雑誌文献を検索します。書籍を検索する際には「書籍検索」を選択してください。
すべて タイトル 著者 特集名 キーワード 検索
書誌情報 このジャーナル すべてのジャーナル 詳細検索 by 医中誌
Clinical Engineering CLINICAL CALCIUM 細胞工学(一部の論文のみ) 臨床栄養 化学療法の領域 薬局 Medical Technology 検査と技術 臨床検査 CANCER BOARD of the BREAST Cancer Board Square 胆膵Oncology Forum Pharma Medica 医学のあゆみ 医薬ジャーナル 診断と治療 生体の科学 総合診療 JIM 感染制御と予防衛生 感染対策ICTジャーナル 公衆衛生 BeyondER medicina 臨床雑誌内科 治療 J. of Clinical Rehabilitation The Japanese Journal ofRehabilitation Medicine 作業療法 作業療法ジャーナル 総合リハビリテーション 地域リハビリテーション 理学療法ジャーナル 理学療法と作業療法 感染と抗菌薬 アレルギー・免疫 JSES 内視鏡外科 関節外科 基礎と臨床 整形・災害外科 臨床雑誌整形外科 臨床整形外科 呼吸器ジャーナル Heart View 循環器ジャーナル 呼吸と循環 血液フロンティア INTESTINE THE GI FOREFRONT 胃と腸 消化器内視鏡 臨牀消化器内科 臨床泌尿器科 腎と骨代謝 腎と透析 臨牀透析 HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY 糖尿病診療マスター Brain and Nerve 脳と神経 神経研究の進歩 BRAIN and NERVE MD Frontier 脊椎脊髄ジャーナル Neurological Surgery 脳神経外科 言語聴覚研究 精神医学 Frontiers in Alcoholism 臨床放射線 画像診断 肝胆膵画像 消化器画像 臨床画像 JOHNS 形成外科 胸部外科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 手術 小児外科 日本内視鏡外科学会雑誌 臨床外科 臨床雑誌外科 LiSA LiSA別冊 麻酔 別冊整形外科 Fetal & Neonatal Medicine 産科と婦人科 産婦人科の実際 臨床婦人科産科 周産期医学 皮膚科の臨床 皮膚病診療 臨床皮膚科 臨床皮膚泌尿器科 チャイルドヘルス 小児科 小児科診療 小児内科 耳鼻咽喉科 Frontiers in Dry Eye Frontiers in Glaucoma 眼科 臨床眼科 Hospitalist 病院 INTENSIVIST エキスパートナース がん看護 コミュニティケア 看護学雑誌 看護管理 看護教育 看護研究 助産雑誌 助産婦雑誌 精神看護 日本看護協会機関誌「看護」 保健師ジャーナル 保健婦雑誌 訪問看護と介護 社会保険旬報 --------------------- 日本がん看護学会誌 日本看護医療学会雑誌 日本看護科学会誌 日本看護診断学会誌(看護診断) 日本看護倫理学会誌 日本災害看護学会誌 日本腎不全看護学会誌 日本糖尿病教育・看護学会誌 日本母子看護学会誌 日本老年看護学会誌(老年看護学) 検索
フリーワード 詳細検索 by 医中誌
この度,本誌の増大特集号として「研究室で役に立つ細胞株」が刊行されることになった。利用度の高い各種の培養細胞株について,必要にしてほぼ十分な資料が与えられている。それらは細胞株の樹立者,実験に使用している研究者,あるいは十分な知識をお持ちの方々の手になる「研究室で役に立つ」情報である。刊行の主旨を理解されて快く執筆の労をとられたすべての方々に,まず深甚の謝意を表したい。
多種の培養細胞株が,常に細胞銀行で保管され,またファックスで発注すると間もなく配達される時代になった。日本における最近の複数の細胞銀行の設立は,遺伝子銀行の必要性と同じ流れにあるが,実際には米国の専門団体American Type Culture Collectionを中心とする,品質的に均一な標準細胞株を整理し,保存し,供給するという活動に由来しているといってよい。したがって,細胞が商品化した今日では,株細胞ができるまでの歴史や手さぐりの時代の苦労話は,あまり話題にならなくなってしまっている。事実,研究者にとっては研究成果が重要で,過去に誰がどんな努力を払ったかなどの昔話は,やがて消えていく以外のなにものでもない。
1940年代から1950年代にかけて,まだ組織培養技術が未熟であった時期には,細胞を長期間生かしておくことが第一の目標であった。それがネズミの細胞やヒトの癌細胞を培養した場合,容易に細胞を増殖させられるようになってから,種々の細胞を増やすことが1950年代の組織培養の第一義となった。微生物の純粋培養株と同様,“細胞株(cell lineまたはcell strain)”という概念が一般化したのもこの頃と思われる。
しかしネズミの細胞もヒトの癌細胞も,長期継代培養された細胞の染色体は異数性である。ヒトの正常2倍体細胞の培養は,線維芽細胞ならば比較的容易であるにもかかわらず,継代培養はヒト子宮頸部癌であるHeLa細胞のようには長続きせず,継代途中で必ず絶えてしまう。当時は培養技術に欠陥があるためと信じられており,正常2倍体のまま末永く継代培養してみせるのが激しい研究開発競争の重要なターゲットであった。
■樹立の経緯1)
S. H. Yuspaらによって,新生BALB/cマウスの表皮角化細胞より樹立された細胞株である。Pamという名前は共著者の一人の女性に由来する。
初代培養の表皮角化細胞は様々な分化形質を示すが,14%FCSと5倍濃度のアミノ酸,ビタミンを含む高栄養培地中で培養を続けると,次第に細胞境界の不明瞭な大きな細胞が優勢となる。しかし,一部には重層し,ケラチンに被われた細胞密度の高い部分ができる。前者の細胞をトリプシン処理によって除去する操作を数カ月にわたって繰り返し,後者の重層を呈する細胞集団を分離したものである。
■樹立の経緯
起源:87歳女性の背部皮膚に生じた扁平上皮癌(部分的に外毛根鞘腫および汗器官腫瘍に分化傾向を示す)。
樹立者:自治医科大学皮膚科学教室。
B16細胞はC57BL/6マウスで自然発症したメラノーマから樹立された株である。この細胞はマウスに皮下移植もしくは静脈注入することにより転移巣を形成することが知られ,転移研究に多く用いられてきた1-3)。筆者らはがん細胞の転移特性を細胞学的に明らかにする目的で様々の転移能を有するsubstrainを樹立した。W1-4はその一つでまったく転移能(尾静脈から細胞を注入,3週間後肺にできる転移巣の数で表した)を示さない。この性質はB16細胞ではきわめて珍しく,転移特性を解析するにあたり有意義な株と考えられる。樹立にあたっては,神戸大学医学部三島豊教授から供与されたB16細胞を親株とした。この細胞の低密度培養により単一細胞からなるコロニーを選択し,それぞれの転移能を測定した。その中で転移能をまったく示さなかったクローン(W1)から再びクローニングを行い,得られたクローン中で,再度,転移能を示さないことが確認されたのがW1-4である。
HM 162細胞はヒト硬口蓋部に原発した悪性黒色腫の頸部リンパ節転移巣に由来しており,著者の1人である吉川によって樹立されたものである。
手術により得られた悪性黒色腫の頸部転移リンパ節を培養材料とし,explant outgrowth法によって腫瘍細胞を遊出させて継代培養に移行した。約7カ月の継代培養の後に,2層軟寒天培養法を用いてクローニングを行った。
臓器:患者は39歳,白人男性。背中皮膚に原発の結節型メラノーマ。初代培養は1974年6月12日。
樹立者:神崎 保。
ヒト黒色腫細胞株樹立の目的:
1963年9月に南カリフォルニア大学医学部病理学教室でH. B. Demopoulas準教授と共にB-16系マウス悪性黒色腫を用いてメラニン顆粒の電顕的初期形態像およびメラニン生成の場の解析を行った。帰国後もその研究を継続する目的で,B-16メラノーマ担癌マウスを故清寺真教授と石川喜一教授のお骨折りで,ハーバード大学皮膚科を通して空輸してもらい,B16-1,-XI,-Wの各細胞株を寺島東洋三博士の協力で樹立し,メラニン生合成の超微構造の研究および放医研での癌の中性子および粒子線治療の研究に用いられ,放射線抵抗性腫瘍の機序の解析が行われた。さらにヒトのメラノーマ細胞株を使用する必要性が生じたが,当時発表論文に用いられていたヒト由来悪性黒色腫細胞のすべての株はメラニン合成能を失ったものであったので入手を諦めざるを得なかった。丁度運よく癌研病院でヒトの悪性黒色腫症例の病理診断のコンサルトを受け,手術材料を入手し得たので,継代培養株の樹立を放医研の野尻イチ技師の協力を得て試み,成功した(HMV株)。
樹立までの過程:
1969年,65歳女性(血液型はB型)の腟上部後側壁の粘膜領域に発生した2.0×2.0×2.5cm大の灰白色部分を含むメラニン産生性黒色の悪性黒色腫を用いた。原発巣の組織学的所見はメラニン色素の生合成の盛んな類上皮細胞型悪性黒色腫である。
MCF-7は長期間分化機能を維持した乳癌細胞株では数少ない樹立成功例の一つである。Michigan Cancer FoundationのSouleらは69歳の白人女性(血液型O型,Rh+)転移性乳癌患者胸水浸出細胞をEagle's MEMに非必須アミノ酸と20μg/mlインスリン,20%仔ウシ血清を加えた培養液で週3回培養液を交換しながら培養し,4カ月後に血清濃度を10%に減らした。初代培養で浮遊している細胞を28日後に継代,以後25日間隔て浮遊細胞を継代した。途中から浮遊細胞を0.025%トリプシンで単離して継代を続けたところ,マクロファージや未分化細胞が除かれ,多角形の上皮細胞様の形態をした細胞が増殖した。1年間トリプシンを用いて継代を繰り返し,安定なMCF-7細胞株を樹立した1)。名前は樹立した研究所名に由来する。
FM3A細胞は,1962年福島県立医科大学の斉藤1)がC3Hマウスの自然発生乳がんを腹水腫瘍系として樹立したことに始まる。その後,この腫瘍は東北大学抗酸菌研究所で腹水系として継代されてきたが,1963年から中野2)がこれを組織培養系に移し,その樹立に成功したものである。
現在よく用いられる株は,1970年後半に小山3)が分離したクローン株F28ないしそのサブクローン株F28-7である。
男性ホルモンが前立腺癌などの標的臓器癌の増殖を促進することは古くから知られていたが,その分子機構を検討するための細胞株はほとんど存在しなかった。一方,シオノギ製薬研究所の峰下・山口は,自然発生マウス乳癌をDSマウスの皮下に継代移植し,雄マウスでの増殖可能なShionogi Carcinoma 115(SC 115)を樹立した。この腫瘍は,下垂体摘出マウスでも男性ホルモンを投与するのみで増殖可能であった。後に非生理的な大量グルココルチコイド投与にても,この腫瘍は増大することも判明した。そこでわれわれは,この腫瘍からの培養細胞株の樹立を試みた。
