳抑制にはIRE1βという膜貫通タンパク質による28S rRNAの分解によるタンパク質合成の抑制も報告されている4)

小胞体関連分解(ERAD) 細川 暢子
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 小胞体関連分解(ERAD:ER associated(protein)degradation)とは,小胞体内に蓄積した異常タンパク質を,サイトゾル(細胞質)に引き出して分解する機構のことである(図1)1-3)。小胞体では,多くの膜タンパク質や分泌タンパク質が生合成されているが,正しくフォールドしたタンパク質のみが分泌経路にのり,ミスフォールドしたタンパク質は小胞体にとどめられることがよく知られており,この機能は工場での製品管理に例えて,小胞体の品質管理(QC:Quality control)と呼ばれている4)。ミスフォールドしたタンパク質を処理する経路として,ERADはQCの重要な一部分を担っている。

 細胞内で生合成される新生タンパク質の実に30%が,生合成過程でミスフォールドしてしまって,細胞内分解を受けることが報告されている5)。小胞体でも,これくらいの量のタンパク質が,生合成時のフォールディングに失敗して,分解されていくと考えられる。その他にも様々な理由で小胞体内に異常タンパク質が蓄積してくる。例えば,サブユニット間の会合がうまくいかずにミスアセンブルしたり,種々の小胞体ストレスが加わったためにタンパク質がミスフォールドする場合,遺伝子の変異によって,タンパク質が正しい高次構造をとれなくなった場合などである。このようにしてフォールディングに失敗したタンパク質は,小胞体内にとどめられて,分子シャペロンやフォールディング酵素の助けを借りて再フォールディングが試みられるが,最終的にフォールディング不能と判定されると,細胞内分解を受けることになる。このような異常タンパク質の多くは,小胞体から細胞質に逆輸送された後に,細胞質に存在するプロテアソームによって分解されることが発見され,ERADと名付けられた6)。このシステムは,真核生物において,酵母からヒトまでよく保存されている。ERADの機構を使って,小胞体で作られたタンパク質をわざわざ細胞質へ引き出して分解するのは,ひとつには,タンパク質生合成の場である小胞体と,タンパク質分解の場を分けるためと考えられる。さらにこの機序は,正常タンパク質のダウンレギュレーション(脂質合成酵素の調節性分解など)や,ウイルスタンパク質の細胞内進入,ウイルスの細胞内増殖などにも巧妙に利用されている。

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 ゴルジ体は多くの生物種において扁平な嚢が隣り合った構造(層板構造)を持っている。小胞体から送られてきた分泌タンパク質や膜タンパク質はゴルジ体に到達すると,それぞれの嚢に局在する酵素群により段階的な修飾を受け,その後目的地に選別輸送される。ゴルジ体の層板構造はタンパク質の修飾と輸送の効率を上げるために重要な構造であると考えられている。

 ゴルジ体の位置や構造の決定には微小管やアクチン繊維などの細胞骨格が重要な役割を果たしていることが示唆されている。スペクトリンやアンキリンのアイソフォームがゴルジ体に局在しており,アクチン繊維との相互作用を通してゴルジ膜の裏打ち構造を形成している可能性が考えられる。GMAP210やHook3,CLIPR-59などの微小管結合タンパク質もゴルジ体に局在し,ゴルジ体と微小管をつなぐリンカーとして機能していると考えられる。

リソソーム標的輸送機構 大野 博司
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 リソソーム(lysosome)は小胞体,ゴルジ体,エンドソームとともに細胞内膜系とよばれる細胞小器官のひとつであり,タンパク質をはじめほとんど全ての生体高分子を分解できる。細胞自身にとっても危険な加水分解酵素をリソソームに局在させることにより,分解の場とタンパク合成の場である細胞質を膜で隔てることは理にかなっているが,そのために細胞は加水分解酵素およびその基質となる様々な物質をリソソームへと選択的に送り込む機構も発達させる必要があった。このような輸送機構は小胞輸送とオートファジーとに大別される。

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 GGAs(Golgi-localized,γ-ear-containing,ARF-binding family of proteins)はARF3と特異的に相互作用するタンパク質として同定された1)。酵母細胞においては2種類(Gga1,Gga2),哺乳動物細胞においては3種類(GGA1,GGA2,GGA3)のGGAsが存在する。GGAsは主にTGNに局在し,TGNからエンドソームへ輸送される膜タンパク質のクラスリン被覆小胞への選別輸送に関わるアダプタータンパク質の一つである。同じくTGNに存在するアダプタータンパク質のAP-1が四つのヘテロなサブユニット(β1,γ,μ1,σ1)で構成されているのに対し,GGAsはモノマーで存在し,1本のポリペプチド鎖だけでAP-1の各サブユニットが分担している機能と同様な働きをする。X線結晶構造解析により,GGAsの各機能ドメインの立体構造も解明されてきている2)

 VHS(Vps27p/Hrs/Stam)ドメインは8本のαヘリックスからなる右巻きの超らせん構造をとり,マンノース6リン酸受容体(MPR)の細胞質領域に存在する輸送シグナル(DXXLLモチーフ)に結合する。同じくDXXLLモチーフをもつSorLA,Sortilin,LRP3,β-secretaseにもGGAのVHSドメインが結合することが知られている。

Atg7/Apg7ヒトホモログ 谷田 以誠
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 哺乳類においては,オートファジーは細胞の維持・分化や細胞死の際に重要な役割を果たしており,オートファジーの制御異常は神経変性疾患や筋疾患をひきおこす1)。オートファジーの際には,オートファゴソームという細胞小器官が,ミトコンドリア・小胞体といった細胞小器官をも包み込むようにして細胞質成分を取り囲み,最終的に内包物をリソソームで分解する。このオートファゴゾーム膜で細胞質成分を取り囲む過程に二つのユビキチン化様修飾機構がかかわっている。一つはAtg12/Apg12修飾機構でオートファゴソーム膜形成の初期過程の隔離膜形成に関わっており,もう一つのLC3(Atg8/Apg8ホモログ)修飾機構はオートファゴソームの膜の伸長・形成に関与している(図1)。

 Atg7タンパク質活性化酵素は,この二つの反応に関与するユビキチン様タンパク質活性化(E1)酵素であり,酵母,植物をはじめ,ヒトに至るまで相同性が高く保存されている。他のユビキチン様タンパク質活性化(E1)酵素と比較したときのAtg7ヒトホモログの特徴は,複数の基質(Atg12ヒトホモログとAtg8/Apg8/Aut7ヒトホモログのLC3,GABARAP,GATE-16)を活性化する酵素であり,その反応がダイナミックな新規の膜形成に関与していることである。

5.細胞膜/細胞接着/細胞運動

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 Amphiphysinは,自己免疫性神経疾患であるStiff-Man Syndromeのうち腫瘍を随伴する症例において,自己抗原として同定された128kDaのタンパクで,神経シナプスに高濃度に発現する1)。シナプスでは神経伝達物質放出により細胞膜に融合したシナプス小胞膜が,主にクラスリン依存性エンドサイトーシスにより取込まれるが,AmphiphysinはClathrin,AP2などのクラスリン被覆タンパクやDynamin,Synaptojaninなどのエンドサイトーシス機能タンパクに特異的に結合することから,エンドサイトーシスに機能すると考えられた2)。Amphiphysinには高い相同性をもつAmphiphysin1,Amphiphysin2のアイソフォームが存在する。Amphiphysin1は主に脳に発現し,Amphiphysin2は他の組織にも発現するが脳と骨格筋で高発現し,両者はダイマーを形成する。

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 mDia(mammalian Diaphanous)は低分子量Gタンパク質Rhoの標的タンパク質として見出されたもので1),Formin類似タンパク質群2)に属し,その構造上アダプタータンパク質としての性格を有する点で,もう一つのRho標的タンパク質のRhoキナーゼとは異なった情報伝達機構,細胞内機能を有する。

 mDiaの細胞内機能は多彩であり,1)de novoのアクチン重合を促進し1),アクトミオシンを活性化するRhoキナーゼと協調してストレスファイバー(SF)形成に寄与する1,3)。さらに,2)Formin類似タンパク質群の特徴である細胞質分裂への関与3),3)SRF(Serum Response Factor)の活性化3),(4)微小管の安定化への関与4)が報告されている。

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 Integrin-Linked Kinase(ILK)は,インテグリンのβ1鎖の細胞内領域に結合する蛋白質として,1996年yeast two-hybrid法により単離された59KDaのSer/Thrキナーゼである1)。その発現は広範な組織で認められる。

 ILKは発生に重要で,ILKのノックアウトマウスは着床期で発生が停止する2)。この時期は,インテグリンのβ1鎖のノックアウトマウスの発生が停止する時期と重なる。さらに,C. elegansでもILKのホモログであるpat-4のnull mutationは,インテグリンα鎖やβ鎖のホモログであるpat-2やpat-3のnull mutationと同様,初期のステージで発生が停止する。これは発生過程において,ILKの機能発現とインテグリンの機能発現が密接に関わっていることを示唆している。

Ectoplasmic specialization 谷井 一郎
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 Ectoplasmic specialization(ES)は精細管上皮細胞であるセルトリ細胞に存在する特殊な形態と機能を持つ細胞間接着装置である。生殖細胞は精細管内で分化・増殖し,完成した精子は精細管内腔へ放出される。セルトリ細胞は生殖細胞が接触する唯一の細胞であり,生殖細胞の分化・増殖・運搬を一手に引き受けている。ESは生殖細胞の分化・増殖に必要な微小環境の提供と,運搬の機能に深く関わっている。

