LiSA 19巻3号 (2012年3月)

徹底分析シリーズ 3.11から学ぶ

巻頭言 稲田 英一
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2011年3月11日2時46分,皆さんはどこで,何をしていただろうか。揺れ動く病院の中で,心のどこかで自分の家族や愛する人のことを案じながら,患者のために必死で活動していた人も多いだろう。東日本大震災とその後の状況は,私たちの人生観を,そして世界観を変えるようなインパクトをもっていた。いまだに行方不明の人々への思い,原発事故による放射能への不安,失業を含めた劣悪な生活環境など,3.11の波及効果は計り知れない。家族や親しい人々を失った悲しみ,思い出の品を失った悲しみ,住む家や故郷を失った悲しみや苦しみにあえぐ人々が数多くいる。

 本徹底分析では,被災者の立場や,被災地の真っただ中で診療した医師の立場,現地での医療支援をした医師の立場,後方支援をした医師の立場などから,多角的にこの大震災について考えてみることにした。

 家族を失った麻酔科医の手記や,Japan Medical Association Team(JMAT)や福島医科大学被曝医療班の活動,災害時の「こころのケア」への対応などに関する稿が含まれている。また,岩手医科大学附属病院や,石巻赤十字病院,東北大学病院,福島県立医科大学附属病院などにおける帝王切開の状況など,当時の被災地の医療事情について述べられている。そして,後方支援態勢や,災害に備えた日頃の準備や訓練,事業継続計画(BCP)について,今後へ向けて考察している。

 いまだに解決されていない問題は何か,私たちが日頃からなすべきことは何かを,医療者として,また一人の人間として,今一度考える機会になればと願っている。

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平成23年の冬。盛岡市内は,ほぼ例年と同じような師走を迎えていました。多くの人たちが,忘年会やクリスマスで街に繰り出しています。私も,例年通りの年末を過ごしていたつもりでしたが,奥さんの「今年のおせち料理はどうしよう?」の一言で,現実に引き戻されてしまいました。毎年,年末年始は陸前高田の実家に帰省して過ごしていたのですが,今年から実家という存在そのものが「消えて」しまったのです。

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2011年3月11日14時46分,東日本大震災が発生。地震によりライフラインは途絶したが,建物の損傷は少なく,自家発電や貯水などにより病院機能は保たれた。14時50分に当院会議室に災害対策本部が設置され,15時43分には1階フロアにトリアージエリアの設置が完了。しかしこの時,沿岸部には未曾有の大津波が押し寄せ,石巻市も40~50%が浸水。当院以外の医療機関のほとんどは機能停止に陥った。

 こうして石巻赤十字病院は,壊滅的な被害を受けた石巻医療圏の医療を一手に担うこととなる。手術室でも多くの手術に対応する準備がされたが,予想に反して手術室は平穏であった。

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原子力災害において,震災前のわれわれに不足していたもの,それは原子力災害や放射線事故対応に必要とされる「コミュニケーションcommunication」と「エデュケーションeducation」だった。そしてこれは,医療全般においても危機的状況に直面したときに必要なものである。

 未曾有の大災害が起きた。地震,津波により福島でも多くの尊い命が奪われた。そして原子力災害,情報災害が追い打ちをかけた。その影響は根深く,現在も多くの住民が避難生活を余儀なくされ,低線量の放射線影響に不安を感じている。“Step 2冷温停止状態達成”,その現実は,循環注水冷却のホース1本に日本の将来が託された,なんとも頼りない状況なのだ。

 今回の複合災害でわれわれにできたことは,多くの方々の力を借りて直面する問題に対峙することだけだった。再び同様の事象が発生したとき,いかに行動すべきか,突然の大災害に遭遇した医療者が何を感じたのか,何が足りなかったのか,本震災から学ぶことは何か,当時の記憶をたどり考察することは,医療者の一人としての責務と感じている。

