生体の科学 70巻5号 (2019年10月)

増大特集 現代医学・生物学の先駆者たち

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 「令和」新時代の幕開けにあたり,戦後から平成に至るまで現代医学・生物学を築いてこられた先駆者の業績を振り返り,戦後の日本が現代医学・生命科学の発展にどのような貢献をしたかが概観できる一冊を作ろうと考え,本特集を企画した。第二次世界大戦終結後から今日までの74年間,世界はさまざまな領域で大きな変革を遂げてきたが,国家・民族間の対立は現在でも変わることなく続いている。それぞれの主張が衝突し合って益々混迷を深めるなかで,真の豊かさとは何かを問いかけ,科学や文化を通して世界に新しい価値を発信し続けることがわれわれ科学者の使命である。そのためにも,戦後から現在に至るわが国において,激動の時代を駆け抜けた先駆者が何を思い,何を成し遂げてきたかを今一度学び直すことには大きな意義があると信じる。

 特集企画にあたり,無理を承知でお願いした多くの先生方からのご寄稿はいずれも力作である。そこには,お一人お一人の研究人生のドラマや執筆者ご自身の想いが凝縮されており,感動を覚える。そして,われわれが幼少期からすごした自分史に重ね合わせるとき,同時代に活躍された先駆者の偉大さによって改めて襟を正される思いである。

Ⅰ.解剖学・発生学・細胞生物学

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 石川春律先生は,電子顕微鏡を駆使した細胞生物学を推進した。細胞内中間径フィラメント(intermediate-sized filament)を発見し,命名した。HMM修飾による細胞内アクチンフィラメントの検出と方向性の決定法を開発した。細胞骨格・膜研究の積み重ねにより,日本の細胞生物学の父とも呼ばれている。九州大学医学部大学院修了後,ペンシルベニア大学博士研究員,東京大学医学部助教授,群馬大学教授を歴任された。解剖学辞典や図説など,石川先生の多くの著書で学んだ読者も多いのではないだろうか。

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 生物物理学者,井上信也さんは,シンヤスコープ(SSと略記)と呼ばれる偏光顕微鏡を自作し,改良を続け,紡錘体や膜構造など細胞内の複屈折性の構造を生きた状態で観察することに成功し,それらのダイナミクスを明らかにした。各国を遍歴して育ち,研究者となってからも日本国内,米国内の様々な大学・機関で研究教育を行ってきた国際的科学者である。1989年,米国に帰化。2003年に国際生物学賞を受賞1,2)

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 大野乾博士は1960年代,雌の細胞のバー小体は不活化したX染色体であることを示し,当時の細胞生物学領域で一躍,時の人となった。70年代には遺伝子重複による進化理論で世界を揺るがせた。細胞生物学,免疫学,進化論,生物学のどの分野の人とも議論を好んだ。鋭い洞察と論旨の構成,それは群を抜いていた。米国COH研究所の終身栄誉所員,米国科学アカデミー会員。釣りを好み,馬を愛し,晩年は音楽を楽しまれた。ロサンゼルスのハリウッドの裏山の墓地,フォーレストローンに眠っておられる。

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 岡田節人(おかだときんど)氏は,個体発生の研究に分子生物学やES細胞をいち早く取り入れることで,細胞の機能をとおして形づくりを理解するという学問体系を打ち立てた。また,自身が発見した細胞の「分化転換」は,現在の幹細胞生物学の基礎を築いた。時代を先取りした強烈な国際感覚により,わが国の発生生物学を一気に国際レベルに押し上げた。岡田節人氏は,真の文化人としての科学者であり,その薫陶を受けた若者の多くは,のちにわが国の学術を牽引している。

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 岡田善雄博士は,センダイウイルスによる細胞融合現象を発見し,雑種細胞を用いた細胞遺伝学の確立に大きく貢献した。その成果はモノクローナル抗体による難病治療薬の開発など,現在まで受け継がれている。更に,細胞融合を利用して細胞内に人為的に物質を導入する方法を考案するなど,細胞工学と呼ばれる研究領域を構築した。岡田研究室には博士の人柄と研究業績を慕って多くの研究者が集まり,そこから育った研究者が様々な分野で活躍している。

