LiSA 別冊 26巻2号 (2019年9月)

別冊秋号 血圧

巻頭言 坪川 恒久

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血圧とは一般的に,体血圧のうちの動脈圧を指すことが多いので,ここでも断らない限り(体)動脈圧として話をすすめる。本稿では,血圧を考えるうえで必要な知識を総括する。

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本稿では,前半で循環器の進化について,後半で脊椎動物の循環器の形態について述べる。

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高血圧は日本国民の死亡要因としては喫煙に次いで第2位であり,脳心血管疾患(脳卒中を含む循環器疾患)による死亡の原因としては最大のものとして猛威を振るってきた1)。一方,過去数十年における国民のライフスタイルの変化,高血圧に対する薬物治療の進歩と普及,国全体での生活習慣病予防対策の推進などにより,国民の血圧は変化してきた。本稿では,過去数十年にわたる国民の血圧や高血圧管理状況,さらに国民の血圧への影響要因を疫学的見地から解説する。

4 小児の成長と血圧 戸田 雄一郎
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受精卵〜心臓・血管の発育

胎芽の心臓,血管系は胎生2週までは発育がなく,子宮胎盤血流により栄養されている。2週目の終わりに胎芽は胚盤葉上層細胞と胚盤葉下層細胞で形成される2層構造となってくる。そして胚盤上層細胞から外胚葉,中胚葉,内胚葉が形成される(図1A)。3週目になると中胚葉から心臓血管系の形成が始まり,これが脊椎動物の最初に機能する臓器にあたるといわれている。中胚葉の側板と呼ばれる場所が左右から中央に向かって融合して心筒heart tubeを形成する(図1A〜C)。心筒は神経管の腹側に位置する前腸のさらに腹側に頭側から尾側に伸びるように形成される1)。さらに心筒は通常Dループという方向性で回旋しながら発達し,心臓の各部位に分化していく(図2)2)

 血球と血管も同じく中胚葉から発生する。胎生20日頃から卵黄囊に血島と呼ばれる部位が形成され,これが血管や血球細胞の原基となる。胎生25日頃から卵黄囊壁内で造血が始まり,これは胎生2か月過ぎまで続く。これと重なるように造血幹細胞が形成され,3〜6か月は肝臓が造血の中心となるが,妊娠後期には骨髄へと移行する。血管内腔が形成されると同時進行で造血幹細胞が内腔へ発生し,また血管同士も癒合し成長していく。どの時点からいわゆる“血圧”が測定できているのかは不明であるが,少なくとも8週では卵黄囊に血流が確認できている3)。また11〜13週で静脈管の血流も確認されており4),10〜11週で心臓の四腔像もほぼ可視化できるといわれる5)

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日本における高血圧患者は約4300万人と推定されており,高齢化の進行により,今後さらに総人口に占める高血圧患者の割合が高くなると予想される。高血圧は心血管イベント発症に対する最大の危険因子であるため,24時間にわたりパーフェクトに血圧をコントロールすることが心血管イベント発症抑制には重要である。血圧値には診察室血圧と,家庭血圧ならびに自由行動下血圧ambulatory blood pressure(ABP)を含む診察室外血圧があるが,心血管予後の優れた予測因子であることから,『高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)』1)では,診察室外血圧にもとづく高血圧診療が推奨されている。早朝高血圧や夜間高血圧など,評価する時間帯別の血圧平均値の上昇から,血圧は絶えず変動することを特徴としており,その血圧変動性の増大,さらには日常生活動作のなかでは起立性血圧変動異常や食後の一過性血圧低下といった病態まで,診察室外血圧の評価は多岐にわたる。本稿では,これらの日常生活で直面するさまざまな血圧に対するエビデンスを概説する。

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麻酔科学の大きな役割として,手術をはじめとする侵襲的な処置(気管挿管・人工呼吸・医療的に必要な身体拘束)の際の苦痛を取り除くことが挙げられる。苦痛がどの程度取り除かれているかは,麻酔薬によって意識を失っている患者に直接聞くことはできず,間接的な指標から推察することになる。痛みの指標の代表的なものとして,血圧が真っ先に挙がる。例えば次のような場面に直面することはないだろうか?

