生体の科学 68巻6号 (2017年12月)

特集 心臓の発生・再生・創生

  • 文献概要を表示

 川崎病,高安病,Vogt-小柳-原田病をはじめ,日本人の名前が冠せられた疾患はいくつかあるが,“高尾症候群”という疾患名をご存知であろうか? 東京女子医科大学循環器小児科の初代教授であった高尾篤良博士は,Fallot四徴症など,ある種の先天性心疾患が特徴的な顔貌を伴うことを,“円錐動脈幹異常顔貌症候群”という疾患名で1976年に世界に先駆けて報告した。その後,胸腺低形成による免疫不全を主徴とする“DiGeorge症候群”や,Shprintzen博士によって報告された“Velocardiofacial症候群”と同一の疾患群であることがわかり,現在では同一の染色体領域に異常を認めることから,“染色体22q11.2欠失症候群”と総称されている。しかし,高尾先生の業績は忘れられることはなく,今でも海外の研究者による論文にも「chromosome 22q11.2 deletion syndrome(also known as Takao syndrome)」としてしばしば引用されている。

 この症候群は,心臓の発生学と臨床医学,さらにはヒト遺伝学との橋渡しをしてきたという点でも循環器病学における意義は大変に大きい。そのことを極めて早い時期に炯眼をもって予見し,先天性疾患を基盤とした発生学,遺伝学をわが国で育てたのも高尾先生であった。そして,お名前そのままの温厚篤実なお人柄で,小児科医として患者さんやご家族から大変慕われ,厚く信頼されていたという。優れた臨床医であり研究者,さらに教育者として,筆者を含むこの領域の研究者にとっては常に仰ぎ見る存在であった。

Ⅰ.心臓の発生と進化

  • 文献概要を表示

 心臓とは何か? 最もわかりやすい説明は血液を循環させる“ポンプ”であるというものであろう。機能的相同性から言えば,体液を蠕動運動によって推し進める器官も原始的な“心臓”と捉えることが可能であるかもしれない。近年,マウスやヒトの心臓形成に関する分子生物学的知見は飛躍的に深まり,心臓疾患との関連も明らかになりつつある。そのようななかで,心臓形成に関する分子メカニズムは単に脊椎動物にとどまらず,節足動物や軟体動物の心臓形成においても保存されていることがわかってきた。本稿では,心筋から成る心臓がどのように進化してきたか,また脊椎動物心臓の特徴である複数の区画から成る心臓がどのようにできてきたか,についてみていきたい。

 多くの動物は血液などの体液を循環させるシステムを有しており,系統的にみると,左右相称動物の主要な3つのグループである新口動物,脱皮動物,冠輪動物は何らかのポンプ器官を持つ(図1)1,2)。そのなかで,複数の区画(チャンバー)から成る心臓を有する動物は脊椎動物と軟体動物で,その他の動物は“心臓”と呼ばれるポンプ器官を持ちながら,区画はなく管が拍動しながら体液を移動させている。図1のように系統的に同じグループに属しながらもポンプ器官を有しない動物が存在することを考えると,左右相称動物の共通の祖先は原始的なポンプ器官を有していたが,その後の進化の過程で,一部動物はポンプ器官を失っていったことが推察される。

  • 文献概要を表示

 心臓は,他の器官へと血液を供給するためのポンプの役割を果たす重要な器官で,胎生期において最も早く形成され機能するようになる。ここ20年のニワトリ胚を用いた細胞標識実験やマウスを用いた遺伝学的な細胞系譜解析で,心臓前駆細胞から増殖・分化する心臓形態の成り立ちについて多くのことが明らかとなってきた。初期に心筋の分化マーカーを発現する心臓原基と考えられていた細胞領域に加えて,その周囲の未分化な細胞領域から新たに細胞が付け加わって形成される心臓形態形成過程の大枠が理解されようとしている。本稿では,歴史を振り返りながら最新の心臓形態形成過程の理解について概説する。

  • 文献概要を表示

 脊椎動物の内臓配置は左右非対称である。その異常は臓器錯位症候群と呼ばれ,ヒトでは出生数約1万人に一人に生じ,心臓の形態も影響を受け,その予後は伴った先天性心疾患に大きく依存する。左右非対称性が獲得される過程は,研究成果により4つのステップに分けて考えることができると判明した(図1A)1)。本稿では特にマウスの臓器配置の左右非対称性と心臓に焦点を絞り,この4つのステップに沿って背後にある分子機構を概説する。

