看護教育 42巻8号 (2001年8月)

特集 知識と実践を結ぶ看護過程セミナー

はじめに 住吉 蝶子
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 10年以上前のこと,私が,まだアメリカで第一線の看護婦として働いていた時に日本に来て,たくさんの看護者と話をする機会がありました.ほとんどが教育職のポジションにある方で,看護教育や臨床の場で看護理論を必死に展開しようとされていました.しかし,その熱意は素晴らしいのですが,それほどには結果が見えていないように私には感じられました.それぞれの病院,看護部で看護理論を取り入れて展開しようとしても,取り入れ方がわからず,混乱している方たちのほうが多いのではないかと思いました.

 学んだ看護理論は,いつか患者のベッドサイドで展開するところまでもっていかなければなりません.そのために必要なのが看護過程という道具なのです.私は米国でそれをとことん指導されていました.日本ではこの看護過程が浸透していないと,その時思いました.看護教育で看護過程を学んでも,それと看護理論とが結びつくまでには至っていなかったのです.

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 『看護過程』を著したメリー・ウォルシュの弟子である講師のエリザベス・マックファーレンさんは現在カトリック大学で,学生の疑問,反論に答えられる能力が教師には必要であるとの考えで教育にあたっている.学生と教師の意見交換は,考えるということは学ぶこと(日本ではクリティカルシンキングと呼んでいる)であり,教育にとって一番大事なことだと強調されていた.1930年代に設立されたこの看護学部からは,数多くの看護界をリードする人を輩出している.以下は,私たちがセミナーの初日に学んだことである.

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 看護過程は,クライエントの健康の維持・あるいは回復,また,回復が望めない時には生活の質を向上させる,という看護の目的を達成するための計画的な一連の行為である.

1)科学的であり,システムにのった行動である.

2)問題解決に向けての接近法である.

3)看護実践のために規定されたものである.

4)患者中心に動くものである.

5)それぞれのフェイズが継続的に動いている.

6)看護の目的を達成するための1つの統一的な過程であり,基準である.

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 看護とは実践志向性の強い分野の学問であり,専門的な知識に裏づけられた方法を用いて,人々にサービスを提供することである.その専門的な知識とは患者の観察方法で視診のしかた,聴診のしかた,触診と打診のしかたなど熟知したうえでのアセスメント・テクニックである.ここではその視・聴・触・打診のポイントだけでなく,各項目の共通部分であるアセスメント・テクニックについても学んだことを述べた.

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看護診断の歴史

 1950年代までナースは診断をすることができない,診断は医師だけができるとされていた.1955年,アメリカ看護協会(ANA)が,ナースは知識,技術が必要であり,患者から情報を得て診断していかなければならないという看護過程のモデルについて表示した.

 1957年,アブデラが,患者の問題という言葉を使い始め,診断について大きく取り上げた.その中には,家族も含む問題も挙げなければならないとされた.

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ケア計画

 ケア計画を提示する(prescribe)のは看護者である.看護者はどのようにしたらアウトカムが達成できるかということを明らかにする.

 ANA(アメリカ看護婦協会)の示している基準IV(ケア計画)は以下のようである.

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 プロビデンス病院におけるクリニカルパスウェイの取り組みは次の3つの大きな視点をもって行われている.

1)プロビデンス病院の経営戦略

2)プロビデンス病院の年間のゴール

3)組織機能全体にわたる質の向上プログラム(IOP)

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 看護婦は医療・看護上のいろいろな問題を解決し,変化を起こすことができる.看護婦はそのような立場を利用することでリスクマネージャーとして重要な役割を果たすことができる.リスクマネージャーの役割を,事故や間違いを見つけたり,何か悪いことが起こったときにその関係者を解雇したり,「あなたが悪い」とその責任をとる人を見つけだす人だと誤解している人もいる.このような誤解があると,事故が起こっても報告する人がいなくなり,効果的なリスクマネジメントができなくなってしまう.

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 リスクマネジメントの基本は,リスクを見出し,システム全体に働きかけることで医療の質を高めることにある.この質の管理が働く人々を守り,患者を守り,病院を守ることにつながる.しかし質の評価をどんなものさしで評価するか,またリスクマネジャーとの関係など必ずしも明確ではない.リスクマネジメントと質の評価は境目がないに等しい.