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 垣内史朗博士は,生体内に広汎に存在する細胞内カルシウムメディエーターを発見し,細胞内情報伝達系研究に大きく貢献した。カルモデュリン発見当初は大阪府立中宮病院時代で研究が行われ,大阪大学ではカルモデュリンの標的検索から細胞骨格制御へと研究が移っていった。

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 笹井芳樹先生はアフリカツメガエルを用いた初期胚発生の研究で,神経誘導などにおける様々な分子機構を解明された。これらの成果と幹細胞研究を組み合わせ,ES細胞などから神経細胞へのin vitro分化誘導法としてSDIA法,SFEB法やSFEBq法などを確立された。更にドーパミン産生神経細胞や網膜色素上皮などの有用細胞の作製,層構造を持つ大脳皮質や三次元構築を持つ網膜の分化誘導の成功を通じて多くの新規概念を確立され,世界の発生・幹細胞研究や再生医学の発展に大きく貢献された。

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 1945年8月9日の午前11時。下村脩少年(当時16歳)は,長崎市の上空に,米機が何某かの機器をパラシュートで落下させるのを目撃した。その直後にプルトニウム型原子爆弾「ファットマン」が投下される(午前11時2分)。目撃の機器は放射能を測定するためのものであった。やがて黒い雨を浴びながら,下村少年は,日本の未来そして自分の将来をどのように思い描いていたのであろうか。恩讐の彼方に米国で生涯を過ごすことになるとはよもや思わなかったに違いない。

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 月田承一郎博士は,電子顕微鏡形態学をベースとしたユニークな分子細胞生物学を展開し,上皮のバリア機能を担う細胞間結合タイトジャンクションの主要構成分子群の同定と生理機能の解明において決定的な貢献を果たした。その成果は,細胞生物学にとどまらず,上皮バリアや上皮輸送にかかわる病態の研究にも大きく波及している。

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 1959年に東京大学生物系大学院を卒業し,1961年に岡山大学医学部の第二解剖学講座に助教授で迎えられ,この間にドイツ・フンボルト財団の研究員としてキール大学のW. Bargmann教授のもとに留学(1961-1963),その後,1968年に新潟大学第三解剖の教授となり,定年まで教授職を務めた(〜1995年)。パラニューロン,走査電顕の生物応用などの研究と共に,教科書執筆,雑誌編集など,解剖学の枠にとどまらない多彩な活動で知られる。

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 増井禎夫博士は京都大学理学部動物学教室出身の発生学者で,現在はカナダ国籍のトロント大学名誉教授である。本稿の主題である卵成熟促進因子(maturation-promoting factor;MPF)と細胞分裂抑制因子(cytostatic factor;CSF)を,1971年にカエル卵で見いだした。この発見は,20年後に真核生物における細胞周期制御研究が歴史的大ブレークする口火を切るものであった。

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 大正11(1922)年香川県に誕生,大阪に育ち,昭和21(1946)年東京帝国大学医学部卒業。昭和29(1954)年ブリティッシュ・カウンシル奨学生としてロンドン大英自然史博物館において鯨類形態学の研究。昭和35(1961)年-同62(1987)年金沢大学医学部解剖学教授。平成6(1994)年12月15日逝去。

 山田致知先生は医学教育の場で,肉眼(マクロ)解剖学の教育・研究を通して“科学することの愉しさと重要性”すなわち“科学の真髄”を伝えるという使命を果たし,同時に,篤志献体活動の近代化への道を切り開いた。また,鯨類の分類について,初期はユメゴンドウ(ムネサトイルカ,1954),近年は日本海でのオウギハクジラなどの調査研究に傾注した。

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 新井賢一博士は,GTP/GDP結合ポリペプチド鎖延長因子EF-Tuにおいて,リガンドの変換によりタンパク質の反応性をON/OFFにするエネルギー転換機構を明らかにし,同様の機構の存在をDNA複製因子においても示した。また,φX174ファージDNAのin vitroでの複製に成功した。更に,数多くのサイトカインcDNAのクローニングを世界に先駆けて行い,現代血液・免疫学の発展に多大な貢献をした。

