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■臨床の視点
▲トラネキサム酸は痛みを誘発するか?
トラネキサム酸(tranexamic acid:TXA)は抗プラスミン作用を有し,フィブリン分解を阻害することで止血効果を示す。それゆえ心臓外科手術や整形外科手術において,出血量を減少させる目的で広く使用されてきた。しかしこれまで,TXAの重篤な副作用として痙攣が多数報告されている。特に,比較的高用量のTXAを必要とする心臓外科手術においては,1〜4%の症例で痙攣が発症すると報告されている1)。その機序は長年不明であったが,近年,大脳皮質の胚性培養細胞を用いた電気生理学実験により,TXA抑制性神経伝達物質である脳のγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)やグリシンの受容体を抑制することで,痙攣が生じることが明らかにされた。
一方,GABA受容体とグリシン受容体は痛覚伝導路である脊髄後角にも多く存在しており,その拮抗薬はアロディニアや痛覚過敏を誘発することが知られている。仮にTXAが,大脳皮質における作用と同様に脊髄後角ニューロンにおいてもGABA,グリシン受容体の拮抗薬として抑制性シナプス伝達を抑制するのであれば,TXAは痛みを誘発している可能性がある。実際,脊髄くも膜下腔にTXAを誤投与された患者が非常に強い背部痛を訴えたという報告がされている2〜5)。また整形外科の人工股関節置換術においてTXAを使用した患者では,術後の出血量は有意に減少したが,術後の鎮痛薬として使用していたモルヒネの必要量が有意に増加したという報告がある6)。しかし,これまでTXAの脊髄後角における発痛作用およびその作用機序について検討した報告はない。そこでわれわれは,臨床濃度のTXAが脊髄後角ニューロンのGABA,グリシン受容体を拮抗することで痛みを誘発すると仮説をたて,ラットを用いた行動学,免疫組織学,電気生理学実験により検討した7)。さらに,実際の臨床においてTXAが周術期の痛みを誘発しているか,後向きに検討した8)。
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