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昭和45年7月19日の朝日新聞の科学欄に「蓄膿症はなおるか」という記事が出た。この内容には数日前に私が森暁雄記者に話した資料が数多く引用されていた。ところが読んでみて驚いた。恐らく科学部の幹部が執筆したものであろうが,資料を正確に引用していないだけなら苦笑してすませよう。しかし熟読玩味してみると底意のある計算で悪用してあることを嗅ぎとつた。多分左傾化した記者の思想から出たもので,読者の啓蒙記事本来の使命を忘れたばかりか,医師という階級を窮地に陥し入れようとする作意が感じとられる。そのために蓄膿症患者が誤つて医療を不信し,絶望するマイナスなどてんで意に介していない。実に巧い構成で文章の端々には蓄膿症は治らぬとは書いていない。だが引用した資料の排列や塩梅から治療の成績は悪いそという印象を巧みに盛りあげている。つまりは真実を曲げているのだ。そればかりでなく一部の悪質の専門家の愚劣な言葉を引用して学会の真摯な研究努力をくさしている。その言葉たるや戦友を背後から射つ卑劣な兵土のごとく,正しい批判でなく,ただ非難せんとする的はずれのものである。混乱した現代の偏向した思想が医学のこんな領域にも魔手を伸ばし始めたと感じて反駁を試みることにした。
まず第一に熟練した医師で8,9割と大きな字で書いてあるが,解説がないので素人は誤解し易い。本文には80%,90%と書いてあるがそれでも誤解が起こることは同じだ。この数字は小田,荻野両氏の多洞炎の手術成績であるが,素人は手術を受けた1人の患者の蓄膿症が8-9割しか治らない。完全には治らないと受けとる。100人の中80人90人が根治し,あとの20人30人はさらに手を加えることで治るのであるから理想に近い成績のはずである。
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