medicina 56巻2号 (2019年2月)

特集 抗血栓療法のジレンマ—予防すべきは血栓か,出血か?

上妻 謙
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 超高齢時代を迎え,冠動脈疾患や脳血管疾患,末梢動脈疾患など,動脈硬化疾患による心血管イベントは,悪性腫瘍と並んで死亡原因の上位を占めている.これらは動脈硬化プラークの破綻あるいはびらんに伴って生じた血栓によって発症するため,抗血小板薬による抗血栓療法が広く行われるようになってきた.

 抗血栓療法は抗血小板療法と抗凝固療法に分けられる.前者は文字通り,抗血小板薬を用いて血小板の凝集を抑制するもので,主として動脈系を中心としたアテローム血栓症の予防に有効とされている.一方,後者は抗凝固薬によって血液の凝固因子を阻害することで,赤血球やフィブリンによる大きな血栓の凝集を抑制するもので,主に流速の遅い静脈系,左房などの血栓塞栓症の予防に有効と言われてきた.しかし近年,こうした概念を覆すような臨床試験の結果が次々と発表され,今までの血栓に対する考え方を見直す必要が出てきている.

特集の理解を深めるための22題

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抗血栓療法の対象となるのは虚血性心疾患をはじめ末梢動脈疾患や脳血管疾患などがあり,患者さんの数は大変多いです.しかし,これらの患者さんの二次予防を大学病院や専門病院でずっとフォローしていくわけにはいきませんから,かかりつけの先生方に逆紹介する必要があります.ただ,その場合に大きなハードルとなっているのが,抗血栓療法のもつ血栓と出血のジレンマではないかと思うのです.そこで本日は地域の開業医として普段から病診連携にご協力いただいている奥田先生と,抗血栓療法の実臨床についてお話ししたいと思います.(上妻)

Editorial

抗血栓療法をめぐる現状 上妻 謙
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Point

◎心筋梗塞や脳梗塞の発症早期は出血リスクも高いが,血栓症の発症リスクはそれに増して高いことが多い.しかし,一定期間が経過して安定すると血栓リスクが出血リスクを下回ってくるので,その際には抗血栓療法を弱めるなどの時期別対応が必要となる.

◎ステント留置後の2剤併用抗血小板療法の期間は6カ月を基本として,個々の患者に合わせて調整することが必要となる.

◎心房細動を合併した冠動脈疾患など,抗凝固療法と抗血小板療法の併用が必要となる症例では,出血リスクがきわめて高いことを考慮し,両者の併用を極力短期間とすべきである.

この疾患にはこの抗血栓薬が必要

冠動脈疾患 飯島 雷輔
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Point

◎冠動脈疾患治療後の第一選択は,ガイドラインでアスピリンが推奨されている.

◎ステント治療が行われる際には,アスピリンとチエノピリジン系薬剤による抗血小板薬の2剤併用療法(DAPT)が必須である.

◎DAPTの至適期間は,安静狭心症の場合は最低6カ月,急性冠症候群の場合は最低12カ月が推奨されている.

◎実臨床では,血栓性合併症と出血性合併症のバランスを考慮し,ガイドラインの枠を超えて患者ごとにテーラーメイドの抗血小板療法を行うことも重要である.

末梢動脈疾患 緒方 信彦
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Point

◎末梢動脈疾患に対する抗血栓療法の目的は,心血管イベントの予防である.

◎標準的抗血小板薬はアスピリンあるいはクロピドグレルであるが,シロスタゾールと異なり,跛行改善効果はない.

◎末梢動脈疾患患者は,虚血リスクのみならず同時に出血リスクも高い.

◎血管内カテーテル治療(EVT)術後はアスピリンとクロピドグレルによる抗血小板薬2剤併用療法を行うが,出血リスクに注意が必要である.

◎EVT術後遠隔期にはクロピドグレルとシロスタゾールの併用が有効である.

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Point

◎アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞は非心原性脳梗塞に分類され,抗血小板療法を行う.

