看護学雑誌 46巻1号 (1982年1月)

特集 遷延性意識障害患者の家庭復帰

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はじめに

 医学の発達と看護の質的向上に伴い遷延性意識障害状況の人々は増大し,多くの課題が提起されているにもかかわらず,今なお遷延性意識障害患者に対しての人々の理解は低い.さらに,福祉制度や核家族の問題だけでなく,患者管理に困難なことが多いなどの種々の問題があり,患者は医療施設での生活を余儀なくされているのが現状ではないだろうか.

 しかし,私たちは遷延性意識障害の患者でも病院や福祉施設での生活に終わることなく,家族とともに家庭で生活していくことが人間として自然であり,幸せではないだろうかとも考え,看護活動を行ってきた.その結果,患者が家庭で生活することが可能であること,家族が満足していることも確認できた.今回,看護目標を家庭復帰と設定した事例を通して,取り組みの過程をまとめてみた.

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はじめに

 脳神経外科における意識障害を伴った重症患者は,ある一定の急性期を過ぎると慢性化し,いわゆる植物様状態になることもまれではない.このような患者の転帰は合併症をもって死亡するか,より積極的な治療が見いだされないまま一般状態のみが安定し,長期入院となる場合が多い.当院では大学病院の特殊性として,こういった患者が発生したら,専門の病院を紹介して転院させるか,もしくは患者本来の生活の場に帰すようにしている.

 さて,今回の論文の中心となる遷延性意識障害をもった患者は,基本的欲求そのものが広範囲に障害されているために,患者を家庭で看る場合,家族の全面的な介助を必要とする.このことは家族にとってかなりの負担であり,不安も大きい.そういった家族の負担や不安を少しでも軽減し,患者の基本的ニードを少しでも多く満たせるようにするためには,退院前の家族に対しての指導が極めて重要となってくる.

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はじめに

 予後不良と言われる悪性腫瘍患者も医療技術の進歩により,長期生存が可能となっている現在,医療従事者および家族が一体となり,患者の幸せを考えた治療・看護が益々必要と思う.当病棟は,約1/4が寝たきりの患者で占められ,緊急に治療が必要な患者の入院に支障をきたしている.そのため,急性期を過ぎると関連病院への転院を勧める現状である.しかし,多くの障害をもち長期の療養生活が必要な患者でも,可能ならば家族の一員として家庭の雰囲気の中で生活することが,患者にとっては最も望ましいと考える.

 私たちは今回‘転院するなら家に帰りたい’と望んだ家族の言葉を足がかりに,多くの障害をもちながらも自宅療養へと援助できた事例を経験し,家庭のもつ意味の深さを改めて考えさせられた.その援助について報告する.

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はじめに

 核家族化が進んだ現代では,患者が肉体的障害を残したまま家庭へ退院するのは容易なことではない.ことに長期にわたる意識障害患者いわゆる‘植物人間’と呼ばれる患者が,家庭へ退院できるのはまれなことである.当科においても植物状態患者は,入院したまま死を迎えるか,または家族に便利のよい施設へ転院するという例が多い.

 患者の人間性を尊重し,可能性を信じるならば,患者にとって最も望ましいのは,家族のそばで療養に専念できることであろう.また,入院が長期になると,家族の疲労や経済的負担も大きくなり,付き添うことが困難になったり,面会の間隔も遠くなってくる.そこで,意識障害を残したまま自宅へ退院したケースを経験したので,意識障害患者の自宅療養の問題点を考えてみたい.

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はじめに

 成長期にある小児の入院はできる限り短期間とし,1日も早く家庭に帰すように援助する必要がある.しかし多くの障害をもつ児の家庭養育への移行は難しい.生命の危機が去り,激しい緊張状態から緩和された後,長期におよぶ障害児の養育は,その家族,特に母親にとっては大きな課題である.そして,入院中の看護から退院へ向けて,看護婦として退院指導へのかかわりは重要である.

 継続看護の展開へ向けて努力する中で,脳炎によって重度の意識障害と機能障害を残したまま家庭養育に移した患児の看護を経験した.その2事例の経過を報告し,具体的な退院指導の実際と家庭養育上の問題点を探り,看護婦としての対応を考察する.

