LiSA 別冊 25巻2号 (2018年9月)

別冊秋号 疼痛と鎮痛

巻頭言 住谷 昌彦

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■臨床の視点

▲cold hyperalgesia,cold allodyniaに関与する機構は何か

創傷治癒には炎症反応が必要であるが,一方で過剰な炎症反応は,炎症部位の疼痛閾値の低下による痛覚過敏(hyperalgesia)という観点からは,やっかいなものになる。また,創傷治癒が進み見た目には創が治っているようにみえても,通常では疼痛をもたらさない刺激によって痛みが生じるアロディニア(allodynia)を呈すこともある。近年,炎症性の痛覚過敏やアロディニアの原因にTRPV1やTRPA1が関与していることが報告されている。そして,そのなかでも冷刺激によって起こるcold hyperalgesiaやcold allodyniaの原因はTRPA1であると報告されており,ある程度のコンセンサスが得られている。しかし,「TRPA1が本当に冷刺激受容チャネルであるか?」との論争が以前,活発に行われていた。筆者はこの論争に足を踏み入れたことがあるので,今回はこれを紹介しようと思う。

 まずは歴史から紹介する。唐辛子の成分であるカプサイシンの受容体が1997年に発表された。このチャネルは侵害受容性の一次求心性神経に発現していることから,新しい痛み受容チャネルとして脚光を浴びることになる1, 2)。そして,のちにTRPV1と名づけられることになるこのチャネルは,興味深いことに,化学刺激ではない熱刺激にも反応し,さらにカプサイシンと熱の同時刺激がチャネル活性を相加・相乗的に増強することがわかった。大量の唐辛子を頬張ると“辛い”を通り越して“痛い”と感じる。そこに熱いスープを口に含むと,とても耐えられない状況になるが,冷たい氷を口に含むと痛みが和らぐ。このような日常で経験できる現象を,TRPV1チャネルによって説明できるようになったわけである。

 TRPV1の発見以降,TRP(transient receptor potential)チャネルの研究は,TRPV1と相同性をもつチャネルの探索,特に温度感受性チャネルの探索を中心に盛んに行われるようになった2, 3)。そして間もなく発見されたのが,温熱受容チャネルとしてのTRPV2,TRPV3,TRPV4である。こうなると,「冷刺激に反応するチャネルは何か?」という疑問が必然的に生じてくる。そして見つかったのが,冷刺激受容体であるTRPM8であった。興味深いことに,TRPM8はメントールにも反応すること,さらにTRPM8への冷刺激とメントールの同時刺激は,それぞれの効果を増大させることが示された。つまり,メントールガムを噛んだあとに冷たい水を飲むとより冷たく感じるのはTRPM8の活性化のせいである,ということが証明されたのである。

 ここで次に研究者の関心は,「冷たすぎると痛い」という現象にかかわるTRPチャネルがあるのでは?ということに向かった。というのもTRPM8は,血管拡張作用を示すCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)や痛覚の伝達物質であるサブスタンスP,TRPV1とは共発現しない,つまり痛み受容とは異なる神経に発現しているからである。そして,ついに侵害冷刺激受容チャネルが報告された。TRPA1である。さらにこのチャネルはマスタードオイルやワサビにも反応することが報告された。TRPA1の発現は,侵害受容性の一次求心性神経であるC線維に多くみられ,TRPV1と共発現するのが特徴である。このことからTRPA1は痛みに関係するチャネルとして注目され,現在進行形で研究が進んでいる4, 5)。いろいろわかってくるにつれ,TRPA1は炎症にも関与することが明らかになった6)。炎症状態ではTRPA1の発現が増え,それに伴い痛み閾値が低下する。そのことから,TRPA1はcold allodyniaやcold hyperalgesiaに関与すると報告された。しかし,同時にTRPA1が冷刺激受容チャネルであることを真っ向から否定する報告も散見されるようになり,議論が分かれるところとなった。

 この議論がされているなかで,筆者はまったく違うことを調べていて,たまたま面白い発見をした。TRPA1がメントールに反応するということである7)。それまでメントールは前述のTRPM8の特異的な作動薬として扱われていた。つまり,「この細胞はメントールに反応するのでTRPM8が発現している」という証明などに使われていた。しかし,それまで出ていた論文,特に冷刺激に反応する機構を検討しているいくつかの論文を,「TRPA1もメントールに反応する」という視点で読み返してみると,それらの論文の著者らが無理に解釈していた部分を,明快とまではいかずとも,ある程度説明できる可能性があることに気がついた。そこで,TRPA1が実際に冷刺激で活性化されるかを,自分の手で実験を行うとどうなるのか無性に知りたくなり,調べてみることにした8)

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■臨床の視点

▲侵害受容伝達における脊髄後角ニューロンのGABAA受容体介在性抑制性電流の役割とは?

神経障害性疼痛は外傷や手術後,脊椎疾患など,何らかの原因により障害を受けた神経が過剰に反応することで引き起こされる痛みである。ペインクリニックの分野では対峙する頻度が高く,神経ブロックや各種の鎮痛薬を併用しても難治性であることが多い。神経障害性疼痛の発症および増悪のメカニズムはさまざまな研究が進められているが,末梢神経から脊髄神経,脳神経と複雑に絡み合うため,未解明な部分が多い。それらの詳細な解明にもとづいた,メカニズムに沿った治療法の確立が期待される。

 脊髄後角は末梢からの痛み刺激(侵害刺激)が入力され,大脳に伝達する中継所としての役割を果たしている1)。脊髄後角ニューロンにおける神経伝達には興奮性と抑制性が存在し,両者のバランスのうえで成り立っている。

 γ-アミノ酪酸(GABA)を作動薬とするGABAA受容体は,Cl-を細胞内に流入させるチャネル構造を有し,細胞を過分極させることで活動電位の発生を抑制して細胞の興奮を抑える抑制性神経伝達の代表的な受容体である。GABAA受容体を介する抑制性神経伝達の機能異常が,神経障害性疼痛に関与していることが明らかにされている2)。GABAA受容体を介したCl-の流入により細胞に発生する電流には,一過性にCl-チャネルが開口することで発生するphasic電流と,持続性にチャネルが開口することで発生するtonic電流の2種類が存在する。tonic電流は持続性のため,抑制性神経伝達に寄与するインパクトが大きい。近年,大脳においてtonic電流がてんかんの原因やアルコール,麻酔薬の作用メカニズムなどに重要な役割を果たしていることが明らかにされ,注目されている3〜5)。脊髄後角ニューロンでもtonic電流の存在が明らかにされたが,その生理学的役割は明らかになっていない。そこで神経障害性疼痛モデルマウスを用い,脊髄後角膠様質(substantia gelatinosa:SG)ニューロンにおけるtonic電流の変化を正常マウスと比較検討した6, 7)

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■臨床の視点

▲トラネキサム酸は痛みを誘発するか?

