生体の科学 68巻5号 (2017年10月)

増大特集 細胞多様性解明に資する光技術─見て,動かす

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 “ミクロの世界”と称される光学顕微鏡を使った研究は,2014年のノーベル化学賞の対象となった超解像顕微鏡技術により,“ナノの世界”へと広がっている。高速化,多色化へとさらなる発展も著しい。更に,新たなモダリティによる顕微鏡も幾つか開発され,多様なプローブの開発もあいまって,分子活性,分子配向,温度など“見えなかったものを可視化する”こともいまや普通になってきた。一方,多光子顕微鏡によるライブイメージングやズームアウトして臓器や個体を丸ごと観察する技術などの進歩にも目を瞠るものがあり,顕微鏡技術の発展があらゆるスケールで研究のブレークスルーをもたらしている。

 これら顕微鏡技術の発展は,膨大な画像データとそこからの定量的情報抽出という,生命科学者だけでは手に負えない研究課題を生み出している。画像処理を専門とする情報学研究者の協力なくしてはせっかくの画像データもまさしく宝の持ち腐れである。生命科学者と情報学者のマッチングは喫緊の課題である。本特集には精力的に共同研究を進めている情報学者の方々の寄稿もあるので,ぜひ,参考にしていただきたい。

Ⅰ.見る,観る,視る

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 回折により光学顕微鏡の分解能は200nm程度が限界とされてきた。そのため,細胞内小器官など微細形態の観察には電子顕微鏡が必要で,生きた細胞の観察は困難であった。近年,回折限界を超える分解能を達成する超解像顕微鏡法の開発が進み,生きた細胞の中で微細構造動態を観察することが可能となりつつある。本稿では,その原理・現状を展望すると共に,今後の課題を議論する。

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 超解像顕微鏡は,分解能向上に伴い標的がまだらに染色される問題が認識されてきた。筆者らは,この問題を解決する手法としてIRISを開発した。IRIS法は,標的に迅速に結合・解離する蛍光プローブを用い,その結合位置を積算することで画像を構築する。プローブを順次追加交換することで無制限の蛍光プローブが出すフォトンの情報が利用できるため,高精細な多重染色,高分解能の三次元超解像を実現することが期待される。

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 原子間力顕微鏡(atomic force microscopy;AFM)をはじめとする走査型プローブ顕微鏡は,基板上に固定化したタンパク質やDNAを非標識でイメージング可能であり,測定の高速化により,ダイナミックな動きを捉えることもできる。しかし,生細胞の計測では,プローブと試料との物理的な接触が課題とされている。本稿では,細胞近傍の化学物質の濃度プロファイルを捉える走査型電気化学顕微鏡(SECM)と,光の回折限界を超えた解像度で生細胞の形状測定が可能な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)に関して,最近の動向を紹介する。

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 MPLは1回膜貫通型の細胞膜受容体で,巨核球・血小板系の細胞に発現している。MPL二量体化は,MPLリガンド刺激による細胞増殖や生存の制御に重要であるとされるが,その動態はよくわかっていなかった。筆者らは,MPLの1分子イメージングを通してMPL二量体のリアルタイム解析に成功し,細胞増殖や生存の制御への寄与を明らかにした。

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 細胞膜受容体は細胞内シグナル伝達の起点を担うため,薬の標的として主要な位置を占めている。本稿では,RTKおよびGPCRの1分子イメージングの現状について,筆者らの研究を例に示す。1分子計測により,受容体へのリガンドの結合・解離の素反応を生細胞膜上で定量できる。また,受容体の拡散動態や,受容体と下流の分子の相互作用を反応素過程に分解して定量でき,生化学的解析では計測し難い多様な情報が単一の計測から得られる。

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 分子モーターのダイナミックな動きを可視化する1分子イメージングのプローブには,蛍光色素(小さなプローブ)やポリスチレンビーズ(大きなプローブ)がよく用いられており,両者には相補的な利点と欠点がある。筆者らは第三のプローブとして,金ナノ粒子や金ナノロッドを利用している。これらの金ナノプローブは,小さなプローブと大きなプローブの利点を併せ持ち,分子モーターの自由な速い動きをマイクロ秒の時間分解能とナノメートルの位置決定精度で追跡することが可能となる。

