臨床眼科 57巻6号 (2003年6月)

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要約 63歳男性と65歳女性に眼外傷が幼少時にあり,約50年前に眼球内容除去術とカフス型義眼台挿入術を受けた。最近になって義眼の偏位や脱出が顕著になり,装用が困難になった。義眼台と残存している強膜を摘出したのち,バイオセラミック義眼台を挿入し,摘出した強膜で義眼床を再建した。以後2年間の観察で,義眼床に感染や異物反応はなく,義眼台は眼窩内に安定していた。義眼台を覆う強膜に縫着した四直筋は,術直後から他眼と協調する良好な動きを示した。

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要約 過去14年間に当科で手術または生検を行い,病理組織学的に診断された15歳以下の眼窩腫瘍56例を検索した。男児27例,女児29例であり,初回手術時の年齢は2歳児14例が最も多かった。1例を除き,全例が片眼発症であった。腫瘍の部位は,筋円錐内7例,筋円錐内外8例,筋円錐外41例であった。筋円錐外の内訳は,眼窩上側10例,眼窩下側1例,眼窩耳側1例,涙腺部3例,眼窩縁25例であった。手術または生検の方法は,経眼窩縁49例,経頭蓋底7例,経結膜1例であった。経眼窩縁法のうち,6例が骨形成的骨切除を必要とした。良性腫瘍51例(91%),悪性腫瘍5例(9%)であり,その組織型は,類皮囊腫50%,血管腫23%などであった。

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要約 生後2週の女児が右眼の小眼球で受診した。角膜径は右2.5mm,左10mm,眼軸長は右10mm,左16.5mmであった。各種の画像検査で,眼球内容と交通する囊胞様病変が右眼球の後上方に検出された。囊胞が径20mmに増大したために,生後21週で眼球と囊胞を摘出した。摘出眼は病理組織学的に胎生裂閉鎖不全が原因である先天性眼窩眼瞼囊胞であった。胎生裂閉鎖不全による囊胞は眼球の下方にあるのが通例であるが,本症例では後上方にあった。術前の診断と治療方針の決定には,画像検査,特に超音波顕微鏡(ultrasound biomicroscope:UBM)が有用であった。

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要約 眼底が透見不能な原因不明の硝子体出血11例11眼に対して,過去5年間に硝子体手術を行った。年齢は44~92歳,平均72歳である。発症から手術までの期間は4~730日,平均117日であり,術後観察期間は90~390日,平均206日であった。術中診断は,網膜裂孔または裂孔原性網膜剝離4眼,網膜細動脈瘤3眼,網膜静脈分枝閉塞症3眼,加齢黄斑変性1眼であった。網膜裂孔,または裂孔原性網膜剝離の4眼では早期に手術が行われ,視力転帰がよかった。長期間放置され,手術適応を逸した網膜下出血では視力転帰が不良であった。原因が不明で重度の硝子体出血に対しては,術後に判明する原疾患にかかわらず,硝子体手術を発症から1か月以内に行うことが望ましい。

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要約 53歳男性が数日前からの左眼霧視で受診した。6年前から左眼ぶどう膜炎として加療中であった。矯正視力は右1.0,左0.8で,左右眼とも約-4.5Dの近視であった。左眼に虹彩炎の所見と硝子体混濁があり,周辺部眼底の3方向に色素沈着を伴う瘢痕病巣があった。蛍光眼底造影で網膜静脈炎の所見があった。血清のトキソプラズマ抗体値は32倍でやや高かった。3か月後に左眼視力が0.4に低下し,硝子体混濁が増加し,滲出斑が中心窩の鼻側に出現した。さらに1週間後に左眼視力が0.06になった。蛍光眼底造影で上耳側と上鼻側の動脈枝への流入遅延があり,網膜動脈分枝閉塞症が2か所に生じたと解釈された。これらの所見から眼トキソプラズマ症が疑われた。クリンダマイシンと副腎皮質ステロイド薬の全身投与を行い視力が0.3に回復したが,動脈枝閉塞に由来する視野欠損が残った。眼トキソプラズマ症に複数の網膜動脈分枝閉塞症が続発した稀な症例である。

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要約 強膜輪状締結術で復位した裂孔原性網膜剝離39眼にビデオによるインドシアニングリーン蛍光眼底造影を行った。渦静脈膨大部の拍動が20眼で観察された。うち11眼では拍動する膨大部が上耳側にあり,9眼で原因裂孔の位置と一致していた。3眼では拍動する膨大部が3象限にあり,網膜深層の病巣が多発していた。これらが属する脈絡膜静脈は他の象限よりも狭細化し,蛍光輝度が高かった。バックルを除去した2眼ではこれらの所見が軽減した。強膜輪状締結術が脈絡膜の循環動態に大きく影響することと,拍動が複数個の膨大部にある眼には網膜病変が好発することを示す所見である。

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要約 裂孔原性網膜剝離4例4眼に硝子体手術とシリコーンオイル注入が行われた後に,強い前部増殖性硝子体網膜症が発症した。全例にシリコーンオイル抜去と周辺部の増殖膜切除を行い,3眼で網膜復位を得たが,矯正視力は0.1前後であった。1眼は眼球癆になった。4例に共通した状況として,シリコーンオイル留置が長期間であったことと,初回硝子体手術の際に周辺部硝子体の切除が不十分であったことが,前部増殖性硝子体網膜症の誘因になったと考えられる。このような状況がある眼に対しては,早期にシリコーンオイルを抜去し,周辺部残存硝子体を処理することが望ましい。