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 東京大学名誉教授の今堀和友先生の弟子として,ずっと見つめてきた筆者の所感を描いた。教養学部から農学部,医学部と異動されてきた先生の研究者としての思考,生き様を紹介したい。先生は幅広い知識をもとにモデルを組んだアイデアを度々披瀝された。それが彼の高い評価につながったが,弟子としては,ついて行くのが大変であった

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 岡崎令治博士は名古屋大学理学部生物学科の化学発生学研究室(山田常雄教授)に研究補助員の職を得て間もなく,当時大学院生であった恒子氏と結婚,以来令治が44歳で原爆被爆による白血病で倒れるまで二人は常に行動を共にした。研究のことしか頭にない天才肌の令治と穏やかで知的な恒子は,共通の目標に向かって挑戦を続け,“岡崎フラグメントによるDNAの不連続合成”の発見という偉業を成し遂げた。これは20世紀最大のパラドックスに果敢に挑戦し解決した,類いまれな夫婦研究者の物語である1)

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 上代淑人博士は,タンパク質生合成の延長因子に関する研究から,GTP結合タンパク質の新しい反応機構を提唱した。その後,細胞内情報伝達系で機能するGTP結合タンパク質の研究を進め,この反応機構が細胞内に普遍的に存在することを実証した。これらの研究は,東京大学医科学研究所,DNAX分子細胞生物学研究所(米国),東京工業大学生命理工学部において30年以上にわたって行われ,非常に高い評価を得ている。

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 木村資生博士は,集団遺伝学の理論的な研究を発展させ,今日の分子進化やゲノム進化の理論的な基礎と枠組みを完成させた。特に,1968年に発表した「分子進化の中立説」の基本となる論文は,非ダーウィン的進化論の提案として大きな論争を巻き起こした。その後,遺伝子やゲノムの情報蓄積と共に,論争決着とはいかないまでもその大枠は理解されて,ダーウィンメダルを受賞した。その集団遺伝学や分子進化への貢献は偉大で,その功績は国際的に高く評価されている。

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 筆者は,医学部の3年生のときに生化学の講義で西塚泰美先生と初めて出会った。1970年ごろである。当時生化学の多くの研究成果に対してノーベル生理学・医学賞が与えられており,西塚先生の生化学の講義ではこれらの偉大な仕事がどのようにしてなされたかという歴史も話された。西塚先生は学問の楽しさ,学問の独創性や実験結果の再現性の重要性,プロの学者の考え方や姿勢などについても学生に熱く語られた。流行を追うのではなく流行を作るような仕事をすれば君たちもノーベル賞を受賞できると学生に夢を与えられた。西塚先生のこのような情熱的な講義に,筆者や多くの学生が魅了され,筆者は西塚研で学生時代から研究を開始したが,他の多くの学生も卒業後学問の道に進んだ。西塚研ではこの先生のお考えに従って研究が進められ,その結果プロテインキナーゼC(PKC)が発見された。

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 早石修博士は,トリプトファン代謝研究から出発し,酸素添加反応とそれを触媒する酵素,酸素添加酵素,を発見した。次いで,酸素添加反応の様々な生物学的役割を解明,その一つがトリプトファンからのNAD生合成経路の同定である。更に,NADのADPリボース部分がタンパク質に転移して機能修飾を起こすADPリボシル化反応をジフテリア毒素とポリADPリボースで示した。また,トリプトファン分解の新規酵素インドールアミン酸素添加酵素を発見したほか,プロスタグランジン生合成の酵素基盤を明らかにし,プロスタグランジンD2の睡眠作用を見いだした。

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 藤澤仁博士は,CaMキナーゼⅡや14-3-3など,神経系で極めて重要な働きをしている様々な酵素・タンパク質を生化学的手法によって発見・精製し,その性質を解明することに尽力した。それにより,神経機能の調節におけるタンパク質リン酸化の研究分野に大きな足跡を残した。

