臨床検査 51巻12号 (2007年11月)

特集 遺伝子検査―診断とリスクファクター

福地 邦彦
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 現在,遺伝子検査で,個人の体質のすべてが明らかになるという風潮があり,数多くの検査が医療機関ばかりでなく,一般にも普及し始めた.そのなかで,広く興味が持たれる高血圧,高脂血症,糖尿病などの生活習慣病関連遺伝子では,家庭で口腔内粘膜を採取し検査会社に送付して検査を行う健康ビジネスも台頭してきた.遺伝子検査の一般化,普遍化は顕著だが,遺伝子情報のなかには,臨床上の診断・治療に真に役立つものと,エビデンスが乏しく,リスクファクターとして捉えるべきものがあり,それらを分けて考える必要がある.

 大学病院をはじめとし,基幹病院であっても,院内で遺伝子検査を行っている施設は必ずしも多くない.“対象としている遺伝子検査で何がわかるのか”,“従来検査とどこが違い,どのような利点があるのか”そして,遺伝子検査法が複数ある場合には,“どの方法が目的に合致するのか”をわかりやすく項目ごとに示し,ベンチサイドやベッドサイドなど手元において辞書的に活用できる実践的な解説書の作成を試みた.

1.遺伝子検査の展開

遺伝子検査の現状と展望 宮地 勇人
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はじめに

 分子生物学的解析(遺伝子分析)技術の進歩は,疾患の診断に必要な病因遺伝子を検出する遺伝子検査を可能とし,感染症や白血病を中心に日常検査として定着した.近年,遺伝子検査は,感染症や悪性腫瘍を中心に,迅速な確定診断だけでなく,治療適応決定,治療モニタリングなど患者管理に広く利用されている1,2).単一遺伝子病では,発症前診断や保因者スクリーニングなどに用いられる.さらに,ヒトゲノムを構成する30億塩基対の配列が2004年に完全解読され,ゲノムシークエンス情報の生物学的研究(ゲノミクス)により,薬物反応性や疾患罹患性の個体差に影響する遺伝子多様性が解明されつつある(図1).その指標となる遺伝子多型パターンを明らかにする多国間の国際協力計画(国際HapMapプロジェクト)も進められている.今日,その成果を用いた「ゲノム医療/個別化医療」の時代を迎えようとしている.このように遺伝子検査の対象とする情報は急速に増大している.一方,適正な利用と普及において様々な課題がある.本稿では,遺伝子検査の現状と展望を概説する.

2.解析技術 A.検査前技術

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はじめに

 遺伝子検査の適用は感染症,造血器腫瘍や遺伝性疾患の確定診断に加え,治療選択やモニタリングと拡大している.これら遺伝子検査には高感度・高精度な検出が要求される.測定の精度は,検体の採取から検体性状の把握や取り扱いなど測定前フェーズが大きな影響を持つ.本稿では遺伝子検査における検体のサンプリングや取り扱い方法について概説する.

2) 検体前処理・核酸抽出法 宮地 勇人
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はじめに

 今日,遺伝子検査は感染症,癌,遺伝性疾患の診断において広く用いられている.診断に意義ある遺伝子の塩基配列を標的として検出する遺伝子検査において,測定前フェーズの工程である検体の前処理と核酸抽出は,様々な要因により測定自体(標的の検出)に大きく影響する1,2).ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction;PCR)法は,高い増幅効率を持つ酵素反応を原理とすることから,増幅産物(アンプリコン)の汚染による検査の偽陽性や増幅阻害因子による偽陰性など,検体前処理に起因する精度管理上の課題がある3).RNA解析ではリボヌクレアーゼ(RNase)によるRNA劣化が測定結果に大きく影響する4).このため遺伝子検査の精度と正確性を確保するうえで,検体の前処理と核酸抽出を適切に行うことが極めて重要となる.本稿では遺伝子検査のための検体前処理および核酸抽出における原理と方法について述べる.

2.解析技術 B.検査技術 a.核酸レベル

1) PCRと塩基配列決定 福地 邦彦
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はじめに

 遺伝子検査の目的は,疾患の責任遺伝子の検出である.疾患責任遺伝子には,外来微生物ゲノムや本来正常機能を果たしている遺伝子の異常が含まれる.その検出対象には,病原微生物のゲノム核酸,ヒトゲノム上にコードされる遺伝子内の欠失,組換え,増幅,あるいは一塩基置換などが挙げられる.現在,これらの遺伝子の検出法には,その対象に応じて,核酸の相補性を利用したハイブリダイゼーション法と,検出目的の塩基配列を増幅して存在証明を行うPCR(polymerase chain reaction)およびPCR以外の遺伝子増幅法の二種類がある.

 本稿では,遺伝子増幅法のうち,PCRとその応用について,得られた結果を解釈するうえで理解しておく必要のある各操作段階の原理,基本的な手法とその変法,そして結果に影響を及ぼす注意点を記載する.実験の具体的な進め方,機器そしてバッファー作製法については,他の多くの実験書を参考されたい.

2) PCR以外の遺伝子増幅法 横田 浩充
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はじめに

 遺伝子検査技術のなかで最も汎用されるのが遺伝子増幅法である.遺伝子増幅法は感度,特異度,迅速性に優れ,DNAのみならずRNAも対象とし多岐にわたり利用されている.近年ではPCR以外の遺伝子増幅法が各社から開発され製品化されている.

 医療分野における応用例として,クラミジア,淋菌,結核菌,B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus;HBV),C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus;HCV),1型エイズウイルス(human immunodeficiency virus type 1;HIV-1)などの感染症をはじめとして慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia;CML)や固形腫瘍関連遺伝子の同定・定量検査がある.これらは疾患の早期診断,治療法の決定,治療効果判定,再発の指標として広く利用されている.さらにはヒト遺伝子解析(体質診断)や薬剤代謝酵素の遺伝子型検査試薬も開発されている.

 本稿ではPCR以外の遺伝子増幅法について概説する.

2.解析技術 B.検査技術 b.遺伝子レベル

プローブ法 福地 邦彦
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はじめに

 遺伝子検査の目的は疾患の責任遺伝子の検出である.疾患責任遺伝子には外来微生物や,本来正常機能を果たしている遺伝子の異常が含まれる.その検出対象には病原微生物のゲノム核酸,ヒトゲノム上にコードされる遺伝子内の欠失,組換え,増幅,あるいは一塩基置換などが挙げられる.現在,遺伝子の検出法は,その対象に応じて,核酸の相補性を利用したハイブリダイゼーション法と,検出目的の塩基配列を増幅して存在証明を行う方法の2種類に大別できる.

 本稿では,プローブを使用したハイブリダイゼーション法で得られた結果を解釈するうえで理解しておく必要のある各操作段階の原理,基本的な手法とその変法,そして結果に影響を及ぼす注意点を記載する.実験の具体的な進め方,機器そしてバッファー作製法については,他の多くの実験書を参考にされたい.

2.解析技術 B.検査技術 c.染色体・ゲノムレベル

1) 染色体検査 松田 和之 , 日高 惠以子
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染色体と染色体検査法

 染色体は細胞周期の分裂期に,光学顕微鏡によりこん棒状に観察することができるDNAと蛋白質の複合体で,塩基性色素に染まる.ヒト体細胞の染色体は46本で,22対の常染色体(1番から22番染色体)と2個の性染色体(X,Y)からなっている.遺伝情報単位であるゲノムは,配偶子に含まれる23本の染色体のセット(ハプロイド)を指し,そこには3×109(30億)塩基対のDNA,約3万個の遺伝子が存在している.ヒトゲノムは直線上に伸ばすと約1mにもなり,分裂期の染色体では約1万倍も凝縮されて存在している.

 ヒト染色体は,その形態と大きさからA群(1~3番),B群(4,5番),C群(6~12番,X),D群(13~15番),E群(16~18番),F群(19,20番),G群(21,22番,Y)の7グループに識別することが可能で,着糸点の位置から中部着糸型(1,3,16,19,20番),次中部着糸型(2,4~12,17,18,X),端部着糸型(13~15,21,22,Y)の3つのタイプに分類される.さらに,染色体を垂直方向に縞模様に染め分ける分染法を施すことにより,その特徴的なバンドパターンから個々の染色体を同定することができる.

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はじめに

 本稿では巨大分子DNAの電気泳動による解析を可能にするパルスフィールド・ゲル電気流動(pulsed-field gel electrophoresis;PFGE)装置の原理と操作の実際について解説する1)

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はじめに

 ヒトゲノムの全塩基配列の解読,遺伝子多型のデータベースの充実,そしてハプロタイプ地図(HapMap)の完成といった遺伝子情報の蓄積や遺伝子解析技術の進歩は遺伝的多様性の研究を著しく進展させた.特に,これから臨床での導入が期待されている“心血管疾患などの多因子疾患のテーラーメイド医療を遺伝子情報に基づいて行う”システムの構築に対する貢献は大きい.今回の特集である“遺伝子検査―診断とリスクファクター”すなわち遺伝子検査の臨床応用に向けて,蓄積されつつあるデータの有効な使用法と効率のよい遺伝子検査法の選択が検討されている最中である.本稿では遺伝子の解析法のなかで特に網羅的解析について,関係事項を加えながら概説したい.

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はじめに

 ポストゲノムあるいはポストシークエンス時代に入り,トランスクリプトーム,さらにはプロテオームが盛んに論じられるようになった.DNAマイクロアレイなどによるmRNAの網羅的発現解析が現在盛んに行われているが,①細胞内でのmRNA発現量と蛋白質産生量とは必ずしも比例しないこと,②蛋白質の活性は細胞内での局在やプロセシング,翻訳後修飾などmRNAとは別のレベルでされていることなどから,プロテオーム解析は重要であり,その解析技術の進歩とあいまって,近年急速な展開をみせている.全発現蛋白質を対象とする網羅的プロファイリングに加えて,特定の病態に関する蛋白質をターゲットとする疾患プロテオミクス,創薬プロテオミクスは臨床に深くかかわってくる.

 本稿では,臨床検査からみた疾患プロテオミクスについて自験例を含めて述べる.

2.解析技術 C.検査後解析

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PCR法(定性)の評価と読み方

 PCR法は保存検体など微量(低コピー数)しか得られないサンプルにおいて,その威力を発揮する.特に特定の遺伝子の領域のみをゲノムDNAあるいはcDNAから増幅して,PCR産物としてアガロース上でバンドとしてあるいは発色して検出することが可能である1)

2.解析技術 コラム

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 バイオインフォマティクス(bioinformatics)は,文字どおりインフォマティクス(informatics)の一分野で医学・生物学分野におけるそれのことである.インフォマティクスは“information”と“automatic”を融合させた造語(1957年,ドイツのコンピュータ科学者カール・ステインブッシュが論文中でAutomatische Informationsverarbeitungの語を用いたのが語源のようである)と言われ,自動情報処理技術を指す.したがって,インフォマティクスが対象とする分野は医学・生物学に限った話ではなく,化学(ケモインフォマティクス)のような理系分野から言語学・社会学・経済学といった文系分野まで多岐にわたる.また,情報学の発展に伴い,この語にはいろいろな意味と解釈が与えられるようになったが,本稿では割愛する.