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 近年,蛍光性ナノダイヤモンドがイメージング用試薬や生物物理センサープローブとして注目されている。これは蛍光プローブとして優れた特性もさることながら,量子センサーとしてのユニークな特性に起因している。実際,蛍光性ナノダイヤモンドを温度計測やナノ動態計測,超解像イメージングに応用する例も多数報告され始めている。本稿では,蛍光性ナノダイヤモンドの優れた特性とその応用範囲を概観する。

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 生体組織標本の深部イメージングを可能にする多光子顕微鏡技術は,神経科学の分野を中心に,生物学,医学研究への応用が広がりつつある。本稿では,近年の筆者らの研究グループにおける取り組み例を示しながら,in vivo 2光子顕微鏡観察の新たな展開について紹介する。

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 多光子蛍光顕微鏡や超解像顕微鏡のような光学顕微鏡の発展によって,生命動態を観察し,生命現象を解明することができるようになってきている。しかし,現在の技術では,深部イメージングにおける観察可能な深さと空間分解能にはトレードオフの関係があるため,更なる技術の発展が望まれている。本稿では,筆者らが開発している深部イメージング性能を向上させる多光子蛍光顕微鏡技術を紹介する。

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 ラマン散乱は分子の振動を検出できるため各種物質の分析に利用されてきた。しかし,長時間の測定を必要とすることから,生きた細胞などの観察には利用されてこなかった。近年,光検出光学系の高感度化が進み,ラマン散乱を用いたバイオイメージング技術が発展している。なかでも無標識での分子分析による細胞の分別,細胞状態の可視化,また蛍光標識不可能な小分子など,従来の光学観察技術の適用範囲外にあった対象の観察が可能になってきた。

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 近赤外波長域は,生体における透明度の高い波長域として近年注目を集めている。本稿では特に1,000nmを超える近赤外(OTN-NIR)波長域における生体深部イメージングについて,透明性が得られる原理,蛍光イメージングのための蛍光体,ハイパースペクトルイメージングに基づく情報イメージング,ナノ温度イメージングについて概説する。

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 蛍光分子の蛍光寿命を測定することによって,pH,温度,イオン強度,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)などの蛍光分子周辺環境を定量的にモニターすることができる。特に近年,蛍光寿命測定によるFRET検出法を2光子励起や蛍光タンパク質と組み合わせることによって,細胞内タンパク質同士の結合・解離や構造変化を,組織深部に位置するシナプスのような微小領域(〜1μm)においても観察することができるようになってきた。

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 蛍光イメージング技術の急速な進歩によって,動物が生きている状態で,複数の細胞の動態や機能を同時に画像化して解析することができようになり,これまで解析が困難であった細胞多様性に関する研究が大きく進んだ1,2)。しかし生体組織は高散乱体で,蛍光吸収や屈折率差などの問題も生じることから生体深部蛍光イメージングには限界がある。この光学的な問題を解決する手段として,筆者らは2光子励起顕微鏡の励起光源を長波長化して生体組織の散乱の影響を軽減し,補償光学を応用して屈折率差によるインデックスミスマッチを改善する新たな2光子励起顕微鏡を開発した。本稿では,マウス生体深部の蛍光イメージングについて,開発した新規生体深部観察用2光子励起顕微鏡を中心に最近の知見を紹介する。

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 大量の細胞の形それぞれを,高速に計測し,解析し,目的細胞を選択的に分取するには,形態識別型のセルソーターが必要である。そのためには,高速計測ハードウェアと高速解析という表裏一体の技術課題を同時に実現して,高速に大量の形態情報を処理する必要がある。筆者らは,新しい高速多色蛍光イメージング技術を開発すると同時に,機械学習モデルに“画像を見ずに”形態解析作業を委ねることにより,両課題を一挙にシンプルに解決した。

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 遺伝子工学により,特定の細胞種をキナーゼ活性モニター可能なFRETプローブでラベルした動物と,脳内に刺入できる多色蛍光に対応した顕微内視鏡を用いることで,脳内の特定の細胞群のキナーゼ活性をリアルタイムに長期間,自由行動下に観察することが可能になった。これら技術は,各種行動や疾患の背景に存在するキナーゼ活性の詳細な解析を可能にするため,様々な脳研究に応用されることが期待される。

