看護学雑誌 32巻1号 (1968年1月)

看護の潮 看護,1968年

特別企画・新春対談

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よい看護婦とは

 日野原 私は内科医になってからちょうど30年,看護教育に従事してから約25年になり,かなり看護婦さんと親しくタッチしています。きょうは,何を看護婦さんに期待するかというテーマで話をするようにということですが,何といっても,ナースは病人を扱う職業人であるということから,やはり病人をやさしく理解することのできる気持ちを持つ人間であってほしいということですね。私は看護の職業や技術的なことの前の段階として,つまり人間としてこれは最も大切なことであり,これがまず私の最初の言葉と思うんですが……。

●患者を慰める場でもある

 阿部 病院というのは病気をいやす場所であると同時に,患者を慰める場所でもあるんですね。そういう意味でいくらいやすことができても慰めることができなければ,看護婦さんとしてつとまらない。もちろん慰めるだけで,いやすことができなければいけないわけで,そういう意味で,この看護婦という職業は,非常にぼくは特殊な職業であるということを感じているんです。普通の職業に比べて,ある特別な人間性が要求されることは,考えようによってはかなりきついことだと思います。やっぱり病院がいやしの場所であると同時に,慰めの場所であるということをいつも頭において患者に接してもらいたい。そういう気持で,日野原先生と全く同感ですね。

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念願かなって入院

 変わった男だと思われるかもしれないが,私はだいぶ前から一度入院してみたい(もちろん瀕死の重症で入るのは困るが……)と考えていた。というのは,医学・医療関係を担当する新聞記者として,病院—それもできたら大学病院での患者生活を経験しておくのもむだではあるまいという,まことに新聞記者的な職業意識があったからである。

 ところが幸か不幸か,ことしの春,この年来の念願が,突然,かなえられることになった。昔,軍隊時代にわずらった肺結核症の再発の疑いと,さらにインズローマ(膵ランゲルハンス島腫瘍)の疑いも加わって,順天堂大学医学部付属の順天堂医院に入院することになったのである。

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日本女性総看護婦論

 私は昨年から今年にかけて,前後2回入院しました。最初は白内障手術のため,東京の某有名私立大学病院で約1か月,2回めは内科疾患治療のため和歌山労災病院で110日,合わせて約5か月間を病院で過ごしました。

 看護婦さんたちのことについては以前から相当の関心をもっており,ことに近年看護婦不足のため,医療施設の利用もままならぬことがしばしばであると聞いておりましたので,2回の入院生活は私にとって,またとない“勉強”の機会を与えられることになりました。

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病院生活をふり返って

 思いがけないことに,今春から10月末まで,日赤中央病院に娘が入院し,看護婦さん方のなみなみならぬお世話になった。

 娘は脳腫瘍の疑いで,他の病院から日赤へ移り手術をしていただいた。病気もむずかしい病気なのだけれど,とりわけてわたしどもの娘は,日赤に移る前から意識はなく,手術後も数か月,意識は戻らなかった。ようやくリハビリテーションの施設に入るために,退院したいま,まだ娘はベッドに寝たまま,マヒはないのでしあわせだけれどまだ歩けない。

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 明治100年を迎えるに当たり,明治初期の医療と看護のあり方を回顧してみるのも意義あることと思い,勧められるままに筆をとった。しかし問題の範囲はなかなか広いから,ここには,私自身が直接見たり聞いたりした事柄についてだけ述べることにする。

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時代の空気にかかわりなく

 医学,というよりも技術としての医術は,他のもろもろの技術とちがって,直接的に人間の生命そのものとかかわっている。それは,生命を救い,身体の苦痛を減じる。そのことが医術に,他の技術とはちがった特殊な位置を与えている。

 それは,一種の聖職というべき職業である。「医は仁術なり」などという特殊な職業観は,やはりこうしたところから生まれているのだろう。

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現役ナースを退き,主婦の座につき,家庭人として,社会人として活躍されている方がたの目から,あらためて看護を見なおし,地域社会に家庭生活にあって看護をいかにとらえ,いかに活用されているか,また現場に対するきたんのない意見をもふくめて話しあっていただいた