 近年の一台一台のコンピュータ能力の劇的な向上およびインターネットを代表とするコンピュータ間の情報交換の高速化・洗練化に伴い,分野を問わず情報のデジタル化の流れはとどまるところを知らない.これらはすべてインフォマティクスの扱いうる対象となる.Googleのような検索エンジンで,分野横断的に検索結果を得ることができるのは読者も実感しているところであろう.

3.遺伝子診断の実際

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はじめに

 癌は多数の遺伝子変異の蓄積により多段階に発生,進展し,最終的には他臓器へ浸潤,転移することにより宿主をたおす.そこで,癌の浸潤,転移を制御する分子を同定し,診断,治療の標的として応用する基礎・臨床研究が盛んに行われている.浸潤,転移抑制治療の確立はまだ先だとしても,浸潤,転移の鍵となる標的分子を用いた質的診断はある程度実用化されている.もちろん,従来から行われてきた画像診断や腫瘍マーカーとの比較のうえで,これらの遺伝子診断の有用性が評価されるべきであるが,少なくとも癌の微小転移の検出や,摘出した癌の網羅的遺伝子発現,構造解析による転移性の予測などにおいては,他の診断技術では検出できない新しい成果が認められている.ここでは,癌の浸潤,転移の概要を示し,いまだ臨床的有用性の確立までは至っていないが,関連する遺伝子診断の現状をまとめることとする.

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はじめに

 抗癌剤による癌化学療法においては,薬効や薬物有害反応における大きな個体差がしばしばみられるが,その原因は必ずしも解明されていない.したがって,抗癌剤を用いた化学療法により恩恵を享受する患者また重篤な薬物有害反応のリスクが高い患者を同定することは一般に難しい.

 臨床薬理学的な研究によれば,薬剤に対する応答は薬物動態と薬力によって決まる.薬剤応答の個体差は,薬物動態と薬力に影響を与える要因の遺伝子などの先天的な差異,あるいは環境的・外的ないわゆる後天的な違いに起因して起こる.ある抗癌剤の薬効や毒性と遺伝子多型との関連が明らかになった場合,薬剤投与前の遺伝子診断は,抗癌剤の個別化医療において強力な武器になりうる.すなわち,患者の選択,薬剤の選択および投与量の調整を可能にする方法論を提供する.抗癌剤の使用にあたっては,遺伝子診断の意義についても十分な知識を持つことが望ましい.

 本稿では抗癌剤の薬物動態や薬力に関連する因子における遺伝子診断について紹介する.

1) 悪性腫瘍 (3)乳癌 梅村 しのぶ
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はじめに

 乳癌診療において,臨床的有用性が高くかつ日常的に行われている遺伝子検査として,HER2検査を挙げることができる.しかし,近年さらに遺伝的感受性を調べるBRCA1遺伝子解析や,遺伝子発現の検索により予後予測やセンチネルリンパ節への転移を検索する方法など,様々な“遺伝子検査”が開発されてきている.厳密な意味での“遺伝子検査”に含まれないものもあるが,今後の発展的可能性という点から本稿において取り上げた(表1).

1) 悪性腫瘍 (4)肺癌 田島 和雄
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はじめに

 日本の肺癌患者の増加数は著しく,悪性新生物による死因のトップは男性では1993年に胃癌を抜き1位となった1).その後も肺癌死亡数は増加を続けており,2006年の死亡数は45,927人(全癌の23.2%)となった.女性でも男性と同様に増加しており,2006年には17,307人となり,胃癌(17,670人)とほぼ肩を並べているので2007年には肺癌が死亡原因の1位になると予測される.人口の高齢化を考慮した肺癌の年齢調整死亡率と年齢調整罹患率の年次推移は,図1に示すとおりである2,3).最近の傾向としては喫煙習慣に関連した扁平上皮癌や小細胞癌の増加傾向は頭打ちになってきたが,相対的に女性に多く発生する腺癌の増加が著しくなってきた(図2)4).本稿ではEGFR(epidermal growth factor receptor)遺伝子変異のみられる腺癌を中心に疫学的特性と遺伝子診断について紹介してみたい.

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背景

1.大腸癌とは

 世界において大腸癌は全悪性腫瘍のうち,肺癌についで第2位の年間約1,065万人が罹患し,肺癌,胃癌についで第3位の約62万人が死亡する癌である(2002年,WHO統計).わが国においても生活様式の欧米化に伴って増加傾向にあり,胃癌に次いで第2位の年間約9万人が罹患し,肺癌,胃癌に次いで第3位の約4万人が死亡している(出典:国立がんセンターがん対策情報センター).しかし,一般的に早期発見し,内視鏡的切除や外科的切除による治療が行えれば生存率が極めて良好な癌である.そのため,早期発見のスクリーニング検査が重要である.

1) 悪性腫瘍 (6)家族性腫瘍 林 泰秀
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はじめに

 近年の分子生物学の進歩により,発癌の発症機構の解明が急速に進み,また,網羅的なゲノム解析も可能となり,癌予防の考えが現実の問題となってきた.このため家族性腫瘍(familiar tumor)に対する認識が高まり1),研究も進展している.これまでに,癌抑制遺伝子として網膜芽腫(retinoblastoma;RB)からRB遺伝子が,ウィルムス腫瘍からWT1遺伝子が単離され,さらに17番短腕(17p)にあるTP53遺伝子が単離されている.また胚細胞変異を有する家族性腫瘍のうち,Li-Fraumeni症候群がp53遺伝子の異常が原因で発症することが見いだされ2,3),9pから単離されたp16遺伝子が4),家族性悪性黒色腫の原因遺伝子であることが判明し5),癌は遺伝子の病気であるばかりでなく,その一部は遺伝することが明らかになった.さらに,DNAチップやマイクロアレイを用いたコンピューター遺伝子工学の進歩により,一塩基の違いを簡便に論ずる時代が到来し,正常な表現型を示す集団内において,一塩基の違いによるsingle nucleotide polymorphisms(SNPs)による癌になりやすさの研究も始まっている.本稿では家族性腫瘍,特にLi-Fraumeni症候群,家族性悪性黒色腫,およびその他の家族性腫瘍と高発癌性遺伝病および多因子癌素因について,最近の知見を述べる.

1) 悪性腫瘍 (7)白血病 東田 修二
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はじめに

 近年,白血病の分類が,これまでの骨髄塗抹標本の細胞形態の観察に基づくFAB分類から,染色体・遺伝子所見を加味したWHO分類に移行した.特に急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia;AML)では,表1に示すように,特異的な染色体・遺伝子異常を呈する症例が独立した病型となった.白血病は染色体・遺伝子レベルの病態研究が早くから行われており,検体として腫瘍細胞を採取することが容易であるため,20年前ごろから染色体・遺伝子検査が臨床に用いられている.この分類法の移行に伴い,診断における染色体・遺伝子検査が必須になった.

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はじめに

 悪性リンパ腫とは,成熟リンパ球系細胞の単クローン性腫瘍性疾患で,臨床的にはリンパ節を中心に腫瘤性病変を特徴とする.悪性リンパ腫は腫瘍細胞の細胞生物学的な多様性と同時に臨床的にも多様性に富んでいるので,的確な治療法の選択や予後の推定のためにも正確な診断と分類が不可欠である.

 悪性リンパ腫の診断や分類は一般にWHOの診断基準に準拠している.すなわち,腫瘍細胞の細胞起源(cell origin)によってT細胞,B細胞,NK細胞の三大系統別に分類し,次いで腫瘍細胞の分化度(cell differentiation)などの細胞特性により各々の病型に分類される.実際の診断は細胞形態(morphology),免疫形質(immunophenotype),遺伝子特性(cytogenetics)の,いわゆるMIC特性を統合して行われている.以下,悪性リンパ腫診断における遺伝子検査の意義,現状における役割について解説する.

2) 神経・筋疾患 植田 光晴 , 安東 由喜雄
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はじめに

 神経・筋疾患領域には遺伝子異常がその病態に関与する疾患が多く,臨床症候や一般の検査項目のみでは診断が困難なものが少なくない.また,遺伝性疾患の原因遺伝子が不明であったころは,臨床症候や病理学的な特徴から疾患が分類されてきたが,近年の分子生物学の進歩により,多くの遺伝性神経筋疾患の原因遺伝子が明らかになった背景から,原因遺伝子による疾患の再分類が行われている.そのため,これらの疾患の診療には遺伝子検査が重要な意義を持つ.しかし,遺伝子検査が保険収載されている神経筋疾患はごく一部であり,その他の疾患に関しては非保険診療として外注もしくは研究機関などが先進医療や研究目的でこれらの検査を担っている.

 一方,神経・筋疾患領域の遺伝子変異の形態は多様であり,対象疾患によっては解析に大変な労力が必要となる場合がある.また,遺伝子変異がどのように病気の発症機構と関連しているのか解明されていないものも少なくない.遺伝子診断は確実に再現性を持って行う必要があり標準化は重要な事項であることは言うまでもないが,前述の背景から個々の機関が独自の手法で行っているのが現状である.また,有効な治療法が存在しない疾患が多いため,遺伝子診断に際しては倫理面での配慮や遺伝カウンセリングの必要性が高く,患者や家族に不利益がないように配慮する必要がある.

 本稿では遺伝子異常が関与する代表的な神経・筋疾患を概説し,これらの疾患で遺伝子診断が果たす役割について解説する.

3) 循環器疾患 長谷川 洋 , 小室 一成
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はじめに

 循環器疾患は高脂血症・糖尿病による動脈硬化など,生活習慣に起因する疾患が多いと考えられ,疾患遺伝子に関するエビデンスは多くはなかった.しかし,疾患によっては明らかに家族性集積が認められ,その原因が1つの原因遺伝子に集簇されることがわかってきた.近年の分子生物学的研究の進歩によって,循環器疾患においても病態解明に分子遺伝学的手法が導入され,いくつかの疾患の病因遺伝子が明らかになってきており,日本循環器学会においてガイドラインも作成されている1)

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はじめに

 遺伝子診断が“役に立つ”とされる内分泌疾患は多数知られている.しかし,その実情は多発性内分泌腺腫症2型遺伝子診断のように臨床上の意義が確立しているものから,エビデンスに乏しく結果の解釈に困るものまで様々である.本稿では,最近,その重要性で注目されている褐色細胞腫の遺伝子診断を紹介することで内分泌領域の遺伝子診断を考えてみたい.

 褐色細胞腫の遺伝子診断は今世紀に入り,その適応で大きく考え方が変わった分野である1,2).その理由は,新しい原因遺伝子SDHBおよびSDHDの発見で遺伝性の頻度が10%よりはるかに上昇したこと,臨床的に散発性でも遺伝性の可能性があること,悪性化と関係する遺伝子(SDHB)が発見されたことに集約されると思う.SDHBSDHDはTCA回路のコハク酸脱水素酵素サブユニットをコードする遺伝子である.本稿ではSDHBSDHD変異による遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群(hereditary pheochromocytoma/paraganglioma syndrome;HPPS)に重点を置いて紹介する(表1).

5) 腎疾患 村津 四葉 , 南学 正臣
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はじめに

 ヒトゲノム計画をはじめとする近年の遺伝子,ゲノム研究の進歩により,慢性に経過する腎疾患の原因の多くが遺伝子異常によることが明らかとなり,すでに多くの腎疾患の原因遺伝子が同定されている(表1).これまで,ほとんどの腎疾患の診断確定には腎生検での病理組織診断が不可欠であったが,こうした医学の進歩に伴い,遺伝子診断や変異蛋白質機能解析が腎疾患の診断に重要な地位を占めるようになりつつある.以下に代表的な遺伝性腎疾患の病態,および遺伝子診断の現状について概説する.