 ESの構成は,1)細胞膜,2)細胞膜と平行に配置する小胞体,3)細胞膜と小胞体の間に挟まれて六角格子配列する太いアクチンフィラメント束である(図1)。細胞膜表面には接着分子Cadherin,Nectinが存在する1,2)。これらはそれぞれCatenin,Afadinによってアクチンと結合している。ESはこれら接着分子を介して隣接する細胞どうしを接着する。ESが形成される場所はセルトリ細胞の基底外側面と上部である(図1)。この二つのESは異なる機能を担っている。基底外側面のESは隣接するセルトリ細胞を接着し,密着結合を含んでいる。これより基底側に精祖(精原)細胞が配置し,上部には減数分裂期の精母細胞と半数体の精子細胞が配置する。思春期以後に出現する精母細胞と精子細胞は,この配置によって自己の免疫的攻撃から免れることができる。ESはいわゆる血液精巣関門としての役割を果たしている。セルトリ細胞間の密着結合を担う接着分子としてClaudin-11が同定された3)。この分子の遺伝子欠損マウスでは精子形成が進行しないことから,ESの密着結合は精細管上部の環境を組織液とは異なる独特な組成に保ち,精子形成に必要な微小環境形成に寄与していることが証明された。上部のESはセルトリ細胞-精子細胞間に形成される。基底外側面のESと異なり,上部のESには密着結合はない。この部位の小胞体近傍には基底-上部方向に微小管が走り,さらに微小管に面する小胞体膜上にはダイニンが存在する4)。精子細胞自身には移動する能力がないが,このチューブリン/ダイニン系の働きにより基底-内腔間のトランスロケーションが可能となる。

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 神経・筋細胞における収縮や伝達物質放出の生理的過程においては,細胞表層膜の脱分極が細胞質Ca2+濃度上昇にシグナル変換される。その興奮性細胞における情報伝達では,電位依存性Ca2+チャネルの開口による細胞外からのCa2+の流入,引き続き生じるリアノジン受容体の開口による小胞体からのCa2+放出が普遍的に観察される。この機構はCa2+によるCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+release;CICR)と呼ばれている。また,Ca2+結合タンパク質の豊富な細胞内にて効率的にCICRが成立するためには,両チャネルが局在する細胞表層膜と小胞体膜が互いに接近した構造が必要とされると考えられる(図1)。事実,神経細胞におけるsubsurface cisternae,横紋筋細胞におけるtriadやdiad構造,未成熟な横紋筋と平滑筋細胞におけるperipheral couplingと命名された近接膜構造が電子顕微鏡により古くから観察されており,CICR機構の反応の場であると考えられている。

 われわれのグループでは,この近接膜構造を形成する分子の同定を目指した検索で,骨格筋細胞のtriad構造中に分布するジャンクトフィリン(Junctophilin;JP)を単離した1)。実際,JP cDNAの機能発現実験では,小胞体膜と細胞表層膜の近接膜構造の形成が確認された。JPには4種のサブタイプ(JP-1, 2, 3, 4)が同定されており,これらはカルボキシ末端の小胞体膜貫通領域と,アミノ末端側に位置する細胞表層膜との特異結合に寄与する14アミノ酸残基からなる繰り返し配列(MO RNモチーフ)を共通な構造として有している。JPサブタイプはCICR機構の存在が確認されている興奮性細胞系に分布し,JP-1は骨格筋特異的で,JP-2は骨格筋,心筋,平滑筋の筋細胞全般に発現しており,JP-3とJP-4は神経細胞に存在していることが示されている。

Nectin-Afadin細胞接着機構 溝口 明
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Nectin-Afadin分子の特徴

 Nectinはイムノグロブリンスーパーファミリーに属する,細胞外Ca2+非依存性の細胞間接着活性を持つ細胞接着分子である。Nectinは1回膜貫通型蛋白質で,N末端の細胞外領域には三つのイムノグロブリン様ループを持っている。また,Nectinは細胞内領域のC末端にE/AXYVという特徴的アミノ酸配列を持っている。この配列は,細胞膜下蛋白質であるAfadinの分子中央に位置するPDZ領域と結合する。一方,Afadinは1,829個のアミノ酸からなる分子量207,667の蛋白質で,C末端付近のActin結合領域において線維性のF-Actinと結合する(図1)。

6.アポトーシス

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 Mitogen-activated protein(MAP)キナーゼカスケードは,酵母から哺乳類まで保存されたタンパク質リン酸化による細胞内シグナル伝達機構であり,様々な刺激やストレスに応答して活性化し,増殖・生存,免疫応答,アポトーシスなどの生命活動を制御する。

 apoptosis signal-regulating kinase1(ASK1)は活性酸素種(ROS)や血清・増殖因子除去,小胞体ストレス,TNFなどの炎症性サイトカインで活性化されるMAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)である1-3)。ヒトASK1は1374アミノ酸,マウスは1379アミノ酸からなり,その中央部付近に1ヵ所のセリン/スレオニンキナーゼ領域をもつ4)。ASK1はMEK-ERK経路は活性化せず,SEK1/MKK7-JNK並びにMKK3/MKK6-p38の二つのストレス応答性MAPキナーゼ経路を特異的に活性化する1)

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 アポトーシスは,不要になった細胞,害となる細胞を取り除く生理的な細胞死であり,Fasリガンドなどのdeath factor,抗癌剤により誘導される1)。アポトーシス時の特徴的な形態変化として,核の凝縮と染色体DNAの断片化がある2)。このDNA断片化を引き起こす分子が,CAD(caspase activated DNase)であり,DFF40(DNA fragmentation factor 40)とも呼ばれている3)。CADは,アポトーシスのcell-free再構築系を用いて,アポトーシス時に活性化されるDNaseとして,マウスおよびヒト細胞より単離同定された4)。この分子は343アミノ酸からなる塩基性タンパク質であり,核移行シグナルを有する。

 増殖中の細胞では,CAD活性を阻害するICAD(inhibitor of CAD/DFF45)がCADと複合体を形成している。ICADはCADの合成において,その正常な折り畳みを助ける分子シャペロン様の働きをも持っている5)。アポトーシス時には,ほとんどの場合カスパーゼ(システインプロテアーゼ)が活性化され,この活性化されたカスパーゼによりICADが切断不活化され,遊離したCADが染色体DNAの断片化を引き起こす。カスパーゼ耐性の変異ICADを発現させた細胞やCAD欠損マウス由来の細胞では,Fasリガンドや抗癌剤などの刺激により,DNAの断片化は全く引き起こされない。しかし,CADを欠損した細胞はこれらの刺激により死滅し,アポトーシスの進行自体にDNAの断片化は必須ではない6)

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 Amida(TFPT/FB1)は酵母two hybrid screeningによって,神経特異的最初期遺伝子産物Arc1)の結合蛋白質としてラット海馬から単離された2,3)。Amida蛋白質は249個のアミノ酸からなり,既知の蛋白質と相同性を持たない。その発現は精巣および脳に多いが,心臓,腎臓,脾臓,胸腺,肝臓にも低レベルの発現が見られた。

アポトーシス感受性機構 廣川 誠
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 アポトーシスは個体の発生および組織の恒常性維持において必須の機構であり,形態学的には細胞の縮小とクロマチンの凝縮,生化学的にはDNAの断片化によって特徴づけられる。このDNAの断片化はaspartate-specific cysteine protease(caspase)の活性化に依存している。アポトーシスは,1)TNF受容体ファミリーとそのリガンドの結合によって開始される細胞死(receptor-dependent)と,2)放射線や化学物質などの細胞へのストレス刺激による細胞死(receptor-independent)の二つがある。これら二つの異なった細胞死シグナルは,最終的にカスパーゼの活性化経路に集約されるが,カスパーゼの活性化に至る経路はミトコンドリアの活性化に依存するものと,依存しないものとがある。カスパーゼカスケードの最終段階ではcaspase-3が活性化され,DNA断片化に直接関わるDNase(CAD/DFF-40)の活性化が起こる。

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 線虫(雌雄同体)では発生過程において1090個の体細胞が作られる。しかし,そのうち131個はアポトーシスを起こして消滅することが遺伝的に決定されている。一方,ヒトやマウスといった哺乳類では,必ずしもアポトーシスを起こす細胞は遺伝的に決められているわけではない。むしろ個々の細胞が受け取るアポトーシスシグナルと生存シグナルの相対的な量のバランスによって生死が決定する。その結果,必要な細胞が残り,必要のない細胞がアポトーシスによって除かれる。例えば,神経細胞は標的細胞からの生存シグナルを受けた細胞のみが生き残り,適切なネットワークが形成されると考えられている。上皮系の細胞では細胞外基質に接着することが生存に不可欠である。また,免疫系の細胞はサイトカインによって生存と増殖を制御される。この過程で自己抗原に反応する細胞はアポトーシスによって除去され,異物と反応する細胞のみが生き残る。このバランスが崩れ,アポトーシスシグナルが過剰になると神経変性疾患やエイズなどが,生存シグナルが過剰となると癌や自己免疫疾患などが引き起こされると考えられている。このように,哺乳類の発生や病態を理解する上で,生存シグナルとアポトーシスシグナルのバランスについて理解することがきわめて重要であると考えられる1,2)

 これまで,生存シグナルとして多くの分子が報告されている。例えば,ミトコンドリア上で細胞死の抑制に決定的な役割を果たす「生存促進型」Bcl-2ファミリー(Bcl-2,Bcl-xL,Mcl-1など),カスパーゼを直接阻害するIAPファミリー,また転写を介する系ではNF-κB,タンパク質のリン酸化を介する系ではMAPK,PKA,Aktなどが知られている。Ca2+やcAMPといった低分子量セカンドメッセンジャーも生存に関与するという報告がなされている。

7.組織

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 上皮-リンパ共生とは消化管入口の口峡にある扁桃の粘膜表面で見られる現象で,角化しない重層扁平上皮細胞の間に炎症が起こらないのにリンパ球が多数浸潤している状態をいう。唾液小体を観察していたStöhr1)が,ウサギ,ネコ,ハリネズミ,モグラ,コウモリの扁桃上皮の中を多量のリンパ球が口腔へ出るのを記載したのが始まりである。

 扁桃は粘膜下組織におけるリンパ小節の集合をいうが,Fioretti2)は前述の上皮-リンパ共生,リンパ小節の集合,陰窩の存在,他組織と区別できる結合組織性被膜を周辺に有することの4点を備えることを扁桃の定義とした。扁桃の作用は口腔や鼻腔から進入する外来の異物に対する免疫機能や,細菌の進入阻止を中心とした防御的作用を果すことである3)。これは一般的な扁桃の記載であり,著者たちが扱っている実験動物スンクス(Suncus murinus)は口蓋扁桃のほかに消化管出口の肛門部周辺に肛門扁桃,膣扁桃および尿道扁桃4)を有していて,Waldeyerのリンパ咽頭輪に匹敵する構造である。口蓋扁桃とあわせてこれら肛門扁桃,膣扁桃,尿道扁桃で観察された上皮-リンパ共生について記載する。