男性ホルモン刺激下で増殖してきた腫瘍塊を細切し,collagenase(Sigma type Ⅳ,0.5mg/ml)とtrypsin(0.1mg/ml)で消化し,浮遊細胞を作製した。この細胞を2~10%FCS-MEM+10-8M testosterone中で培養を行った。20代継代培養を行った後,限界希釈法によりクローニングを行った1)。このうちの一つをSC-3細胞と命名した(SCはShionogi Carcinomaの略である)。
癌患者の死因には転移が直接あるいは間接的にかかわっていることは明らかである。頭頸部悪性腫瘍の80%以上を占める扁平上皮癌では,顎下および頸部リンパ節へ転移する傾向がある。これまで血行性転移を示す種々の悪性腫瘍細胞株が報告されているが,リンパ行性転移を示す扁平上皮癌細胞株の報告はみられない。したがってヒト口腔扁平上皮癌由来細胞を用いてリンパ系転移モデルの作製を目的として細胞株のスクリーニングを行った。
当科で樹立したHSC-3は,舌扁平上皮癌患者の中深頸リンパ節転移巣より採取した腫瘍組織から得られた細胞株である。HSC-3は,in vitro, in vivo において強度の浸潤性を有する発育様式を示し,さらにヌードマウス背部皮下へ接種したところ,腋窩リンパ節への転移が認められた(図1)。この転移巣から分離培養した細胞株をLMF1とした。さらに同様の操作を繰り返したところ,腋窩および鼠径リンパ節への転移能が増加した。3回目の操作により得られた細胞株LMF4では,ヌードマウス8匹中6匹においてリンパ節への転移が認められたが,さらに操作を繰り返したLMF5ではリンパ節転移は減少し,肺転移巣を形成する性質を獲得した1)。
Ca9-22株は歯茎癌から,またNA株は舌癌からそれぞれRikimaruらによって樹立された1)。いずれも癌研究の基盤をサポートするために樹立された。
82歳女性,胸部下部・腹部食道癌の患者で,1987年6月1日下部食道切除再建術を行い,切除標本から組織片を採取した。病理組織診断は中分化型扁平上皮癌であった。
樹立者:内海康生
高カルシウム血症で死亡した食道癌患者(G. I. 氏,65歳男性)より樹立された扁平上皮癌細胞1)。Esophageal carcinoma derived from Mr. G. I. という意味でEC-GI細胞と命名した。Virchowリンパ節転移巣より得られた組織片をヌードマウスに移植し,宿主ヌードマウスに高カルシウム血症が生じることを確認したあと,移植切片より扁平上皮癌細胞を樹立した。限界希釈法でクローニングされており,なかでもEC-GI-10細胞がもっとも高カルシウム血症惹起作用が強い2)。
1974年,東大医科研の関口守正博士らが55歳男性の胃癌(印環細胞癌)患者の胸水中の癌細胞よりKATO-Ⅱおよびそのsubline KATO-Ⅲを樹立した。当初,胸水より分離された癌細胞はRPMI-1640とEagle's minimal essential mediumとの等量混合液に20% heat-inactivated fetal bovine serum(FBS),20%ヒト臍帯血,50%自家胸水のいずれかを添加した培養液中で5~7日毎に培養液を交換しながら培養された。培養12日目より6~10日毎に継代培養し,ヒト臍帯血添加分よりKATO-Ⅱ細胞株が樹立された。さらに,KATO-Ⅱ細胞株の11代継代細胞を一部20%FBS添加培養液中で培養していたところKATO-Ⅲ細胞株が樹立された。
Borrmann Ⅳ型胃癌およびその腹膜播種性転移に罹患した39歳女性の,淡血性黄色透明手術時腹水を200ml採取し初代培養に供した。術前各種腫瘍マーカーの値は,CA19-9:1680U/ml,CEA:17.6ng/ml,CA125:562U/ml,αFP:106ng/mlであった。培養方法は,腹水を遠沈し細胞成分を採取し,下記培養条件のもと静置培養した。約3週間後より上皮性の形態を持つ付着性の細胞が増殖し,クローニングをせずに癌細胞の純培養系が得られた。GCIYのGCはgastric cancerであり,IYは患者さんの頭文字である。
人体に発生する種々の悪性腫瘍からの培養細胞株が樹立されている中で,胃癌培養株は起源となる胃癌が組織学的に多様な形態を示すにも関わらずその種類がきわめて少ないのが現実である。TMK-1は,当教室の落合(現,国立がんセンター研究所病理)によりヌードマウス移植ヒト胃癌株SC-6-JCK(起源は,21歳男性の胃低分化腺癌原発巣)より軟寒天培養法にて樹立されたヒト胃癌培養株である1)。
胃癌細胞の特性を研究し,治療への貢献を目的として,北條晴人ら1,2)により樹立されたヒト分化型癌細胞株である。70歳女性の胃癌患者(原発巣:分化型管状腺癌)のリンパ節転移組織を材料として,1975年8月19日より培養が開始された。継代培養初期には線維芽細胞を混じたが,3カ月後には線維芽細胞の増殖は停止し,単層の上皮様癌細胞のみが得られた。その後,安定した増殖を示し継代されている。
■樹立の経緯・培養条件
1977年以来われわれは近交系のウイスターラットにMNNG(N-メチル-N-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)を経口投与することによって作成した胃癌組織を同系ラット背部皮下に移植継代することに成功した。さらにこの移植腫瘍の光学顕微鏡的ならびに電子顕微鏡的検索により,胃固有上皮細胞,腸上皮細胞,内分泌細胞など種種の正常細胞の形質表現を示す細胞が存在することを明らかにした1)。われわれはこれらの結果を腫瘍細胞の多方向分化能すなわち腫瘍細胞も正常細胞と同様に多方向に向かって分化する能力を有することの証拠と見なしたが,この推論を証明するためにはまずこの腫瘍から細胞株を樹立し,クローニングから得た1コの細胞を起源とする腫瘍に同様の所見を呈示する必要があると考え培養株の樹立を試みた。
用いた腫瘍は上記近交系ラット皮下に継代した第4代の腫瘍である。初代培養3週間後10数コの培養瓶のうち9番目のボトルに上皮様細胞のコロニー3コ(7.0,1.2,1.0mm直径)が認められ(BV 9と命名),これより線維芽細胞を除去した。
小腸上皮は多種類の細胞種より構成される複雑な構造を持った組織であり,その機能の細胞レベルにおける研究には多くの困難がある。輸送細胞にも,主として吸収を行う絨毛部上皮細胞と分泌に携わる腺部上皮細胞の二種がある。これらを分けて単離する方法もあるが,100%分離は無理であり,その同定も煩雑で,単離による極性喪失という問題もある。それ故,吸収上皮細胞と分泌上皮細胞の継代株細胞があれば大変便利であろう。しかし,入手容易な小腸上皮細胞株としては,いずれも腺部上皮細胞の性質を保持したIntestine 407とIEC-6の二種があるのみである。
大腸・直腸の癌は,近年増加傾向を示す主要な固形癌の一つである。これらの癌はリンパ行性転移のみならず,しばしば門脈系を介して血行性に肝臓に転移巣をつくることが知られている。われわれは癌転移機構の解析のために直腸・大腸癌細胞株樹立を試みてきた。これまで多くの大腸癌細胞株が報告されているが,好発部位であり,日本人の直腸原発巣に由来する癌細胞株は少ない。RCM-1(Rectal Cancer Miyazaki-1)は,73歳の日本人女性直腸癌原発巣(Borrmann 2型,Dukes' C,高分化型腺癌,一部粘液癌様)より樹立された腺癌細胞株である1)。術前血清中CEAは7.9ng/mlであり,また術前治療は受けていない。初代培養は1984年,切除された原発巣を1,500U/ml dispaseで消化し得られた細胞を培養することにより行った。
LoVo細胞株は56歳男性,大腸癌患者の左鎖胃上窩転移リンパ節(adenocarcinoma)より,切除1時間以内に1mm角ほどに細切した組織を20% fetal calf serum(FCS)を含むHam's F-12培養液中で培養して得られた細胞株である。詳細は樹立者であるTexas大学のDrewinkoらがCancer Research(36:467-475,1976)に報告している。彼らは腫瘍免疫と細胞周期の研究のため,共著者の外科医であるRomsdahlらとチームを組み,1970年から大腸癌細胞株の樹立をめざしていたと記している。彼らはこの発表まで約2年間の継代培養を繰り返している。命名の根拠に関しての記載はない。
CaR-1細胞は,1977年,金子ら1)によって,70歳の男性患者に発生した直腸癌の鼠径部リンパ節転移巣から樹立された。腫瘍は病理学的に低分化型腺癌と判定されている。樹立の過程で3回のクローニングが行われた。樹立した細胞もヌードマウス皮下で同様な腺癌を形成する。
ヒト肝癌由来の株細胞としてHuH-6,PLC/PRF/5,Hep 3B,huH-1,およびhuH-4など多くのものが樹立されてきた。これらの細胞株は肝臓の分化機能を維持しているものであるが,その増殖には血清などの不純な添加物を培地に加える必要がある。しかし正常肝細胞におけるホルモンや増殖因子の単独あるいは複数の相互作用をin vitroで検討するうえでは,このような成分が特定できない物質の添加は極力避けたいものである。そこで以上のような問題を克服するために高い分化機能を維持し,かつ成分が化学的に定義された培地での培養が可能な本細胞株が樹立された。
1979年,中林,佐藤らは分化度の高い原発性肝細胞癌を57歳の日本人男性から外科的に摘出し,20%ウシ血清,0.4%ラクトアルブミン水解物(LAH)添加RPMI1640培地にて28日間培養して上皮細胞性コロニーを単離した。この細胞を培養198日目(10回継代)に無血清PRMI1640培地(0.4% LAH含有)に移したところ,血清含有培地中よりも増殖性が高まり,培養352日目にHuH-7細胞として確立された。
Wister InstituteのD. P. Adenらによって15歳のアルゼンチン出身の白人男性の肝癌(hepatoblastoma)生検組織から樹立された1,2)。用いた生検組織像は柱状構造をした分化型の肝細胞癌であった。細切した癌組織をX線照射したマウス細胞層(STO)上に置き,10% FCS含有William's E培養液中で数ヵ月培養して得られた一つのコロニーを0.25%トリプシン,0.1% EDTA-PBSで単離して同じfeeder laycer上に継代した。数カ月継代を繰り返した後,feeder layerを必要としない亜株Hep G2を樹立した。
正常肝細胞の培養が皆無に等しかった1960~70年代には,多くの試行錯誤がなされたが,その当時に得られた細胞株である。1974年に米国のPasadena Foundation for Medical Researchにおいて,出生後1~3週間のウイスターラット肝から数種の肝細胞株が作られており,そのうち著者らが34回目にして継代培養に成功したことから,RL-34と命名されている。初代培養はごく少数のコロニーから増殖し,その後単一細胞を得るためのクローニングを繰り返し,現在に至っても比較的若い世代の株が凍結保存されている。
