臨床婦人科産科 46巻2号 (1992年2月)

今月の臨床 妊娠と免疫

免疫とは

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 自己免疫疾患と深いかかわり合いをもつ免疫学的自己認識(self-recognition)は,免疫学の創始期すなわち約100年前から,免疫学の中心テーマであり,いわゆる“免疫哲学者”達にとって恰好のスペキュレーションの対象であった。

 1901年にP.Ehrlichが自己認識の最初のコンセプトである“Horror autotoxicus”(自家中毒の恐怖)を提出した時,これは天才的思索家の古いコンセプトからのジャンプの一つと解釈され,筆者を含めて現代の免疫学者の多くもそう信じてきた。しかし当時の医学の背景をくわしく調べてみると,Ehrlichのコンセプトは決してその時代の医学の論理的展開からの突出でもジャンプでもなく,当時の医学の流れの中での当然の帰結であり,従って一つの論理的な前進ギヤーを入れたにすぎないことに気付くであろう。

2.細胞性免疫 森 庸厚
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プロローグ

 細胞性免疫に関する体系だった概念はバーネットによって提唱された極めて生物学的な深い洞察にもとづくクローン選択説1)によって確立されたといえよう。その後,遺伝子工学的方法を導入して,B細胞における抗体遺伝子はそのクローニングと発生・分化を経る過程で再構成を受けることによって抗体の多様性が生じることが明らかにされてきた。またT細胞における抗原受容体(TcR)遺伝子も抗体遺伝子と類似の機構でその発現過程を経ることなども近年急速に解明されてきた。さらに主要組織適合抗原(MHC)やアクセサリー分子の遺伝子,分子構造が次々とわかってきた。そして本来の免疫機能である個体における非自己・自己認識を遂行する上でのIg superfamilyと称される一群のおそらくは遺伝子重複(geneduplication)によって生み出された遺伝子群とそれらのコードする免疫担当細胞上に発現された分子群間の相互作用およびこれを円滑に遂行するための局所ホルモンともいえるモノカイン・リンホカインによって免疫応答が進行することなどが次々とわかってきた。本稿では細胞性免疫の中心を担うT細胞について出来るだけup to dateな話題に絞ってまとめ,最後にこのT細胞の活性化機構の起源が卵子に存在しているという驚くべき事実を紹介しておこう。

3.液性免疫 野本 亀久雄
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抗体産生のプロセス

B細胞の抗原認識多様性の獲得

 複数の元素で構成される分子量1,000前後の立体構造は,抗体分子のN未端側の可変部とくに超可変部(hypervariable region, complementalitydetermining region:CDR)が相補的構造や荷電によって結合する対象となる。この抗原決定基は109〜11種類存在すると推定され,高等哺乳動物が産生し得る抗体の可変部の種類もそれに相当する数だけ要求される。1つのB細胞が産生する抗体分子は,同一の抗原決定基に結合する可変部をもち,1つのB細胞表面の抗原特異的結合部位(surface immunoglobulin:sIg)の可変部も均一であり,109〜11の異なるsIgをそなえたB細胞の種類が準備されることになる。可変部をコードするV(variable)分節(数百の遺伝子プール),D (diver—sity)分節(10前後の遺伝子プール),J (joining)分節(10以下の遺伝子プール)のgerm line状態(B前駆細胞)から,各分節の遺伝子が1つずつ選び出されて組み合わされ(combinational diver—sity),多様性の基本が構成される(遺伝子再構成gene rearangement)。さらに各分節の遺伝子が結合するポイントでの自由度から,多様性は増大する(junctional diversity)。

4.サイトカイン 大本 安一
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 1980年代は免疫学の分野において,サイトカインが注目され,その基礎的研究が著しく進歩した時期であった。そして1990年代は各サイトカインの相互のネットワークが臨床的に意義づけられる時期である。サイトカインという名前は当初,リンパ球の産生する活性因子をリンホカインそして単球・マクロファージの産生するものをモノカインと呼ばれていた。しかし,研究が進むにつれて,産生細胞による区別は必ずしも明確でなくなった。そこで免疫や生体防御に関与する物質をサイトカインの名で総称されるようになった。現在,サイトカインと呼ばれているものはインターロイキン(1〜11),インターフェロン(α,β,γ),コロニー刺激因子(GM,G,M)や腫瘍壊死因子(α,β)などがある。今後も増えていくと思われる。

