耳鼻咽喉科 42巻10号 (1970年10月)

特集 耳鼻咽喉科診療の経験と批判

序文 西端 驥一 , 大藤 敏三
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 学会に雑誌に年々歳々研究が発表され,その量たるや尨大なものである。その上その内容は多種多様で玉石混淆である。

 また表現に明快なもの,晦渋なもの,冗慢なもの,簡略に過ぎるものなど種種雑多である。理論に走りすぎて臨床に縁遠いもの,臨床的ではあるが内容が他愛のないものなど,これまた色とりどりである。

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 耳管炎については耳管の解剖生理,耳管疾患の成因から治療に至るまで巨細にわたつて広範な研究が学界でなされている。ことに岡山大学の高原教室が力を入れて昭和26年(1951年)には宿題報告になつた。

 ところが臨床医の立場からみると,何か物足りないものを感じる。何か空白らしいものを覚える。盲点といつたら大げさであろうが氷山におけるクレパスのようなものを感じるのである。

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 Ⅰ.はじめに

 耳管狭窄症はその原因により真性狭窄および仮性狭窄に,また臨床的,病理組織学的所見から炎症性,非炎症性にわけられるが,いずれもその臨床症状は類似している。

 真性狭窄は急性化膿性中耳炎,慢性化膿性中耳炎,急性カタル性中耳炎,慢性カタル性中耳炎,あるいは急性,慢性耳管炎に際して特に耳管骨部,軟骨部の境界である耳管狭部および鼓室口に狭窄が発現しやすく,また神経性,筋性のものはその機能低下のため,耳管軟骨部全域にわたつて狭窄が起こりやすい。かつこれらの中に炎症をともなう場合と,ともなわない場合とがある。

鼓室成形術 後藤 敏郎
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 鼓室成形術がTympanoplastikの名称のもとに発表されたのはWullsteinによると1952年(昭和27年)といわれているが,この手術のことがわが国にも知られていた当時,従来の中耳根治手術または保存的根治手術の考え方の中に埋没してしまつていた私ら多くのものの考えの中には,この手術による聴力の増進そのものを信ずる以前に,つぎの二つの批判に近い懐疑の念が生じていた。

 1.慢性の化膿巣を閉鎖してもよいものだろうか。

 2.鼓室空腔の上に天幕を張るように皮膚の移植ができるものであろうか。

鼓室成形術 設楽 哲也
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 Ⅰ.はじめに

 第1表は昭和42年9月〜12月の4カ月間に東大本院において施行された耳手術(耳硬化症を除く)の総数と術式の統計を示したものである。現在においてもほぼ同様の比率を示すが,根治手術例はほぼ10%に過ぎない(聴保根治手術などは連鎖を確認し,その状態に沿つて鼓室成形術に加えている)。

 現在,鼓室成形術は耳ではもつともありふれた手術となつているが,その手術法の細かい部分に関しては,年々変わつていくように思われる。しかし根本的な伝音理論に進歩がみられるわけではないので,手術法に関する細かい手直しは,

 1.炎症に対する取り扱いの問題,特に乳突洞の処理に関して,

 2.一つの手術操作が同時にいくつかの要素をからみ合わせているために,その操作の合目的か否かの分析が進んでいないこと,

 3.少なくとも瘢痕化が完成した半年後の状態を予想して行なう必要があること,

 4.中耳炎の状態が年々変つてきていることなどによつているものと思われる。

 きわめて抽象的な問題提起であつたが,以下これらの問題を組み変えて,

 1.術中所見,操作から術後半年後の聴力の予想が立つか否か,

 2.今後の中耳炎の性格の変貌とその処置,特に癒着症に対する手術,

 3.乳突洞の取り扱い方,

 の三点につき述べご批判をいただきたい。

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 Ⅰ.はじめに

 耳鼻咽喉科の診療の中で慢性副鼻腔炎についての経験と批判について述べよとのことであるが,ご承知のように,この中にはいろいろのことが含まれていてしかもそれらの全部についての経験を限られた紙数の中にうまくまとめることは到底できそうもないので,慢性副鼻腔炎の手術をめぐつて特にその治り難さに重点をおいてのべてみたいと思う。