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麻酔科医は,循環動態のコントロールに細心の注意を払って麻酔管理を行っている。血圧,心拍数など,どんな手術でも標準モニターのデータを解釈して,「後負荷の減少による血圧低下だから,輸液により前負荷を増加させ,血管収縮薬の持続投与による後負荷も増加させて対処しよう」というような判断を行い,また,それらの対処による変化をフィードバックしながら循環動態を管理している。体内では肝臓などを除くほとんどの臓器は並列に配置されているため,各臓器にかかる血圧は等しい。また,脳をはじめとする重要臓器には自動調節能autoregulationが存在していて,一定の範囲内では血圧が変化しても血流量は変わらないとされているが,麻酔中にこの効果を実感できることは少ない。現時点では個々の臓器の血流あるいは機能を表示するようなモニターは臨床的に用いられておらず,実際に各臓器にどれくらい血流があるかはわからないため,血圧を中心とした管理が行われているわけである。

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脳の自動調節能のメカニズム

脳血流

脳全体の脳血流は,60mL/100g/min程度であるが,灰白質では80mL/100g/min,白質では20mL/100g/minと一様ではない。脳血流は二酸化炭素分圧や平均動脈圧,自律神経系などが互いに影響を及ぼすことで規定されている。

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腎臓の構造

腎臓の基本単位であるネフロンはMalpighi小体と尿細管で構成され,1個の腎臓には約100万個のネフロンがある。Malpighi小体は腎皮質にあり,Bowman囊によって包まれた糸球体で成り立っている。

 血液は輸入細動脈→糸球体→輸出細動脈→毛細血管の順に流れる。糸球体濾過装置は血液側とBowman囊腔を隔てており,50〜100nmの有窓内皮細胞,基底膜,Bowman囊臓側膜で構成される。

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心臓は血圧を維持するうえで重要な臓器であり,さまざまなホメオスタシス(恒常性)を保つシステムが働いている。また,心臓自身も冠動脈によって血流を受けており,「心拍出量の低下→冠動脈血流の低下→心収縮力の低下→心拍出量の低下」と負のスパイラルに陥らないように注意が必要である。

 本稿では,心臓への血流,心臓を中心とした血圧の調節機構を中心に解説する。

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血圧は,心臓の収縮と血管の緊張(弾性)により血管内に作られる圧力であり,心拍出量と末梢血管抵抗の積として表わされる。つまり,血液の流れが循環動態を決定する第一因子であり,血圧は心拍出量と末梢血管抵抗の関係で二次的に決まる因子である。一方,臓器に関していえば,臓器血流と末梢血管抵抗により組織の灌流圧が決定され,灌流圧が極端に低下すると,組織の灌流が途絶するが,これが組織循環の臨界閉鎖圧である。腹腔内臓器は,脳や心臓などと比較すると臨界閉鎖圧が高いため,血圧が低下すると比較的早期に組織の灌流が途絶する。

 本稿では,腹腔内臓器の中でも,腸管と肝臓に焦点を当て,血圧と組織循環の調節メカニズムを概説するとともに,微小循環が破綻した状態における腸管循環と臓器障害連関のメカニズムに関しても解説する。

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胎盤は脳や肝臓,腎臓などの重要臓器とは異なり,自動調節能をもたないため,母体血圧は胎盤循環を決定する重要な因子である。また,胎盤は交感神経の支配を受けないので,区域麻酔に伴う交感神経ブロックは,循環動態の変動によって間接的に胎盤循環を変化させるが,直接的に作用しない。

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全身麻酔薬は,直接的な負の心血管作用に加え,生理的な制御機構を乱すことで,血圧に多大な影響をもたらす。麻酔科医は,全身麻酔薬の投与に伴う血圧変化を敏感にキャッチし,危機的な循環不全に陥らないように,迅速に対処しなければならない。

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近年は末梢神経ブロック手技の発展に伴い,硬膜外麻酔を施行する頻度は以前よりは低下しているが,その臨床的意義は高い。特に,胸部・腹部領域の手術に関しては,硬膜外麻酔を利用した周術期管理が最も有用である。

 また,平均寿命の延伸により,悪性疾患の罹患者数は増加傾向にある。日本消化器外科学会のデータベースでも,高齢者の消化器悪性疾患手術の件数は増加の一途をたどっている1)。このため,高血圧症を有する患者に硬膜外麻酔を施行する機会は多く,その管理の必要性はますます重要となっている。