肝癌細胞のin vivoにおける酵素誘導(基質誘導,生成物抑制,ホルモン誘導,食道誘導,グルコース抑制など)の機構はよく研究されてきたが,より詳細な研究のためには系を単純化したin vitroでの実験系確立が是非とも必要であった。しかし高度な肝機能を維持した株化細胞は少なく,しかも十分な酵素誘導を示すものは稀有であった。そこでこのような目的に適合するものとして樹立されたのが本細胞株である。
1960年,Reuberは雄A×CラットをN-2-フルオレニルジアセトアミド添加飼料で4週間飼育し,次いで標準飼料にて10ヵ月間飼育した。この後,浸潤性の原発性肝癌組織を摘出して雄A×Cラットの皮下に移植し,次いで雌A×Cラットに再移植して胆汁栓を認める腫瘍細胞(H-35細胞)を得た。1961年8月,MorseはH-35細胞を20%ウマ血清および5%ウシ胚血清添加イーグル培地で5代継代培養し(H-4),再度A×Cラットに移植してH-35細胞様の腫瘍巣を形成する細胞(H4-Ⅱ)を得た。ディッシュ上で2回継代した後,線維芽細胞層の上に形成された上皮細胞性コロニーを拾い,さらに3度クローニングを繰り返して線維芽細胞の混入がない単一クローン(H4-Ⅱ-E-C3)を得てH4-Ⅱ-E細胞と名付けた。
標題のAH 7974株とここで触れる4種の関連株以外にも多くのラット腹水肝癌株が存在する。これらのほとんどすべてはp-ヂメチルアミノアゾベンゼン(DAB)またはその3'-メチル誘導体をラットに経口的に投与し,肝細胞癌を発生させ,その腫瘍細胞を新しい動物の腹腔内に移植して得られた株である。これらの株は正常の母細胞とそれから発生した癌細胞との比較,および共通の母細胞から発生した癌相互間の比較研究ができる点で利用価値がある。
AH 7974株は移植率のよいドンリュウラット(200~300g,雄性)を用いてin vivoで継代される。そのためには担癌動物から無菌的に採取した腫瘍腹水0.1mlを新しい動物の腹腔内へ無菌的に注入する。移植された動物では約5日で腹水が生じ,癌細胞が互いに接着して中型ないし大型の肝癌細胞島(islet)を形成し,それらが多数浮遊している。腹水はしばしば血性となる。移植後ラットの平均余命は約14日で,継代は移植後7日目頃に行う。
起源:65歳,白人男性,膵未分化癌より生検で得られた組織。
樹立者:A. A. Yunisら(マイアミ大学およびハワードヒューズ研究所)。
ヒト膵臓アデノカルチノーマからY. S. Kim(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)によって樹立された。カリフォルニア大学附属退役軍人病院にちなんでUCVAと命名された。
膵癌由来の細胞株として癌の基礎研究のために樹立された。Kim博士の長年にわたる日米交流の一環として,日本人患者の組織が用いられた。
AR-42J(AR4-2J)およびAR-IP(AR4-IP)はJessopらによって樹立されたラット膵外分泌腺腫瘍由来の細胞株である1)。膵癌誘発剤であるアザセリンをラットに投与して形成された移植可能な腫瘍から同時に分離された。ただしAR-IPは,最初の播種後24時間後に得られた培養上清液から分離されたものである。後述するように,これら二つの細胞株は,起源が同じであるにもかかわらず,その特性が大きく異なっている。なおこれら細胞株の命名の根拠は,記述されていない。
HSGはヒト顎下腺から組織片培養法を用いてShirasunaらによって1980年に樹立された。顎下腺組織片を10%仔ウシ血清を含むEagleのMEMで培養すると,組織片から上皮細胞が集団をなして増殖した。この上皮細胞は軟寒天中でコロニーを形成したので,そのコロニーから細胞を分離し,Human Submandibular Gland(HSG)細胞と名づけた1)。HSGをヌードマウスに移植したところ梁状腺癌を形成した。培養に用いた顎下腺は組織学的に正常像を示したが口底癌治療のため,コバルト60を顎下部に照射された患者から得たものである。放射線によって癌化のinitiation stageにある唾液腺細胞がin vitroでトランスフォームしたものと推察される。
ACCSは56歳,女性の上顎洞に発生した腺様嚢胞癌の生検材料から組織片培養法を用いてShirasunaらによって1990年に分離,確立された1)。10%ウシ胎児血清を含むDulbeccoのMEMで組織片を培養すると当初類円形の細胞が増殖し,その周囲に大型で扁平な紡錘形細胞が認められた。継代を重ねることによりすべて扁平な紡錘形細胞に統一されたものを,Adenoid Cystic Carcinoma S(患者名)(ACCS)と名づけた。
A-549は1973年にD. J. Giardら1)によって樹立された肺腺癌由来の細胞株で,癌研究の基盤をサポートし肺細胞の増殖・分化の機構を解析するために利用されている。
ヒト腺癌に認められるさまざまな分化形質を示す細胞株として樹立された。この細胞株はmucinを産生し,培養条件によっては臓器類似の細胞集塊を形成する。
起源の組織,臓器:ヒト肺腺癌患者癌性胸膜炎胸水。
Mardin Darby caine kidney cell line(MDCK)細胞は1958年9月にS. H. MardinとN. B. Darbyにより正常成犬雌性コッカスパニエル腎から分離された上皮性の培養細胞である。初期細胞は線維芽細胞と上皮細胞が混在していたが,部分的なトリプシン処理による選別を行い上皮性の細胞として樹立された。当初,この培養細胞はブタ水疱性発疹ウイルス,水疱性口内炎,など多くのウイルス増殖の研究に用いられていたが,現在では経上皮および経細胞膜イオン輸送の研究の輸送モデルとして用いられている1,2)。
LLC-PK1は1976年にR. N. Hullらにより家畜のブタの腎臓からトリプシン処理により調製された細胞株で,300回継代培養され無細菌および無ウイルスの安定で永久的な細胞株として確立された。
樹立までの経過:若い雄性ハンプシャー種のブタ(体重17ポンド)から腎臓を摘出・細切し,Youngerらの方法に従ってトリプシン処理された。これに1:400の割合で10%ウマ血清を含む培地199〔ペニシリン100Uおよびストレプトマイシン100μg(ml当りに添加)〕を加えて細胞懸濁液を調製する。これを植種液とし16オンスの培養瓶で,37℃,4日間培養するとコンフルエントになる。これを5%ウマ血清含有の培地199(抗生物質含有)にて継代培養され,培養細胞株LLC-PK1が確立された。
腎皮質は主として尿細管と糸球体から構築されている。いずれも上皮細胞を含むが,そのうち長期培養の可能な細胞株は大半が尿細管由来であって,血液の選択的濾過による原尿の産生に深くかかわる糸球体形成上皮細胞株はきわめて少ない。著者らは,試行錯誤を重ねた結果,1987年にラット正常腎糸球体から,上皮細胞株SGE 1を樹立した。命名は研究所名,糸球体,上皮細胞の各頭文字を取った。腎皮質から糸球体のみを分離するには,サイズの異なるメッシュの連続使用によってほぼ完全に尿細管を除去し,続いてトリプシン処理によって糸球体外覆のボーマン嚢を除去した。この方法で得られた糸球体表面には上皮細胞が露出しており,Ⅰ型コラーゲン塗布容器上で,上皮細胞は選択的に付着し増殖した。培養当初の培地は血清を含まないため,線維芽細胞の増殖をおさえることができた。SGE 1は若い世代で凍結保存されている。
PtK 2は,1961年K. H. Walenによって,有袋目の小型動物であるラットカンガルー(Potorous tridactylis)の腎から樹立された細胞系である。この細胞は成熟した雄からのもので,雌の腎から樹立された株PtK 1も同じ目的に使われる細胞である。
アフリカミドリザル(Cercopithecus aethiops)の腎皮質由来。樹立者は安村美博。樹立の主目的は腫瘍ウイルスSV40のin vitroの宿主細胞系を作りあげること,当時はポリオ生ワクチンにSV40の混在が問題化しており,SV40検出には輸入アフリカミドリザルの腎細胞培養が必要であった。その度ごとにサルを殺さないですますためには,細胞株の樹立以外の選択はなかった。樹立までの過程の詳細は文献1,2)を参照のこと。培養開始は1962年3月27日。ただ,将来の無血清培地増殖株の有用性を考え,終始血清量を2%以下で細胞を増殖させることに力点がおかれた。命名の由来はエスペラントのアクロニウムである。VERO/vέ:ro/n.〔Esperanto vero真理<verda (-simia) renoミドリの(サルの)腎〕。そして「“真理”は万人によって求められることを自ら欲し」の意に沿い,樹立者のをはなれ自由使用に供された。
1988年12月20日,理化学研究所細胞銀行では,獨協医大・安村美博教授より,ビオチンを添加さえすればMEM培地のみで増殖できる細胞株Vero-317の寄託を受けた。この細胞はアフリカミドリザル腎由来の著名なVero糸細胞から選択されたものである。その上,Vero-317はMEM中のglutamineをglutamic acidに代えても,ゆっくりながら増殖可能で,そのため,培地全体をそのままオートクレーブにかけられる培地に変換できるという,従来のバイオテクノロジーでの生産用細胞として使用されている著名な細胞群にはない,注目すべき特微があった。
一方,COS-1細胞は,SV 40ウイルスDNAのうち複製開始点を欠落させたDNAを組み込んだプラスミドを,サル腎臓由来のCV-1細胞株にトランスフェクトし,染色体に安定的に組み込まれた細胞株として選択されたものである。この細胞の最大の特微は,組み込まれたSV 40遺伝子から,強いDNA複製促進因子であるlarge T抗原が多量産生されるが,ウイルスDNAの複製開始点がないため,ウイルス自身は産生されない点にある。
F. C. Jensenらが樹立したアフリカミドリザル腎由来細胞CV-11)はSV 40ウイルスに感受性が高く検出系によく使われている。Y. Gluzmanは,このCV-1細胞をSV 40の複製開始点欠損変異株でトランスフォームさせて,COS-1,3,7の3種の細胞株を樹立した2)。命名はCV-1 origin,SV 40による。
A6細胞は,アフリカツメガエル(Xenopus laevis)成体オスの正常腎由来の株細胞であり,K. A. Raffertyによって樹立された1)。
〔KU-7〕
ヒト膀胱癌細胞株KU-7は1980年6月慶應義塾大学病院で全摘手術を受けた62歳男性患者の膀胱癌組織(原発巣)より,田崎 寛,橘 政昭によって初代培養が行われた。多発性の乳頭状腫瘍で移行上皮癌grade 1,転移は認めなかった。膀胱癌細胞株樹立の報告はすでに数多く見られたが,low gradeの乳頭状腫瘍の樹立の報告はなく,臨床のモデルとしての有用性を樹立の目的とした。組織片培養より開始し継代数50を過ぎ安定したところでKU-7と命名された。
