Cancer Board Square 4巻1号 (2018年2月)

特集 マインドフルネスを医療現場に活かす

  • 文献概要を表示

マインドフルネスとは、mind(こころ)とful(満ちた)とness(状態)から成る言葉です。

厳密に一貫した定義は確立されていませんが、「『今ここ』の体験に気づき(awareness)、それをありのままに受け入れる態度および方法」と表現されています。

マインドフルネスの発展には多くの人々が関与していますが、特にジョン・カバットジンが開発した「マインドフルネスストレス低減法」はマインドフルネスの臨床化に大きく貢献しました。

そして脳科学や行動科学の分野では、多くのエビデンスが蓄積されつつあります。

そこで本誌では、「マインドフルネスを医療現場に活かす」と題して、マインドフルネスの理論と実践を特集します。

これからマインドフルネスを学ぶ方、マインドフルネスを既に実践されている方、マインドフルネスを教える方のすべての人のために。

理論を学ぶ

  • 文献概要を表示

医療分野におけるマインドフルネス

 医療分野におけるマインドフルネス(mindfulness)の活用は、1970年代に慢性疼痛に対するマインドフルネスストレス低減法(mindfulness-based stress reduction;MBSR)として始まった(Fig.1)。MBSRは米国マサチューセッツ大学のジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)によって開発された。その概略と開発の経緯は本号の越川論文1(88〜92頁)に詳しいが、概説すると、MBSRはグループ形式の介入法で、瞑想とヨガを組み合わせ、セッション内でのメンバー同士の体験の共有を通じて、心と体のつながりや、思考のあり方が苦悩の原因となりうることを学び、それに対する新しい関わり方を身につけていくプログラムである。プログラムは毎週1回2時間半×8週間のセッションと、6週間目の週末の6時間のミーティング(リトリートと呼ばれる)からなる。1グループ30名ほどの参加者で行なうことができる2。基本となる内容は、formalな瞑想と呼ばれる、さまざまな形態の瞑想(ボディスキャン、坐瞑想、歩行瞑想、慈愛の瞑想、ヨガなど)と、informalな瞑想と呼ばれる、日常生活のなかでの日々の瞑想的な行動習慣の実践からなる。セッションは、前週の実践を土台にして次の週に進んでいく。受講者には毎日45分、週6日間ホームワークが課される。

 その後、1990年代に、英国とカナダのZindel Segal、Mark Williams、John Teasdaleらの研究グループが、反復性うつ病患者の再発予防を目的にマインドフルネス認知療法(mindfulness-based cognitive therapy;MBCT)を開発した。MBCTは、MBSRの技法と認知療法の技法を組み合わせたプログラムで、毎週1回2時間を8週にわたって行ない、プログラム以外の時間に毎回30〜45分程度のホームワークを行なう。1グループの参加者は最大12名である。プログラムでは、瞑想などのエクササイズのほか、認知理論に基づいた心理教育などを行なう3

  • 文献概要を表示

神経科学が広げた「脳とこころ」の世界

 近年、欧米を中心に、マインドフルネスやコンパッション(共感)*ⅰに基づいたさまざまな心理療法が開発され、医療の現場では、患者の治療としてだけでなく医療従事者のセルフケアとしても活用されている。長い間、仏教の修行者によって行なわれてきた智慧や慈悲の実践が、医療の現場で受け入れられるようになった背景には、それらの実践からメンタルトレーニングに関わる要素を取り出して現代的に再編集したことや、その効果を示す知見が積み重ねられてきたことが挙げられる。特に、2000年代に入ってからは、それらの効果を裏付ける神経科学な知見も示されるようになり、その信頼性も高まってきている。

 本稿では、始めに、メンタルトレーニングを神経科学研究の対象とするために必要不可欠な概念であった神経可塑性について概観する。次に、認知神経科学の知見を紹介しながら、マインドフルネス訓練が影響を与える認知機能について解説する。そのうえで、社会神経科学の知見を紹介しながら、コンパッション訓練が、共感疲労を低下させて思いやりや慈しみの感情を育む可能性について解説する。