 本稿では,硬膜外麻酔が循環器系に与える影響,特に高血圧を合併した高齢患者に対する胸腹部手術における全身麻酔併用下の硬膜外麻酔の使用方法について述べる。

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脊髄くも膜下麻酔は心血管系にさまざまな生理学的影響を及ぼす。その主な影響は,心拍数と血圧の低下である。血圧の低下は交感神経遮断の程度に直接関係し,遮断の程度はブロックの高さによって決定され,感覚遮断の2〜6皮膚分節頭側まで及ぶとされている1)。一般的に脊髄くも膜下麻酔は,低位脊髄くも膜下麻酔(T10以下),高位脊髄くも膜下麻酔(T5以下),全脊髄くも膜下麻酔(全脊麻)に分類される。各々で心血管系に与える影響は微妙に異なる。

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獣医麻酔科医は希少職種

獣医師は飼育動物(牛・馬・豚・めん羊・山羊・犬・猫・鶏・うずら・その他獣医師が診察を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る)の診療を業務として行うことが許されている。その主な社会的役割は,公衆衛生の向上,畜産業の発展,伴侶動物の健康維持などである。獣医師のみが許可されている診療対象動物はそれほど多くはないが,通常はその中からさらに対象動物を絞っていることが多い。牛や豚など産業動物の臨床においては,個体の治療は群管理の一環として行われる。

 一方で,犬や猫など伴侶動物は家族の一員であり,人間と同等の治療が求められることも珍しくない。外科治療の成績を上げるためには適切な呼吸・循環管理や疼痛管理を行える麻酔科医が必要であるが,そのことが伴侶動物の外科治療にも当てはまるということに獣医師自身がやっと気づき始めた。伴侶動物の麻酔のみを生業にしている獣医師は日本では数えられるほどしかいないが,徐々に増えていく可能性がある。いずれは能力を認定するような仕組みが必要になるかもしれない。

17 体位と血圧の関係 井上 莊一郎
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「体位を変えたらすぐに血圧を測れ」は,麻酔科医になりたての頃に指導され,しみついている習慣である。それでも,術後に患者の体位を変えたところ高度な低血圧となり,治療に苦労したことがある。

 平均血圧は心拍出量と末梢血管抵抗の積であり,心拍出量には前負荷,心筋収縮力,心拍数,血液の粘性などが複合的にかかわる。水平仰臥している場合,心臓から駆出された血液はほぼ同じ高さにある動脈内を流れ,静脈内の血液は心房に還流する。このとき,重力が循環系に及ぼす影響はほぼ均等で,動脈圧はどこで測定してもほぼ一定となる。しかし,体位によって血管の部位に高低差が生じると,血圧は重力の影響を受けて変化する。静脈還流も重力の影響を受け,前負荷の変化に応じて心拍出量が変化し,血圧は変動する。

 生体内ではこの体位の変化に伴う循環変動に対し,臓器血流,血圧,酸素供給を一定に保つ反応が駆動される。これがすみやかに駆動されないか,駆動されても不十分であると,血圧や臓器血流の低下による弊害が生じ得る。起立時に失神して外傷を負うことや,体位変換後に血圧が急激に低下することなどである。起立性低血圧のリスクが高い患者や,出血で循環血液量が減少していたり,神経系を抑制する薬物の影響を受けている周術期の患者ではこの危険性は高いといえる。また,血圧測定値を解釈するうえでは,患者の体位や重力の影響を常に考えていなければならない。

 本稿では,体位変換に伴うすみやかな血圧調節機構や脳血流調節機構を概説し,起立性低血圧について解説した後に,手術患者の体位と血圧測定上の注意点などについて述べる。

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症例

75歳の男性。身長172cm,体重84kg。50歳頃より高血圧と診断され,カルシウム拮抗薬とアンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)を内服している。今回,上腹部不快感を主訴に来院したところ,上部内視鏡検査で胃癌と診断され,3週間後に腹腔鏡下幽門側胃切除術を行う方針となり,麻酔科術前外来を受診した。

