看護学雑誌 32巻12号 (1968年11月)

特集 終末期患者の看護

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 終末期にある患者に対して,その生命が終末期にあることをすでに知っている看護者は,どんな態度と心構えで看護すべきか?本誌のこの特集は,この問いをめぐって企てられたものだと聞く。おそらく,この問いに対しては,経験を積んだ医師と心理学者とが多くの具体的・実務的な答えや示唆を与えてくれるはずである。私は医師でもなく心理学者でもなく,生物物理学出身の一思想家である。その私がここで扱う問題は,宗教家や哲学者が扱う問題と深く重なりあっているが,その扱いかたはたいていの宗教家や哲学者とはかなり異なっているであろう。

ベッドサイドから

生との闘いの苦悩 中島 紀子
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 入院,退院,再入院,再々入院,そのたびに患者の容態は悪化し,癌患者特有の顔色顔貌をなし,初回独歩,次回車椅子,車椅子がストレッチャーに変わって病院の玄関を入って来る。ストレッチャーで運ばれる患者の顔を一見し,悪化した患者を見るたびに胸苦しさを感じる。いけない!!と自分を諫め患者の容態観察に神経を集中させる。すがるように「またお願いしますよ」と差しのべられた細い手をにぎりしめ「元気をお出し下さいね,きっとすぐ歩けるようになりますよ!!」いつもこの空々しい言葉で患者を励まし受け入れている私たち,この末期の重症患者を看護して日頃感じていることを記したいと思う。

 当院に再入院または再々入院し,重症に至った患者の多くには,入院時医師が回復不可能であることを家族に話し,医療チームおよび家族が患者に対し最善を尽くすよう話合う。不幸にして死亡した場合には原因追求,医学発展のためを説き家族より解剖の承諾を得るため,家族の理解(あきらめの心境も多い)協力によって昨年までの当院での解剖率は90%以上である。この点においては他の急変による死亡ケースとはやや異なると思われる。

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重症患者の看護体験を通して

 現在,いかに文明が発達し医学が進歩しても,長い経過の末に不幸な転帰をとる患者が増えているといっても過言ではない。これは患者および家族の精神的,肉体的苦痛と不安をながびかせ,経済的負担を大きくしていると思われる。

 当大学病院は,地方の病院や診療所から紹介されて来る患者が多く,そのなかには診断もつかぬまま,または確定しても大学病院ということに期待をかけて送られてくる患者もけっして少なくはない。このような患者は大学病院に紹介される前に多くの日数を費しているものが多く,病状が進行しているものが大部分である。前医で行なったと同様の検査のほかに,精密な諸検査を行なう。当科では心,腎,肝臓などのカテーテル,腹腔鏡,シンチグラム,各種のアンギオグラフィー,臓器穿刺などを行なうことが多い。これらは多少なりとも患者の苦痛を伴う検査である。患者および家族の同意を得て検査を行なうが,また,これが契機となって合併症を併発したり,病状を進行させたり,場合によっては不幸な転帰をとることも稀にみられる。

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 「癌の末期」と「末期癌」とでは自ら意味が異なり,後者は早期癌に対する慣用語として使われている。これに対して前者は死に直面した場合の俗用語で,受け取り方によりいろいろに取られよう。私はあらゆる根治療法が断念され,もっぱら対症的治療を必要としている進行癌の患者について,主として精神的看護面から,日常自ら心に留めておくことなどを述べてみたい。

 私ども放射線科病棟で扱っている患者の大部分は,根治的外科手術不能例である。もっぱら放射線治療を主とし,これに化学療法が併用されているが,幸いに病い癒えて家路につく例はきわめて少なく,帰宅しても再度入院する,あるいは取り残されて長い闘病生活に身を横たえる患者がほとんどである。極言すれば,死に至る病いの極印がおされている場合もある。このような患者には他疾患患者には見られない底知れぬ苦悩があり,激しい苦痛がある。毎日毎日,勤務者としてではあっても,この人々と生活を共にしている時,その悩みのなかに入って行けないもどかしさや,力になれない自分の非力を嘆くのは私のみではないと思う。