トラネキサム酸(tranexamic acid:TXA)は抗プラスミン作用を有し,フィブリン分解を阻害することで止血効果を示す。それゆえ心臓外科手術や整形外科手術において,出血量を減少させる目的で広く使用されてきた。しかしこれまで,TXAの重篤な副作用として痙攣が多数報告されている。特に,比較的高用量のTXAを必要とする心臓外科手術においては,1〜4%の症例で痙攣が発症すると報告されている1)。その機序は長年不明であったが,近年,大脳皮質の胚性培養細胞を用いた電気生理学実験により,TXA抑制性神経伝達物質である脳のγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)やグリシンの受容体を抑制することで,痙攣が生じることが明らかにされた。

 一方,GABA受容体とグリシン受容体は痛覚伝導路である脊髄後角にも多く存在しており,その拮抗薬はアロディニアや痛覚過敏を誘発することが知られている。仮にTXAが,大脳皮質における作用と同様に脊髄後角ニューロンにおいてもGABA,グリシン受容体の拮抗薬として抑制性シナプス伝達を抑制するのであれば,TXAは痛みを誘発している可能性がある。実際,脊髄くも膜下腔にTXAを誤投与された患者が非常に強い背部痛を訴えたという報告がされている2〜5)。また整形外科の人工股関節置換術においてTXAを使用した患者では,術後の出血量は有意に減少したが,術後の鎮痛薬として使用していたモルヒネの必要量が有意に増加したという報告がある6)。しかし,これまでTXAの脊髄後角における発痛作用およびその作用機序について検討した報告はない。そこでわれわれは,臨床濃度のTXAが脊髄後角ニューロンのGABA,グリシン受容体を拮抗することで痛みを誘発すると仮説をたて,ラットを用いた行動学,免疫組織学,電気生理学実験により検討した7)。さらに,実際の臨床においてTXAが周術期の痛みを誘発しているか,後向きに検討した8)

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■臨床の視点

▲脊髄後角のNMDA受容体はアロディニアにどのようにかかわるか?

慢性疼痛患者では,痛み閾値の低下による痛覚過敏だけでなく,触刺激でも痛みを感じるアロディニア症状を訴えることがある。アロディニアのメカニズムとして末梢神経や中枢神経の感作などが考えられているが,不明な点も多い。中枢性感作の機序の1つとして,NMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)型グルタミン酸受容体の活性化が知られている。したがって,NMDA受容体を標的としたアロディニア症状に対する治療戦略が考えられる。

 麻酔科医にとってはNMDA受容体を拮抗する薬物として,ケタミンがなじみ深い。ケタミンは手術麻酔に使用されるのみならず,ペインクリニックの臨床現場において,低用量の静脈投与で慢性疼痛患者のアロディニア症状を改善させることが知られている1)。しかし,ケタミンは幻覚などの副作用があり,現在麻薬指定されていることもあって,その使用は限られる。一般家庭で使用できるようなケタミンの内服薬は市販されておらず,ケタミン以外にNMDA受容体拮抗作用が報告されているデキストロメトルファン(メジコン®),アマンタジン,メマンチン(メマリー®)などは,いずれもアロディニア抑制の効果は強くない印象がある。

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■臨床の視点

▲筋の痛み,骨の痛みの知覚にはどの脳部位が関与するか?

ストレスや不安による痛みの増悪,教示によって生じる痛みの増減(いわゆるノセボ/プラセボ効果)などから,痛みの知覚には脳での情報処理が重要な役割を担うことが示唆される。脳波,脳磁図,ポジトロン断層法(PET)や機能的MRI(fMRI)といった非侵襲脳活動計測法の発達により,ヒトが痛みを感じているときの脳局所の活動を直接評価することが可能となり,外部から与えられる痛み刺激に対して視床,一次・二次体性感覚野,前帯状回,島皮質といった領域が反応することが明らかになった1, 2)。しかし,ほとんどの知見は,皮膚への痛み刺激に対する反応を検討した研究から得られたものである。

 痛みの臨床において,捻挫や骨折などの外傷による痛みをはじめ,腰痛,関節リウマチなど筋骨格系に痛みが生じる疾患は重要な治療対象であり,筋の痛み,骨の痛みの知覚にどのような脳部位が関与するかを明らかにすることは,痛みに対する新たな治療法の開発につながる可能性がある。筋の痛み・骨の痛みの知覚にかかわる脳部位がわかれば,電気・磁気刺激を用いたニューロモデュレーション手法,あるいは非侵襲脳活動計測法を用いた神経活動制御技術であるニューロフィードバックを用いて,その部位の神経活動を抑制・亢進させることで,これまで鎮痛薬では効果が得られなかった痛みに対しても,除痛・鎮痛が得られるようになるかもしれない3)

 また,筋骨格系疼痛疾患では運動時痛が問題となる。運動時痛は日常生活動作(ADL)の低下と結び付くため,臨床において重要な治療対象であるが,実験上の制約から,これまでほとんど研究の対象とされてこなかった。

 そこでわれわれは,筋骨格系の痛みの知覚にかかわる脳部位を明らかにすることを目的として,一連の研究を行った。機械刺激による受動的な痛みに対する研究では,圧痛刺激と局所麻酔を組み合わせて皮膚の痛み,筋の痛み,骨の痛みそれぞれに関する脳部位を,fMRIを用いて検討した4, 5)。また,運動時痛に対する研究では,人為的に誘導した遅発性筋肉痛を実験モデルとして,上腕の運動時痛に関する脳部位の検討を行った6)

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■臨床の視点

▲痛みの認知:場所,強さ,不安?