 家庭での血圧は140/70mmHg程度とのことであるが,診察時は175/85mmHg,心拍数は75回/minである。心血管イベントの既往はなく,運動耐容能は保たれている。聴診上,明らかな心雑音は聴取されない。心電図は,洞調律,左軸偏位,左室肥大の所見を認める。検査データには特記すべき所見はないが,胸部CTで大動脈の石灰化像を認める。飲酒は毎日ビール1缶(350mL)程度。1日20本50年間の喫煙歴があるが,2年前にやめている。

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症例

62歳の男性。身長163cm,体重52kg。

2年前と4か月前に結石性胆囊炎で入院,保存的治療を受けた。今回,腹腔鏡下胆囊摘出術が予定された。1年前から起立時のふらつきと排尿障害が出現,8か月前に起立時に一過性の意識消失があったため精査を受けた。頭部MRI上で小脳・橋に萎縮があり,自律神経症状(起立性低血圧,排尿障害など)と合わせて,Shy-Drager症候群と診断された。運動失調や筋硬直の出現はなかった。

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糖尿病は麻酔管理をするうえで主要な合併症の一つであり,あまりにも接する機会が多い疾患である。それゆえに麻酔依頼書を見て「あー,また糖尿病の患者かぁ,血糖に気をつければいいんでしょ」とつぶやく若手麻酔科医を見かけることも多い。しかし,身近ゆえに気を抜くと足元をすくわれることがある。

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症例

60歳の男性。身長168cm,体重70kg。

飲酒して帰宅し,自宅の階段で足を踏み外し,転落した。階段下で倒れている患者を家人が見つけ,救急車で搬送された。頸部痛を訴え,第5頸髄神経(C5)以下の感覚低下(両側前腕橈側8/10,胸部〜両足趾2/10)と徒手筋力テストで三角筋(両側2/5),上腕二頭筋(右3/5,左2/5),上腕三頭筋(右3/5,左1/5),下肢の筋肉(両側0/5)の運動麻痺を認めた。CT(図1),MRI(図2)からC5脱臼骨折の診断で,頸椎後方固定術を緊急で行った。

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症例

38歳の男性。身長170cm,体重67kg。生来健康であった。動悸,腹部違和感を主訴に受診した。初診時の血圧は193/110mmHgで,心電図上120回/minの洞頻脈だった。心エコー検査では異常を認めなかった。胸腹部CTで径79mmの右副腎腫瘍を指摘された。腫瘍の精査のため泌尿器科,内分泌内科を受診した結果,尿中アドレナリン300μg/日,ノルアドレナリン3503μg/日,ドパミン2212μg/日といずれも高値であった。また,123I-MIBGシンチグラフィでは,右副腎への集積像を認めるほかに明らかな異常はなく,褐色細胞腫と診断された。多発性内分泌腫瘍症やvon Hippel-Lindau病の合併は否定的であった。ドキサゾシン(α1遮断薬)2mg/日の内服を開始し,2週間で12mg/日まで漸増した。手術2日前から1500mL/日の等張液を輸液した。術前の血圧は110/68mmHg,心拍数75bpmであった。褐色細胞腫に対し腹腔鏡下右副腎全摘術が予定された。

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症例

73歳の女性。腹痛を主訴に救急車で来院。

来院時現症:血圧74/56mmHg,心拍数142bpm,呼吸数26回/min,末梢動脈血酸素飽和度(SpO2) 99%,体温38.7℃

意識レベルの低下を認めたため気管挿管が施行された。

 腹部CTでfree airを認め,穿孔性腹膜炎による敗血症性ショックの診断で緊急手術が申し込まれた。手術室入室時,ノルアドレナリン0.5μg/kg/min投与および50μgの間欠的投与を繰り返すも,収縮期血圧は60mmHg台で推移。経胸壁心エコー検査で左室はやや小さいが,収縮能は保たれていた。

 手術開始後も大量輸液とノルアドレナリン投与にもかかわらず低血圧が持続したため,バソプレシン投与(2単位/hr)を開始したところ,血圧は徐々に上昇し,ノルアドレナリンは0.15μg/kg/minに減量できた。術中所見では直腸癌による直腸穿孔が認められ,直腸切除と人工肛門造設術(Hartmann手術)が施行された。