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はじめに

 臓器移植,原子炉による核医療,押し寄せる近代医療の波は,雄大に熾烈に死の岩壁にたえまなく打ち寄せている。しかし人間が死ぬというきわめて現実的な事実もまた,ひたひたと冷厳に,岩壁を洗いつづける。人生の終焉,生死の渦巻きのなかに身をおく仕事こそ看護なのである。ここに終末期患者看護という題材を得て,私の病棟に数多い尿毒症を伴う腎不全患者の精神的看護に,スポットをあててみた。

 人間の死の様相は千差万別である。急性死(ショック死)と,疾病にもとつくさまざまな死,前者は死への恐怖は少なく,後者は精神と肉体とで死との対決を必然的にしなければならないきびしい死である。終末期看護として,よく癌患者が取りあつかわれる。病名を絶対に知られてはいけない,癌と知った瞬間からが死との対決であると私たちはあらゆる工夫をこらし,病名を知らさないよう看護する。この常識的な一般看護が,腎不全と闘う患者には適用しないのである。彼らは病名を知り,明日の死を知り,かつ生きなければならないのである。こういう状態におかれた患者を,前終末期患者と呼称してもいいのではないか。

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平和な死への援助行為

 「終末期患者」という言葉,医学的あるいは看護学的にどの程度熟しているものかは知らない。V.ヘンダーソンは,看護の概念を述べて,次のように言っている。

 「看護とは,ある人間の手助けをして,その人の健康を維持増進させ,あるいは健康を回復させることであり,ときには安らかな死にいたらせてあげることに寄与することである」と。「終末期患者」とは,「安らかな死にいたらせてあげることに寄与」しなければならないような患者をさすのであろうか。

私たちの微力が残念 紫和 清美
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I.はじめに

 もはや回復の見込が全くなく死への道のみ残された患者の看護は痛々しく心悲しいものであるが,残された命を少しでも長く,安楽に心安らかな最期を迎えられるよう祈りをこめて日々看護がなされている。子宮頸部癌の診断のもとに開腹手術を受けるも膀胱壁転移により単開腹術に終わり,その後尿管転移をきたし左尿管皮膚移植術を受け,ついには直腸腟瘻も併発し死の転帰をたどった症例の末期14日間の看護を紹介し,皆さんのご批判を仰ぐ機会としたい。

宗教がある場合

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病院付牧師を中心に

 私たちの病院に一貫して流れている思想は,キリスト教である。従業員の大半が,キリスト新教の一派を信じて,お互いに同じ目的のために,一つの円を保ちつつ働いている。この点から,目的も他の病院とは異なってくる。私たちの病院の目的は,病院を訪れる患者さん方が,単に肉体的に健康を回復されるのみでなく,一人一人の心が,私たちの信じている神様に向けられ,精神的にも豊かにいやされるようにお助けすることである。

 精神的面における働きは,牧師室という部門が設置されており,数名の病院付牧師が中心となって働いている。牧師室の働きは広範囲であるが,おもに入院患者の病床訪問,すなわち病床で楽しく語り合ったり,信仰を求めておられる方には,聖書研究を行なう。また,患者礼拝の集会,院内放送,退院患者の家庭訪問,雑誌発送などがあげられる。看護婦は,特に医師,牧師と共に協力して,肉体的に精神的に,健康が回復することを願っている。