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 これは読売新聞(宮城版)が,昨年6月,国立西多賀療養所で起こった—准看護婦のミスによる過失致死事件をとりあげ,日本看護協会看護婦会宮城県支部の協力をえてまとめた看護婦問題のレポートである。本誌編集部ではこのキャンペーンにみられる,一般社会の看護婦問題に対する視角を重要と考え,要旨を抜粋してお贈りする。

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つい最近 日本看護協会がその20年の歩みを祝ったのは良くも悪しくも看護がその社会における位置を着々固めつつあることの象徴であった。そして さまざまな場所での各々とりどりの行為とその指向するものが土台を造りあげてきたことは今更いうまでもないだろう。

明けて申の年。さらに一歩その土台を確固たるものにと願い 豊かな看護の流れにつなぐ日々の生活と意見の一端をうかがってみたいと思う。

女の職場—保母
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ちょっと見たところ,仕事といい,1人前になるまでの教育過程といい,ナースによく似た職業である。高校出て2年間の保母学院での勉強には,現場での学習もふくまれている。2才児から6才児までをあずかり,乳児の場合は6人に1人,幼児の場合(3才以上)は30人に1人の割合で面倒をみる。研究活動も,かなり活発におこなわれているようだが施設によつては,雑役に追い回され十分な勉強ができない,とのコエも聞くという。健康な子に病気をさせないように……が彼女たちの希いだ。

チームを組む人びと・4—薬剤師
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受付け 薬価計算 袋の作成と処方記入 調剤や注射の払い出し 製剤 品質鑑定 管理さらに薬に関する情報の整理提供と仕事の内容は多岐にわたる。誤りのないこと 職場の清潔について厳しいことなどは性質柄言をまたない。

薬剤士への道は整備されていて4年制の薬科大学で学び国家試験を得て免許取得に至る。近年女性の進出がめざましく ここでも8割が女性 全国的な傾向という。細やかな神経を要するところが向いているのだろうか。「好きでないとできない仕事だわ。一日中立ち通し それにお給料が安いのが不満ね。看護婦さんには もっと薬についての基本的知識をもって欲しいナ」

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チェコスロバキアでは,ここ数年ポリオの発生が皆無の状態だ。写真のように子供たちはみんなワクチンの恩恵に浴することができるからである。ポリオが大量発生してしまったあとで,ワクチンのストックが無いとうろたえるどこかの国とは雲でいの差ではないか。

なおまたチェコでは,社会主義的な医療政策がゆきとどいた結果,だれでもいつでも医療をたのむことができる。だから,写真のようにサナトリウムはいつも満員のにぎわいなのだ。

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迷信(めいしん)新村出編の「広辞苑」によれば,「宗教的・科学的立場からみて,迷妄と考えられる信仰」とある。その判定の標準は常に相対的で,ふつう現代人の理性的判断からみて不合理と考えられる,低級な民族諸信仰・卜占などをさす。迷信であるか,ないかの判定は,その基準が相対的であるというあたりにむずかしさがあるといっても過言ではなかろう。ある特定の疾患をもつ人が,ある信仰に入り平愈したからといって,その信仰に入れば,どんな疾患も治るというものではない。しかし,“病いは気から…”というように,多くの病人のうちには,気のもちようひとつで回復し,あるいはそのテンポが左右されるというケースがある。宗教的・科学的両立場から判断しなければならぬ必要がここにある。

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畑さんが25人の看護婦さんたちとエッセンのクルップ社病院に働きに出かけたのが1965年9月。滞独生活の印象を畑さんは語る。「ドイツでは看護婦はあまり条件のよい職場ではなく なり手も少ない。看護内容も日本の方が高度で認識を新たにしました。月給は高いけど物価も高いから生活は変わらないし 食物はまずい。日本はいいわ。」