ある朝目覚めると腹痛がして悪心を覚えた。おなかを触ってみると圧痛があり固い。もしや腹膜炎? と思ったらだんだん痛みが強くなり,冷や汗が出てきた。しかし熱はなさそう。そういえば昨晩,一杯飲んで帰宅後,どういうわけか調子に乗って腹筋トレーニングをやりすぎたのを思い出した。ただの2日酔いの筋肉痛とわかった瞬間,痛みが和らぎ,冷や汗も引いていった。

 このような痛みに対する認知や情動の影響は読者も経験があるのではないだろうか。近年fMRI(functional MRI:機能的MRI)などの脳機能画像によって痛みに関連する脳活動が目で見えるようになり,痛みの脳科学は飛躍的に進歩した。本稿ではfMRIによる痛みのトップダウン機構の解明と,安静時fMRIによって近づく臨床応用,そしていよいよ始まった意識の研究について紹介する。

■デカルトとその後の痛みのモデル

米国では2001〜10年までを“痛みの10年”に制定し,痛みの研究は格段の進歩を遂げた。そのロゴにも使われている図1は,17世紀のフランスの哲学者デカルトが,痛みの反射の概念を説明するために用いたものである。死後に出版された『人間論』(1664年)のなかで彼は,足もとにある熱い火が燃えているときにそれを避けるような反射を,教会で鐘が鳴るメカニズムと似ているとした。

 その約300年後の1965年にMelzackとWallが発表したゲートコントロール説は久々に革新的な仮説だった。「なぜさすると痛みが和らぐのか」という疑問に,「触覚を伝える太い線維が,痛覚を伝える細い線維の興奮を抑制する」という答えを示したのである。そしてもう1つ画期的だったのが,中枢から末梢への痛みの抑制や修飾など,トップダウンの要素を盛りこんだ点だった1)(図2)。

 しかし3年後の1968年,MelzackはCaseyとともに“痛みの内側系・外側系”という新しいモデルを提唱した2)(図3)。Wallはこの説に賛同せず,「われわれはロープを引けば痛みのベルが鳴るというデカルトの仮説を疑う根拠を与えた。2つのロープで感覚と情動の2つのベルが鳴る,という代わりの仮説に魅力は感じない」「はたして感覚と情動は分けられるのか」と批判した。特に中枢レベルでの考察は,ばらつきが大きい症例研究から結論づけられており,40年以上たって脳研究が格段に進歩した今,モデルの再検討が必要と考えた。

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■臨床の視点

▲NSAIDsの限界

臨床でよく用いられている非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は,プロスタグランジン(PG)合成の律速酵素であるシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し,PG産生を抑制することで作用を発揮する(図1)。炎症や疼痛を引き起こすPGE2は誘導型COXであるCOX-2により産生されるが,NSAIDsはCOX-2阻害のみならず,恒常型COXであり消化管粘膜保護作用や腎血管維持作用のある他のPG類の産生を担うCOX-1も阻害することから,消化管出血や腎機能低下といった副作用があることが知られている。これらの副作用を回避できるCOX-2選択的阻害薬(coxib)の開発も進められ市場に出た。ただ,消化管障害を引き起こさないものの,COX-2依存性に産生され血小板活性化を抑制し抗血栓機能をもつPGI2の産生も阻害されること,またCOX-1依存性に産生されるトロンボキサン(TX)A2産生が優位となることで,心筋梗塞や虚血性心疾患リスクを約2倍に上昇させることが明らかになり,いくつかのCOX-2選択的阻害薬は販売中止を余儀なくされている。

 さらに下流のPGE2産生のみを遮断するPGE2合成酵素阻害薬の開発も進んだが,基質のPGH2が他のPG合成経路に流れるシャント効果により,PGI2やPGD2といった他の疼痛にかかわるPG類が増加する結果,期待したほどの鎮痛や抗炎症効果が得られていないことがわかった。

 一方,NSAIDsにより惹起される病態としてアスピリン喘息がある。発症機序として,COX-1阻害により膜の防御因子としてのPG産生が減少することをトリガーに,好酸球でのシステイニル-ロイコトリエン類(Cys-LT:LTC4,LTD4,LTE4)産生が増加することで気道過敏反応を惹起することがわかっている1)。NSAIDs使用をトリガーとしたアスピリン喘息は成人喘息の1割を占め,NSAIDsに代わる抗炎症薬の開発は長年の重要な課題である。

 動物実験レベルではあるが,リポキシゲナーゼ(LOX)により産生されるロイコトリエンB4(LTB4)やその高親和性受容体BLT1を阻害することで,気道炎症や関節リウマチモデルでの症状を軽減することが報告された。BLT1遺伝子改変マウスが入手可能な状況もあり,LTB4とBLT1シグナルを阻害することが,炎症のみならず疼痛にも効果があるのではないかと推察し研究に着手した。

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■臨床の視点

▲慢性疼痛に伴う抑うつや不安障害を引き起こす機序は何か?

神経障害性疼痛に代表される慢性疼痛は抑うつや不安などの不快情動を引き起こすが,その機序は明らかにされていない1)。慢性疼痛が引き起こす不快情動は,患者のQOLを低下させることが臨床上,報告されている。また,慢性疼痛が引き起こす不快情動が,疼痛閾値を低下させ,痛みの慢性化や難治性化を引き起こし,痛みの悪循環を生じることが知られている。近年の基礎研究により,慢性疼痛が引き起こす不快情動の形成には,情動行動をつかさどる上位中枢の可塑的変化がかかわることが明らかにされている。

 中枢神経系の免疫細胞であるミクログリアは,血液脳関門が不完全な胎生期に,脳内に移行した前駆細胞から分化した内在性ミクログリアと考えられてきた。しかし近年,外傷や中枢変性疾患において,血液脳関門を通過して血行性に脳内に侵入した骨髄由来単球細胞から分化した骨髄由来ミクログリアの存在が明らかにされており,内在性ミクログリアと同様に神経細胞に影響を与え,さまざまな病態形成に関与することが注目されている。末梢神経損傷時には,脊髄後角の内在性ミクログリアが活性化し,神経障害性疼痛の病態形成に関与することが明らかになっている。さらに,慢性心理ストレスにより骨髄由来ミクログリアが視床下部に集積し,不安行動が惹起されることが報告されている。

 大脳辺縁系の一部である扁桃体は,本能・情動による行動の中枢として不快情動の形成に重要な役割を担っている。特に痛みによる不快情動の形成に,扁桃体のシナプスの可塑的変化が深くかかわることが明らかになっている。われわれは神経障害性疼痛モデルマウスを用いて,骨髄由来ミクログリアを介した慢性疼痛による不安行動の形成機序と,骨髄由来ミクログリアの扁桃体への集積抑制による新規治療法に関する知見を得たので概説したい2)

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■臨床の視点

▲がん化学療法による末梢神経障害とは?