  • 文献概要を表示

 脊椎動物に特徴的な神経堤細胞は,1868年Wilhelm His(ドイツ)がニワトリ胚の表皮外胚葉と神経上皮に介在する神経節原基の細胞群を間索Zwischenstrangと記載したことから注目され始めた。神経堤細胞は初期胚の背側にある神経外胚葉(神経板)とその周囲の表皮外胚葉とのクロストークによって両方の外胚葉から派生する細胞群で,分化能,移動能を持ち可塑性を示す。移動前から多能性に富んだ能力を持つ1)ことが示されていることから多能性幹細胞と呼ばれ,非常に多くの細胞に分化するため外胚葉,中胚葉,内胚葉の3胚葉に続く,第4の胚葉とも呼ばれる。神経堤細胞の研究にはこれまで主にニワトリなどの脊椎動物が使われてきたが,最近では神経堤をマークするマウスとして主にWnt1-CreP0-Creレポーターマウスがよく使われ,その他AP2α-CreSox10-CrePax3-CreHtPA-CrePlexinA2-CreTfap2αIRESCreIsl1-CreCx43などの神経堤レポーターマウスがある。これらのマウスでは,ラベルされた神経堤細胞の分布パターンに違いがある一方,すべてのマウスモデルはウズラ-ニワトリキメラで示された主な移動パターンに類似して心血管系形成に関与することが裏付けられている。本稿では心臓形態形成にかかわる神経堤細胞について概説する。

  • 文献概要を表示

 心血管系の発生・形態形成の制御機構は生命科学のトピックスの一つであり,先天性心疾患は出生児の1,000人に5-10人に発症する最も多い先天奇形として,その疾患機序の解明と診断・治療法の開発が急務となっている1-3)。これまでにヒトにおいて様々な転写調節因子の遺伝子変異が心血管奇形の原因となることが示されており,動物実験において更に多くの転写調節因子が心血管形態形成に必須の役割を有すると報告されている。本稿では,心臓および胸部大血管の形態形成制御に重要な意義を有する転写調節因子について概説する。

  • 文献概要を表示

 心臓は心筋だけでなく線維芽細胞や血管内皮細胞を含む10種類以上の細胞種から構成される。そのため,心臓研究は複雑で年々多角化してきているが,胚性幹(ES)/人為的多能性幹(iPS)細胞研究の進展に従って,心臓誘導や心臓再生を引き起こす因子の同定が注目されている1,2)。心臓の発生には様々な転写因子群(Tbx5,Gata4,Nkx2-5,Mef2cなど)が関与しており,これらの因子がエピジェネティック因子群と相互作用しながら心筋運命の決定や分化に深くかかわっている。エピジェネティック因子群のなかでも特にクロマチンリモデリング因子が心臓発生時期に沿った細胞運命,細胞維持,細胞増殖を心臓転写因子と共役して制御している。クロマチンリモデリング因子群で機能解析が進んでいるのがBrg1-BAF複合体および構成因子Baf60cである3)。更にヒストン修飾因子群や非コードRNA(ncRNA)と共役して,迅速に核内転写環境を活性化・不活性化することで,細胞・組織が環境変化に適応させていることが報告されている(図1)4-6)

 本稿では心臓発生・心疾患研究で報告が多い,クロマチンリモデリング複合体に焦点を当てて役割に関する最新の知見を概説する。

  • 文献概要を表示

 ヒトをはじめ,哺乳類の心臓には4つの部屋と4つの弁が備わっているが,発生のごく初期の段階では,1つの管状構造(原始心筒)にすぎない。原始心筒から複雑な心臓が形成されるには設計図であるゲノム情報が基本となる。しかし,心臓を取り巻く内的外的環境因子が,心臓とそれに連なる大血管の形態形成に重大な影響を及ぼすことが判明している。本稿では最新知見を含め,心臓・大血管形成にみる環境適応について概説する。