 サイトカインは当初,各研究室でいろいろな名称で呼ばれていたが1979年に会議が開かれ,マクロファージの産生する胸腺細胞分裂促進因子をインターロイキン−1(IL−1),T細胞の産生するT細胞増殖因子をIL−2として名称の混乱を避けた。1980年代に入るとサイトカインがつぎつぎ精製されて,cDNAがクローニングされてきた。まずインターフェロンやIL−2などの遺伝子の単離が成功した。そして,遺伝子操作でサイトカインの大量生産が可能になった。更に,この組み換え型のサイトカインを使うことでその活性や作用機序について多くの知見を得ることができた。

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 ヒトの主要組織適合性複合体MHC:MajorHistocompatibility ComplexであるHLA(HumanLeucocyte Antigen)抗原のタイピングは,同種移植の予後を左右するドナーとレシピエントの適合度,HLA抗原タイプと相関する疾患の感受性を規定している分子機構,法医学における個人識別や親子鑑定,人類進化に関する民族学的な調査などさまざまな分野で利用されている。しかしHLA抗原本来の機能は外来抗原(細菌,ウイルスなど)が生体内に侵入した際に自己のHLA抗原と外来抗原をT細胞が同時に認識し,これを排除するという免疫応答を作動させることにある。

妊娠維持と免疫

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 表題に対する完全な解答はまだ得られていないが,下記に示すMedawar(1953)の4つの仮説が提唱されて以来,多数の研究者がその謎解きに挑戦し幾多の成果を上げてきた。移植免疫学的には同種移植allograftとも考えられる妊娠の免疫学的維持機構には母体—胎児—胎盤系の多くの因子が関与していることは間違いないが,各因子の詳細については他の筆者が述べられると思うので,本稿ではMedawarの仮説,すなわち1)Fetus;Antigenic immaturity 2)Uterus:Immunologically privileged site 3)Mother:Immunologic inertness 4)Placenta:Immunological barrierを実証しようとして行われてきた研究成果として,現在彼の仮説に対してどのような見解がとられているかについて述べる。

7.母体と免疫能 佐治 文隆
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母体免疫系からみた胎児・胎盤

 妊娠は母体にとって生理学的のみならず内分泌学的,免疫学的にもダイナミックな変化を伴う現象である。免疫学的にみた場合,胎児や胎盤は父親遺伝子に由来する抗原を発現しており,一種の同種移植組織と考えられる。母体による胎児・胎盤抗原の認識は特異的あるいは非特異的免疫反応を惹起するが,これらのすべてが胎児・胎盤にとって不利に働くわけではなく,むしろ妊娠維持に有利な免疫応答も認められている。一方,妊娠中,移植組織である胎児や胎盤が母体から拒絶(流産・死産)されないためには,母体の免疫能が低下状態にあることが望ましい。事実,妊婦ではカンジダなどの真菌症やインフルエンザ,風疹,肝炎,ヘルペスなどのウイルス感染症に罹患しやすく,またいったん感染すると重症化しやすい。自己免疫疾患合併妊婦にみられる妊娠時の一時的寛解も母体免疫能の低下を示している。

 したがって妊娠時の母体は,同種抗原による免疫刺激とこれを拒絶しないための免疫抑制のバランスが保たれた状態ということが出来る(図1)。

8.胎児の免疫能 宮川 幸昭
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 最近の免疫学の進歩は,いままで神秘のベールに包まれていた母子間の免疫応答の仕組みを解明しつつある。胎児免疫能を理解する場合に母親の免疫監視機構を如何にかいくぐって胎児が生存しえるかが最大の課題であり,ついで胎児の発達免疫学が重要な課題である。前者は,我々がその存在を発見し,胎児がその母親の侵入キラーT細胞に向けて産生するIgM抗体であるTLFA1,2,3)および最近我々がその存在を発見した胎児のキラー細胞成分であるT—γδ4)細胞である。前半でその仕組みを総説した後,後半では胎児の発達免疫能を概説する予定である。

9.絨毛細胞とHLA抗原 山下 幸紀
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 妊娠現象において,母児間の解剖学的接点に存在する胎盤,なかんずく絨毛細胞(trophoblast)は,遺伝的には胎児由来の組織であり,移植免疫学的立場からみると,母体にとっては胎児と同様,同種移植片(Allograft)と見做しうる。しかし,直接母体側組織あるいは細胞と接するため,妊娠の成立,維持,換言すれば拒絶の惹起されない理由の解明には,このtrophoblastを中心とする局所免疫機構の解析が重要なポイントとなる。このような観点からtrophoblastをみると,最も基本的に解明されなければならない点は,その細胞表面における主要組織適合抗原(ヒトの場合HLA抗原)の有無を知ることであると理解される。