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要約 過去5年間に原田病患者30例が当科を受診した。男性11人,女性19人で,すべて両眼発症であった。年齢は10~73歳,平均47.1歳であった。30歳以上が29人(97%),60歳以上が5人(16.7%)で従来の報告よりも高齢者が多かった。病型を,前眼部型,眼底型,両者を含む混合型に分けるとき,30歳代では眼底型が57.1%であるのに対し,60歳以上はすべて混合型であった。乳頭浮腫は,40歳未満で12.5%,40歳以上で59.9%にあった。乳頭浮腫がある症例では,インドシアニングリーン蛍光造影で,脈絡膜造影開始が有意に遅延していた。加齢とともに脈絡膜を含む眼内循環動態が変化し,原田病での臨床像に関係している可能性がある。

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要約 原田病10例20眼を副腎皮質ステロイド薬の全身投与を行わずに治療した。男性6例,女性4例で,年齢は24~74(平均48)歳であった。発症から受診までの期間は3~33日,平均10.3日であった。初診時の視力は0.06~1.2で,0.2以下が4眼,0.4~0.7が11眼,0.8以上が5眼であった。全例に散瞳薬と副腎皮質ステロイドを点眼し,2例にはデキサメタゾンの結膜下注射を行った。全身的にはビタミンCと柴苓湯を投与した。治療効果は,視力,前房所見,漿液性網膜剝離,炎症の遷延ないし再発で評価した。9例18眼で1.0以上の最終視力が得られた。網膜剝離は7~48日で消失し,その平均持続期間は21.3±14.0日であった。1例で寛解から5か月後に前房の炎症が再発した。8例に夕焼け状眼底が生じた。今回の原田病症例群の経過は,副腎皮質ステロイド薬の全身投与を行ったときのそれに匹敵すると評価される。

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要約 眼サルコイドーシスとして治療または観察中の4例に網膜細動脈瘤が発生した。細動脈瘤は3例が片眼性,1例が両眼性であった。すべて女性で,年齢は51,54,62,66歳であり,細動脈瘤の好発年齢よりも若かった。全例に高血圧などの動脈硬化性疾患があり,3例に重篤な心疾患があった。細動脈瘤はぶどう膜炎が鎮静化した時期に出現した。治療として3眼に光凝固を行った。動脈硬化性疾患がある眼サルコイドーシスでは,炎症の鎮静期に網膜細動脈瘤が発生する可能性があるので注意を要する。

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要約 50歳代の3症例を多発性後極部網膜色素上皮症と診断した。1例は片眼性,2例は両眼性であり,視力低下や変視症などの自覚症状が3年から8年間続いていた。2例は以前に他医で中心性漿液性脈絡膜網膜症と診断され光凝固を受けていたが,再発を繰り返していた。男性の1例は八味丸エキスで寛解し,再発に対しては清心連子飲が有効であった。他の男性例には,まず柴胡桂枝湯,ついで柴苓湯を投与した。女性例には加味逍遙散を投与した。これら2例は,治療期間が短いので効果判定には至っていない。多発性後極部網膜色素上皮症に漢方薬治療が奏効する可能性がある。

若年者における緑内障 岡田 芳春
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要約 1年間に当眼科を受診した患者14,611名について緑内障の早期発見を行った。男性5,216名,女性9,395名であり,年齢は12~68歳,平均26.2歳である。まず乳頭陥凹,眼圧,屈折,家族歴について問題がある者にハンフリーFDTスクリーナによる視野検査を行い,「緑内障疑い」と判定された150名(1.1%)は紹介病院で精査を受けた。最終的に40歳未満の17名(0.12%)が緑内障と診断された。男性5名,女性12名で,正常眼圧緑内障14名,原発開放隅角緑内障3名である。自覚症状のない緑内障の発見にハンフリーFDTスクリーナが有用であった。

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要約 加齢黄斑変性症8例8眼に中心窩脈絡膜新生血管の抜去手術を行い,同時に中間周辺部から採取した網膜色素上皮を自家移植した。年齢は57~79歳,平均70歳であり,新生血管の大きさは6眼がGass分類の1+2型,2眼が1.5乳頭径以上の2型であった。視力はすべて0.3以下であった。術中と術後29~36か月,平均32か月の経過観察で,重篤な合併症はなかった。網膜色素上皮を採取,または移植した部位に新生血管の出現はなかった。1眼で,新生血管抜去部の縁に新生血管が1年後に再発した。移植した網膜色素上皮は凝集塊として接着したが,機能はなかった。網膜色素上皮の採取法と移植法の検討が必要である。