  • 文献概要を表示

 われわれのような哺乳類の成体では,心臓は最も再生能の低い臓器の一つに数えられ,心筋梗塞などによる心筋の重大な損傷は多くの場合において心不全に直結することになる。しかし最近では,長い間信じられてきた哺乳類成体の心筋は全く置き換わらないというパラダイムは転換されつつあり,極めて限定的ながらも心筋細胞は成体においてもターンオーバーを起こしているということが明らかになってきた。そこで重要になる研究課題が,このような哺乳類の心筋細胞の増殖がいかにして制御されているかを解明することである。本稿では心筋細胞の代謝およびレドックス状態,とりわけミトコンドリア好気呼吸が,心筋細胞の増殖制御にどのようにかかわるかということに焦点を当てて概説したい。

Ⅲ.心臓形成からみた病態の理解

  • 文献概要を表示

 先天性心疾患は,生命に直結する先天異常のなかで最も頻度の高い疾患で,心臓発生の異常に起因する。われわれが日常診療で遭遇する先天性心疾患の多くは,心臓大血管の発生過程における特定の領域または段階の発生異常によって発症する。高等動物の心臓発生は,いわば進化によって生み出された自然の芸術であり,時間的・空間的に秩序だった多くの複雑な過程,すなわち由来の異なる心臓前駆細胞の移動,増殖,分化,プログラム細胞死,相互作用によって成立している。したがって,この複雑な過程を知り,その異常によって発症する先天性心疾患の成り立ちを理解するためには,心臓大血管の発生を幾つかの領域ないし段階に分けて科学する“臨床心臓発生学”が有用である。本稿では,主に心臓流出路の領域を取り上げ,今世紀に明らかにされた,発生に関与する心臓前駆細胞,先天性心疾患の発症メカニズムについて概説する。

心臓リモデリング 今中 恭子
  • 文献概要を表示

 実質細胞の再生能が乏しい成体の心臓では組織が傷害を受けると,心筋細胞以外の間質細胞が主役となって胎児期のプロセスを模倣しながら心臓を作り直す。本稿では,心臓発生過程で忘れられがちな間質細胞,特に線維芽細胞やマクロファージに注目し,心筋組織構造の形成および改変における役割について最近の知見を紹介する。

  • 文献概要を表示

 不整脈には,心筋梗塞や心筋炎などの心病態に伴う不整脈と,心病態がないにもかかわらず発生する不整脈がある。心病態に伴う不整脈は,心臓の中心部・周辺部に限らず病態が発生した場所から生じる。一方,心病態に伴わない不整脈は不思議なことにその多くが心臓の周辺部から起こり,近年心臓形成とのかかわりの可能性が指摘されている。表に,心病態に伴わず心臓の限定した部位から生じる不整脈をまとめた。

 ブルガダ症候群やカテコラミン誘発性多形性心室頻拍のように,心臓のすべての部位に存在するイオンチャネル(電位依存性ナトリウムチャネル,リアノジン受容体)の遺伝子異常を原因とする疾患であっても,不整脈が限局した場所から生じる。この機序の一部は,心臓形成と関係があることが示唆されている。本稿においては,なかでも心臓形成との関係が比較的明確になっている4つの不整脈に焦点をあて解説する。

  • 文献概要を表示

 哺乳類は心臓を再生できない。しかし,一部の動物は再生できる。これら心臓を再生できる動物とできない動物を比較すれば,心臓再生のしくみの理解はより進むであろう。更に,哺乳類で再生できないしくみを克服する新しい再生医療法にもつながるであろう。本稿では,これら心臓再生不可能動物のモデルとしてマウスを,可能動物のモデルとしてゼブラフィッシュとイモリの研究の現状を紹介する。また,今後の展望について考察する。

  • 文献概要を表示

 心筋梗塞,重症心不全などの心臓疾患は内科的治療に抵抗性で,心臓移植が唯一の根本的治療となる予後不良の疾患であり,わが国においても年間死亡患者数は約19万人と悪性腫瘍に続く死因の第2位を占めている。一方で,心移植の治療成績は向上しているものの,心移植件数は年間約40例程度でドナー不足は深刻である。その代替療法として,多分化能と自己複製能を持つヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを用いた心臓再生医療が,昨今注目を浴びている。