がん治療の進歩により,がん患者の生命予後が飛躍的に延長している。その進歩の1つが化学療法である。化学療法の発達により患者の予後は延長しているが,一方で,その投与には末梢神経障害がしばしば合併する。化学療法による神経障害性痛は鎮痛薬に抵抗性で,患者は難治性の痛みに悩まされる。末梢神経障害を引き起こす薬物としてタキサン系製剤(パクリタキセル,ドセタキセル),ビンアルカロイド製剤(ビンクリスチン),プラチナ製剤(シスプラチン,オキザリプラチン)があるが,なかでもパクリタキセルでは57〜83%と,高頻度に末梢神経障害症状が出現する1)。症状発現やその強さは1回投与量,投与期間,総投与量,合併症などに依存する。通常,症状は投与中止により改善するが,慢性化することもある。神経症状はいわゆる“グローブ&ストッキング様”であり,四肢末端に出現する。痛み,しびれ,知覚低下などの知覚異常が主であるが,まれに運動機能障害も出現する。指趾先端の無毛皮膚部で持続する痛み(on-going pain)が感じられ,“しびれる痛み”,“ピリピリする痛み”,“冷たい痛み”,“焼けるような痛み”,“ズキズキする痛み”,と表現されることが多い2)。パクリタキセル投与によって予後が延長しても痛みに悩まされればQOLは低下してしまう。さらに,痛みをコントロールできない場合には治療の中断を余儀なくされるため,末梢神経障害性痛は予後に影響する重大な問題である。しかしながら,発症機序が不明であり,有効な鎮痛薬は見当たらない。そこで,がん化学療法に伴う末梢神経障害性痛の機序の一端を明らかにして,その機序にもとづいた新たな治療法を開発するために研究を行った。

Part Ⅲ 病態へのアプローチ:術後痛を中心に

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■臨床の視点

▲CGRPは術後痛にどのように関与しているか?

カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)は主に知覚神経終末に分布し,神経障害や炎症が起きたり痛み刺激が知覚神経に入力されると神経終末から放出される1)。CGRP自体は痛みを惹起しないが,神経障害性疼痛や炎症性疼痛で起こる一次知覚神経や脊髄での痛みの感受性の亢進(末梢性・中枢性感作)に関与して痛みを増強していると考えられている1〜3)

 術後痛は炎症性疼痛,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛の要素をもつことが知られているが,その機序は複雑で,いまだ全貌は明らかとなっていない。そして,CGRPが術後痛に関与するかどうかは明らかではなかった。

 そこでαCGRP遺伝子欠損(αCGRP KO)マウスを用いて足底切開モデルを作製し,CGRPが術後痛の強さにどの程度関与するかを調べた4)

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■臨床の視点

▲炎症性疼痛に対する鎮痛薬の副作用を軽減するには?

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs)は外傷,術後痛,関節痛,がん性疼痛など,炎症に起因する痛みに広く用いられている。一方で,関節痛など痛みが慢性の経過をとる場合,その服用は長期にわたり,特に高齢者では消化管出血,腎障害といった副作用が問題となる。最近では術後鎮痛目的の一時的な使用でも,術後出血,腸管縫合不全などの合併症が増加することが示唆されている1)。それでもNSAIDsが炎症に起因するさまざまな痛みに汎用されるのは,アラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼ(COX)-2によって産生される代謝産物の炎症性疼痛への寄与が大きいからであり,NSAIDsの抗炎症作用による鎮痛が広く認識されているからとも言える。もし止血作用や腎機能に障害をもたらすことのない,アラキドン酸カスケードの代謝産物をターゲットとした新たな鎮痛薬を見いだせれば,高齢化に伴い増加傾向にある慢性炎症性疼痛にも安全に使用することができる。

 炎症部位では,COX-2代謝経路の活性化によってプロスタグランジン(PG)E2のような炎症促進作用,血管拡張作用を有する分子が産生される一方で,15-デオキシ-Δ12,14-プロスタグランジンJ2(15d-PGJ2)など抗炎症作用を有し,創傷治癒過程への移行を促す分子も産生される(図1)。15d-PGJ2はマクロファージの核内受容体であるperoxisome proliferator-activated receptor γ(PPARγ)に作用することによって炎症を収束させる2)。そのためCOX-2ではなく,さらに下流のPPARγをターゲットとし,その鎮痛効果を検証することにより,NSAIDs特有の副作用を伴うことなく,原因疾患の炎症に伴う痛みを緩和する方法を見いだせると考え,本研究に至った。

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■臨床の視点

▲創傷治癒と疼痛増強に関係はあるのか?

手術には組織の損傷がつきものである。組織損傷の大きさや位置を見て,われわれは術後の痛みを予測し,さまざまな鎮痛方法を計画する。しかしながら,ときにはわれわれの予測以上に強い術後痛を訴える患者も存在する。また,組織損傷が修復されたあともなお,疼痛が残存する患者も存在する。

 痛みの強さは体に加わる刺激が増強するのに伴い増強する(図1A,図では痛みと刺激の関係を直線で示したが,実際の関係が直線的であるとは限らない)。図に示した刺激-痛み関係はさまざまな要因によって変化する。図1Bにおいて,線aが線bへと左方移動すると,同じ強さの刺激に対して,より強い痛みを自覚することになる。この線bの状態を“痛覚過敏”と呼んでいる。術後患者における組織損傷部位の周囲には痛覚過敏が生じていることが知られており,強い急性痛や痛みの慢性化と痛覚過敏は密接な関係にある。

 手術後の痛覚過敏には一次知覚神経の感作が重要な役割を果たしている。一次知覚神経は組織炎症や軸索の切断など,さまざまな理由で感作される。知覚神経の興奮性が増大した結果,痛覚過敏が成立する。損傷を受けた組織では,多くの生理活性物質が合成され,創傷治癒機転が生じる。われわれは,創傷治癒に働く物質と痛覚過敏の間にはどのような関連があるのかを調べることにした。

 インスリン様成長因子insulin-like growth factor(IGF)-1はインスリンによく似た構造をもつホルモンである。下垂体前葉ホルモンである成長ホルモンの刺激により主に肝臓で合成され,血流に乗り各臓器に存在するIGF受容体に作用して効果を発揮する。IGF-1は皮膚組織でも合成され,その恒常性を維持するために重要な役割を果たしている1)。IGF-1は創傷部位に多く存在し,ケラチノサイトの増殖を活性化させる。過剰なIGF-1は肥厚性瘢痕形成に関与する一方,糖尿病患者では創傷部位におけるIGF-1の合成不全により創傷治癒が遅延する。

 IGF-1は,カプサイシン受容体であるtransient receptor potential vanilloid 1(TRPV1)やナトリウムチャネルの機能を修飾することで一次知覚神経に影響を及ぼしている可能性が示唆されている2)が,創傷治癒に伴って合成される皮膚組織のIGF-1が痛覚伝達に及ぼす影響は明らかではなかった。われわれは,ラット術後痛モデルを用いて,創傷組織のIGF-1が術後痛覚過敏に及ぼす影響を研究した3)

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■臨床の視点

▲慢性疼痛患者と健康な人との違いとは?