T24株は1970年J. Bubenikらによってストックホルムで樹立され,のちチェコスロバキアのプラハに移された。起源は82歳のスウェーデン婦人の膀胱癌(第Ⅲ期)で,初期には接触阻害を示していたが,継代にしたがってCriss-Crossするようになった。彼らの目的は,膀胱癌に特徴的な腫瘍特異抗原(TSA)の発現に関する研究に用いることであった1)。
最初のヒト由来の癌細胞株でGoerge Otto Geyにより1951年に樹立された。癌組織と正常組織由来の細胞を培養し,それらを比較することにより,癌細胞の特性を明らかにすることができるであろう,という予想に基づき樹立のための培養が試みられた。命名に関して種々説があるが,患者の名前Henrietta Lacksの2文字を取って名付けたとされている。黒人婦人の子宮癌由来で,原発巣は,当初表皮様癌とされたが,後日の再検査で子宮頸部癌としては珍しい腺癌と訂正された。子宮頸部癌の生検サンプルを出発材料とし,最初1年間はニワトリ血漿,ウシ胎児抽出液,ヒト臍帯血清を含む凝固血漿培地中で継代培養された。その後,1952年にニワトリ胚抽出液,ヒト血漿を含むハンクス液を用いた単層培養に移された系統が,現在のHeLa細胞の原型であるとされる。この細胞は,凍結保存に成功した最初の細胞株でもあり,ATCC(後述)が保存するHeLa原株は当時の原株に近いとされる。種々のクローン,変異株が存在するが,以下にはもっともよく用いられているHeLa-S3細胞を中心に述べる。
起源:子宮内膜癌(中等度分化型腺癌),原発巣。
提供患者の臨床的事項:71歳家婦。臨床診断;子宮体癌Ia期。4経妊、4経産,最終妊娠25年前,閉経50歳。1カ月の不正性器出血の後,内膜癌と診断。腟式子宮全摘術,両側付属器摘除術を施行。手術摘出材料を培養に供した。
ヒト子宮内膜癌細胞株も他の悪性腫瘍細胞株同様に単一の腫瘍細胞株が不変的にすべての子宮内膜癌の特徴を備えているわけではない。とくに子宮内膜癌では各種ステロイドホルモンレセプターの有無が腫瘍の増植・分化と関連している可能性があり,性格の異なった細胞株がより多く樹立されることが,腫瘍の臨床研究のみならず,子宮内膜細胞の機能の基礎的検討にも貢献すると考えられる。
このような目的でIshikawa株は西田正人らによって樹立された1)。本細胞株の起源は子宮体癌患者(39歳)の手術時摘出子宮の腫瘍組織であり,患者名をとってIshikawa株と命名された。腫瘍は大部分が高分化型管状腺癌で,一部に低分化な部分や扁平上皮化生を伴った部分がみられていた。
ヒト前立腺癌の大部分は男性ホルモンに依存した増殖や諸性質を示す。LNCaP細胞は男性ホルモン依存性増殖性を示す唯一のヒト前立腺癌細胞株である。
ヒト臍帯の静脈血管から酵素法で分離した正常内皮細胞に由来する。樹立者は防衛医大の高橋ら1)である。意図的に樹立したわけではないが,形質転換している様子なのでその分離を行い,いくつかの目的すなわち,プラスミノーゲンアクチベーターの生産制御,糖タンパク生産用ホスト細胞などへの応用である。
樹立までの過程は,高僑らとのpcrsonal communicationによれば,まず最初は,ヒト臍帯静脈由来の正常内皮細胞を分離する目的で常法どおりに培養していた。継代数が比較的早い時期に,ビーズ上での培養を試みるために,単層培養の内皮細胞の上にビーズを加えたところ,ビーズに付着して増殖する細胞が出現した。継続してビーズ上で培養できるようになったこの細胞は,増殖様態が異なるため,変異細胞として意識的に分離したところ,通常の分裂寿命を持たない細胞株と認定したとのことである。ただし,このビーズ培養をその後何回も試みたが,細胞株の分離に至らなかったので,株細胞の樹立とビーズ培養に因果関係は必ずしも認められなかったという。したがって,この細胞株は,いわゆる自然形質転換によって株化(無限寿命化)したことがうかがえるが,再現性についてホットな討議がかわされた経緯がある。
■起源
Fetal Bovine Heart Endothelial cellsの略号である1)。4カ月のウシ胎児の心臓から動脈を取り出し,剥離法により培養した。継代数,12~15代で凍結保存されている。
われわれは,ヒト血管新生の機序を解明する目的で,ヒト大網の脂肪組織より微小血管内皮細胞を分離培養し研究に用いている。方法は,外科手術時大網組織を無菌の状態で採取し,Kernらの方法1)に従ってcollagenase処理してシート状になった微小血管内皮細胞を単離してくる。このようにして分離培養した細胞を,ヒト大網微小血管内皮(Human Omental Microvascular Endothel:HOME)細胞と命名した。
マウス脾臓は造血組織としての特性を備えており,とくに赤血球造血の盛んな組織としていわゆる造血微小環境を備えている。われわれはこの赤血球造血に好適な微小環境を構成している間質(ストローマ)細胞を得て,in vitroでストローマ細胞-赤血球前駆細胞の情報伝達を調べる目的で,10週齢のC57BL/6Jマウスの脾臓よりストローマ細胞株の樹立を行った。
新生仔マウス脾臓をハサミでミンスしたのちα-MEMで洗浄(2回)し,α-MEM,5%FBSにsuspendし,8日間培養する。初代培養の細胞はトリプシン処理したのち植えつぎ,低血清培養へ移行させた。長期培養には,RITC 80-7培地FBSを基本培地とする培地を用い,6代継代したのち,クローニングを行った。8株のクローンが得られ,そのうちの増殖能の良いものがMSS 31株である。
RC細胞は,日本白色ウサギ角膜由来の初代培養細胞で,ウサギ眼を使った眼刺激毒性試験“ドレイズ試験”のビトロ代替法に供する細胞として分離法が報告されて利用されている1)。
ラット副腎髄質褐色細胞腫瘍から,神経成長因子(NGF)に応答するクローンとして単離された。NGFは幼若の副腎髄質細胞に作用して交感神経細胞様に分化させることができることが知られていたため,未分化状態を保っている褐色細胞腫には,NGF応答性の細胞が混っていると期待され,数ヵ所のラボで単離が試みられていたものである。pheochromocytomaつまりPC系の12番という名がついている。別のグループがPC-G1とG2の株を得ているが,NGF応答性は悪く,現在はほとんど用いられていない。
動物腫瘍は複数の細胞から構成されているため,動物腫瘍細胞をそのまま培養すると,生育上のadvantageを持った細胞が増加してin vivoの状態と異なってくる。副腎腫瘍を用いて副腎皮質細胞の研究を行うと,腫瘍細胞を培養している間に線維芽細胞が増加してしまい,研究の障害となっていた。この点を改善するため,約10年にわたってマウスへの植え継ぎ,および細胞培養にて維持されてきた副腎腫瘍1)より副腎皮質細胞をcloningし,線維芽細胞の混入のない副腎皮質細胞のみからなる細胞株として樹立した。
起源の組織,臓器:約10年にわたって植え継がれてきたマウス副腎腫瘍。
米国のFurthのもとで研究を行っていた横路(1961)は雌のWistar系ラット(W/Fu)の頭部にX線を照射してプロラクチン(PRL),成長ホルモン(GH),副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を産生する下垂体腫瘍を作った(MtT. W5)。この腫瘍はHarvard Medical SchoolのTashjianのもとで細胞培養を行っていた安村(現獨協医科大学微生物学教室教授)によって培養された。培養の結果得られた上皮性の細胞はさらにクローニングされGH1,GH2,GH3,GH4の細胞株が得られた(1965)。これらの細胞のうち,GH1,GH3,GH4は下垂体前葉の標準細胞株として現在広く使用されていることは周知のことである。
MtT/Sはエストロゲンの長期投与によって発生した,ラット・プロラクチン(PRL)産生下垂体腫瘍(MtT/F344:広島大学原爆放射能研究所,伊藤教授)を細胞培養の結果,樹立された4種類の細胞株の一つで,成長ホルモン(GH)を産生,下垂体のGH産生細胞(somatotroph)に似る。
トランスジェニックマウス(膵β細胞特異的なインスリンプロモーターにSV40T抗原遺伝子を結合した融合遺伝子をC57BL/6マウスに導入したもの)の膵臓に発生した膵β細胞腫瘍(インスリノーマ)を単離し,細かく切り,培地を加えて培養することにより,宮崎らにより樹立された。2系統のF0マウスから樹立された細胞株はおのおの,Mouse insulinoma由来ということでMIN6とMIN7と名づけられた。
起源となる組織:シリアンゴールデンハムスター単離膵島細胞。
樹立者:R. F. Santerreら(リリー研究所)。
甲状腺は濾胞構造を機能単位としており,濾胞を構成する上皮細胞は,形態的にも機能的にも明確な極性をもっている。そのために分化機能を維持した安定な細胞株の樹立は難しかった。FRTL-5はラット正常甲状腺から樹立され,分化機能を維持している貴重な細胞株である。Ambesi-Impiombatoらは,正常5~6週齢Fischerラットの細切甲状腺をコラゲナーゼとトリプシンで消化した後,ピベッティングにより細胞を単離して104~105cells/10cm Falcon dishに播いて培養した。生じた上皮細胞のコロニーをクローニングシリンダーを用いて継代した。培養液を種々検討した結果,Ham's F-12の変法であるmF 12に6種のホルモン〔10μg/ml insulin,10nM hydrocortisone,5μg/ml transferrin,10ng/mlglycyl-L-histidyl-L-lysine acetate,10ng/ml somatostatin,10mU/ml thyrotropin(TSH)〕を加えた培養液(mF12+6H)を基本培養夜とし,これに0.5%という低濃度の仔ウシ血清を加えて培養した。この方法により線維芽細胞の増殖を押さえることができ,しかも上皮細胞は濾胞構造を再構成し,機能的にも甲状腺細胞としての分化機能をよく維持することができた。
BeWo細胞は,1966年R. A. PattilloとG. O. Geyによって樹立された妊娠性絨毛癌由来の細胞株であり,妊娠性絨毛癌組織をハムスターのcheck pouchに移植し,8年間維持した移植腫瘍から樹立されたものである。
培養2倍体細胞の増殖が有限であることを示したHayflickが樹立した一連のヒト胎児組織由来の細胞株の一つ。女児3カ月胚の肺組織に由来する正常2倍体線維芽細胞である。WIは,Hayflickが所属したWister Instituteの頭文字。Hayflickは,培養2倍体細胞の寿命が継代時の希釈倍率にかかわらず一定であることを,この細胞を用いて証明した1)。
東京都老人総合研究所の大橋望彦らによって樹立され,1980年に報告された,日本人の女性胎児(妊娠期5カ月)の肺組織に由来する線維芽細胞である1)。名称は,同研究所の英文名頭文字に由来する。従来,ヒト正常2倍体線維芽細胞の標準系として,WI-38,IMR-90などが利用されてきたが,外国で樹立されたことによる入手の不便や,繁用による集団倍加数*の小さい細胞(若い細胞)の枯渇などの問題があり,これらにかわる日本製の標準系を目指して樹立されたものの一つである。