8.発生/増殖

分節時計 飯村 忠浩
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体節と分節時計

 脊椎動物の咽頭期胚を概観すると,背側の中軸を頭尾方向に走る神経管(Neural Tube:中枢神経の原基)の両側に分節した繰り返し構造である体節(Somite)が観察される。原腸陥入(Gastrulation)によって生じた中胚葉のうち神経管の両側に位置した細胞集団は沿軸中胚葉(Paraxial Mesoderm)と呼ばれるが,体節はこの沿軸中胚葉が分節化し上皮様構造をとったものある。この体節を構成する中胚葉細胞は,周辺組織からの誘導をうけ,中軸骨格の原基である硬節(Sclerotome),筋組織の原基である筋節(Myotome),皮下間葉組織の原基である皮節(Dermotome)さらに中軸骨格と筋を結ぶ腱組織の原基である靭帯節(Syndetome)にそれぞれ分化し,やがて各組織を構成するようになる1)

 体節は頭方から尾方に1対ずつ一定時間間隔で形成されるため,体節の発生分化には,時間を刻む機構が深く関与しているのではないかと考えられ,Clock and Wavefront Modelという数理モデルが提唱されていた2)。実際に,このモデルで予想された現象が,ニワトリ胚の沿軸中胚葉におけるcHairly-1の遺伝子発現パターンとして観察された3)cHairy-1はHairy型bHLHの転写因子をコードする遺伝子である。沿軸中胚葉におけるその発現は,極めて周期的かつ動的で,まず周期の初期には沿軸中胚葉の尾方約半分の領域で発現し(第Ⅰ相:Phase Ⅰ),やがてその発現領域は頭方に遷移し,狭まって,沿軸中胚葉の中ほどでストライプを形成する(第Ⅱ相:Phase Ⅱ),さらに発現領域は頭方に移動し,もっとも新しく形成された体節より体節一つ分尾方に離れたところ(次の体節分節となるところ)で,さらに細いストライプ様に発現する(第Ⅲ相:Phase Ⅲ)4)。この三つの相の分類はあくまでも便宜的なもので,実際には全ての相変化は極めて移行的に進行する5)cHairy-1はこの動的な発現パターンを90分ごとに繰り返し,その周期はみごとに体節の発生周期と一致してしていた。

2時間を刻む生物時計 影山 龍一郎
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 発生過程ではきまった時間にきまったことがおこるが,その進行を制御する生物時計の実体はまったく不明であった。生物時計としては約24時間周期で発現変動する概日時計が知られているが,これでは数時間以内にいろいろなことが起こる発生過程の制御は不可能である。たとえば,体節形成はマウスでは2時間毎におこることから,2時間を刻む生物時計(分節時計)の存在が以前から示唆されていた。1997年にPourquieらによって,ニワトリの体節形成過程でbHLH型転写抑制因子をコードするchairy1遺伝子の発現が周期的に変化(オシレーション)すること,その後Pourquieや筆者らのグループによって,マウスの体節形成過程でbHLH遺伝子Hes1Hes7(chairy1ホモログ)の発現が2時間周期でオシレーションすることが報告された1,2)。さらに,Hes7欠損マウスでは体節の分節化が著しく障害され,体節由来の脊椎骨や肋骨が癒合した2)。このように体節形成におけるオシレーション分子の存在とその重要性が明らかになったが,Hesが分節時計そのものか,あるいは単に分節時計の下流ではたらくだけなのかは不明であった。

 2002年に筆者らは,血清刺激によっていろいろな種類の細胞でHes1の発現が2時間周期でオシレーションすることを見出した3)。血清刺激でプロモーターが活性化されると,まずHes1 mRNAが,少し遅れてHes1蛋白が増えるが,Hes1蛋白はダイマーを形成して自身のプロモーターに結合し転写を抑制する(ネガティブフィードバック)。Hes1 mRNAおよび蛋白はともに半減期がきわめて短いので(約20分)転写が抑制されるとすぐに減少する。Hes1蛋白が減るとネガティブフィードバックは弱まり新たな転写が開始する。このように,プロモーターが活性化されるとHes1の発現は自律的にオシレーションする(図1)。このことはHes1自身が2時間を刻む生物時計の本体であることを示している。同様のメカニズムでHes7の発現も体節形成過程でオシレーションする4)Hes7は自分自身の発現を抑制するとともに,標的遺伝子(Lunatic fringe遺伝子が知られている)の発現も同時に抑制するので,両者の遺伝子発現は同じ位相でオシレーションする(図1)。

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 Hoechst33342はDNA結合色素であり,単一色素でありながら450/600(nm)という二つの波長の蛍光を発するという際だった特徴を持つ。その特徴ある染色パターンのうち,特に両波長を暗く発現している細胞集団は幹細胞の性質を持つ細胞を高頻度に含み,骨髄以外では骨格筋ばかりでなく,脳,肝,膵,腎,心臓など,これまでに調べた全ての組織に存在することから,臓器幹細胞を分離する手段として注目を集めている。

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 Wntの名称はショウジョウバエのwinglessとマウス乳癌のint1に由来し,ヒトでは19種類のリガンドが知られている。これらに対応して10種類の7回膜貫通型レセプターfrizzled(Fzd)がある。最近の研究でWntシグナリングに関与する多くの細胞内および細胞外の成分が次々と同定されてきたが,レセプター下流の細胞内シグナル伝達から転写調節に至るまでに複数の経路が作動し,複雑なネットワークを構築している。

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 nagie oko(nok)は,網膜層構造形成に異常を示すゼブラフィッシュ突然変異体として1996年に報告された1)。ゼブラフィッシュの網膜は,他の脊椎動物と同様に,6種類の神経細胞と1種類のグリア細胞から構成される。これらの網膜神経細胞とグリア細胞は共通の前駆細胞に由来し,その運命決定は細胞系譜によらないことから,前駆細胞は外部環境の影響を受けて,異なる種類の神経およびグリア細胞を作ると考えられている。神経細胞分化が始まる前の網膜は,1層の神経上皮細胞から構成され,前駆細胞は脳室側(色素上皮側)で細胞分裂を行い,生まれた神経細胞は水晶体側へ移動して,細胞種ごと異なる細胞層を形成する。nokでは,網膜の神経上皮細胞が極性を失い,脳室側に形成される接着帯も維持できない。その結果,本来脳室側で分裂する前駆細胞が神経網膜内にランダムに散らばって位置する。この分裂細胞の位置異常が原因で,神経細胞層が正常に形成できないと考えられる。

 2002年J. Malicki博士らによってnok遺伝子が同定され,MAGUK(membrane-associated guanylate kinase)ファミリーに属する蛋白質をコードすることが明らかになった2)。これはショウジョウバエのstardust(sdt)相同遺伝子である。ショウジョウバエのsdt変異体は,胚上皮の細胞極性に異常を示す変異体として同定された。この系では他に,細胞極性の異常を示す変異体としてbazooka(baz)crumbs(crb)scribble(scrib)変異体が単離されている。分子生物学的および遺伝学的解析から,BazはPar3のホモローグでaPKCやPar6と複合体を作り,Crbを細胞の先端(apical)側に局在させる。CrbはSdtやDisc lost(Dlt)と複合体を作り,連続した接着帯の形成に働く3)。またCrb/Sdt/Dlt複合体は,基底膜(baso-lateral)側の形成に働くScribと拮抗し,先端側の性質を維持することが明らかになっている4)。ゼブラフィッシュの網膜においても,Nokは網膜上皮細胞内の接着帯のすぐ先端側(脳室側)に局在すること,nok変異体では接着帯の形成が不連続になることから,NokもSdtと同様に細胞極性や接着帯形成に関わると考えられる。細胞移植の実験では,nok変異は網膜層構造の形成に関して細胞非自律的に振舞う2)ことから,Nokは神経上皮細胞や色素細胞で発現する他の分子を介して隣接する細胞の極性を維持すると考えられる。しかし,そのメカニズムはまだ不明である。

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 PACAP(Pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide)は1989年にArimuraらにより,下垂体のアデニレートシクラーゼ活性化を指標にヒツジの視床下部から単離・同定されたポリペプチドであり,消化管ペプチド(VIP)と68%のアミノ酸配列の相同性を示し,VIP/セクレチン/グルカゴンファミリーに分類される1)。受容体には7回膜貫通型GPCRのPAC1,VPAC1,VPAC2の3種があり,PACAPは3種の受容体全てに高親和性を示すが,VIPはVPAC1,VPAC2に選択性を示すことから,PAC1が選択的なPACAP受容体といえる。これらの受容体は共に細胞内シグナルとして,cAMP,PLC-Ca++,MAPキナーゼとリンクするが,そのタイプは細胞種,リガンドの種類,およびその濃度に依存する。例えばPC12細胞では,突起伸展作用ならびにPACAP遺伝子発現を,NGFとPACAPは各々単独で促進し,かつ,共存させると相乗効果を示すが,それに関与するMAPキナーゼは異なる2)

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 Pancreatic and duodenal homeobox factor-1;PDX-1(別名IPF1,IDX-1,STF-1)はホメオドメイン蛋白の一つであり,インスリン遺伝子プロモーター領域に結合し,インスリン遺伝子の膵β細胞特異的発現に関わっている。また,グルコキナーゼ遺伝子,グルコーストランスポーター2遺伝子などのβ細胞特異的遺伝子の転写に共通して関与することも示されている。さらに,PDX-1ノックアウトマウスでは膵が欠失し,出生後早期に糖尿病のために死亡することが報告されており,PDX-1が膵初期発生において重要な役割を演じていることが明らかとなっている。ヒトにおいてもPDX-1の変異ホモ接合体が膵欠損をもたらし,また同じ変異のヘテロ接合体が糖尿病(MODY4)の原因となることが報告されている。