教義の根本にもとづいて 丸田 敬子
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はじめに

 当憩(いこい)の家,すなわち,財団法人天理よろづ相談所病院は,昭和41年4月1日に発足した。したがってまだ3年目の建設時代にある新しい病院である。教祖中山みき女が天理教を立教されたのは,すでに130余年の昔であり,天理教の根本理念は,「陽気ぐらし」にある。真に世の人びとの幸福を願い,世間の嘲笑をものともせず,教祖中山みき女の遠大なる,世界だすけ,よろづだすけの深い理念は,大和の地場を中心に,全世界に広められ,今や国際的な信者をもつ大きな教団にまで発展してきているが,教祖の御苦労が始まったある時期には,新興宗教への強い圧迫が幾度か加えられた。

 昭和10年9月200床余りの結核療養所が設立され,身上(身体的苦悩)をもつ人びとを救わんとされた。教祖が出直されて(逝去)80年祭を記念して,先の真柱,すなわち第3代目継承者,中山正善氏は,教祖みき女の理想を実現するために心を砕かれた。天理教教会本部八丁四面,西右二棟三棟に,親神(天地創造の神)天理王命の御心であり,教義の根本をなす,事情ある者を救い,世界一列兄弟として,陽気ぐらしのできるようにとの願いから憩の家が創立された。

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 結核は医学の発達した今日にあって,なお長期療養を必要とする慢性伝染病で、今日まで人類の受けてきた痛手は,はかり知れないものがあります。確かに結核による死亡率は減少し,当院においても,年間2〜3名という昨今です。5〜10年と病み疲れた方々が,地上の苦悩の戦いを終えて,天に召されてゆくまでの心身の苦闘一人一人のその深さ,きびしさははかり知れないものですが,看護する私にとっては,その度毎に新たに患者より教えられることのみ多く,十分な看護のできなかった悔いと反省をおぼえるものです。

 当院では毎朝マイクを通じて,全病棟に15分間の礼拝が行なわれます。入院時にこのことはお互いに他人に迷惑をかけぬように静かにきくように説明いたします。また単調な生活の中にも希望と潤いをと,主治医の許可を得て,転換療法も行なわれています。常に受ける立場にある者は,とかく心まで弱く貧しいものになりがちです。極端な言葉をかりれば依頼心のみ強く,してくれるのが当然と思いがちです。しかしこのような気持で療養することは,自らを低くし更生意欲を失います。病床にあってなお一般社会と何らかの形でつながっているという意識,ものを創作する喜びを持ってもらうための転換療法,満足に絵筆のもち方すら知らなかった者がしばらくすると驚くばかりの絵を画いている,その顔は創作の喜びと末来への希望に輝いている,このようにして多くの方々が生活を楽しみながら長い療養生活に耐えています。

観世音菩薩のように 鈴木 イチ
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 1,300年前わが国に仏教が渡来し,聖徳太子が大坂四天王寺に仏教病院を開かれたのが日本の病院の歴史のはじまりである。今日,わが国には国立,自治体立の病院や私立病院が多いのであるが,この病院は仏教教団である立正佼成会が社会に寄せた数少ない篤志病院のひとつであり,また久しくこの国に姿を絶った仏教病院の再現でもある。昭和27年に創立されてから17年,現在の規模になったのは6年前で,建物は地上7階,地下2階で,病床数は324床の総合病院である。

 心の病は信仰で,身体の病は医師でという開設者の大きな慈悲の心で建ったこの病院は,いろいろな苦難をのりこえて順調にレールに乗った。わが国で数十年前より精神身体医学としてこれらが真剣に研究されている。

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 司会 それでは私が司会をさせていただきます。終末期ということは,回復の見込みがなく死を目前にしている患者さんに対して,私たちはどんな看護ができるだろうかということを話そうというわけです。

 ヘンダーソンの「看護の本質」のなかでは,看護はあらゆる病気の人に援助を与えると。もし病気がなおらないような患者さんには,心のささえとなって,安らかに終末期を過ごさせるのが看護なんだといってるんですね。これは特に外国の場合,宗教というもので安らかに死んでいっていただこうということが,わりあいはっきりしているようですけど,日本では,むしろ自分はまだ生きたいんだと考えておられて,死ぬなんてことをわりきれない患者さんを,多く扱っているわけなんです。そういうときに看護婦は,どんな心がまえを持って患者さんのささえになったらいいのか。きょうはそういうことで,ケースワーカーをなさっていますが,看護の造詣もおありになる遠藤さんにも加わっていただいて,話を進めていくことになったのでございます。慶応の杉山さんはいままでいろいろたくさんの経験をお持ちですし…,いかがでしょうか。