◎非心原性脳梗塞の抗血小板療法は,急性期には多剤併用療法,慢性期には単剤療法が原則である.

◎アテローム血栓性脳梗塞では,急性期に抗トロンビン薬のアルガトロバンが用いられている.

◎心房細動による心原性脳塞栓症では,抗凝固療法(ワルファリンまたは直接経口抗凝固薬)を行う.

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Point

◎深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症は静脈血栓症と総称され,一連の病態として治療される.

◎静脈血栓症に対する抗血栓療法は,主に抗凝固療法と血栓溶解療法から成る.

◎抗凝固療法は治療の基本であり,出血などの禁忌事項がない限り行われる.

◎血栓溶解療法は,出血性合併症の発生に注意しつつ,より重症度の高い病態に限定して行われる.

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Point

◎心内腫瘍に対しては手術治療が基本であり,抗血栓療法の介入余地は限定的である.

◎心内血栓には抗凝固療法を行う(ワルファリンのほかに,心房細動ではDOACも可).

◎機械弁置換術後では終生ワルファリン投与を行うが,生体弁では術後早期に限る.

◎冠動脈ステント留置後は3〜6カ月のDAPTが基本だが,個々に検討する.

抗血小板薬の特性を理解する

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Point

◎循環器疾患における抗血小板療法は,血栓塞栓症の一次および二次予防に重要である.

◎経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)は標準的後療法である.

◎有効性の高い抗血小板薬は,その反面,出血性合併症が懸念される.

◎有効性,安全性のバランスがとれた抗血小板薬の選択と,その投与量,投与期間などに関して再考する必要がある.

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Point

◎アスピリンの最も良い適応は,粥状硬化を基盤とする疾患(冠動脈疾患,脳血管障害,下肢閉塞性動脈硬化症)に対する二次予防(急性期含む)である.

◎(特に脳血管障害に対する)一次予防目的でアスピリンを使用する場合には,適応を慎重に判断し,血圧を130/80mmHg未満にするなど生活習慣病の管理を厳格に行う.

◎高度の細小血管障害を有する症例は脳出血発症のリスクが低くはないため,抗血小板薬の適応と薬剤選択を慎重に検討し,生活習慣病の管理を厳格に行う.

◎抜歯など出血時の対応が容易な処置や消化管内視鏡治療の場合においては,原則としてアスピリンを中断しないように推奨されている.

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Point

◎クロピドグレルは動脈硬化性疾患の予防に世界中で広く用いられているチエノピリジン系抗血小板薬であり,経皮的冠動脈ステント留置術後の血栓症予防のため,アスピリンとの併用療法が標準治療となっている.

◎クロピドグレルの作用には個人差があり,クロピドグレル不応症の原因の1つとして,薬物代謝酵素であるチトクロームP450(CYP)の遺伝子多型が関与しており,臨床イベントとの関連が報告されている.

◎クロピドグレルは休薬後5〜7日で血小板機能が回復する.

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Point

◎ステント留置後には,アスピリン+ADP受容体P2Y12阻害薬の2剤併用療法(DAPT)が標準的レジメンである.

◎プラスグレルは第3世代チエノピリジン系のADP受容体P2Y12阻害薬である.CYP2C19遺伝子多型による薬効の個人差が少なく,効果発現も早い.

◎チカグレロルはチエノピリジン系ではなく,CPTP系のADP受容体P2Y12阻害薬である.作用発現に代謝活性化を必要とせず,直接血小板作用を阻害する.

◎DAPTを中止後に,ADP受容体P2Y12阻害薬の単剤投与を継続する動きがある.

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Point

◎シロスタゾールは抗血小板作用に加え血管拡張作用を有し,出血合併症が少ない.

◎『脳卒中治療ガイドライン2015[追補2017]』で,非心原性脳梗塞の再発予防においてグレードA推奨薬とされている.

◎特に細動脈硬化(ラクナ梗塞,脳出血既往)や頭蓋内血管狭窄のある症例が良い適応である.

◎副作用として頭痛,動悸,頻脈があるが,漸増投与法により低減できる可能性がある.