ペインクリニック外来を行っていると,急性疼痛患者はもとより多くの慢性疼痛患者の診療に携わることになる。慢性疼痛と一口に言っても痛みを引き起こす原疾患はさまざまで,原因により大きく三つに分けられる。炎症や器質的な変化による侵害受容性疼痛,中枢や末梢の神経の損傷による神経障害性疼痛,感情やストレスによる心因性疼痛である。実際にはこういったさまざまな原因が複数合併することが多く,またその経過のなかでそれぞれの占める割合も変化するため,治療法は複雑なものとなる。代表的な治療法は神経ブロック療法や薬物治療,運動・理学療法,心理・精神学的療法であるが,1つの治療法だけでは不十分であり,複数を組み合わせることが大半となっている。また薬物療法だけでも,慢性疼痛の原因の過程でどの場所にどのように効かせて鎮痛を図るのかなど複雑なため,治療に難渋することもしばしばではないかと思われる。

 なぜ疼痛が慢性化するのか,健康な人と慢性疼痛患者では何が違うのか,といった研究はさまざまな視点から行われている。今回取りあげるオフセット鎮痛も,そういった研究の1つである。生理的に生体に備わった下行性疼痛抑制系と呼ばれる鎮痛機構の1つ(この鎮痛効果をオフセット鎮痛効果と呼ぶ)で,過去の研究より,慢性疼痛患者は健康被検者と比較してオフセット鎮痛効果が小さいと言われている。それはどうしてなのだろうか? そのあたりをもう少し掘り下げる研究をわれわれは実施した1)

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■臨床の視点

▲術後の痛みが遷延する患者は50%にものぼる

術後慢性痛は,(1)術後少なくとも3か月間持続する痛みで,(2)手術後に生じたもしくは増強し,(3)手術部位もしくはその関連領域に限局し,(4)悪性腫瘍や感染など他の原因によるものは除外される,と定義される1)。その頻度は手術後患者の10〜50%にものぼり,患者の2〜10%は日常生活に支障をきたすような重度の痛みを有する2)(表1)。近年日本で行われた多施設研究においても,人工膝関節置換術を受けた患者の約半数が術後3か月時点で痛みを有することが明らかになっている3)

 術後慢性痛のリスク因子は大きく患者要因と手術要因に分けられる。患者要因としては,若年,女性,術前から痛みを有する患者,不安や抑うつを有する患者などにおいて,遷延性術後痛のリスクが高いことが知られている。また手術要因としては,乳房切除術や開胸術など,特定の術式でその頻度が高いことや,手術部位や手術時間,麻酔方法,さらには術後急性期の痛みが強い患者において痛みが遷延しやすいことも多く報告されている4)

 術後慢性痛は身体機能の回復を遅らせるだけでなく,心理的負担の増大や長期の疼痛治療によって術後患者のQOLを著しく損なう5)。そのため,有効な治療法や予防法の確立が望まれており,国際疾病分類第11版(ICD-11)において慢性痛の原因として明記されるなど,近年急速に注目が集まっている。

 術後慢性痛の治療法や予防法を確立するためには,まずその病態解明が必要であり,(1)臨床現場における疫学調査や治療介入による効果検証に加え,(2)基礎研究領域におけるメカニズム解明という両面からのアプローチが求められる。これまでに,実験動物モデルを利用した術後慢性痛研究が盛んに行われているが,まだ十分にそのメカニズムはわかっていないのが現状である。今回われわれは,術後慢性痛モデルラットを確立し,術後急性痛が慢性化する過程における変化をとらえることで,その病態解明に取り組んだ。

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■臨床の視点

▲慢性痛治療の本質とは?

神経障害性疼痛や線維筋痛症のような慢性痛の薬物治療を考えたとき,きわめて特徴的なことがある。それは三環系抗うつ薬,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)やCa2+チャネルα2δリガンド(プレガバリン,ガバペンチン)といった薬物を使用することである1)。手術後痛に対して頻用される非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),アセトアミノフェン,オピオイドのような鎮痛薬は,有効性が低下するためほとんど用いられない。このような違いはどうして生じるのだろう。

 それは,鎮痛薬は主に上行性の痛みを遮断するが,三環系抗うつ薬,SNRI,Ca2+チャネルα2δリガンドは,生体にもともと備わっている下行性抑制系を利用して痛みを抑制する,という点にある。すなわち慢性痛においては,上行性の痛みはもはや重要でなく,下行性抑制系を含む内因性鎮痛系に異常が生じた病態であり,それを修復することによって痛みも軽減すると考えられる。下行性抑制系の重要な起点となる部位は,主に脳幹に存在する。そのなかでも青斑核から脊髄後角に投射するノルアドレナリン作動性下行性抑制系は,慢性痛の抑制に関して特に重要な役割を果たしている。

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■臨床の視点

▲幻肢を運動できると実感する患者はほとんどいないが,幻肢の運動感覚と痛み(幻肢痛)には関連があるのか?