10.絨毛性免疫抑制因子 松崎 昇
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 胎児・胎盤(feto-placental unit)は,母方および父方の遺伝子を有し,両方の表現型を発現しているので,母体にとってsemi-alograft(半同種移植片)となっている。母体免疫系細胞群がこれらを認識し,活性化を受け,semi-allograft rejection(移植片拒絶)の誘導がおこると予測されるが,現実には拒絶されずに子宮内で生着・発育をしている。この不思議な現象を説明するために,1953年にMedawarは魅力的な仮説を発表した。その後の現代免疫学の進展に伴い,このsemi-allograftrejectionにはgraft上に表現されているsemi-allo抗原を認識する母体T細胞の関与が重要であることが明らかにされてきた。このようなT細胞を抑制する物質を母児間の接点に存在する絨毛細胞が産生している。本稿では先ず絨毛細胞の産生する免疫抑制物質の特性とそのT細胞抑制機能に言及し,次いでその構成因子の一部であるtransforming growth factor—β(TGF—β)の免疫抑制機能および胎盤内分泌抑制機能について解説したい。

11.脱落膜と免疫 斎藤 滋
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 脱落膜は妊卵が着床し,胎盤形成が行われる組織である。この間に受精卵は脱落膜組織にまず接着し,基底膜をつき破り脱落膜組織内に侵入し,さらに母体血管内へと浸潤し胎盤が形成される。脱落膜組織が母児間のbarrierとして働き,胎盤による内膜侵襲を制御するという考えは1876年Turnerらの報告に始まり,その後森山,須川らによりステロイドホルモン投与により脱落膜化した組織内での移植片の生着期間が延長することが観察された1)。これらの研究はその後,サイトカインのレベルにまで進み,Clarkらは脱落膜中に存在するtransforming growth factor(TGFβ2)類似物質が免疫抑制機序の本態であることを明らかにした2)。これとは別に,Wegmannらは局所において免疫系は抑制されるのではなく,活性化され,種々のサイトカインが分泌されることにより妊娠が維持されるというimmunotrophismを提唱した3),さらに最近,脱落膜中には流血中には〜1%程度しか存在しないCD56bright細胞が80%程度存在することが明らかとなってきた4,5)。本細胞は着床前の子宮内膜中に著増し,妊娠初期にその数は最大となり,妊娠後期では減少することにより,着床および初期胎盤形成に重要な役割を果たしていると考えられる。ここでは脱落膜組織中の免疫系につき,免疫抑制,免疫賦活の両面から解説したい。

12.遮断抗体 見常 多喜子
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 母体は明らかな抗原性をもつ胎児,あるいは絨毛細胞に対して移植の場合と同様に拒絶と生着という二つの免疫機構を作動させていると思われるが,妊娠においては生着を促進する充分な免疫機構が成立し,生着優位の立場をとっている。最近では,この特異的な妊娠維持機構には表11)に示すように,従来から重視されていた全身的あるいは局所的免疫抑制と遮断抗体産生による免疫促進の他にサイトカインネットワークによる免疫刺激が妊娠維持に欠かせない現象と考えられるようになってきた。ここでは妊娠維持に果たす母体血清中の免疫抑制因子の一つである遮断抗体(bloc—king antibodies)について述べる。

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 Fcガンマレセプター(以下FcγRと略)とは免疫グロブリンGクラス(以下IgGと略)のFc部分に対する細胞表面受容体のことである。FcγRは大きく3つのタイプFcγRI,FcγRII,FcγRIIIに分類され,各々さらにサブタイプに分類され,白血球系においてはその多様性とともに機能的役割分担も少しずつ解明されつつある。

 胎盤のFcγRは母体IgGの胎児血中への移送により胎児の受動免疫に関与することがよく知られているが,そのIgGの移送に関してはまだ不明の部分が多い。また細菌やウイルスなどの感染に対する防御反応,妊娠中毒症における免疫複合体の処理や遮断抗体との結合といった母体免疫系との反応およびその回避に関しても,胎盤のFcγRは重要な機能を有している可能性が示唆されている(表1)。