 もともと治り難さなどという言葉は臨床経験そのものズバリの言葉であるが,その解明ははなはだ複雑で厄介であり,人の副鼻腔炎を動物で再現することが至難であるので,一層その解決は容易ではないが,しかし結論を先にいわせていただくならば,解明の方向付けは十分にできているものと思う。

 ここで古くからの成書や文献を通して欧米の今日までを思い出してみると,外科的処置の一法としてすなわち化膿巣に対する処置として副鼻腔の根治手術が行なわれ始め,それが不成績と判り始める内に副鼻腔粘膜の機能やその可逆性が問題となり始め,アレルギーの概念も入り混じつて副鼻腔炎の適切な治療法(手術法)が解明されないままに強くアレルギーが打ち出されて今日に至つているようで,何か本症が本症らしい治療法の見出されないまま肩すかしを食つたような状態で,そのまま本症の頻度の多いわが国にバトンタッチされたかのような感を受ける。しかしわが国の本症に対する研究はその後漸次実を結びつつ今日に至つており,何とか治癒せしめ得るという方向付けはできているのではないかと考えるのである。すなわち治り難い疾患ではあるが,なぜ治り難いかということが闇雲ではなくて何とか判つてきたので治せる圏内に十分入つて来ているということである。

副鼻腔炎 赤池 清美
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 Ⅰ.急性副鼻腔炎

 昭和24年頃よりペニシリンが入手できるようになつてから急性副鼻腔炎の治療は一変した。

 鼻処置などは同じであるがその他にペニシリン注射やペニシリンのネブライザーやプレッツ法などが行なわれるようになり1),その後各種抗生物質,抗ヒスタミン剤2),ステロイド,各種アレルゲン製剤などが登場するにおよんで治療はさらに容易になつた。しかし初期に著明な効果を示したペニシリンネブライザー,プレッツ法などは病原菌の耐性獲得のためか漸次効果は減少しており抗生物質や抗ヒスタミン剤などの内服の方が効果があると考える。なお数年来蛋白分解酵素剤3)が副鼻腔炎治療に用いられるようになり,その効果の機転なども解明されないまま治療に用いられているがその効果は十分とはいえないように思われる。

小児副鼻腔炎 名越 好古
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 小児期の副鼻腔炎については急性あるいは合併症の併発した重症なものについては多くの記載があるが,鼻漏,鼻閉を主とするような慢性的なものに対してはその病態や治療について詳しく記載されたものはほとんどなかつた。実地臨床家は本症に多くの関心をもちながら,はなはだ取り扱いのやつかいな疾患として困つていた。そのことは昭和12年(1937年)の耳鼻臨床32巻225頁に掲載されている「小児慢性副鼻腔炎に対する処置如何」というアンケートによく表われている。米国では早くからこの問題に関心が払われ1920年代から多くの業績が発表されてきた。わが国では昭和26〜27年頃から昭和40年頃までがもつとも盛んに研究された時代である。なかでも信州大学の鈴木篤郎教授一門の研究は膨大なものであるが昭和38年東北医学誌67巻(立木教授退官記念号)に鈴木教授が纒めて発表し結語として次の24項をあげている。すなわち,(1)本疾患はおそらく,3,4歳の頃から小学時代の前半においてもつとも多く初発し,それ以後とくに思春期以後においては自然治癒を営む方が初発する数を上廻り,発生頻度は減少してくる。