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 丸山工作博士は,筋収縮装置の構造と機能およびその制御にかかわる重要なアクチン結合タンパク質アクチニンや弾性タンパク質を発見し,その機能特性を明らかにするなど,筋機能と構造の解明に多大な貢献をした。

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 三浦謹一郎博士は,二本鎖RNAウイルスを用いた研究から,mRNAの末端構造であるキャップ構造を発見し,真核生物のタンパク質合成機構のメカニズムの解明に大きな貢献をした。その後,遺伝子工学の手法を積極的に取り入れ,タンパク質の設計と合成を目指すタンパク質工学の発展に大きく寄与した。

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 山川民夫先生は医学部を卒業したが基礎医学に興味を持たれ,学生時代から伝染病研究所の薬学系の研究室で指導を受けられた。脂質生化学研究で世界をリードされたが,なかでも糖脂質に関しては,先天性の代謝異常症を蓄積物質の化学構造を明らかにすることに始まり,酵素反応も物質としてのタンパク質という考えのもとに多くの業績を残された。生化学を,生物の代謝を化学の目で見るという視点から研究を進められた。

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 由良隆博士は,わが国における分子生物学の草分けの一人である。大腸菌の熱ショック応答を発見,その分子機構と生物学的意義の解明を通じ,分子シャペロンと生体内タンパク質恒常性(proteostasis)の分野を切り開いた。

Ⅲ.細菌学・ウイルス学・免疫学

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 石坂公成博士はIgE,FcεR,好塩基球やマスト細胞の研究を通じて,アレルギー発症に必須のIgEとその標的細胞の発見,IgE産生機構の解明に大きく貢献した。研究の多くはデンバーの小児喘息研究所病院とジョンズ・ホプキンス大学でなされたが,ラホイヤアレルギー免疫学研究所の設立とその発展にも大きく貢献している。研究室に在籍した多くの日本人研究者は,帰国後研究を大きく発展させ,昭和-平成の時代にわが国の免疫学研究,アレルギー学研究の発展に寄与した。

 石坂博士は東京大学医学部を卒業後,国立予防衛生研究所免疫血清室長,小児喘息研究所(デンバー)免疫部長,ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授(京都大学医学部教授兼任),ラホイヤアレルギー免疫研究所所長,米国免疫学会会長などを歴任し,米国科学アカデミーの会員であった。

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 高橋理明博士は一貫して大阪大学微生物病研究所においてウイルス学,とりわけヘルペスウイルスの基礎研究とその研究をもとに,ヘルペスウイルス科に属する水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV)ワクチンの開発をされた。このワクチンは世界で初めてのワクチンで,健康児のみならず,白血病患者や免疫低下の小児にも接種される安全性の高い生ワクチンで,現在では水痘の予防のみならず,帯状疱疹用のワクチンとして米国をはじめ世界中で主として小児に接種されている。この功績は国際的である。

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 多田富雄博士は世界に先駆けてIgE抗体産生の実験系を用いて,ヘルパーT細胞に呼応してB細胞の抗体産生を統御するサプレッサーT細胞の存在を発表した。それを契機に国際的な研究者との交流を深め,多くの日本の免疫学者を育てた。

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 野本明男博士はポリオウイルスの複製と病原性発現の分子メカニズムの解明に関する研究を行った。わが国におけるウイルスのリバースジェネティクスの先駆者であり,試験管レベル,細胞レベルにとどまらず,個体における病原性研究まで広く展開し,分子ウイルス学研究に世界的な貢献をした。

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 日沼賴夫博士は,ヒトがんウイルスを生涯の研究テーマとするなかで,成人T細胞白血病の原因ヒトレトロウイルスを発見し,その感染経路の解明と感染防御法の確立に大きく貢献した。また,同ウイルスの起源が縄文人にまで遡り得ることを示し,ウイルス研究から日本人の起源論を展開した。ヒトがんウイルス研究を通じて多くの門下生を育て,わが国の医学ウイルス学の発展に寄与した。