次世代色収差補正技術 松田 厚志
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 光は波長により屈折率が異なるため色によって結像する位置が異なり,色収差と呼ばれる色ズレが起こる。従来は対物レンズにおける補正でも十分であった色収差だが,顕微鏡の分解能が向上した近年,更なる補正が不可欠となりつつある。本稿では,どのような観察対象でも色収差を補正できる新しい補正技術を紹介する。

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 生体分子や構造を蛍光プローブによって標識し,生きた細胞内でその動態を観察するライブセルイメージングは分子生物学の現場で広く用いられている。しかし,生きた組織を深く観察しようとすればするほど,イメージングに用いる光が乱れ,得られる像が劣化する。補償光学は,そうした光の乱れを補正して生組織深部の高解像観察を可能にする技術である。本稿では,補償光学と補償光学による深部イメージングの際の要点を紹介する。

光シート顕微鏡の展望 野中 茂紀
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 光シート顕微鏡は薄いシート状に成形した励起光を試料側面から照射することで光学切片を得る方法論であり,低褪色,低光毒性,高速性が主な特徴である。改良の試みも盛んで,空間分解能・時間分解能を追求したもの,深部観察能を上げたもの,各種生体サンプルの特徴に合わせてレンズの配置を工夫したものなどが登場している。また,透明化した巨大試料の観察法としての利用も広まりつつある。

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 生命は分子や細胞によって構成されているが,その現象の本質はシステム全体の構造と振る舞いにある。システム全体の構造とその振る舞いを知るためには,包括的観察から構成要素をもれなく抽出し観察することが重要である。ここ数年で,目覚ましく発展を遂げた哺乳類の全身・全脳透明化技術は,システムの構成要素である細胞を1細胞解像度で包括的に観察できる。この技術によって,個体レベルの生命機能をつかさどるシステムを同定することが可能となる。

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 透明化技術ScaleS法は,透明化能力の向上はもちろんのこと,各種シグナル・構造の保持に優れている。特に,超微細構造が保持されることはScaleS法の大きな利点であり,マクロレベルからナノレベルへの連続イメージングを可能にする。本稿では,アルツハイマー病モデルマウスを用いた,全脳レベルから電子顕微鏡レベルへのズームインを一例として紹介し,マクロレベルからナノレベルへのズームイン法について議論する。

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 光を利用して分子を同定する質量分析技術と分子を観察する顕微鏡技術が融合し,イメージング質量分析が生まれた。本技術が生体に応用されるようになって10年以上が経過し,その間に多くの発見があった。しかし,同時に新たなニーズや課題も明らかとなった。本稿では最先端のトピックスということで,既に確立した技術よりも,現在の課題とそれに対する取り組みに焦点を当てて概説したい。

植物の蛍光イメージング 佐藤 良勝
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 分子イメージング技術は,植物科学分野においても不可欠な研究ツールとなっている。光学技術および分子ツールの多くは植物細胞にも適用可能であるが,最先端技術を有効に活用するためには,観察対象の特性をよく理解しておく必要がある。本稿では,植物蛍光イメージングにおいてよく議論される葉緑体や細胞壁の自家蛍光,屈折率のミスマッチ,試薬の細胞透過性などの問題解決に向けた最近の動向を紹介する。

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 筆者らは,主要な神経伝達物質であるグルタミン酸の可視化を目的として,独自に構築したスクリーニング手法を用いて高性能な蛍光プローブeEOSを開発した。ラット海馬由来の神経細胞にeEOSを応用したところ,個々のシナプスでのグルタミン酸放出を高精細に可視化することに成功した。シナプス伝達機構や脳神経疾患の病態メカニズムの解明において,eEOSは有用なツールとして貢献することが期待される。

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 非線形光学現象の一つである第二高調波発生(SHG)は2光子励起とは異なる発生条件や特性を持つ。無蛍光性SHG専用色素の開発により,異なる原理に基づいた複数の非線形光学現象を同時かつ独立に可視化するマルチモダル多光子顕微鏡観察が実現し,生命現象の多面的な解析に大きな力を発揮すると期待される。

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 蛍光分子を用いた生体イメージングは,現代の生命科学研究において必須のツールである。この技術の発展には顕微鏡と蛍光色素の両面での進歩が必要である。しかし,STED顕微鏡をはじめとする超解像蛍光イメージング技術において,最もボトルネックとなっているのが,蛍光色素の褪色である。本稿では,筆者らが最近開発した耐光性蛍光色素について,蛍光イメージングツールとしての有用性を論ずる。