 PDX-1がβ細胞のマスターレギュレーターとして機能することから,これまで人為的β細胞分化誘導にPDX-1が用いられてきた。実際に,膵α細胞由来細胞株,腸管クリプト細胞,肝細胞などにin vitroあるいはin vivoにて遺伝子導入することにより,インスリンやグルコキナーゼといったβ細胞特異的遺伝子群の発現が誘導されるなど,そのβ細胞分化誘導因子としての潜在的有用性が示されている。ただ,未だグルコース応答性のインスリン分泌を非β細胞において再現するには至っておらず,今後Neurogenin3などやはり膵内分泌細胞分化誘導能を有するその他の転写因子を共発現させたり,ベータセルリンなどのβ細胞分化誘導能を有する成長因子を追加的に作用させることで,より効率的にβ細胞分化ができるのではないかと期待されている。

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 アンジオポイエチン(Ang)は血管新生・形成に重要な役割を持つ因子として脚光を浴びている。Angは血管内皮細胞および血管周囲細胞に発現する受容体型チロシンキナーゼTie-2のリガンドとして同定された可溶性蛋白で,現在までにAng-1から-4までの4種類が知られている。Tie-2結合後そのチロシンキナーゼドメインの自己リン酸化を惹起するAng-1,-4はTie-2アゴニスト,惹起しないAng-2,-3はTie-2アンタゴニストとして機能すると考えられてきた1)。その仮説は,Tie-2とAng-1のノックアウトマウスが血管の発育障害と心臓の低形成により,それぞれ胎生9.5日と12.5日に死亡すること,さらにその現象が胎生9.5日に死亡するAng-2の過剰発現マウスでの所見に酷似することからも支持される1,2)。しかし,その後の研究でAng-2のノックアウトマウスがリンパ管の低形成により生後2週間以内に死亡することが明らかとなり,リンパ脈管系に対してはAng-2がアゴニストとして作用することが示された3)。一方,Tie受容体ファミリーにはTie-2と50%のホモロジーを有するTie-1が存在するが,そのリガンドは明かにされていない。しかし,Tie-1のノックアウトマウスが胎生13.5日から出生までの時期に血管内皮細胞の統合性の障害により浮腫と出血をきたして死亡することから,Tie-1リガンドも血管新生に重要な役割を果たすことが示唆されている1)

 さて,Ang-1はin vivoで血管新生を刺激するが,in vitroにおいては血管内皮細胞のアポトーシスを阻害するものの,その増殖刺激は認められない。一方,血管新生因子のVEGFはin vivoのみならずin vitroでも血管内皮細胞の増殖を刺激する。他方,VEGFが誘導した血管は易漏出性であるが,Ang-1が誘導した血管は非漏出性である。Ang-1とVEGFが共発現すると,血管新生には相乗効果が現れるものの,Ang-1特有の漏出抵抗性脈管が形成される1,2)。逆にAng-2とVEGFが共発現すると,漏出性毛細血管が増殖し,浮腫をきたす4)。これらの現象を正常血管と腫瘍血管の組織所見に照らして考えると次のような解釈が成り立つ。

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 ある蛋白質の機能をin vivoにおいて解析するためのツールとして,homologous recombinationを用いたノックアウトマウスの作製は極めて有力な手段であり,これまでに多くのノックアウトマウスが作製,解析され,生体における蛋白質の機能解明に貢献してきた。しかし,従来のノックアウトマウスではすべての組織,細胞に同一の変異が導入されるために,その有用性には限界が生じることになる。すなわち,(1)その蛋白質の生命現象への関与が大きいほど胎生致死となり,胎生後期以降の表現形の解析が困難となる可能性が高く,(2)その表現形を解析する際にそれがどの組織,細胞に由来する異常現象であるのか判定が困難となることがあるからである。このような欠点を克服するために開発された技術がコンディショナルノックアウトマウスであり,“コンディショナル”とは特定の遺伝子を任意の場所(組織,細胞),任意の時間(胎生期,生後週齢)にノックアウトする,という意味合いである。コンディショナルノックアウトマウスでは目的の組織,細胞以外の部位における遺伝子型は野生型であるから,極めて重要な機能を有する蛋白質をノックアウトしても胎生致死となる可能性は低く,蛋白質の機能解析が可能となる1,2)

 コンディショナルノックアウトマウスの作製に今日最も広く用いられているのはCre-loxPシステムである3,4)CreはバクテリオファージP1由来のDNA recombinaseで,同じくバクテリオファージ由来のloxPと呼ばれる34bpからなる塩基配列を特異的に認識し,二つのloxP配列に挟まれたDNAを切り出す働きを有する。この34bpからなるloxP配列は脊椎動物には通常は存在しないものと推定され,マウスのゲノムDNAがCre recombinaseによって認識,切断されることはない。このシステムを用いたノックアウトマウスの作製には2系統のマウスが必要となる(図1)。一つはhomologous recombinationにより目的遺伝子(あるいはその一部)の両端にloxP配列を導入したマウス(floxed mouse)であり,もう一つは特定の組織,細胞で発現をコントロールするプロモーターを上流にもつCre recombinase遺伝子を導入したマウス(Cre transgenic mouse)である。コンディショナルノックアウトマウスの組織特異性はこのプロモーターの特性に依存することになる。そして,これら2系統のマウスを掛け合わせることによってコンディショナルノックアウトマウスが誕生する。このマウスでは組織特異的なプロモーターによりCre recombinaseが発現し,その結果その組織でのみloxP配列に挟まれた目的遺伝子が切り出されることになるのである。

Notchシグナル 神山 淳 , 岡野 栄之
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 Notchシグナルは細胞間相互作用を介し,発生過程で重要な役割を担っており,器官の組織構築などに寄与しており,細胞分化,細胞運命決定などにおいて重要な役割を果たしていることがわかっている。

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 生理活性脂質としてのリゾリン脂質の働きが明らかにされつつある。そのプロトタイプともいえるリゾホスファチジン酸(LPA)の代謝,受容体および発生との関連について概説する。詳細は文献1-4および14を参照されたい。

9.脳の遺伝子・分子/細胞過程

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 オレキシン(orexin)-Aおよび-BはオーファンG蛋白質共役受容体に対するリガンドとして,いわゆる“reverse pharmacology”によって同定された1)。オレキシン-Aと-Bは130残基(ラット,マウス)または131残基(ヒト)の共通の前駆体(プレプロオレキシン)から生成される。オレキシン-Aは33アミノ酸残基からなり,分子内に2対のジスルフィド結合を有する。一方,オレキシン-Bは28アミノ酸残基からなるペプチドである。プレプロオレキシンmRNAはdeLeceaらによって視床下部特異的なmRNAとしても同定されており,彼らはそれにコードされる二つの神経ペプチドを推定し,ヒポクレチン(Hypocretin)-1および-2と命名している2)

 オレキシンを動物の脳室内に投与すると摂食量の亢進が観察されることから,摂食行動との関連が推測された1)。その後,睡眠障害であるナルコレプシーにオレキシン系の機能障害が関与していることが明らかになり,オレキシンの睡眠・覚醒の制御における働きがクローズアップされることになった3,4)。オレキシン遺伝子欠損マウス,OX2R欠損マウス,OX2R欠損のイヌで,ナルコレプシーの病態が認められる5-7)。ヒトでも,ナルコレプシーの患者の死後脳において,オレキシン産生神経の数の著しい減少が報告され,ナルコレプシー患者の約90%に髄液中のオレキシン濃度の著しい低下が報告されている8)

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 セリンプロテアーゼの一種であるカリクレイン(kallikrein)は分子量,基質特異性,遺伝子構造などの点で血漿カリクレインと組織カリクレインに分けられる。血漿カリクレインは単一遺伝子によりコードされており,ヒトでは第4染色体q35上に位置する。カリクレインは肝臓で合成され,分子量115kDaのプレカリクレインとして存在するが,第XII因子により分子量約36と52kDaの2本鎖となり活性化される。血漿カリクレインは高分子キニノーゲンを分解し,9個のアミノ酸からなるブラジキニンを生産する。このように生産されたブラジキニンは血管透過性亢進,発痛,細動脈拡張,腸管や気管の平滑筋収縮に作用する。一方,組織カリクレインは低分子キニノーゲンをキニンに分解する酵素として研究されてきたが,1980年代から組織カリクレインと相同性のあるセリンプロテアーゼが次々と同定され,ヒトでは15種類の組織カリクレインが明らかとなった。これら相同的なセリンプロテアーゼはカリクレインファミリーと名付けられた。

 15種類のカリクレインは遺伝子群を形成し,ヒトでは第19染色体q13.3からq13.4に局在している。このカリクレインファミリーに属する全ての酵素がキニノーゲン分解活性を持っているわけではなく,高いキニノーゲン分解活性を持つのはカリクレイン1(KLK1)だけであることから,多様な基質に対応していると考えられる。さらに,組織における発現部位も多様で,KLK1は膵臓,腎臓,唾液腺で,KLK2,3,4は前立腺で,KLK5は乳腺,脳,精巣で高く発現している(表1)。KLK3は前立腺特異的抗原(PSA)として知られており,前立腺癌の腫瘍マーカーとして利用されている。このように,カリクレインファミリーの基質特異性や発現部位の異なりが,カリクレインファミリーの多様な機能を生み出していると考えられる。以下に中枢神経系に発現するカリクレインファミリーについて,プロテアーゼの役割を述べる。

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 ネトリンファミリー(表1)は共通して特徴的なドメイン構成をもつ。N末端にラミニン(ガンマ1鎖)とその関連タンパクに共通の“ラミニンN末端ドメイン(ドメインⅥ)”LamNTをもつ。他方,C末端には補体3,4,5に存在することからC345Cと呼ばれる塩基性アミノ酸に富む配列をもつ。中間部には1-3個の“ラミニン型上皮成長因子様ドメイン”EGF_Lamがある。この構成の保存は1群と3群でとくに高い。