 IOP(Improving Organization Performance)のムーブメント以前,患者中心の質的なものを見る基準はなく,1996年に初めてIOPが出され,患者のケアの質を評価し向上させるものに変わってきた.

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 クリティカルシンキングは,看護過程全体および,看護過程の各側面にどのように影響をもたらしているのだろうか.看護過程においてはクリティカルシンキングに関連した次の3つの能力が欠かせない.それは,①diagnostic reasoning(診断推論),②clinical inference(臨床推論),③clinical decisions(臨床決定)である(図1).

 これらが意味するのは,①診断をつける時,起きている現象の理由となるものを見出していく時にクリティカルシンキングが必要である,②患者から様々な情報を収集し,その情報から臨床的に予想されることを考え,結果的にはこうなるであろうと,その結果を自ら想定していくにもクリティカルシンキングが必要であること,さらに,③何をするのか決定するにもクリティカルシンキングが必要であるということである.

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参加のきっかけ

 乙部 岩手医大病院で臨床経験は25年になります.助産婦ですが,最初は小児科病棟に1年,次に産科病棟に21年,その後は今のNICUに勤めて足掛け4年になります.看護学校で母性,小児の講義を15年ほど,年に数か月間だけ講師として講義してきました.

 NICUでの経験で言いますと,そこで問題点をリストにあげようとすると,どうしても疾患に目が向いてしまう.スタッフは「NICUでは業務に追われて処置が多く,思うような看護ができない.また,していないのではないか」と言います.「本当に看護をしていないのだろうか」と,かねがね思っていました.500~600gの小さい児の呼吸を楽にするにはどうしようか,小さな身体の消耗を最小限にとどめて安静を保持するにはどうしたらいいのかと,看護婦それぞれが工夫している.しかし,スタッフには看護をしている実感がないのです.

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 医療が変遷する中,看護もケアの質の向上,患者の在院日数の短縮,医療コストの削減,リスク管理,クリニカルパスによる統合医療など多くの課題を抱えており,東京慈恵会医科大学においてもそのことが盛んに討議されるようになった.そのような状況をうけて,医療の質の向上と効率的な病院運用,そして患者サービスの向上のために,数年前より幹部職員(看護部および事務部など他部門15~16名)の海外研修がプロビデンス病院を中心に(約2週間)開始された.

 新しい医療体制に向けての看護実践は看護教育においても無関係ではない.たとえば在院日数短縮は学生の実習に影響を及ぼす.リスクマネジメント,クリニカルパスウェイについても同様である.

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 看護過程は看護の専門職としての責任を果たすために活用する,体系化された方法である.私たち,現場で働く臨床看護婦・士は,この方法を用いることをしないで,看護の実践をしているとはいえない.

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 私はもう30年以上をアメリカで看護婦として過ごしていて,きっと今でもアメリカの看護にどっぷりつかった状態にいると思います.

 そもそも,高校を卒業して天使女子短期大学に入ったのが,私の看護の始まりでした.看護というものについてあまり考えず,むしろまったく知らないで短大に入りました.1年次から2年次に進んでも,看護者になるということは考えませんでした.そして,ことあることに先生から呼ばれて,「このままでは退学だよ」と言われていました.それほど,看護者には向かない学生で,でも,元気だけはあったらしくて,とっぴなことを言ったり,考えたりしていたようです.

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はじめに

 21世紀最初の年は,日本のハンセン病にとって記念すべき年となった.かつてマスコミがこれほど大々的にハンセン病問題を取り上げたことはなかったし,国民の関心や共感がこれほどこの病気に注がれたこともなかったからである.

 筆者は,本誌96年8月号(37巻8号,p. 608-612)に「らい予防法の廃止を人権の視点から考える」と題する小論を書き,同年4月に成立した「らい予防法の廃止に関する法律」によってハンセン病に関する全ての法規制がなくなり,この病気が一般病院で治療する普通の病気になったことの意義を考察した.