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はじめに―臨床的有用性とそのリスクファクター

 血液凝固異常症とは,凝固反応系に関与する凝固因子の単独あるいは複合の量的あるいは質的異常に基づき凝固因子活性が低下することにより,出血傾向をきたす疾患である.凝固異常症の原因は先天性と後天性に分けられるが,先天性の多くは特定の凝固因子の遺伝子の変異が病因となり,欠乏症や分子異常症を引き起こす単一遺伝子疾患である(表1).血友病やその他の凝固因子欠乏症などの先天性出血性疾患の診断のほとんどは,臨床所見と凝血学的検査における単一の凝固因子活性低下により確定する.一方,アンチトロンビン(AT),プロテインC(PC)やプロテインS(PS)などの凝固阻止因子の欠乏や低下は,血栓傾向を招く(表2).これらの先天性血栓性疾患の多くも,特定の凝固阻止因子の遺伝子変異が病因となる.

 先天性凝固異常症や血栓性疾患における遺伝子診断は,個人が先天的に疾患の原因となる遺伝子の異常を有するか否かを確定するため臨床的意義は高い.遺伝子変異を検出・同定することは,当該蛋白の量や構造異常の推定につながり,個人の病態生理を正確に把握するために重要である.その結果は疾患の病型分類にも有効に利用され,実際の治療や将来の先進的な治療法の開発へと応用されることが期待できる.さらに,患者の遺伝子変異の情報は患者家系で共有しているものであり,家系内の未発症者や保因者の遺伝子診断を実施する際にも必要となる.また,凝血学的検査の結果のみでは診断が困難なケースに対しては,遺伝子診断が判定を明確にし,従来の臨床検査を補足する形でその有用性を発揮する.

 しかし,遺伝子解析を行い特定の遺伝子に変異が検出されなかったという理由のみで,疾患への罹患を否定することはできないという点を,十分に理解しておかなければならない.例えば血友病A患者の遺伝子解析において,第Ⅷ因子(FⅧ)遺伝子(F8)の26個のエクソン,スプライスサイトや非翻訳領域をダイレクトシークエンス法により解析しても,これらの部位から遺伝子変異が検出できなかった症例が全体の症例数の約2%存在する1).このような症例ではmRNAの合成障害や分解亢進,翻訳障害,FⅧの細胞内修飾や分泌障害,血中でのクリアランス亢進などが病因として推測され,一般的に遺伝子診断で行っているDNAの塩基配列決定だけでは,疾患の解明をすることはできないと考えられる.したがって,遺伝子診断は確定診断ではあるが,その結果や解釈は必ずしも単純ではなく,結果が出ない場合や不確定な結果となる場合があることを認識しておかなければならない.

 本稿では血友病とAT欠乏症を中心に,先天性凝固異常症と血栓性疾患の遺伝子診断と凝血学的検査との関連,遺伝子診断の実際の利点や注意点について概説する.

7) 血色素異常 服部 幸夫 , 山城 安啓
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はじめに

 成人の大部分のヘモグロビン(Hb)はαグロビン,βグロビンの各2分子ずつからなる四量体である(α2β2).グロビンのアミノ酸配列の異常によって異常Hb(abnormal hemoglobin)が,一方のグロビンのみの産生不良によってサラセミア(thalassemia)が生じる.これを合わせて血色素異常症(hemoglobinopathy)と称している.異常Hbは不安定性による溶血,高酸素親和性による多血症,低酸素親和性あるいはHbM症によるチアノーゼが約30%の異常Hbでみられる(症候性).しかし,多くの異常Hbは臨床的には無症候性である.異常Hbは常染色体優性を示す.サラセミアはα,βグロビンの産生不良をそれぞれα,βサラセミアと称する.小球性赤血球を特徴とする常染色体劣性の溶血性疾患である.β,αサラセミアは当該染色体から幾分かグロビンが産生されるが,β0,α0サラセミアでは全く産生されない.日本人に多いヘテロ接合体(軽症型)では,小球性赤血球症がみられるのみで溶血はない.

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はじめに

 臨床検査に強くリンクした酵素異常症として,今回依頼のあった乳酸デヒドロゲナーゼ(lactate dehydrogenase;LD)とコリンエステラーゼ(cholinesterase;ChE)の遺伝性変異について記述する.いずれも,遺伝性変異がその項目の臨床検査データに大きな影響を及ぼすとともに,生理活性の異常が症状を生み出す.他の血清酵素も同様に遺伝性変異によって活性の増減が認められる.このような血清酵素異常症は,原因として遺伝性(一次性)のものだけでなく,獲得性(二次性)との鑑別が必要となる1).酵素によっては,この鑑別のためには遺伝子解析を行わなければわからないこともある.しかしながら,家族検索ができるのであれば,それによって遺伝性かどうかは判明することも多い.

9) 先天代謝異常 坂本 修
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概念・診断法の変遷

 1908年英国のGarrodはシスチン尿症,白皮症,五炭糖尿症,アルカプトン尿症の4疾患を例に挙げ,これらがMendelの遺伝形式に従い,生体内の代謝過程の1か所の先天的欠損に基づくと考えられることを指摘した.これをもって初めて先天代謝異常の概念が提唱されたと考えられている.現在,遺伝子異常により代謝系が障害される酵素異常,膜転送異常,受容体異常などを含め先天代謝異常症と分類されている.

 先天代謝異常症の診断は異常蓄積物質(アミノ酸,有機酸,ムコ多糖,糖脂質など)を検出する生化学的診断から始まり,測定法・測定機器の発展とともに飛躍的に診断される疾患が増えてきた.現在アミノ酸の検出では自動アミノ酸分析計が,有機酸分析ではガスクロマトグラフィー/質量分析計(gas chromatography;GC/mass spectrometry;MS)が力を発揮しており,諸外国ではアミノ酸およびアシルカルニチンを一緒に検出できるタンデム質量分析計(タンデムマス)が新生児スクリーニング検査に導入されている(わが国ではパイロットスタディの段階).その後,先天代謝異常症の診断に酵素学的診断法が導入され,さらに近年の分子遺伝学的進歩により遺伝子変異そのものの検索へと展開していった.

10) ミトコンドリア病 康 東天
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ミトコンドリアゲノム,ミトコンドリア病とその遺伝子検査の詳細ついては他の総説を参照されたい1~6)

ミトコンドリア病とは

 ミトコンドリアの主要な働きの1つが酸化的リン酸化による好気的なATP(adenosine 5´-triphosphate)合成であることは周知のことであるが,ミトコンドリアはそれに加え,脂肪酸酸化,リン脂質の合成,ステロイドホルモンの合成,ヘムの合成,細胞内カルシウム濃度の調整など非常に多くの代謝に関与しているのみならず,アポトーシスという細胞死にも中心的役割を果たしている.広義にはそれらミトコンドリアのどの働きが障害されても,ミトコンドリア病であるが,臨床の現場では,ミトコンドリアでのATP産生能の低下に起因する病態を狭義にミトコンドリア病と称している.狭義のミトコンドリア病のなかで3大病型と呼ばれるものが約70%を占める(表1).

11) 移植医療 柏瀬 貢一
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はじめに

 同種(他人)からの移植は主要組織適合性抗原(major histocompatibility complex;MHC)が一致することは極めて稀である.MHCが異なると臓器移植では拒絶反応が,造血幹細胞移植では移植片対宿主病(graft versus host disease;GVHD)がしばしば惹起される.移植成績の向上のためにはMHCの最も主要なヒト白血球抗原(human leukocyte antigen;HLA)を適合させることが必要とされる.

 20世紀当初より移植医療の研究や臨床応用が積極的に行われるようになり,難治性の臓器不全や造血器腫瘍などに対する新しい治療法として欧米を中心に広く実施され,生命維持とQOL(quality of life)の改善に貢献してきた.特に1980年代以降,シクロスポリンなどの新しい免疫抑制剤が開発され,移植成績が著しく改善し移植症例数は飛躍的に増加した.

 移植される臓器は心臓,肺,腎臓,膵臓,肝臓,小腸など,組織は骨,角膜,皮膚,心臓弁,血管,気管など,細胞では骨髄,末梢血幹細胞,臍帯血,膵ランゲルハンス島など多岐にわたっている.

 移植では提供者(ドナー)と患者(レシピエント)の適合性が重要である.この適合性を支配しているのはMHCで,最も主要なものはHLAである.臓器移植では適合性がよければ拒絶反応は起こりにくく,使用する免疫抑制剤の量も少なくてすむため,免疫抑制剤による副作用も軽減できる.逆に適合性が悪ければ,拒絶反応が起こりやすいだけでなく,免疫抑制剤が多量に必要となる結果,感染症などにかかりやすくなる.ただし,時間的に制限がある心臓や肺移植などの移植は,HLAの適合性を考慮せず移植が行われる.また,骨,角膜などの組織移植ではさほどHLAの影響を受けないため,これらの移植も適合性を考慮せず移植が行われる.腎臓などの臓器移植では,レシピエントがドナーのHLA抗原に対するHLA抗体を持つ場合,超急性拒絶反応が惹起されるため,患者のHLA抗体検査は重要な検査の1つである.血液型については,血漿交換や体内で中和するなどの適切な処置により,近年ABO血液不適合移植での腎臓や膵臓などの移植1)が成功しているが,ABO抗原は強い組織適合性抗原であることは間違いない.

 造血幹細胞移植では,むしろ拒絶反応よりドナーの細胞が,レシピエントの組織や臓器を障害するGVHDが問題となる.移植後100日以内に発症し,消化管,肝臓,皮膚などを標的臓器として下痢,黄疸などの臨床症状を呈する急性GVHDと,100日以降に発症し多臓器を障害し膠原病様の臨床症状を呈する慢性GVHDとがあるが,いずれにしても,GVHDはレシピエントの免疫系再構築を著しく障害させる最大の合併症である.GVHDを軽減させるためにはドナーとレシピエントのHLAの適合性を高める必要がある.最近の研究により,非血縁者間骨髄移植において遺伝子型(allele:対立遺伝子)レベルを適合させることが移植成績の向上に寄与することが解明した2).さらに,興味深いことに不適合の遺伝子型の組み合わせによりGVHDの発症の程度に差があることがわかってきた3)

 本稿では組織適合性試験の中心であるHLAタイピングについて概説する.

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はじめに

 肝炎ウイルスには主に経口感染するA型肝炎ウイルス(hepatitis A virus;HAV),E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus;HEV)と主に血液を介して感染するB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus;HBV),C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus;HCV),D型肝炎ウイルス(hepatitis D virus;HDV)がある.A型肝炎は全世界に分布し,経口水系感染であることから衛生環境の指標とされている.E型肝炎も人畜共通感染症であり,HAV同様に衛生環境の悪い東南アジア,中央アジア,アフリカ,南米などの発展途上国で流行が報告されている.最近,国内での散発性急性E型肝炎の報告が相次いでいる.しかし,HAV,HEV感染ともに劇症化する稀なケースを除けば,多くは一過性の感染で慢性化することはない.一方,主に血液を介して感染するHBV,HCV,HDVは慢性化し,慢性肝炎,肝硬変をへて肝細胞癌に至るので,世界中で大きな問題となっており,ウイルス駆除を目的とした治療が積極的に行われている.