14.妊娠中のサイトカイン 角田 肇
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 最近の免疫学の目覚ましい発展のひとつとして,数々のサイトカインの発見とその作用機序の解明を上げることができよう。サイトカインの総説は先に載っているし,他にも優れた総説,著書があるのでここでは割愛するが,産婦人科学的に注目すべき点はこれらのサイトカインがリンパ球やマクロファージなど免疫担当細胞間で産生され作用するのみでなく,造血系細胞やその他の種々の細胞,臓器に対して増殖因子や分化因子として働き,ペプチドホルモンや別のサイトカイン産生を促進するといったような生理的活性を有していることであろう。このことは妊娠・分娩を生殖免疫学的に考えるときに,サイトカインが母児の免疫機構に作用するのみでなく妊娠中の胎児,胎盤に対して増殖因子として作用し,さらには分娩時の子宮収縮にも関学している可能性が考えられている。

 そこで,本稿では現在までに明らかとなってきている妊娠中のサイトカインの動態について概説し,その考えられる役割について述べてみたい。

不妊・不育症と免疫異常

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 抗精子抗体に関する研究の歴史は古く,19世紀末にはすでに動物実験で受胎障害との関連が報告されている。1960年代にヒトにおける不妊症との関連について報告され,以来,抗精子抗体と不妊に関する研究が進められている。不妊症の発症機序が明らかになるにつれ,治療法についても種々の検討がなされてきた。最近,体外受精胚移植法(IVF-ET)が臨床に応用され,本症の治療方針も変化してきている。本稿では抗精子抗体による不妊症について概説するとともに,今後の問題点について考えてみる。

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 卵透明帯は,受精から着床にいたる過程で,精子レセプターを介する同種精子の付着,多精子受精の防止,分割卵の保護などの重要な生理機能を持ち,また着床期にはすみやかに胞胚から脱落しなければならない。これらの生理機能を阻害する抗体の存在は,当然不妊症の原因になると考えられ,実際異種免疫血清を用いた動物実験では,抗卵透明帯抗体による妊孕性の阻害が証明されている。ヒトにおける抗卵透明帯自己抗体の存在は,1977年のShivers and Dunberらの報告1)に始まり,以後多くの研究者により抗卵透明帯抗体と不妊症との関係が検討されている2,3)。徳島大学では,不妊症のルーチン検査として,2,000例を越える対象者につき検討を加えている。本稿では筆者らの成績を中心に不妊症における抗卵透明帯自己抗体の意義につき述べる。

17.子宮内膜症と免疫 梅咲 直彦
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 近年,子宮内膜症は増加傾向にあり,また月経困難症のみでなく不妊の大きな原因として産婦人科領域における重要な疾患の一つとなっている。しかし,その発生機序,また不妊合併の原因に関しては必ずしも明確ではない。

 最近,子宮内膜症患者では多数例において自己抗体が検出されるため,本症を自己免疫疾患として捉える考え方が提唱されるようになってきた。また子宮内膜抗体の存在も報告されしており,本症発症に免疫が関与することが推察されている。さらに子宮内膜症患者では腹水の貯留が認められるが,その中にマクロファージやサイトカインが多量に含まれていることから不妊と免疫の関連も注目されている。

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 習慣流産は連続して3回以上流産を繰り返すことと定義されるが,その流産の型により,妊娠12週未満の初期流産のみを連続する初期習慣流産と,妊娠12週以降の中期流産を含むものとに分類される。また習慣流産の原因は一つではなく,夫婦の染色体異常,内分泌学的異常,子宮奇形などの解剖学的異常,全身疾患の合併,抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫異常,性器感染症といったことが原因となる。習慣流産の診療にあたっては,連続している流産の型をよく検討すると同時に,原因の有無の検索も行わなければならない。しかし習慣流産,特に初期習慣流産においては明らかな原因が認められないことが多く,これまで難病とされ放置されてきた。最近,こうした原因不明初期習慣流産の原因として免疫学的な機序が考えられ,この考えに基づいてリンパ球療法が実施されるようになり,多くの生児が得られるようになった。