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要約 1月~4月までの期間に受診したアレルギー性結膜疾患123例について,抗アレルギー点眼薬の効果判定を企画した。男性40例,女性83例で,年齢は5~86歳,平均46.9歳である。疾患では,季節性アレルギー結膜炎が101例(82.1%)と最も多かった。自覚症状は,そう痒感,羞明,流涙,眼脂,異物感,眼痛の6項目について,0から3+まで4段階の点数の合計で表示した。他覚所見は,10項目について0から3+まで4段階の点数の合計で表示した。点眼薬は,クロモグリク酸ナトリウム(DSCG)とイブジラスト(IBRA)のどちらかとし,無作為に振り分けた。点眼開始から7~10日後に治療効果を判定した。他覚所見が10点以下の軽症例では自覚症状が軽快したが,約40%の症例では十分に改善せず,他の薬剤による追加治療が必要であった。そう痒感の改善率は,他覚所見の合計点の改善度と強く相関した(p<0.001)。DSCGとIBRAの間に,自覚的な効果の差はなかった。他覚所見が5点以下でそう痒感が軽度な症例では単剤療法が無効であることが多く,点眼薬の選択と,他疾患との鑑別に留意する必要があると判断された。

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要約 β遮断薬を点眼している緑内障10例18眼をベタキソロール点眼に切り替え,前後各2年間の視野への影響を検索した。病型は原発開放隅角緑内障12眼,正常眼圧緑内障4眼,慢性閉塞緑内障1眼,落屑緑内障1眼である。12眼ではチモロール,6眼ではカルテオロールを使用中であった。切り替え前の平均眼圧は16.6±0.7mmHg,切り替え後は15.7±0.8mmHgで有意差はなかった。視野はハンフリー自動視野計で評価した。平均網膜感度変化指数(mean deviation:MD)値は切り替え前では悪化傾向があったが,切り替え後には変化がなかった。緑内障性視野障害の進行に対し,ベタキソロール点眼が非選択的β受容体遮断薬と比較して有効である可能性を示す所見である。

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要約 5歳男児が前日からの右眼眼痛で受診した。在胎期間25週,出生体重624gの未熟児で,肺成熟不全症(Wilson-Mickity症候群)であった。生後7か月に,両眼に水晶体後部線維増殖と牽引乳頭があり,未熟児網膜症瘢痕期分類grade 4と診断された。眼圧は右60mmHg,左20mmHg,眼軸長は右17.4mm,左17.8mm,両眼とも浅前房であった。右眼の急性緑内障発作と診断した。両眼に周辺虹彩切除術を行い,眼圧は下降した。退院時の屈折は両眼とも-5Dの近視であった。2か月後に虹彩切除部が再閉塞し,眼圧が再上昇した。再度の周辺虹彩切除術で12か月後の現在まで眼圧は下降している。本症のような未熟児網膜症瘢痕期に生じる急性緑内障発作には,瞳孔ブロックや水晶体後部線維増殖組織による水晶体の前方移動以外の機序が関係している可能性がある。

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要約 白内障手術中に後囊が破損した症例中6例6眼で,持続する術後高眼圧に対して手術が必要であった。3眼では眼圧上昇の原因が同定できた。粘弾性物質の前房内残存,水晶体核の硝子体への落下,前房出血と炎症の各1例がそれである。これら3眼ではその原因を手術的に除去することで眼圧が正常化した。他の3眼中1眼には落屑症候群があり,2眼では高眼圧の原因が同定できなかった。これら3眼では最終的に緑内障手術が必要であった。眼圧上昇の危険因子がある症例では,白内障手術に際して十分な注意を払い,併発症を避けるべきである。

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要約 網膜静脈閉塞症87例について血液性状を検索した。網膜中心静脈閉塞症52例と網膜静脈分枝閉塞症35例,静脈閉塞は虚血型46例,非虚血型41例であり,年齢は42~91(平均67)歳であった。血液性状は,網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症,虚血型と非虚血型とで差はなかった。経過中に網膜静脈閉塞症が非虚血型から虚血型に移行した13例では,移行しなかった28例に比べてアンチトロンビンIIIが有意に低かった。凝固に関係する血液性状の変化が網膜静脈閉塞症の経過にある程度影響する可能性がある。

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要約 25歳女性が左眼結膜充血で受診した。生下時から左三叉神経第1と第2枝に単純性血管腫があり,Sturge-Weber症候群と診断されていた。形成外科で眼瞼を含む顔面血管腫に対して全層植皮術を受けていた。矯正視力は右0.7,左0.8であり,右に約-11D,左に-6.5Dの近視があった。左眼に網膜の血管拡張と蛇行があり,上鼻側に裂孔原性網膜剝離があった。網膜血管は赤道より周辺で狭細化または白線化し,この部位に萎縮性円孔が生じていた。網膜復位術を行い,虚血網膜に対して光凝固を行った。網膜血管異常と裂孔原性網膜剝離が本症候群で起こりうることを示した症例である。

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要約 目的:硝子体切除と眼内レンズ挿入を同時に行う硝子体トリプル手術で復位した網膜剝離眼での術後屈折値の検討。対象と方法:硝子体トリプル手術を行った裂孔原性網膜剝離15眼と,白内障手術と眼内レンズ挿入のみを行った白内障28眼について,術後6か月以上の時点での屈折値と予測値とのずれを診療録の記述に基づいて検討した。結果:網膜剝離群は白内障群に比べ,平均0.5D(ジオプトリー)近視化していた。近視化は剝離が黄斑に及んでいる6眼で,黄斑に及ばない9眼よりも顕著であった。結論:硝子体トリプル手術で復位した網膜剝離眼では,術後の屈折値が予測値より近視側にずれやすい。これにはガスタンポナーデなどの単一な原因でなく,複合的な要因が関与していると推定される。