 ここでは,慢性肝炎の主要原因であるB型・C型肝炎ウイルスの臨床的意義,およびその診断には欠かすことのできない血清学的検査に加えて遺伝子検査の使い方について述べる.

12) 感染症 (2)HIV 西田 恭治
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はじめに

 HIV(human immunodeficiency virus:ヒト免疫不全ウイルス)感染症の臨床における進歩は,治療法においても検査方法においても著しい.検査方法としての遺伝子技術の応用は臨床現場において不可欠である.本稿では,それら検査方法の現状と有用性および問題点を示す.

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単純ヘルペスウイルス感染症の遺伝子診断

1.単純ヘルペスウイルス感染症

 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus;HSV)は,αヘルペスウイルスに属する二本鎖DNAウイルスであり,1型と2型に分類される.初感染後HSV 1型は三叉神経節に,HSV 2型は仙骨神経節の細胞中にそれぞれ潜伏感染し,通常は細胞性免疫により制御されている.しかしながら,細胞性免疫の低下などの要因が加わると,潜伏感染しているHSVは再び増殖を開始し(再活性化),発症(回帰発症)に至ることを特徴としている.

 HSV感染症の臨床病型は口唇ヘルペスのような,通常予後良好なものから,ヘルペス脳炎,新生児ヘルペスといった重篤なものまで多彩である(表).新生児期には母親の性器ヘルペスが感染源となり,新生児ヘルペスを発症する.新生児ヘルペスの中でも,ウイルスが全身に拡がり,多臓器不全をきたす全身型新生児ヘルペスは最も重篤であり,抗ウイルス剤治療を行った例でも死亡率は30~60%と高率である1).また,脳炎を主体とする中枢神経型新生児ヘルペスも,生命予後は全身型に比べ良好であるが,高率に神経学的後遺症を残す.

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はじめに

 サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus;CMV)は,ヒトヘルペスウイルス科のベータヘルペス亜科に属する二本鎖DNAウイルスである.わが国では,垂直感染または水平感染により,成人の70%以上が初感染を受けているが,多くの場合,不顕性に経過し,ウイルスは終生にわたりその宿主の体内に潜伏感染1)している.

 CMVが臨床的に問題となるのは,主に胎内感染による先天性巨細胞封入体症,輸血や臓器移植などによる医原的感染症および免疫抑制状態下の患者における日和見感染症である.特に移植後の易感染患者においては,体内に潜伏するCMVが再活性化して内因性感染(回帰発症)が起こり,間質性肺炎,肝炎,腸炎など様々な病状を呈し,しばしば致死的経過をたどる.

 近年,ガンシクロビル,ホスカルネットなどの有効な抗ウイルス薬の開発に伴い,CMV感染症の標的治療が可能となった.これらの薬剤を早期適正治療に役立てるためにはCMV感染症を正確かつ迅速に診断する必要があり,核酸増幅検査はこの目的にかなう検査法として有望視されている.

 本項では,現在,検討・評価が進められている定量PCR(polymerase chain reaction)法を中心に,CMV核酸増幅検査の現状について概説する.

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はじめに

 Epstein-Barrウイルス(以下,EBV)の関連が疑われる疾患は多岐にわたり(表1),これら疾患の一部に対して遺伝子診断が行われている.目的は,①組織中のEBVの存在を定性的に証明する,②血液などのEBVを定量する,③EBVのクローナリティを調べる,の3つに分類される.現在行われている方法として,①にはin situ hybridization(ISH)法,②にはpolymerase chain reaction(PCR)法,③にはSouthern blotting法が用いられている.このうちEBV定量については,近年の臓器移植の増加に伴い,EBV再活性化による移植後リンパ増殖症(post transplant lymphoproliferative disorder;PTLD)の重要性が認識され,その需要が高まっている.本稿では主にEBV定量診断について述べる.

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臨床的有用性

1.ヒトパピロマーウイルス(HPV)タイプの分類と感染病変

 ヒトパピロマーウイルス(human papillomavirus;HPV)は現在,100タイプ以上が同定されており,そのうち40タイプ以上は,子宮頸部や腟,肛門,陰茎,咽頭,喉頭などの上皮に感染するために,粘膜型HPVと呼ばれている.パピローマウイルスは遺伝子配列の違いによって18の属に分類されるが,HPVはα,β,γ属の3つに分かれている.粘膜型はα属に属し,このグループには皮膚型のHPVも含まれている.ちなみにβ属には疣贅状表皮発育異常症(epidermodysplasia verruciformis;EV)症や他の皮膚型HPV,γ属には皮膚型HPVが含まれる.EV誘発HPV型を除き,皮膚型HPVは癌を誘発しない.

 HPVはE6E7E1E2L2L1遺伝子の配列から分類され,その系統樹を図1に示す1).粘膜型のなかで,HPV6,11型などは腟や外陰部,肛門,陰茎に尖圭コンジローマを誘発し,これはほとんど癌化しないため低リスク型と呼ばれる.一方,HPV16型などは子宮頸癌から検出されるために高リスク型と呼ばれている.子宮頸癌で単独型感染として検出されるHPVタイプを高リスク型と定義し,HPV16,18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,68,73,82型の15タイプがそれに相当,さらにHPV26,53,66型の3タイプも高リスク型の疑いとされている(図1,表1)2).しかし,このなかでHPV45,HPV73は日本の子宮頸癌ではほとんど見つかっていないし,高リスク型疑いのHPV26,53,66型は高度子宮頸部上皮内新生物(cervical intraepithelial neoplasia;CIN)でも検出されていない3~5).一方,欧米では高リスク型とされていないHPV67,69型が日本の子宮頸部扁平上皮癌や高度CINから単独型として検出されている.したがって,これらも高リスク型であると考えられる(表1).粘膜型HPVのうち半数以上が低リスク型や高リスク型に分類されていないタイプ(リスク不明型)であるが,これらのタイプの多くは低リスク型であろうと考えられる.

12) 感染症 (7)ノロウイルス 中込 治
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ノロウイルス胃腸炎

 ノロウイルスは感染性胃腸炎の主体を占めるウイルス性胃腸炎の最も重要な病原体の1つであり,また,最初に発見された病原体である.1968年秋に米国オハイオ州ノーウォークの小学校で起こった児童および教師の50%が罹患した急性胃腸炎の集団発生の原因として,免疫電子顕微鏡法によって発見されたウイルスである1).ノロウイルスは長い間,このような学童期から成人に及ぶ急性胃腸炎の集団発生,あるいはウイルス性食中毒の原因として注視されてきた.ノロウイルス胃腸炎の集団発生例の特徴は表1のような特徴を持つ2,3).しかし,最近になってノロウイルス胃腸炎は乳幼児から高齢者まですべての年齢層の人が罹患することがわかってきた4~6).特に乳幼児や高齢者においては,重症例も少なからず発生している.

 現在のノロウイルス感染症は疫学的にみると,①学童期から成人に及ぶ急性胃腸炎の集団発生,②ウイルス性食中毒,③乳幼児期の嘔吐下痢症,④病院や特別養護老人ホームなど医療関連施設での高齢者の嘔吐下痢症など広範囲に及んでいる.この診断を臨床症状のみによって行うことは不可能である.確定診断は必ず病原ウイルスの検出によらなければならない.ノロウイルス検出のゴールドスタンダードは核酸診断(遺伝子診断)である.

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はじめに

 世界では約20億人(人類の1/3)が結核菌(Mycobacterium tuberculosis)に既感染(ほとんどは無症候性潜在性結核菌感染),毎年880万人(罹患率人口10万対:140)が結核を発病,200万人が死亡している.日本(2005)1)では年間2.8万人(罹患率:22.2)が結核を発病,2,300人(死亡率:1.8)が死亡し,結核は単一病原体感染症として,人類に甚大な健康被害を与えている(表1).英国および米国の罹患率は,それぞれ12,4.9であり,日本の罹患率はその約2~5倍で,日本はいまだに中蔓延国である.薬剤耐性結核(特に多剤耐性や超多剤耐性)やヒト免疫不全ウイルスと結核の重複感染は世界に共通な結核増加要因である.すなわち,国内外を問わず,発生動向から結核対策は重要な課題である.

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はじめに

 性行動の低年齢化に伴い,若年者のクラミジア(Chlamydia trachomatis)・淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による感染症は増加傾向を示している.婦人科領域での無症候性のクラミジア・淋菌感染症の頻度は高く,これらの混合感染も少なくない.クラミジア・淋菌は性行為感染症(sexually transmitted diseases;STD)の主要な起炎菌であり,STDの蔓延防止のためにもクラミジア・淋菌感染症の早期診断・治療は重要と考えられる.したがって,性器クラミジア・淋菌感染症では確実な検査診断法が必要であり,クラミジア・淋菌遺伝子検査の有用性が期待されている.

 現在,わが国で市販されているクラミジア・淋菌の主な遺伝子検査法は,TMA(transcription mediated amplification)法,PCR(polymerase chain reaction)法,SDA(strand displacement amplification)法などによる遺伝子増幅法である.本稿では,これらの遺伝子検査法の測定原理,標的遺伝子,検出感度などについて概説し,クラミジア・淋菌感染症の遺伝子検査の意義について解説する.

12) 感染症 (10)MRSA 近藤 陽子 , 伊藤 輝代
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はじめに

 Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)は,1961年にメチシリン(methicillin)に耐性を示す黄色ブドウ球菌として最初に報告された.1980年代には日本でも全国で報告されるようになり,現在では臨床で分離される黄色ブドウ球菌の約60~70%がMRSAであると報告されている1).検査室におけるMRSAの検出は,一般的にClinical and Laboratory Standard Institute(CLSI)の基準に則って,2%NaCl添加Muller-Hinton brothによる微量液体希釈法で,オキサシリン(oxacillin:MPIPC)を4μg/ml以上のMIC値を示す場合,または2%NaCl添加Muller-Hinton agarを用いたディスク拡散法で,1μgを含むKBディスクの発育阻止円が10mm以下の場合に,MRSAと判定している.PCR法をはじめとする遺伝子検査は,一般の病院検査室では,種々の問題からあまり実施されていないが,感染症の迅速診断法として今後の発展が期待でき,また,MRSAの病原性の研究や,年々重要さを増す病院感染における感染経路の特定などにも有用である.個々の菌の薬剤耐性遺伝子や毒素遺伝子など病原遺伝子保有などの迅速診断は感染症の早期治療に役立ち,また,遺伝情報に基づいたMRSAの疫学調査を行うことができる.特に近年,市中型MRSA(community associated MRSA;CA-MRSA)が増加し2),これらが病院型MRSA(healthcare associated MRSA;HA-MRSA)とは遺伝的に異なっていることが報告されるようになってから,その違いを遺伝学的に解析することがよく行われるようになってきている.

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はじめに

 臨床上の問題となるバンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococcus;VRE)はvanAvanBなどの外来性の耐性遺伝子を保有した腸球菌を指す.腸球菌は腸管内常在細菌叢をなす菌であるため,尿,手術創部,ドレーンチューブなどから少数検出されても感受性試験の対象にならず,ほとんどの個体では無症状保菌状態である.したがって,VREは積極的に見つけようとしなければ検出困難であり,臨床検体から偶然検出された場合にはすでに院内感染が拡がっている可能性が高い.コストと労力を勘案したうえで,いかに院内のVRE保菌者早期発見体制をとるかが各病院にとっての課題であり,必要なものは選択培地とPCR(polymerase chain reaction)などによるvanAvanB遺伝子検出のみである.