  • 文献概要を表示

仏教瞑想のひとつとしての坐禅

 仏教の開祖とされるゴータマ・ブッダ(以下、ブッダと略記)がどのような生涯を送ったかということについて記された、いわゆる「仏伝」の内容には必ずしも歴史的事実とは言えないものが多く含まれている。したがって、我々としてはそれを「史実history」としてではなく、仏教の伝統が大切に守り育ててきた開祖についての「物語story」として理解し解釈すべきだろう。そして、この「物語」のなかには、仏教の教義や実践の本質を理解するうえで非常に参考になるエピソードがちりばめられている。本論考のテーマのひとつである仏教瞑想ということで言えば、ブッダが城を出た後、当時高名であった瞑想の師の所に赴き、その人物が教えている修定型(禅定と呼ばれる特定の境地に達することを目指す)の瞑想法を学んだというエピソードに注目しなければならない。彼は、まず当時既に確立されていた瞑想技法を師の指導の下で習得しようとしたのである。

 ブッダはこのようなタイプの瞑想に関して優れた才能があったらしく、久しからずして師の説く境地を極めることができた。しかし、それが「智にみちびかず、覚にみちびかず、寂静涅槃にみちびかざるもの」であることを知ってこの師の下を去っている。ブッダは更にもう一人の瞑想の師について学ぶのだが、そこでも同じことが繰り返されたにすぎなかった。この後、当時主流のもうひとつの宗教的行法であった苦行に取り組み、それを徹底的に試してみるのだが、それもまた彼が求めている人生問題の終極的解決には役に立たないと知り、それを放棄することになる。

実践を学ぶ

  • 文献概要を表示

はじめに

 がん患者へのケアとしてマインドフルネスの効果が初めて報告されたのは、2000年マインドフルネスストレス低減法を用いたカナダでの介入研究1であった。その後、がんとマインドフルネスに関連した報告は大幅に増加し、2017年11月時点において80件/年を超えるようになった。これはマインドフルネスに関連した報告全体の約10%に当たる。急激な増加の背景には、マインドフルネスに関するエビデンスが蓄積されてきたことは言うまでもない。しかし、その根底にはがんに伴う苦痛が身体的側面のみならず、心理・社会的、スピリチュアリティなどさまざまな側面に及ぶことや、患者が予測不可能な人生の局面に立たされ、死という実存的な苦悩に直面することから、生きる意味を模索するうえで活用できるよき杖となるものが求められているのかもしれない。ここでは、がん患者への心のケアの一環として実施しているマインドフルネス教室の実際と、マインドフルネスを体験した患者の変化やその効果も合わせて述べたいと思う。

  • 文献概要を表示

ホスピス・緩和ケアの現場でマインドフルネスをどう活かすか?

 仏教の修行法の中核をなすヴィパッサナ瞑想がマインドフルネストレーニングとして医学・心理学に取り入れられ、医療、教育、ビジネスから果ては軍隊教育にまで用いられるほど、マインドフルネスへの関心が高まっている。関連書籍は書店のみならず、コンビニにまでならび、まさしくムーブメントともいえる状況である。しかし、無宗教を含め多様な思想や宗教的バックグラウンドをもち、がん医療に携わる一介の医療者でしかない私たちは、このマインドフルネスをどのように日常診療、特に終末期の現場で活かしていけばよいのだろうか?

 マインドフルネスプログラムの代表であるマインドフルネスストレス低減法(mindfulness-based stress reduction;MBSR)やマインドフルネス認知療法(mindfulness-based cognitive therapy;MBCT)の指導者資格は、構造化したカリキュラムを履修したうえで与えられるが、わが国の有資格者はまだ少ない。指導者のマインドフルネス経験に基づく能力により効果に差異が認められており、経験の足りないマインドフルネス体験者が知った顔で跋扈することが危惧されている。マインドフルネス修行中の緩和医療医である筆者が本稿を語るのは心もとないことではあるが、読者の思いやりと優しさが深まることを祈念しつつ、ここでは自ら経験した終末期ケアに多職種が協働してマインドフルネスな関わりをもった事例について述べ、マインドフルネスを用いた終末期のInter-Being*ⅰな関わりの可能性について考察してみたい。