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要約 硝子体手術とSF6によるガスタンポナーデで術翌日に復位した裂孔原性網膜剝離50眼の眼圧変化を検索した。男性33人,女性17人で,年齢は35~84歳,平均55.9歳である。手術では,まず水晶体を乳化吸引し,硝子体を切除し,網膜下液を排除して裂孔を閉鎖したのち,20%SF6で硝子体腔を満たし,眼圧を15mmHgになるようにした。術後の眼圧測定には圧平眼圧計を用いた。術前眼圧は11.1±2.5mmHgであり,術後1日の眼圧は20.0±6.9mmHgで有意に上昇した(p<0.0001)。以後4週後まで眼圧は徐々に下降した。多変量解析で,術後の眼圧上昇は,剝離の範囲の広さ,眼軸長の長さ,術前眼圧の低さそれぞれと有意な相関があった(各p<0.05)。

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要約 2001年までの3年間に当病院の新生児集中治療室に入院し,眼科的管理を受けた119例について,未熟児網膜症の発症因子と重症化因子を検索した。未熟児網膜症の発症は33例(27.7%)にあり,光凝固などの治療を要した重症例は14例(11.8%)であった。網膜症の発症に有意に関連する因子は次の10項目であった。出生体重,在胎週数,人工換気日数,無呼吸発作,輸血,明らかな感染症,症候性動脈管開存,未熟児貧血,カテコラミン投与,慢性肺疾患(p<0.01)。網膜症重症化に有意に関連する因子は次の5項目であった。出生体重,在胎週数,輸血,明らかな感染症,慢性肺疾患(p<0.01)。

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要約 54歳女性が1か月前からの左下眼瞼腫脹で受診した。左涙囊部に弾性硬の腫瘤があり,涙囊造影で涙囊が腫瘍により外側に圧排されていた。生検を行い,免疫組織学的検査にてT細胞型のびまん性中細胞性悪性リンパ腫,peripheral T-cell lymphomas unspecifiedと診断された。全身検索にて他の臓器に病変を認めず,病期はAnn-Arbor分類Stage IEであった。放射線療法(39.6 Gy),化学療法(CHOP 3コース)を施行し,腫瘍は消失した。生検から16か月後の現在まで再発や転移はない。本症例は,涙囊部原発のT細胞悪性リンパ腫の初報告例である。

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要約 4歳男児が2か月前からの左肩甲骨の腫瘤で受診した。1歳11か月の頃から右眼が白く光ることがあった。2歳10か月で眼科を受診し,網膜芽細胞腫として右眼が摘出された。腫瘍塊は眼球の大半を占めていたが,視神経浸潤はなかった。病理診断は未分化型の網膜芽細胞腫であった。左眼には異常がなかった。左肩甲骨の腫瘤は,生検で網膜芽細胞腫の転移を診断された。化学療法で腫瘍は4週後に著明に縮小した。これに続いて上腕骨頭を温存する肩甲骨全切除を行い,抗がん薬の全身投与を合計14回行った。以後14年が経過した現在まで,再発ないし転移はない。網膜芽細胞腫の遠隔転移があっても,手術と化学療法で完治した症例である。

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要約 2例の眼窩底骨折に対してシリコンプレートの挿入手術を行った。1例は16歳男子でボクシングで受傷し,直後から嘔気と複視があった。受傷3日後に手術を行った。骨折は跳ね上げ戸型で,骨折部位に眼窩内組織が嵌頓していた。下転障害が残り,12か月後に患側の下直筋短縮術を行った。骨折部に絞扼された下直筋に麻痺があったと推定した。他の1例は19歳男子で角材で右眼を殴打され,複視があった。受傷12日後に手術を行った。骨折は穿孔型で,術後の下転障害は3か月で改善した。眼窩底骨折での手術後の経過には骨折の型が関与する。

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要約 71歳男性が3か月前からの左眼中心暗点で受診した。矯正視力は,左0.05で,左眼中心窩下に赤橙色の隆起があり,少量の網膜下出血と漿液性網膜剝離がその周囲にあった。インドシアニングリーン蛍光造影で,異常血管網とその先端部に多数のポリープ状病変があり,ポリープ状脈絡膜血管症と診断した。これに対して経瞳孔温熱療法(TTT)を行い,出力280mW,時間60秒,径3mmで波長810nmのレーザーを1回照射した。2か月後に網膜剝離は顕著に軽減したが,照射3か月後に4乳頭径大の網膜下血腫が生じた。TTTでは新生血管とその周囲の細胞に作用して血管閉塞が起こると考えられているが,本症例での網膜下血腫は本療法の合併症である可能性がある。

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要約 眼サルコイドーシスの2例に脈絡膜肉芽腫が生じた。1例は32歳女性。汎ぶどう膜炎が両眼にあった。プレドニゾロン内服を漸減中に,左眼黄斑部近傍に漿液性網膜剝離を伴う2乳頭径大の網膜下隆起性病変が生じた。他の1例は26歳男性。右眼黄斑部に漿液性網膜剝離を伴う3乳頭径大の網膜下隆起性病変が初診時にあり,その後サルコイドーシスと診断された。両症例ともプレドニゾロン内服が奏効したが,男性例では投薬の漸減中に再発し,病巣が拡大した。両例とも最終的に肉芽腫は瘢痕化した。サルコイドーシスによる脈絡膜肉芽腫に対する副腎皮質ステロイド薬投与では,十分な初期量と経過に応じた漸減が必要である。