 ヒトのネトリン-2様タンパクnetrin-2 like protein(遺伝子名NTN2L)にはC345Cがない。このタンパクはマウスやラットのネトリン3と完全に一致したドメイン構造を示す。したがって,じつはヒトのネトリン3である。この表にネトリン2群はないが,1994年に一つの報告があるきりのニワトリのネトリン-2の実体は,ゲノムの解析によって裏打ちされたものではない(2004年現在)。ちなみに,ゼブラフィッシュのネトリン1aもネトリン2の別名をもつが,タンパク構造から完全にネトリン1群である(表1)。3群はC345Cドメインをもたず,分子の大きさも1群より小さい。ネトリン-2様タンパクを含めこの群の保存性は1群同様に高い。

脳型脂肪酸結合タンパク 大和田 祐二
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 細胞内脂質結合タンパク分子(ILBPs)ファミリーは,分子量14~15kDaの低分子量細胞内タンパク群で,これまで12種類におよぶタンパクが同定されている。ILBPsは脂肪酸,エイコサノイド,胆汁酸などに結合能を有し,細胞内機能としてはリガンドである脂質の細胞内取り込み,脂質代謝経路への運搬1),脂質情報伝達の制御2)などが考えられている。脳型脂肪酸結合タンパク(B-FABP,BLBP,FABP7,本稿ではB-FABPとする)はILBPsファミリーに属し,他のILBPsとのアミノ酸構造上の類似性は,低いもので28%(肝臓型脂肪酸結合タンパク:L-FABP),高いもので67%(心臓型脂肪酸結合タンパク:H-FABP)と多岐にわたるが,タンパクの3次元構造は非常によく保存されており,10本のβ鎖と2本の短いαへリックスによって構成されている3)

 B-FABPは神経系ではアストロサイトや放射状グリアなどのグリア系細胞に主に発現し,放射状グリアにおける発現は神経細胞の分化や移動に緊密な関連をしめすことから,B-FABPが神経系細胞の分化や移動に必要な長鎖多価不飽和脂肪酸の貯蓄や供給などに関わる制御分子として機能することが想定されている4-6)。Fengらは,小脳の培養放射状グリア細胞において,B-FABPの抗体投与によりグリアの突起伸張が抑制されたことを報告している4)。一方,シュワン細胞においては,坐骨神経の圧挫時に発現の増強がみられ,B-FABP抗体投与により培養シュワン細胞の突起伸張が促進されることが示されている7)。また,ヒトのグリオーマにおけるB-FABPの発現はGFAPの発現とよく一致し,より高分化型の腫瘍に発現していることが示されている8)。以上より,B-FABPはグリア系細胞の突起の伸展を含めた分化過程の制御に関与していることが示唆されているが,放射状グリアとシュワン細胞で,なぜ全く逆の反応が見られるのかなど,その詳細な機序解明については今後の検討が待たれる。また神経系以外では,肝臓のクッパー細胞9)や乳腺上皮細胞10)に発現していることが明らかになっているが,その生理的意義については不明な点が多い。

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 2002年にI. Mansuyらのグループは,前脳におけるタンパクホスファターゼ1(PP1)の活性を,その内在性抑制タンパク(Ⅰ-1)の誘導的発現を通じて随時に抑制できる遺伝子改変マウスを作出し,新奇対象の認知試験や水迷路学習試験を行ったところ,PP1抑制マウスで記憶の保持率が数週間にわたって有意に高いことを見出した1)。PP1抑制を訓練以後に行っても同様の結果が得られるので,これは,記憶の獲得効率が上がったためではなく,消失率が下がったためであると解釈でき,PP1は「忘れさせタンパク質(forgetting protein)」であると提唱した。つまり,忘却は記憶の自然減衰ではなく,ホスファターゼが積極的に消去を行うことでなされているというわけである。もしこれが正しければ,老年痴呆などにともなう記憶障害に対する新たな治療法の開発につながる。これより先(2001)同グループは,別種のタンパクホスファターゼ(PP2B,別名カルシニューリン)の発現を随時に抑制できるマウスを作出して,記憶の獲得効率が増す,という結果を報告している2)。このとき記憶の保持率の方は変わっていなかった。同じいい方をすれば,PP2Bは「覚えにくくしタンパク質」ということになる。

 これらの結果は,この中で閉じて考えるかぎり,わかりやすいきれいな実験結果といえるが,現在,哺乳類脳の記憶のモデル現象として広く受け入れられている,摘出海馬皮質の切片標本での長期増強現象(LTP)と長期抑圧現象(LTD)の細胞内機構について行われている仮説と対応させて考えると,実は合うようで合わない。まずその通説を説明しよう3)(図1;異説は多数あるが,この小論では触れない)。

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 Hippocampal inward rectifier(HIR)は,脳の海馬(brain hippocampus)のcDNAライブラリーよりクローニングされた内向き整流性カリウムチャネルであることから,そう名付けられた1)。現在のところ,哺乳類のカリウムチャネルは,その構造から,3種類(膜6回,4回,2回貫通型)に分類され(図1),内向き整流性Kチャネルは膜2回貫通型である。このチャネルは一般的に内向きにカリウムイオンを通しやすく,外向きに通しにくいという電気生理学的性質を持つことから,内向き整流性カリウムチャネル(Inwardly rectifying K channel:Kir)と呼ばれている。機能的なチャネルは四つのKirサブユニットで構成されるが,現在までに16個のサブユニットの遺伝子が単離されている(図2)。これらのサブユニットは,アミノ酸配列の相同性およびチャネル機能より,1)古典的内向き整流性カリウムチャネルKir2.0/IRKx,2)上皮細胞やグリア細胞でカリウムイオンの輸送を司るKirチャネルKir1.1/ROMK,Kir4.0,3)G蛋白質活性型カリウムチャネルKir3.0/GIRKx,4)ATP感受性カリウムチャネルKir6.0,の四つのグループに分類されている。

 HIRはその中のKir2.0のグループに属し,われわれが最初に単離したMB-IRK3と同一のものであり2),現在Kir2.3と呼ばれている。異所性に発現させると強い内向き整流性を示すチャネルであり,細胞内外の酸性化によりそのチャネル活性は抑制される3)。また,Cキナーゼによりリン酸化され,チャネル機能が抑制されるとも報告されている4)。脳においては,Kir2.1が前脳・小脳,Kir2.2が小脳,Kir2.4が顔面神経核運動神経などに多く分布しているのに対し,HIR/Kir2.3は前脳に特に多く発現していることが判明している。海馬では,神経細胞の他にオリゴデンドログリアに分布しているという報告もあるが5),電顕レベルでの詳細な局在の検討は未だ行われていない。

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 発生時,神経細胞の軸索は,特定の道筋を正確に選んで伸長する。これは伸長経路に道標となる信号があるからである。lot細胞は嗅球の軸索の道標となる細胞である1)。われわれが作製したモノクローナル抗体lot1により,特異的に認識されることから発見された。嗅球は脳の吻側端にある構造で,ここの神経細胞の軸索は脳の後に向かって伸長し,嗅索(Lateral Olfactory Tract:LOT)とよばれる軸索の束を形成する2)。lot細胞は,この軸索が伸長するに先立って,将来嗅索が形成される位置に帯状に配列して,嗅球軸索をこの位置へと誘導する(図1A)。lot細胞を破壊すると,嗅球軸索は道に迷ったかのように伸長を停止することから,この細胞が何らかのシグナルを出して嗅球軸索をガイドしていると考えられる1)。しかし,その分子的実体は未だ不明である。

 神経系のいくつかの領域で,同じような道標的機能を果たす細胞が見つかっている3-5)。したがって,早く生まれた細胞が後続軸索をガイドするという現象は,神経系においてかなり一般的であるらしい。lot細胞を含めてこのような道標細胞の多くは神経細胞として分類されている。しかし,発生期のみに一過的に存在する例も多く3),発生期の軸索ガイダンスという特殊な機能を担うためだけに特化した細胞である可能性がある。

標的依存性神経細胞死 八木沼 洋行
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 発生過程の神経系の多くの部位において,過剰に産み出された神経細胞が,細胞死を起こして最終的な数まで減少することが知られている。このようなプログラム細胞死が起こる理由を説明する概念が「標的依存性神経細胞死」である。これは「幼弱な神経細胞の生存のためには,標的器官から供給される栄養因子が必要であるが,発生過程では,供給される栄養因子の量に対して過剰な神経細胞が産み出されるため,栄養因子獲得の競合が起こり,十分な因子が得られなかった神経細胞が内在している細胞死プログラムによって死ぬ」という考え方である。ただし,「標的依存性神経細胞死」という用語は,神経の標的器官が積極的に神経細胞死を誘導するというような誤解を招くおそれがあり,むしろ「標的依存性の神経生存」あるいは「標的器官との関係によって引き起こされる神経細胞死」とする方が適切であると思われる。

 20世紀前半の発生学的研究により,神経細胞の数が標的器官の量と比例関係にあることが見出されていた。この比例関係の形成過程に神経細胞死が関わっていることを最初に示唆したのは,Levi-MontalciniとLeviであった。さらに,HamburgerはLevi-Montalciniと詳細な共同研究を行い,頚部や体幹部という末梢標的器官が上肢や下肢の領域より少ない部位の脊髄神経節における細胞死がより強く起こることを確認し,「脊髄神経節細胞は末梢標的器官が維持できる数以上の軸索を伸ばすため,余剰の神経細胞が生存を維持されずに死んでいく」という標的依存説を提出した1)。この後,彼らは神経成長因子の発見に到る研究に進んでいった。

Turing波(反応拡散波) 近藤 滋
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 動物の皮膚に縞や斑点模様を作るための位置情報を担っていると考えられている反応系(Turing systemまたは反応拡散系)によって生じる繰り返しパターン。

 Turing(1912-54)はイギリスの数学者で,Von Neumannとともに現代のコンピュータ科学の基礎を築いた。また,第2次大戦の時,イギリス軍の暗号電報解読チーム「ウルトラ」を率いて,ドイツ軍のエニグマ暗号を解読し,Uボートの撃退に大きな役割を果たした。この事実は,20年間軍事機密になっていたため,長い間一般には知られていなかったが,最近映画化され有名になった。54年に青酸カリを塗った林檎を食べ,謎の自殺を遂げる。マッキントッシュのLOGOの林檎マークの右下が欠けているのは,あれがTuringのかじった林檎(マッキントッシュは林檎の品種名)であることを示すため。元来数学・情報科学者であったTuringは,52年に「形態形成の化学的基礎」というタイトルの論文の中で動物胚の発生の原理について考察しており,その中で彼の出した答えがTuring波(反応拡散波)である。