  • 文献概要を表示

燃え尽き症候群と共感疲労

 燃え尽き症候群(バーンアウト)とは、よりよい治療やケアを患者に行なおうとする強い意欲に溢れながらも、強いストレスに長期間曝された結果、極度の心身の疲労や感情の枯渇などをきたす症候群で、「情緒的消耗(疲弊感)」「シニシズム(熱意や関心を失う・脱人格化)」「職務効力感(の減退)」からなる。1970年代に米国で問題視され広く知られた概念で、日本でもその研究、対策が行なわれてきた1。北岡ら2の職種毎の調査では、看護師はどの職種よりも高い疲弊感とシニシズム、どの職種よりも低い職務効力感を示した。今後ますます医療技術が進歩し、専門知識や技術、高度医療の習得や習熟が求められていくなかで、更に患者の高齢化に伴う複雑な状況、倫理的な問題、葛藤が増えていることも相まって、看護を取り巻く環境はより厳しさを増していく。看護師のバーンアウトと職場環境に関する国際的な研究においても、バーンアウト状態を示した日本の看護師の割合は55.8%で、欧米諸国の約30〜40%に比べ非常に高いことがわかっている3

 看護師がバーンアウトにいたる強いストレスの背景には、看護師が患者へ向ける共感など、情緒的な負荷が影響している。看護の対象は多くの場合、身体の苦痛はもちろん、さまざまな喪失体験をし、心身社会的にも苦痛がある人、危機的状況にある人である。また、事件や事故、災害の被害者を対象とすることもある。このような看護に関わるなかで、苦痛を抱えた患者への共感そのものによって心理的疲弊状態に陥ったり、相手の外傷体験を自分のもののように感じたりして(二次的外傷性ストレス反応)、なにもできない疲労感に苛まれることがある。これは「共感疲労」と呼ばれ、感情的なバーンアウト状態につながりうる。特に、衝撃的な出来事を体験した人の支援者や災害の救援者、傷ついた人をケアする人に生じやすいものとされている4。この共感疲労は、ケアの代償、対人援助職の落とし穴などとも言われ、そこにはなにかしたいがなにもできないという状況、無力感や罪悪感が強く影響しているとも言われている。

  • 文献概要を表示

医療者の抱えるストレスに救いを!

 医療者は「医療の使命」を果たすために働いている。しかし、このやりがいのある大きな目的の一方で、現代の医療現場は非常に過酷である。医療者の労働には、広範な知識をベースとして、日毎にアップデートされる医学の技術的進歩に精通しつつ、そのうえで各状況に応じて医学的に適切な判断を下すことが求められている。誤った解釈や判断は患者の病状経過に重大な結果をもたらし、その後の生活に大きな影響を与えるからである。医療事故を避けるための医療安全も年々その重要性を増し、更にストレスは大きくなってきている。

 医学生に目を向けると、厳しい医学教育課程のなかで精神的な課題を抱え、留年や退学、場合によっては自殺にいたる学生が存在する1。また、研修医においても、過酷な業務を通してうつ病などの精神疾患を有したり、バーンアウトしたりする者もいる2。医療の専門職として高いレベルでの責任を負うことは、大きなやりがいであると同時に大きな「負担」にもなりうる。この負担は、汎用されているような形での単なる「仕事上のストレス」などというものにとどまらず、個人のレベルでは個人達成感の喪失・情緒的消耗・脱人格化を誘導し3、またはうつ病の発症率の上昇をもたらし4、病院組織レベルとしては、職員の離職率の増加56などとして現れ、組織全体に大きな影響を与える。そしてこの状況はなによりも、医療機関に援助を求めて訪れる患者に、質の高い医療を提供する場を確保できないことにつながる7

  • 文献概要を表示

G.R.A.C.E.とは

 医療人類学者であり仏教の師でもあるジョアン・ハリファックスは、1970年代から死にゆく人のケアに携わり、1990年にニューメキシコ州サンタ・フェに設立したウパヤ禅センターを中心に、死にゆく人のケアに携わる専門家のトレーニングを行なってきた。Being With Dying(BWD:死にゆく過程とともにあること)と呼ばれるこのトレーニングは8日間にわたる集中的なプログラムで、仏教瞑想を基軸にヨガやカウンシルと呼ばれるグループワークを織り交ぜながら、ケアする自分自身のあり方や死生観について体験的に探求するものとなっている12*ⅰ

 G.R.A.C.E.は、このBeing With Dyingのエッセンスを最新の脳科学や認知科学の成果に基づいて整理し、コンパッション(慈悲心・思いやり)3*ⅱに根ざしたケアのあり方を育むために構築された2泊3日のトレーニングプログラムである。2014年からハリファックス老師とジョン・ホプキンス大学看護倫理学部のシンダ・ラシュトン教授、ワシントン州立大学医学部のアントニー・バック教授によって指導されている。全体の構成は、G.R.A.C.E.それぞれの頭文字をとった5つのパート(G:Gathering attention注意を集中させる、R:Recalling intention動機と意図を想い起こす、A:Attunement to self/other自己と他者の思考、感情、感覚に気づきを向ける、C:Considering what will serveなにが役に立つかを熟慮する、E:Engaging and Ending行動を起こし、終結させる)と、イントロダクションとまとめを含めた7部で構成されている。