今月の考察 心臓移植

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1心臓移植と人工心臓

 生物体と機械の違いの一つは,一方は分裂によって形成され,他方は集合によって製作されるということである。多細胞生物は受精した卵細胞が二細胞,四細胞,八細胞と分裂しながら有機体を形成してゆくのに対して,機械の場合にはまずさまざまな部分があり,それをよせ集めて一つの機械が製作されるのである。そこからして,生物体の部分はいわばその生物のものであるのに対して,機械の部分は別にその機械のもの,その機械だけのもの,というものではない。したがって,もし部分が故障したおりには,別のものと取り換えていっこうさしつかえない。ラジオの真空管がだめになれば,われわれは別の真空管と入れ換える。しかし,生物の場合には,少なくとも厳密には,そのようなことはできないはずである。なぜなら,その部分はどこまでもその生物のものであって,それを他の生物のもので置き換えることはできないからである。

 ところが,臓器移植ということは,それをあえて行なおうとするものである。そこに科学の進歩というものがある。けれども,科学の進歩ということを真に言おうとするなら,有機体の一部を他の生物の一部で補おうとすることは中途半端である。なぜなら,科学の真の価値は,全体にせよ部分にせよ,有機体そのものを作ることではなく,同一の機能をもつもの,あるいはそれ以上の機能をもつものを,全く別の材料,別の方法で合成し製造するところにある。

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 8月8日午後,札幌からの驚くべき第1報が私たちのデスクに届いたとき,まっさきに脳裏をかすめたのは,実施が時間の問題だと考えられていた日本での第1例がついに現実のものになったか,ということと,やはり第1例は札幌医大の和田教授によって執刀されたか,ということだった。

 それ以来,新聞,テレビがそれぞれ多少ニュアンスの違いはみせながらも連日,大々的に報道し,8月のマスコミ界の話題を,チェコ事件とともに二分した観があった。

グラビア

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 車椅子を操り,電車に乗りデパートで買物もする。箱根療養所の11名の脊損患者きんたちの一日を追ってみた。

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 ドクトルという学位の称号は,時代と国によって定義はまちまちであるが,いずれにしても大学を卒業した者に与えられる学問の権威づけである。その権威を象徴するために制服があって,これも時代と国によってさまざまである。ことに医学ドクトルのコスチュームは患者の信頼を高めるものだから威厳ある格式をそなえたものが多い。服装史としてドクトルの服装のうつりかわりは興味が深く,学生の制服にまで影響している。ここではヨーロッパ近世のものを集めてみたが,もとは僧服から出たもので,ドクトルの制服とよい対照をなしているのは裁判官の法服である。ナースの白衣とキャップにもつながる制服の変遷を考えてみると面白い。わが国では久しい間,大学生の制服は角帽に金ボタンのサージ生地の詰襟にきまっていた。最近はアノラックにヘルメットという大異変を来たしたので。制服の権威はもはや昔話になってしまった。

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 このステーションの管掌する病棟は,眼科耳鼻科.小児科の混合棟で,併設して未熟児室,処置室などがある。

 ステーションの中はかなり広い感じを与える。「混合なので先生がたくさん来るでしょ、だから広いのは助かるんです」と居合わせた看護婦さんが説明してくれた。ステーションを改めるとしたらどんなところが欠点としてありますか,とたずねると「広いのは良いけど雑然としてる,混合病室にしては処置室がせまい,椅子がほしい」などと細々とした注文と「4階で屋上に近いせいか,余熱が残って夏は暑くて。なんとかならないかしら」と答がかえってきた。それでも,このステーションは病院の中では特等室だと看護婦さんは自慢げにいう。夏暑くても,窓をあければ涼風が入るし,春ともなれば,霞城の堀桜が一望に見わたせる。なるほど特等席に違いない。