問われている故郷愛 徳永 進
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 ハンセン病の元患者さんたちが国を相手に「国家賠償法訴訟」を起こし,熊本地裁で国の誤りが認められ勝訴し,政府が控訴断念を発表して2週間が経つ.まだしばらくは,1人ひとりの補償額をめぐって熱い日々が続くだろう.ハンセン病のことでこれだけ熱い風が吹くのは,日本のハンセン病史上初めてではないかと思われる.予想しなかったこの一連の動きを,少し冷めた気持ちで見つめようとしているが,熱い風が吹けるなら,なるべく長く吹いたほうがいいし,国会や裁判所という特別なところだけでない場でも可能な限りの熱い風が吹いて欲しいと思う.あまりにも長い時間,ハンセン病者の周りには,冷たい風しか吹いてこなかったからである.

 今回の裁判で取り上げられた言葉には,強制収容,隔離,偽名,断種術,らい予防法など,いくつかの鍵言葉(キーワード)があるが,多くの人が心に留めた言葉として“不作為”があると思われる.人間性を奪われた状態にしておいて,誰もが何もしなかったという“不作為”である.これは重要な鍵言葉だと思った.誰に対して?国会議員?そんなことではないだろう.国民1人ひとりに対してだろう.国民1人ひとりに“不作為”を問うている,と受け止めるべきだろうと思われる.

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 今年連休明けの5月11日に,かねてハンセン病療養所入所者と国の間で係争中の「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟の判決が,熊本地方裁判所で下された.

 判決は,第1には,同法(新法)が制定された1953年前後の医学的知見などを総合すると,遅くとも1960年以降は,ハンセン病隔離の必要性が失われていたこと,したがって厚生省は,その時点で隔離政策の転換をする必要があったにもかかわらず,これを怠った.この点について,厚生大臣の職務行為に国家賠償法上の違憲性および過失があること.

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はじめに

 「らい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟」は,熊本,東京,岡山の3地方裁判所(以下「地裁」と略記)に提訴されていたが,たまたま2001年5月11日の第74回日本ハンセン病学会総会の日に熊本地裁の判決が下った.

 判決では,厚生大臣のハンセン病政策遂行上の違法及び過失,国会議員の立法行為の国家賠償法上の違法及び過失,除斥期間の規定不適用を認め,弁護士費用を除く800万ないし1400万円の損害額の支払いを命じた.

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 2001年5月11日,「ハンセン病国家賠償訴訟」において,熊本地裁は原告全面勝訴の判決を下した.翌日の朝刊に掲載された判決要旨を読み,よくぞここまでまとめられたと,感動したのは私1人ではないだろう.この熊本地裁の判決から2週間以内に,国は控訴するかしないかを決定しなければならない.新聞各紙は「控訴」の方向で進むと信じて疑わない紙面を作っていたから,23日の「控訴断念」の決定は,喜びと驚きが一緒になって押し寄せてきた.しかし,その報道を前に,元患者を思って「よかった」と安堵し,元患者の側に立って喜ぶことで,にわかに理解者になったつもりで終わってはならないのではないか.

家族への想い 満留 弘美
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 この3月まで,私は多磨全生園の看護婦長として勤務していました.患者の家族への想いについて,お話ししたいのですが,はじめにお断りしておきたいのは,ここでいう「患者」とは,具合が悪くなって病棟に入院した患者さんのことです.多磨全生園に暮らしていても,現在では治っているのでハンセン病の患者ではありません.療養所に暮らす人は「入所者」と呼ばれます.治療病棟に入院した場合に「患者」と言います.

 患者さんの家族への想いは年をとればとるほど,自分の命が短くなればなるほど深くなり,死の間際には切ないほど家族の愛を求めますね.かつて,韓国の方で,娘さんたちがお母さんの側にソファベッドを置いて,ずっと見守っていたことがありましたが,こういうことは,たいへん稀です.患者さんの想いに,なかなか応えてくれない家族が多いのが現実です.