抗凝固薬の特性を理解する

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Point

◎抗血栓薬には,抗血小板薬,抗凝固薬,線溶薬が知られている.

◎注射抗凝固薬は,未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,フォンダパリヌクス,アルガトロバンが使用される.

◎経口抗凝固薬は,ワルファリン,DOAC(抗トロンビン薬,抗Ⅹa薬)が知られている.

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Point

◎ワルファリンはビタミンKの還元と共役する血液凝固因子第Ⅱ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ因子の機能的完成を阻害することで抗凝固作用を発揮する.

◎PT-INRは血漿に組織因子とリン脂質を添加して血液凝固時間を大まかに把握する指標であり,ワルファリンの薬効モニタリングに用いる.

◎局所での血栓性が高い僧帽弁狭窄症,機械弁,血栓性素因を有する患者では,特定の凝固因子を選択的に阻害する直接経口抗凝固薬(DOAC)では効果が期待できないため,個別最適化治療が可能なワルファリンが選択される.

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Point

◎ヘパリンの用量は,活性化部分トロンボプラスチン時間が対照値の1.5〜2.5倍に延長するように調節する.

◎エノキサパリン,フォンダパリヌクスは,用量反応性に優れているため凝固モニタリングが必要ない.

◎ヘパリンの副作用として,出血のほかヘパリン起因性血小板減少症がある.

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Point

◎ダビガトランは直接トロンビン阻害作用を有する直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)である.

◎非弁膜症性心房細動が適応であり,肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症に対する適応はない.

◎虚血性脳卒中の予防効果が強く,頭蓋内出血も相対的に少ない.

◎特異的中和薬が使用可能な唯一の経口抗凝固薬である.

◎腎排出の割合が高く,腎機能低下例には注意を要する.

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Point

◎心房細動に対する抗血栓療法は,CHADS2スコア1点以上で「推奨」・「考慮可」となっている.

◎各薬剤ごとに独自の用量調整基準があり,注意が必要である.

◎深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症に対しては,各薬剤で用量・用法に違いがある.

高い出血リスクに対する対策

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Point

◎高出血リスク患者では,抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)を3カ月の短期とすることがESCガイドラインで推奨されている.

◎CREDO-Kyotoリスクスコアは日本人のデータを基に作成されたリスクスコアであり,PCI施行患者の塞栓・出血リスク層別化が可能である.

◎ESCガイドラインでは抗凝固療法中の塞栓リスク評価にCHA2DS2-VAScスコア,出血リスク評価にHAS-BLEDスコアの使用が推奨されているが,日本人のデータを基にしたリスクスコアの作成が望まれる.

◎リスクスコアを参考に,個々の患者リスクに応じた抗血栓薬の投与期間決定が予後改善に重要である.

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Point

◎長期にわたる抗血小板薬の2剤併用療法(DAPT)には出血性合併症のリスクがあり,世界的にDAPT期間短縮の流れにある.

◎日本人における高出血リスク(HBR)患者の多くは高血栓リスク患者でもあることから,欧米のガイドライン通りにDAPT期間を短縮することの有効性・安全性は明らかではない.

◎DAPT患者に多い出血性合併症として,消化管出血および頭蓋内出血が挙げられる.

◎出血時の対応は血行動態の安定化と止血,抗血小板薬の休薬となるが,大量出血の場合は血小板輸血を考慮する.

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Point

◎安全かつ有効な抗凝固療法には,抗凝固薬の適正使用が最も重要である.

◎抗凝固療法中の出血性合併症のリスク因子として,高齢,低体重,貧血,腎機能障害,抗血小板薬との併用,出血の既往などが挙げられる.

◎頭蓋内出血の危険予測には頭部MRI,消化管出血の危険予測には消化管内視鏡検査が有用である.

◎重篤な出血の発症時には,バイタルサインの安定化,止血,抗凝固薬の休薬に加え,抗凝固薬中和薬の投与を検討する.

◎抗凝固薬の特異的中和薬として,ワルファリンにはプロトロンビン複合体とビタミンK,ダビガトランにはイダルシズマブがある.