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 掘越弘毅博士は,極限環境生物学会と国際極限環境微生物学会の創始者であり,両学会の初代会長を務められ,極限環境生物に関する多大なるレガシーを残された。掘越博士は彼の人生を生物が過酷な状況下でどのように生存するのかを理解することと,それらが生産する酵素を人々の生活に役立てることに捧げた。特に掘越博士は好アルカリ性微生物を再発見し,本菌によって産生される酵素の産業化に成功したことで有名である。

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 光岡知足博士は腸内細菌学の礎を築いたパイオニアの一人であり,特にビフィズス菌に代表される腸内嫌気性菌の研究に多大なる足跡を残した。また,乳酸菌発酵乳や機能性食品の開発にも大きく貢献し,更には善玉菌や悪玉菌などの一般の人々にもわかりやすい言葉を用いて,健康を維持するうえでの腸内環境の重要性を提唱した。その思想は産学を問わず多くの門下生に引き継がれ,現在の腸内細菌学の隆盛として結実した。

Ⅳ.病理学・腫瘍学

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 伊東信行博士は,環境化学物質の発がん性検出に尽力され,長期間を要するがん原性試験に代わる,比較的短期間で検討できる発がん性試験代替法の開発に成功した。これらの功績により,現在のリスクアセスメントに通じるリスク評価法の大きな変革がもたらされた。また,現在の毒性学・発がん分野においてわが国のみならず世界を牽引する形で活躍している多くの研究者を育成・輩出した。

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 菅野晴夫博士の“現代医学・生物学の先駆者”としての偉大さは,何を同定した,何を解明した,という視点では語れない。先生は,がんの病理学者として卓越した業績を挙げたのち,新時代におけるがんの分子生物学的研究の重要性をいち早く見抜き,リーダーとして研究環境を整え,人を鼓舞・指導し,数々の歴史に残る成果を上げさせた。先生はしかし発表の際は決して自分の名前を入れさせなかった。いまわれわれに見えるのは,先生を親しく師と仰ぐ無数の研究者の姿である。

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 鶴尾隆博士は,抗がん剤多剤耐性の原因となるP-糖タンパク質のヒト遺伝子を単離すると共に,ベラパミルによるP-糖タンパク質の阻害が多剤耐性を克服することを発見した。癌研究会(現・がん研究会)および東京大学を拠点としてがん化学療法の学問体系を整えた一方で,がん分子標的治療研究会(現・日本がん分子標的治療学会)を設立し,文部科学省科研費・がん特定領域研究の代表を務めるなど,わが国のがん研究の振興に大きく寄与した。

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 花房秀三郎博士は,オンコレトロウイルスの研究を通じてがん遺伝子の概念形成とがん遺伝子産物が構成する細胞内情報伝達系の解明に大きく貢献した。研究の多くはRockefeller大学で行われたものであるが,研究室には日本人研究者が常時在籍し,その多くは日本に帰国して研究を展開させ,昭和〜平成の日本のがん遺伝子研究,細胞内情報伝達研究の発展に大きく寄与した。

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 平野朝雄先生は1954年に渡米し神経学の研鑽ののち,1968年からはMontefiore病院にて神経病理学一筋に研究を続けた。グアムのPDCから脳腫瘍まで多くの神経疾患の人体病理学のみならず,電子顕微鏡を駆使した脳浮腫の実験病理学においても輝かしい業績を上げると共に,日本人を含む多くの後進を教育した。

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 廣橋説雄博士は,がんの病理形態像と病理組織における分子・遺伝子の異常を詳細に調べることで,がんの発生進展過程や浸潤転移という時間的・空間的な病態を実際のヒトのがんで解析できること,更にはその機序を明らかにできることを示し,分子病理学の確立発展に大きく貢献した。病院と研究所が一体となり診断・研究を行っていた当時の国立がんセンター病理部では,多くの病理医・臨床医が研鑽を積み,その後全国に分子病理学を広めていった。