 米国では1990年ごろから院内集団感染として急増し,近年では院内で分離される腸球菌の10~30%がVREとされる1).日本では1996年にvanAEnterococcus faeciumが初めて臨床分離され2),1999年に北九州の病院で初めての院内集団感染が明らかになった後に,感染症法による全数把握の届出感染症となったが,近年確実に増加傾向(60~70件/年)にある3)

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遺伝子診断の現状

 これまで他項で述べられたように,病原微生物を同定するための多くの遺伝子診断法が開発され,その幾つかは既に臨床検査で日常業務の一部になってきている.特に,日常の検査で培養や顕微鏡検査が難しい病原体の診断に遺伝子診断が有効に使用されている.すなわち,ウイルスでは,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus;CMV),ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus;HPV)やHIV(human immunodeficiency virus)などが,細菌では培養が比較的難しいかもしくは時間がかかる,クラミジア,レジオネラ,マイコプラズマ,ヘリコバクターピロリや結核菌等の遺伝子診断が導入されている.しかし,薬剤耐性菌の遺伝子診断の導入に関しては,必ずしも優先順位は高いとは言えない.このなかで,薬剤耐性結核菌の遺伝子診断に関してはその有効性がすでに広く認識されており,リファンピシン耐性遺伝子診断法(rpoB)が臨床検査試薬として実用化され,ピラジナミド耐性遺伝子診断法(pncA)も開発されて1),研究試薬として販売されている.その一方で,他の多くの薬剤耐性菌の遺伝子診断法の臨床応用は進んでいない.ただし,ゲノム型解析は別で,パルスフィールドゲル電気泳動法などによる疫学調査は,薬剤耐性菌の感染対策のうえで大変有効な情報を提供している.検査機関では本技術を積極的に導入すべきである.

 分子生物学の技術は,感染症の診断,治療および感染症対策における分子疫学調査においてますます重要な手法となり,従来の微生物検査法を大きく変えるであろうことは間違いない.薬剤耐性菌の診断の遺伝子診断においても,検査の簡便性,再現性,特異性,感度といった技術上の問題点を克服することが重要であるが,これらの技術にかかるコストや患者の治療にどのように有益であるのかなど議論の余地があろう.ダイレクトシークエンス法2)やDNAチップのような多くの情報が搭載でき,さらにコストのかからないような新たな診断技術の導入が必須であろう.本項では,ペニシリン耐性肺炎球菌,多剤耐性緑膿菌を中心にESBLsおよびメタロβラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌の遺伝子診断,および緑膿菌の分子疫学に関して記載する.しかし,これらの遺伝子診断はいずれも研究レベルや疫学調査出の使用にとどまっている.

12) 感染症 (13)真菌 佐野 文子
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はじめに

 自然界に存在する約70,000種の酵母,糸状菌,キノコなど一般に菌と呼ばれている真核生物のうち約300種が真菌症の原因菌といわれているため,本稿で取り扱う菌種は極めて多種に及び,すべてを網羅することはできない.

 真菌症は皮膚糸状菌症,日和見真菌症,新興真菌症,高度病原性(輸入)真菌症に大別できる.真菌症の診断は,原因菌の分離・同定が診断上のゴールデンスタンダードであり,最重要検査である.

 しかし,原因菌が分離されない場合も多く,臨床現場では原因菌の分離・同定結果が出る前の迅速診断が要求されている.また,菌が分離された場合でも,最近の検査方法は形態学的観察と同時に遺伝子情報から原因菌を同定し,両者を総合して最終同定に至る方法に移行しつつある.さらに真菌症の症例報告では,形態学的観察や生理生化学的性状に加えて,遺伝子情報による菌の同定の記載が要求されることが多い.

 本稿では,分離された菌株の遺伝子同定と臨床検体から原因菌の遺伝子を検出する遺伝子診断法を紹介する.

12) 感染症 (14)原虫 安岡 彰
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はじめに

 原虫症は臨床で遭遇する機会が少なく,適切な診断がなされなかったり診断が遅れやすい感染症である.また病原体の検出が顕微鏡的検出に依存しているため,検出感度が十分ではなく,また検査の習熟度によって検出率が変わってきてしまう.遺伝子検出法はこれらの欠点を補う貴重な検査法である.しかしながら,わが国には標準化された原虫の遺伝子検査キットが市販されておらず,すべて研究ベースのものであるため,検査の感度や特異度などの標準的データがない.

3.遺伝子診断の実際 コラム

癌とepigenetics 田中 信之
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 癌は様々な癌遺伝子,および癌抑制遺伝子に変異が起こった結果として起こる遺伝子のジェネティック(genetic)な変化であるが,同時に遺伝子変異を伴わないエピジェネティック(epigenetics)な変化によって様々な遺伝子の発現が抑制(あるいは亢進)していることが知られている.特に,細胞増殖を抑制するように働く癌抑制遺伝子の多くのものが,このことによって癌細胞で発現していないことが報告されている.この現象は,染色体上でこれらの遺伝子の発現を制御する領域(プロモーター部位)のDNAのメチル化や,ヒストンの脱アセチルなどの修飾の変化によって起こる.この現象の検出には,その遺伝子が発現していないことを,mRNAを検出することで確認するとともに,遺伝子の特定部位のメチル化DNAをメチル化特異的PCR法で検出することが行われている.また,特定の染色体上のヒストンの修飾は,クロマチン免疫沈降法で確認できる.しかし,特定の癌抑制遺伝子のエピジェネティックな変化をもって癌の種類や予後などを判定するには,まだ解析が進んでおらず,今後の課題である.

 一方で,エピジェネティックな異常はDNAの構造変化を伴っていないので,DNAのメチル化を解除するなどにより発現を誘導することが可能であり,抑制されていたそれらの遺伝子産物の本来の機能を発揮させることができる.そこで,メチル化阻害剤やヒストン脱アセチル化阻害剤が癌の治療薬として注目されており,薬剤スクリーニングや応用が試みられている.

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 囊胞性線維症(cystic fibrosis;CF)は常染色体劣性の遺伝性疾患であり,欧米においては出生児2,500人あたり1人の割合で発症する.現在その原因遺伝子として,cAMP依存性Clイオンチャネル(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator;CFTR)が単離され,本症は同遺伝子の変異によるものであることが判明している.CFの診断方法としては,臨床症候あるいは家族歴からCFを疑った場合,まず発汗試験を行い60mmol/l以上の高濃度のClを複数回検出すればCFと診断がなされる.一方,上記所見を満たさない非定型例も約2%存在し,その際CFTR遺伝子の変異の存在からCFと診断しえた症例が多く報告されていることから,遺伝子診断は本症において重要な診断根拠となる.CFTRの病的変異は約1,400種類存在するため変異の有無を検索することは容易ではないが,吉村らはPCR-SSCP(polymerase chain reaction-single strand conformation polymorphism)法,直接塩基解析法などによるCFTR変異の検出により,わが国では欧米で頻度の高い⊿F508変異の検出数は少なく,また欧米に稀な変異が存在することを報告している〔Therapeutic Research 26;1467-1475, 2005〕.地域や人種間でCFTR遺伝子変異の差異が認められるため,欧米人のスクリーニングシステムを用いてもわが国では変異が検出されない可能性が高い.そのためわが国独自のデータの集積とそれによるスクリーニング体制の確立が求められている.

 なおCFTR遺伝子変異に関する情報に関してはCystic Fibrosis Consortium(http://www.genet.sickkids.on.ca/cftr)やNCBIのデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/LocusLink/LocRpt.cgi)などを参照されたい.

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 α1-アンチトリプシン(α1-antitrypsin;AAT)欠損症は若年で慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)を生じる常染色体劣性遺伝性疾患で,アメリカにおけるCOPD患者の1.9%にあたる約6万人がAAT欠損症を呈していたと報告されている.一方で,わが国においては16家系,23例が報告されているにすぎない.AAT欠損症の診断は一般的に,血清蛋白電気泳動でのα1-グロブリン分画のピークの消失と血清AAT濃度の低下によりAAT欠損症と診断し,pH4.2~4.9における等電点電気泳動,遺伝子診断によってAAT亜型・変異を決定する.遺伝子診断としては,DNAの直接シークエンスのほか,RFLP(restriction fragment length polymorphism),ASPCR(allele specific polymerase chain reaction),SSCP(single strand conformation polymorphism)など様々な方法が駆使されている.AAT遺伝子は第14染色体長腕に存在するserine protease inhibitor(SERPIN)supergeneと呼ばれる遺伝子群の一部分として存在し,AAT亜型は電気泳動の分布により陽極側からアルファベット順に命名されている.AAT欠損亜型に関しては約20種類報告されており,三つのタイプに分類される.第一は血清レベルが低下するが血中にAATが存在する欠乏型(deficient)で主にS型,Z型が含まれる.第二はAATの産生を全く認めない欠失型(null),第三は血中のAAT濃度は正常であるが,その機能が異常な機能異常型(dysfunction)である.疫学的に欧米では約90%がZ型の変異[Glu342(GAG)→Lys(AAG)]によるものであるが,わが国ではSiiyama[Ser53(TCC)→Phe(TTC)]の頻度が最も多く,地域・人種間でその変異に差異を認めている.そのためわが国独自のデータの集積とそれによるスクリーニング体制の構築が必要であると思われる.

出生前診断 鈴森 薫
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 出生前診断とは「現在,妊娠している胎児がある特定疾患,特に遺伝性の疾患(染色体異常,先天代謝異常)に罹っているかどうか」を診断するものである.代表的なものは,羊水中の胎児由来細胞を培養し生まれてくる前に胎児が遺伝性疾患に罹患しているかどうかを診断する羊水診断で,超音波下による羊水採取の安全性の向上,細胞遺伝学・遺伝生化学的検査技術の進展とあいまって急速に拡まった.わが国でも1970年代から開始され,現在では年間1万件を超えている.しかし,いくつかの問題点が指摘されるようになった.羊水穿刺の母児への影響と診断結果が出るまでの時間的余裕を考慮して妊娠15~17週に実施されている.この時期になると妊婦は,ときに胎動を感じ,たびたび,超音波診断で活発に動いている胎児を観察し,母性が芽生える.胎児が異常という結果で妊娠中絶が選択された場合,妊婦には肉体的のみならず精神的に癒しがたい大きな傷を残すことになる.そこで実施時期の早期化のために開発されたのが絨毛診断である.胎児試料となる胎盤絨毛は,羊水穿刺よりも早く妊娠9~11週で採取される.羊水穿刺に比して技術的に難しく,一般臨床に応用するには多数例の羊水穿刺の経験を要する.採取された絨毛は生きた細胞で,DNAの抽出が容易なため最近進歩の著しい胎児遺伝子診断にとって有利である.不幸なことにわが国の絨毛診断実施施設はいまだに60前後にとどまっている.その他,遺伝性疾患の出生前診断のための手技には臍帯穿刺による胎児採血,胎児皮膚生検があるが,適応疾患に準じて選択される.