抗血栓療法に注意が必要な患者

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Point

◎透析患者や重度慢性腎臓病(CKD)患者は心血管イベントのハイリスク群である一方で,出血イベントについてもハイリスク群である.

◎透析患者において経皮的冠動脈インターベンション後の抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)期間を決定するにあたり,現在のガイドラインで推奨されているスコアリングシステムを用いることが妥当であるかは不明である.

◎透析患者が心房細動を合併した場合のワルファリンによる血栓塞栓症予防効果は一定の見解が得られていないが,出血性イベントを増加させるとの報告が多く,適応患者は限られる.

◎透析患者や重度CKD患者への直接経口抗凝固薬(DOAC)投与は現在のところ適応外であり,今後の検討が待たれる.

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Point

◎がんと血栓は密接な関係があり,がん関連静脈血栓症を発症する.

◎がん関連静脈血栓症はがん全体の8〜20%に認められ,血栓症の発生率は非がん患者に比べ4〜7倍高い.

◎がん患者は血栓症の再発率が高いうえに,出血リスクも非がん患者の6倍と,注意が必要である.

◎がん患者への抗凝固療法は,出血リスクを考慮したうえで,がんが治癒しない限り継続する.

妊婦・授乳婦 神元 有紀
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Point

◎妊娠中の抗凝固療法には,未分画ヘパリン(UFH)を用いる.

◎妊娠前からワルファリンが投与されている場合は,機械弁置換患者やUFHで調節困難な場合を除いて,妊娠と判明したら速やかにUFHに切り替える.

◎ワルファリンやUFHを使用している女性が授乳を希望した場合,これらの薬剤は継続を勧める.

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Point

◎血栓性素因とは,一般的にアンチトロンビン(AT),プロテインC(PC),プロテインS(PS)欠乏症を指す.

◎本邦での発症頻度はPS欠乏症が最も多い.

◎血栓症は手術や妊娠などをきっかけに発症することが多い.

◎小児期から若年成人期において手術などの誘因がある場合には抗凝固薬を開始すべきである.

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Point

◎超高齢者や低体重は抗血栓薬による出血性合併症の高リスク症例であり,減量投与を考慮する.

◎高度肥満に対する抗血栓療法には,投与量調整の明確な基準がない.

◎腎代謝が主体の薬剤は,低体重では推定糸球体濾過率(eGFR),高度肥満ではクレアチニンクリアランス(CCr)の過大評価に注意する.

非心臓手術の周術期対応 田邉 健吾
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Point

◎冠動脈ステント留置後の患者に非心臓手術が必要となったとき,なるべく1剤は抗血小板薬を継続することが望ましい.また,中止が必要な場合は5日以内の休薬が望ましい.

◎抗凝固薬の中断が必要な場合,ヘパリンブリッジの効果・安全性については否定的なエビデンスが出てきている.

連載 見て,読んで,実践! 神経ビジュアル診察・10

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 上肢の軽い麻痺を検出する方法には,Barré徴候やforearm rolling testなどの簡単な方法がありますが,時には小技の併用も重要です.1つだけの診察法では感度に限界があるためです.では,どのような方法が? 今回は,亀田総合病院神経内科で実践している,「第五指徴候」と「凹み手徴候」について勉強していきましょう!

 

*本論文中、関連する動画を見ることができます(公開期間:2021年1月31日まで公開)。

連載 心電図から身体所見を推測する・10

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 心電図には心臓以外の情報が隠れている可能性があり,今回は浮腫と心電図の関連を探っていきたい.

連載 母性内科の「め」 妊婦・授乳婦さんのケアと薬の使い方・8

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症例

 35歳のBさんは妊娠37週です.虫垂炎(本連載第3回)後から貧血がみられるようになり,産婦人科の先生に処方された鉄剤を内服していました.先週の健診のとき,貧血は良くなっていましたが,血小板が少なくなっていました.産婦人科の先生には「ときどきチェックしていれば大丈夫」と言われていて,当初は気にしていませんでしたが,久しぶりに会った幼なじみの医師と話しているうちに,相談してみることにしました.