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 細胞内には核やミトコンドリアといった様々なオルガネラ(細胞内小器官)が存在し,それぞれ固有の構造・機能を有している。オルガネラの機能は疾患や特定の細胞応答と密接に関係していることから,その主要構成成分であるタンパク質のオルガネラごとの網羅解析は重要な課題である。最近筆者らは,オルガネラに存在するタンパク質群を選択的に化学修飾し同定解析するための分子ツールとして“オルガネラ局在性修飾試薬”を開発した1)。本稿ではこの新しいオルガネラプロテオミクス法について解説する。

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 1分子蛍光観測法は,様々な生命現象のダイナミクスを調べる有効な手法として活用されている。筆者らは,1分子蛍光観測特有の現象である,蛍光の点滅現象=blinkingに注目し,blinkingを理解し操ることによる1分子レベル分析・診断法の開発を行っている(kinetic analysis based on the control of the fluorescence blinking;KACB法)。本稿では,分子間酸化・還元反応に由来するblinkingが蛍光分子周辺の構造変化に応じて変わるよう制御し,核酸のヘアピン構造,二本鎖構造をblinkingパターンにより読みわける手法について概説する。

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 タグタンパク質と合成蛍光プローブを利用したタンパク質標識技術は,従来手法では得られない新しい生体分子情報を与えてくれる。本稿では,PYPタグと,標識反応時に蛍光性となる“発蛍光プローブ”を用いたタンパク質標識技術の開発について記す。更に,糖タンパク質の糖鎖機能を解明するために,いかにしてこの標識技術を活用したかを紹介する。

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 複雑な形態を示す神経細胞やグリアでは,タンパク質の細胞内局在を明らかにすることがその機能を理解するために不可欠である。本稿では,生体脳で正確なゲノム編集を行うことで内在性タンパク質を特異的に標識できる技術“SLENDR法”1)を紹介する。標識された内在性タンパク質を様々な顕微鏡で観察することによって,脳組織中の1細胞で,内在性タンパク質の細胞内局在を正確に,迅速に,ナノメートルレベルの高分解能で検出することができる。

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 生体内の主たる抗酸化物質の一つであるグルタチオン(GSH)は,幅広い生理現象に深く関与しており,基礎細胞生物学からがんにかかわる医療・創薬研究まで,その研究領域は多岐にわたる。そこで本稿では,GSH研究に資する光技術として,近年進化を遂げた革新的GSH検出用蛍光プローブとその可能性について解説する。

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 酸化ストレス研究は既に成熟期を迎えているように思える。しかしながら,酸化ストレスを化学反応の観点からみた場合,従来の研究手法では“活性酸素種”を化学種別に議論しているものは極めて少ない。すなわち,生体が酸化ストレスにさらされた際,どんな化学種が発生し,機能するのか,この点はまだ議論の余地が多く残されている。生体内で発生する活性酸素種を化学種選択的に検出するには,それぞれに対応した特殊な化学反応を利用する必要がある。本稿ではこうした化学反応を利用した蛍光ツール分子(蛍光プローブ)について紹介する。

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 多数の機能性ノンコーディングRNAが発見されたこともあり,近年RNAの細胞内機能が非常に注目されている。RNAをin vitroで検出する手法としてはqPCRやRNA-seqなど,数多くの手法が知られている。それに対し,生細胞内でRNAを検出する手法については幾つかの手法が知られているものの,まだ確立されたとは言い難いのが現状である。蛍光色素で修飾した核酸プローブを利用する手法は設計が容易であり,またターゲットRNA非存在下での発光を消光できるなどの特長がある。しかしながら,従来の大半の核酸プローブはDNA骨格を利用していたために,生細胞では利用が困難であるという問題点があった。核酸プローブが細胞内で機能するためには,①ターゲットRNAとの高い親和性が必要となるだけではなく,②細胞ヌクレアーゼに対する耐性も必要となる。そのため,これまでも2’-メトキシRNA(2’-OMe RNA)やLNAなどの人工核酸を利用したプローブが報告されてきた1)。一方,筆者らは人工核酸であるセリノール核酸(SNA)を利用した核酸プローブの開発を行っている。本稿ではSNAが持つユニークな特徴,およびそれを利用した核酸プローブについて概説する。