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今回の地震が,近年観測された大地震のなかでも特異な性質を示した一つの要因として,地震の規模や津波被害に加えて,発災時刻が平日の日中であったということが挙げられる。病院ではあらゆる精密医療機器が稼働している真っ只中であった。手術室でもいつものように手術が行われており,筆者も全身麻酔をしていた。筆者が勤務していた東北厚生年金病院は,病院機能の停止という判断を余儀なくされるほどの甚大な被害を受けた1)

 本稿では,新米麻酔科医の視点で全身麻酔中の被災体験を紹介するとともに,仙台市での被災生活にも新米パパの視点から触れる。

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手術室で働く麻酔科医には,個々の患者に麻酔(周術期全身管理)を提供する役割と,手術部の運営を担うコーディネーターとしての役割とがある。

 帝王切開は「最も延期しにくい手術」である。災害時,一麻酔科医としてどう帝王切開に向き合うか。麻酔法という面では,帝王切開は脊髄くも膜下麻酔で行われることが多いが,全身麻酔も選択できるし,状況によっては,局所麻酔+鎮静でも可能である。ただし,癒着胎盤など,大量出血が予想される症例では,輸血準備や子宮動脈塞栓術などの止血バックアップが必要になることもあり,そのようなハイリスク症例は,広域搬送を考慮することになるだろう。

 今回のような広域災害においては,1件1件の帝王切開準備をどうするかということ以上に,その地域全体で(限られた医療資源のなかで),必要な分娩(帝王切開も含めて)をどのように行うか,搬送体制も含めたコーディネートが決定的に重要であり,その意味では,「手術部の運営を担う」麻酔科医としての役割が大切になる。

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災害は,いつ,どこで,どのように発生するか誰もわからない。しかし,起きた災害から1人でも多くの人命を救い,被害を最小限にとどめるのが,医療界はもとより人間の永遠の課題である。

 今回の大震災で災害医療に大きな関心が寄せられた。ただ,災害医療支援は,平時から準備をしておかないと,迅速に行動することができない。そのため,「自分も何かしたいのに,どうすればいいのかわからない」といった気持ちを抱いていた読者も多いのではないだろうか。

 そこで本稿では,筆者らが実際に行った災害医療支援の活動にもとづき,事前の備えについて述べる。なお,発災直後(72時間以前)と,それ以降の慢性期の医療支援に行く際で,必要なものは違ってくると思われるが,今回は各期間に共通するものを取り上げる。

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この1年間,日本全体が東日本大震災の影響を受け,いろいろな思いを募らせたが,われわれ医療者は何を学んだのであろうか?

 1年前の震災発生当日,沖縄にいた筆者は,震災発生5日目に被災地へ向かっていた1)。筆者らの初陣2)から始まった沖縄県JMAT(Japan Medical Association Team)はその後,79名の医療者を岩手県に約2か月半にわたって継続して派遣した。その累計診察患者数は約5000人にのぼり,支援する側,される側の双方がある程度満足できる結果であった。

「自分にできることがあればやりたい」という気持ちを“気持ちだけ”にしないために,筆者が経験し,災害時支援に必要と感じた三つの要点を紹介する。

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4月の中旬に,筆者は医療支援チームとして東北に向かいました。任務は避難所の巡回診療でした。震災から1か月が経過しており,地元の医療機関も復興しつつあったので,支援活動の縮小もささやかれていた時期です。さまざまな母体から参加しているチーム同士で情報交換をしていて,こんな話を聞きました。

「震災から1か月,避難所は落ち着いて見えた。そんななか,穏やかに並んでいた診察希望者の1人が,突然に立ち上がり話し始めた。家族が家ごと津波に流された時の状況を淡々と,まるで何の感情も感じていないかのように。」

 この話を聞いたとき,筆者は急性ストレス障害acute stress disorder(ASD),外傷後ストレス障害posttraumatic stress disorder(PTSD)の診断基準(表1)が頭に浮かびました。

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衝撃的なあの平成23年3月11日から早くも1年近くが過ぎようとしている。震災は多くの人に衝撃を与え,実際の被害も甚大であった。100年に1度といわれる災害を経験し,まさに日本国民すべてが自らの人生を含めてすべてを見直す機会になったと言っても過言ではない。われわれ医療にかかわる者とて,例外ではない。事実,震災直後からおびただしい数の医師,看護師,その他の医療者から,現場の報告と防災に対する提案がなされた。ようやく,震災直後の洪水のような情報発信も下火になり,今回の経験を改めて見つめ直し,今後の防災対策を冷静に考える時期になったといえる。