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はじめに

 遷延性意識障害患者は,通称‘植物人間’と言われ,患者の存在は広く社会に知られているが,実態はその数すら全国で,2000人とも3000人とも言われ,正確に把握されていないのが現状である(宮城県の患者数を全国比で算出したものが,通常いわれている).今回は,医療ソーシャルワーカーとして,患者家族とのかかわりの中から,患者実態とその心理社会的経過をふまえ,家庭復帰した事例に焦点をあて,問題点と課題を検討してみたい.

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家庭に帰るのが自然とは?

 本誌 第11回日本看護学会看護総合分科会で‘遷延性意識障害患者の自立’という題で,北大の脳外科の方がたとえ遷延性意識障害患者でも家庭とか,本人の身体状況とか,色々な条件さえ整えば,家庭に帰すほうが患者さんにとって自然ではないかという発表をされました.今まではそういう患者さんは家庭へは帰せない,ということが脳外科の常識であったと思うんですが,家庭に帰したほうがよいという考えがいつごろから,どういうところから生まれてきたかを,お話しいただければと思います.

 進藤 十分に歴史的にさかのぼって語ることはできませんが,私がある程度体験してきたことを話したいと思います.患者さんの家庭復帰に際しては条件が整うことは絶対必要条件ですが,条件が整ったから自然だというようには考えていません.

続・ホスピス アメリカ合衆国の末期医療の現場報告・1

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はじめに

 1981年の夏,アメリカ合衆国(以下,アメリカ)東部のホスピスを数か所訪れる機会が与えられた.1979年と1980年の2度にわたり,イギリスのホスピスを視察してきた筆者にとって,イギリスとアメリカのホスピスの差を知りたいという思いが自然にわいてきた.

 長い伝統をもつイギリスには50ばかりのホスピスしかない.それに比べて,ホスピスの考えが導入されてまだ数年しか経過していないアメリカにおいて,既に500以上のホスピスがあるといわれているが,この数字からだけみても両者間に差があることが予想される.

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はじめに

 甲状腺機能亢進症には,多くの合併症がある.中でも甲状腺クリーゼは,交感神経系機能異常を主な病態とし,放置すれば確実に死に至り,また積極的治療によっても,その約20%が死亡するとされている緊急事態である.今回,私たちは,甲状腺クリーゼを発症し早急に呼吸管理を必要とした重症患児の看護を経験した.本来ならICUでの管理が適切な例と考えられたが,今回,一般病棟で看護せざるを得ない現実の中から,バイタルサインの判断の困難さ,闘病意欲をもたせることの大切さ,そしてコミュニケーションが一方通行の場合の看護のあり方など,多くのことを学ぶ機会を得たので,経過および看護の展開を紹介し,考察してみたい.

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はじめに

 近年,交通事故による傷害がますます増加し,なかでも下肢の重度の複雑骨折患者は,社会復帰に至るまでに長期の治療期間を要し,また後遺症としての機能障害のために,元の職種への復帰が難しい場合が少なくない.本事例は単車事故による左下腿開放性粉砕骨折で,開放創が大きく,また複雑な骨折のため下腿切断の診断がなされたが,患者は切断を強く拒否して,当院へ転院してきた.

 当院において,創外固定術による整復を行い,開放創の治癒促進のために薬浴を試みた結果,肉芽形成は予想以上に効果を上げ,創は縮小し,2次感染も防止できて,その後の骨移植術,骨切り術も行える皮膚にまで改善され,最終的には切断することなく,短下肢装具を使用して歩行ができるようになり,元の職場に復帰することができた.

学生の広場

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先般帰国した際に,いろいろな方面の方がたから,アメリカの看護大学への留学の方法について尋ねられた.希望はもっているが,どこからどう準備したらいいのか分からない,というのがほとんどであった.そこで,ここでは私の体験を混じえて,アメリカ合衆国(以下,アメリカと略す)への看護学生としての留学の方法を具体的に情報提供し,今後の参考にしていただきたいと思う.