Ⅴ.生理学・薬理学・生物物理学

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 江橋節郎博士は,横紋筋の生理的収縮は筋細胞興奮の結果,筋小胞体から放出されるCaによって惹起されるという興奮収縮連関のメカニズムを解明し,更に,筋収縮タンパク質系中のCa受容タンパク質,トロポニンを発見し,Caによる筋収縮弛緩制御の分子機構を明らかにした。この業績は,Caのセカンドメッセンジャーとしての役割を初めて確立した画期的な偉業である。

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 日本の生物物理学を創設し牽引してきた大沢文夫先生が今年96年間の生涯を閉じられた。物理,生物物理両分野で大きな業績を上げられ,大沢牧場と呼ばれた独特の育成法で多くの人材を輩出した。羨ましいとも思える先生の飄々楽々とした研究人生を振り返りたい。

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 高橋國太郎博士は電気生理学の分野で顕著な業績を上げつつ,同分野の先端的手法を神経系の発生,なかんずく神経誘導の問題に適用した。現生の脊椎動物と約6億年前に共通の祖先を持つとされる頭索動物ホヤの初期胚を用いて,最小の2細胞から成る最も単純な解析系を確立し,神経誘導機構における細胞間作用の詳細について明らかにした。

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 殿村雄治教授は,生体内でATPの化学エネルギーが他のエネルギーに変換される過程の解明に大きく貢献した。北海道大学触媒研究所(1949-63年,教授は1958年から)と大阪大学理学部(1963-82年)で行われた研究はミオシンから始まり,カルシウムポンプ,ナトリウムポンプ,ダイニン,ATP合成酵素など多岐にわたった。数十名の研究者を様々な分野に送り出し,また多方面に影響を与えていたが,在職中の1982年に59歳の若さで急逝した。

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 眞崎知生博士は,筋肉構成タンパク質にアイソフォームが存在し,それが発生過程でスイッチすることを見いだした。そして,血管研究に転じ,内皮細胞由来の強力な生理活性ペプチドであるエンドセリンを発見。その研究を通じて,同じく内皮細胞から発見されたガス状生理活性物質である一酸化窒素の研究と共に,“血管”の認識を単なる血液輸送器官から内分泌組織へと変貌させた。更にエンドセリン拮抗薬は肺高血圧症治療薬として利用され,研究成果は,血管内皮細胞の生理・病理的機能解明から臨床応用まで広く寄与した。

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 松尾壽之先生は,生体内の情報伝達にかかわる超微量ペプチドの独創的な分析法を開発され,脳神経系や心臓などから重要な生理機能を持つペプチドを次々と発見され,生命現象のからくりを解く新しい研究領域を切り開かれた。これらの成果は,前立腺がん治療ならびに心不全治療薬や診断薬として,広く実用化されている。有機化学技術を基盤として,物質の発見から臨床応用まで展開された偉業は,生命科学の進歩に大きく貢献している。

Ⅵ.神経科学

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 わが国の脳科学の産みの親である伊藤正男博士は,小脳研究の第一人者であった。博士は半世紀前に小脳の出力が抑制性であることを発見し,眼球反射を用いて欧米の数理工学者が提唱した小脳学習モデルを検証し,学習の原因となる小脳皮質のシナプス伝達可塑性を発見した。更に博士は小脳学習が認知機能に関与することを指摘した。

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 大塚正徳博士は,神経伝達物質研究の進歩に大きく貢献した。特にサブスタンスPに関する研究は,ペプチド性物質が哺乳類の神経伝達物質であることを初めて明らかにした画期的な業績である。この研究はわが国でなされ,国内の神経科学研究の発展につながった。ファミリーペプチドの発見や受容体のクローニングなど,サブスタンスPに関連する世界的な成果がわが国から発信されている。

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 小野武年教授は,独自に開発した多連ガラス微小電極法を用いて,脳(視床下部)における各種代謝産物やホルモンなど生体の内部環境情報処理の神経化学機構をニューロン膜レベルで解明し,神経科学の発展に大いに貢献した。また,覚醒行動下動物の脳内各部位からニューロン活動を記録し,本能行動(摂食,飲水など),情動,認知・記憶・学習,予測や意思決定ならびに行動遂行との相関を解析する研究をいち早く始め,現在隆盛している「こころ」(情動・記憶:動物と人間に共通,人間独特の崇高または残虐な喜怒哀楽の感情)の神経科学的研究の源流となる研究をされた。