 術後は集中治療室で呼吸循環管理,腎代替療法が行われ,順調に回復し,術後7日目に一般病棟に移動した。

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症例

50歳の女性。身長140cm,体重45kg。子宮頸癌で子宮全摘出術が予定された。25歳時に高安動脈炎を発症し,プレドニゾロン,アザチオグリン,ニフェジピンの内服治療中。アスピリン内服は1週間前に中止した。血圧は,右上肢200/95mmHg,左上肢180/90mmHgである。左橈骨動脈は触れにくい。下肢の血圧は右150/70mmHg,左80/50mmHgであった。下肢足背動脈は触れる。心電図で左室肥大あり。右頸部血管雑音あり,失神の既往がある。狭心症状なし。経胸壁心エコーでは軽度左室肥大を認めるものの,左室拡張障害は認めず,左室駆出率(LVEF)70%と収縮能も正常であった。中等度の大動脈弁閉鎖不全症aortic regurgitation(AR)を認めたが,僧帽弁,三尖弁,肺動脈弁機能に異常は認めなかった。CTで上行大動脈径が40mmであった。CRP 0.5mg/dL,WBC 6000/μL,Cr 0.5mg/dL,赤血球沈降速度14mm/hr。

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出血性ショックは,循環血液量減少性ショックの一形態であり,重度の失血により,細胞レベルにおける酸素供給が不十分になる。出血への対応が遅れると,早々に生命の危機に瀕することになる。

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麻酔中に血圧の予期せぬ低下を認めた場合,念頭におかなければいけないのが,アナフィラキシーショックである。特に導入時は,麻酔薬の影響と区別しづらい。もし麻酔薬の影響で血圧が低下したのであれば,エフェドリンやフェニレフリンといった昇圧薬の投与で回復することが多いが,アナフィラキシーショックの場合,それだけで血圧が回復することはまれである。また,アナフィラキシーであれば,血圧の低下以外に,紅斑や蕁麻疹といった皮膚症状や,気道内圧の上昇や動脈血酸素飽和度の低下といった呼吸器症状を伴うことが多い。

 本稿では,導入時に発生したアナフィラキシーショックの一例1)を提示し,特に循環器症状について,病態,診断,治療について解説する。

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症例

67歳の男性。高血圧で内服治療中。突然の胸背部痛と腹痛を自覚し,徐々に下肢の痛みが出現した。両下肢脱力を認めるようになり,救急搬送された。来院時,上肢血圧200/95mmHg,心拍数110bpm,両側大腿動脈以下は触知せず,下肢は蒼白で冷感を伴っていた。造影CT(図1)で急性大動脈解離と診断され,解離腔は上行大動脈から腹部大動脈までに及ぶStanford A型,左鎖骨下動脈にも解離が及んでいた。腹腔動脈分枝以下の真腔は偽腔に圧排され高度狭小化し,上腸間膜動脈,左腎動脈は薄く造影されていたが,右腎動脈は造影されず,さらに腎動脈下で真腔は完全閉塞し,同部以下の大動脈は造影されなかった。以上の診断により,弓部大動脈全置換術の緊急手術が決定された。

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症例

65歳の男性。身長169cm,体重78kg。高血圧,高脂血症,糖尿病で内服治療している。50歳まで喫煙していた。60歳頃から労作時にまれに息切れと左肩の痛みを伴う胸部圧迫感を感じることがあったが精査していない。最近になって頻繁にめまいを感じるようになった。また,一過性に視力が低下するように感じることがあったため,不安に思い神経内科を受診した。

 受診時血圧は150/90mmHg。血液生化学検査では軽度の高脂血症が認められたが,肝腎機能に異常はなかった。安静時心電図は異常なし。運動負荷心電図検査で軽い息切れを訴えたが,ST segmentの異常はみられなかった。頭部CTで腫瘍性病変はみられず,低吸収域もみられなかった。

 症状が改善せず検査入院した。MRA(磁気共鳴血管造影)で右内頸動脈の狭窄が疑われたため脳外科に転科した。血管造影の結果,右内頸動脈に70%の狭窄を認めた。左内頸動脈の狭窄は有意ではなかった。エコーによる可動性プラークの捕捉はなかった。Willis動脈輪は開存していた。症状の進行が認められたことから,全身麻酔下に右頸動脈内膜剝離術(CEA)が予定された。