Bさん:「血小板が少ないって大丈夫なの?」

連載 物忘れ外来から学ぶ現場のコツ 認知症患者の診かた・9

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ポイント

血管性認知症は脳血管障害が原因であるため,生活習慣の維持・改善,リハビリが最も有効となる認知症です.転倒に注意し,動脈硬化などのリスク軽減に努めます.

連載 ストレスと病気のやさしい内科学 診療の幅が広がる心療内科の小ワザ集・4

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 第3回からは,症例をもとに心療内科の小ワザを紹介しています.前回は過敏性腸症候群(心身症)の患者さんでしたが,今回は頭痛の患者さんです.

連載 目でみるトレーニング

連載 医師のためのビジネススキル・9

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事例

A医師は卒後15年目で,B総合病院の救急部に勤めている.現在使っている超音波検査機器(以下,エコー)が古くなり,応援医師からも使いにくいという声が多いことから,救急部に新しいエコー機器を購入したいと考えている.B病院では,10万円以上の新しい機器を購入する場合,経営側(特に事務長)の承認を得る必要がある.応援医師は皆やる気に満ちていて,最善の医療をしたいと思っており,より診断補助能力に長けている最新のエコーを切望する声が聞こえている.A医師は救急部に新しいエコーを購入するために,他医師からの応援の声を背に経営側と交渉をすることにした.

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 『シュロスバーグの臨床感染症学』は,感染症専門医を目指す後期研修医はもちろんのこと,感染症学に興味をもつ初期研修医・医学生にも広くお勧めできる教科書である.感染症医として知っておくべき病態・疾患・病原体を網羅的にカバーしているために本文だけで1,200ページ近いボリュームとなっているが,それぞれの項目は数ページにまとまっているので,日常診療のなかでクィックリファレンスとして用いるのに適している.300名以上いる原著者のほとんどが米国で感染症診療を実践している専門医であることから,慢性疲労症候群,Whipple病などを含め,本書の内容には米国で診療機会の多い病態が色濃く反映されている.ただ,米国第一主義なわけでは決してなく,臨床的にしばしば遭遇するが学ぶ機会が少ない病態(歯性感染症,カンジダ尿など)もきちんとカバーされている点に好感がもてる.また,マンデルやクーサーのような辞書的な教科書に比べると,原著者がのびのびと自分のスタイルで執筆しており,「臨床」感染症学ならではのクリニカルパールも随所に散りばめられていることから,読む方も肩の力を抜いて読むことができる.皮膚所見や病理所見のカラー画像も豊富で楽しい.さらに特筆すべき点として,移植・担癌患者,好中球減少患者や生物学的製剤投与中の患者などの易感染性宿主へのアプローチについて50ページ以上を割いて詳説されており,こうした難しい症例に取り組むにあたってのよい道標となるであろう.

 原著(第2版)は2015年に出版されているが,監訳者はじめ15名の訳者の努力によりわずか3年遅れで日本語版の出版に至っている.しかし医学の全てがそうであるように,感染症の分野も常に進歩し,診療のパラダイムが変化している項目もあることから,本書で基礎知識を固めつつ,ここ数年間の主要論文などで情報をアップデートし診療に生かすのがよいだろう.また,抗菌薬や抗ウイルス薬の投与量については,ややエキスパートオピニオン的な部分,あるいは日米で差がある部分も見受けられるので,診療に利用する場合は二次的なソースで再確認することをお勧めする.

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 タラスコン救急の待望の日本語翻訳本が刊行された.評者はすでに国内でも多くの研修医が使用しているものと思っていた.それぐらい需要の高い書籍である.この監訳にかかわった先生方は,日頃北米式ER方式で,救急搬送を含む多くの救急患者を診療されており,訳者は,第一線で活躍をされている若手救急医からなっている.日本では,北米式ER方式を採用しているところはまだそれほど多くない.昨今の新専門医制度,地域包括ケアで,救急の在り方が変わろうとしている.今回のこの書籍が,このタイミングで出版されたことは,まさに好機が到来したかのようである.