超高齢社会が進み,また壮年期からの糖尿病人口の増加もあり,四肢切断手術を受ける患者は増加している。われわれ麻酔科医は術中および術後急性期管理では区域麻酔による疼痛管理を図っても,創部が治癒した頃には区域麻酔も終了することになる。しかし,術後亜急性期から多くの患者が創部痛以外の切断肢の痛みを訴えるようになり,血管外科医や整形外科医から疼痛管理を依頼されることが少なくない。このような幻肢痛に対しては,区域麻酔はもとよりオピオイド鎮痛薬も抵抗性で,他の神経障害性疼痛治療薬でも十分に痛みを緩和できないことが少なくなく,患者の痛みは数か月から年単位にわたって継続することもある。

 そもそも幻肢痛を考える前に,幻肢とは一体どのような現象なのだろうか? 例えば,脊髄くも膜下麻酔を実施直後に仰臥位に体位変換したとき,「両下肢(膝関節・股関節)は伸展しているか? 屈曲しているか?」と質問したことはあるだろうか。効果発現の早い局所麻酔薬(例:高比重ブピバカイン)を用いた場合には,実際には仰臥位で下肢は伸展位であるにもかかわらず,多くの患者が「膝関節と股関節は屈曲している」と回答することを経験する1)。この患者の身体経験はまさに幻肢であり,幻肢を伸展位にしてみるように指示しても運動感が得られることはほとんどない。このように幻肢は,基本的に随意運動(したような感覚の生成)ができない。しかし,四肢切断後の幻肢について随意運動をできるという患者もおり,このような患者では痛み(幻肢痛)が少ないと経験的に知られている。

 そこでわれわれは,幻肢の随意運動を健側肢の運動により評価する方法を開発2)し,さらにvirtual reality(VR:仮想現実,図1)を用いて幻肢の随意運動の訓練とそれによる幻肢痛の改善効果3)を検証した。

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■臨床の視点

▲鎮痛と鎮静の境界線

痛みとは,主観的で過去の痛み記憶にもとづき表現される不快な情動体験である。また,元来個人差が大きいと考えられ,痛みの強さの程度を客観的にとらえることは非常に困難である。大量の鎮痛薬を投与しているのだから痛いのは心理的要因によるもの,ととらえられるケースも少なくない。鎮静薬が併用投与されたあとに痛みが落ち着いた場合はなおさらである。

 全身麻酔においては,鎮静,鎮痛,筋弛緩の三要素を適切に達成するためのバランス麻酔の概念が普及している。この麻酔概念の普及などにより浅麻酔や術中覚醒は飛躍的に減少し,(術後,予想をはるかに上回るオピオイドが必要な患者もいるが,)手術中は少なくとも鎮痛に難渋することはきわめてまれとなった。術後もマルチモーダル鎮痛が普及し,オピオイドのみに頼るのではなく,適宜他の鎮静薬を組み合わせることによって痛みのコントロールが容易になった。

 また,ペインクリニック領域でも抗痙攣薬や抗うつ薬,オピオイドのみならず抗不安薬などの薬物を組み合わせて使用することがある。おのおのの薬物は単独で用いるよりも他の薬物と併用することによってより効果的なことがある。

 鎮静薬と併用したとき,鎮痛薬の効果が増強することはあるのか? どの薬物の組み合わせが最も鎮痛に効果的か? 麻酔科医の経験で行ってきた鎮痛法は真に整合しているか? さまざまな視点とアプローチから基礎研究が行われ,それらを統合することでこれらの疑問は徐々に解明されつつある。

 われわれは,痛みの伝達と修飾に重要な役割を担う脊髄後角膠様質(SG)細胞1)のγ-アミノ酪酸type A(GABAA)受容体に着目し,ベンゾジアゼピンであるミダゾラムと下行性抑制系(オピオイドや抗うつ薬の鎮痛作用の一部)神経伝達物質であるノルアドレナリンの相互作用について研究を行った2)

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■臨床の視点

▲エンドトキシン誘発性痛覚過敏とは?

自然免疫応答は,宿主を病原体から守る高度な生体内防御システムである。病原体(抗原)の侵入は,各病原体に特有の分子構造にToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)を代表とするパターン認識受容体が反応することで察知される。その結果,免疫担当細胞が活性化されサイトカインを分泌することで生理的な炎症反応を引き起こし,病原体を排除する。炎症に関連する免疫担当細胞としては,樹状細胞やマクロファージが重要な役割を担うが,中枢神経系ではミクログリアやアストロサイトといったグリア細胞がその機能を果たす。このような免疫系は生体防御に働くばかりではなく,急性および慢性の病態にも関連する。例えば神経損傷時には,免疫担当細胞の活性化により末梢性侵害受容器の過敏化(末梢神経感作)や脊髄後角神経の過敏化(中枢神経感作)が生じ,痛みが遷延することが知られている。

 エンドトキシンはグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)であり,細胞内毒素としてTLR-4を介して自然免疫応答を誘発する。LPSの大量投与(4.0ng/kg)により,敗血症の病態が再現される。また,LPSの少量静脈内投与(0.4ng/kg)による全身炎症モデルは,ヒト健康ボランティアを対象とした臨床研究にも広く応用されており,多くの論文が報告されている。この少量LPS炎症モデルでは,全身の各種侵害刺激に対する疼痛閾値が低下することが一貫して示されている1)。われわれの研究でも,ラットモデルを用いて血行動態に影響を与えない程度の少量のLPS投与により,後肢足底切開後の自発痛が増強されることを報告した2)。このようなLPSによる痛みの増強は,エンドトキシン誘発性痛覚過敏と呼ばれている。実際,感染症などの全身炎症時には,発熱,食欲不振,疲労,抑うつ,傾眠,そして痛覚過敏といった全身症状を呈する。これらの症状はsickness behaviorと呼ばれ,生存のための適応的反応と推測されている。sickness behaviorはLPS投与により再現されるため,エンドトキシン誘発性痛覚過敏はsickness behaviorの一部と考えられる。また,LPS投与後の内臓や骨格筋の痛覚過敏は,それぞれ機能性腹痛症候群,線維筋痛症の病態としても注目されている。

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■臨床の視点

▲局所麻酔薬は,“きれいな”薬か?