 心臓の果たすポンプ機能の中心的役割を担うのが心筋細胞であるが,心筋細胞は生体内においては増殖することはできない。この“心筋細胞を新たに供給する”というのが心筋再生の目標である。分化誘導による心筋再生はもともと生体に存在する幹細胞や胚性幹細胞(ES細胞)がその研究の中心であったが,2006年にYamanakaらが皮膚由来線維芽細胞に4つの幹細胞特異的転写因子[Oct(octamer-binding transcription factor)3/4,Sox(SRY-related HMG box)2,Klf(kruppel-like factor)4,c-Myc]を導入することによってiPS細胞を作製することに成功した1)。ES細胞と遜色のない能力を持ち,その生命倫理,拒絶反応の問題をクリアしたことで,実臨床での心筋細胞移植に向けて心筋再生の研究は更に加熱した。本稿ではそれらの多能性幹細胞を用いた心筋細胞誘導について述べたのちに,筆者らが開発した新たな心臓再生法である,心臓内に大量に存在する非心臓細胞(線維芽細胞)を直接心筋細胞に転換する,心筋直接リプログラミング法について概説したい。

  • 文献概要を表示

 1990年代前半にVacantiとLangerらが生体分解性高分子化合物に軟骨の細胞を播種し,ヌードマウスの背中に移植する手法を報告1)して以来,scaffold(足場)に細胞を播種・培養して目的とする臓器の形状を作製しようとする組織工学が広く世界中で研究されてきたことは周知のとおりである。一方,1982年のES細胞の発見から約25年後の2006年,遺伝子工学分野の発展を背景にヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)の樹立が報告され,各種の細胞への分化誘導技術が開発されつつある現在,再生医療は現実的に実用化可能な,近未来の医療であると認識されつつある。

 本稿では,前述したscaffoldを用いる古典的な組織工学に続き,組織工学分野に大きな技術革新をもたらした温度応答性培養皿を用いた,細胞シート作製技術と単層心筋シートの開発,更に段階的積層化による多層心筋シート作製について解説し,その後,現在の技術的な課題とそれへの取り組みについて解説する。

Ⅴ.心臓のモデル

  • 文献概要を表示

 先天性心疾患は胎生期の臓器形成異常として最も頻度の高い疾患であり,全出生の約1%の割合で発症する。日本国内では約1万人が発症している。先天性心疾患の特徴は,治療の対象となる新生児や乳児の心臓が小さいだけではなく,疾患のバリエーションが広く,個々の患者の心臓大血管の立体構造が極めて複雑なことである。したがって,外科手術による治療の成否は,個々の患者の心臓大血管の複雑な立体構造を正確に診断できるかどうか,またそれらの情報を執刀する心臓外科医が正確に把握できるかどうかにかかっている。これまでの断層心エコーや心血管造影検査に加えて(図1A,B),近年MR,MSCTによる三次元画像診断(図1C)が発達し,様々な医療分野で広く応用されるようになった。このような三次元画像診断は先天性心疾患の診療にも活用されるようになり,心臓の立体構造をあらゆる角度から観察できると共に心臓の内部構造も確認することができるようになった。その結果,これまで手術不能と考えられてきた複雑な先天性心疾患の外科手術が可能となってきた。しかしながら,これらの三次元画像診断装置は,複雑な先天性心疾患の診断と治療方針の決定に必要かつ十分かというと,決してそうではない。モニター画面上に映し出される三次元画像は,心臓の表面に影をつけた見かけ上の三次元画像(volume rendering像)に過ぎず(図1C),臓器の立体構造を忠実に表現しているわけでないからである。実際の手術では,外科医は心臓を手で触れて内部構造を確認し,右心房を主体とした最小限の切開から得られる視野を通して心内の修復を行うため,三次元画像と同時に触覚にも訴える情報手段が必要とされる。そこで,患者の三次元画像情報からあらかじめ心臓の忠実なレプリカが作製でき,外科医が実際の手術前に切開や縫合による模擬手術を行うことができれば,先天性心疾患の手術における究極の情報を外科医に提供できると考えられてきた。同時に,このようなレプリカ作製による情報提供は,断層心エコーのように撮り手の解釈に左右されることなく,三次元構造を正確に外科医に伝達できる。

  • 文献概要を表示

 分子・細胞生物学手法を用いた,いわゆる要素還元的アプローチによって心臓研究が大きく進歩したことは言うまでもないが,得られた膨大な知見を全体との関係から考える統合的アプローチの重要性も再認識されつつある。ここで大きな役割を果たすことが期待されているのが,理論,実験とならぶ第三の科学分野と言われるシミュレーションである。筆者らは分子機能に基づく心臓モデル,心臓シミュレータの開発を通じて,基礎および臨床の諸問題への取り組みを進めてきたが,その過程で心臓の機能はミクロからマクロまで及ぶ各階層における精緻な構造によって支えられていることを再認識した。本稿ではその例を紹介する。

