連載 ルポ・天主堂のそびえる島“黒島”【新連載】
島に着いた
木島 昻
1
1小児科
pp.66-68
発行日 1968年1月1日
Published Date 1968/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661913844
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一等船客と洗面器
あの,彼の島は何島,此の島は? と船室の両側の窓から,先刻出航した佐世保の相の浦港へおくられる大小さまざまの島を眺めて,地図と首っぴきの僕は忙しい。大きく分けて南北夫々に九十九島,正確には170余島をかかえた西海国立公園の公園界を出たのだろうか,間近に島影を見なくなった途端に60トンの黒島丸は大きくガブる。スルスルと空の洗面器が赤いじゅうたんの上を縦に転がって,カランと板張りの壁にぶつかってはね返ってくる。
「遙けくも来たものよな—」,今朝,羽田を発って板付へ,博多からは急行で佐世保へ。そこまでは距離感を感じなかったが,午後5時,相の浦港発のこの船に乗ってどっと旅路の感興が湧いてくる。その昔,船医を勤めながら世界一周をした貨物船は1万トン近い巨船だった。ドクターの部屋にはベッドも机もソファーも,ペン,コップ,酒の瓶さえも,鋼鉄の船の一部になり切って固定されていた。冬の北太平洋は山のような黒い波が押し寄せて,丸窓から僕は海底にひきこまれ,やがて波の頂上に登る自分を,もてあそばされている運命とこわがらずに味わったことがある。そんな時でも,よほど間抜けな物の置き方をしない限り,部屋の中を灰皿やコップが転がることはなかった。
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