抗うつ薬,オピオイド,NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)やアセトアミノフェンなど,鎮痛薬は多数存在するものの,局所麻酔薬以外の鎮痛薬は,ニューロンの興奮性を抑制したり,痛みを増幅する物質の産生を抑えたりする薬であり,痛みをゼロにすることは難しい。しかし神経伝導そのものを抑制すれば,痛みをゼロにすることができる。局所麻酔薬は,電位依存性ナトリウムチャネルを阻害することによって,神経でのインパルスの発生と伝播を阻害する。痛みによって生じる信号が,大脳の感覚野へ伝達されなければ,ヒトはそれを“痛み”として認知できない。痛みをゼロにできるという点で,局所麻酔薬は非常に魅力的な薬物といえる。

 局所麻酔薬の薬理作用は可逆的である。したがって,使用した薬物の種類,投与量に応じた一過性の鎮痛が得られるが,理論上,その作用持続時間を超える作用は得られないはずである。しかし,慢性痛の患者に何らかの神経ブロックを行った結果,局所麻酔薬の作用持続時間を超えて,半日,場合によっては1日〜数日に及ぶ鎮痛作用が得られた,という経験はないだろうか。このような経験から,局所麻酔薬はナトリウムチャネル以外にも作用する,そう考えることはできないだろうか。

 局所麻酔薬はナトリウムチャネルだけに効く(選択性が高い)ように思われがちだが,実は“きれいな薬”ではない。言い方を変えれば,“選択的なナトリウムチャネル阻害薬”ではない。局所麻酔薬は,カリウムチャネル,カルシウムチャネルなどのイオンチャネルのみならず,アセチルコリン受容体,セロトニン受容体,γ-アミノ酪酸(GABA)受容体などとも相互作用することが知られている。つまり局所麻酔薬は選択性の低い,いわゆる“汚い薬(dirty drug)”であり,さまざまなチャネルや受容体への作用によって,細胞機能を修飾している可能性がある。実際,ナトリウムチャネル以外の受容体への作用が局所麻酔薬中毒,つまり心毒性や中枢神経毒性と関連があると考えられている。

 自身のことに話を移す。私が大学院に入学する数か月前,ブピバカインが脊髄においてNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体を抑制する作用があることが報告された1)。脊髄での興奮性シナプス伝達を担う神経伝達物質はグルタミン酸であり,グルタミン酸受容体の1つであるNMDA受容体は,ケタミンが作用する受容体としても有名であるが,慢性痛成立過程における中枢性感作に強く関与しているとされる2)。局所麻酔薬がNMDA受容体を抑制するのだとすれば,くも膜下あるいは硬膜外ブロックによって,中枢性感作,つまり痛みの悪循環を断ち,長い鎮痛作用が得られることの1つの説明になり得る。先行研究1)は免疫組織化学的手法を用いていたが,新潟大学では,脊髄後角ニューロンからのホールセルパッチクランプ記録を用いた基礎研究が盛んに行われており,NMDAによって生じる興奮性の増大が,局所麻酔薬で抑制されることを電気生理学的に証明したらどうかと議論されていた。こうして河野達郎先生(現東北医科薬科大学麻酔科)の指導のもと,ブピバカインがNMDA起因性電流に与える作用を電気生理学的に解析することが私の研究テーマ3)となった。

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■臨床の視点

▲抗うつ薬の作用機序はセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用だけか?

神経障害性疼痛の薬物治療の第1選択薬である抗うつ薬は,セロトニン,ノルアドレナリンなどのモノアミン神経伝達物質の再取り込み阻害作用が主たる鎮痛機序と考えられている。しかし,抗うつ薬にはそれ以外のさまざまな作用機序も鎮痛作用に関与しているとされている。例えば,Naチャネル遮断作用1),電位依存性Ca2+チャネル遮断作用2),NMDA(N-メチル-

D-アスパラギン酸)型グルタミン酸受容体拮抗作用などが挙げられる。さらに,オピオイド受容体,αアドレナリン受容体などへの親和性があるともされている。このなかでもNMDA受容体はグルタミン酸受容体の1つで,中枢神経系における興奮性神経伝達にかかわり,また慢性疼痛における中枢性感作の成立に重要な役割を担っている。それゆえ,抗うつ薬のなかでNMDA受容体拮抗作用をもつ薬物はより中枢性感作を緩和し,神経障害性疼痛に対する治療効果が高い可能性がある。慢性疼痛患者では脊髄後角で中枢性感作が起きており,それが痛みを増強したり慢性化させていると考えられている。そこで,3種類の抗うつ薬,三環系抗うつ薬(デシプラミン),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI:serotonin norepinephrine reuptake inhibitor,ミルナシプラン),選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI:selective serotonin reuptake inhibitor,シタロプラム)の脊髄後角ニューロンでのNMDA受容体に対する拮抗作用の有無を明らかにする目的で,研究を行った。

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■臨床の視点

▲医療大麻の歴史

大麻を鎮痛薬として医療に利用することは古くから行われてきた。中国では,紀元前2700年ごろに大麻を鎮痛薬として利用したという記述が残されている。後漢時代に中国で活躍した医師である華佗は,アルコールとともに大麻を摂取させて手術時の麻酔薬として使用したという。インドでも紀元前1000年ごろから鎮痛を含めたさまざまな目的で医療大麻が使用されており,大麻服用に伴う精神症状についても克明な記録が残されている1)

 近代医学における大麻の利用は19世紀初頭までさかのぼる。19世紀末には欧米各国の製薬会社が大麻製剤を販売しており,19世紀半ばから20世紀にかけて,大麻の臨床利用に関する医学論文が多数発表された2)。大麻は鎮痛薬と同時に鎮静薬としても用いられ,傾眠傾向や多幸感など,精神症状を生じることが明らかにされている。19世紀末以降は,医療現場における大麻の利用は減少した。当時の大麻製剤がもつ薬効の個体差が大きく,期待される効果が得られないケースがあったこと,アスピリンやモルヒネなど,優れた代替品が開発されたことなどがその原因としてあげられる。1960年ごろには嗜好品としての大麻が流行し,毒性研究が盛んに行われた。大麻使用に伴う急性期症状には精神症状,口渇,頻拍などがある。慢性的な大麻使用は認知機能の低下や精神疾患の発症などと関連する3)

 大麻の有効成分はカンナビノイドと総称される。カンナビノイドに対する受容体および内因性の類似物質が発見されるに及び,体内には内因性カンナビノイドシステムと呼ばれるしくみが備わっていることがわかった。現在もカンナビノイドを利用した鎮痛方法が提案されているが,中枢神経への副作用が障害となって普及に至っていない4)

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■臨床の視点

▲帝王切開手術では本当に区域麻酔のほうが母体にとって安全なのだろうか?