鼻副鼻腔アレルギー 奥田 稔
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 Ⅰ.まえがき

 古いノートを繰つてみると私が鼻のアレルギーの仕事に手をつけ始めたのは昭和29年であつた。その目標は慢性副鼻腔炎の治療とアレルギーの関係であつたが,臨床的なアレルギー診断法の手がかりが得られぬまま,卵白その他による実験的アレルギー性鼻副鼻腔炎の研究に従事していた。昭和36年海外出張の機会に恵まれカナダで実際に花粉症の患者に接し,ウィーンで実際の鼻アレルギーの鼻粘膜の組織標本をみるに及び,鼻アレルギーの扱いに,ある整理ができるようになつた。昭和38年帰国後,北村教授の教室で花粉症の患者に恵まれ,同じ道を志す教室員の助けを得て,自分流の鼻アレルギー診療の輪廓ができたのが,ほんの数年前であつた。このような短い経験からではあるが,以下,いくつかの思うところを綴りたい。

鼻副鼻腔アレルギー 佐々木 好久
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 Ⅰ.鼻アレルギーの診断について

 私は先人の教える所にしたがつて,鼻汁中に好酸球が5%以上陽性に出ていれば,鼻アレルギーとしている。しかし1回の検査に陰性であつても,鼻アレルギーを否定することはできないようだ。頻回にわたつて繰り返し検査が必要の場合もある。

 一応,鼻アレルギーであることが分れば,抗原は何かということになる。まず皮内テストであるが,これで陽性に出ても確定的ではない。鼻アレルギーは鼻という局所に限局して発症するものであり,前腕皮内の反応がそのまま鼻の反応状態を示すものとは限らない。そこで誘発反応とも呼ばれる鼻内テストが必要になつてくる。この鼻内テストの陽性はアレルゲンの決定に重要なものとなるが,花粉症の場合,花粉アレルギーを発症している時期と,その季節をはずして検査した場合では反応の発現も異なるようである。抗原となる花粉をその花粉の存在しない時期に吸入しても,何ら症状を発生しないが,花粉期になるとごく少量でもアレルギー症状を起こすことがある1)

萎縮性鼻炎 武藤 二郎
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 I.はじめに

 萎縮性鼻炎の診療について,主としてわれわれの経験を記載する。診療を診断と治療という意味に解釈するならば,このことばの内容は実に豊富である。疾患の治療は,当然それが根本的なものであることがのぞましい。そしてそのためには,個々の患者について,その疾患の原因,発現の機構,現状を把握することが要求される。診断ということばの内容はここまでを含むものと考えるべきであろう。

 臭鼻症を含めて萎縮性鼻炎という病名をつけることは容易である。萎縮の程度,鼻汁の量と質,副鼻腔炎合併の有無,副鼻腔発育の程度などを知ることも困難ではない。しかしこの疾患の原因や,いろいろな病型が発現する理由やメカニズムを明らかにすることはむづかしい場合が多い。ここにこの疾患の治療の困難さの最大の理由がある。この点,他の場合たとえばメマイの診断などとよい対照をなしている。

 萎縮性鼻炎発生の原因あるいは要因として,実に多くのことが考えられている。間脳下垂体機能障害,副腎皮質機能低下,甲状腺機能低下,性腺機能低下,自律神経機能異常などしばしばとりあげられる問題ではあるが,これだけで解決のつくものでもない。内分泌機能,自律神経機能が粘膜の機能や病変と深い関係をもつことは疑いを容れないが,これらのどのような条件が単独で,あるいは他の要因と結びついて萎縮性鼻炎と因果関係をもつてくるかを具体的にすることははなはだむづかしい。ビタミンA, Dの欠乏,鉄欠乏性貧血などについても同様なことがいえる。さらに特殊な病原菌もないとすれば,一体この疾患の主役は何なのだろうか,あるいは脇役だけで成立つているのであろうか。いずれにしても,この疾患になりやすい素因と,この疾患をひきおこしやすい条件の両面からの考察が必要であり,われわれはこの疾患の地域局在性を明らかにするところから研究をはじめたものである。以下この問題と,治療に関係をもつ二,三の疫学的事項,さらに治療の問題についてのべたい。