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要約 56歳男性に5日前からの両眼充血,羞明,頭痛があり,2日前から両眼視力が低下して受診した。矯正視力は右0.7,左0.6で,両眼に虹彩炎の所見があった。5日後に視力が両眼とも0.03に低下し,下方眼底に胞状網膜剝離,後極部一帯に多発性の黄白色滲出斑を伴う漿液性網膜剝離が出現した。これら滲出斑は急性後部多発性斑状網膜色素上皮症(APMPPE)に酷似していた。フルオレセイン蛍光造影で黄白色斑は造影早期に低蛍光を呈さなかった。眼所見と全身所見から原田病と診断した。副腎皮質ステロイド薬の全身投与で網膜剝離は寛解し,視力が左右とも1.2に回復したが,夕焼け状眼底になった。

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要約 26歳男性が6日前からの左眼霧視と上方の視野欠損で受診した。矯正視力は右1.5,左1.2であった。左眼黄斑の下方に2~3乳頭径大の地図状萎縮があり,その上縁に浮腫があった。この萎縮巣はフルオレセイン蛍光造影で早期に低蛍光,晩期に色素漏出を伴う過蛍光を呈し,インドシアニングリーン蛍光造影で早期から晩期まで低蛍光であった。2週後に萎縮巣が中心窩に達し,視力が0.2に低下した。副腎皮質ステロイド薬のパルス療法で病変が寛解し,0.9の視力を現在までの1年間維持している。

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要約 血管新生緑内障を伴う糖尿病網膜症29例40眼を過去6年間の診療録の記録に基づいて検索した。男性22例32眼,女性7例8眼で,年齢は47~74歳,平均58歳であった。当初から光覚弁がない症例と手術が行われている症例は除外した。32眼に光凝固を追加し,24眼に緑内障手術を行った。最終的に34眼(85%)が薬物療法下で眼圧20mmHg以下にコントロールされた。20眼(50%)で0.1以上の最終視力が得られ,9眼(23%)が0.01未満であった。0.1以上の最終眼圧は,血管新生緑内障の発症時の眼圧が21mmHg以上の29眼中18眼(62%),20mmHg以下の11眼中2眼(18%)で得られ,有意差があった(p<0.05)。糖尿病網膜症患者に続発する血管新生緑内障に対しては,眼圧上昇の有無にかかわらず精力的に加療すべきである。

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要約 目的:糖尿病網膜症に併発した血管新生緑内障に対して必要な光凝固数の推定。対象:虹彩または隅角に新生血管がある糖尿病網膜症で,過去6年間に光凝固を行い,6か月以上の経過観察ができた29例40眼を検索した。男性22例32眼,女性7例8眼で,年齢は33~74(平均58)歳であった。結果:行われた光凝固数は,1眼あたり613から4,655発で,中間値は1,725発であった。最終視力は,光凝固数が中間値の1,725発以上の群がそれ以下の群よりも有意によかった(p<0.05)。結論:糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対しては,1,725発以上の光凝固を追加して治療するべきである。

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要約 49歳女性が右眼の飛蚊症を主訴として受診した。7か月前に慢性糸球体腎炎による腎不全に対して母親から生体腎移植を受け,複数の免疫抑制剤が投与されていた。視力は良好であったが,右眼眼底に滲出斑と小出血斑が散在していた。房水からサイトメガロウイルス―DNAが検出され,サイトメガロウイルス網膜炎と診断した。腎移植後にガンシクロビル(GCV)の全身投与を受けた際に肝機能障害を起こしていたので,GCVの硝子体内注入を4回行い,使用中の免疫抑制剤を減量した。さらに,右眼の病巣周囲に光凝固を施した。以後眼底病変は軽快し,2年後の現在まで再発はない。

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要約 72歳女性が3日前からの右眼視力低下で受診した。16か月前から激しい頭痛があり,8か月前に左眼視力が低下し,5か月前に失明した。受診時の矯正視力は右0.2,左0であり,虚血性視神経症と診断した。その5か月後に右眼視力が0.03に低下した。両眼に視神経萎縮,右眼に中心暗点,左眼に外転神経麻痺があった。単純CTと磁気共鳴画像検査(MRI)では頭蓋内と眼窩内に異常所見がなかったが,ガドリウム造影MRIで頭蓋底を中心に硬膜が肥厚し,両側の視神経に高信号があった。特発性肥厚性硬膜炎による視神経症と診断した。副腎皮質ステロイドのパルス療法を行い,硬膜の肥厚は縮小し,視神経の高信号は消失した。右眼視力は1.0になり,中心暗点は消失した。視神経症で肥厚性硬膜炎が発見された1例である。

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要約 特発性黄斑円孔7眼に硝子体手術を行った。硝子体をトリアムシノロンアセトニドで可視化したのち,後部硝子体剝離を4眼では乳頭部から開始し,3眼では黄斑耳側から開始した。操作が終了した直後の検索で,人工的な後部硝子体剝離は剝離を乳頭部から開始した4眼では完全であったが,黄斑耳側から開始した3眼では不完全で,硝子体線維が黄斑鼻側の網膜上に残っていた。以上の所見は,網膜と硝子体の癒着が黄斑の耳側よりも鼻側で強い可能性を示している。後部硝子体剝離を人工的に作製する際には,黄斑耳側からではなく乳頭部から開始するとよい。