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 緑色蛍光タンパク質GFPを蛍光素子として用いて開発された,遺伝子コード型Ca2+センサーGECI(ゲッキー)の一つであるG-CaMP(ジーキャンプ)や近年開発された類似構造を有するバリアントでは,Ca2+感受性,応答速度,輝度などの性能が向上した。最新のG-CaMPバリアントを用いることで,生体モデル動物の単一細胞レベルでの高度なCa2+イメージングが可能となってきた。

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 近年,細胞膜電位変化の光学計測を目的として,タンパク質性の膜電位プローブGEVI(genetically encoded voltage indicator)の開発が進んでいる。その一因として,ホヤの電位依存性ホスファターゼ(voltage-sensing phosphatase;VSP)の電位センサードメインが活用されるようになったことが挙げられる(図)。本稿では,主にVSPの電位センサードメインを用いた膜電位プローブの現状について概説する。

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 細胞の主要なセカンドメッセンジャーであるCa2+,cAMP,cGMPの挙動を調べる方法として,選択性の高い蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)型センサーの利用が進められている。本稿では,これらのセンサーを用いて細胞内セカンドメッセンジャーの同時可視化を行った研究例として,神経成長円錐でのcAMP,cGMPの経時的な挙動と,線虫感覚神経細胞でのcGMPのにおいに対する応答について説明する。

IP3センサー 谷村 明彦
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 多彩な時空間的特徴を持つCa2+シグナルを発生させる情報伝達分子であるイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)の可視化を目的に,IP3受容体のリガンド結合ドメインに蛍光タンパク質を結合させたFRET型の蛍光センサーが開発された。このセンサーを使ったCa2+とIP3の同時解析によって,Ca2+オシレーションの発生機構が明らかにされつつある。今後のIP3センサーの進歩に有用な知見や技術が生まれている。

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 キナーゼやsmall GTPaseの活性は,元来RIや抗体を用いて検出していた。言うまでもなく,固定化された死細胞のため,得られる情報が限られていた。生細胞内における分子活性をリアルタイムで検出する手法は,GFPの変異体とFRET現象を利用して可能になった。これにより,分子活性の細胞内局在,振動や分散,細胞間での伝播が観察できるようになった。同時期に“生命動態”という言葉が誕生し,増殖や分化などの生命現象と,イメージングによって得られた分子動態を結ぶ研究が盛んに行われている。

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 エクソサイトーシス(開口放出)とは,細胞が細胞外に物質を分泌する機構の一つで,神経細胞の終末からの神経伝達物質の放出,種々のホルモンの分泌,クロマフィン細胞やマスト細胞からのメディエーターの分泌など,生体内情報伝達において極めて重要な過程である。エクソサイトーシスの機構を明らかにするには,時間的・空間的な情報が得られるリアルタイムイメージングが極めて有効である。ここでは,現在行われている主な方法について紹介する。

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 われわれの体の形の成り立ちを観察すると,極めて初期の発生段階で未分化な細胞や組織の動態が比較的短時間にダイナミックに起こっていることがわかる。しかしながら,体の形作りの変化(変形)をどのように理解するのか,現在までに得られている知見は限定的である。本稿では,動物種の発生段階の組織形成における時間的・空間的な機械的力(力)の動態の測定方法について,試験管内で確立した技術をもとに,包括的に概要を論ずることが狙いである。

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 あなたの今の体温が36.5℃でも,すべての細胞が36.5℃というわけではない。寒冷地なら体表面はそれより低いし,着々と熱産生する骨格筋や脂肪組織は高い。熱産生を1細胞ごとに捉えられたら,刺激から熱産生に至るメカニズムの解明にもっと近づける。これは熱産生を促進して,カロリーの消費を高める薬の開発では大事な知見になるであろう。細胞の中の温度を光学顕微鏡下でイメージングする温度プローブについて,近況を概説する。