3Y1(Three-Y-One)細胞はFischer系ラット由来の,アンカレッジ依存性で,細胞密度依存性増殖抑制に高感受性の,線維芽様細胞株。
Huu Duc-Nguyenらにより,非近交系のOsborne-Mendel ratの腎臓から継代により樹立された細胞株1)。名前のNRKは,由来した動物と臓器を表わすnormal rat kidneyの頭文字を取って付けられた。ここで言うnormalとは,初期の培養目的が,Rauscher murine leukemia virusの感染能に関することであったため,このvirusに感染していないrat由来だと言う意味で,付けられたと思われる。1978年に,Joseph E. De Larcoらによりサブクローニングされ,形態の異なる2系統に分離された2)。以下には,その中で比較的良く用いられているクローンであるNRK-49Fをもとにして述べる。
Normal Rat Kidney Cell Line(NRK)-49F細胞は1966年にH. Duc-Ngugenらによって正常Osborne-Mendelラット腎から作成されたNormal Rat Kidney Cell Lineの初期継代細胞から分離されたサブクローンの一つでJ. E. DeLarcoとG. J. Todaro1)により樹立された培養細胞である。Normal Rat Kidney Cell Lineの初期継代細胞は線維芽様細胞と上皮性細胞が混在していたが,J. E. DeLarcoとG. J. Todaroにより分離され,線維芽様細胞はNRK-49F,上皮性細胞はNRK-52Eと命名された。
W. R. Earleによって樹立されたもっとも古い細胞株である。1940年10月18日,100日齢のC3H雄マウス後肢皮下組織片を血漿培地で培養開始,1941年11月20より1μg/mlのmethylcholanthreneを添加,111日間培養したシリーズの一つである。継代95代目のL細胞から,Sanfordらがガラス毛細管を用いてクローニングしたクローンNCTC 929の子孫が全世界に頒布され,これが通称L929細胞とされている。わが国ではKatsutaが導入,これから無タンパク培地で増えるL・P1細胞を1959年に樹立している。
TodaroとGreen1)はマウス胎児線維芽細胞を厳密な継代スケジュールで培養したところ,しばらく増えたあと増殖率がおちたが,以後回復してほとんどすべての培養で3ヵ月以内に細胞株として樹立できることを示した。このとき,60mm径シャーレに3日毎の継代(Transfer)で,3×105個の細胞の植え込みを行ったもの(3T3)は,著しい増殖の接触阻害現象を示した。3日毎の継代で,6×105個あるいは12×105個の細胞を植え込んだもの(3T6または3T12)は明らかに悪性化していた(トランスフォーム細胞の項参照)。
上の実験は雑系Swissマウスを用いて行われたので,その後純系マウスのBALB/cマウス2,3)あるいはNIH Swissマウス4)を用いて同様の試みが行われ,それぞれで増殖の接触阻害を示す細胞株が樹立された。最初のものがSwiss/3T3,以後のものがそれぞれBALB/3T3,NIH/3T3と名付けられている。BALB/3T3細胞で良く使用されているものは原株からクローニングされたA31株,さらにそれからトランスフォーメーションに感受性の細胞としてクローニングされたA31-1-1株5)である。NIH/3T3細胞も実験に適したクローンが使用されている。
C3HマウスHeston系の胚全体の初代培養を継代することによって,Reznikoff et al.1)により樹立された。Clone8が通常用いられている。60-mm培養皿あたり0.5×105個の細胞をまき,10日ごとに継代するというスケジュールから10T1/2と命名された。この命名法は3T3にならったものである。
1961年,3月I. A. MacphersonとM. G. P. Stokerにより性別不明な誕生後1日のハムスター(Syrian or Golden hamster,Mesocricetus auratus)の腎臓に由来する1)。細胞集団はMEM80%,Difco tryptose phosphate broth,10%,calf serum,10%,5%CO2条件下で84日間培養後,8日間凍結保存した後,Single-cell isolationを行いクローン13が分離された2)。クローンする前の細胞集団のカリオタイプは主として男(Male)である。1964年8月11日クローニングの後,45世代の凍結細胞がATCCにとどけられ,5回植えついだ後,ATCCのストックとして治められた。
Nil-2細胞はNil-1細胞とともにSyrianハムスター胎児よりLeila Diamondによって樹立された1)。両者は同じ胎児の培養系から樹立されたもので,試験管内で継代されることにより自然にトランスフォームした株である。クローンNil2C2はNil-2細胞から分離された2)。
1957年,Puckらによりチャイニーズハムスター卵巣より分離・樹立された1)。
FordとYerganianによって,細胞の変化(トランスフォーメーション)と染色体の変化の関係を明らかにする目的で,若い健康な雄のチャイニーズハムスター(Chinese hamster,Circetulus griseus)の肺組織から細胞株の樹立が試みられた。1958年,細胞が正常に近く2倍体(染色体数=22本)の細胞株が,A株から始まりV株目で初めて成功した。筆者の恩師である放射線生物学者のElkind博士がFordからこのV株を1958年の12月に譲り受けて,彼の実験番号79でクローニングしてV79-1,V79-2等と名付けた。1960年の最初の論文1)には,V79-1,という命名になっているが,その後は,この細胞しか使用しなかったので,この-1を除いてV79細胞としたとのことである。ただし,この論文に雌のチャイニーズハムスターの肺組織からとなっているのは誤り。
この細胞の一部は細胞遺伝学者のChu博士にわたり,その後,この2人の学者を通じて世界中に分与されたことから大きく分けると2種類のV79があることになる。
CHL/IUはチャイニーズハムスター雌新生仔の肺組織由来の線維芽細胞の一種である。1970年,宇多小路らによってCHL株が樹立されたが1),その後,クローン化によって新たに亜株が分離されたため,両者の名のイニシャルをとってCHL/IUと命名された。本細胞株は,現在,CHO株とともに,種々生活関連物質の染色体異常誘発試験に広く用いられている2)。
HUC-Fは1987年4月22日に生まれた日本人臍帯(女)より,理化研究所細胞銀行で初代培養を開始した正常2倍体線維芽細胞,HUC-Fmは,同様に198年7月17日に生まれた日本人臍帯(男)より,理化学研究所細胞銀行で初代培養を開始した正常2倍体線維芽細胞である。同様のシリーズに,HUC-F2,HUC-Fm2が開発されている。
〔HS-K〕
東北大・抗酸研の菅幹雄により日本人成人皮膚組織片から初代培養された正常2倍体線維芽細胞である。1984年に大野忠夫(当時,放医研)に渡り,理研細胞銀行に寄託された1)。
本細胞株は東京臨床医学総合研究所,腫瘍細胞研究部の平郡正義博士らによってddNマウス乳癌から分離・継代化されたもので,樹立の過程の詳細については文献1)を参照されたい。
Dexterの長期骨髄培養法により造血微小環境の研究がin vitroで可能となり,造血幹細胞の増殖・分化が壁付着細胞層によって維持されることが判明した。この造血支持機構を解明するには壁付着細胞の細胞生物学的特異性の検索が重要であることから,1981年張ケ谷はマウス長期骨髄培養から前脂肪細胞株H-1細胞を樹立した1)。この細胞株は国際的に認められた最初の骨髄ストローマ細胞であり,同時に骨髄ストローマ細胞が液性因子を産生していることをin vitroで実証した1)。
■樹立の経過
われわれは,骨芽細胞に分化する細胞株を得る目的で新生仔C57BL/6マウスの頭蓋冠から細胞株を樹立し,MC3T3-G2/PA6(PA6)細胞とMC3T3-E1細胞(久米川論文参照)を得た。樹立は,頭蓋冠を無菌的に採取し,ハサミで細切した組織片を培養し,遊走した細胞を3T3方式で継代培養して行った。樹立途中で,confluentの状態で培養を続けると脂肪細胞に分化する株MC3T3-G2を見出し,さらに脂肪細胞への分化の頻度の高いクローンを選択することによってMC3T3-G2/PA6を得た。
胎児肝臓は胎児期の主要な造血組織であり,とくに赤血球の造血が盛んである。この赤血球造血の微小環境を構成するストローマ細胞の性状を解析するため,マウス13日胎児の肝臓よりストローマ細胞株を樹立した。13日胎児肝臓を摘出し,RITC80-7培地にて26 1/2-gauge注射針を通して細胞をバラバラにし,同培地で培養する。8日間の培養の後,プロナーゼ処理(室温5分)により回収できる付着細胞を植えつぐ(この操作でマクロファージは回収されない)。以後8週間(8回植えつぎ)ののち,3~4週間のコロニー形成により細胞をクローニングした。得られた細胞株はFetal Liver Stromal=FLS細胞と命名した。
樹立者は東北大学抗酸菌病研究所細胞生物学部門矢内信昭である。
MRL104.8aはMRL/lprマウス胸腺から樹立された胸腺ストローマ細胞である。1mm3位のブロックに細切した胸腺組織をフラスコ中で培養し,ブロック周辺にoutgrowthしてきたストローマ系の細胞を回収してcell lineとした。安定した継代培養後,株化を行い,まずMRL 104を含む多数の株を得た。さらに2回のクローニングを行いMRL104.8aクローンが得られた(J. Leukocyte Biol.,45:69,1989)。
1975年,コーカシア人女性(11歳)の骨肉腫よりFogh J.,Trempe G. により樹立された。
本来の形質(特性)を保持した骨肉腫由来樹立細胞株は,骨肉腫1)の多方面にわたる形態学的,生物学的研究に有用である。しかし,現在までにヒト骨肉腫由来細胞株に関する報告は数少なく,たとえ骨芽細胞型(osteoblastic type),軟骨芽細胞型(chondroblastic type)などの特定の型の骨肉腫から細胞株を樹立しても,常にその特性を十分発現する株が得られるとは限らない2,3)。
著者らは,最近,11歳女児の左上腕骨近位側骨幹端に原発した通常型骨肉腫(骨芽細胞型)例から細胞株HS-Os-1(命名の根拠:Human Sarcoma-Osteosarcoma-1)を樹立した3)。