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 心臓移植の可能性を一段と確かにするのではないか,と思わせるニュースがある。

 東ベルリンのドイツ科学アカデミー主任助手,ワルバノフ博士の“心臓冷却”実験がそれだ。博士は,温度調整ができる浸透装置の助けを借りて,目下兎の心臓を素材にテストをくり返している。この実験によると,心臓が害をうけないようにしながら,またその機能を制限しつつ,摂氏零下20〜25度まで冷却され,再び温めることができるかどうかを見ることができるようになつている。

シリーズ/霊長類ヒト科—無心
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古人日く“我思う,故に我あり”──無心とはすなわち,我思わざる状態をさすことに他ならない,したがってそれは我なき姿,人の姿にして人にあらざるさまをいうのであろう。

 してみるとここに無心と題して二葉の写真を掲げた編集子の意図は語らずとも明らかである。つまり—人間てやつも我を忘れるとこうなっちゃう。ほら,オランウータンかはたまたキツネかカバか…気をつけましようね,お嬢さん──というわけ。

インタビュー 田中志んさん

医学と看護

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はじめに

 近年,新生児学,医療器具の進歩によって,以前はあまり手のつけられなかった新生児・未熟児に対しても,積極的に輸液療法が行なわれ,効果をおさめている。交換輸血,小児外科の進歩のためになおいっそう,輸液・輸血療法を行なう頻度も増し,新生児・乳児を取り扱う者にとっては,いっそう深い知識,細心の注意と熟練を要求される。そこで,新生児室,あるいは分娩室で最も多く遭遇するのは,呼吸障害であり,輸液療法,それも早期の輸液療法はかかせない療法となっている。ここではこの新生児呼吸障害を中心として,新生児の輸液について,その原理,方法,および注意事項について,簡単に述べてゆきたい。

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はじめに

 新生児の輸液による治療は,近年注目を集め,呼吸障害において特にその成果が報告されている。当病棟においては,今年の4月1日から8月31日まで新生児死亡が10名あり,うち6名が呼吸障害(肺硝子膜症が多い)であり,そのほとんどのケースに輸液が行なわれていた。長くて4日,ある時は輸液の介助をしているうちに死亡してしまうことがあった。そのたびにもう少し早く輸液の準備ができ,介助がよくできたらと思い,輸液施行中の適確な観察と記録,報告の重要さを感じ,今回その経験を通じて反省したこと,検討したことなどをまとめてみた。

日本の女性はしあわせか・8

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「学士さまなら嫁にもやろか」

 かつて,大学出の希少価値を讃えたこのようなことばは,もう死語に等しいものになってしまったようである。

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大関 和子

 大関チカは,桜井女学校付属看護婦養成所の第1期生で,最も華々しく活躍した代表的な人物である。

 それは,単に,才色兼備の秀れた一看護婦として,また,後進を指導した斯界の大御所として,看護史上にその足跡を残しただけではない。熱心なクリスチャンとして,廃娼運動,禁酒運動,女子参政権運動など,日本キリスト教婦人矯風会活動の先頭に立ち,婦人運動家としても,多くの人々にその名を知られた。

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はじめに

 わが国における肺結核患者発生率は,昭和33年度人口10万対542.1に対し昭和40年度320.1と漸減傾向を示しているが,一方結核療養所などへの入所患者の実態は逐年的に重症あるいは老齢患者が増加している。結核のような慢性疾患患者に対する看護業務は,年余にわたる長期療養者を対象にするためか,ともすると機械的あるいは惰性に陥りやすい危険性を多分に含んでおり,このことはひいては患者と看護婦との人間関係を阻害する一因となっている。