10.脳の働くメカニズムとその研究方法

音楽の脳領野 緑川 晶 , 河村 満
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 1861年にBrocaが左半球と言語機能との関わりに言及し,そこに心的機能と脳領野との関係を科学的に築く作業の起源を見出すことができる。音楽機能に関しても19世紀の後半には既に関心がもたれ,言語機能と対比がなされるようになっていた1,2)。このように音楽は人間に固有の機能として古くから言語と対比されることが多かったが,言語機能以上にその個人差が大きいことから,今日でも音楽機能に関する領野を言及することは難しく,機能的な側面からは複数のモジュールの存在が示唆されているものの3),個々のモジュールの神経基盤に関しては明らかになっていない部分が大きい。そのため本稿では音楽機能の側性化(左右半球機能差)について述べることにする。

 音楽の領野として比較的一致した見解が得られているものは,演奏や歌唱などの音楽の表出面と右半球との関わりである。左半球病変によって失語症となった患者の多くで歌唱能力が保たれていたり4),同じく左半球病変によって全失語であるにもかかわらず指揮やピアノ演奏が可能である例が報告されている5)。反対に右半球病変例で演奏や歌唱が障害されることも報告されていることから6),音楽の表出には右半球が大きく関わっているようである。しかし同じ表出であっても楽譜による表出に関しては左半球の関わりも無視できない。左半球病変によって失語となり,文字の読み書きも大きく制限されていても交響曲を作曲した症例が報告されてはいるが7),左半球の限局性病変によって失語を伴わずに楽譜の表記にのみ障害される症例もあり8),楽譜への表出に関しては病巣との対応は難しいようである。

独立成分分析 甘利 俊一
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 生体は複雑なシステムであるから,その働きを理解するためには,そこから発生する信号を測定することが有効である。信号にもいろいろある。たとえば心電図,脳波,脳磁波,fMRI測定,光計測,遺伝子の発現チャートなど,いろいろである。こうした信号は,多チャンネルであって,多数の測定点を持ち信号が同時に多数測れる。

 信号はそれ自体で意味があるというよりは,それが内部の仕組みを反映しているから重要なのである。つまり,内部の状況は直接に測定することができないので,外部に取り出すことのできる測定信号を使う。このとき,内部に知りたい情報源がいくつかあったとすると,測定信号にはこうした情報源からの信号が混ざり合ってしまう。このため,測定信号を用いて,必要な情報信号をここから抽出復元することが必要になる。

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 脊椎動物のヒトへの進化は,脳の拡大,特に大脳皮質の拡張を伴い,これが脳の働きの進歩をもたらした。たとえば,キツネザルのような原猿類と比べるとヒトの大脳は数百倍も大きい。これによって,神経細胞が著しく増加し,そういう量的な変化が機能の進歩という質的な変化を起こしたものと理解されている。特別に違った細胞がヒトの脳に生まれたという考え方をとる人は少ない。

 しかし一方,19世紀終わり,W. BetzやRamón y Cajalの時代から,ヒトの大脳の一部に特別に大きい紡錘形の神経細胞があることが知られていた。Nimchinskyら1)が最近行った詳しい研究によると,この大紡錘形細胞は帯状回前部(ブロードマンの24領域)に特に多くみられ,ボノボではヒトと同様頻繁に,チンパンジーでも頻繁にみられるが,ゴリラでは数が少なくなり,オランウータンではさらに少ない。手長ザルをはじめ,新世界,旧世界ザルにはみられない。従って,この大紡錘形細胞が,脳の進化がヒトにごく近づいた1500万年から2000万年ぐらい昔に出現した特殊な神経細胞である可能性が指摘される。

小鳥の歌文法 岡ノ谷 一夫
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 鳥類は音声コミュニケーションを多用する。なかでも鳴禽類に分類される鳥類(いわゆる小鳥)は,オスからメスへの求愛,およびオスの縄張り防衛の機能を持つ複数の音節からなる発声を行い,これを囀りまたは歌という。幼鳥は生得的な聴覚選好にもとづき,周囲の音声から自種の歌を選択して記憶する。オスは成長にともない性ホルモンの分泌が活発になると原始的な発声を始め,その発声パターンと幼鳥期に作った聴覚記憶との照合を行い,誤差を修正しながら歌の運動パターンを鍛錬してゆく1)

 キンカチョウなど多くの鳥の歌は,3-10程度の歌要素を固定的に配列してうたわれるが,歌要素を動的に配列してうたう鳥もある。ジュウシマツはその代表で,平均八つの歌要素が,2-5要素からなる固定的な配列であるチャンクにまとめられ,それらが確率的な遷移規則(有限状態文法)に則って生成される。図1aに,ジュウシマツの歌の生成文法の一例を示す。この例では,歌要素ab,cde,fgがそれぞれチャンクをなし,ab-cde-ab-とうたわれたり,ab-cde-fg-ab-とうたわれたりする。この単純な規則により,生成される歌系列に多様性が出ることになる2)

内部モデル制御 木村 英紀
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運動制御とモデル

 指先を見ながらそれを鼻の頭に持っていくことは視覚のフィードバックを用いた運動制御である。ところが同じことを目を閉じても難なく行うことができる。これが可能であるのは脳内に筋肉のダイナミックスが何らかの形で表現され記憶されているからであろう。ダイナミックスの表現は制御工学ではモデルと呼ばれている。脳による運動制御では,脳内に構築された四肢や環境のモデルが重要な役割を演じているという仮説は,現在では多くの脳生理学や運動生理学の研究者が支持している。

 モデルが運動制御で重要な役割を演じているという主張は,脳神経系がその信号伝達に長い遅れ時間を必要とするという事実を考えるとより強い説得力をもつ。信号伝達に大きな時間遅れを伴うシステムをフィードバック制御することは大変難しく,ゲインをあげると発振してしまう。すばやい巧みな運動制御を実現するには,先手で対策を打てるフィードフォワード制御がどうしても必要であり,そのためには制御対象のモデルが必要となる。

Mirror neuron 村田 哲
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 ミラーニューロンは1992年にRizzolattiらによって報告されたニューロンである。

 その生理学的特徴として(1)他の個体や実験者の手や口の運動を観察している時に活動する,(2)その場合に動作の対象となる物体が同時に見えなければ反応しない,(3)動作のゴールが明らかであれば,途中経過は見えなくても反応する,(4)観察した運動と同じ運動をサル自ら実行した場合でも反応する,(5)一部のニューロンは視覚的反応とともに,運動に伴う音(ピーナッツを割る音など)に聴覚的な反応を示すことが明らかになっている。

意識関連ニューロン活動 田中 啓治
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 CrickとKoch1)は,視覚および認知が意識的になるのは目の前の状況に対して統一した理解を作り行動をひとつにするためであると考えた。行動における競合を避けるためには感覚入力の統一的理解が必要であり,これこそが知覚における意識の機能上の起源であるという論理である。さらにCrickとKochは,意識が行動の統一のためにあるのなら,意識的知覚に対応する細胞活動は行動の指令を発する前頭葉,特に行動の認知的制御をする前頭前野(前頭連合野とも呼ぶ)に向かって直接出力を送る脳部位に限局されると論理を進めた。物体視経路についていえば,最終ステージである下側頭葉皮質からは前頭前野への強い結合があるが,経路の始まりである第一次視覚野から前頭葉への結合はない。CrickとKochの予想に一致するいくつかの実験結果が,1990年代後半に報告された。(Kochら2)はその後考えをやや修正し,前頭前野とともに注意の制御に重要な役割を果たす頭頂連合野が意識的な知覚に重要な役割を果たし,これらの領野から高次感覚野へのフィードバック結合によって特定の入力刺激の表象が選択的に活性化されて意識的知覚の対象になると提案した。)

 立体視の心理実験やデモによく使われるランダムドットステレオグラムでは,左右の目で点のコントラストを逆にする(左目で白点が右目で黒点,左目で黒点が右目で白点)と視差による刺激の知覚が成立しないことが知られている。CummingとParker3)は,このような左右眼刺激間でコントラストが逆相関する刺激に対して,サルの第一次視覚野の神経細胞が反応することを見出した。第一次視覚野の細胞が刺激に対応して活動するのに個体は刺激を知覚しないのであるから,この実験結果は第一次視覚野の細胞活動が意識的知覚に十分でないことを示している。

11.薬理/生理

NO情報伝達系 小倉 勤
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 血管内皮細胞由来弛緩因子の本体がNOである発見から約25年が経ち,生体内で産生されるガス状物質NOが種々の情報伝達物質としての役割を担っていることが明らかとなった。生体内では,NOはL-アルギニンと2分子の酸素を用いL-シトルリンと共に生成され,その反応を触媒するのがNO合成酵素である。NO合成酵素は,神経型,血管内皮型,誘導型の3種が見出されている。NOは分子内に不対電子1個を持つフリーラジカルの特性を持つため,生体内のフリーラジカルや金属イオンと容易に反応する。また,NO由来酸化物とチオール間のS-ニトロソ化やチロシンのニトロ化反応が生体内機能を変化させる。これらの反応がNOの情報伝達に重要な役割を担っている。

PAR(protease-activated receptor) 川畑 篤史
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 PAR(protease-activated receptor)は,特定のセリンプロテアーゼによって活性化されるG蛋白共役7回膜貫通型受容体であり,現在までにPAR-1,PAR-2,PAR-3,PAR-4の四つのファミリーメンバーがクローニングされている1)。これらのうち,PAR-1,PAR-3,PAR-4はトロンビンの受容体であるが,PAR-2はトロンビンでは全く活性化されず,トリプシン,肥満細胞トリプターゼ,血液凝固第Ⅶa,Ⅹa因子などによって活性化される。プロテアーゼによるPAR活性化の第1段階は,PAR分子の細胞外に露出しているアミノ末端側ペプチド鎖がプロテアーゼ(例えばPAR-1の場合はトロンビン)によって特定部位で切断されることで始まる。これによりマスクされていた受容体活性化配列(ヒトPAR-1の場合はSFLLR…)が,新しいアミノ末端ペプチドとして露出される。続いて,この新しいアミノ末端部分が同じ受容体の細胞外第2ループに結合することで受容体の活性化が起こり,細胞内シグナルが誘起される(図1)。