発症前検査 鈴森 薫
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 両親のいずれかが治療法や予防法のない神経変性疾患などに罹患しており,その疾患が常染色体優性遺伝で浸透率も高い遅発性(成人型)の遺伝病で,まだいかなる症状も発現していない時期に,その子どもあるいは他の血縁者が同様な遺伝子変異を保有しているかどうかを検査するのが発症前検査である.このような場合,陽性であるという結果は必ず近い将来に同疾患の発症を意味することになる.この検査は一見,健常な人を対象に行われるので一般的な医療の枠を超えることとなる.治療や予防ができないという情況は,陽性者にとって深刻な問題で慎重な対応が必要であり,厳重なフォローアップ体制の整備が先決である.具体的に「発症前検査」が依頼されたのは,20歳代の既婚女性で実父がハンチントン病をすでに発症しており,主治医から本疾患が常染色体優性遺伝形式をとり世代を経るにしたがって発症年齢が早くなる「表現促進」(anticipation)がみられるとの説明を受けていたが,是非に健常な子どもを持ちたいという希望で,本人に遺伝子異常があるかどうかを診断して欲しいということで来院した症例であった.ハンチントン病のような重症疾患では,希望者の依頼を安易に受け入れるのではなく,時間をかけた検査前の頻回のカウンセリングが必要である.このケースでは結果が思わしくなかった場合,自己の将来を考えさせ家族内に支援体制を整える必要があることを十分説明したところ検査を諦めた.もしも検査を受け,結果が正常であったとしても,本人は「生存者罪悪感」にさいなまれることがあり,十分にケアする必要がある.

保因者検査 鈴森 薫
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 一対の遺伝子のうちの片方に遺伝子変異を有しているものの,本人に疾病の発症はみられず,将来にわたって健常状態を維持できるものをその遺伝子(遺伝病)の保因者という.これには,常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体,X連鎖劣性遺伝病のヘテロ接合体(女性)が含まれ,染色体優性遺伝病で遺伝子変異を有しているものの,まだ発症しないものは未発症者で保因者とはいわない.染色体領域では,均衡型転座を持つ個体も転座の保因者といっている.家系内に常染色体劣性遺伝病やX連鎖劣性遺伝病(男性)の患者がいた場合,受診者が保因者かどうかを検査し,将来同様の遺伝病の子どもが生まれる可能性があるかどうかを知るために行われる.常染色体劣性遺伝病であっても結婚相手が同じ遺伝病のヘテロ接合体でなければ,まったく正常な夫婦と変わることはない.しかし,X連鎖劣性遺伝病のヘテロ接合体である女性が正常男性と結婚した場合,生まれてくる男児のうち半数はその変異遺伝子を持つヘミ接合体となり病気が発症する.遺伝子で確定診断がまだできなかった時期には,男女の産み分けとか性別判定のための出生前診断が行われてきたが,いまでは絨毛や羊水の遺伝子検査で性別のみならず,病気を発症するかどうかの確定診断もできるようになった.両親のいずれかが均衡型転座を保有する場合には,流産を繰り返すとか異常児出産をみることが多く,出生前診断の対象となっている.

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 わが国では1977年に新生児マス・スクリーニング検査がスタートし,主に先天代謝異常症,内分泌異常症を早期診断し,早期治療により発達障害を予防することを目的に行われ,着実に成果を上げてきた.現在スクリーニングされている対象疾患はフェニルケトン尿症,楓糖尿病,ホモシスチン尿症,ガラクトース血症,先天性副腎皮質過形成,およびクレチン病の6疾患である.対象とされている疾患はすべて治療可能な疾患で,被検者にメリットが大きいので倫理的問題は少ないとされている.近年開発されたガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)による尿中有機酸分析やタンデム型質量分析計(TMS)による血中アシルカルニチン分析によって,古典的なガスリー法では検出できなかった有機酸や脂肪酸の代謝異常など,20種以上の疾患を1回の検査でスクリーニングできるようになった.そこで日本マス・スクリーニング学会では,それらの有用性と問題点についてここ数年にわたって検討されてきた.一方,有機酸や脂肪酸代謝異常症の新生児マス・スクリーニング検査が一般レベルで開始されれば,新たな疾患が加わるわけで,治療法とともに対応する特殊ミルクなどの開発が必要となるが,まだその体制は十分とはいえない.新生児マス・スクリーニング検査は世界的に普及しつつあり,その成果についても強い期待が持たれている.しかし,新生児マス・スクリーニング検査の成果を評価するには,疾患の自然予後を明確に認識していることが重要で,長期予後調査を基に各疾患の治療・予後改善に役立てる必要がある.

Q熱(コクシエラ症) 高橋 洋 , 渡辺 彰
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 Q熱は細胞内寄生菌であるコクシエラ菌(Coxiella burnetii)の感染に起因する動物由来感染症であり,インフルエンザ様上気道炎,肺炎,不明熱,肝炎など多彩な病型を呈する予後良好な熱性疾患である.本症の診断に際しては,病原体の分離が事実上困難であり,また,国内発症例では抗体価の上昇には時間を要する症例が多いことからPCR法が有力な補助診断法となる.16SrRNA,COM1,ICD,SODなど多数の標的遺伝子が異なるPCR系が報告されているが,筆者らは感度と再現性に優れたCOM1遺伝子増幅系を第一選択として多用している.血液,喀痰,咽頭粘液,気管支肺胞洗浄液,組織標本などの各種急性期患者検体を用いてコクシエラ遺伝子断片の検出が可能である.患者検体以外では動物由来の血液成分,排泄物,分泌物も検査対象となるため感染症の診断と同時に感染源となった保菌動物の検索も可能である.さらには生乳など食品成分をサンプルとした検討結果も報告されている.実際には動物由来検体ではsingle PCRで陽性が確認される場合もあるが,患者検体からの検出を試みる際にはほとんどの場合はnested PCRが必要となる.肺炎症例におけるPCR検索時の陽性率は気道検体のほうが血液検体よりは確率的には明らかに高いが,マイコプラズマ肺炎のように極めて高率に陽性化するものではない.したがって検出頻度を高めるためにはやはり良質の気道検体採取,血液や胸水,尿など気道外検体のPCRも併用するなどの対応が必要となる.

炭疽菌 牧野 壮一
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 炭疽菌(Bacillus anthracis)は炭疽の原因菌である.炭疽は皮膚,腸,肺炭疽に分けられる.皮膚炭疽は傷口より芽胞が侵入し,虫刺され様病変から浮腫を伴う無痛性の悪性膿胞が出現する.腸炭疽は吐き気,嘔吐,腹痛,吐血,血便,腹水の貯留などの胃腸炎症状がみられる.最も重篤な肺炭疽は,未治療での致死率が9割近くに達する.芽胞の吸引により発症する.米国における郵便物によるテロでは,肺炭疽患者11名のうち5名が死亡した.潜伏期は4~6日,初期症状はインフルエンザ様(発熱,寒気,倦怠感,筋肉痛,のどの痛みなど)で,白血球数は平均9,800個/ml,好中球の増加,血清中トランスアミダーゼ活性上昇や低酸素血症も認められ,胸部X線像では縦隔の著明な拡張が観察される.重症例では胸部痛,呼吸困難,チアノーゼ,昏睡などを伴い死に至る.経過が急性なため,迅速な診断法と速やかな抗生物質投与が必須である.診断法には迅速・特異性が求められるため,菌体の分離と染色とともに,PCR(polymerase chain reaction)などの遺伝子診断法が必須である.特異性を求めるため,炭疽菌の病原因子である莢膜形成や毒素産生能の遺伝子と,染色性のS-layer形成遺伝子を用いる1).サンプルは鼻腔や皮膚の拭い液,血液,状況に応じて空気や食品,土壌など,あらゆる可能性を考えて使用され,種々の方法で基質DNAを抽出する.PCR法の感度を上げるためにNested-PCRも使用され,さらにリアルタイムPCRが迅速性に富み便利である1).また,温度が一定で,濁度のみで判定できるLAMP(loop-mediated isothermal amplification)法の応用も簡便で迅速性に富み便利である2)

プリオン 小野寺 節 , 杉浦 勝明
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 ヒトPrP遺伝子には点突然変異や挿入変異の存在が報告されており,変異PrP遺伝子から偶発的に異常プリオン蛋白質が産生されると考えられている.11の点突然変異と7種の挿入変異(Pro-Gly反復部における基本単位の繰り返し数が異なる)が遺伝性プリオン病で同定されている.うち5つの変異は病気との関連性が証明されている.

 11の点変異のうち,10個は3か所のαへリックス領域内かその近傍に位置している.つまり,正常プリオン蛋白質の安定構造に必要な疎水性の領域の周囲に位置している(図1).この正常プリオン蛋白質の立体モデルは,αへリックスの最適空間配置により作製された.おそらくPrP遺伝子の変異は,正常プリオン蛋白質の立体構造を不安定にする.その結果,最終的には異常プリオン蛋白質が形成されると考えられる.

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 寄生虫感染症において遺伝子診断が必要になるのは,形態学的に近縁種との鑑別が困難,あるいは不可能な寄生虫感染が疑診される場合であり,同時に種の鑑別が患者の治療指針を大きく左右する場合である.エキノコックス症として公衆衛生学的に重要な疾患は,北海道の地方病である多包虫症と輸入症例が増加傾向にある単包虫症である.基本的には術前の血清診断,画像診断,術後の病理診断で2種のエキノコックス症の鑑別は困難ではないが,病理学的診断を含め100%正確な診断成績が得られる保証はない.そのため,旭川医科大学では,確実性を期すために病理標本を用いる遺伝子確認をルーチン化している.中国のチベット高地から多包条虫の矮小型が見つかっていたが,これは新種であることが旭川医科大学の研究から判明している.これまで単包虫症を引き起こす単包条虫は1種と考えられ,種内変異として10以上の遺伝子型に分類されてきた.しかし最新の遺伝子多型解析から,10の遺伝子型は4種の独立種,さらにアフリカの野生ライオンから見つかっていた単包条虫も独立種であることが旭川医科大学の研究から判明している.これらの種の鑑別に必要な遺伝子プローブが初めて開発されたことになり,今後,これまで多包虫症,単包虫症とみなされていたヒト症例を上記の種の鑑別に必要な遺伝子プローブを用いた再検討が必要かつ可能な時代になった.すなわち,ラインに寄生するEchinococcus felidisによるヒト症例が見つかれば,人獣共通感染症として,アフリカでの野生動物観察ツアーの危険性も議論せざるを得ないなどの新たな新興・再興感染症の問題が提起されうる.また,人体寄生条虫症として牛肉の生食による無鉤条虫症が世界的に流行しているが,アジア・太平洋地域ではブタの内臓生食によって感染する形態学的鑑別が不可能なアジア条虫が発見されており,地域住民の食生活にまつわる寄生虫病の流行阻止の観点から遺伝子鑑別が必要である.

4.遺伝子分析―リスクファクターの推定

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はじめに

 自己免疫疾患は人口の約2~5%がなんらかの疾患に罹患しているとされ,決して稀な疾患ではない.自己免疫疾患の発症には遺伝素因の関連が知られている.その根拠としては多発家族が存在すること,関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA),全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;SLE),多発性硬化症(multiple sclerosis;MS),インスリン依存性糖尿病において,二卵性双生児で発症一致率は約5%に対し,一卵性双生児では発症一致率が約25~50%と高いこと,遺伝的に規定された自己免疫疾患モデル動物が存在することが挙げられる.これまで自己免疫疾患の疾患感受性遺伝子は数多く同定されている.しかし,診断や予後の推定における有用性が示され臨床の場に導入されているものはヒト白血球抗原(human leukocyte antigen;HLA)のみである.近年,RAでは薬物代謝酵素遺伝子であるmethylenetetrahydrofolate reductaseの一塩基多型C677Tがmethotrexateの副作用発現の頻度と相関することが示され,今後の臨床への導入が期待されている.