ギリシアやイタリアなど外国旅行の目的ははたしたし また日本で働きたいという。

医学と看護1月のテーマ

脊髄損傷 鈴木 勝己 , 磯見 明
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はじめに

 脊髄は脊柱管内にあって脳から続き,第2腰椎椎体の高さで終わっている(成人では)。脳とは反対に,中央にH字状に神経細胞を集め(灰白質),その表層に伝導路である白質を配している。

 建設工事や交通災害が増加し,本症の発生も多くなっている。脊柱を折り曲げられたり(介達外力),直接叩きつけられたり(直達外力)して,脊髄が挫減される。多くは,レ線学的に脊椎の脱臼骨折が証明されるが,これの全然認められないこともある。

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はじめに

 近年,建設工事の増加および交通事情の悪化により脊髄損傷患者が増え,ことに労災病院はその性格上,労働災害にともなう外傷性の脊髄損傷患者が圧倒的に多く,受傷から社会復帰への過程に種々の問題点を抱え,長期の療養生活を余儀なくされているのが現状である。脊髄損傷患者の看護は救急処置に始まり,二次的障害,合併症予防と相まって全身症状が安定すれば早期に後療法ならびに整形外科的機能回復訓練を行ない,その残存機能をできるだけ高めるように技術的に指導し,適切な訓練作業を行なわせ,患者の持つあきらめや悲観的人生観を打破して社会復帰への意欲を持たせることである。したがってその目的は脊髄麻痺を完全に直すことではなく,麻痺のある肢体のままでもそれを上手に使いこなし,残された機能を最大に,失なわれつつある機能を最小限に喰い止めるように努力することである。ここにその一例を紹介し,脊損患者の看護についてまとめてみる。

連載 戦後看護史の断面を聞く・3

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●講習会補助費

 小林 保助看法ができたので現任の人たちの再教育がプログラムにあがってきたのですね。

 河村 それは厚生省もずいぶん努力され,各地へも指示されて実施には苦心されたけれども,保助看のすべての人びとが,教育してくれ,これからのために教育を,と自分たちを教育しろという要望も非常に多かった。私など新しい国がらとなり,社会の福祉へ奉仕する者として自らの専門職に自信を持つために,勉強したいというのは何と看護分野の同志たちは純粋なことか,と感動して役所や団体を基盤に講習会,研究会の開催に努力したんです。

連載 日本の医療を探る・10

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 救急医療の混乱にこそ,日本医療制度の欠陥が端的にあらわれている。一刻を争う救急患者が,救急指定病院に搬送されたにもかかわらず診療拒否にあい,幾箇所かたらい回しにされて手おくれになったり,日曜日に産婦人科病院を求めつつ,ついにトラックの中で分娩せざるを得なかったり適切な処置がとられなかったために後遺症が起きたり,その犠牲はあまりに大きい。生命にかかわる重大なことなのに,なぜ放置されているのか。

 しかし,このような場合でも,働く側からみれば一概にせめられない理由はあるとしても,こういう状態がひき続き起こることは許されないことである。

連載 ルポ・天主堂のそびえる島“黒島”【新連載】

島に着いた 木島 昻
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一等船客と洗面器

 あの,彼の島は何島,此の島は? と船室の両側の窓から,先刻出航した佐世保の相の浦港へおくられる大小さまざまの島を眺めて,地図と首っぴきの僕は忙しい。大きく分けて南北夫々に九十九島,正確には170余島をかかえた西海国立公園の公園界を出たのだろうか,間近に島影を見なくなった途端に60トンの黒島丸は大きくガブる。スルスルと空の洗面器が赤いじゅうたんの上を縦に転がって,カランと板張りの壁にぶつかってはね返ってくる。

 「遙けくも来たものよな—」,今朝,羽田を発って板付へ,博多からは急行で佐世保へ。そこまでは距離感を感じなかったが,午後5時,相の浦港発のこの船に乗ってどっと旅路の感興が湧いてくる。その昔,船医を勤めながら世界一周をした貨物船は1万トン近い巨船だった。ドクターの部屋にはベッドも机もソファーも,ペン,コップ,酒の瓶さえも,鋼鉄の船の一部になり切って固定されていた。冬の北太平洋は山のような黒い波が押し寄せて,丸窓から僕は海底にひきこまれ,やがて波の頂上に登る自分を,もてあそばされている運命とこわがらずに味わったことがある。そんな時でも,よほど間抜けな物の置き方をしない限り,部屋の中を灰皿やコップが転がることはなかった。