 本徹底分析でも,さまざまな立場,視点から災害に対する備えについて触れられているが,本稿では災害に対する「平時の準備」に重点を置き,これまでとは異なる視点で,本当に役立つ防災について考えたい。

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東日本大震災では,物流の停滞や工場の被災により,一部の薬物の安定供給に支障が生じ,被災地の患者だけでなく全国の患者が影響を受けることとなった。麻酔科領域では直接の影響は少なかったが,帝王切開で児の娩出後に投与するオキシトシン(アトニン)が不足して,その使用法を見直す契機となった。

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早いもので東日本大震災から1年が経過しようとしている。現在もなお,原発問題は解決をみず,被災地の復興も始まったばかりであるが,報道から得られる情報からは,着実とした現地での営みが伝わってくることに感動を覚える。

 発災直後には,筆者の勤務する東京もある意味で“被災地”であり,災害拠点病院として,あるいは麻酔科医として,何ができるのかを考えさせられた。麻酔科医は整備された環境でのみ機能する特殊な職種で,災害医療とは最も離れた立場にある。日々の診療を確実に,そして安全に行うことでさえ多くの努力が必要であり,決して余裕のある環境とはいえまい。そうした現状を維持しつつ,後方支援を考えることは,麻酔科医のみでは解決の糸口を見つけることさえも難しい。

 私立大学麻酔科のメーリングリストを用いて行った情報交換について,という原稿依頼があったが,成果に乏しかったことも事実であり,それは災害医療と麻酔科医という組み合わせで危機管理がなされていないことを物語っている。

症例検討 癌治療と麻酔

巻頭言 本田 完
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癌に特別な麻酔管理はあるのか。特別な機器を使用したモニタリングは必要か。術後呼吸管理は必須か…?

 本症例検討は,先月号の徹底分析シリーズ「最近の癌治療」とワンセットの臨床編である。麻酔科医だけでなく,あえて内科医,外科医の諸氏にも検討していただいた。近年,術前に補助化学療法や放射線治療が行われた症例の癌根治手術や,鏡視下手術例が増えている。また,患者の高齢化が進み,術前合併症も多様になっている。安全な手術は,関連各科の風通しのいい“場”に生まれるのであろう。

 高価な各種モニターや,何台ものシリンジポンプやパソコンに囲まれた,コックピットさながらの手術場で麻酔をする有能な若き麻酔科医を見ると,浅学な老人麻酔科医の小生は,心配になる。「木を見て森を見ず」「術野を見ずしてモニターを見つめる」と。高価なモニターも,所詮は人間という高等動物が開発したものである。モニターを賢く使うのも人間,暴走させるのも人間である。そう,電気を作る機械を作るのも人間,暴走させるのも人間,医療とて同じだろう。

 逆説的だが,ここは女性の脛に見とれて神通力を失った久米仙人になりたいものである。もちろん,ここでいう神通力はモニター類だ。だいじなのは生身の人間なのである。

 提示した症例のなかには,仮想ではなく,現実の症例も含まれている。本稿が風通しのいい周術期管理の一助になることを願う。

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症例

62歳の女性。身長146cm,体重42kg。3年前に右乳癌に対して右乳房切除術を受けた。術後化学療法〔ドキソルビシン+シクロフォスファミド+パクリタキセル(AC-T)〕を施行。半年前に骨転移,肺多発転移が見つかった。疼痛に対してMSコンチン100mg×2/日を投与されていたが,やがてMSコンチン300mg×2/日に増量され,除痛はVAS 2~3と良好であった。在宅加療へ向けて準備を行っていたが,院内トイレで転倒受傷し,右上腕骨と左大腿骨頸部を骨折。両骨折に対して骨接合術が予定された。術中に,仰臥位からビーチチェア位への体位変換を行う予定である。