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 Ⅰ.まえおき

 いわゆる壊疽性鼻炎と名づけられる疾患の内分けについては,今日ではおおよそ整理,整頓されてきて,この概念に含まれる疾患は主として細網肉腫とWegener肉芽腫と,それにごく僅かの,しかもまだ十分に本態が明確にされたといえない悪性肉芽腫とから成るものであると考えられている。

 そしてわれわれ臨床家は,いわゆる壊疽性鼻炎と診断されるような症例に遭遇すると,初めからそのことを頭におきながら検索や処置をはじめてゆくことができるようになつたことは,患者にとつては大きな福音であろう。

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 鼻腔に始まる壊疽性病変については,わが国では進行性壊疽性鼻炎と呼ばれてきたが,それらの症例を検討してみると,かなりの相違がみられ,臨床症状にも組織学的所見の上からも,腫瘍に近い性格のものと,炎症性の性格が強いものとがあり,なお後者のものにも病変が局所に限局されたものと,肺,腎など他の内臓諸器官にも病変がみられるものとあり,このことから,これらの各種の場合が如何なる疾患であるかについて,これまで多数の研究がなされたが,なお不明の問題が多く残されているように思う。

 わたくしは,今日までに10例ほどの症例を経験したので,それらについて少し述べさせて頂きたい。

上顎癌 河田 政一
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 Ⅰ.まえがき

 日本における頭頸部腫瘍症例の中で上顎癌の占める比率は一般にかなり大きいのは周知であるがかつて九大耳鼻科で調査したところでは戦後16年間の入院患者総数10,707名のうちもつとも多かつた喉頭癌の482名につぐのが上顎癌の382名であり,それに続いて食道癌182名,口腔咽頭癌149名,舌癌87名の順となつている。喉頭癌に対し上顎癌はほぼ4:3の比でやや少ない。これは国内地域的に多少の差異はあつても原則的にはいえるところであろうと思う。

 近年治療法の質的,量的向上とその運用面の進歩などにより喉頭癌の場合は治癒率を大幅に好転せしめることができたのである。ところが上顎癌の場合はまだ必ずしもその域に到らない。再発例はもとより徹底的拡大摘除の場合といえども依然として予後不良例はなお相当に多いものと見られる。

上顎癌 佐藤 靖雄
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 癌治療の要は早期診断,早期治療といわれているが,上顎癌には早期診断のきめてとなるものがない。腫瘍がかなり大きくなつて鼻閉,鼻漏,歯牙の異常感などの症状がでてからはじめて受診するが癌であることの診断がつけにくいため,鼻茸や副鼻腔炎の治療中に出血し易いことや治療経過の悪いことで,あるいは副鼻腔炎の手術中に上顎洞内に腫瘍をみて診断が確定することがある。このような場合に臨床医ならだれでも容易に実施できて,しかも効果のある治療法としての三者併用療法の経験と批判を述べてみよう。

鼻咽腔炎 山崎 春三
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 Ⅰ.鼻咽頭症候群序言

 最近「テレビ」で世界人種の特技が公開され,一時疑問と驚きに渦巻かれたが結局は東西民族の興味の表現と了解された。元来「生物」は同種族の永遠持続を存在理由とし,「興味」は各個人特有の先天能力「直感」の一表現で,各人独特のものだ。それで個人は自己興味達成に「真剣な体験」を集積する事は必然だ。知識は其参考程度に過ぎぬ。

 西欧民族の興味はテレビが示し物質,機械的技術,科学的合理性に在り。其真剣体験の集積は今日の物質機械文明だ。

鼻咽腔炎 堀口 申作
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 Ⅰ.はじめに

 現在私は,あたかも無実を叫び続ける囚人のような形で鼻咽腔炎のことを記し叫んでいる。だから,私がここに書くことに対してある方々はまた例の気狂いが始まつたかと相手にしては下さらないかも知れないと思つている次第である。そのような気遅れから,実はもつと思い切つていろいろと事実を述べたいのだが,必ずしも十分に筆が進まないのである。