NURSES' VIEW

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現在の新しい職場に変わって早くも6か月.職場への適応に戸惑いながらも,看護を学ぶ学生の新鮮で真摯な態度や,屈託のない明るさに励まされつつ毎日を過ごしている.看護のABCを学ぶ1年生と向かい会う時には,教育することの責任を強く感じ,多少マンネリズムの2年生には,看護への強烈な動機づけは何であろうかと考え,さらに3年生に対しては,臨床実習において学生自身の持つ看護の力をどのように引き出し,発展させてゆけばよいのかと模索し,それぞれに結論という結論も持てないまま,あくせく講義や実習指導に携わっている.

 学生は臨床実習を体験することにより,はっきりと変化する.自己の内部に看護を確かなものとして受けとめ成長する者,看護に失望し挫折してゆく者,合理主義・ノルマ主義や傍観的態度で看護を受けとめる者など多種多様である.学生のこのような変化は,教育する者と教育される者との相互関係で論じられなければならないが,少なくとも,教育する側の教育的責任としては,将来,看護を担う学生の‘のびる可能性’を認め,導き出すということを考えなければならず,さらには,‘のびる可能性を持つ学生’を挫折させないということだといえよう.臨床実習で看護を学ぶ学生は,受け持ち患者を通して看護にふれてゆく.

ホームケア・1 新宿区立区民健康センター訪問看護婦のリレー随筆

独り生きる 山崎 摩耶
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 月曜日,出勤すると今週のスケジュールに目を通す.ああ,また息つく暇もなさそう…….そう思った時,机の上の電話が鳴った.

‘もしもし……?

アイディア

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従来は尿意不明瞭な患者の採尿は,おしめと尿器を当て,1kgの砂のう2個で固定していた.しかし,体動が激しかったり,患者自身が外してしまったりするため,確実に採尿ができなかったり,砂のうが汚れたりする欠点があった.これらを改善するため,砂のう収納用の袋を作成した.

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自己血圧測定は体重・体温,そして脈をみることと同様に,今日では一般家庭でも広く行われるようになってきている.従って,呼吸についての観察も含めれば,通常バイタルサインといわれているものは,医療担当者でなければ正しくとらえられないというものではなくなってきている.血圧測定は,少し前までは医師のみによって行われていたものであり,ナースですら正しい測定方法を知らない者が多かった.しかし,今日では一般人に血圧の正しい理解を広め,そして正しい血圧測定の技術を教育することは,ナースにとって大きな役割の1つとなっている.

 測定技術の教育には,まず測定する者が血圧についての正しい知識を持つことが必要である.そのためには,ビデオ,カセットテープ,スライドなどを用いた教育が効果的である.技術の修得には,種々の教育装置や機器が用いられるが,基本的には測定された値が信頼し得るか否かを,客観的に示す必要がある.そのためには,双子聴診器によって技術に修熟した者と一緒に血圧測定を行う方法1写真Vが最も簡単であるが,一度に多くの対象者に教育する場合には,電気聴診器を用いる方法もある(写真2)

カラーアトラス 褥創・13

仙骨部と仙腸関節部の褥創
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仙腸関節部に発生する褥創はまれであるが,この症例は同一患者で仙骨部と左仙腸関節部に同時に発生した症例である.

症例38歳,男性,1979年3月転落事故で第11胸椎骨折,脊髄損傷,完全対麻痺となった.直ちに某病院へ入院,同年10月退院し,車椅子で就業していた。1981年1月就業中,患者の不注意から写真1にみるような仙骨部と左仙腸関節部に褥創を発生した。某医院で通院加療していたが,治癒しないため当院へ紹介され,同年2月入院した。

フレツシュ婦長

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福山市民病院に来てから4年3か月,婦長になってようやく1年,若いフレツシュな婦長さんである.50のベッド,27名のスタッフを抱え,若いだけに苦労も多いようである.特に1980年10月からは心臓外科が開設され,開心術後の患者さんが外科病棟に入ってくるので,技術的なことなど,すぐにも必要になることの勉強が大変.でも,そこは若さでカバーして…….外科というのは自分の感覚に合っているな,とも思うのですが,患者さんとじっくり話す時間がだんだん少なくなっているようで,自分でも気になっているんです」精神科の経験もあるせいか,患者さんとじっくり話せないことに不満を感じているようだ.「でも,これも婦長になりたてで余裕がないからだとも思うのです.今は事故なくやるのが精いっぱいなんですから,婦長としての仕事にもう少し余力がでてくれば,きっとやれるはずだと思っていますし,そうしなければいけないとも思っています」