連載 率直なる自己・その4

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 この章で,著者ジャラードは,医療や看護に対して,一般の人びとが抱いている不満足感,非人格的な処遇,敵意などを解消する一つの方法として,看護教育の教育課程に《自己開示》Self-disclosureの概念を導入し,生理学的概念がすでに医療において統合化されているように,心理学,精神医学の諸概念をそれに加えて統合を図ろうと独自の提案をしている。以下,著者の論を追って紹介しよう。

 「健康の問題を専門領域とする教育者たちは,専門職としての実践行動の質を改善しようとする新しい方向を求めて,心理学,社会学,人間学,精神医学の各分野から基礎教育課程にそれらを統合した概念を組み入れようとしてきました。疑いもなく,この関心は専門家,患者のどちらからも生まれた専門的な看護の非人格的な性格に対する不満の結果なのです。この章で,第1に取り扱う専門職,医療と看護は,こうした統合化に関連して深い根拠があります。私はここで,精神医学の経験を基礎として,次第に深まっていくある種の確信について述べたいと思う。すなわち患者の自己と医師一患者,看護婦一患者関係の性質が病気と回復との要因となっているということです。」「看護学校での私の仕事中に,精神衛生と精神医学の概念の統合化の問題に内在している問題を自問したことがあります。

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幼少の頃から論語を学ぶ

 志賀潔は昭和33年1月23日に亡くなった。やがてその十周忌なので,ありし日の叔父(私の母の弟)の生涯を偲んでいる。

 志賀潔は明治3年(1870年)12月18日佐藤信の五男として仙台市に生まれた。そして幼少の時から生母の実家志賀家の養子になることにきまっていた。実父はもともと仙台藩士だったが,明治維新で,藩の政治がなくなり天皇の親政に統一されることになったので,藩士は職を失った。それで直吉の家も貧乏だった。

英文トピックス・4

Search for the Superpill
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 英語のナース(nurse)という言葉について,今月はあらためて考えてみたいと思います。

 nurseという語を辞書でひいてみると,動詞としてはまず第一に「乳を飲ます」という訳語が出てきます。次に「おもりをする」という訳が出,第3番目に「看護する」という訳が出てきます。そのほか「養う,育てる」という意味もあります。名詞としては「乳母」「保母」「子守」という訳語がはじめに出て,そのあとに「看護婦」という意味が続きます。

スピーチリハビリテーション講座・4

失語症 神山 五郎 , 竹田 契一
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失語症とは

 失語症とは,脳卆中・頭部外傷・脳腫瘍その他による中枢神経系の障害が原因となり,大脳の.一定の部分の機能がおかされ,既得の言語をコミュニケーションの目的のために満足に使用することができなくなっている状態をいいます.,もっと具体的に説明しますと,次に記すコミュニケーションの各種の面の一部または全部に障害が表われる状態をいいます。

1.話す能力

脳のはなし・10

創造性 千葉 康則
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〔10〕創造性

 私のこの「脳のはなし」は反射論,反映論の立場でまとめている。そうして,感情とか欲望とかいうものも,そういう立場で説明してきた。はじめに強調したように,このような考え方は,人間の行動が因果関係で結ばれているという考え方を裏づけるものである。そうして,それ故に「人間」を科学の対象となし得るという結論にもつながるから,看護は人間科学を土台とするべきだということになる。

 ところが,こういう考え方には問題がないわけではない。ないどころか問題だらけだ,といえないこともない。つまり,人間科学というものが問題にされる場合にはこの前提のところでつまずくことが多いのである。その問題点はいろいろあるが,いわゆる創造性について考えなければならない。

ナースのための臨床薬理・10

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アセタゾールアマイド Acetazol amide—ダイアモックス Diamox