  • 文献概要を表示

2017年9月29日、京都大学の所有施設である清風荘において、「医学教育学プログラムにおけるマインドフルネスのワークショップ」が行なわれた。マインドフルネスにおいては、まずはやってみることがなによりの学びにつながる。今回、当ワークショップの取材を通して、参加者のリアルな感想や講師の解説をまとめた。読者の皆さんに「誌上での追体験」をお届けしたい。

キーパーソン

  • 文献概要を表示

ジョン・カバットジンと暝想の出合い

 わが国でもマインドフルネスという言葉をよく見聞きするようになった。マインドフルネスは仏教の修行法に端を発しているが、医学・臨床心理学の領域で用いられるそれは、宗教とは一線を画し、科学的データに基づいて適用されるものである。そのパイオニアがマサチューセッツ大学名誉教授のジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)である。

 彼のバックグラウンドは分子生物学で、1971年にマサチューセッツ工科大学(MIT)において、ノーベル生理学・医学賞受賞者のサルバドール・ルリアのもとで博士学位を取得している。このことは彼が仏教の修行法に源をもつマインドフルネス瞑想を、あくまでも宗教とは一線を画した科学的エビデンスに基づく技法として展開した姿勢に大きく寄与していると言える。

ティク・ナット・ハン 島田 啓介
  • 文献概要を表示

禅僧ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)が伝えるマインドフルネス

 近年知られるようになってきたマインドフルネスは、仏教に発する実践法である。それは、思考による判断や臆測を手放し、今ここで体験されている現実に意識を注ぐことと言われる。

 マインドフルネスの語源は、仏教の八正道*ⅰのひとつ「正念(パーリ語でサンマ・サティ)」である。八正道とは、ブッダが説いた四聖諦(苦をめぐる四つの真理)のうちの最後のひとつ、苦からの解放の道諦を実践するための八つの柱だ。

  • 文献概要を表示

経歴

 ジョアン・ハリファックス老師は1942年、米国のニューハンプシャー州で生まれた。医療人類学者として、また仏教の師として40年以上にわたり、死にゆく人やその家族のケア、教育に従事し、死と死にゆく過程をテーマに多くの著作、論文を発表している。初期の著作に精神医学者スタニスラフ・グロフとの共著『The Human Encounter With Death』1、また邦訳としては『シャーマン—異界への旅人」2、『死にゆく人と共にあること—マインドフルネスによる終末期ケア』3などがある。また、エンド・オブ・ライフケアのパイオニアとしてハーバード大学医学校、ジョージタウン大学医学校、ジョンズ・ホプキンス大学医学校など、多くの大学で講演や教育を行なってきた。2011年には米国議会図書館に特別招聘研究員として招かれ、死にゆく人のためのケアで培われた知見を共感と慈悲の脳科学的研究に結びつけ、医療者向けのトレーニングプログラムとしてまとめた「G.R.A.C.E.」を開発した。

 ハリファックス老師が死にゆく人に寄り添うきっかけとなったのは、幼い頃に経験した祖母の死であった。死ぬことを医学がまだ「病」として扱っていた1960年代初頭、「『死なせてちょうだい』『死ぬことを手伝ってちょうだい』と祖母が父に懇願しているのを耳にしたときのことを忘れることができない」として、ハリファックス老師は後に著書のなかでこう述べている。

  • 文献概要を表示

症例

67歳、女性。乳がん。

連載 臨床医のためのワンテーマ腫瘍病理[8]

欲しいものが欲しいわ 市原 真
  • 文献概要を表示

 病理医をやっておりますと、自分がわかるもの、わからないものなどが少しずつ見えて参ります。一方で、臨床医の皆さまからも、「病理医の得手不得手」というものはある程度お見通しのようです。しばしば、「ここは市原くんはわからないはずだから」などとお気遣いをいただき、電話で情報を共有していただいております。付き合いの長い臨床医ともなりますと、「先生こういうの興味あるでしょう?」とニヤニヤ笑いながら、難解な文献を大量に送りつけてくるのです。ありがたいことでございます。こうして無理やり(?)教えていただくことで、私の臨床力がじわじわ育っていることは間違いありません。