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 ATP(アデノシン三リン酸)は,細胞内における主要なエネルギー通貨であり,種々の吸エネルギー性の酵素反応を進めるために必要である。細胞内ATPの枯渇は細胞の生存に不可欠な酵素反応の停止を意味し,したがって,ATPの恒常性は組織や細胞が正常に機能するために極めて重要であると考えられている。その一方で,細胞内ATP濃度を感知するタンパク質が重要な生理機能を有することから,細胞は一定のATP濃度変化をシステムとして許容し,積極的にその変化を利用していると考えられる。しかし,実際には,生きた細胞内のATP濃度はどのような分布をしているか,あるいはどのような変動を示すか,という細胞内ATP濃度の時空間情報は全くわかっていなかったため,「ATPが組織や細胞の生理機能にどれだけ影響しているのか」という問いに明確な答えを出すことはできていなかった。

 本稿では,細胞内ATP濃度の時空間情報を解析するために筆者らが開発してきた,生細胞内ATP動態の光計測を可能にするATPバイオセンサーについて紹介したい。

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 現在,ホタルルシフェラーゼ(Fluc)とその天然基質D-ルシフェリンを用いた生物発光システムが,マウスなど小動物の非侵襲的生体イメージングに広く利用されている。そして最近,D-ルシフェリンよりも生体発光イメージングに適した合成基質の開発などにより,生体発光イメージングの更なる高感度化と多機能化が実現している。本稿では,生体発光イメージングのための新技術を既説し,今後の展望について紹介する。

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 酵素活性の高い化学発光タンパク質と5種類の異なる蛍光タンパク質をハイブリッド化することにより,従来のものより2倍から10倍明るく,水色,緑色,黄緑色,橙色,赤色に発光する高輝度化学発光タンパク質を開発した。これらを用いることで,5つの異なる細胞内小器官のマルチカラーイメージングや,60枚/秒で,かつ長時間にわたってiPS細胞由来の心筋細胞の細胞内カルシウムイオンをイメージングすることに成功した。

Ⅲ.見えたものを理解する

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 生命科学と画像情報学の協働研究分野である「バイオイメージ・インフォマティクス」について,特に画像情報学研究者の立場から概観する。多様な生命現象を捉えた画像は,画像情報学研究者にとって,非常に興味深い解析対象である。その一方で,非常に困難な解析対象でもある。したがって,その困難性に打ち勝つために,最適化や機械学習などの最新の画像情報処理技術が必要になる。

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 バイオイメージングの進展に伴い,生きた細胞,組織の情報を取得することが可能となってきた。これらの多次元の情報を定量解析するためのシステムとして多次元画像処理プラットフォームVCAT5を開発し,アカデミアに無償公開している。本システムの紹介と利用結果について紹介する。

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 細胞内構造すなわち細胞内小器官や細胞骨格系に対して,主に共焦点レーザー顕微鏡や蛍光顕微鏡で得られた蛍光画像をターゲットとして筆者らが開発している定量的な画像解析法について概説する。そのきっかけとなった巨大液胞の立体再構築について紹介し,次いで細胞内小器官の個数・面積,そして細胞骨格の配向・平行度・角度,最後に細胞内構造の動きについて,なるべく具体的に解析のアプローチを示す。

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 画像認識の分野では,convolutional neural network(CNN)に代表されるディープラーニングを用いた方法が主流となっている。一般物体認識での成功を受け,細胞(内)画像の認識でもCNNを用いた方法が幾つか提案され始めている。しかし,細胞(内)画像はノイズや密集状態を含むため,単にCNNをそのまま適用しただけでは十分な性能が得られない。特に,粒子同士が重なっている密集領域で精度が低下してしまう。本稿では,CNNおよび密集領域での粒子検出の精度を向上させる方法を紹介する。

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 生物画像は三次元空間情報に加え,時間情報やスペクトル情報などを持つ。各軸間の関係およびコアとなる情報を見つけることは,生物画像情報処理において重要な課題である。本研究では,多重線形理論の枠組で一般化N次元主成分分析法を開発し,多次元生物画像の統計モデリングを行った。従来の主成分分析などに比べ,多次元データの空間的幾何学構造をそのまま保つことができ,少数なサンプルからも汎化能力の高い統計モデルを構築することができた。

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 神経細胞はお互いに結びついて回路を形成し,情報処理を行っている。生体内におけるこうした情報処理のしくみを明らかにするために,脳内のすべての神経細胞の活動を同時に調べる機能的全脳イメージング(4Dイメージング)法が開発されつつある。本稿では,筆者らが4Dイメージングの実現に向けて開発を進めてきた画像処理手法について述べる。