 この利尿剤は,サルファ剤から誘導された有効な利尿剤の第一弾となったもので,やがて次に述べるベンツオサイアダイアジン誘導体(クロロサイアザイド系利尿剤)に連なる,いわば今日『の降圧利尿剤発展の導入門となったものである。以前から水銀利尿剤という強力な利尿剤はあったが,使いやすさの点,安全な点から,真に臨床価値の高い利尿剤として戦後はじめて現われたものであった。

 この利尿剤は,炭酸脱水素酵素抑制作用剤Carbonic anhydrase inhibitorに属するもので,尿細管に作用して,その炭酸脱水素酵素の作用を抑制して水素イオンの産生を抑え,原尿中のナトリウム,カリウムイオンと水素イオンの交換,再吸収を阻害して,利尿効果を来すのをその作用のしくみとする。

てんてき

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 人間というものは,丈夫な時は病気のことなど全く忘れて勝手な振舞をしているが,ちょっとでも苦痛や違和があったりすると急に大病になったのではないかと心配し,先生方を煩わすことになる。つまり何か身体に異常を感ずるとすぐお医者さんのことを考えるというわけである。それはそれで至って当り前なことではあるが,病院における看護婦さんの重要性というものが,特に日本では閑却されているのではないかと思われる。

 私は不思議なことに外国で3回ほど生死の間を彷徨った経験がある。最初は外交官になりたてでフランスに行き,語学の勉強中,友人とフランスー周を自動車でやることに定め,出発したところ,なんと第1日目で事故を起こし,私は左のコメカミの動脈を切り,しかも田舎のことで付近にお医者もおらず,やっと応急手当をされて救急車で病院に着いた時は大分出血していたようだった。そのためか傷口の縫合の時に麻酔もしなかったが,弱っていたせいかそんなに苦痛ではなかった。その頃(昭和7年)にはまだ輸血が十分普及していなかったのか,ポパイで有名なほうれん草のすったものとか,馬の赤黒いような血を飲まされたことを覚えている。病院はツールにあるカトリックの病院で,看護婦さんたちは年をとった人が多かった。なかなか親切で,こちらもまだ若かったせいか子どものように世話してもらった。馬の血を飲まされたというので,これからは鹿の肉は食べぬことにしようと笑ったものである。

医療プリズム

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 9月28日,三井三池三川坑内で自然発火がおこり,7名の死亡と多数のCOガス被災者を出したが,三井三池といえば4年前の11月7日,炭塵爆発をおこし,458人の死者と800人のCOガス被災者を出したことがまだわれわれの記憶に新しいところです。

 ところで明治以後の大きな炭坑災害は別表のようにたくさんくりかえされていますが,現在に至るまで,前近代的といわれる炭坑の災害がくり返されているのは,とりもなおさず人命の尊重という点が欠けているからであるといってもよいでしょう。かつては炭坑の労働は囚人などをつかい,囚人でない場合も,きくだにおそろしい“タコ部屋”の暴力の下で労働者をしばりつけ,こきつかっていたのですが,そうした人間無視の流れが「人問尊重」を口にする首相の国で依然としてつづいているのはどうしたわけでしょうか。彼が,ウソをついているのか,それとも悪意をもって自らの目をふさいでいるのでしょう。

クリニック・アイ

いつも痛い注射 木島 昻
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 放送局へ入局して20年。ラジオ・ドラマを皮切りに,テレビ時代に入るとテレビ・ドラマの製作に専念している友人に昨夜久し振りにあった。彼は職業がら,冷静に人間を客観視することがうまく,またするどいのでなかなか話がおもしろい。昨夜も次のような,痛い話を聞かせてくれた。

Medical Topics

健康保険の臨時特例法,他 T
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 夏の臨時国会でもめにもめた健康保険法の臨時特例法が2年の限時立法で成立し,8月24日に法律第140号として公布された。このうち初診料,入院料の一部負担金値上げは9月1目から,薬剤の一部負担は10月1日から実施され,追いかけるようにして薬価基準が改正され,一時は病院の窓口,事務が大変混乱したといわれている。