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症例

62歳の女性。身長146cm,体重42kg。3年前に右乳癌に対して右乳房切除術を受けた。術後化学療法〔ドキソルビシン+シクロフォスファミド+パクリタキセル(AC-T)〕を施行。半年前に骨転移,肺多発転移が見つかった。疼痛に対してMSコンチン100mg×2/日を投与されていたが,やがてMSコンチン300mg×2/日に増量され,除痛はVAS 2~3と良好であった。在宅加療へ向けて準備を行っていたが,院内トイレで転倒受傷し,右上腕骨と左大腿骨頸部を骨折。両骨折に対して骨接合術が予定された。

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症例

67歳の男性,身長170cm,体重55kg。胸部食道癌。20年前に胃潰瘍で胃切除(詳細不明)。術前補助化学放射線療法として,フルオロウラシル(5-FU)/シスプラチン+35Gyが施行されている。Hb 10.2g/dL, CCr 50mL/min, BUN 22mg/dL,Cr 1.3mg/dL,PaO2 74mmHg。最近,ときどき頭がボーッとすることがある。開胸開腹胸部食道亜全摘+結腸再建+頸部郭清術が予定された。

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症例

67歳の男性,身長170cm,体重55kg。胸部食道癌。20年前に胃潰瘍で胃切除(詳細不明)。術前補助化学放射線療法として,フルオロウラシル(5-FU)/シスプラチン+35Gyが施行されている。Hb 10.2g/dL,CCr 50mL/min,BUN 22mg/dL,Cr 1.3mg/dL。最近,ときどき頭がボーッとすることがある。開胸開腹胸部食道亜全摘+結腸再建+頸部郭清術が予定された。

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症例

67歳の男性,身長170cm,体重55kg。胸部食道癌。20年前に胃潰瘍で胃切除(詳細不明)。術前補助化学放射線療法として,フルオロウラシル(5-FU)/シスプラチン+35Gyが施行されている。Hb 10.2g/dL, CCr 50mL/min, BUN 22mg/dL, Cr 1.3mg/dL。最近,ときどき頭がボーッとすることがある。開胸開腹胸部食道亜全摘+結腸再建+頸部郭清術が予定された。

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症例

67歳の男性,身長170cm,体重55kg。胸部食道癌。20年前に胃潰瘍で胃切除(詳細不明)。術前補助化学放射線療法として,フルオロウラシル(5-FU)/シスプラチン+35Gyが施行されている。Hb 10.2g/dL, CCr 50mL/min, BUN 22mg/dL, Cr 1.3mg/dL。最近,ときどき頭がボーッとすることがある。開胸開腹胸部食道亜全摘+結腸再建+頸部郭清術が予定された。

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症例

46歳の男性。身長173cm,体重56kg,喫煙30本/日×25年。特段の既往,術前合併症はなく,2か月前に右上肢のしびれにて受診し,胸壁浸潤を認める右肺尖部腫瘍と診断された。シスプラチン+エトポシドによる化学療法と45Gyの放射線照射後に腫瘍切除が予定された。

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46歳の男性。身長173cm,体重56kg,喫煙30本/日×25年。特段の既往,術前合併症はなく,2か月前に右上肢のしびれにて受診し,胸壁浸潤を認める右肺尖部腫瘍と診断された。シスプラチン+エトポシドによる化学療法と45Gyの放射線照射後に腫瘍切除が予定された。

 腫瘍の浸潤が左心房壁の一部と鎖骨下動脈にも認められ,同部も合併切除することになった。上記操作中に急激な血圧低下(収縮期血圧60mmHg)と不整脈をきたした。

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症例

46歳の男性。身長173cm,体重56kg,喫煙30本/日×25年。特段の既往,術前合併症はなく,2か月前に右上肢のしびれにて受診し,胸壁浸潤を認める右肺尖部腫瘍と診断された。シスプラチン+エトポシドによる化学療法と45Gyの放射線照射後に腫瘍切除が予定された。

