- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
Ⅰ.はじめに
耳鼻臨床の手術の中で,扁摘は鼻手術とともに,平時,もつともしばしば行なわれる手術であり,扁摘ほど耳鼻臨床にとつて,その病巣の上からも,数の上からも,深い関係をもつものはない。しかるに,その麻酔に際してはショック死,手術に臨んでは術中,術後の大出血に,突如遭遇すること多く,しかも,ショック死は最悪事態で,術中,術後の大出血は,多く実質性出血であり,かつ,呼吸,咬扼運動に制約されて,外科におけるような簡単,確実な止血法は不可能である。これらの苦き臨床経験は,他のすべての手術にはみられない手術不安感,ひいて手術忌避感を招き,これらのことは,日耳鼻会報創刊以来約70年間,各号に,全国的に,毎回記載警告されている。また,これにより,昔から,巷間の術中偶発事故(死も含めて)は,これら記載の何倍かあるいは何十倍か実在していたであろうことは想像される。この大問題解決のため,古くから,多くの研究はなされたが,その多くは,事故後,基礎医学の観点よりのもので,臨床的解決に直接結びつくものでなく,臨床方面よりの研究も,完全予防の根本的の解決策を提示したものは,まだみることはできない。
私は大正末期より,以上扁摘の種々の経験をへてきたが(幸いに偶発死の経験はないが,命を縮める出血重篤例には数例遭遇した),その長い臨床上の経験にもとづき,粘膜下注射液の異物的刺激による,麻酔液の毛細血管への滲透吸収を考え(毛細血管動態学)昭和36年初めて関東地方会に,安全なる扁摘局麻法として,安全にして,普遍性ある簡単確実なる方法により,ショック,出血を全部解決して,安心裡に施術できる方法を学会報告して,以来改良法を学会報告に重ね,現在では,全国で800カ所の専門諸家が追試,好成績を収めている。しかるに,いまだに学会報告なき事故の発生をしばしば各方面より耳にするのは,いまだに,私の提唱している安全法が拡がらず,依然として,危険きわまる従来の局麻法,全麻法によるものと思われ,誠に遺憾に堪えない。扁摘は患者の安全性と最小の侵襲度(精神,肉体,経済)第一になされなければならないことは,多言を要しない。これらの考慮なく,ただ扁摘終了すれば,手術成功の考えは,排除すべきであろうと思われる。患者の侵襲度に,細心の配慮は,術創早期治癒,早期社会復帰に直結するし,また,術者の手術不安感は,患者の不安恐怖感を反応的にまねくことと考えられる。
Copyright © 1970, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.