 最近国立療養所を中心としたチーム・ナーシング1)2)あるいは精神心理看護3)4)5)などの協同研究は,このような看護ムードを刷新すべくいわゆる「患者に眼を向ける」看護体系の確立に対する真摯な試みといえよう。特に老齢患者に対する看護は,このような意味からは老齢という精神的,肉体的ハンディキャップを有した人たちだけに心理的看護内容が要求されることは自明の理であるにもかかわらず,ややもすれば一律な機械的業務で処理されるか,さらにはむしろ敬遠されるような傾向も無視できない。

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 研究内容については興味深く読ませていただいたが,報告文全体を通すと筋の通らない感じをうけた。それは何故なのかについて考えてみたい。

 はじめに,のところを読むと,結核患者の看護上の問題点があげられていると思うが,そのなかに老齢者を看護するのに看護時間がかかり過ぎるとか,心理的に患者との結びつきをもちたいと思うが,どうしてか時間がないとか,その次の研究をする動機になるようなことが述べられていればであるが,全くそのようなことがなく,老齢者看護の本質把握の前段階としてその実態をより客観的に分析するという莫然としたことしか出ていない。もしこのような意図であるなら看護の実態の分析のためにこれこれのことを知ろうと思うが,その一部の技術面における所要時間について比較検討したことを報告するというように,全体のなかの報告部分の位置づけをすべきではなかろうか。

英文トピックス・14

Back to Nursing
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 “Back to Nursing”(看護に帰れ)という声は,ナース不足に悩む世界の各国で大きくさけばれています。

 ナース不足は今や世界的に共通した問題となり,各国は看護学校卒業者が看護界から離れることを防止するために努力をつづけると同時に,看護界を一旦はなれたナースを再復帰させるために懸命の説得工作を行なっています。

麻酔の知識・8

人工呼吸 沼田 克雄
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 人工呼吸とは,言いかえれば人工換気のことである。換気障害の治療には人工呼吸が重要な一手段である。6月号で述べたように,これには胸廓外加圧方式と気道内加圧方式が考えられている。

漢方と看護学・2

漢方の歴史と現状 鎌江 真五
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 漢方医学の源はさだかではありません。人類が火を手中にして文字をつくり,器(うつわ)を使い始めた頃から,素朴な保健衛生の知恵が芽生え出したとはいえ,“医学”はまだ遠い先のことで,本能的医療行為そのものに長い年月が経過しています。

薬のはなし・8

統計学的な評価 佐久間 昭
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生物検定法

 “生体に(または生体の一部に)化学刺激として物質を与え,そこに生じた反応を評価することによって,物質の性質や分量を知る方法”を生物検定法という。

 物質を物理的,化学的に取り扱って性質や分量を知ることが面倒な場合にも,適切な生体を利用すれば,容易に事をはこぶことができる場合がある。定性的なものには,モルヒネ様物質を鑑別するマウスの挙尾反応があり,定量的なものには,アセチルコリンの測定にしばしば利用されるカエル腹直筋の収縮がある。

医療ジャーナリストの目・8

テレビ看護の時代 大熊 房太郎
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 ある雑誌から医用電子機器についての原稿を頼まれ,E病院へ,『病室監視用テレビジョン』の取材にいった。

 なるほど,便利な装置である。操作卓の前にすわった看護婦さんは,各病室の重症患者の状況を,いながらにして受像機で観察できるのだから,いちいち病室まで出向くのと違って,労力や時間はたいへんな節約になるし,疲れ方も少なくなるに違いない。

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医療の歴史的変遷のなかで看護がどのように発展してきたか,また現在の問題点はどこにあるのかを示す「絵でみる看護史展」が,さきごろ群馬県・前橋市の前三デパート催物場において,群馬大学医学部付属看護学校の主催,日本看護協会・日本赤十字社の後援により開かれた