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 小西正一博士は,動物行動学(ethology)を出発点として独自の研究を開拓した。小鳥の歌の獲得過程に作用する先天的・後天的要因について研究し,行動の獲得における感覚フィードバックの重要性を示した。また,メンフクロウの捕獲行動に注目し,その音源定位の神経機構として,脳の中に聴覚情報による空間マップが存在すること,更に両耳の聴覚入力から空間マップが形成される脳の計算処理を明らかにした。

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 佐野勇は,ヒト脳でのDAの詳細な分布を測定し,その錐体外路系での豊富な分布を明らかにし,Parkinson病患者の線条体でのDAの極端な減少を明らかにし,国際的にも初めて患者にDOPAを静脈注射して効果を明らかにした。更に,第二のアミンプリカーサー療法としての,うつ病に対するセロトニンの前駆物質であるL-5-HTP療法をも開発した。

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 塚原仲晃博士は脳の可塑性研究の開拓者である。博士は成熟脳における神経結合が変化し得る,つまり可塑的であることを世界に先駆けて証明し,それが行動の可変性の基礎として重要であることを明らかにした。その研究は,その後分子機構の解明に向けて大きく発展した可能性があり,同博士が航空機事故に遭遇したことはわが国の神経科学にとって大きな損失であった。

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 冨田教授が網膜の研究に取り組み始めたころ(1960年代初頭)には,網膜の視細胞が光に対してどのように反応するのかは未知の分野であった。また,色覚に関しても心理学的な研究から,Young-Helmholtzの三色説とHeringの反対色説が対立し未解決の時代であった。冨田教授と弟子たちは微小電極法を駆使して魚類網膜の視細胞からの細胞内記録に成功し,錐体視細胞の分光応答を解析することによって分光感度の異なる3種類の錐体の存在を生理学的に証明し,三色説を確立させた。

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 沼正作先生はイオンチャネル・レセプターの構造機能連関の研究において,常に世界をリードしてきた。研究に対する集中力,執念は鬼気迫るものがあり,生活のすべてが研究と直結していた。晩年集大成として行っていたX線結晶構造解析の仕事が完成するまでご存命であれば,ノーベル賞も手に入れていたことであろう。自身を極限まで追い込む性格であり,周りに健康に注意をしてくれる人がいなかったことが命を縮める原因になったのではないだろうか。

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 萩原生長(すすむ)博士はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部生理学教室を中心にイオンチャンネルの研究を進め,殊にカルシウム(Ca)チャンネルの研究が著名である。生体におけるCaの重要性が次々に明らかにされている現在,博士の業績はますます輝きを増している。

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 ヒトを含むすべての脊椎動物の中枢神経系は,単純な神経管から非常に複雑な構造と機能を持つ脳が生まれるが,神経管はマトリックス細胞という脳のすべての神経細胞とグリアをつくりだす母細胞だけから成ることを示し,今日の神経科学の発展の基礎となっている。更に,ヒトがんの発生からプログレッションという自然史を時間軸の上に捉えるという立場を確立し,いかに微小がんから進行がんへ進むのかについて定量的な新しい考えを示した。

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 松本元先生は,世界に先駆けて自ら人工飼育に成功したヤリイカの巨大軸索を用いて,非線形非平衡物理学の観点から,神経興奮(活動電位の生成)現象の動力学構造(外部刺激による平衡構造から散逸構造への状態転移)を解明した。次に,この成果をもとに,海馬の時空間ダイナミクスをリアルタイムオプティカルイメージング法を用いて明らかにすると共に,先端的な脳型コンピューターを開発した。この脳型コンピューターは昨今の人工知能レベルを超え得るポテンシャルを有する大きな構想であった。