連載 これからの免疫療法の話をしよう[7]

  • 文献概要を表示

はじめに

 前回の連載第6回では、複合免疫療法について解説しました。また、トピックスとして、非小細胞肺がんでは薬剤の投与の順序が治療効果に影響を与える可能性があることを紹介しました。

 今回は、2017年9月に開催された欧州臨床腫瘍学会年次総会(ESMO2017)から、注目演題を解説させていただきます。演題は次の3つです。

①CheckMate-153試験:探索的評価項目でありながら免疫チェックポイント阻害剤(ICI)の投与期間を1年間投与して中止することが可能かどうかについて検証した

②CheckMate-214試験:進行腎細胞がんの一次治療として従来の標準治療であるスニチニブをコントロールアームとしてICIである抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用療法を直接比較した多施設ランダム化(無作為化)第Ⅲ相臨床試験

③PACIFIC試験:切除不能局所進行NSCLCに対して化学放射線療法後に抗PD-L1抗体デュルバルマブを投与する群と無治療経過観察する群にランダム化して比較した第Ⅲ相試験

なお、②③の両試験については、2017年12月末時点での国内外の承認が得られておりませんので、ご注意下さい。

連載 國頭ゼミの課外授業 わたしたちは、こう考える[1]

がん患者と代替医療 國頭 英夫
  • 文献概要を表示

はじめに

國頭 前回もお話しましたが、私は日赤看護大学で1年生を対象にコミュニケーション論のゼミを行なっています。これは『死にゆく患者と、どう話すか』(医学書院)に講義録としてまとめてあります。

 医学書院から、また本誌になにか書いてくれという依頼があったので、この子たちとまた議論してみようと思いました。ほとんど雑談企画ですが(笑)、前回は「わたしたちとA.I.」という話題を取り上げました。しかし、編集部から、「本誌は、がんの雑誌なので」と言われ、「第0回」扱いになっています(笑)。

 今回は、それでは、「第1回」として、ナースサイドからみて、「がんは他の病気と違うのか」を考えてみたいと思います。前回に倣って、キーワードをひとつ設定するのですが、「代替医療」ではどうでしょう。つい最近、ハワード・ジャック・ウェストというシアトルの内科医が、JAMA Oncologyに、患者向けの解説記事を書いています(“Complementary and Alternative Medicine in Cancer Care” by Howard Jack West)1

 二人の学生さんには、事前にこれを読んでおいてもらっていて、日本とアメリカの考え方の違い、みたいなものも念頭に置きながら話を進めます。

連載 Medical Oncology 2.0[3]

  • 文献概要を表示

医師のアタマのなかを覗いてみよう

 前回は日常診療のプロセスを「見える化」することで、がん診療で用いられるスキルや知識のロードマップを考えてきました。各診療プロセスの質を上げることで幅広くがん診療に対応することができるようになります。日常診療では同じ病気の方はいますが、同じ患者さんはいません。私たち、がんに関わる医師やメディカルスタッフは患者さん中心の医療(patient centered care)を実践したいと思っていますし、患者さん自身も自分に合った治療を受けたいと願っています。

 しかし、「どの治療が目の前の患者さんにとって最も利益があるか」という点については、原理的には事前に知ることができません。日常診療では医師としての経験や科学的エビデンスを参照しながら、患者さんにとってよいと思われる治療方法を提案していくことになります。今回はこの見えない部分である「医師の頭のなかで行なわれている治療の組み立て」についてケースをみながら次のEBMの手順に沿って考えていきたいと思います。

EBMの4つのステップ

 ステップ1:患者の問題の定式化

 ステップ2:必要なエビデンスの検索

 ステップ3:得られたエビデンスの質の評価

 ステップ4:診断・治療へのエビデンスの適用

連載 ID consult—がん患者の感染症診療[7]

術後腹膜炎 河村 一郎
  • 文献概要を表示

はじめに

 今回は、がん患者の術後腹膜炎(腹腔内膿瘍を含む)を取り上げる。術後腹膜炎は手術に関連する外科感染症で、術後早期に起こる場合は術中汚染によるもので、それ以降に起こる場合は吻合部縫合不全が原因であることが多い1。治療は感染巣のドレナージや解剖的機能の修復など外科的治療(ソースコントロール)が基本であり、時に抗菌薬治療が補助的に用いられる23