われわれ麻酔科医は「帝王切開術(cesarean section:CS)には全身麻酔(general anesthesia:GA)より区域麻酔(regional anesthesia:RA)のほうが安全」と信じ,CSにはなるべくGAを避けるようにしている。若手麻酔科医にその理由を聞くと,妊婦は挿管困難リスク,誤嚥・窒息リスクが高いなどと答えるが,ではその根拠は?と聞くと,ガイドラインがあったような…と答え,ではそのガイドラインの根拠は?と聞いてみると,そこまではちょっと…となる。米国麻酔科学会のガイドライン1)では,「ほとんどの症例でRAを選択せよ」とされているが,その根拠は専門家へのアンケート結果をもとにしたエキスパートオピニオンである。英国国立医療技術評価機構のガイドライン2)では,前置胎盤症例を含め母児の安全面からRAが推奨されている。その根拠としているのは数件のランダム化比較試験(RCT)などであるが,限られたサンプル数のなかで出血量や輸血の実施を転帰にした研究であり,麻酔法と母体死亡との関連は不明である。

 「CSはできるだけRAで」という流れを決定的にしたのは,1997年のHawkinsらによる報告3)であったと考えられる。これによると,1985〜90年の米国におけるCSのRAに対するGAの麻酔関連母体死亡のリスク比が16.7(95%信頼区間12.9〜21.8)で,GAでの麻酔関連母体死亡の原因は主に気道関連合併症であったとされた。その後の同氏らの報告4)で,1997〜2002年ではリスク比が1.7(95%信頼区間0.6〜4.6)と劇的に減少し有意差がなくなったことが報告されたものの,その後もRAが推奨される状況は変わっていない。これらの報告の十数年間でのリスク比の減少は,主にGAの安全性の向上によるものであり,GAの気道関連リスクの認識,麻酔薬・モニタ機器や人工呼吸器の改善などが寄与していると考えられる。ここからさらに十数年経過した現在,さらなるモニタ機器や麻酔薬の改善,DAM(difficult airway management)アルゴリズムの整備5),声門上器具やビデオ喉頭鏡の開発などにより,GAの安全性はより向上していると考えられる。また麻酔管理の質とは別に,妊婦の高齢化,合併症をもつハイリスク妊婦の増加により,妊婦の母集団の性質が急速に変化しつつある。このような“麻酔管理の質の向上”と“母集団の質の変化”により,GAとRAの安全性が同等か,むしろ逆転していてもおかしくはない。

 麻酔科医なら誰しも,RAで管理していたCS症例が思わぬ大出血を起こし,術者も看護師もドタバタする混乱のなか気管挿管し,動脈ラインや静脈ラインを追加するという操作を余儀なくされ冷や汗をかいた経験を1度はしていると思う。このようなとき,「最初からGAにしていれば全身管理は容易であった」と思うこともあるだろう。このような症例はまれであるが,その蓄積がきわめてまれな母体死亡の発生につながると考えると,もしGAの安全性が高くなっているのなら,もう少しGAの選択条件を緩めてよいのではないかとも考えられる。また,あるRCTでは,GAを受けた妊婦のほうが次も同じ麻酔法を希望する割合が高かったとされ,もしGAとRAの安全性が同等であるなら,患者満足度の面から妊婦の希望で麻酔法選択をしてもよいとも考えられる6)

 このような状況から,「現在においてもCSにはGAよりRAのほうが母体安全性が高いのか確かめてみたい」と考えた。

 研究を進めるうえで重要なのは,GAとRA,どちらが母体にとって安全であるのかについて,いまだに科学的根拠が得られていない理由である。その理由としては,(1)倫理的観点からRCTの適用が困難,(2)麻酔法の適応による交絡のため観察研究ではGA vs. RAの単純比較ができない,(3)母体死亡率が非常に低いため研究デザインが難しい,などが挙げられ,これらの障壁を乗り越えて麻酔法と母体転帰の関連を評価することが研究を成立させるための鍵となる。(1)に関しては「CSでは母体にとってRAのほうが安全」というすでに広く浸透した強力なエキスパートオピニオン1)が存在すること,母児の命がかかることから,RCTは倫理的に不可能に近い6)。この問題を避けるため,筆者ら7)は入院DPCデータベースを利用した後向き観察研究を採用した。しかし観察研究では,(2)のような「重症妊婦ほどGAの対象となりやすい」という麻酔法の適応による交絡のため,GA vs. RAの転帰の単純比較ができないという問題が生じる。この交絡の問題に対して,本研究では傾向スコア分析8)(後述)という統計手法を採用した。(3)に関しては,日本の母体死亡率は妊婦10万人あたり4件前後と非常に低く,母体死亡を転帰とすると膨大なサンプル数を誇るDPCデータベースをもってしても統計解析が困難である。これに対しては,母体死亡の代替転帰として母体重症合併症を採用するなどの工夫をした。

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■臨床の視点

▲疼痛重症化の個人差を規定する要因は何か?

術後静脈血栓塞栓症予防のための抗凝固薬の使用に備え,大手術でも硬膜外麻酔を併用しない全身麻酔症例が増えている。このような症例では,術中鎮痛はレミフェンタニルを主体とし,術後鎮痛はフェンタニルの持続静脈投与とすることが多いが,覚醒前からフェンタニルをタイトレーションし十分量を投与したつもりでも覚醒直後から痛みを訴えられたり,その後の術後鎮痛の管理に難渋することがある。このような,日常診療で経験的に習得してきた開腹術後鎮痛に必要なオピオイド鎮痛薬用量を,大きく上回る用量を要する患者に一定の頻度で遭遇するのはなぜだろうか。

 抗凝固薬に関連する以外にも,虚血性心疾患や脳梗塞の既往歴のために抗血小板薬を内服している患者が高齢化に伴って増えていることから,全身麻酔のみで周術期管理を求められることが多い。この20年の間に抗血小板薬の主軸が低用量アスピリンからクロピドグレルなど,チエノピリジン誘導体などの抗血小板薬に切り替わってきたが,このような抗血小板薬の変遷を経験する過程で,低用量アスピリンを使用していた患者のほうが術後痛管理に難渋する印象をもっており,これはアスピリンによる慢性シクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)阻害が中止されることによるリバウンド現象1)で,COX誘導が強化され炎症が強くなっているためではないかと推察していた。

 さらに,がん性疼痛においても同様で,画像上のがんによる組織破壊があまり顕著でなくても非常に強い痛みを訴え,高用量のオピオイド鎮痛薬が必要な患者にもときどき遭遇する。

 このような術後鎮痛やがん性疼痛の重症化には個人差があることがすでに報告されており,このような個人差を規定する遺伝的素因についての研究を実施した2)

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目次

基本情報

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LiSA 別冊
25巻2号 (2018年9月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1344-932X メディカル・サイエンス・インターナショナル

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