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抗リン脂質抗体(APA)とは

 抗リン脂質抗体(anti-phospholipid antibody:以下APAと略す)とは,主要な細胞膜構成成分であるリン脂質二重層に対する自己抗体のことである。APAは,人工的な細胞膜モデルとしてのリポゾームを用いた実験結果より,健常人の血清中にも微量ながら存在する自然抗体の一つであるらしい。このAPAが何んらかの理由で異常産生されている状態を,APA陽性と判定する。APA陽性患者においては,①習慣流産,②再発する動静脈血栓症,③中枢神経症状④血小板減少症などといった共通な臨床的特徴が報告されており,近年これらを一括して「抗リン脂質抗体症候群」という疾患概念でとらえることが,提唱されている。

 ループスアンチコアグラント,抗カルジオリピン(CL)抗体,および梅毒血清反応の生物学的偽陽性を示す抗体(BFP-STS)などはAPAのひとつであり,SLEなどの自己免疫疾患や潜在的自己免疫異常の患者未梢血中によく検出されることが知られている。APA陽性婦人と習慣流産との密接な関係は,1980年代中頃より,多くの報告により認められている。

20.免疫学的避妊法 繁田 実
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 抗精子抗体などによる免疫性不妊症や,妊娠維持における免疫学的調節機構が明らかになるに伴い,免疫的手法を用いた人工的不妊症の誘起や,人工的早期流産誘発を避妊法として利用することが考えられている。種痘に始まる各種ウイルスに対するワクチンの概念を避妊法に応用するならば,妊娠の成立維持を阻害する免疫応答を誘起できる抗原を避妊ワクチンと呼ぶことができる。現在のところ避妊ワクチンの候補に挙っている抗原にはhCG透明帯や精子などがあるが,本稿ではこれらについて最近の知見を概説し,最後に現在我々のすすめている抗イディオタイプ抗体の避妊ワクチンへの応用の可能性について紹介する。

 妊娠維持に必要な各種ホルモンに対する抗体を産生させ,その抗体が妊娠中絶に作用すれば,そのホルモンはワクチンとして使用できる可能性がある。しかしながら,本来生体内に存在するホルモンに対して反応する抗体を誘起することは,自己抗原に対する免疫寛容成立の点から考えても非常に困難である。生理的なホルモンの内hCGは妊娠の極く初期より絨毛細胞より産生され非妊時にはほとんど認められないことや,hCGの分子構造の解析結果より,β—subunitのC未端のペプタイドがhCGに特異的であることが明らかになってよりこのホルモンをワクチンに応用するべく,研究が進められている。

異常妊娠と免疫

21.胞状奇胎 大野 正文 , 半藤 保
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 胞状奇胎は胎盤の発育異常の一つで,絨毛膜の絨毛上皮が異常に増殖し,一方絨毛間質は浮腫と退行変性をきたして液状となり,絨毛が嚢胞となったものである。細胞遺伝学的には,全胞状奇胎では雄性発生が,大多数の部分胞状奇胎では三倍体が主要病因であることが報告されており,全胞状奇胎ではすべての遺伝子が,また部分胞状奇胎では2/3の遺伝子が父親由来である。したがって,患者にとって前者はすべて,後者は2/3が非自己の病変であり,そこには移植免疫学的機序の関与が濃厚である。しかし,自然流産で絨毛組織の自然排出をみるのに反して,胞状奇胎妊娠においては,絨毛組織の生着・増殖が観察されるのは,正常妊娠と同様,極めて興味ある事実である。これまでの報告に基づいて,胞状奇胎妊娠における免疫学的機序について紙面の許す範囲で概説する。

22.PROMと免疫 寺尾 俊彦 , 金山 尚裕
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PROMの成因

 PROMの主たる原因としてchorioamnionitis(CAM)が考えられている。今井らによればpre—term PROMの58%にCAMが認められたと報告されている1)。筆者らの追跡でもPROMの原因としてCAMが約60%を占めていた。すなわちCAMの発生機序がPROMの病態と深く結びついていると考えられている。一般的にCAMの成因は頸管からの感染・炎症の上行性の波及と考えられている。CAMの卵膜を病理学的に検索すると好中球,マクロファージが卵膜へ浸潤するのが見られ,さらに進行すると卵膜の線維層の空胞化が認められるようになる。しかし空胞化の周囲には特殊染色を行っても細菌を認める場合は少ないし,また存在しても卵膜を分解するほどの菌量は検出されないことが多い。またPROMの卵膜のコラーゲン分析をするとIII型コラーゲンのみを特異的に分解することがわかる2)。細菌性のコラゲナーゼはI型とIII型コラーゲンを同時に分解するのでPROMの卵膜コラーゲン分解に細菌性コラーゲンが直接的に関与している可能性は少ない。コラーゲンの基質特異性からIII型コラーゲンを特異的に分解する酵素は好中球エラスターゼであることが知られている。PROMの卵膜をエラスターゼ抗体を用い免疫染色を行うと,羊膜線維層の空胞化部分に一致してエラスターゼの局在が認められる。