 プロテアーゼによる特異的切断部位は,PAR-1ではArg41/Ser42,PAR-2ではArg36/Ser37,PAR-3ではLys38/Thr39,PAR-4ではArg47/Gly48である。PAR-1,PAR-2,PAR-4では,プロテアーゼによって露出される受容体活性化配列に基づくアミノ酸5-6個からなるペプチド(ヒトPAR-1ではSFLLR,PAR-2ではSLIGKV,PAR-4ではGYPGQV)を外来性に与えることによって,各受容体を非酵素的に活性化させることができる(図1)。このペプチド性リガンドのアミノ酸配列の変更あるいは誘導体化を行うことで,より効力が強く特異性の高いペプチド性アゴニストやペプチド性アンタゴニストが見出されている。PAR-1,PAR-4に関しては非ペプチド性のアンタゴニストも既に開発されている。一方,PAR-3は合成ペプチドでは活性化することができない。マウスのPAR-3はおそらく単独では機能を持たず,PAR-4のトロンビンに対する感受性を高めるためのco-factorとしてはたらくと現時点では理解されている1)

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 Peroxisome proliferator-activated receptors(PPARs)はステロイドレセプタースーパーファミリーに属する核内レセプターであり,ペルオキシソーム増殖薬に反応するレセプターとして見つかったためにこの名前が付けられた。現在までにα,β/δ,γの3種類が見つかっており,この内の一つがPPARγである1,2)。PPARγにはγ1,γ2,γ3の3種類のアイソフォームが存在しており,γ1とγ3はタンパクレベルでの発現形は同じであり,γ1/γ3はγ2よりアミノ酸残基で約30短い。PPARγには組織局在性が認められ,γ2は白色・褐色脂肪細胞に,γ3は脂肪細胞だけでなく大腸に発現している。一方,γ1は脂肪細胞,大腸や小腸といった消化管,さらに免疫系の細胞に高い発現が認められている3-5)

 PPARγはいわゆる核内レセプターであり,その内因性リガンドとしてはプロスタグランジンD2の代謝産物である15-デオキシ-Δ12,14-プロスタグランジンJ2(15d-PGJ2)や長鎖脂肪酸などがあげられているが,これらの内因性リガンドはレセプターに対する結合力はそれほど高くない6)。これに対して合成のインスリン抵抗性改善薬(非インスリン依存性糖尿病治療薬)であるチアゾリジンジオン誘導体(ピオグリタゾン,ロジグリタゾン,トログリタゾン)は,非常に強力にPPARγと結合して活性化する7)。最近では非チアゾリジンジオン型のインスリン抵抗性改善薬も開発されている。現在まで,このチアゾリジンジオン誘導体以上の結合力をもつ内因性のリガンドは報告されていない。

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 Ca2+は細胞内においてセカンドメッセンジャーとして働き,細胞外からの様々な刺激はCa2+シグナルに変換される。即ち,細胞内のCa2+濃度は低く保たれているが,外部刺激に伴い急激にCa2+濃度が上昇する。その際に細胞外からのCa2+流入を制御しているのがCa2+チャネルである。Ca2+チャネルは電位依存型・リガンド作動型・受容体活性型に大別される。TRPチャネルはその中でも受容体活性型を担っていることが明らかにされた。それに加え,最近は細胞内外の環境変化を感知するバイオセンサーとしてTRPチャネルは着目されており,本稿ではそれを中心に紹介させて頂く。

 trp(transient receptor potential)はショウジョウバエの光受容体変異株の原因遺伝子として発見された。trp変異株は光受容体電位変化が一過的(transient)であることから命名され,後にtrp遺伝子はCa2+チャネル蛋白質(TRP)をコードしていることが明らかとなった。遺伝子解析の結果,多くの脊椎動物にもTRPホモログが発見され,遺伝子の相同性から現在六つのファミリーに分類されている(図1a)。TRPCファミリーはショウジョウバエTRPと最も相同性が高いグループであり,受容体刺激によるホスファチジルイノシトール応答を介して活性化される。TRPVファミリーは唐辛子の辛み成分であるカプサイシンに反応して活性化するvanilloid receptor(TRPV1)およびそのホモログである。TRPMファミリーはメラノーマ(悪性黒色腫)細胞の腫瘍の悪性度に反比例して発現量が減少するTRPM1およびそのホモログ,TRPPファミリーは多発性嚢胞腎の原因遺伝子の一つであるPKD2およびそのホモログ,TRPMLファミリーは先天代謝異常症(4型ムコリピドーシス)の原因遺伝子であるTRPML1およびそのホモログである。ごく最近,N末端に14回連続したアンキリンリピート配列を有するANKTM1を含むTRPAファミリーが加わった。

アルギニンパラドックス 中木 敏夫
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背景

 L-アルギニン(L-Arg)が注目を集めるようになったのは,一酸化窒素合成酵素(NOS)の基質であることが明らかになったからである。NOSには3種類のアイソザイム(type Ⅰ~Ⅲ)がある。それぞれの精製酵素から得られるKm値は1-2μMである。一方,生体内のL-Arg濃度は血漿,細胞内いずれも約100μMである。このことより,NOSに対して,L-Argは細胞内濃度によりすでに十分な基質濃度に達していることになる。したがって,L-Argを増加させても大きな反応として認知できる量のNOが新たに産生されるとは考えられない。それにもかかわらず,新たに生体外からL-Argを追加するとNOの産生量が増加し,NOによる生体反応が惹起されることが知られている。この現象をアルギニンパラドックスと呼ぶ。

グルコース毒性 石川 智久
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 高血糖の状態が長期間続くと,インスリン生合成の低下を伴う膵β細胞機能障害および膵β細胞数の減少が徐々に誘発され,インスリン分泌が低下して,さらなる高血糖を導くという悪循環に陥る。こうした現象をグルコース毒性(glucose toxicity)と呼び,2型糖尿病(overt diabetes)発症の主因と考えられている。グルコース毒性の分子機構の全容は未だ明らかではないものの,最近,グルコース毒性に酸化ストレスが深く関与していることを示唆する証拠が集積しつつある。

鋤鼻器とフェロモン 高見 茂
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鋤鼻器の構造

 鋤鼻器(vomeronasal organ,ヤコブソン器Jacobson's organとも呼称)は鼻腔前部に左右1対存在する化学受容器であり,魚類と鳥類を除く脊椎動物の多くの種で認められ,爬虫類のヘビ類で最も発達している1,2)。両生類とカメ類以外では,鋤鼻器粘膜は嗅粘膜とは独立した盲嚢である。そのうちヒトと旧世界サル以外では,鋤鼻器は鼻中隔底部に,鋤鼻軟骨,あるいは鋤鼻軟骨および鋤骨に取り囲まれた細管状(図1A),または半球状の構造である。鋤鼻受容を行う鋤鼻感覚上皮は,鋤鼻腔(内腔)を隔てて繊毛上皮を含む非感覚性粘膜と向き合って存在し(図1B),鋤鼻腺などの付属腺が鋤鼻腔液を産生する1,2)。鋤鼻腔は鼻腔,口腔,あるいは鼻腔と口腔双方と細管により交通する1)。鋤鼻器から出た鋤鼻神経は篩骨篩板を貫通して嗅球後部の背内側部,鋤鼻球(vomeronasal bulb)1,2)あるいは副嗅球(accessory olfactory bulb)3)表層で軸索終末を形成して終止する(図1A)。

 鋤鼻感覚上皮内には鋤鼻感覚細胞(vomeronasal sensory cell/neuron)が存在する。この細胞は1本の樹状突起と軸索を有す双極性ニューロンである(図1C)が,上皮内で分化・成熟する。また上皮内では,常に細胞更新が行われる1-3)

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 味覚は,塩味,酸味,苦味,甘味,旨味(グルタミン酸および類似アミノ酸の味)の5基本味から構成される。味物質が味蕾内に存在する味細胞に接触すると,主に味覚受容体の活性化を介して味細胞が興奮し,その興奮はシナプスを経由して味神経,味覚中枢へと伝えられる。近年,分子生物学的手法,バイオインフォマティクスの進展に伴い,味覚受容体蛋白をはじめ,味覚受容に関わる様々な分子が遺伝子レベルで明らかになりつつある。

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Reelin(リーリン)とは

 Reelin(リーリン)は,脳皮質の神経細胞構築に関与する因子である。すなわち,層構造を特徴とする大脳皮質や小脳皮質などにおいて,神経細胞を順序よく配置していく際に重要な役割を果たしている。

 大脳皮質とりわけ,新皮質は第Ⅰ層:表在層,第Ⅱ層:外顆粒層,第Ⅲ層:外錐体層,第Ⅳ層:内顆粒層,第Ⅴ層:内錐体層,第Ⅵ層:多形細胞層の六つの細胞層から構成されており(細胞構築),各層にはそれぞれ特徴的な形態を有する神経細胞が規則正しく配置されている(小脳皮質は3層)。皮質の発生過程において,このような「規則正しい神経細胞の配置」に欠かすことのできない重要な因子がReelinである。すなわち,Reelinは中枢神経系の発達の際,神経細胞の移動や分化そして,位置決定など細胞構築に重要な働きをなすタンパク質である。

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 1993年,故・斎藤綱男らは,井原らがアルツハイマー病(AD)脳SDS不溶性画分中から解読した新規アミノ酸配列NACをもとに,アミノ酸140個からなる新規蛋白をコードする遺伝子をクローニングし,NACP(NAC precursor)と命名した。一方Goedertらは,AD脳に蓄積するPHFを認識するモノクローナル抗体が交差反応するアミノ酸140個ならびに134個からなる蛋白を同定した。これらの蛋白は,1988年Schellerらによりシビレエイの発電器官やラット脳のシナプス前末端に見出されていたシヌクレイン(シナプスと核を染色することからsynucleinと命名されたが,現在核への局在は疑問視されている)と相同性が高いことから,Goedertらはそれぞれα-シヌクレイン,β-シヌクレインと命名した。NACPはα-シヌクレインと同一の蛋白であることが判明し,以後α-シヌクレインと呼称されるようになった。最近になり,乳癌,後根神経節などから第3のシヌクレインファミリー分子としてγ-シヌクレインが見出されている(図1)。