 腫瘍の浸潤が左心房壁の一部と鎖骨下動脈にも認められ,同部も合併切除することになった。上記操作中に急激な血圧低下(収縮期血圧60mmHg)と不整脈をきたした。

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症例

66歳の男性,身長160cm,体重50kg。舌癌に対して舌亜全摘+両側頸部リンパ節郭清,腹直筋皮弁による再建(マイクロ下血管吻合)が予定された。術前補助放射線療法が施行されている。ヘビースモーカーで,アルコール多飲歴あり。導入後,気管挿管を試みるが,舌根部が持ち上がらず,喉頭展開不良。再度換気を施行し,再び気管挿管を試みるが,挿管できなかった。気管支ファイバースコープの挿管も,口腔内分泌物や出血によって良好な視野が得られない。外科サイドから緊急気管切開が提案された。

 気管切開後にらせん入りチューブ8.0mmを気道へ挿入し安定後に手術開始した。頸部リンパ節郭清中に突然SpO2 95%,PIP 20mmHg,VT 300mLへ低下したが,その後,SpO2が改善したので,手術を再開した。手術時間は8時間45分。主治医からの要請で,術後24時間の軽い鎮静を依頼された。

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症例

66歳の男性,身長160cm,体重50kg。舌癌に対して舌亜全摘+両側頸部リンパ節郭清,腹直筋皮弁による再建(マイクロ下血管吻合)が予定された。術前補助放射線療法が施行されている。ヘビースモーカーで,アルコール多飲歴あり。導入後,気管挿管を試みるが,舌根部が持ち上がらず,喉頭展開不良。再度換気を施行し,再び気管挿管を試みるが,挿管できなかった。気管支ファイバースコープの挿管も,口腔内分泌物や出血によって良好な視野が得られない。外科サイドから緊急気管切開が提案された。

 気管切開後にらせん入りチューブ8.0mmを気道へ挿入し安定後に手術開始した。頸部リンパ節郭清中に突然SpO2 95%,PIP 20mmHg,VT 300mLへ低下したが,その後,SpO2が改善したので,手術を再開した。手術時間は8時間45分。主治医からの要請で,術後24時間の軽い鎮静を依頼された。

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症例

82歳の女性。身長148cm,体重38kg。2日前より下腹部痛があり,入所介護施設から夜間緊急で来院した。CRP 8.6mg/dL,白血球数(WBC)9800/μL,筋性防御ややあり。Hb 10.0mg/dL,BUN 32mg/dL,Cr 1.5mg/dL。虫垂炎を疑って経過をみたが,炎症反応の上昇があったため,緊急開腹術となった。家族は遠方にいて来院していない。認知症はない様子である。

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症例

82歳の女性。身長148cm,体重38kg。2日前より下腹部痛があり,入所介護施設から夜間緊急で来院した。CRP 8.6mg/dL,白血球数(WBC)9800/μL,筋性防御ややあり。Hb 10.0mg/dL,BUN 32mg/dL,Cr 1.5mg/dL。虫垂炎を疑って経過をみたが,炎症反応の上昇があったため,緊急開腹術となった。家族は遠方にいて来院していない。認知症はない様子である。

連載

Editorial拝見
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Anesthesiology

Editorial:

Canet J, Castillo J. Ketamine:a familiar drug we trust. Anesthesiology 2012;116:6-8.

Article:

Eikermann M, Grosse-Sundrup M, Zaremba S, et al. Ketamine activates breathing and abolishes the coupling between loss of consciousness and upper airway dilator muscle dysfunction. Anesthesiology 2012;116:35-46.