23.血液型不適合妊娠 久永 幸生
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 血液型不適合による新生児溶血性疾患は,一般的なスクリーニングが行われていれば,現在それほど問題となることはない。しかし頻度は少ないが重症例は依然存在し,しばしば重篤な結果を招来している。そこで管理上問題となる未感作例の予防の問題点および最近の重症例に対する対応を含めて概説する。

妊娠合併症と免疫—母児をどう扱うか

24.肝炎 白木 和夫
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 現在までに肝炎ウイルスとしてA,B,C,D,E型の5つが確定され,F型の存在がほぼ確実となっているが,これらの内わが国において一般臨床で見られるのはA,B,C型の3つである。

 妊婦がウイルス肝淡に罹患した場合,問題となるのは妊婦自身への影響と児に対する影響とである。

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 成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)は,1981年日沼らにより発見された新しいウイルスであり,1977年高月らが記載した新しい疾患概念:成人T細胞白血病(ATL)の病原である。ATLは,HTLV-Iの感染者すなわちHTLV-Iキャリア(HTLV-I抗体陽性者と同義)に特異的に発症し,その割合はキャリア約1,000人あたり年間1例と推計されている。HTLV-Iの感染経路として,母子感染,夫婦間感染,輸血の3つが明らかにされているが,これまでの疫学調査より,ATLの発症に直接関与しているのは小児期の感染すなわち母子感染であると考えられている。本稿では,ATLの予防という観点から最も重視されているHTLV-Iの母子感染に焦点をあて,これまでの知見と周産期における母児の取り扱いについて概説する。

26.HIV感染症(AIDS) 根岸 昌功
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 性成熟期の女性に起こるHIV感染は,患者本人の健康上の問題であると同時に,妊娠・出産を介して,その児への感染に関係する問題でもある。

 女性のHIV感染で問題になるのは,ひとつは性交渉を介して相手にHIV感染を起こすことではあるが,ここでは,本人が妊娠・出産を契機にしてAIDSを発症する可能性,および,垂直感染の可能性について触れ,この件に関わる問題点について述べる。

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 甲状腺疾患のうち機能異常をきたす代表的疾患としてバセドウ病や橋本病があげられる。これらは現在,臓器特異的自己免疫疾患と位置づけられており病因的には同根とも考えられる。妊娠中は生理的に免疫抑制状態でありバセドウ病などは妊娠中期以降は軽快がみられる。しかし,出産後はそのはねかえり(immune rebound hypothesis)によって増悪をみる1)。すなわち,周産期管理をすすめていく上で重要なことはこれら疾患の病態を充分に把握し,最も効果的な対応をしていくことが要求される。そうすれば,正常妊娠とかわりない経過をたどることができる。今回は機能亢進・低下症に分けて,管理の実際を解説する。ただし,新生児甲状腺機能異常症の詳細は割愛させていただく。

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 近年,免疫学の進歩により妊娠成立,妊娠経過に多くの免疫系が関係していることが判明してきた。

 膠原病は免疫バランス不全の代表的疾患であり,なかでも生殖年齢の女性に好発するSLEが最も重要であると思われる。

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 特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic Throm—bocytopenic Purpura,以下ITP)は,血小板に対する自己抗体が産生され,その自己抗体の結合した血小板が脾臓をはじめとする網内系で破壊されやすくなるため,血小板減少をきたして出血傾向を生じる疾患である。妊娠に合併すると,母体に出血傾向を来すばかりでなく,その抗体(IgG)が胎児へ移行するため,胎児の血小板減少をひきおこして児に出血傾向を来す危険があるといわれている。母体の出血に関しては,分娩時の出血が一番重大であるが,経腟分娩では胎盤剥離後の子宮収縮による生理的止血によって大出血となることは稀であり,むしろ,軟産道の裂傷や,会陰切開部の出血,帝王切開の手術創の出血が問題となる。一方,胎児に対しては,母体から移行した抗体による胎児血小板減少によって分娩時に胎児頭蓋内出血をきたす可能性があるため,胎児に圧迫などのストレスの少ない帝王切開が推奨されている。しかし,胎児に出血傾向を来す頻度は,本邦で10%程度であるため,全例に帝王切開を行うと90%の症例に不必要な産科手術を行い,いたずらに母体を危険な状態にさらしていることになる。妊娠および分娩時の母児管理としては,母体の血小板数を保ち,分娩時母体出血に備えること,および胎児血小板数の推定を行い,適切な分娩時期と様式を決定して,新生児出血傾向に対処することが必要である。