 1997年,Polymeropoulosらは常染色体優性遺伝を示すイタリアおよびギリシャの家族性パーキンソン病(PD)家系において第4番染色体長腕に位置するα-シヌクレイン遺伝子の点突然変異を証明した1)。この変異は,α-シヌクレインの第53番のアラニンをスレオニンに置換し(A53T),患者はやや若年でPDを発症する。さらに家族性PDに連鎖したA30P,E46K変異やα-シヌクレイン遺伝子のtriplication2)も報告され,α-シヌクレインの家族性PD原因遺伝子としての意義付けが確立された。

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 ネプリライシン(NEP;EC3.4.24.11)はⅡ型の膜貫通型メタロエンドペプチダーゼで,カルボキシル末端側にZn結合モチーフ(HEXXH配列)を含む活性中心を有し,この触媒部位は細胞外/管腔側に配向する。通常,ホモダイマーを形成して存在する。5kDa以下のペプチドに作用して,疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う1,2)。中性エンドペプチダーゼ24.11,エンケファリナーゼ,白血球分化抗原10(cluster of differentiation, CD10)とも呼ばれる。全身に広く分布するが,特に腎臓の刷子縁に強い発現が認められる。NEP欠損マウスでは異常な病理学的所見は認められていない。

 in vitroの実験で確認されている基質としては,エンケファリン,ソマトスタチン,ナトリウム利尿ペプチド,走化性ペプチドformyl-Met-Leu-Phe,ブラジキニン,タキキニン類(サブスタンスP,コレシストキニンなど),ニューロテンシン,ボンベシン様ペプチド,アミロイドβペプチド(Aβ)などがある1-3)

脆弱X症候群 山形 崇倫
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脆弱X症候群とは

 脆弱X症候群(Fragile X syndrome)とは,X連鎖性の知的障害を呈する疾患で,葉酸欠乏培地下培養での染色体分析にて,X染色体長腕末端に脆弱部位(fragile site)が検出されることから病名がつけられた1)。発症頻度は,1/2000-4000人と推定される。日本での発症頻度は欧米より低い。

 臨床症状は,軽度から重度に至る知的障害が主要徴候で,自閉症状や注意欠陥多動障害を合併するものも多い。身体的所見として,前頭部突出,長い顎,細長い顔,頭囲拡大,大きな耳介,巨大睾丸などがある1)。女性保因者の30%が軽度から中等度,稀に重度の知的障害を呈する。

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 統合失調症(精神分裂病)のグルタミン酸(Glu)仮説は,本症の病態として,脳内のグルタミン酸伝達機能が低下している可能性を指摘した仮説で,1980年に,Kimらが統合失調症患者の脳脊髄液中グルタミン酸濃度が著明に減少していることを見出し提唱した1)。この結果自体は追認されなかったが,その後本症患者の死後脳でカイニン酸受容体の増加が観察されたのに続いて2),Glu伝達系の様々な変化が報告されるようになった3)。同時に,Glu受容体研究が著しい進歩を遂げる過程で,古くから統合失調症様異常を引き起こすことが知られていたフェンサイクリジン(phencyclidine:PCP)がNMDA(N-methyl-D-aspartate)型Glu受容体を強力に遮断することが明らかにされた4)。この発見を契機に,グルタミン酸仮説は主として薬理学的所見によって広く支持されるようになり,この仮説にもとづいた統合失調症の新しい治療法開発も進展している5)

 現在は,次のような根拠により,統合失調症では少なくともNMDA受容体を介するGlu伝達の低下があると推測されている4,5):(1)PCPを使用したヒトで麻酔作用や意識障害が見られずに統合失調症様の精神症状だけが出現する時の血液中PCP濃度は極めて低く,NMDA受容体以外の神経伝達系には作用しない,(2)PCPだけでなくNMDA受容体遮断作用を持つ薬物は共通して統合失調症の既往のないヒトに本症と類似した症状を誘導し,その力価はNMDA受容体遮断作用と正の相関を示す(特にケタミンの立体異性体間では,NMDA受容体に対する親和性の高いS体の方が,低親和性のR体より健常者に統合失調症様の精神異常を惹起する作用がはるかに強い),(3)健常者には精神異常を惹起しない程度の少量のPCPやケタミンが,統合失調症患者の基底にある症状を増悪させる,(4)NMDA受容体機能を促進する薬物が統合失調症状を改善する(後述)。

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双生児研究の流れ

 これまでの複雑疾患における双生児研究は,主として一卵性双生児と二卵性双生児を比較し,一卵性双生児で二卵性より疾患の一致率が高い場合に,遺伝因子の関与が証明される,という方法で行われてきた。

 一方,こうした古典的な―ここでは第1世代の双生児研究と呼ぶことにする―双生児研究に対し,1980年代頃から行われるようになった第2世代の双生児研究では,不一致な一卵性双生児に着目し,不一致を起こす環境因や,不一致に伴う中間表現型が探索された。例えば,一卵性双生児で一人だけが統合失調症を発症した不一致例15ペアでMRIを調べた結果,患者側では健常双生児に比して海馬が小さかった,との報告がある1)。海馬の体積には個人差があり,こうした画像研究では知能,教育年数など多数の攪乱因子を統制しなければならず,確実な結果を得ることは容易ではない。しかしながら,不一致双生児を調べることで確実な結果が得られ,この研究により,統合失調症における海馬体積減少という所見が確立した。また同様に,統合失調症の不一致例23ペアで周産期障害の程度を調べた結果,患者側で周産期障害が重症であることがわかり,この研究も統合失調症の危険因子としての周産期障害の確立および統合失調症の神経発達障害説の確立に大きく寄与した2)。PTSD(外傷後ストレス障害)患者でも,海馬体積が小さいことが知られており,これはストレスにより分泌されたコルチゾールが海馬に作用し,海馬萎縮を招いたと考えられていた。ところが,戦争によりPTSDを発症した17ペアの一卵性双生児不一致例における研究では,戦争に参加していない双生児でも海馬が小さかった。このことから,海馬の体積減少はストレスによる萎縮ではなく,遺伝的に,あるいは発達の中で形成された危険因子であることが初めて明らかにされた3)

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連鎖不平衡とは

 染色体は,組み換えを繰り返しながら祖先から子孫へと伝達されていく。ゲノム上の2点間の組み換えは,物理的距離・DNA構造などに依存する確率的現象であり,近接する2点間では組み換えが起こりにくく,2点間の距離の増大に従ってその間で組み換えが起こる確率は高くなる。ある程度以上離れた染色体上の2点間では,0から複数回の組み換えが起き,2点が同時に一つの配偶子にのる確率は1/2となる。従って,組み換え率(θ)は0<θ<0.5の範囲をとる。ゲノム上のある2点間の組み換え率が<0.5である場合,この2点間には連鎖があるという。

 数世代からなる家系の中では,組み換えは10-30Mbp程度の間隔で起こると考えられるが,一般集団の中では,その集団が形成されてから十分若い時期には完全に連鎖していた領域が,世代を経るに従ってその間に発生した組み換えの結果連鎖が弱くなっていき,やがて連鎖のない平衡状態に達する。もし近接するゲノム領域間でまだ連鎖が残っているとすると,それは過渡的な連鎖不平衡にあるといえる。そして,祖先に生じた疾患感受性変異と近傍にある遺伝子多型とが連鎖不平衡にあるならば,その多型を検出することで疾患感受性変異の存在を推定することができると考えられ,これに基づいた解析手法を連鎖不平衡マッピングという。疾患群での対立遺伝子の伝達・保有の偏りを関連といい,連鎖不平衡マッピングではマーカーとなるDNA多型と未知の疾患感受性変異との関連を検出する。

おとり遺伝子―NF-κBデコイ 鈴木 淳一
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 おとり遺伝子(デコイ型核酸医薬)は,特定の転写調節因子の結合部位への結合を競合的に阻害し,プロモーター活性を低下させて活性化される遺伝子群の抑制を行うものである。NF-κBデコイは,NF-κBと特異的に結合する配列を含む短い2本鎖人工DNAであり,NF-κBによって活性化される種々の因子を特異的に阻害する(図1)。多面的な抗炎症効果を発揮することと,ステロイドに比して副作用が少ないことが期待されている1)

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 1分子による疾病制御はどこまで可能か。ブラディオンBradeionプロジェクトは,この疑問に明確な回答を与えるものである。ブラディオン(100%産総研特許物質)は,2003年10種類に分類されたセプチンファミリー遺伝子群1)の一型Sept4に属し,細胞の分裂・増殖に関与するGTPaseとして知られている。ブラディオン(αおよびβタイプを有する)はヒト特異的スプライスバリアントを持ち(αタイプ),正常細胞では脳(ニューロン)においてのみ,形質転換後の細胞としてはヒト大腸癌,悪性黒色腫,前立腺癌,腎細胞癌細胞に強い特異性発現が認められる。その発現比は,ニューロンでα:βが約10:1,癌細胞では1:1である2)

 元来この遺伝子は,ヒトゲノムプロジェクトの所産であり,平成9年に発見された(特許出願平成10年,承認平成12年)。細胞寿命の制御に関わる新規遺伝子を抽出するために,ヒト各臓器別cDNAライブラリーの構築を計画,当時ゲイテルスバーグにあったGIBCO/BRL社と連携して,NIHより購入したヒト臓器を用いた。特に,ヒト脳,心臓,肝臓などに大きな期待をかけ,他の多臓器ライブラリーとの発現比較を行った。ここで,発見の要は,最も重要なのは初回生産版,つまりはコピーではなくオリジナルを使用できたということである。

基本情報

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生体の科学
55巻5号 (2004年10月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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