 こうした術後腹膜炎の診療において、外科医から感染症コンサルテーションを求められる場合がある。その主な内容はTable1に示したように、原因菌の推定、抗菌薬の選択・治療期間に関する相談である。

 本稿では、感染症医の視点から、前半で術後腹膜炎の原因菌や抗菌薬治療について概説し、後半で同内容をテーマとしたJOIS勉強会(2012年6月23日開催)で取り上げられたケースを紹介・解説する。

連載 目から鱗のがん薬物療法—薬学的視点からみたケーススタディ[8]

  • 文献概要を表示

研究もされている薬剤師によるカウンセリング

・昨今のがん薬物療法における薬剤師の役割は、従来行なわれている医薬品の管理・供給に加え、ベッドサイドでのさまざまな業務にまで展開するようになっています。また、薬学領域の研究においても、医薬品の特性に関する研究だけでなく、患者を対象にした研究も実施されるようになってきました。人を対象とする医学系研究に関する倫理指針、改正個人情報保護法などへの対応は、医学と薬学の領域に違いはなく、特に前向き研究の実施は簡単ではありません。

・当教室は、東北大学大学院医学系研究科医学統計学分野、東京大学大学院医学系研究科臨床試験データ管理学講座との共同研究として、薬剤師が実施する臨床研究を支援しています。共同研究の一環として、薬剤師のカウンセリングに関して、Ottawa Hospital Research Instituteの許可を得て、意思決定の葛藤尺度(decisional conflict scale;DCS)の日本語版を開発し、薬剤師による服薬説明の前後で、患者の意思決定がどのように変化するかを検討する前後比較試験を行ないました1。更には、薬剤師によるカウンセリングに対して、患者がどのような選好傾向(好み)があるかを明らかにしました2。本稿では、この取り組みを通じて得られた視点を述べたいと思います。

連載 レジメンマネジメントの流儀[8]

  • 文献概要を表示

はじめに

 前回は、レジメンの作成・マネジメントに必要な「情報ソース」について考えてみた。学会が発行しているがん種毎のガイドラインや、がん全体に関わる症状や状態に関するガイドライン、レジメンが記載されている書籍を紹介し、実際にレジメンを作成する流れや注意点について解説した。

 さて、今回は原点に立ち返って施設におけるレジメンマネジメントを紹介するが、実は初登場ではない。連載第3回において、レイアウトの見本として登場した浜松医療センターのレジメンを紹介する。

 浜松医療センターは静岡県浜松市にある佐鳴湖のほとりにある、600床を超える地域がん診療連携拠点病院である。診療所(医院)で初期診療を行ない、専門的な検査・手術や入院を要する診療については、高度な設備を有する病院が行なうことのできるという1、地域の医師が病院を利用できるシステムが採用されており(オープンシステム)、病診連携が盛んな地域である。

連載 漢方のすゝめ—支持療法における処方の考え方[3]

  • 文献概要を表示

はじめに

 第1回では、わが国におけるがん政策として、近年科学的エビデンスの得られてきた「漢方薬」を用いたがん支持療法が推奨されてきた経緯を紹介し、がん支持療法における漢方薬の重要性を示した。また第2回では、漢方薬として半夏瀉心湯を取り上げ、「合剤のなせる技—漢方薬の妙」として、構成される7種の生薬の全てが口内炎治癒に向かう合目的的なメカニズムを紹介した。

 今回は、基礎および臨床研究も最多であり、“なぜ効くのか?”の作用機序、“本当に効くのか?”の臨床研究に支えられ、がん患者の食欲不振、嘔気・嘔吐作用の改善に用いられてきている六君子湯研究の最前線を紹介する。

連載 病院でこの言葉は使えませんでした。[6]

  • 文献概要を表示

「そっち?」

 子宮頸がんの治療を終え、退院時に主治医に「なにか質問は?」と聞かれて、30歳代の女性が勇気を出して「いつからセックスできるんでしょうか?」と聞いたときの主治医(男性)の第一声は「そっち?」だったそうです。「アッ! 別にいいです」と答え、それ以来、彼女は性生活については病院で訊いてはいけないことと位置づけ封印しました。

  • 文献概要を表示

患者家族の一員としての子どもへのサポートとは?