ケタミンは実に興味深い薬物である。静脈麻酔薬であったが,麻薬指定を受けている。ほかの静脈麻酔薬と異なり,静注や持続静注だけでなく,筋注も経直腸投与もできる。研修医時代に,チアノーゼ性心疾患患者に筋注で使用したのを覚えている。鎮痛作用もあり,熱傷患者のドレッシング材交換時などにも使用した経験がある。新皮質や視床は抑制するが,網様体賦活系や大脳辺縁系を賦活するため,解離性麻酔薬と呼ばれる。脳代謝率上昇や,脳血流量増加,頭蓋内圧上昇を起こす点も,チオペンタールやプロポフォールとは異なっている。

連載 基礎研究のススメ~あなたもやってみませんか?~・5

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前回までで,論文を書くためのデータ収集およびその評価までを述べました。次は,論文を書く方法論にするのが順当なのですが,それを述べる前に,「投稿後,査読者の手に渡った原稿は,どのように評価されるか?」をご紹介します。

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連載 ファイルリンクとハイパーテキスト・12

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ハイパーテキストのシリーズの終わりに,これを存分に応用して最近行った仕事を説明します。江戸時代の作品の現代語訳です。

連載 ヒューストン留学記(その後):68

夢は密かに見るもの 石黒 達昌
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from LISA
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■山口瞳がかくも野球通とは知りませんでした。柳原良平のいつものイラストを意匠に,江分利満氏の『昭和プロ野球徹底観戦記』が上梓されました。もっとも,本書に収められたものの大半は「報知新聞」や『漫画讀本』への寄稿,当時小学生の身としては知らなくて当然。その彼の「プロ野球は年々つまらなくなるようなきがして仕方がない」の文章,平成プロ野球批評ではないかと疑いたくなってしまいます。で,なぜつまらなくなったか,それは,野球が「野球」ではなく「勝負」になってしまったから。「プロ野球らしい,野球の専門家らしい冴えたプレイをみたい」のであって,「勝負がみたいならTVのスポーツ・ニュースを見ればよい」と言います。なんだか,これも平成の話。

 勝負,すなわち「結果“outcome”」。で突然,何の脈絡もなく,有明の血液癌専門家の言葉を思い出しました。「最近のジャーナル,統計がどうのこうのと,いわゆる症例報告がないがしろにされ,それどころか排除されつつあるのは残念」。そして,「若い人はすぐにエビデンスは?と言い,ないと応えると,鬼の首を取ったかのように,その治療を否定する…そこには治療の必要な患者がいるのに」と嘆かれていました。江分利満氏なら「臨床家らしい冴えた臨床力をいかに発揮すべきか,まさに見せ場,結果だけならジャーナルのメタ解析を読めばよい」となるのではないでしょうか…。今月号の「ヒューストン留学記(その後)」にも,システム化しやすいEBM偏重にふれ,「1件でも著効例があるのなら,それに賭けてみたいと思うのが人間でしょう」とあります。さらに,ブックレビュー。「『聴く』ことの力にすがる臨床哲学の必要性を痛切に感じてほしい」との書評者の訴えは,臨床医学における,いわゆるエビデンスがない治療に一縷の望みを賭ける患者,人間の声を聴くことにつながるかもしれません。

 で,連想はさらに飛び,フランスの高名な外科医のもとに留学した人から,聞いた話。留学初日,彼が言われたことは「外科医としての腕を磨くには,ひたすら患者と向き合い手術をすること。そして,既存の治療法でも患者が治らないとき,そこで初めて研究を考えればよい」ということ。その後,教育の場についた彼は,若手にどんどん手術をさせていたら,「楽してますね」と言われたとか。LiSA創刊前に聞いた話。そういえば,今月の症例検討のトビラには久米仙人の逸話。要は,医療の現場(臨床)における生身の人間をみることの重要さ。言わずもがなのことが,なぜ今言われなければならないのか…。

 で,今月の徹底分析で考えさせられたことは,メタ解析では切り捨てられてしまうだろう,現場での壮絶な格闘。生の声を聴き,共感し,そのうえで,分析・統合し,新たなステップに向かって行きたいもの。江分利満氏は「理外の外」と言います。「セオリーとしては正しいのである。ただし勝負としては何かが欠けている」,「いいと思ったのが実はよくない。悪いと思われたのが実は好機となっている。それは野球のセオリーまたは世間の常識からいえば,おかしいのであるが,現実はそんなふうに進行する」と。

基本情報

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LiSA
19巻3号 (2012年3月)
電子版ISSN:1883-5511 印刷版ISSN:1340-8836 メディカル・サイエンス・インターナショナル

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