30.腎移植 東間 紘
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腎移植の現状と腎移植患者の妊娠・分娩

 わが国における慢性腎不全患者に対する同種腎移植は1964年に第1例が行われて以来,1990年12月末までに7,740回行われている。これは欧米諸国など世界的にみた場合,死体腎提供の不足など,主として社会的制約から米国の年間腎移植数にも及ぼない位の数字であり,わが国の全透析患者の1%にも満たない数ではあるが,年毎に腎移植数が増加していることは事実で,1989年度703例,1990年度は741例の腎移植が行われている。

 腎移植患者の生存率は1年96%,5年92%以上と透析患者のそれを大きく上回り,移植腎生着率も1986年以降では1年92.9%,4年80.6%と大変良好な成績である。腎移植患者のQOLおよび社会復帰率も高く,95%以上の人がその健康状態に満足している。透析患者にみられる内分泌,性機能異常の大部分は腎移植後正常化し,女性腎移植患者の妊娠,分娩も決して稀なことではなくなっている。1983年以後に腎移植をうけた女性のうち,記載の明らかな1,441名についてみると,1990年末までに妊娠回数は延べ64回,出産回数は延べ47回と報告されている。

31.悪性腫瘍 倉林 工 , 田中 憲一
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 妊娠に合併した悪性腫瘍で最も多いのが子宮頸癌,次いで乳癌,直腸癌,腎癌,卵巣癌,外陰癌などで,肉腫ではHodgkin病などがある。妊婦の高齢化,および超音波断層法・内視鏡・MRIなど妊娠中でも可能な検査法の進歩により,妊娠中の悪性腫瘍の早期診断は今後増加するものと考えられる。

 妊娠が悪性腫瘍に及ぼす影響について,まだ統一見解は得られていないが,本稿では,免疫的関与を中心に概説したい。

カラーグラフ 胎盤の生理と病理・2

双胎 中山 雅弘
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 双胎児の基本的な問題は卵性診断である.一絨毛膜性の胎盤は一卵性といえるが,二絨毛膜性の場合は一卵性か二卵性かを決定出来ない.隔壁の組織検索で,一絨毛膜か二絨毛膜かを決定できる.実際上は組織を作るまでもなく膜の厚さ,はがれやすさなどで肉眼的に簡単にわかることがほとんどである1,2),一絨毛膜性のときは胎児血管の吻合はしばしばみられ造影剤を注入すると他児の血管に容易に入る.胎盤の表面で,動脈か静脈かを見分ける方法は血管の交差する部位を見ればよい.上側を跨いで通っているのが動脈である.胎盤の表面から造影剤を入れるようにすれば,数日経過したものでも検索が可能である.動脈—動脈の吻合が最もしばしばみられ,この吻合の形は一絨毛膜性の胎盤では正常の形であると考えている.

 一絨毛膜性の胎盤は二絨毛膜性に比べ危険度が非常に高い.羊水過多の合併はほとんど一絨毛膜性の胎盤である.有名な胎児間輸血症候群もこの形にしか見られない.胎児間輸血症候群は受血児(recipient)は大きく,欝血が強く時に胎児水腫を呈することもある.内臓も強い欝血を示すが,しばしば肥大型の心筋症が認められる3)供血児(donor)は小さく,貧血が強く,心臓も小さく壁はペラペラである.胎盤では受血児は強い欝血であり,供血児は貧血が強い.