1980,Rodanらの研究室でラットの骨肉腫より樹立された株化細胞である(rat osteosarcoma cells)1)。ROS17/2.8細胞はPTHに対するcyclic AMP反応が良好であり,アルカリホスファターゼ活性も高く,ヌードマウスに移植すると骨形成も生じるなど,骨芽細胞の性質を良く保持している。ROS細胞は継代培養中に性質が変わりやすいので,入手の際には注意が必要である2,3)。
著者らはRodan(Merck Sharp Dohm研究所)からMundyおよび米田俊之先生(San Antonio,テキサス大学)を介して提供されたROS17/2.8細胞を限界希釈法によりrecloningして,PTHに対する反応性がもっとも良好なsubclone細胞(ROS17/2.8-5)を得ており4),理研の細胞バンクに登録している。
HOSとはhuman osteosarcomaの頭文字をとったものであり,文字どおりヒトの骨肉腫由来の細胞株である。
この細胞株は1971年McAllisterらによってその樹立が報告された1)。その由来は,13歳白人女児の大腿骨遠位端に発生した骨肉腫であり,この細胞株は病変部の生検サンプルをもとに樹立された。患児は下肢の外科的切断,放射線療法,化学療法にもかかわらず生検の約3ヵ月後に死亡している。剖検はなされていない。切断された下肢には生検で得られた標本と同様の病理所見をもつ腫瘍が確認された。腫瘍細胞はしばしば複数の核小体を包含し,濃染する核を持つ紡錘形もしくは多角形の細胞であった。病理組織上はosteogenic sarcomaに特徴的な石灰化を伴った骨基質,類骨組織,線維性および血管性の間質が混在した所見を呈していた。
MC3T3-E1細胞は,奥羽大学歯学部小玉博明らによって,新生児C 57 BL/6マウス頭蓋冠から1981年樹立された1,2)。
目 的:骨芽細胞の性格を備えた細胞株の樹立。
幼若マウス成長軟骨部より分離,培養した細胞から,活発に増殖する細胞集団を分離,株化し,mouse growth cartilageの頭文字とコロニーの番号よりMGC/T1と命名した。この細胞株からアルカリホスファターゼ(ALPase)活性を指標として分離したサブクローンがMCG/T1.17である。
72歳日本人男子の右上腕骨近位部に発生した分化型軟骨肉腫を起源とする。1989年,滝川らによって,継代23代の細胞をクローニングし増殖能と軟骨細胞の分化機能の指標であるプロテオグリカン合成能を指標として分離し不死化された。Human Chondrosarcomaの頭文字とクローン番号からHCS-2/8と命名した1,2)。
マウス胚性腫瘍細胞(EC細胞)が軟骨・筋肉・脂肪細胞などの間充織系細胞に分化する過程を解析するためにそれらの前駆細胞株を単離する一環として樹立された。AT805EC細胞1)分化したfibroblastic cell中より筆者によってクローン化され,AT805由来のdifferentiated cellのクローンという意味でATDC5と命名された。
融合効果の高いヒト融合パートナーが得られにくいために抗原特異的抗体を生産するヒトーヒトハイブリドーマの取得には従来困難であったがHO323, A4H12株の樹立によってこの問題が解決されつつあると思われる。
NIHのR. Merwiは,1959年C3Hマウスの乳腺組織をMillipore Diffusion Chamber内へ入れdicthylstilbestrolペレットとともに47匹のBALB/cマウス皮下に埋め込んだところ,7匹に多様な顆粒球腫細胞塊を含んだ腹水が生じた。この顆粒球腫のうち,BALB/cマウス腹腔内に移植可能になったものが単クローン抗体産生に頻繁に用いられているミエローマの起源である1)。当時は抗体産生が研究の主目的であったので,腹水内で旺盛に増殖し,グロブリンを産生する株が重点的に分離された。そのなかのγG1を産生するMOPC-21株からSalk InstituteのHoribataらによってシャーレ中で継代培養可能なP3K株が単離された。この細胞の特徴は8-アザグアニン耐性でhypoxanthine-guanine-phosphoribosyltransferaseを持っていないことである。1975年にkohlerとMilsteinにより永続的に培養可能なミエローマと脾臓の抗体産生B細胞とのハイブリドーマによる単クローン抗体作成の手法が導入され,抗体の作成,精製に適したミエローマのクローニングが行われた。得られた細胞の大部分は8-アザグアニン耐性のP3K細胞が親株であるが,そのなかからγ1,κ鎖を分泌するP3-X63-Ag8株が分離された。
急性リンパ芽球性白血病患者(男,14歳)末梢血由来のヒトT細胞株1)。IL-2産生細胞として使われるが,種種の亜株が存在する。
1971年3月19日,19歳男子の急性リンパ芽球白血病の再発時の末梢血(WBC:7×104/mm,芽球90%)を用いた。6%Dextranで赤血球分離後の白血球を1×107 cells/mlの濃度でRPMI 1640に10%の胎児ウシ血清,100u/ml penicillin,50μg/ml streptomycinを含む培養液,約20mlずつの浮遊細胞培養を5本の密封したガラスフラスコで,37℃で行った。培養の目的は,当時,ヒト白血病のウイルス原因説,白血病特異抗原の存在説,などの解明研究に培養株の樹立はもっとも有効な方法とされていたためであった。約3ヵ月後,4本のフラスコに細胞増殖を認め,MOLT-1,-2,3-,-4と命名した1)。MOLTの命名は,当時樹立者,簑和田潤の所属していたRoswell Park Memorial Institute(Buffalo,NY,USA)の所長であったDr. George E. Mooreに依った。MOLTのMはMinowadaのイニシャル,OはDr. Ohnuma(患者の主治医)のイニシャル,Lはleukemicを示し,TはT lymphocyteを意味する。後にMOLT-1とMOLT-2は失ったが,MOLT-3とMOLT-4は以来現在まで維持されている。ちなみにMOLT-3およびMOLT-4は米国ATCCにも委託保存されている。
SKW6-CL4は,1983年,SaikiらによってEpstein Barr Virus-positive B細胞株の一つであるSKW6(DA UDI)よりクローニングされたhuman B Lymphoblast cell lineであり,T cell replacing factor(TRF)刺激により,イムノグロブリンM(IgM)を分泌する細胞モデルとして樹立された1,2)。
ヒトBリンパ球細胞株B104は白血化したB細胞型悪性リンパ腫患者の末梢血から,Bリンパ球の増殖・分化を研究する目的で,筆者らにより樹立された単クローン細胞株である。
TMD2細胞株は,1991年,インターロイキン-3(IL-3)に依存性に増殖する白血病細胞株として東田により樹立された1)。
8年間の慢性期を経て急性転化を起こした慢性リンパ性白血病(CLL)患者の末梢血液から比重遠心法で白血病細胞を分離し,5ng/ml IL-3,20%ウシ胎児血清を混じたα培養液で,37℃,5%CO2の条件下で液体培養を行った。継代培養を繰り返すうちに,指数関数的増殖を示す細胞株が得られた。東京医科歯科大学(Tokyo Medical and Dental University)の頭文字をとってTMD2と命名した。
F4-5フレンドウイルス(FLV)で誘導された白血病細胞で免疫したC57 B1/6マウスの脾細胞よりGillisらによって樹立されたIL-2依存性キラーT細胞株1,2)。Cytotoxic lymphoid line 2が命名の由来で,T細胞で初めて株化に成功した細胞である。
メチルコラントレンによってDBA/2マウスに生じた胸腺腫瘍から,L. W. Law(NIH)が1952年に移植可能な白血病細胞株L5178Yを樹立した。この株は腹水型として維持されていたが,1958年にG. A. Fischer(Yale大学)は培地を考案して試験管内増殖を可能にした。命名については文献1)を参照されたい。
HL-60細胞は1977年Collinsら1)により樹立されて以来もっとも頻用されている白血病細胞株である。DMSOやレチノイン酸(RA)により顆粒球に,またビタミンD3やTPAにより単球/マクロファージに分化する細胞である。また,分化および増殖に関連する癌遺伝子や癌抑制遺伝子発現も研究されている。増殖や分化の機構を分子生物学的に解明されることも将来可能なものとなろう。
1974年,37歳男子のdiffuse histiocytic lymphomaの腫瘍性胸水約1,000mlから遠心沈殿により分離した細胞を用いた。初期の培養は細胞を器官培養のグリッド上に沈着せしめ,ペトリ皿の中でHamの培地F-10と10%新生児子ウシ血清,100u/ml penicillin,50μg/ml streptomycin,1.25μg/ml amphotericin Bを含む培養液中で,5%CO2,37℃で行った。さらにこの初期の培養は,adultのallogenic skin fibroblastのfeeder培養細胞とともに培養するか,またはグリア細胞株,U-787CG,肉腫細胞株,U-2OSの培養液の添加を腫瘍細胞増殖に必要とした。培養の目的は,ヒト白血病細胞株の研究成果が多大の貢献をしているが,ヒトリンパ腫の培養株はごく限られていた。そこでDr. Nilsson(Uppsala,Sweden)らが,リンパ腫細胞株の樹立を試みた。このリンパ腫培養は,feeder培養細胞の存在下約7週間で樹立された1)。継代培養は,浮遊細胞でエレンマイヤーフラスコまたはペトリ皿で行った。
OCI/AML1a細胞株は,顆粒球コロニー刺激因子(C-CSF)に依存性に増殖する白血病細胞株として,奈良により樹立された1,2)。
1984年,当時オンタリオ癌研究所(Ontario Cancer Institute:OCI)に留学中の奈良は,急性骨髄単球性白血病(FAB分類AML M 4)患者の末梢血液から分離した白血病細胞をヒト膀胱癌細胞株5637の培養上清(5637-CM)を増殖因子として含む20%ウシ胎児血清加α培養液中で継代培養し,長期間にわたって指数関数的に増殖する細胞株をOCI/AML1として樹立した3)。OCI/AML1細胞株は,時として増殖能が低下することがあった。5637-CMには,G-CSFの他,顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF),インターロイキン1α(IL-1α)などが含まれている。OCI/AML1細胞は,AML M4白血病に由来するため,GM-CSF,IL-1αなどに反応して単球系細胞へ分化し,増殖能が低下すると考えられた。そこで,5637-CMに代えてG-CSFの存在下で継代培養を繰り返したところ,6年以上にわたって増殖しているOCI/AML 1a細胞株を得た。
M1細胞は1969年Ichikawaによって,白血病好発性のSL系マウスから樹立された骨髄芽球様白血病細胞株である。血球分化のモデルとして現在に至るまで広く研究の対象となっている。
