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■臨床の視点
▲cold hyperalgesia,cold allodyniaに関与する機構は何か
創傷治癒には炎症反応が必要であるが,一方で過剰な炎症反応は,炎症部位の疼痛閾値の低下による痛覚過敏(hyperalgesia)という観点からは,やっかいなものになる。また,創傷治癒が進み見た目には創が治っているようにみえても,通常では疼痛をもたらさない刺激によって痛みが生じるアロディニア(allodynia)を呈すこともある。近年,炎症性の痛覚過敏やアロディニアの原因にTRPV1やTRPA1が関与していることが報告されている。そして,そのなかでも冷刺激によって起こるcold hyperalgesiaやcold allodyniaの原因はTRPA1であると報告されており,ある程度のコンセンサスが得られている。しかし,「TRPA1が本当に冷刺激受容チャネルであるか?」との論争が以前,活発に行われていた。筆者はこの論争に足を踏み入れたことがあるので,今回はこれを紹介しようと思う。
まずは歴史から紹介する。唐辛子の成分であるカプサイシンの受容体が1997年に発表された。このチャネルは侵害受容性の一次求心性神経に発現していることから,新しい痛み受容チャネルとして脚光を浴びることになる1, 2)。そして,のちにTRPV1と名づけられることになるこのチャネルは,興味深いことに,化学刺激ではない熱刺激にも反応し,さらにカプサイシンと熱の同時刺激がチャネル活性を相加・相乗的に増強することがわかった。大量の唐辛子を頬張ると“辛い”を通り越して“痛い”と感じる。そこに熱いスープを口に含むと,とても耐えられない状況になるが,冷たい氷を口に含むと痛みが和らぐ。このような日常で経験できる現象を,TRPV1チャネルによって説明できるようになったわけである。
TRPV1の発見以降,TRP(transient receptor potential)チャネルの研究は,TRPV1と相同性をもつチャネルの探索,特に温度感受性チャネルの探索を中心に盛んに行われるようになった2, 3)。そして間もなく発見されたのが,温熱受容チャネルとしてのTRPV2,TRPV3,TRPV4である。こうなると,「冷刺激に反応するチャネルは何か?」という疑問が必然的に生じてくる。そして見つかったのが,冷刺激受容体であるTRPM8であった。興味深いことに,TRPM8はメントールにも反応すること,さらにTRPM8への冷刺激とメントールの同時刺激は,それぞれの効果を増大させることが示された。つまり,メントールガムを噛んだあとに冷たい水を飲むとより冷たく感じるのはTRPM8の活性化のせいである,ということが証明されたのである。
ここで次に研究者の関心は,「冷たすぎると痛い」という現象にかかわるTRPチャネルがあるのでは?ということに向かった。というのもTRPM8は,血管拡張作用を示すCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)や痛覚の伝達物質であるサブスタンスP,TRPV1とは共発現しない,つまり痛み受容とは異なる神経に発現しているからである。そして,ついに侵害冷刺激受容チャネルが報告された。TRPA1である。さらにこのチャネルはマスタードオイルやワサビにも反応することが報告された。TRPA1の発現は,侵害受容性の一次求心性神経であるC線維に多くみられ,TRPV1と共発現するのが特徴である。このことからTRPA1は痛みに関係するチャネルとして注目され,現在進行形で研究が進んでいる4, 5)。いろいろわかってくるにつれ,TRPA1は炎症にも関与することが明らかになった6)。炎症状態ではTRPA1の発現が増え,それに伴い痛み閾値が低下する。そのことから,TRPA1はcold allodyniaやcold hyperalgesiaに関与すると報告された。しかし,同時にTRPA1が冷刺激受容チャネルであることを真っ向から否定する報告も散見されるようになり,議論が分かれるところとなった。
この議論がされているなかで,筆者はまったく違うことを調べていて,たまたま面白い発見をした。TRPA1がメントールに反応するということである7)。それまでメントールは前述のTRPM8の特異的な作動薬として扱われていた。つまり,「この細胞はメントールに反応するのでTRPM8が発現している」という証明などに使われていた。しかし,それまで出ていた論文,特に冷刺激に反応する機構を検討しているいくつかの論文を,「TRPA1もメントールに反応する」という視点で読み返してみると,それらの論文の著者らが無理に解釈していた部分を,明快とまではいかずとも,ある程度説明できる可能性があることに気がついた。そこで,TRPA1が実際に冷刺激で活性化されるかを,自分の手で実験を行うとどうなるのか無性に知りたくなり,調べてみることにした8)。
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