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■臨床の視点
▲局所麻酔薬は,“きれいな”薬か?
抗うつ薬,オピオイド,NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)やアセトアミノフェンなど,鎮痛薬は多数存在するものの,局所麻酔薬以外の鎮痛薬は,ニューロンの興奮性を抑制したり,痛みを増幅する物質の産生を抑えたりする薬であり,痛みをゼロにすることは難しい。しかし神経伝導そのものを抑制すれば,痛みをゼロにすることができる。局所麻酔薬は,電位依存性ナトリウムチャネルを阻害することによって,神経でのインパルスの発生と伝播を阻害する。痛みによって生じる信号が,大脳の感覚野へ伝達されなければ,ヒトはそれを“痛み”として認知できない。痛みをゼロにできるという点で,局所麻酔薬は非常に魅力的な薬物といえる。
局所麻酔薬の薬理作用は可逆的である。したがって,使用した薬物の種類,投与量に応じた一過性の鎮痛が得られるが,理論上,その作用持続時間を超える作用は得られないはずである。しかし,慢性痛の患者に何らかの神経ブロックを行った結果,局所麻酔薬の作用持続時間を超えて,半日,場合によっては1日〜数日に及ぶ鎮痛作用が得られた,という経験はないだろうか。このような経験から,局所麻酔薬はナトリウムチャネル以外にも作用する,そう考えることはできないだろうか。
局所麻酔薬はナトリウムチャネルだけに効く(選択性が高い)ように思われがちだが,実は“きれいな薬”ではない。言い方を変えれば,“選択的なナトリウムチャネル阻害薬”ではない。局所麻酔薬は,カリウムチャネル,カルシウムチャネルなどのイオンチャネルのみならず,アセチルコリン受容体,セロトニン受容体,γ-アミノ酪酸(GABA)受容体などとも相互作用することが知られている。つまり局所麻酔薬は選択性の低い,いわゆる“汚い薬(dirty drug)”であり,さまざまなチャネルや受容体への作用によって,細胞機能を修飾している可能性がある。実際,ナトリウムチャネル以外の受容体への作用が局所麻酔薬中毒,つまり心毒性や中枢神経毒性と関連があると考えられている。
自身のことに話を移す。私が大学院に入学する数か月前,ブピバカインが脊髄においてNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体を抑制する作用があることが報告された1)。脊髄での興奮性シナプス伝達を担う神経伝達物質はグルタミン酸であり,グルタミン酸受容体の1つであるNMDA受容体は,ケタミンが作用する受容体としても有名であるが,慢性痛成立過程における中枢性感作に強く関与しているとされる2)。局所麻酔薬がNMDA受容体を抑制するのだとすれば,くも膜下あるいは硬膜外ブロックによって,中枢性感作,つまり痛みの悪循環を断ち,長い鎮痛作用が得られることの1つの説明になり得る。先行研究1)は免疫組織化学的手法を用いていたが,新潟大学では,脊髄後角ニューロンからのホールセルパッチクランプ記録を用いた基礎研究が盛んに行われており,NMDAによって生じる興奮性の増大が,局所麻酔薬で抑制されることを電気生理学的に証明したらどうかと議論されていた。こうして河野達郎先生(現東北医科薬科大学麻酔科)の指導のもと,ブピバカインがNMDA起因性電流に与える作用を電気生理学的に解析することが私の研究テーマ3)となった。
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