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 モーニングケアやイブニングケアが,入院患者の日課にきちっと組み込まれて,実際に行われていたのは何時ごろまでのことであろうか.先日,ある看護婦にこのことを話したら,‘えっ,モーニングケアをしない病院があるなんて信じられないわ!’と言うのでモーニングケアの内容について問うてみたところ,深夜の看護婦が,動けない患者におしぼりを配って,含漱の水を配ることをさして彼女は“モーニングケア”と称していた.

 そこで“モーニングケア”とはそもそもなぜ,何を行うことをいうのかについて考えてみる必要がある.つまりどのような行為や技術がセットとなって“モーニングケア”を構成しているのであろうかということである(表).

看護ミニ事典

滅菌・消毒/筋電図 宮前 卓之
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語義

 滅菌(sterilization)とは,物質中のすべての微生物を殺滅または除去することをいう.すなわち,物質中に生存している微生物は,病原性の有無にかかわらず,1つ残らず殺滅または除去することを目的とし,処理後は,いかなる微生物も生き残っていないことを意味する.

 これに対して,消毒(disinfection)は,物質中の病原微生物を殺すか除去することによって,人体に無害なレベルまで低減することをいう.消毒後は,必ずしも無菌であることを意味しない.また,消毒の概念には,熱や消毒薬に対して抵抗性の強い細菌の芽胞やカビの胞子までも殺滅することは通常含まれていない.言い換えれば,物質中に非病原微生物,病原微生物のごく一部,芽胞や胞子がたとえ生き残るとしても,それが感染を起こすことがないレベルまで少なくするのが消毒である.

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ブラフ・ホスピタル(山手病院)が横浜港を望む山手に建てられたのは,今から100年以上も前の1867年(慶応3).明治政府が樹立される1年前,横浜在住の英・仏・蘭人のための病院として建てられた.第2次世界大戦で一時閉鎖されたが,戦後,米・英・仏・蘭の領事らが理事会をつくり再建された.

 看護はアメリカのシステムが導入されたため,日本の看護界で‘患者中心の看護’が声高に叫ばれる以前から,すでに文字どおりの‘患者中心の看護’が実践されていた。この病院では‘医師と看護婦は車の両輪’と,実際に言われてきた.医師の診療介助にそれほど力をそがれない分だけ,本来の看護そのものに集中できる.

コンピュータを学ぶ人のために・13

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胃が痛くなる

 和田 今日,話し合いの前に婦長さんが僕の所に来ましてね.それで,なんかえらい深刻な顔してるんですよね.何かと思ったらね,今日また話し合いがあるからって前の資料をもう1回目を通してみたら,アンドとかオアというのがわからないものだから胃が痛くなってきちゃった,と言うんです.近藤さんにしてこれだからなあ(笑).

 近藤 だって,前のことがわからないと,今日のこれからの話だって全然わからないんじゃないかと思ったら,なんか心配になってきちゃって(笑).

喫煙の生理・衛生学・6

喫煙と虚血性心疾患 浅野 牧茂
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我が国の虚血性心疾患死亡率

 喫煙習慣と関係の深い循環器系成人病としては,まず虚血性心疾患を挙げることができる.これは粥状硬化(アテローム硬化)が基盤となった冠状動脈の狭窄や閉塞によって起こる疾患で,①労作性狭心症(前回参照),②心筋梗塞,③中間狭心症,および④無痛性虚血性心疾患(虚血性心電図所見を有し症状のないもの,および慢性心不全,心房細動,心ブロック)が含まれる.特に,致命的な場合の少なくない心筋梗塞は重要である.

 虚血性心疾患(ischemic heart disease, IHD)は心冠疾患(coronary heart disease, CHD)とも呼ばれ,脳血管疾患および悪性新生物とともに国際的にも高い死亡順位を占め,3大死因のひとつとされている.しかし,我が国のCHDについてみると,最近(1975年前後)の世界主要33か国の標準化死亡率国際比較では,男女とも最も低い位置にある.1)男子では最高のスコットランドで304.8(人口10万対)に比べ,我が国は43.4で約1/7,女子でも同様にイスラエル142.4に比べ25.5で,約1/6に過ぎない.