看護用具の工夫

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 最近は,全身麻酔による手術の症例が非常に増えてきており,特に気管内麻酔は気道を十分に確保しうるという最大の長所ゆえに,長時間の手術や,頭,頸,胸部の手術には麻酔の第一の適応とされるようになっている。気管内麻酔の場合,挿管後のチューブの固定は絆創膏で口唇のまわりに密着固定されているが,蛇管,Yピースの重みでチューブが抜けてきたり,側臥位の手術の場合にチューブが屈曲したり,その固定に不便を感じていた。それで,次のような固定帯および枕を作った。使用してみたところ,これによるとチューブの固定は確実で,体位の変換によってもほとんど固定部のずれることもなく便利である。

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片麻痺患者の尖足予防に,従来使用していた箱シーネや足底板には,不安定さと側臥位の場合の不便さを感じていたが,これらを解消すべくギプスシーネを使用してみたので,報告する。

ギプスシーネは患者の患肢に合わせて,膝関節下部より足先までのものを作製し,下の写真のようにギプス用巻綿を2〜3重にかぶせ,ガーゼまたは晒布で被って縫いつける。

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 楽隊(オーケストラ)達のつかう言葉のなかに,足を出すというのがある。演奏の最中,間違って突拍子もない時に,自分だけ飛び出すことをいうのだが,演奏家として,こんな恰好わるいことはない。一方落っこちるという言葉がある。これは,自分の演奏すべきパートをうっかりやり過ごしてしまうことをいうのである。チャイコフスキーの悲愴交響曲のクライマックスで,たった一度だけ,ドラが鳴る有名な箇所があるのだが,演奏旅行に行って,この一箇所を落っこちてしまって,何もせずに帰って来た楽隊の話は余りにも有名である。大きなドラの前で譜面と睨めっこ,そろそろ叩くつもりでバチをもって立ち上ったところ,あっという間に演奏は次の部分へ行ってしまっていたので,その哀れな打楽器奏者は,大きなドラをそっとさすっておもむろに腰をおろしたのだそうである。それでも給料と汽車賃は出たそうだから昔の楽隊はなかなか良き商売だったようである。

ニューヨーク留学記・8

泣き出したくなった失敗 稲岡 文昭
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 それから2〜3日したある日の申し継ぎ後,Head Nurse(主任)から,Aさんはけさの7時から24時間蓄尿を開始したから,Morning Careに行った時,念のためもう一度説明しておいてくれと言われました。

 先日の失敗にこり,それ以後指示が出されるたびに,軍隊式に復誦することにしていました。この時はまず間違いなく意味がとれたつもりですが,それこそ念のためにと思い,“尿を捨てないで,明朝7時まで蓄めておくのですよね”と言おうとしたが,“捨てる”という単語が思い出せない。次の瞬間ひらめいたのは“ABANDON”。I should explain not to abandon his nrine to Mr. A, shouldn't I? とやったら,Head Nurseはじめ詰所にいたナースたち足をならし大笑い。

Medical Topics

肥満児,他 M.O.
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 「肥っていれば健康優良児」といっていた時代は終わり,最近は肥りすぎが問題にされるようになってきた。

 しかし「肥っている子どもの方がかわいい」とか,「肥っている方が立派でよい」とかいう母親もあり,その対策はなかなか容易でない。

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今朝咲かむ朝顔の数おもいつつ庭にいずれば蜂も来て居ぬ

 〔評〕自然をいとしむ気持はまことに感動的である。

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私がこの道にとどまっているのはここを歩いている限りどこかで貴方とつながっているある幸せが胸をみたすから……です

もがきながらこうして 夜をもがきながらそれでもいい!忘れなくてもいいものなら私の生涯の細い細い一本の糸を気づかれず貴方の道にむすびつけたい

付録 看護計画のための基礎ノート

頭痛/腹痛 大森赤十字病院看護部

基本情報

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看護学雑誌
32巻12号 (1968年11月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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