連載 今月の話題

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 緑内障では,多くは抗緑内障点眼薬による薬物治療が第一選択の治療法である。この点眼治療は,点眼薬が1剤で有効な治療効果を得ることが望ましいが,眼圧や視機能の維持をはかるために2剤や多剤投与されることも多い。抗緑内障点眼薬は点眼が継続されてはじめていろいろな作用効果が期待できるが,日常の診療では,点眼薬いかんでは角膜への影響が問題となり,やむなく点眼治療を中断せざるを得ない場合もあり,単に点眼薬の効果だけに注目して処方するわけにもいかないのが実際のところであろう。

 そこで本稿では,抗緑内障点眼薬が角膜に及ぼす影響について,緑内障外来で点眼治療がなされている306例575眼において,点眼薬の併用数が増すことは角膜にどのように影響するか,選択する点眼薬により角膜との関係は異なるか,どの点眼薬の組み合わせが角膜にやさしいかについて角膜上皮バリア機能の面から調べることにより,抗緑内障点眼薬の選択に際して,効果の観点からだけでなく,角膜との相性の面からも考え合わせることが“よりよき緑内障治療”となることを述べる。

連載 眼の遺伝病 46

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PAX6とは?

 昆虫・両生類・爬虫類・魚類・鳥類・そしてヒトを含む哺乳類に至るまで,地球上に存在する多くの生物が類似した機能を持つ脳・感覚器・内臓・肢体を有する。近年になって,それらの形成に関与する遺伝子の多くが種の間で高度に保存されていることが解明されている。

 1992年,PAX6遺伝子変異が先天無虹彩症の発生に関与することがグレイサーら1)によって報告された。マウスの小眼球症の発生にもかかわるこの遺伝子はウニなどの下等生物からからヒトに至るまでさまざまな種の間でその塩基配列が保存されており2),その発見以来,発生学において最も注目される遺伝子の1つとしてさまざまな研究の対象となっている。

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緒 言

 ハイドロジェル眼内レンズ移植を行った1年後,光学部にカルシウム沈着が起こり高度な混濁を生じた症例を経験したので報告する。

 症 例

 患者:52歳,女性

 初診:1999年5月19日

 主訴:両眼視力低下

 既往歴:25年来の糖尿病。2001年5月より透析を導入した。

 初診時所見および臨床経過:矯正視力は右0.4,左0.3。両眼に増殖糖尿病網膜症があった。両眼に汎網膜光凝固施行後,硝子体手術を当科で施行した。左眼は1999年9月14日に,右眼は10月19日に行った。その後,白内障による視力低下が進行したため,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を近医で施行した。左眼は2001年7月23日に,右眼は8月27日に行った。使用したのはハイドロジェル眼内レンズ(ハイドロビュー眼内レンズ(R)H60 M,Bausch&Lomb Surgical社)であった。術後最高矯正視力は右0.2,左0.4となった。

 現病歴:2002年8月13日に両眼視力低下を自覚し来院した。矯正視力は右0.1,左0.3であった。両眼とも眼内レンズ光学部の前後面に白色の微細顆粒が均一に沈着していた(図1,2)。眼内レンズの支持部に,沈着物はなかった。右眼にNdヤグレーザーにて後発白内障切開術を施行したが混濁は改善せず,その後も視力は悪化し続け,9月5日に矯正視力右0.01,左0.07と低下した。そこで10月1日に左眼に,10月8日に右眼に眼内レンズ摘出術+眼内レンズ挿入術を施行した。右眼は毛様溝,左眼は囊内に疎水性アクリルレンズ(アクリソフ(R),アルコン社)を挿入した。術後,矯正視力は右0.2,左0.3と眼内レンズ混濁前の視力に戻った。

 病理所見:摘出した眼内レンズ光学部の微細顆粒状沈着物は,Kossa染色で黒変したのでカルシウム塩であると確認された(図3)。支持部(PMMA製)の表面は染色されなかった(図4)。

連載 日常みる角膜疾患 3

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症例

 患者:22歳,男性

 主訴:両眼の眼痛と視力低下

 現病歴:1か月前から両眼の眼脂およびそう痒感を自覚したため,近医を受診し,点眼治療を受けたが改善しなかった。5日前から両眼の眼痛も自覚したため当科を紹介され受診となった。

 既往歴:3歳ごろから春季カタル,17歳ごろからアトピー性皮膚炎。

 初診時所見:視力は右0.15(0.6×S+12.0D()cyl-2.0D Ax30°),左0.06(0.2×S+4.5D)で,両眼の上眼瞼結膜に巨大乳頭,強い充血および浮腫を認めた。両眼の角膜に落屑様の上皮障害と表層の血管侵入を,左眼には類円形の潰瘍を認めた。両眼に球結膜充血および浮腫と粘稠な眼脂がみられた(図1a)。中間透光体および眼底に異常はなかった。末梢血好酸球は8.3%,血清IgEは4,160IU/mlであった。