 この手のひらほどのポケットブックにこれだけの情報を詰め込めるかというぐらいの驚くべき情報量である.循環器,神経内科,呼吸器科,感染症,外傷,環境障害,中毒のジャンルが比較的多く記載されており,実践的に役に立つ内容が厳選されている.

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 読んで多くの項目にいちいちそうだそうだとうなずくことが多く,一気に最後まで読み進むことができた.大人の発達障害は今や精神科の臨床のなかで常に意識をせざるを得ない事項であり,どうやってこの概念なしにわれわれが二十世紀には臨床をやっていたのかがわからないほど今やわれわれの臨床に溶け込んでいる.先日の日本精神神経学会でも本書は売上一位を連日続けていた.いくつか激しく点頭したい項目を抜き書きしてみた.

 まずは,診断だけを告知して送りつけてくるのはやめて欲しいという件だろうか.そもそも発達障害というのは,統合失調症やうつ病,いわんやてんかんなどとは診断の意味が異なっていて,同じ診断という名前を冠にしていてもその実態は大きく違う.例えばわれわれ誰もが自閉症スペクトラムの傾向性はあって,違うのはそれが1なのか5なのか9なのかという程度の問題であり,その傾向性を念頭に置いて診療をすると,なかには随分治療的介入のフォーカスを絞ることができる人がいる.したがって,自閉症スペクトラムという特性を念頭に置いて,それをいかに臨床のなかに組み入れていくのか,あるいはいかないのかは,来院して来られる家族・本人とのやり取りのなかで個別に,オーダーメイドで一人ひとり考えなければならず,そこには診断をどのように告知し,どのように治療に組み込むか,あるいは事例化して医療が引き受けるかどうかまでの幅広い選択肢がある.あらかじめ,本当かどうかもわからない自閉症スペクトラムの診断を付けられての来院ということになると,こうした枠組み作りの大きな妨げになるのは間違いない.大人の発達障害のための専門施設を対外的に喧伝し膨大な公的予算を消費しているような場合は別であるが,診断をした医師が治療も行う,治療を行わないなら診断はしないというのは,確かに意識化しておいてよい重要な指摘だと大いに得心するところがあった.

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 われわれが外来診療や救急診療で診る患者の中には,ごくありふれた症状が主訴で一見軽症のようにも思われるが,実は緊急度が高く,家に帰してはいけないケースが存在する.帰してはいけないケースを帰しそうになったが思いとどまった経験や,見逃してしまった苦い経験の一つや二つは思い起こされるのではないかと思う.小児科医なら誰しも,発熱の患者で髄膜炎を見逃すな,腹痛の患者で虫垂炎や腸重積を見逃すな,というように,症状ごとにいくつかの見逃してはいけない疾患に注意して診療に臨むべきことを指導医から何度となく教えられてきたことだろう.しかし,どうすれば緊急度の高い疾患を見逃さなくなるか,ということまでは教わっていないのではないか.本書は,外来診療で家に帰してはいけない子どもを見逃さないようにするための“心構え”を教えてくれる.

 本書は2つの章によって構成される.第1章では,患者・保護者の訴えや話を聴く心構えと,帰してはいけない患者を見逃さないようにするための,診療の一般原則が解説されている.第2章では,小児の一般外来診療,救急診療でよくみられる17の症状別に診断へのアプローチが説明され,帰してはいけない症状や徴候(red flags),注意すべき症状や徴候(yellow flags)が明確に示されている.総論の後にはいくつかの症例が呈示され,臨床推論の過程が具体的に述べられており,診療の一般原則が個々の症例においてどのように実践されているかがわかる.取り上げられている29症例の中には読者が経験したことのない疾患があるかもしれないが,症例呈示と解説を読むと,たとえ未経験の疾患であってもその臨床像を把握することができるだろう.

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56巻2号 (2019年2月)
電子版ISSN:1882-1189 印刷版ISSN:0025-7699 医学書院

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