Current Research

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 妊娠高血圧症(PIH)は妊産婦死亡原因や周産期死亡の誘因となる重要な疾患であり,その発症機序は未だ不明である。本稿では,妊娠時のA-IIに対する昇圧反応性の変化と経口カルシウム剤によるPIHの予防について述べる。なお,対象とした健康男子,非妊婦および妊婦には口頭にて研究の趣意を説明し,臨床治験への参加について承諾を得た。また,得られたdataは,独立性の検定にはX2検定を,関連あるいは独立二群の差の検定にはt検定を,関連多群間の差の検定には二元配置分散分析法を,回帰と相関は最小二乗法を用いて,各々統計処理し,p<0.05を有意と判定した。

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 妊娠中に行う頸管縫縮術としてMcDonald法およびShirodkar法がある。この両手法が妊娠19週までの単胎妊娠に切迫流産徴候がなく,過去の妊娠歴から予防的に行われた場合,その妊娠転帰についての有効性を比較検討した。対象はMcDonald法施行101例,Shirodkar法施行135例である。母体年齢,妊娠・分娩回数,既往異常妊娠歴にはMcDonald法,Shirodkar法施行例の両者間に差がなかった。McDonald法,Shirodkar法施行例の流産率,早産率,満期産率はそれぞれ1%,14%,85%および1%,19%,80%であり有意差なく,平均分娩週数にも有意差はなかった。分娩様式,分娩時出血量,頸管裂傷,前期破水の率も両者間に有意差がなかったが,児の出生体重および発育度はMcDonald法施行例がShirodkar法施行例よりも良かった。

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 近年,新生児外科疾患の多くは出生前診断の向上により,出生前に多くの情報を得ることかできるようになってきており,そのため出生直後の迅速な集中治療が可能になってきた。今回われわれは,羊水過多を伴い出生前超音波断層法にて胎児食道閉鎖,水腎症,総排泄腔,および鎖肛が疑われ,生後気管閉鎖も確認され,予後不良だったVACTERLassociationの一症例を経験した。この症例では,羊水中のサーファクタントが妊娠末期まで持続低値をとるという特異な経過をとったので,その詳細と文献的考察を加えて報告する。羊水サーファクタントの持続的低値は気管狭窄あるいは気管閉鎖などの上気道閉塞を合併している可能性を強く示唆するもので,蘇生時には挿管不能の状態を想定し,気管切開の準備なども十分考慮する必要があると考えられる。

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 Potter症候群は,両側の腎無形成・特徴的な顔貌・肺の低形成を伴う致死的な胎児奇形である。今回我々は,超音波断層法・MRIにて出生前診断を得た1例を経験した。

 超音波断層法では腎・膀胱の存在が判明しないため本人・家族の了解を得てMRIを施行したが腎臓と考えられる像は認められず,腎の無形分を強く疑った。MRI造影剤を用いてみても造影される部分がなかった。腎無形成と下肢の奇形を考え,Potter症候群と診断した。児の外表には多発奇形があり,病理解剖所見では,両側腎臓とも無形成で両側尿管無形成・膀胱無成分であった。MRIおよびその造影剤の胎児への影響は不明であるが今後補助診断法として産科領域での応用が増加するものと期待される。

メルボルン便り

オークランド大学訪問記 堀口 文
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 オーストラリア・メルボルンの6月は真冬です。オーストラリアには熱帯地域や砂漠地帯も多いので同じ冬でも都市によって気候は変わります。たとえばオーバーを着込んでシドニーへゆくと暖かくて半コートが邪魔になるといった具合です。メルボルンの空は綿をひきちぎった様な大きな雲がいつも猛烈な勢いでフィリップス湾の方に飛んでゆきますので,照ったり曇ったり,雨が降ったり,風が吹いたりのめまぐるしい変化です。しかし雲の切れ目からさす冬の日ざしはオーストラリア北部の熱帯や砂漠から暑い空気を徐々に冷やしながらも余熱を運んでくるらしく暖かさを含んでおり,ほっとします。

 そんな真冬の6月18日から隣国ニュージーランドのオークランド大学産婦人科を訪れることになりました。オークランド大学産婦人科ではWomen�s Healthを推進するため当キイセンターの主任教授Lorraine Denners—teinを招いて6週間指導やら講義やらをしてもらうことになり,私も招待して戴きました。ニュージーランドはオーストラリアと同様日本人にとっては新婚旅行のメッカで,風光明眉,安全,清潔,物価安といいことずくめの国ですが,ここに留学したり働いている日本人医師は余りいないようですので,オークランド大学産婦人科の様子をお知らせしたいと思います。

基本情報

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臨床婦人科産科
46巻2号 (1992年2月)
電子版ISSN:1882-1294 印刷版ISSN:0386-9865 医学書院

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