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血圧の測定は,心電図と並び循環モニタリングの基本である。現在では,単に値を測定するだけでなく,動脈硬化の状態や心血管疾患発症のリスクまで評価することが可能となっている。本稿では,血圧測定とそれに関連した種々のモニタリング手法を紹介するとともに,それぞれの測定原理や弱点を理解し,適切な血圧モニタリングについての理解を深める。

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患者の高齢化に伴い,さまざまな合併症を有する手術患者が増加している。術前に患者が合併している器質的循環器疾患として最も頻度が高いのは高血圧症である。周術期高血圧は,術中および術後の虚血性心疾患,脳卒中などの心血管イベントや出血のリスクを増加させ,死亡率を上昇させるため,術前からコントロールされていることが望ましいと考えられてきた。手術を受ける高血圧患者は術前からさまざまな降圧薬を内服している。降圧薬を内服している予定手術患者では,周術期の高血圧を避けるために薬物内服を継続してもらうことが一般的である。近年,降圧薬の主流となってきたアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)はレニン・アンギオテンシン系へ作用し,糖尿病,心不全,左室肥大を合併した患者でも広く用いられているが,カルシウム拮抗薬やβ遮断薬と比較すると,麻酔に伴う循環抑制作用を助長する可能性がある。本稿では,術中血圧へ影響を及ぼす術前内服薬である降圧薬に焦点を当て,患者の周術期合併症を軽減するために,いかに血圧を「あやつる」かについて論考する。

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術中血圧管理上の注意点

手術操作や気管挿管に伴う組織損傷,侵害刺激は体性交感神経反射を誘発し,交感神経の緊張を介して血圧・心拍数の上昇を引き起こす。過度な血圧・心拍数の上昇は心仕事量,心筋酸素消費量を増加させ,心不全や心筋虚血の引き金となる。血圧上昇は術中出血量を増加させ輸血の必要性を高め,時には術後出血に対する再手術を余儀なくさせるかもしれない。また,血圧上昇は動脈壁への負荷を増大させ,動脈解離,動脈瘤破裂,脳出血などの周術期合併症の誘因となる可能性がある。

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昇圧薬の定義

「昇圧薬」の定義が血圧を上げる薬物であるならば,必ずしも血管収縮薬だけが昇圧薬ではない。また,血管収縮薬は必ずしも末梢血管抵抗を上げるだけが血圧を上げるメカニズムとは限らない。血圧を規定する因子については図1のような関係で表される。

 これらの因子は,それぞれ独立しているわけではなく,互いに影響を受け合うものもあり,一つの因子を増大もしくは改善したとしても,それによってもう一つの因子が減少もしくは悪化して,結果として血圧が上がらないということもあり得る。また一つの薬物が一つの因子のみに作用するとは限らず,多因子に影響する可能性があり,一つの因子に対して陽性作用があったとしても,もう一つの因子に対して陰性作用があると,総和として血圧が上がらないということもあり得る。

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本稿では,薬物的治療ではコントロールできない状況における機械的補助を用いた血圧を「あやつる」方法を述べる。機械的

循環補助mechanical circulatory support(MCS)のうち,経皮的で代表的なものは,①大動脈内バルーンパンピングintra-aorta balloon pumping(IABP),②経皮的心肺補助percutaneous cardiopulmonary support(PCPS),③補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA),の三つである(表1)1)。本稿では,血圧を「あやつる」ことにフォーカスを絞って,MCSの利点・欠点について論じる。なお,体外式ならびに体内植込型の補助人工心臓(VAD)は心臓移植までのbridgingに使用されることが多いMCSだが,装着には開胸手術が必要であり,経皮的ではないため本稿では割愛する。

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許容される血圧上限値

現時点で術中に許容される血圧上限値に関して,明確な基準は存在していない。術中の血圧上昇と予後の関連についてもさまざまな議論があるが,結論は得られておらず,非心臓手術では術中の血圧上昇は30日死亡率と関連がなかったとの報告もある1)。臨床上は,年齢,手術内容,術前合併症,特に脳・心血管合併症や術前高血圧の有無・罹患期間をもとに,臓器虚血と外科的出血リスクのバランスを考慮しつつ,麻酔科医の裁量で血圧管理しているのが通例である2)