自分の夢 山下 道輔
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 今から60年前,12歳のときに父親と全生園に来たので,姉とすぐ下の弟と妹とその下の弟2人の5人の子どもをお袋は1人で育てた.自分が若いとき父親は園で亡くなった.昔は時々お袋が姉と妹を連れて来てくれた.お袋はボケがきても自分のところにだけは1人で来てくれていた.そのお袋が来ないからボケがすすんだのかなあと思っていると,2年前にお袋が亡くなっていたことを妹より知らされた.自分はお袋っ子であったから,姉妹が自分に知らせれば飛んで来るだろうと想像して悩んだんだと思う.知らせなかったということは,やはり知らせられない事情があったんだと思う.

 その姉が今,脳の病気で意識もよくないらしいが,姉の家族のこともあるし,電話もできない.妹からの連絡を待つだけだ.その妹のことをお袋は,「銀行員と結婚して幸せに暮らしている」と脚色して自分には話していた.「しばらくはいっしょにやっていたけれど,そりがあわなくて別れて,今は1人なんだ」というようにも聞いていた.お袋が死んだ後に「お母さんそんなこと言ってたの,ず一っと独身よ」と言った妹が,すぐ下の弟が死んだときは知らせてくれた.2人の弟は今でも自分のことは知らないでいる.園内でも少しは差別,無視があったが,この中にいる限りは入所者ばかりなので,直接の差別,偏見の風には当らなくてすんだ,けれど,社会で生活しなければならない家族はそうはいかない,自分より大変だっただろうと思う.

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 私は16歳の頃,熊本のハンセン病療養所で初めてハンセン病の患者さんに出会った.そして,大きな衝撃をうけた.当時のハンセン病に対する社会の認識は,まだ偏見に満ちたものであったが,私自身は十分な知識のないまま,何が何でも,この気の毒な人たちの傍らで働きたいと思った.

 その後,看護学校を卒業し,東村山市にある国立療養所多磨全生園に勤めた.はじめは外科病棟に勤務し,臨床で12年間働いたのちに,看護学校の教官になった.多磨全生園付属看護学校での10年間の経験を通し「ハンセン病と看護教育」という視点から述べてみたい.

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 1961年冬,私はハンセン病療養所・栗生楽泉園に准看護婦として就職しました.看護婦は少なく,准看護婦との仕事の区別はありませんでした.療養所から約8km離れた鉱山で働く両親とともに7歳からそこに暮らした私は,周囲の大人からハンセン病(らい病)のことを話に聞くことはありましたが,実際に療養所のなかに入ったのはこの時が初めてでした.

 初めてつく仕事,そのことに緊張するのは当然ですが,それ以上に,いままで知らなかった療養所内のさまざまなこと,風景がいまも昨日のことのように思い出されます.

特別寄稿

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不思議な病院

 諏訪中央病院は「予防からリハビリまでの一貫した医療」「地域に密着した手づくりの医療」「救急医療,高度医療を担う」を理念に掲げ医療活動を展開する366床の,茅野市・原村・諏訪市によって運営される自治体立病院だ.

 医療の進歩は日進月歩である.地域住民は,その地に居ながらにしていつでもその時々の最高の医療を受ける権利がある.諏訪中央病院は,新進気鋭のスタッフと最新の設備をもって24時間365日「生きるか死ぬかの時,最も信頼される病院」を目指してレベルアップを図り,住民の要望に応えてきた.

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緒言

 本学の周手術期看護の臨床実習(以後,成人外科系実習とする)は,「手術患者に対する基本的看護が経過に従って実践できる」という実習目標の達成を目指し,各学生に患者を受け持たせて,展開している.患者は,疾患の種類,重症度,治癒の経過などが異なる.また,実習期間のどの時期に受け持ち患者の手術があるかによって術前期間が長いケース,短いケースがある.このように,体験する内容も同様ではないことから,実習条件により学習に対する意欲や実習目標の達成感,実習に対する満足感にも違いが生じると思われる.

 「未知なる状況に置かれた時に『学んでいく力』」1)を身につけることは,変化の絶えない看護の場で学び続けるために必要不可欠である.臨地実習終了後は,意欲と主体的な姿勢が見られると大下らは述べている2)が,実習で得た経験は学生の意欲的な学習態度を育てる大きなきっかけになる.