Ⅶ.臨床医学

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 川崎病は全身の中小血管に炎症が起こり,発熱や発疹,唇や舌が赤く腫れるなどの症状を伴う病気で,乳幼児に好発する。概ね軽症で予後良好であるものの,重症例では発症後に冠動脈に動脈瘤ができやすいことが特徴で,将来に心臓血管障害リスクを持ちこすことになる。頻度的には人口10万当たり約300人(がん全般または心不全の1/3に相当)で,罹患数は年間15,000人ほど。病気の発見から半世紀経た今も原因不明であり,病因解明や効果的な治療法開発の努力が続けられている。

 その治療は急性期の解熱を最大目標に試行錯誤が続けられてきたが,現状では免疫グロブリン製剤で8割程度が解熱でき,下がらない場合には同剤の大量投与や血漿交換,生物学的製剤なども使用が認められている。難治例に対しては免疫グロブリンとステロイドの併用が効果とコストの両面から注目されている。

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 菊池昌弘博士が確立した菊池-藤本病は若年者にみられるリンパ節炎で,結核症,自己免疫疾患や悪性リンパ腫に誤診される病気である。1か月強で寛解する疾患であり,臨床的意義が大きい。病変には,高度なアポトーシスを伴いCD8陽性T細胞と組織球の顕著な反応があり,細胞増殖率が高く悪性リンパ腫との鑑別が難しいリンパ節炎である。菊池博士は,更にWHO分類のなかで成人T細胞白血病/リンパ腫の病理的特徴をまとめ,世界に啓発した。

 菊池博士は,1958年九州大学医学部医学科を卒業し,1963年同大学院医学研究科博士課程を終了後,同第二病理学教室,故橋本美智雄教授のもと血液病理学を専攻した。1966年より2年間,文部省在外研究員として西ドイツ・ハノーバ市立病院およびKiel大学で,Karl Lennert博士のもと脾臓の組織形態像の研究をした。帰国後,九州大学の助教授を経て,1973年福岡大学医学部病理学教室の初代教授に就任し,学部長,病院長や副学長を歴任し2007年に退職した。2012年4月に悪性リンパ腫再発で逝去された。

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 高尾篤良教授は,1970年ごろにFallot四徴症と総動脈幹残遺の小児に特異な顔貌と鼻声を持つ一群を発見して,円錐動脈幹異常顔貌症候群と命名した。更に,この症候群に胸腺低形成と免疫異常を合併することを発見した。1991年には英国John Burn教授と連携して,この症候群にDiGeorge症候群と同じく染色体22q11.2の微細欠失を証明した。2003年には,動物実験で証明されていた欠失部のTBX1遺伝子が心奇形の原因遺伝子であることをヒトで証明した。

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 高月清先生は,臨床血液医としての鋭い洞察力により3つの新たな疾患[H鎖病,高月病(POEMS症候群),成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia;ATL)]を発見した。なかでもATLの発見は,単なる1つの病気の発見にとどまらず,その後のヒトレトロウイルスHTLV-1の同定を経て,HIV-1/AIDS研究や日本人の起源論にも大きな影響を与えた。

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 垂井清一郎博士は,グリコーゲン病Ⅶ型(筋PFK欠損症)の発見者で,本疾患は垂井病(Tarui disease)として国内外の内科学教科書に記載されている。本疾患の研究は,その原因となる欠損酵素の同定,本症の特徴である溶血性貧血や高尿酸血症に関する詳細な病態解明,更には発見した第一家系における遺伝子異常の同定まで,一貫して垂井博士らの教室でなされたものであり,更にPFKアイソザイムの発見や,筋原性高尿酸血症というより一般的な病態概念の提唱にまでつながった。

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 恩師平山惠造先生について,1971(昭和46)年に文光堂から出版された『神経症候学』1)の執筆と,先生の名前が冠された疾患“平山病”発見について述べた。

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 福山幸夫博士は,福山型先天性筋ジストロフィーを発見し臨床病型を確立すると共に,小児神経学会,てんかん学会の発展にも寄与した。その後,フクチン遺伝子が発見され治療が視野に入っている。

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目次

書評 鈴木 晃仁

財団だより

次号予告

基本情報

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生体の科学
70巻5号 (2019年10月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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