 鼻咽腔炎という疾患の認識の上に立つて物を考える場合と,従来のようにそれをneglectした考え方で物を考えてみた場合に,こんなにまでも違うものかということを私はしばしば経験する。たとえば咽喉部異常感を訴える患者に対し,この大部分が鼻咽腔炎に由来するものであるという私の従来からの診療経験の上に立つて患者の訴えをみてみると,きわめて多くの症例が,いとも容易に解決され,患者自身が,「どこへ行つても解らなかつたのが始めて明快に解決しました」というのであるが,この診断のプロセスの中に鼻咽腔炎が入らないと,まず喉頭部の精査から舌根,その他いろいろの検査が行なわれ,結局は自律神経の検査その他いろいろと広範な検査を必要とするようになることがある。

 鼻咽腔炎というものの本質については,まだほとんど解つて戴けない感じであるが,私は医学の,あるいは耳鼻咽喉科学の将来を考えるとき,絶対に必要な分野であると考えるとともに,これこよつて将来の耳鼻咽喉科学は大いに変貌する可能性があるとも考えている。

 以下申し述べようとする二,三の項目は例によつて先生方の信用を得ることは難しいかも知れないが,鼻咽腔学においてはほんの少しのエピソードを述べているつもりである。しかし,少なくとも私自身はここに述べることにも全責任をもつものであり虚偽の記載をしているのではないということだけは申し添えておきたいと思う。

扁桃摘出術 山本 常市
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 Ⅰ.はじめに

 扁桃摘出術は人により多少のちがいはあるが根本的にはたいした差はない。ただ使用する器械の内鉗子,剥離子などにはいろいろとちがつたものを用いていてそれぞれ最善のものと信じているのであるからこれをとやかく批判することはなかなかむづかしい。それよりもわれわれはどういうようにしているかを述べて諸君の批判にまつことも無意味ではないと思う。もちろん多少の意見を述べることはやむを得ない。

 口蓋扁桃は前後口蓋弓より構成された扁桃洞内に介在する。前口蓋弓は口蓋舌筋よりなり,後口蓋弓は口蓋咽頭筋よりなつているがこの筋から扁桃中央三分の一と下三分の一の間または扁桃の中央部の組織内に筋帯(扁桃咽頭筋)が付着している。小児においてはこの筋帯は弱く大人では強くかたい。摘出の際この筋帯の抵抗を感ずる場合がある。

 この外扁桃上極に扁桃口蓋筋という筋帯があるがこれは常に存在するものではなく,しばしば欠如している。

 後口蓋弓は喉頭蓋を挙上する作用にあづかつているので強く損傷する時は発声に影響を及ぼすことがある。

 扁桃摘出はカプセル外摘出である。すなわちカプセルを付けたまま扁摘するのである。

 扁桃の血管は上極より2本,下極より3本はいつている。また扁桃の神経は下極より入つている。これらの解剖学的事実も扁摘の際,念頭におくべきである。

扁桃摘出術 佐藤 達雄
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 Ⅰ.はじめに

 耳鼻臨床の手術の中で,扁摘は鼻手術とともに,平時,もつともしばしば行なわれる手術であり,扁摘ほど耳鼻臨床にとつて,その病巣の上からも,数の上からも,深い関係をもつものはない。しかるに,その麻酔に際してはショック死,手術に臨んでは術中,術後の大出血に,突如遭遇すること多く,しかも,ショック死は最悪事態で,術中,術後の大出血は,多く実質性出血であり,かつ,呼吸,咬扼運動に制約されて,外科におけるような簡単,確実な止血法は不可能である。これらの苦き臨床経験は,他のすべての手術にはみられない手術不安感,ひいて手術忌避感を招き,これらのことは,日耳鼻会報創刊以来約70年間,各号に,全国的に,毎回記載警告されている。また,これにより,昔から,巷間の術中偶発事故(死も含めて)は,これら記載の何倍かあるいは何十倍か実在していたであろうことは想像される。この大問題解決のため,古くから,多くの研究はなされたが,その多くは,事故後,基礎医学の観点よりのもので,臨床的解決に直接結びつくものでなく,臨床方面よりの研究も,完全予防の根本的の解決策を提示したものは,まだみることはできない。