  • 文献概要を表示

 「晩ごはんにどこで何を食べたか」などの,ささいな日常の記憶は“海馬”と呼ばれる脳の領域に形成され,その多くは1日のあいだに忘れられることが知られている。一方で「晩ごはんに行く途中に学生時代に好きだった人に偶然出会った」など新奇で思いがけない出来事を直前あるいは直後に伴う場合,記憶を安定化させるプロセスである“記憶の固定化”が起こり,ささいな日常の記憶が長期にわたり保持される現象が知られている。これまでのラットをモデルとした行動試験により,この新奇な体験による記憶の保持の増強には,海馬における神経修飾物質“ドーパミン”のD1受容体の活性化が必要であることが明らかとなった1)。しかし,脳のどの領域が新奇な体験により海馬にドーパミンを供給し,記憶の保持の増強を担っているかは不明であった。筆者らは,マウスの日常の記憶を調べる行動試験“日常の記憶テスト”の開発を行った2)。そして,海馬にドーパミンを供給する可能性が示唆されている“腹側被蓋野”3)と“青斑核”4)と呼ばれる脳の領域に着目して,新奇な体験による記憶の保持の増強を担う脳の領域の同定を試みた(図1A)5)

  • 文献概要を表示

 がんは,単一あるいは数個の細胞ががん原性の突然変異(がん遺伝子の活性化あるいはがん抑制遺伝子の不活性化)を蓄積することで発生すると考えられている。したがって,がんの初期段階においては,がん原性の突然変異を獲得した異常な細胞(がん原性細胞)が正常細胞に取り囲まれた状態で存在し得る。近年,このようながん初期段階で引き起こされる“がん原性細胞と正常な上皮細胞間の相互作用”が,がんの発生に対して抑制的に働くことがわかってきた。例えば,がん遺伝子RasやSrcを活性化したイヌ腎上皮細胞由来MDCK細胞は,その周囲を正常MDCK細胞に取り囲まれると単層培養系からはじき出される1,2)。また,がん遺伝子ErbB2を活性化したヒト乳腺上皮細胞由来MCF10A細胞は,3D培養したMCF10A細胞の腺房様構造から内腔側へとはじき出される3)。更に,上皮細胞の頂底軸方向の極性を制御するがん抑制遺伝子scribblescrib)の発現を抑制したMDCK細胞は,その周囲を正常MDCK細胞に取り囲まれると単層培養系からはじき出されることが報告されている4,5)

 同様にショウジョウバエ上皮においても,頂底軸方向の極性が崩壊した細胞(極性崩壊細胞)は組織から排除される。重要なことに,これら極性崩壊細胞は正常細胞に取り囲まれない場合には過剰に増殖することから,極性崩壊細胞は「正常細胞に取り囲まれる」という状況依存的に組織から排除される“細胞競合”現象であると考えられた。これらの事実は,上皮組織が細胞競合を介してがん原性細胞を取り除く“内在性がん抑制機構”を内包していることを示唆している。本稿では,このような細胞競合を介した内在性がん抑制機構の分子基盤とその意義について,筆者らの知見を中心に概説したい。

--------------------

次号予告

財団だより

あとがき 栗原 裕基
  • 文献概要を表示

 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した米国の建築家ルイス・サリヴァンは,建築の理念を「Form ever follows function.(形態は常に機能に従う)」と表現し,このフレーズはその後の近代建築学のスローガンとなりました。極めて合目的的で美しい心臓の形態をみるとき,それはあたかも神様がこの言葉通りに創りだした賜物ではないかと思えてなりません。そして,本特集で,進化と発生からみた心臓の造形美,再生による機能と形態の再建,そしてモデルの創生による機能と形態の統合といった世界が展開されていくのを眺めていくと,生命科学と建築学が案外と近いように思えてきます。既成の学問領域を越えた融合が進んでいる今日,「生命建築学」なる分野がここから生まれると面白いなどと妄想が広がります。

基本情報

03709531.68.6.jpg
生体の科学
68巻6号 (2017年12月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

文献閲覧数ランキング(
2月17日~2月23日
)