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「適切な血圧を保つ」ということは,全身の臓器に血液を送るための循環システムを破綻しないようにコントロールすることである。つまり細胞活動の恒常性を保つために必須の成分である酸素と栄養(グルコース)を各臓器に供給することが目的であり,特に酸素は組織の中に蓄えておくことができないため,常に供給され続けなければならない。この最も重要なシステムを維持するために,生体には血圧をコントロールする機構がいくつも存在するが,手術時にはさまざまな要因から,それらの機構が破綻し,生命や臓器に不可逆的なダメージをきたす事象が生じる。

 麻酔関連偶発症例調査(1999-2003)によると,術中死の原因の1位は「出血性ショックおよび大出血」で全体の50%を占め,出血による「低血圧」が直接の死因と考えられる。さらに第2位も「術前,術中の心筋梗塞,冠虚血」が8.4%で続いており,これも「低血圧」が継続したことにより冠動脈血流が維持できなかったことが原因だろう1)。また死に至らずとも,麻酔が原因で起こる術中の危機的偶発症のうち高度低血圧は独立した項目として設定されており,頻度も2番目に高く,10000例に1.2例と報告されている。低血圧が手術時に重篤な合併症であることに疑いの余地はない。加えて,近年では術後の合併症として脳梗塞や術後せん妄,急性腎傷害acute kidney injury(AKI)なども術中の低血圧と関係があると考えられている。血圧の低下を予防し,また血圧が低下した際はすみやかに対処し,臓器へのダメージを最小限に食い止めることが,周術期を合併症なく乗り切るために重要な課題といえよう。

 術中,術後の合併症を起こさないように血圧,循環管理を行うとき,当然のことながら,収縮期血圧のみではなく,拡張期血圧,平均血圧を意識しなければならない。例えば冠動脈は拡張期に血流が供給されるため,拡張期血圧を十分に維持できなければ心筋虚血をきたすリスクがあるし,脳やその他の重要臓器の血流を維持するためには平均血圧を保つことが重要であることがわかっている。また低血圧が持続すれば,遠隔期の死亡率が上昇することも示唆されており,例えば術中に低BIS値(45以下)に加えて平均血圧75mmHg以下が1時間以上続いた群では90日死亡率が高いことが報告されている2)

 本稿では低血圧による臓器ごとの合併症と原因別の対処法について述べる(表1)。

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筆者が研修医の頃(約30年前),脳動脈瘤に対する開頭クリッピング術にはほぼ全例にトリメタファン(商品名アルフォナード)1)を用いた低血圧麻酔hypotensive anesthesiaが行われていた。人為的低血圧によって出血量を減少させ,良好な術野が確保できるため,手術時間の短縮が可能となり,ほかにも乳癌,脊椎手術,大腿骨の手術,下顎骨形成術など出血量が多くなる術式に広く活用されていた。しかし,クリッピング術後の攣縮期間(発症後4〜14日)にはトリプルH(hypervolemia,hypertension,hemodilution)の管理が良い2, 3)とされるようになり,術中管理もそれに準じるようになった。さらに,術中の低血圧(収縮期血圧90〜60mmHg)は術後の血管攣縮を引き起こすといわれるようになり4),人為的低血圧は回避されるようになった。乳癌や脊椎の手術においても,電気メスを含めたエネルギーデバイスの進化,術式の低侵襲化やインプラントの改良,麻酔科領域においてもデスフルランやレミフェンタニルなど,麻酔薬そのものによる進化で低血圧維持が容易となり,次第に血管拡張薬を用いた低血圧麻酔は行われなくなり,ついに2001年,トリメタファンは生産中止1)となった。

 2019年現在,日本で低血圧麻酔法が認められている血管拡張薬はニトログリセリン,ニトロプルシドであり,アルプロスタジルアルファデクスが一部条件付きで保険収載されている。また,研究面でも低血圧麻酔に関する研究論文は1993年を境に減少していった。しかし,低血圧麻酔は下記の定義に示すような血圧を維持できれば,麻酔管理料が2倍になる(12200点)「お得な麻酔方法」である。本稿では,古き良きこの低血圧麻酔に再度スッポトライトを当てて検証する。

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目次

基本情報

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LiSA 別冊
26巻2号 (2019年9月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1344-932X メディカル・サイエンス・インターナショナル

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