 私は大正末期より,以上扁摘の種々の経験をへてきたが(幸いに偶発死の経験はないが,命を縮める出血重篤例には数例遭遇した),その長い臨床上の経験にもとづき,粘膜下注射液の異物的刺激による,麻酔液の毛細血管への滲透吸収を考え(毛細血管動態学)昭和36年初めて関東地方会に,安全なる扁摘局麻法として,安全にして,普遍性ある簡単確実なる方法により,ショック,出血を全部解決して,安心裡に施術できる方法を学会報告して,以来改良法を学会報告に重ね,現在では,全国で800カ所の専門諸家が追試,好成績を収めている。しかるに,いまだに学会報告なき事故の発生をしばしば各方面より耳にするのは,いまだに,私の提唱している安全法が拡がらず,依然として,危険きわまる従来の局麻法,全麻法によるものと思われ,誠に遺憾に堪えない。扁摘は患者の安全性と最小の侵襲度(精神,肉体,経済)第一になされなければならないことは,多言を要しない。これらの考慮なく,ただ扁摘終了すれば,手術成功の考えは,排除すべきであろうと思われる。患者の侵襲度に,細心の配慮は,術創早期治癒,早期社会復帰に直結するし,また,術者の手術不安感は,患者の不安恐怖感を反応的にまねくことと考えられる。

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 I.はじめに

 山形県荘内地方では,昭和30年以降ジフテリーの多発をみ,31年の278例を筆頭に5年間に総計750例を数えた。当時の流行について大要は,耳喉29巻1号・30巻11号に報告した。その後小児の患者は予防接種の普及励行などに伴い減少している、しかし最近においても成人でジフテリーとは考えられない様な主訴で訪れるもの,あるいは合併症として他疾患を惹起している例などもみられるので,小児はもちろん成人であつても各種の後麻痺症状に留意しなければならない。たとえば原因不明の軟口蓋・咽頭麻痺,嚥下困難,流動物の鼻腔への逆流,嚥下ごとの馨咳,構音障害,眼筋麻痺,瞳孔の左右不同,斜視,下肢麻痺などが,ことに扁桃炎,鼻咽喉頭炎後に出現したとき,さらに原因不明の中枢神経症状が出現したときは,一応ジフテリーを念頭において菌検出に努力する必要があると思う。過去にジフテリーが多発した地方では特に留意すべきであろう。

真菌症 山下 憲治
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 耳鼻咽喉科の真菌症には耳真菌症の他に鼻真菌症,口腔・咽頭・喉頭の真菌症があるが,症例の数からすれば耳真菌症が圧倒的多数を占める。だから耳真菌症に就ての経験と批判を詳しく記し,その他は簡単に述べる事にしよう。

真菌症 川上 頴
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 I.はじめに

 医真菌の感染症は,WeinsteinらのPenicillin,Streptomycin療法による菌交代症として改めて注目されて以来,Steroid hormone剤の多用,抗腫瘍剤の連用や放射線治療に伴つて生体の感染に対する抵抗性減弱が真菌感染の誘因となる症例が増加してきた。

 耳鼻咽喉科領域においても真菌症は,臨床上多くの問題を提起している。

 真菌症の診断学的検索方法の進歩は,真菌感染実験研究の成果と相まつて,真菌症の病像の解明に資するところである。

 真菌は元来腐生的な場所に定着しやすく,腫瘍壊死組織や潰瘍面を被覆して,真菌にmaskingされた原病の誤診を招いたり,原病の治療を遷延させる結果となることがある。