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 筆者らはこれまで自治医科大学看護短大の最終学年の学生に対する実習教育の方法として「課題学習」方式を取り入れた実習を提案し,実践して7年を迎えた1~8).この教育経験を踏まえ,本稿では基礎看護学実習についてその方法論としての試みを報告したい.

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はじめに

 近年,老年人口の増加,医療技術の高度化,疾病の慢性化,医療に対する要望の多様化等,保健・医療を取り巻く社会状況は著しく変化している.このような状況下で,専門領域如何にかかわらず,常に看護婦(士)は,医療機関の内外で,苦痛を除外し,安楽を提供する必要に迫られているという現実がある1,2).また,「国際看護婦協会」の基本文書(1973)では,看護の理念と指針には,「健康を増進し,疾病を予防し,健康を回復し,苦痛を緩和すること」と明示されている.よって,苦痛を緩和することは,看護婦(士)の使命といっても過言ではない.そのため,「痛み」に関する科学的知識をもち,苦痛を緩和するための援助技術をもつ人材育成は,看護教育にとって重要な課題である.

 そこで,静岡県立大学看護学部では,「痛み」に関する知識・技術の修得を目標とした授業「特定領域看護」を4年次の選択科目として開講し,4年生の57人中50人が受講した.その授業概要と実際および評価結果を報告する.

連載 生活空間論 生命のみなもと・8

グループホーム(1) 外山 義
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 先号では高齢者施設におけるユニットケアについて述べた.そこでも触れたように,ユニットケアの源流は痴呆性高齢者グループホームである.

連載 アセスメント能力プラス1・8

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 食物の逆反応(ARFs)は,食物アレルギーといわれています.重症なアレルギーに悩まされている人は2~5%で,大人より子どもに多くみられます.子どもは成長すると,アレルギーからぬけ出る傾向がありますが,成人してからアレルゲンを吸収すると,気道反応を起こすことがあります.最も一般的な食物アレルゲンは牛乳,ナッツ,卵,魚などです.

 食物アレルギーの約40~70%に,咽頭粘膜浮腫,吐気,嘔吐,腹痛,腹部膨満,下痢などの胃腸症状が現れ,他にもアナフィラキシーがあります.

連載 医療と社会 ブックガイド・8

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 出産・助産というテーマについても,もちろんたくさんの本があるのだが,やはり大林道子の本をとりあげなくてはならない.『助産婦の戦後』は重要な本である.論争を喚起する性格ももつこの本への批判があったのか,もっと詳しく調べられ,否定されている部分があるのか.あったと聞いたことはないが,私はこの領域の研究の蓄積について知らないから確かではない,ただ,あったとしても,この本が1989年に出され,今ここにあることの意味は大きい.

 他の著書の記載などにもよると,大林は1959年に東京女子大学文学部社会学科を卒業.出版社に勤務.職場での性差別,とくに意識の中の差別に出合う.女性解放運動の先進地の一つ米国で勉強しようと,1976年から1979年まで米国に滞在し,カリフォルニア州立大学サクラメント校の大学院で社会学を専攻しつつ,女性学のクラスをいくつか聴講,その一っが「Mother/Woman/Person」と題された講義だった.その中で,米国の出産・助産の歴史が扱われ,教師に日本の助産,助産婦について問いかけられたが,その問いにきちんと答えられず,帰国して調査にかかる.

連載 生涯学習をめざす看護職者のために・4

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 看護研修研究センターは,1977(昭和52)年に看護教員養成および看護教育研究を目的に唯一国の機関として設置された.運営は国の直轄であり,厚生労働省医政局看護課に位置付けられている.

 看護教員養成は1948年に3か月コースが開始されて以来,1966年には6か月コースとなり,東京以外の地方都道府県にも委託するなど,教員養成研修を強化している.さらに,看護教育の質の向上を図る必要性から厚生省(当時)は当センターに教務主任や学校長など学校管理者の教育として幹部看護教員養成課程(1年間,設置:1977),看護教員養成課程(1年間,設置:1978)を設置した.併せて,看護教育の国際協力を促進するため海外研修生受け入れ課程も設置(1981)した.