Myeloid(骨髄性)の頭文字をとってM1と名付けられた。樹立の詳細については文献1)を参照されたい。
TtT/M-87は放射性ヨードで甲状腺摘除して得られたマウスTSH産生腫瘍株(TtTb:広島大学,伊藤教授)を使用して得られたマクロファージ細胞株である。井上はTSH産生細胞の培養株の樹立をめざしてTtTbの培養を行ったが,目的としたホルモン産生細胞の増殖はきわめて悪く成功しなかった。この過程でコロニーを作って増殖する腺細胞とは異なる細胞の存在に気付き,その細胞の継代を重ねた結果,1987年にTtT/M-87の樹立に成功した。TtT/M-87は分化したマクロファージの細胞株であるが,ウイルスや放射線による形質転換を行わずに樹立された細胞株であり,正常の細胞の性質を保持し,マクロファージの研究には有効であろうと考えている。樹立者らはその後,腫瘍細胞の培養の他,動物の下垂体前葉の初代培養でも多くのマクロファージが出現する現象を認めており,下垂体前葉にはマクロファージの増殖と何らかの関係があることが考えられる。しかし,現在のところその生物学的な意義は不明である。
Metcalfらによって鉱物油誘発骨髄性白血病のBALB/cマウスから樹立1)。
J774細胞は,プラズマ細胞腫(plasmacytoma)の誘導計画期間中に,雌のBALB/c/NIHマウスに自然発生した腫瘍をもとにRalphらにより樹立された。解剖の結果,肝臓,リンパ節,子宮,卵巣と肺に転移が見られた。皮下に移植した腫瘍は,移植部位あるいは末梢血には見出されず,肝臓に転移していた。マウス腹腔内で継代したJ774A(J774 ascites)より培養液中で成育できるクローンJ774.1細胞が樹立された1)。この細胞は,形態学的には,細綱肉腫(type A reticulum cell sarcoma)と同一であり,一般的な分類では,組織球性リンパ腫(histiocytic lymphoma)に属する。
フレンドウイルス感染マウスは赤芽球前駆細胞の増殖により脾臓が肥大する。フレンドウイルスには貧血症発症型と多血症発症型があり増殖促進が起きる前駆細胞の性状に相異が見られる。フレンドウイルス感染の初期過程では前駆細胞の増殖の促進が見られ,ついで細胞の癌化が起きるものと思われる。このフレンドウィルス感染により増殖状態になった脾臓由来細胞を培養などに移し,継代し樹立されたのがMEL(murine erythroleukemia:マウス赤白血病),あるいはフレンド白血病細胞である。
MEL細胞は培養系にジメチルスルホキシドなどの分化誘導剤を添加するとヘモグロビンを産生し赤血球方向へと分化することがわかり,赤芽球前駆細胞がトランスフォームしていることがわかった。細胞の樹立は,C. Friend(DBA2マウス),W. Ostartag(DBA2マウス),井川洋二(CDDマウス)により多血症型フレンドウイルス感染脾細胞から樹立され,それぞれ,クローン707,クローンB8/3,クローンT3C12などと命名された。またT. Makにより貧血症型フレンドウイルス感染脾細胞から樹立された細胞はTSA8株と呼ばれる。
1983年,フィラデルフィア染色体陽性の慢性骨髄性白血病急転患者の骨髄細胞から小椋らによって樹立され,9年間も継代培養されている細胞株である。ヒト巨核球細胞株では最初に報告されたものである1)。
起源の組織は末梢血ATL(adult T-cell leukemia)細胞。樹立者は三好勇夫。樹立の目的はATLの本態解明。
樹立までの過程:1978年7月27日に69歳の男性ATL患者から末梢血10mlを採血し培養に用いた。この時の患者の白血球数は45,000/μlで,69%の異常リンパ球を認めた。デキストラン法で分離した白血球を5×106/mlの細胞数とし,直径35mmのペトリシャーレに入れ,RPMI1640に10%ウシ胎児血清と10%ヒト臍帯血清を加えた培養液を用いて37℃,5%CO2孵卵器内で培養した。培養液半量を週2回交換した。2ヵ月後にシャーレに付着しているマクロファージが減少するにつれてリンパ球の増殖が悪くなった。そこで女児の臍帯白血球を10~14日間培養して出現してきたマクロファージのfeeder layer上に培養リンパ球を移した。さらに2ヵ月後に細胞増殖が旺盛となり,以後2~3日毎にマクロファージのfeeder layerなしに継代培養可能となった。この細胞株を患者田○美○男のイニシャルと三好T細胞の両方の意味をこめてMT-1と命名した1,2)。
RBL細胞株は,1973年英国のEcclestonによりwister ratsに,化学物質(β-chlorethylamine)を投与することにより好塩基性白血病として得られたものである。新生児ラットにトランスプラントされても形態変化はなく安定化していることが報告された1)。その後米国国立衛生院(NIH)にて同細胞にIgEレセプターが存在していること,ヒスタミン含有量0.6~0.9μg/106cellsであることが確認されたが,抗原刺激に対して十分なヒスタミン遊離が認められなかったことも,問題点として指摘された2)。これを受けてR. P. Siraganianは,ヒスタミン遊離能を持ったRBL-2H3細胞亜株の分離に成功した3)。1個の細胞につき3×105のIgEレセプターが確認された。以降,同株は高親和性IgEレセプター(以下FcεRI)の同定,機能,細胞内情報伝達系,形態変化の研究のための有用なtoolとして世界各地の多くの分野の研究室で広く使われている。1983年H. Mctzgcrらは,FcεRIの非共有結合による4量体モデルを提唱した。その後各サブユニットの精製,遺伝子のクローニングも同細胞株を使って行われ,ヒトのFcεRIのクローニングの足がかりを提供した。FcεRIはα鎖1個,β鎖1個,ジスルフィド結合した2個のγ鎖から構成され,計7回細胞膜を貫通する。
IL3あるいはGM-CSFに依存して増殖するマウス肥満細胞前駆体細胞IC2は,以下のようにして樹立された(1983)。DBA/2マウス脾臓細胞をCon-Aで刺激し,5%ウシ胎児血清,50μMβ-ME,10~50%マウス脾臓細胞コンデション培地(後で説明する)を添加したRPMI1640培地で長期間培養し,その後限界希釈法によりクローニングし,クローンIC2を得た。樹立者は小安重夫博士(当時,東京都臨床医学総合研究所研究員)で,このIC2細胞は,IL3力価測定の指標としても用いられる。
細胞株SCMC-MM-1(以下MM-1;図1A)は,「横紋筋への分化傾向を示す悪性間葉腫」と診断された11ヵ月女児の腹部腫瘍から,埼玉小児医療センター林泰秀博士(現,東京大学小児科)により,染色体分析を目的に樹立された。SCMCは,Saitama Children's Medical Centerの略,MMは,malignant mesenchymomaの略である。この細胞株は,①免疫組織化学的にvimentin陽性で,電顕的に特徴的な構造物をもたない小型の多形性細胞small polygonal cells(P型細胞)と,②免疫組織化学的にdesmin,α-sarcomeric actinとskeletal myosin陽性で,電顕的にthick and thin filaments,類Z帯構造物などをもつ大型の管様細胞giant tubular cells(T型細胞)の2種の細胞からなる。著者は,これら2種の細胞(とくにP型細胞)の特性を調べるため,親株MM-1を軟寒天培地でクローニングし,P型細胞クローン株SCMC-MM-1-19P(以下MM-1-19P;図1B)を樹立した1,2)。
Yaffe(1968)が筋分化能を有する細胞株を得るために,新生ラット大腿筋より筋細胞を分離し,メチルコラントレン存在下に2回継代培養の後,変異剤なしでクローン培養して樹立したL6細胞株を親株としてNadal-Ginard(1978)がさらに高い細胞均一度と増殖能力をもつ細胞を得るためにサブクローニングして樹立した。
2ヵ月齢のC3Hマウスの大腿部骨格筋に破砕損傷(crush injury)を与え,未分化の筋細胞の増殖を促した。70時間後に得た組織の初代培養の継代を繰り返して,C2細胞が樹立された。樹立者はYaffe & Saxel1)である。命名の根拠は記されていないが,C3Hマウスから得られた2番目の骨格筋細胞株にちなんでいると思われる。
Schubertら(1974)が妊娠15日目のマウスにニトロソエチルウレアを投与し,出生した仔マウスの一部に生じた脳腫瘍組織から細胞を分離しクローニングを経て樹立した。
骨格筋筋芽細胞は,初代培養細胞あるいは株化細胞を問わず,その分化形質をよく保持し,in vitroで筋管形成を経て筋線維へと分化することから,骨格筋形成機構をはじめ細胞分化における遺伝子の発現制御機構解析のモデル実験系としてよく用いられる。この場合細胞はラット由来のL6細胞に代表される株化細胞とニワトリ胚筋芽細胞由来の初代培養筋芽細胞がよく用いられる。それぞれ長所短所はあるが,後者は細胞を調製するとほとんど一方的に分化が進みその反応を制御することは難しい。そこで温度によって分化反応を制御する目的で温度感受性ラウス肉腫ウイルス(ts-RSV)で形質転換して用いることが多い。ts-RSVで筋芽細胞の形質転換を初めて試みたのはHoltzerらのグループであるが,Fiszman1)やMoss2)らによってその性格づけがなされた。RSVによる形質転換にウズラ胚筋芽細胞がよく用いられるのは,ニワトリのそれと違って,RSVがウズラ胚細胞では粒子形成されず,実験時の安全性を考慮したためと思われる。
われわれは10日目のウズラ胚胸筋を常法通りトリプシンおよびEDTAで処理して筋芽細胞を調製している。こうして得た細胞は筋芽細胞に特徴的な紡錘形を呈し,培養を続けると1日後から融合がみられ速やかに筋管を形成する。この分化反応を一時的に抑えることは難しい。
1976年に,ソーク研究所のB. W. KimesとB. L. Brandtによって,BDIXラットの14~17日齢胎児の胸部大動脈中膜平滑筋から分離,樹立された1)。大動脈10本から外膜を剥離しミンチした後,20%FCSと2%chicken embryo extract(CEE)を含むMEM中で12%CO2存在下に培養した。60mmの培養皿にコンフルエントになった時点で酵素処理によって単離細胞浮遊液をつくり,培養皿あたり細胞数を3×105個にして蒔き直した。40~90分後およそ90%の細胞が基質面に接着したが,これを捨てて残りの浮遊細胞を新しい培養皿に移しコンフルエントになるまで20%FCSと2%CEEを含むMEM中で培養した。同様の方法で8代継代培養を繰り返した後,安定に増殖する3種のクローンを得た。線維芽細胞や内皮細胞が培養皿の基質面により速く接着するという性質を利用してこれらの細胞を筋肉細胞から分離する方法を「selective serial passage法」という。3種のクローン化された細胞株をA7r5,A9,A10と命名した。