 RASTすぎ,ヤケョウヒダニ,ハウスダスト1:クラス6以上で,眼脂中に多数の好酸球が認められた(図2)。

 治療および経過:0.1%リンデロン(R)点眼,インタール(R)点眼およびクラビッド(R)点眼をそれぞれ1日4回の投与で開始した。1週後,眼痛,そう痒感,眼脂などの自覚症状は消失した。上眼瞼結膜の巨大乳頭はやや平坦化し,充血・浮腫も軽減した。両眼の落屑様の角膜上皮障害は消失し,左眼の潰瘍は縮小した(図1b)。視力は両眼とも矯正1.0まで改善した。2週後,上眼瞼結膜の巨大乳頭はさらに平坦化し,充血・浮腫も軽減した。左眼角膜の潰瘍も消失した(図1c)。

連載 私のロービジョンケア・2

視覚障害者の実態 高橋 広
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視覚障害者とは

 世界保健機関(WHO)は,「障害」を疾病(disease),機能障害(impairment),能力障害,(disability),社会的不利(handicap)の4つに分類していた(国際障害分類,International Classification of Impairment, Disability and Handicap:ICIDH 1980,図1)。このうち疾病,機能障害までを医療が担当し,能力障害,社会的不利と分類された人々の訓練は教育や福祉の分野が担当していた。それゆえ,医療と教育・福祉の間の垣根は非常に高く,情報交換が難しかった。この垣根を低くし,互いに風通しのよい状態を保ち,視覚障害者の質の高い生活をともに目指す活動がロービジョンケアである1)

 多くのロービジョンクリニックでは機能障害や能力障害を主に対象にしているが,私の取り組みはquality of visionを目指すキュア(診断・治療)からケアまで,すなわち疾病から社会的不利までを包括するものである。このことは,決して特別なものではなく医療の本来的なもので,眼科医がごく自然にロービジョンケアを開始すべきときであると考えている。

連載 あのころ あのとき 30

次の1歩のための仕事 青木 功喜
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 あのころ:岩手医大を卒業し,母校ではない北大医局に入る際,北大の人に負けないようにしたい,との気持ちがあった。私はインターンのときに岩手県立病院眼科で桐沢門下の浅水逸郎先生から北大眼科の藤山英寿先生の話を聞き,紹介状をもらった。藤山先生も浅水先生もともにトラコーマの研究を行っていた。北大眼科にお世話になったのは,何も母校の今泉亀撤先生がいやであったからではない。とにかく新天地で自分を試したかったからである。

 入るとまもなく藤山先生からトラコーマの血清反応というテーマをもらった。最初の仕事にこだわる人とこだわらない人がいるが,私は前者である。藤山先生からは仕事はpositiveな仕事だけでなく,negativeな仕事もきっちりやることがいかに大切かを教わった。私は当時まだトラコーマ患者がいた地方に船と汽車で行き,結膜材料を採取した後,実験室に帰り,毎日毎日,孵化鶏卵の漿尿膜に接種する仕事をしていた。当時抗生物質で雑菌を殺してから接種していたが,この抗生物質の選択がkeyであった。トラコーマの病原体に影響を及ぼさず,雑菌のみを殺すストレプトマイシンが正否を決めたのである。最近ではトラコーマはグラム陰性の細菌とよく似た性状であることがわかってきたが,当時は抗生物質が効くウイルスと信じて仕事をしていた。この時代からトラコーマに効く抗生物質が使われているが,依然耐性菌の存在が証明されておらず,いまだ大きな課題となっている。

連載 他科との連携

ある日の医局茶話会 鈴間 泉 , 柏井 聡
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 外来も終わり,医局で茶話会にはずむ,いずこも同じ冬の夕暮れ。

 「『他科との連携』というテーマで日頃先生方が感じておられることがあれば伺いたいのですが」

 「日常,他科の先生の協力なしに治療を進められないことは存外多いですね」

 「糖尿病網膜症やブドウ膜炎など,全身疾患の一症状としての眼病変の患者さんはもちろん,白内障の患者さんも,いざ手術,ということになると全身的に全く問題ない人は少ないですし」

 「最近は,デイサージェリーが隆盛な一方,大学病院や総合病院で白内障の手術を受ける患者さんはなんらかのリスクを背負っている場合が多いですからね」

 「こんなこと自慢にできませんが,聴診器もあまり使いこなせません。バイタルサインのチェックも普段の外来ではほとんどしないので,心電図を見せられても,波形より先に診断メモのほうを読んでしまいます」

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要約 20 MHzのBモード超音波診断装置で後極部網膜と硝子体病変を観察し,一般に使われている10 MHzとの違いを検索した。網膜剝離では20 MHz探触子を使うことで,10 MHzでは検出できなかった剝離網膜と網膜下腔が観察できた。反射の減衰が20 MHz探触子の弱点であるが,ゴムカバー法またはスコピゾル法で回避することにより,特発性黄斑円孔と網膜前線維症で鮮明なエコー画像が得られた。20 MHz Bモード超音波装置は,硝子体と後極部網膜病変の検査に有用であると結論される。

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要約 白内障手術でのクリティカルパスの導入状況と,診療に対する患者からの評価を調査した。国立病院・療養所感覚器政策医療ネットワーク10施設を対象とし,診療録調査と患者アンケートによる横断調査を行った。クリティカルパスは8施設で導入され,患者数は236名,年齢は平均71.2歳であった。クリティカルパスの有無は,平均入院日数とレセプト点数に有意に関係しなかった。患者アンケートによる主観的評価と満足度は,両群間に差がなかった。現時点では,10施設でのクリティカルパスによる臨床機能への有効性は確認できず,より明確に主観的評価に対するアウトカムを設定し,患者に立脚したクリティカルパスの改善が望まれる。