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 ライブイメージングの発展は,活き活きとした生命現象を可視化し記録することを実現した。可視化されたダイナミックな現象は,定量,そしてモデル化することで一見複雑に見える現象のルールが明確になり,背後に隠れた基本原理が明らかになる。ライブイメージングデータに含まれる多変量・時系列の情報を定量的に扱うためには,画像処理とモデリングが必須であり,これらは得られたデータを理解するための客観的かつ強力な方法を提供する。

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 神経活動を“見て,動かす”光技術を脳神経回路の理解につなげるためには,光操作・測定を個々の神経細胞種にピンポイントに適用し,更に,得られた知見を回路の構造に照らして考察する必要がある。本稿では,最近の技術革新により,このような解析が可能となりつつあるショウジョウバエ幼虫(以下“幼虫”)を用いた研究について概説する。特に,細胞種特異的Gal4系統のコレクションやコネクトミクス解析などの技術進展について解説し,このような技術を用いて運動制御の回路メカニズムを明らかにした筆者らの研究を紹介したい。

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 ゼブラフィッシュは遺伝子操作技術の発展と共に重要な神経科学研究のモデル動物となった。極小脳にヒトを含む脊椎動物に共通した脳の基本構造を備え,遺伝学的操作性にも優れることが主な理由である。同じころ,細胞種特異的なミリ秒単位の神経活動操作を実現し,光遺伝学は神経科学における主要な研究手法となった。本稿では,多様な行動レパートリーを持つゼブラフィッシュ成魚に光遺伝学を適用した筆者らの研究例を紹介する。

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 神経活動と脳機能との因果関係を調べるためには,神経活動を制御し,その結果としての動物行動を観察する必要がある。光遺伝学的手法では,特定の細胞に光駆動型タンパク質を発現させることができる。これにより,特定の細胞種を選択的に活性化することが可能である。また,発現させるタンパク質を選択すれば,細胞を抑制することも可能である。更に,その細胞の軸索を活性または抑制すれば,経路選択的な制御が可能となる。本稿では,マウスの皮質間投射を選択的に抑制して動物行動を制御した例を紹介する。

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 光遺伝学(オプトジェネティクス)は2005年に開発された新しい研究技術である。光遺伝学を用いると,すべての神経回路が保存された個体において,特定の神経の活動を光で操作することが可能となる。そして,その神経活動操作の結果として表出する行動発現との因果関係を解析することで,その神経回路が担う生理機能を明らかにすることができる。筆者らは,この技術を用いて睡眠覚醒を調節する脳のメカニズムについて研究を行っており,視床下部の神経ペプチド産生神経を光で操作し,これらの神経活動が覚醒,ノンレム睡眠,レム睡眠の切り替えに重要な役割を担っていることを見いだした。

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 光遺伝学の開発者の一人であるスタンフォード大学のDeisserothは,神経細胞に光感受性タンパク質であるchannelrhodopsin-2(ChR2)を発現させ,光照射することでその神経活動を直接制御することに成功したが,かく言う彼は精神科医である。今や見ない日はないと言ってよいほど広まっている光遺伝学であるが,肝心の精神神経疾患分野では,どのような革命を起こしているのであろうか。本稿では,光遺伝学のルーツとも言える精神疾患に焦点を当てる。

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 近年の光遺伝学の進歩により,齧歯類では特定の神経回路の機能を操作することが可能になったが,高度な脳機能を持つ霊長類でターゲットとする神経回路の活動のみを高い時間精度で調節することはこれまで不可能であった。筆者らは眼球運動を制御する神経ネットワークのうち,大脳皮質前頭葉の前頭眼野から中脳にある上丘への神経回路に着目し,この回路を光照射によって選択的に活性化し,眼球運動を人為的に誘発させることに成功した。

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 光を使って生命現象を光で“操る”ことができるとしたら,ライフサイエンスや医療はどうなるであろうか? 例えば,ゲノムの塩基配列を光で自由自在に書き換えたり,遺伝子のはたらきを自由自在に制御できるようになったらどうであろうか? 光が得意とする高い時間・空間制御能をもってすれば,狙ったtime windowのみで,狙った生体部位のみで,様々な生命機能や疾患をコントロールできるかもしれない。本稿では,このような未来の実現を目指した筆者らの研究の一端を紹介する。