肝臓病・胆のう病・膵臓病Q&A・10

膵炎 関 孝一 , 松本 和子
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急性膵炎と慢性膵炎の違い

回復期に外分泌・内分泌の機能障害=慢性

 Q これまで肝臓と胆のうの病気についてお話を伺ってきました.今回は,膵臓病のうち“膵炎”についてお話を伺いたいと思います.

看護に生かす交流分析・8

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すでにご紹介したように,人間は,乳児期には‘接触欲求’を,幼児期には‘承認欲求’をもつが,大人になると‘時間の構造化’と呼ばれる,自分の時間を有意義に使いたい,自分の人生を意義あるものにしたいという欲求をもつに至る.交流分析は,これらの基本的欲求がそれぞれの成長過程において適切に満たされることが,人間の健全な肉体的・精神的発達に不可欠であると考えている.

 今回は,大人の基本的欲求である‘時間の構造化’への欲求についてご紹介したい.

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 助産婦学校を出て、助産婦として砂川市立病院産科で勤務をしていたが、脊髄に腫瘍ができ、手術を受けた。良性だと言われていたが、術後放射線照射を受けたため「かなりの覚悟はしました」 一回目の術後は右手が麻痺しただけでまだ歩行できたが、看護学校の教務に入って一年後に再度手術を受け、下半身麻痺の後遺症が残ってしまった。

 電話でインタビューを申し込んだ時、スンナリは承諾を得られなかった。今の職場で看護婦として働き始めて二年目で、仕事自体模索しながら行っている状態なので、あまり語れないという理由だったが、車椅子看護婦は珍しいからということでは受けられない、仕事そのもので評価してほしいという気持ちが込められての応答だったのかもしれない

エージング・レポート イギリスの老年医療見てある記・1

イギリスへの出発 青木 信雄
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出発大阪→グラスゴー19時間

 1979年2月26日夕方,私はあわただしく大阪空港を発ち,アンカレッジで朝を迎え,北極圏の氷山・氷海を眼下に見やりながら夜に入り,3回食事をとる以外はほとんど寝て過ごし,翌27日の早朝,ロンドン・ヒースロー空港に着きました.いかにも地球をひとまたぎしたという感じでしたが,ここからさらに飛行機を乗り換えて目的地のグラスゴーに到着したのは27日の午前9時,出発してから約19時間後でした.タクシーで,以前週刊誌のグラビアで見たことのある中央駅構内のホテルへ.しかし,そこは満貝で断られ,手近なホテルを教えてもらい,やっと落ち着く先が決まりました.

 どんよりとした小雨模様の日でしたが,寒さは緊張していたせいかあまり感じませんでした.重たいスーツケースを引きずりながら初めてみる異国の街を少しばかり歩きました.街路の両側には100年以上を経たと思われる真っ黒く煤けたビルが建ち並び,舗道はぐちゃぐちゃとぬかるみ,街角には灰色やピンク色の大きなポリ袋が置かれているのが目につきましたが,これは後から聞くとゴミ回収業組合のストのためでした.

素手でつかむ看護 心に残るマラウイでの生活・1

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 マラウイはタンザニア,モザンビーク,ザンビアに囲まれた小さな農業国である.日本の1/3という国土面積の1/5をマラウイ湖が占めている.人口約600万人,数種族の人々が住んでいるためそれぞれ違った言葉を話すが,国語はチチエク語で,公用語は英語である.私が日本を発った時のマラウイに関する知識はまずこの程度であった.

 1978年4月初旬,スリランカーセイシェルーケニア経由でマラウイに入った.空から見たマラウイは真っ暗で,電気のない国に来たことを実感した.まず目についたのが,バンダ大統領の顔がプリントされた,赤・青・黄・緑地の民族衣装を着た女性たちだった.彼女たちは村や町から集まり,衣装の色別に分かれてトラックに乗り,歌いながら大統領の移動する度に出かけて行く.

基本情報

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看護学雑誌
46巻1号 (1982年1月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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