 しかし,慢性消耗性疾患,重篤な血液疾患や悪性腫瘍などのterminal infectionとしての真菌症への対処は考慮されるところである。

 当科で,最近1年間に耳鼻咽喉科感染症から得られた検体の細菌学的分類は第1表のごとくで,真菌症ではCandidaが多くみられ,中耳に4例,口腔に28例,ついでAspergillusが外耳に3例,副鼻腔に1例となつていた。Actinomycesが副鼻腔に1例みられた。

 耳鼻咽喉科真菌症の臨床所見,診断および治療について概説し,現状の真菌症診療上の問題点に言及した。

 また,真菌症の診断や治療の面で,最近の経験症例の二,三を例示した。

気管支鏡 橋本 泰彦
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 Ⅰ.はじめに

 耳鼻咽喉科領域でいわゆる直達鏡として使われてから既に60年を経過しているが,耳鼻咽喉科のみならず内科,外科両系で使われ出したのは戦後のことである。現在は気管,食道科として独立した診療科目として日本で公認されたのが昭和24年のことであるから,もう20年を経過したのであるが,その間の,ことに気管支鏡に関しての診療経験あるいはそれに関しての批判ということになると,あまり今まで考えたこともないが,私なりの歩みを中心として少しく思い出や感じたことを述べてご参考に供したいと思う。

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 Ⅰ.はじめに

 気管支鏡検査には,二つの大きな意義がある。第一には,気管,気管支内の病変を直接にみて診断することであり,内視鏡診断としての価値である。第二には,病巣の確実診断としての方法,すなわち肺癌の疑いがあるならば細胞診断の採取するための道具としての価値である。

 これらの有用な方法のために,胸部疾患の診断法としてきわめて重要な地位を占めてきた。しかし現在まで多くの気管支鏡医により用いられた気管支鏡は「気管支鏡の父」といわれたKillianの開発に始まり,さらに1904年C. Jacksonが改良,考案したもので,以来60有余年,すべてこの方法によつて検査が行なわれてきた。

食道鏡 井上 鉄三
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 I.はじめに

 本邦における食道鏡の臨床実際は,久保猪之吉教授にはじまり,現代の多彩な食道鏡検査は,小野教授により開発されたとしても過言ではなかろう。今回の"耳鼻咽喉科"よりの執筆依頼により(歴史的また綜説的な解説は省略することとして)筆者は,beginnerとしての,食道鏡に関する経験,批判および反省を試みたいと思う。

 筆者の食道鏡検査は,フィラデルフィヤのペンシルヴェニヤ大学で,アトキンズ教授により教授をうけたのを最初とする。たしかレジデント第1年目の4週目位であつたと思うが,いきなり食道鏡を手渡され,何のことかわからず面くらつていると,"What is this?"とやられた。大いにあわてて"An esophagoscope sir"と答えると,"What kind?"とまたやられ,しどろもどろで"Jackson type?"と答えたら,"Do not ever perforate the esophagus by this!"と忠告され,しよつ鼻から,内視鏡には恐い思いが刻み込まれていたのをはつきり思い出すことができる。これは,現在もなお,未熟な私の食道鏡検査の一端を支える"無理をしない食道鏡検査"のよりどころとなつている。

 とにかく,Atkins教授は,外面は真によろしいのであるが,内面が悪くて困つた。レジデントに対する態度は,まさに召使いに対するそれで,徹底した雷親父,"いじ悪じいさん"であつた。話によると,これは,彼の上司のGabriel Tucker先生の振舞が,まさにそうであつたらしい。したがって,Gabrielの息子John Tucker(私と同年にresidentをやり,現在はペンシルヴェニヤ大学のassistant professor)には特にroughであつた。