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要約 48歳男性に両眼霧視と,全身,特に左下腿の痺れ感が生じ,内科を受診した。磁気共鳴画像検査(MRI)で,右視床外側と外側膝状体部に出血と浮腫が発見された。矯正視力は左右とも正常であった。ゴールドマン視野検査で,両眼の左上・左下部に扇型の視野沈下,いわゆる四重分画視野障害(quadruple sectoranopia)があった。3か月後に左下腿の知覚異常は消失し,その1か月後のMRI画像で出血巣は縮小していた。初診から9か月後に,視野はほとんど正常化した。本症例での四重分画視野障害は,前脈絡叢動脈で灌流される外側膝状体障害に続発したものと解釈された。

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要約 糖尿病網膜症47眼に対して硝子体手術を行った。8眼は当初から眼内レンズ(IOL)挿入眼であり,これ以外の39眼では水晶体切除を併用し,うち29眼にはIOL同時挿入によるトリプル手術を行った。これら29眼には術前にルベオーシスがなく,手術終了時に広範な網膜剝離がなかった。術後に最終視力が2段階以上改善したものは,術前IOL挿入眼100%,トリプル手術眼86.2%,IOL非挿入眼50%であり,3群間で術後合併症に差がなかった。上記29眼で採用した硝子体トリプル手術の適応基準は妥当と考えられた。

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要約 内眼手術中の被手術眼の眼位を安定させるために,僚眼で視標を固視させる方法を考案した。市販の紙コップの底に視標を貼り,これを僚眼に装着した。この方法で,46例中42例(91%)で被手術眼の安定が得られた。この方法による固視不能例は,僚眼の視力低下が強い症例と,精神的に不安定な高齢者であった。このような9例には,紙コップの底に穴を開け,これを通して赤または青のペンライトを固視させる方法をとり,5例(56%)で被手術眼の安定が得られた。

今月の表紙

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 症例は60歳の男性。約3年前より徐々に両眼の視力低下がみられたため,近医を受診し,黄斑変性の診断にて当科を紹介され受診した。初診時視力は右0.5(n.c.),左0.5(0.7)であった。アムスラーグリッド検査,ハンフリー視野検査では異常は検出されなかった。多局所網膜電図では,右眼は応答密度が全体的に著しく低下していたのに対し,左眼では傍中心窩領域および中心部においてやや低下がみられた。両眼底には,傍中心窩毛細血管の著明な閉塞,多数の毛細血管瘤,毛細血管の拡張が認められた。フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,中心窩無血管領域の拡大がみられたが,フルオレセイン蛍光色素の漏出は認められなかった。

 撮影はTOPCON社製眼底カメラTRC-50IX,フィルムはKodak社Tri-X pan 400を用いて行った。

ことば・ことば・ことば

練習曲
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 4月号のこの欄に載った「誤訳」について,読者の方からお叱りを受けました。

 問題は以下の2点にあります。その第一は,エチュードが練習曲と訳されていることに関連してショパンを例に挙げ,「ピアノソナタの多くが練習曲となっている」としたことです。

医学大辞典
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 辞書というものは知らない言葉を調べるためにあると思いがちです。たしかに古い昔はそうでした。難しい単語だけを解説するのが辞書だったのです。

 現在ではまったく状況が違います。国語辞典なら,右・左,道,川などのように誰でも知っている単語まで網羅しています。これを逆に考えると,わざわざ説明を書いても,それを引いたり読んだりする人がいないという無駄な努力をしていることになりかねません。

やさしい目で きびしい目で 42

「加齢」による眼症状 外園 千恵
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 最近ある雑誌で,出身大学関連病院の某院長先生が書かれたエッセイを読みました。眼の不調を感じたため病院の眼科を受診したところ,「『老人性です』と“こともなげ”に言われた」とのこと。エッセイでは加齢について述べられていて,『老人』という言葉を使われたことのショック(?)について書きつづられていました。眼科医が説明に用いた『老人』の言葉に,患者である院長先生はとても心を傷つけられたようなのです。診察した眼科医は医局の後輩ですが,決して暴言を吐くような人ではありません。でも,“こともなげ”な説明と感じられたようです。

 「飛蚊症」を心配して受診された方に異常所見がなかった場合に,皆さんは患者さんにどのように説明されているでしょうか。私は,硝子体が加齢で液化していくことなどを話して「年齢による症状なので心配ない」と説明しています。でも,「病気ではないので大丈夫です。年をとったら誰でもなりますよ」と言うことで,医師は「病気でないこと」を強調し安心させているつもりが,患者さんにとっては「年をとった」ということが強く耳に残ることがあるようです。そういえば卒後4年目くらいの頃,夫の上司である小児科助教授の飛蚊症を診察したときも,あとでその先生は夫に「老化って言われたよ」と苦笑していたとか。「そんなことズケズケ言うなよ」と夫に諭されてしまいました。でも,「加齢」という言葉なしに飛蚊症を説明するのは,なんとも困難です。

基本情報

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臨床眼科
57巻6号 (2003年6月)
電子版ISSN:1882-1308 印刷版ISSN:0370-5579 医学書院

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