 今度のことは,いままで医師の立場を強調して高度の政治力で押していた日本医師会が,土俵ぎわでみごとなうっちゃりをくって土俵下に転落したという感じ,うっちゃった方もあわてすぎて土俵のそとにとび出した。

ナースひとり世界を行く・10

アフリカの暗い思い出 菅 和子
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/近代的な都会と奥地のジャングル/

 “アフリカ”という言葉から想像するものは,ジャングルであり,広い広い,ばかに大きい大陸であり,今つぎつぎに新しい国づくりの途上にあるところといえるだろうか。もっと簡単に頭に浮かぶことといったら,ターザン,ワニ,ゾウ,黒い人たち,探険隊……これではアフリカ人におこられそうだ。

 私の行ったアフリカは,大西洋岸のスペイン領サハラ,リベリアのモンロビア,ガーナのアクラ,フランス領モロッコのカサブランカ近辺だけである。そのどこも,中心地は東京をもっともっとゆったりさせたような都会であり,立体交差の道路がどこまでも続く近代的な新しい街の姿が見られる。そしてその奥地へ行けば,人間が足を入れたことのないジャングルがあり,砂漠があるのだから,驚いてしまう。

グラフ ニュース・ハイライト

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 今年でちょうど20年めを迎えた日本看護協会は,それを記念して去る11月18日(土)両国・日大講堂に皇后陛下と高松宮妃をお迎えして創立20周年記念式典を開催した。9時30分開式,金子光会長の式辞のあと,これまで看護事業に20年以上従事し,さらに創立以来協会発展と看護の向上に貢献した人達に,厚生大臣と協会会長から表彰状が授与された。そのあと「……会員の皆さんは,今後も一致協力してますますその職に励み,多くの人びとの期待と信頼にこたえるよう切に希望します。」の皇后陛下のお言薬があった。会場は終始おごそかな雰囲気であった。

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 創立20周年記念式典と同じ11月18日午後1時から,20周年を契機に第1回看護総合学会が,同じ日大講堂で行なわれた。ここでは,東京女子医大付属高等看護学校の小林富美栄先生の司会による「国民の健康と看護—保健と医療の総合化における看護の任務」と題してのシンポジウムが行なわれ,看護の立場から,佐久総合病院の小野里美さん(看護婦),香川県の山地うめのさん(保健婦),日赤産院の青木康子さん(助産婦)の3人,そのほか社会福祉,社会保障,実践医のそれ.それの立場からの講演があった。

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 さる10月27日,28日の両日,国立公衆衛生院大講堂において,第5回日本病院管理学会総会が開かれた。第1日の「自由論題」では,大森文子国立療養所中野病院総婦長,看護コンサルタントの都留伸子姉による「看護婦のリーダーシップ育成について」と題した,“感受性訓練”についての興味深い研究報告などがあり,また第2日の統一論題「病院組織と看護部門」では,立大,杉政孝教授らをまじえて活発な討論が行なわれた。

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 ペンシルバニア州フィラデルフィア市で,全米准看護婦連合(National Federation of Licenced Practical Nurse=NFLPN)の第18回大会が開かれた。NFLPNは,准看護婦の全国的な組織としては唯一のもので,1949年に組織され,現在2万8千の会貝をもち,支部組織も充実して活発な活動が行なわれている。スローガンは,当市にある歴史的に有名なLiberty Bell(自由の鐘)にちなんで“Ringing the Bell of Progress”(前進の鐘を鳴らそう)というもの。

 Faye G. Day会長のあいさつのあと,カンファレンスや研究発表など盛りだくさんなプログラムが展開され,また大会3日めはStudent Dayに定められて,特別な内容のプログラムが用意されていた。昼は,テーブルを囲んでなごやかな昼食会がもたれた。

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麻痺したる足を治せと駄々こねる媼看護りて今宵も長き

 〔評〕秋の夜長,そして媼のくり言,何かわびしい風景ではある。

付録

看護手順 歯科
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抜歯

顎嚢胞摘出

基本情報

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看護学雑誌
32巻1号 (1968年1月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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