 今回は、趣向を変えて患者さん家族へのサポートのなかから子どもへの支援に着目してみたいと思います。これまでも、がん専門相談員として医療ソーシャルワーカー(MSW)が患者さんを家族メンバーの一員として捉えること、つまり患者さんとご家族を1つのユニットとして捉えて支援している様子をお伝えしてきたかと思います。

 そうした家族に対する支援で欠かせない専門家との対話を通じて、皆さんと一緒にがん患者とその子どもへの支援方法について考えてみたいと思います。対談相手は、私の大学院の同期で、子どもに関する研究をしている、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(Child Life Specialist;CLS)の大曲睦恵さんです。

連載 人間はいつから病気になったのか—こころとからだの思想史[8]

  • 文献概要を表示

これまでを振り返る—「病人と病気」そして「痛み」

 これまでの議論を簡単に整理しておくことにしよう。内視鏡やX線写真の発達により、患者の自覚症状に先立って「病気」が発見されるようになる事態を、本連載は「病気」と「病人」の乖離と呼んだのだった。この事態がもたらした恩恵はもちろん計り知れない。症状が出た頃にはもう手遅れであるような病気が発見できるようになり、多くの命が救われてきたことだろう。一方で、「病気」が自覚症状から切り離されることは、あらゆる人を潜在的な病人にしてしまうことにもつながった。はた目には健康そのものの人の体から、初期のがんが見つかるかもしれない。仮になにも見つからなくても、いずれなんらかの病気になることは間違いない。遺伝子診断の時代になれば、そのような体ですら「治療」の対象となるだろう。人の体が生まれた時点で既に「病気」である一方で、医学の目的が相変らず「病気」の治療であるとするなら、できるだけ「生まれない」ことが推奨されるという事態も起こりうるだろうし、出生前診断においては、それが既に現実のものとなっているのである(本連載第3回「『生まれない』ための医学—エンハンスメントの未来」を参照)。

 生まれながらにして「病気」である私たちにとって、「慢性疾患」は、いわば生存の条件である。生きている限り「病気」を完治させることは不可能であるとすれば、現代医学にできることは、致命的な病を「慢性化」して、死をできるだけ遠ざけることにつきる。腎臓疾患や、近年であればエイズなど、かつては死が避けられなかったような病気が、継続的な治療さえすれば直ちに命を脅かすものではなくなったことは、やはり現代医学の大きな達成である。だが医学が治すことのできない慢性疾患は、かつては医学の敗北を意味したはずであり、慢性疾患を治療できない医学を批判する書物が、19世紀に数多く刊行されていたことを、私たちは確認しておいた(本連載第4回「慢性疾患は医学の敗北か?」を参照)。ところが慢性疾患状態が人間の生存の条件と化すことで、医学はそれに対する責任を免除される。医学が適切な処置を施した後にも残る慢性的な症状については、患者は黙って耐え忍ぶしかない。人工透析を受ける患者に対してネット上で噴出した自己責任論に対して、医師のなかにすら同調する者がいたことは、記憶に新しい。

連載 フクシマ日記—A diary from Fukushima[8]

  • 文献概要を表示

 いま、テキサス州サンアントニオからの帰国便の機中です。

 毎年12月に開催されるサンアントニオ乳癌国際会議(San Antonio Breast Cancer Symposium;SABCS)は、乳がん領域を専門とする医師にとって最も重要な国際学会であり、世界中からたくさんの医療関係者、医薬企業関係者、そして患者アドボカシーグループが集まり、小さなサンアントニオの街がこれらの人々であふれかえります。日本からも、若手からベテランまでたくさんの参加者があります。

連載 Art of Oncology[8]

  • 文献概要を表示

 私は、緩和ケア専門の外来診療に、かれこれ25年以上従事している。緩和ケア外来は、入院と違い短時間で病状と苦痛を評価して、方針を立て、対応策を検討する。そして、患者さんに短時間で説明して了解を得て、更にこの対応策で上手く行かなかったらどうするか、今後のことも予測して、次回の外来診療を予約する。この一連の診療は、集中力と判断力を要する過酷な作業で、体力も持続力も要求される。

--------------------

企画・執筆者紹介

次号予告と今後のご案内

Editorial

基本情報

21896410.4.1.jpg
Cancer Board Square
4巻1号 (2018年2月)
電子版ISSN:2189-6429 印刷版ISSN:2189-6410 医学書院

文献閲覧数ランキング(
5月21日~5月27日
)