家兎胸部大動脈中膜平滑筋層から,酵素法にて得られ,培養条件にて特徴的な形態を示す細胞としてSM-3細胞はクローニングされた。その後,30回以上のpassageを繰り返えしても,その性質が安定であることを確認の上で報告された1)。
近年神経科学が盛んになり,とくに中枢神経系の発生および老化に関する関心が集まっている。生体内で,中枢神経系ほど複雑な組織はない。そのような組織を研究対象とする場合,in vitroで適切なモデル系を持つことが重要である。従来からいくつかのneuroblastomaやPC-12といった株細胞がin vitroにおける神経科学の系もしくは材料として用いられてきた。しかしこれらの株のほとんどが末梢神経由来(PC-12は副腎髄質由来)である。したがって中枢神経系に関する問題を志向する場合,これらの株細胞を用いることには自ずから限界がある。
NPC-2は10日目のマウス(ICR,日本チャールズリバー)胎仔頭部から分離した神経管を構成する細胞1)(中枢神経系幹細胞)にc-myc2)を導入して樹立された株細胞である。NPC(neural precursor cellの略)-2はNeo耐性遺伝子をマーカーとして単離された株の一つである(友岡ら,未発表)。中枢神経系発生の研究を始めるにあたり,従来から利用されてきた末梢神経系由来のmyosinやPC-12に替る株細胞を目ざして樹立された。
ヒト神経芽腫から取られた細胞である。Sugimotoらが親株KP-N-RT(LN)細胞株からクローン化した1)。
NB-Ⅰ株の報告以前には,数種の神経芽細胞株が外国で樹立されたにすぎず,NB-Ⅰ株はわが国で初めて樹立された細胞株である。1971年,生後2年9ヵ月の男子剖検例の頸部リンパ腺転移を材料として,三宅ら1)により培養が開始された。初め,単層増殖する線維芽細胞上に腫瘍細胞が網眼状に付着したが,低濃度トリプシン液消化によって,腫瘍細胞の方が線維芽細胞より容易に剥離した結果,分離,継代に成功した1)。下記のように,この細胞が交感神経由来を示したことより,neuroblastoma cell line of human origin,NB-Ⅰと呼ばれるようになった。
培養材料はヌードマウスに8代継代移植された腫瘤である。患児は1歳8ヵ月の男子で,1976年12月腹部腫瘤で入院。血中VMA(vanil mandelic acid)陽性。1977年1月開腹術を受けたが,後腹膜に巨大な腫瘤を形成しており,切除不能。化学療法,照射療法を行ったが,3カ月後死亡。原発巣の組織像は円形細胞型神経芽腫で,ロゼット形成が認められた。手術時生検材料は土田らによりヌードマウスに異種移植された。下記の条件で培養された細胞は,いずれの培地のものも,初期には細胞集塊として増殖し始め,マウス由来の線維芽細胞に付着していたが,細胞集塊を拾い上げて分離した1)。
TGWとは別に,同じ異種継代移植腫瘍より第2の細胞株TNB1がKandaら2)によって樹立されているが,両者間には細胞遺伝学的に著しい差が認められる。
1973年5月,Stage Ⅳの左副腎原発神経芽細胞腫の手術材料の一部を用いて筆者が培養を開始した。腫瘍細胞は線維芽細胞にからみ付く形で増殖していたが,とくに手を加えることなく,約1年後には線維芽細胞が自然消滅して,腫瘍細胞のみが残った。培養開始後6ヵ月あたりで細胞増殖能は一旦低下したが,以後次第に回復した。細胞名は患児の姓に由来する。結局,患児は術後1ヵ月で骨髄転移で死亡した。生前の尿にはVMA(vanil mandelic acid)は検出されていない1)。
1歳2ヵ月女児,右副腎原発神経芽腫(Neuroblastoma;以下NB)病期Ⅳの骨髄と右腋下リンパ節転移巣からおのおのKP-N-RT-BM(RT-BM)とKP-N-RT-LN(RT-LN)を樹立した。樹立者は京都府立医科大学小児科杉本徹である。1983年7月に治療前の患児(RT)の骨髄とリンパ節転移細胞を初代培養,1983年10月細胞株として樹立した。KP-N-RT株の命名は,京都府立医大(Kyoto Prefectural Univ. of Mcd.)のKP,NeuroblastomaのN,患児(RT)のイニシャルにちなんだ。NB細胞表面膜抗原に対するモノクローナル抗体と細胞分化の研究に有用な細胞株である。
4歳男児,左副腎原発神経芽腫(NB)病期Ⅳの剖検時の左腋下リンパ節転移巣から樹立した。樹立者は京都府立医科大学小児科杉本徹で,1983年11月に初代培養,1985年11月細胞株として樹立した。KP-N-SI株の命名は,京都府立医大(Kyoto Prefectural Univ. of Med.)のKP,NeuroblastomaのN,患児(SI)のイニシャルにちなんだ。また親株より3種のクローン株SI 4n,SI 8sとSI 9sを分離した。NBの平滑筋細胞への分化能の研究に有用な細胞株である。
SK-N-SH株はSloan-KetteringがんセンターのJune L. Biedlerらによって1971年初めに樹立されたヒト神経芽細胞腫由来の培養株である1)。起源は4歳の米国人少女の神経芽細胞腫で,放射線や化学療法の途中で生じた骨髄転移巣から培養に移された。
彼女らの研究目的は,神経芽細胞腫由来の株は表現型が分化しやすいので,神経芽細胞腫由来であることが確実な細胞株をまず樹立することにあった。
ラット神経様細胞はSchubertらによって樹立された1)。
起源の組織:2.5歳の白人女児の右眼に発生した単発性の網膜芽細胞腫(retinoblastoma,RB)。1971年1月,眼球摘出術の際に培養が開始された。患児の同胞が1.5歳でRB,患児の母の同胞3人もRBであった。母方のいとこ1人もRBの転移で死亡している1)。RB発生の浸透率が90%であることから,母親にRBが発生していなくてもこの患児のRBは母の家系に由来する遺伝性のRBと考えられる。患児は放射線治療を受け,1974年までは無事に経過している1)。
樹立者:T. W. Reid(Yale大学眼科)ら1)。
女性の脳腫瘍患者から取られたヒトグリオブラストーマ細胞である。J. Pontenが樹立した。
ラットにN-ニトロソメチル尿素を注射してできた脳腫瘍を培養と新生ラットへの接種によって継代しながらクローニングし星状グリア細胞様の形態を持つ5個のクローンを得た。そのうちの一つがC6であり,S-100タンパク質を多量に合成する能力を持つ。
M. W. McBurney(現Ottawa大医学部,カナダ)らにより,受精後6日目マウス胚のegg cylinderを他のマウスの精巣中へ移植し,自然発生した奇形腫中にある未分化な幹細胞を含む部分を取り出し,細胞株として樹立された。同時にいくつかの細胞株が樹立されているが,なかでも分化能が高く,正常な染色体型をもっていたのがP19である。樹立の目的は,多分化能を有する胚性腫瘍細胞として,細胞分化の研究に用いるためと想像する。
テラトカルシノーマOTT6050は,129/SVマウス6日胚を宿主の精巣内に移植することによって発生したテラトーマであり,129/SVマウスの腹腔内移植により継代される。F9細胞は,1973年,Bernstineらによって,OTT6050の亜株であるOTT6050-970の幹細胞よりクローン化された1)。
本来PCC3とはマウステトラーマ研究の先駆者スティーブンスが初期胚の移植によって実験的に誘発し,樹立した可移植性テラトカルシノーマOTT6050のサブラィンの一つであり,それより樹立されたテラトカルシノーマ幹細胞(EC細胞)の組織培養株がPCC 3/A/1であるが,今日PCC3といえばほとんどPCC 3/A/1かそのサブクローンをさす。
Earleらは,正常マウスの皮下組織よりの線維芽細胞に3-メチルコラントレン(3MC)処理を行い,トランスフォーム細胞を得た。すなわち,マウスへの戻し移植で腫瘍原性のあることが確かめられた。ところが,このときの3MC処理を行っていないコントロールの細胞も株化に成功したが,腫瘍原性を獲得していた1,2)。L細胞は3MC処理で得られた増殖率の良い細胞であり,clone929はL細胞からクローニングされたものである3)。
一般に,実験動物組織の細胞を培養すると,始めよく増殖し,あと増えなくなりそのまま絶えることが多い。ところが,細胞によっては増殖能が回復して再び増えるようになる。このとき,細胞はトランスフォーム(形態的形質転換)していることが多く,この現象を自然トランスフォーメーションと呼んでいる。このようなトランスフォーム細胞は,無限増殖,血清要求性低下,飽和密度上昇,軟寒天中でのコロニー形成,戻し移植での腫瘍形成などの性質をもつ。
白人男性の口腔内の類上皮がん由来のKB細胞株(1954年12月にH. Eagleにより樹立)を2回クローニングしたものがKB-3-1細胞株である。1個のKB細胞から増殖した細胞集団と考えることができ,遺伝学的解析を行うのに適している。著者らはKB-3-1細胞からコルヒチンに対する耐性株を分離することにより,他の広範な薬剤に交差耐性を示す“多剤耐性株”を分離した。培地中のコルヒチンの濃度を段階的に上昇させ,各段階で5~10株ほど耐性株を分離し,その中から耐性度が高く倍加時間が短く,細胞集落形成能の高い株を選択した(図1)。
ウイルス粒子はゲノム(DNAまたはRNA)およびそれを包む若干の蛋白質や脂質から構成されている。この蛋白質は基本的にはゲノムを保護しかつそれを宿主細胞に導入する役割を持ち,さらにゲノムの転写複製に必要な酵素である場合もある。このような単純な構造を有するウイルスが増殖するためには,生きた細胞の機能を全面的に利用して自らのゲノムの情報を発現,複製して子ウイルスを組み立てる必要がある。
ウイルスの増殖は,一般に,①細胞への吸着,②侵入,③脱殻または脱外被,④ゲノムの転写・複製,⑤翻訳,⑥ウイルス粒子の組立,⑦細胞からの放出または出芽のサイクルを繰り返す。ウイルスがこの増殖サイクルを繰り返すことのできる細胞をそのウイルスに対する感受性細胞という。
1992年現在で,国内で公的な機関から入手可能な酵素欠損細胞株をここに記載した。各細胞名の後の( )内の記号は以下の細胞銀行の略号で,番号はその銀行における細胞番号である。細胞入手には先ず各機関からカタログを取り寄せ,記載された指示による必要がある。詳細なデータは各カタログに記載されている。
①理化学研究所・細胞銀行(略号RCB)
DNA合成に関する温度感受性突然変異株を分離する目的で,東京大学薬学部生理化学教室の大学院生であった村上康文(現・理化学研究所)らがマウス乳癌由来FM3A細胞(P. 365参照)にニトロソグアニジン処理およびトリチウム自殺法を施し,非許容温度(39℃)で速やかにDNA合成が低下することを指標に選択し,分離された細胞株1)。命名法は,わが国で同じFM3A細胞を親株として温度感受性変異株を分離している複数のグループとの申し合せにより,最初に温度感受性(temperature-sensitive)の意のts,次にFM3AのF,その次に分離された機関のイニシアル(Tは東京大学,Sは埼玉がんセンター,Gは癌研を示す),最後の数字は各機関での分離順を指す。