連載 看護に生かす哲学 看護学生との対話・5

アリストテレスの哲学 石井 郁男
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[登場人物]

A 哲学教師

B 看護学生

海浜動物の観察(資料1)

B アリストテレスの勉強ぶりは相当のものだったようですね.

A アリストテレスは学園の図書室の本すべてを読むような人だ.プラトンが「彼には手綱が必要だ」と言っている.当時,アテネの町の市場でいろいろな本が売られていたが,その頃の本は今のような印刷された本ではなく,すべて手書きの手写本だ.パピルス紙に手書きした高価な本のことだが,彼はそうした本も買って読みつくしていた.

連載 人間関係論 より豊かな共生を・2

人間関係の生涯発達 服部 祥子
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新生児期の人間関係母親との出会い

 1つのストーリーがある.

 ≪生まれたばかりのちっちゃなマルティナは,頭を少しかしげ,大きな黒い瞳を見開いてはじめてこの世を眺めた.その時彼女のすぐ眼の前に彼女を見守るローレンッ博士の顔があった.マルティナは博士の顔をじっと見つめた.実に長い間じっと.そしてローレンッ博士がほんのわずかに体を動かし,ひと言ふた言つぶやいた時,マルティナは早口で何ともいえぬ感情のこもった声をもらした.

連載 基本から学ぶクリティカルケア看護・11

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はじめに

 内分泌や代謝疾患は,一般に慢性の経過をたどることが多いのですが,病気があることを知らずに悪化したり,療養中に突発的なことが起きて急激に生命の危機に陥ることがあります.このような患者は,緊急入院になることが多いので,看護者は患者・家族の心理的動揺に配慮しながらケアを行い,また,状態安定後の生活指導を視野に入れながら情報収集に努める必要があります.

 なお,内分泌・代謝疾患は多くの種類がありますが,本稿では糖尿病性昏睡,甲状腺クリーゼ,副腎クリーゼについて述べます.

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 2000年7月29日~8月13日の2週間にわたり,ワシントンDCのカトリック大学とプロビデンス病院で行われた海外研修に参加した.このセミナーは,「看護過程」を通して,看護の様々な理論を,臨床での実践に結びつけることを目的に住吉蝶子光生(札幌医科大学)を中心に企画されたものである.1993年に第1回セミナーが行われ,私たちは7回目のセミナーに参加した(今年も開催される予定である).

 会場となったカトリック大学は,看護界に看護過程を初めて紹介した人物の一人である,メリー・ウォルシュ氏や,セルフケア理論を構築したドロシー・オレム氏が教鞭をとったことで名高く,多数の著書が同大学から出版されている.

海外文献にみる看護教育学研究

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 近年における若年層のストレス耐性の低下や自尊心の向上,職業意識の低下といった傾向は,看護学生においてもとりわけ珍しいことではなくなった.さらに,看護教育の大学化が進み,社会的ステイタスが少しずつ変化し始めた一方で,看護学に対するモチベーションが明確でなく,大学教育課程において一度は進路の変更を思案する学生も増えてきた.

 臨地実習においては,本当に苦しむ「人」をはじめて目の当たりにし,対処のしようがないと悩む学生もいれば,「痛い」ものは仕方がない,「医師の指示」に従うことが自身のあるべき役割だと考える学生もいる.

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 40巻1号は,大学院教育の外部評価者に関するもの,クリティカルシンキングの妥当性と可能性に関するものなど,看護教育における測定と評価に関する報告がされている.2号前半は,大学の看護研究教育方法を評価している研究の妥当性を評価し,4つのカテゴリーにまとめている論文,アルコール障害者に対する看護の知識と姿勢を向上させる目的で開発された,看護大学生への早期介入教育プログラムの効果を研究した論文などが報告されている.本稿はこのなかから,判断の歪みを正す試みの研究と登録看護婦が学士を取得するための看護単位認定に関する研究を紹介する.看護大学の増設,編人制度の見直し,科目履修の設定など学士号を持つ看護職を増加させようとしている日本においても興味深い論文と思われる.

基本情報

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看護教育
42巻8号 (2001年8月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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