 本稿では臨床検査として自己免疫疾患の診療に有用な遺伝子であるHLAに焦点を当てて概説する.

2) アレルギー性疾患 吉田 尚弘
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アレルギー疾患は環境因子と遺伝因子の複合で発症する

 西欧化したライフスタイルと近代化した衛生環境の中で,アレルギー疾患は生活習慣病とともに極めて大きな社会問題となっている.過去30年で先進諸国のアレルギー疾患患者の増加率は驚くべきものがあり,日本でも国民の20%以上はなんらかのアレルギー疾患に悩まされていると考えられている.

 日本で最も多いアレルギー疾患であるスギ花粉症が,文献上初めて報告されたのはわずか44年前,1963年のことである.大規模なスギの植林で大量の花粉が飛散し始めた時期と一致するだけでなく,工業化による大気汚染もスギ花粉症の発症に影響している.つまりアレルギー疾患発症の一因を担うのは環境素因である.

3) 骨粗鬆症 細井 孝之
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骨粗鬆症における遺伝的素因の研究

 骨粗鬆症は骨強度の低下によって骨折リスクが亢進した状態である.骨粗鬆症の発症には複数の生活習慣因子と遺伝的素因がかかわっており,本症は多因子疾患の1つと考えられている.生活習慣にかかわる危険因子を排除することが骨粗鬆症予防の基本である.危険因子のうち,「家族歴」は,骨粗鬆症発症における遺伝的素因の存在を示す.遺伝的素因は生活習慣に関連する危険因子とは異なり,取り除くことはできないが,それを把握したうえで全体の予防策を立案することが有用であろう.骨粗鬆症における病態の根本である骨強度の低下を決定する最も大きな要因は骨量の低下である.骨量の遺伝性(hetritability)は母娘のペアを用いた研究では,前腕骨骨量のheritabilityは72%1),大腿骨頸部骨量については67%との報告がある2).一方,骨粗鬆症の合併症である脆弱性骨折については骨量と別の遺伝的素因が関連していることも示唆されている3).このことは2006年に改訂された「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2006年版」において,50歳以上の男女において,骨量が若年成人平均値の80%未満の場合に薬物療法開始を開始する際の目安の1つとして,「大腿骨頸部骨折の家族歴(両親のいずれかに大腿骨頸部骨折の罹病歴がある)」が挙げられていることにも反映されている(表)4).この家族歴は骨折リスクを2倍あるいはそれ以上に上昇させうる.

 骨粗鬆症をはじめとする多因子遺伝病における遺伝的素因の同定には候補遺伝子の多型性を用いた連関解析がよく用いられる.候補遺伝子を選定するにはいくつかの方法がある.家系を用いた連鎖解析では,骨量という定量的形質と連鎖する座位を絞り込むが,最終的には,その座位にある遺伝子を候補遺伝子としてとらえることになる.もちろん,一般的には,「狭い意味」での候補遺伝子アプローチでは,骨代謝に関連する遺伝子(群)をまず候補遺伝子として取り上げてその連関解析を行う.

4) アルツハイマー病 田中 静吾
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はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)は,認知症の主要な原因疾患で,病理学的には大脳皮質や海馬の萎縮をきたし,臨床的には記憶障害や高次脳機能障害を引き起こす.1980年代までは,その病因は不明であったが,1990年代になり,家族性AD(FAD)の原因遺伝子が同定され,孤発性ADについても遺伝要因(リスクファクター)が発症に深く関与していることが明らかになった.

 一方,認知症の原因疾患についても,ADや血管性認知症に次いで,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の頻度が高いことがわかってきたが(図1),DLBについても遺伝要因が報告されている.さらに,前頭側頭葉型認知症(frontotemporal dementia;FTD)に属するfrontotemporal dementia with parkinsonism linked to chromosome 17(FTDP-17)の原因遺伝子も同定され,認知症における遺伝要因が注目されている.

 本稿ではADのリスクファクターと原因遺伝子について概説し,DLBやFTDなどのAD関連疾患についても,その遺伝要因について言及する.さらに,リスクファクターの診断的価値や,他のバイオマーカーについても考察する.

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はじめに

 統合失調症は幻覚や妄想を主症状とする精神科の代表的疾患で,生涯有病率が約1%と頻度が高く,糖尿病や高血圧などと並び,ありふれた病気(common disease)の1つと考えられている.双生児,養子研究などから,統合失調症に遺伝要因が関与することが明らかにされており,遺伝率(heritability)は約80%と算出されている.他のありふれた病気と同様に,弱い効果の複数の遺伝子が関与する(Gottesman, 1991)と仮定して研究が進められてきた.90年代以降の分子生物学的研究により,複数の具体的な感受性遺伝子が突き止められつつある.ただし,メンデル型遺伝疾患のように単一の遺伝子の変異が原因となる疾患ではないので,いわゆる「遺伝子診断」が実現する可能性は低い.ただし,「弱い効果の複数の遺伝子」が将来「補助的診断」に役立つかもしれないと考える研究者は少なくない.

 疾患と関連する遺伝子の同定には,大きく2つのアプローチがある.1つは,大きな多発家系や罹患者と兄弟の組み合わせ(罹患同胞対)を多数集めて解析し,罹患者に共通したDNAマーカーが連続するゲノム領域を絞り込み,位置的(ポジショナル)に感受性遺伝子を同定する方法で連鎖研究と呼ばれる.もう1つは,病態仮説や抗精神病薬の作用部位などを候補遺伝子として解析し,患者群と対照群で多型の頻度差をみる関連(相関)研究である.

6) 固形癌 日野田 裕治
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はじめに

 この稿では固形癌と関連する遺伝子多型について紹介する.残念ながらこの領域はいまだ診断的価値を議論する段階には到達していない.症例対照研究とそれらをまとめたメタ解析のエビデンスレベルで候補遺伝子多型が決められつつある現状を紹介し,最後に診断応用の可能性について述べたい.

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はじめに

 糖尿病は古くから,「遺伝的素因」と「環境因子」が合わさって発症すると言われてきた.「遺伝的素因」とは,まさしく「糖尿病になりやすい遺伝的背景」のことであり,疫学的に糖尿病は強い家族内集積性が認められるため,その存在が推測されていた.最近はこの分野の研究の進歩は目覚ましく,糖尿病発症のリスクファクターと考えられるような遺伝子異常・多型が見つかってきており,本稿では現時点での知見を紹介したい.

 ただし,糖尿病の発症においては,「環境因子」に常に留意する必要があることを忘れないでいただきたい.「環境因子」とは,食事や運動などの生活習慣が糖尿病の発症に大きな影響を与えるということである.「環境要因」がなくても糖尿病を発症すると考えられる遺伝子異常・多型はインスリンやその受容体の遺伝子異常による糖尿病やMODY(後述)の一部など非常に限られている.糖尿病の成因分類(表1~4)に沿って,遺伝的リスクファクターに焦点を当てて解説する.

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多因子遺伝性疾患としてのメタボリックシンドロームおよび高血圧症

 生活習慣病は環境要因と遺伝要因とが関係しており多因子遺伝性疾患と捉えられ,疾患になりやすいか(疾患感受性)否か(疾患抵抗性),という遺伝要因(遺伝子の個人差)が関係していると思われる.代表的な生活習慣病であるメタボリックシンドロームは内臓脂肪から分泌されるアディポカインが病態の根源にあり,派生して起こる高血圧も同シンドロームの診断基準に含まれている.それとは別に本態性高血圧症には独自の診断基準がある.

 現在でも明らかな本態性高血圧症の原因遺伝子は見つかっておらず,遺伝子検査で決定的なものはない1).本稿ではまず原因が明らかになっている遺伝性高血圧症を取り上げ,次に本態性高血圧症の感受性遺伝子検索法とその成果,実際の遺伝子検査に向けて課題と展望を述べる.

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はじめに

 メタボリックシンドローム(metabolic syndrome;MS)は,生活習慣(すなわち環境因子)と複数の遺伝因子がその発症に関与する,いわゆる複合遺伝形質(complex trait)と考えられる.代表的な環境因子としては,摂取総カロリーのみならず動物性脂肪や単純糖質(ショ糖など)の摂取過多,食物繊維やビタミンの摂取不足など食事内容に関するものがよく知られている.加えて,運動不足やそれに伴う肥満,不規則な生活サイクルに起因する自律神経系のアンバランスなどが指摘されている.一方,関与する遺伝因子の解明はいまだ不十分にとどまっているが,ヒトゲノムプロジェクトの完成,それに続くHapMap計画の進展,さらにはハイスループットな解析技術の登場により,近年興味深い進展がみられている.本稿ではMSにおける脂質代謝異常の分子機構を概説したあと,MSの遺伝因子についての最近の知見を脂質代謝異常の観点からまとめてみる.

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はじめに

 近年,わが国においても食生活やライフスタイルの欧米化に伴い,糖尿病,高血圧,高脂血症,動脈硬化などの生活習慣病が増加してきている.内臓脂肪蓄積,耐糖能異常,高中性脂肪,低HDL血症,高血圧は冠動脈疾患の危険因子となり,これらの危険因子を多く持っていればいるほど冠動脈疾患を発症しやすい.こうした病態は「メタボリックシンドローム」と称され注目されている.肥満はメタボリックシンドロームの重要な因子である.近年SNPを用いたゲノムワイドな研究により肥満に関連した遺伝子やSNPが同定されてきている.最近の知見を踏まえ,肥満の遺伝子診断について考察する.

4.遺伝子分析―リスクファクターの推定 コラム

原発性免疫不全 野々山 恵章
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 原発性免疫不全症は,免疫系において重要な役割を果たしている分子の異常により,生体防御機構が低下し,易感染を呈する疾患である.

 最近,先天性免疫不全症の責任遺伝子が次々に同定されてきている.その数は約100に上り,多くの疾患で遺伝子診断が可能になってきている.各疾患の詳細は,先天性免疫不全症候群のホームページhttp://www.med.u-toyama.ac.jp/pedi/mennHp/index.html,日本免疫不全症研究会(http://www.jsid.jp),PIDj(Primary Immunodeficiency Diseases Japan,http://pidj.rcai.riken.jp),およびhttp://www.nanbyou.or.jp/sikkan/031.htmを参照されたい.

老化関連遺伝子 三木 哲郎
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 「元気で長生き」するためには,老化関連遺伝子が関与していると考えられる.ヒトの老化関連遺伝子を探索する方法には,遺伝性早老症を解析する以外に,以下の3つの方法がある.

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 国際ハップマップ計画は,ヒトDNA塩基配列多様性の共通パターンを表すハップマップ(ヒトゲノムのハプロタイプ地図)を発展させることを目的として,日本,英国,カナダ,中国,ナイジェリア,米国の研究者らにより2002年10月に始められた.