 しかし,必要以上に厳格に教育されたお蔭で,まあまあ今日まで,食道鏡によるfatal accidentがないことには感謝している。

喉頭癌—部分切除 北村 武
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 喉頭の機能をのこして喉頭癌を治そうとする試みは全摘より古い。その当時は癌の性質を知らずにそれで十分と考えて行なわれたのかもしれない。しかも全摘をすると手術死をする率の高かつたことも一因であつたろう。ともかくCordectomyは1920年台にすでに80%の治癒率が報告されている1)。また当時は全摘後の代用発声の研究が不十分であつたことも一因であつたろうが,一方,言語が人にとつて重大な意義をもつており,生命の危険をおかしてまでも,発声の機能をのこしたい希望がある。

 放射線照射は音声の保存という点では大きな意義をもつている。しかし誠に困つたことには照射と部分切除の適応の範囲は重なり合つている。しかも照射によつて部分切除の範囲を拡げることには残念ながら必ずしも成功していない。

喉頭癌 岩本 彦之焏
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 わが国における喉頭癌の治療は最近20年間に著しい進歩をとげてきた。その進歩は,

 第一に手術面では麻酔法や抗生物質の発達によつて原発巣摘出と同時に頸部廓清術が危険なく行なえるようになり,治癒率が向上してきたこと。

 第二に,機能保存手術法がいろいろ工夫改善されてきたこと。

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 Ⅰ.序言

 喉頭癌の治療は生命の保持と発声機能を併せ考えた場合に,その個々の症例についての治療方針の決定如何が,患者の運命を大きく左右する因子となつてくることはいうまでもない。

 現在ではすでに治療によつて患者を生存せしめる段階をこえて,治療後の機能保持を考慮し治療を行なう時代となつた。したがつてすべての喉頭科医は,喉頭における腫瘍の進展の様相を適確に把握し,如何なる症例に対して如何なる治療法がもつとも適切であるかを正確に判断することが絶対必要である。

鏡下耳語

新聞記事と闘う 西端 驥一
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 昭和45年7月19日の朝日新聞の科学欄に「蓄膿症はなおるか」という記事が出た。この内容には数日前に私が森暁雄記者に話した資料が数多く引用されていた。ところが読んでみて驚いた。恐らく科学部の幹部が執筆したものであろうが,資料を正確に引用していないだけなら苦笑してすませよう。しかし熟読玩味してみると底意のある計算で悪用してあることを嗅ぎとつた。多分左傾化した記者の思想から出たもので,読者の啓蒙記事本来の使命を忘れたばかりか,医師という階級を窮地に陥し入れようとする作意が感じとられる。そのために蓄膿症患者が誤つて医療を不信し,絶望するマイナスなどてんで意に介していない。実に巧い構成で文章の端々には蓄膿症は治らぬとは書いていない。だが引用した資料の排列や塩梅から治療の成績は悪いそという印象を巧みに盛りあげている。つまりは真実を曲げているのだ。そればかりでなく一部の悪質の専門家の愚劣な言葉を引用して学会の真摯な研究努力をくさしている。その言葉たるや戦友を背後から射つ卑劣な兵土のごとく,正しい批判でなく,ただ非難せんとする的はずれのものである。混乱した現代の偏向した思想が医学のこんな領域にも魔手を伸ばし始めたと感じて反駁を試みることにした。

 まず第一に熟練した医師で8,9割と大きな字で書いてあるが,解説がないので素人は誤解し易い。本文には80%,90%と書いてあるがそれでも誤解が起こることは同じだ。この数字は小田,荻野両氏の多洞炎の手術成績であるが,素人は手術を受けた1人の患者の蓄膿症が8-9割しか治らない。完全には治らないと受けとる。100人の中80人90人が根治し,あとの20人30人はさらに手を加えることで治るのであるから理想に近い成績のはずである。

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基本情報

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耳鼻咽喉科
42巻10号 (1970年10月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0386-9679 医学書院

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