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 光合成生物やカビなどの光応答タンパク質を利用した光誘導性二量体化(light-induced dimerization;LID)システムは光遺伝学ツールの一つであり,広く用いられるようになってきた。細胞内シグナル伝達タンパク質の細胞内局在や構造を光で操作することで,細胞内シグナル伝達経路を時間的,または空間的に自在に制御することが可能になりつつある。

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 受容体タンパク質は,細胞外リガンド分子による入力に応じて細胞内にシグナルを伝達しており,その活性は時空間的に制御されている。近年,光吸収により二量体および多量体を形成する光受容体タンパク質を用いることで,対象となる受容体タンパク質の活性を光によって制御することが可能となった。光による受容体タンパク質の制御技術は,その活性ダイナミクスが種々の生命現象において果たす役割を解明するための,強力な手段になると期待されている。

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 フランシス・クリックをはじめ先鋭的な研究者によって,生命科学研究への光操作技術の応用の可能性は,これまで数多く指摘されてきた。光作動性のイオンチャネルやイオントランスポーターを使用した,いわゆるオプトジェネティクスの普及が契機となり,現在では,様々な細胞機能を光操作できるツール開発が爆発的な勢いで進行している。しかしながら,遺伝子発現の光操作技術はまだまだ発展途上であり,多くの研究室で幅広く使用されているとは言い難いのが現状である。

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 タンパク質の機能解析において,実際にタンパク質が機能する時間と場所で解析を行うことが重要である。このような時空間分解能を必要とする解析に奏功する研究ツールとして,光によって急性的にタンパク質機能を阻害する“光照射分子不活性化法(CALI法)”が登場して以来,四半世紀の間,種々の改変法が開発されて発展し,近年ではプロテオミクス解析や脳機能を制御する方法へ適用されてこの技術の新時代が到来している。

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 赤外レーザー照射により熱ショック応答を引き起こすことで,生きた個体の単一細胞レベルでの遺伝子発現誘導を行う技術として,infrared laser evoked gene operator(IR-LEGO)は開発された。IR-LEGO法では細胞を蛍光タンパク質で標識して細胞系譜を解析でき,遺伝子変異体とIR-LEGO法を組み合わせて変異遺伝子の機能をレスキューするなどして遺伝子の機能を生きた個体で解析できるなど,様々な基礎生物学,特に,発生・再生分野の研究への応用が可能である。

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 細胞の生理機能を光制御できれば,比較的低侵襲,かつ高い時間および空間分解能で目的の生理機能を操作できると期待される。化学合成分子であるケージド化合物は,分子の機能を檻(cage)に閉じ込めて一時的にスイッチオフの状態になるよう設計されている。光照射で瞬時に活性を取り戻すため,高い時空間分解能で目的分子の機能を光制御できる。細胞の生理機能の光制御を目指したヌクレオチドのケージド化合物について,化学的な側面に焦点を当てて紹介する。

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 『標準組織学 各論』の改訂第5版が7年ぶりに出版された。この本は,総論と合わせて執筆者の名前を冠した「藤田・藤田の組織学」として知られており,1976年の第1版から40年以上の長きにわたり,医学生や研究者に読まれてきた日本オリジナルの教科書である。当時医学生だった私自身は第2版との出合いに始まり,改訂版を購入し続け現在,第5版を手にして今日に至る。書棚に並ぶ「藤田・藤田の組織学」を眺めていると,学生時代に奥深い組織学の知識と格闘した日々,そして教鞭を執り始めた頃に何度も読み込んだ日々が,懐かしく思い出される。

 さてその内容であるが,初版から本書の根底をなす理念,すなわち“それぞれの事象の単なる記載だけではなく,それにまつわる歴史や物語を入れて,どのようにしてその構造が明らかにされてきたか,将来どのような問題が残っているかをおのずと感じてもらえるような楽しい本にしたい” “わが国の研究業績を紹介し,できるだけそれに立脚して議論を進めたい”という熱い思いが伝わってくる。改訂を経るにつれ図版が刷新され新たな模式図が付加されてきたが,とりわけ第5版では,免疫染色を含めた光学顕微鏡のカラー写真がさらに増えた点と,ソフトカバーになり,見開きが良くなって紙面に鉛筆で簡単に書き込みができるようになった点が,大きな特徴である。

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財団だより

次号予告

基本情報

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生体の科学
68巻5号 (2017年10月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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