 他人同士のDNA塩基配列を比べると99.9%は同じであるが,残りの0.1%が異なる.この0.1%は遺伝学的多様性を含んだ領域であり,病気になりやすさや薬剤の反応性に影響を及ぼすと考えられている.

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 近年,日本において痛風・高尿酸血症が増加したのは,ライフスタイルの変化によるところが大きいと考えられている.しかし,痛風・高尿酸血症には遺伝子要因も関与する.尿酸は主に腎臓から排泄される.双生児を用いた研究で,尿酸クリアランスの遺伝率は60%(95%信頼区間40~100%),尿中尿酸排泄率の遺伝率は87%(95%信頼区間45~100%)と報告されており,尿酸の腎での動態には遺伝子要因の関与が大きい1).高尿酸血症は尿酸の産生過剰や排泄低下によって生じるが,痛風症例の高尿酸血症は尿酸排泄低下を基盤とすることが示されている.近位尿細管には尿酸の再吸収や分泌を担う分子が存在し,両者の分子の発現量の差により尿酸の輸送方向が決まってくると考えられている.したがって,痛風・高尿酸血症の遺伝子要因として,尿細管における尿酸輸送分子の遺伝子が重要である.URAT1は近位尿細管細胞刷子縁膜に存在する尿酸/有機アニオン交換輸送体で,尿酸の再吸収を行う主要なトランスポーターである2).われわれは最近,URAT1遺伝子(SLC22AR)のG774A変異が血清尿酸値を低下させる要因であるとともに,男性において痛風の発症を抑制する遺伝子要因であることを明らかにした3).今後,尿細管における尿酸動態の分子レベルでの解明が進むにつれて,痛風・高尿酸血症の遺伝子要因もさらに明らかになるのではないかと期待される.

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はじめに

 近年,ゲノム解析の進歩や遺伝学的検査技術の向上に伴い,診療の場における遺伝学的検査の需要は高まってきている.遺伝学的検査には遺伝性疾患を診断する目的で行われる遺伝子検査,染色体検査,蛋白質や代謝産物の測定などが含まれる.

 一般に臨床で実施されている広義の遺伝子検査は大きく以下の3つに分けられるが,本稿の対象である「遺伝学的検査」に含まれるのは,③のみである.1)2)①の核酸検査と②の遺伝子検査は次世代へ受け継がれるという性質もなく,診療上も有効な情報となるため,通常行われている臨床検査の体制で対応できる.また,これらを対象とする研究においても本人へのインフォームド・コンセントが十分に行われることで混乱はないものと考えられる.

 ①細菌・ウイルスなどの外来性遺伝子の検出(核酸検査:nucleic acid-based testing).

 ②腫瘍組織など後天的に一部の体細胞に起こった遺伝子変異の検出(遺伝子検査:gene-based testing).

 ③体内のすべての細胞に共通で次世代へ受け継がれる生殖細胞系列に起こった遺伝子変異の同定(遺伝学的検査:genetic testing).

 ③を含め,遺伝学的検査においては,血縁者間で一部共有されており,次世代にも受け継がれる可能性があることから,本人だけでなく家族全体の問題になることが考えられる.疾患によっては発症前診断,出生前診断やそれを目的とした保因者診断ができるが,なかには治療法や予防法のない疾患の発症前診断,重篤という判断が難しい疾患の出生前診断,知る権利や知らない権利,遺伝学的検査実施の時期,代諾の問題など倫理的・法的・社会的諸問題(ethical, legal and social issues;ELSI)への対応に迫られる場面も多い.

 詳細は個々のケースによるにせよ,多くの配慮が必要な生殖細胞系列の遺伝学的検査について,遺伝医療に携わる医療者・研究者が共通認識を持ち,検査が適切に行われるために,日本でもいくつかのガイドラインが作成された.遺伝学的検査に関連する内容を含む主要な4つについて紹介する.

 また,遺伝学的検査の目的や被検者の状況によってインフォームド・コンセントの内容も異なり,対応が複雑になっている.ガイドラインにおけるインフォームド・コンセントと遺伝カウンセリングについての記述を最後にまとめたいと思う.

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はじめに

 分子生物学,遺伝医学における知見の集積,技術の進歩に伴って,日常臨床の場で遺伝子の解析を考慮する機会が急速に増大している.本稿では遺伝子検査と他の臨床検査との違い,遺伝子検査における遺伝カウンセリングの意義と必要性について述べるとともに,わが国における現状も紹介する.

3) 遺伝子検査の外部精度管理 風間 文智
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はじめに

 臨床検査,特に検体系部門については,迅速性,精密性,正確性が求められる.また,どの医療機関を受診しても同じデータを使用できればそのメリットは計り知れない.そのための取り組みとして,いくつかの外部精度管理が行われている.今回は遺伝子検査における精度管理手法について概説し,外部精度管理である日本臨床衛生検査技師会の遺伝子検査部門精度管理調査の現状について述べる.

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はじめに

 20世紀の科学技術の進歩は目覚ましく,人々にとって便利で快適な生活をもたらした.しかし,一方では環境問題をはじめ,エネルギー,食糧問題,医療問題など多くの課題が山積されている.これらを解決する1つの方法として,バイオテクノロジーの技術が期待されている.

 2003年のヒトゲノム解読後,医療の分野では遺伝子解析技術を用いて病気の原因遺伝子を検出することにより,個人の体質診断や病気を早期に診断したり,テーラーメード医療など個人に合った治療薬や治療方法の選択が可能となり,遺伝子検査は高度医療を行ううえで欠くことのできない技術となっている1).また,環境分野ではバイオマスや化石燃料に代わるエネルギー源の開発などバイオテクノロジーを活用した技術が研究されている.農業分野では遺伝子組換え作物の開発やクローン技術を利用した肉牛,3倍体の魚,また近年,実現不可能といわれた青色のカーネーションも作られている.しかし,このような遺伝子技術の利用が氾濫している日本において,いまだ遺伝子技術に携わる人材の技術的な質の担保がなされていないという問題が生じている.このようなことを鑑み,遺伝子検査法の技術水準向上とその標準化を図ることを目的に,遺伝子分析科学認定士制度が立ち上げられた.

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遺伝子診断実施の現状

 近年の遺伝医学研究の進歩に伴い,様々な疾患ならびに健康状態への遺伝子の関与が明らかにされ,遺伝子診断が可能な疾患も増加してきている.しかし,その一方で,遺伝子診断を行うに際して,以下のような技術的・経済的な問題点が生じてきている.

 (1) 個々の遺伝子疾患は頻度が少なく,また,遺伝子変異のパターンも多様性に富むため,診断・検査の1件当たりの解析費用が高価となり,コマーシャル・ベースに乗りにくい.

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はじめに

 ヒトゲノム・遺伝子解析研究の進展により得られるようになった各種の個人遺伝情報は,医療の向上や企業などが実施する健康サービス産業などに幅広く活用され,国民の生活の質の向上に大きく寄与することが期待されている.一方,個人遺伝情報は個人だけではなく,血縁者の遺伝的素因も明らかにする.このため,個人遺伝情報を医療や健康サービスに用いる場合には,その取り扱いによっては倫理的・法的・社会的問題を生ずる可能性があることから,個人遺伝情報は本人および血縁者の人権が保障され,社会の理解を得たうえで,厳格な管理の下で取り扱われる必要がある.また,個人遺伝情報の取り扱いに際しては,関連する各種要素(科学的・技術的および倫理的・法的・社会的要素)に十分な配慮が必要である(図1).

 このようななかで,これまで様々な場面で「遺伝子検査」,「体質遺伝子検査」,「個人遺伝情報」,「遺伝情報」などについて議論がなされてきたが,これらの用語を各人がそれぞれの思いで活用し,定義があいまいなままで議論が重ねられてきた.例えば「保護すべき対象としての遺伝情報」を定義することなく,遺伝情報にかかわる倫理的・法的・社会的問題について取りまとめられた報告なども数多く見受けられる.

 このような情勢に鑑み,まず「遺伝子関連検査の分類」と「個人遺伝情報および遺伝情報取り扱い事業者の類型」を紹介する.さらに,遺伝子検査ビジネスの拡大にかかわる多方面からの課題に答えるべく,2006(平成18)年4月に「NPO法人個人遺伝情報取扱協議会」を設立し,その活動として,2007(平成19)年4月に「個人遺伝情報を取扱う企業が遵守すべき自主基準」(案)〔以下,「自主基準」(案)という〕を策定したので,その概要について紹介する.

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はじめに

 ヒトゲノム計画によりゲノム塩基配列が読了され,ヒトでは塩基配列の99.9%が共通であり,残り0.1%に違いがあることが判明した.ゲノムの違いのうち,医学的に有用性の高いものは一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)で,生存に影響の少ないDNAの変異が幾世代にわたって受け継がれ蓄積されたものである.一塩基の違いが,薬に対する反応や疾患感受性に大きくかかわっている.

 個人のゲノム情報を活用し,同じ病気であっても薬への反応や副作用軽減を考慮した医療を提供することをオーダーメイド医療と言う.これ以外に個別化医療,テーラーメイド医療,ゲノム医療などと表現されることもある.

 ファーマコゲノミクス(ゲノム薬理学)は,薬物応答に関連する遺伝子の変異に関する学問であり,ファーマコジェネティックス(薬理遺伝学)はファーマコゲノミクスの一部であり,薬物の特性,毒性,または有効性と遺伝的要因の関連性,遺伝子多型に関する個人差・民族間差など遺伝子変異が薬物応答に及ぼす影響のことを言う.ファーマコゲノミクスとファーマコジェネティックスを総称してPGxと表現している.ファーマコゲノミクスは米国に続き日本でも注目されており,ファーマコゲノミクスに関する指針も発表されている1,2)

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あとがき 坂本 穆彦
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 遺伝子に関連する話題は,依然として医学・医療界の時代の寵児の位置を保ちつづけている.本誌51巻増刊号で遺伝子検査を取り上げた背景には,根底にこのような流れへの対応という側面がある.ただし,このテーマに関しての類書は巻間にて容易に目にすることができる.したがって,他書にはない切り口が本書には求められるわけである.編集に際しては私どもなりにいくつかの工夫をこらした.まず,全体の構成の中で,「解析技術」の章では技術の展開の時系列を意識し,検査前・検査後の事項についても並列して配置した.さらに検査技術の解説は検査対象を「a.核酸レベル」から「c.蛋白質レベル」までの大枠の中に順を追って並べるようにした.このほかにも遺伝子検査にまつわる諸問題につき,倫理面,社会との関連などについても言及した.

 遺伝子検査はこのように,今日の分子生物学的知見・技術をフルに動員しで精緻に組みたてられている.しかしながら,この体系が医療や予防医学の現場でどれほど用いられているかは,常に問われるべき大きな問題である.“がんは遺伝子の病気である”といわれる.したがって,遺伝子を検査すれば病気がわかるはずである.しかし,現実にはすべてのがんに,臨床応用可能な遺伝子検査が確立されているわけではない.今回の時点でのこのギャップがいかなる実態をもつかを理解していただくための手段として,本書のもつ意義は大きいと考えている.「遺伝子診断の実際」の項には多くの疾患を例に挙げて解説がなされている.ここにはがん以外にも,国民的な注目を浴びている代謝性疾患・神経疾患などが扱われている.個々の疾患ごとの遺伝子検査の現状がおわかりいただけるはずである.

基本情報

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臨床検査
51巻12号 (2007年11月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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