看護学雑誌 46巻4号 (1982年4月)

特集 時代が生む神経症の子供たち

  • 文献概要を表示

子供の神経症的問題について

 はじめに,小児神経症について若干の整理を行っておきたい.

 小児神経症という場合,子供も神経症にかかるのか,という素朴な疑問がわいてくる.神経症すなわちドイツ語でいうNeurose(ノイローゼ)などというものは,ある程度自我が形成され,悩むべきものを悩むようになった青年期以降に現れてくるものであるような気がしてしまう.

  • 文献概要を表示

はじめに

 その時代を一番強く反映しているものが青年たちだとすると,次の時代を予感させるものは,もっと幼い‘子供たち’ではなかろうか.その意味で,子供たちは次の時代を孕んでいるといえよう.そしてその期待される予感の中で,次の時代にひとつの警告を発しているのは,精神的な問題を抱え,心の病をもつ子供たちであろう.

 精神的な問題を抱え,不適応をきたしているといっても,その現れ方は様々である.登校拒否,家庭内暴力,非行,食欲不振症,表1,2,3に示すような神経症的症状等である.それらの子供たちと社会との接点を精神科治療を通して考えてみたい.

  • 文献概要を表示

一般に登校拒否の背景には様々な要因が含まれていると言われているが,ある登校拒否児(M君)と2年の間,保健婦としてかかわる機会が与えられた.そのかかわりを明らかにしていくことで,彼自身が,立ち直っていく足がかりをどこに見いだし自立し得たかを考えていきたい.M君は現在寿司屋で働いている.6年間にわたる登校拒否の末,中学校を卒業できないまま大阪に就職したが,一所懸命働きながら調理師を目指している.

  • 文献概要を表示

はじめに

 神経性食欲不振症児は,当病棟の入院患者のかなりの率を占めている.病床数40に対して常時2名程度の入院患者がおり,多い場合には6名になったこともある.その症状の特徴として,食事の異常(摂食制限,過食,盗食),強度のやせ,異常な頑張り,治療者を試すような言動,治療者や親に対するすさまじい揺さぶりなどが挙げられる.

 神経性食欲不振症児の治療の難しさはよく知られているが,看護もまた困難を極め,日夜,その苦労を体験している.そこで,これら数多くの貴重な経験をもとに,よりよい看護の方法を検討する意味で,これまでも学会や研究会に参加してきたが,ここに1事例を挙げて分析,考察してみることにする.

  • 文献概要を表示

はじめに

 近年,器質的原因のない身体症状を訴える子供の入院が増加しているといわれている.その身体症状は本人の意識のないところで現れ,神経症と呼ばれている.神経性食思不振症もそのひとつであり,特に幼児期においては,母親の子供への接し方に原因があるといわれている.

 ここに紹介するNちゃんは食思不振のために著しい体重減少があり,脱水状態で入院してきた.訴えが正確にできない幼児なので,食思不振の器質的原因を調べ,異常がないことを確かめた.輸液療法などで体力の改善を図っていく中で,精神科受診の結果,母親に問題があることを指摘された.

  • 文献概要を表示

はじめに

 今日のように社会変動の激しい時代に生きている子供たちは,いろいろな面で時代の大きな影響を受けている.発熱・頭痛・腹痛などを主訴として入院してくる患児の中には,入院と同時にそれらの症状が消失するというケースが少なくない.私たちはそれらの症状の背後に,あるいは底流に何があるのかを見極める努力をしなければならない.

 牧田は,患者はこのような症状を訴えること,すなわち,このような入場券を呈示することによって,はじめて医療機構という劇場に入るとして,入場券としての症状について述べている.そして,入場券を示すということは,‘ここに何とかしてもらいたい問題があるんだよ’という信号を送っているということを強調している1)

続・ホスピス アメリヵ合衆国の末期医療の現場報告・4(最終回)

  • 文献概要を表示

コネチカットホスピスの特色と歴史

 コネチカットホスピスはコネチカット州のニューヘブンの住宅街にある(The Connecticut Hospice, 61 Burban Drive, Branford, Connectlcut, 06405).アメリカで最も古いホスピスである.このホスピスは,いわゆる独立した施設としてのホスピス(Free-standing hospice)である.アメリカでは在宅ケアを中心とするホスピスや,病院内にホスピス病棟があったり,ホスピスチーム中心のプログラムとしてのホスピスが多いが,このコネチカットホスピスは数少ない(1981年8月現在では全米で3か所)独立した建て物を持つホスピスである.

 現在の建て物ができたのは1980年6月のことで,ごく最近である。このホスピスがアメリカ第1号のホスピスとして開設されたのは1974年で,在宅ケアが中心であった.このホスピスの建設資金はすべて政府の機関である“全米ガン協会”によって賄われた.設計者はイギリスのホスピスを回り,死に関する多くの本を読んで設計図をかいたという.

  • 文献概要を表示

はじめに

 当病棟は,1968(昭和43)年に開設された全国でも数少ない男子思春期病棟である.この病棟の特色は,できるだけ家庭的雰囲気で治療が行われるよう,看護者の年齢や男女構成等を考慮し配置されていることである.

 本事例は,自立性に欠ける母親に育てられ,‘不登校’を主訴として1976年9月に入院してきた.途中,約1月半の退院期間があったが,通算して4年に及ぶ長期入院により,なんとか患児自身の意思で行動を起こすという自立の兆しが見え始め,最近ではほとんど看護者の援助を必要としないほどに成長した.ここに初回入院から退院までを前期とし,再入院後を後期に分け,その看護援助の過程と成果を報告する.

研究と報告

  • 文献概要を表示

はじめに

 静岡県立こども病院は1977年に開院したが,私は指導相談科担当看護婦となり医療と地域社会の接点としての業務に努めている.1980年3月から指導相談科では泌尿器科と提携した‘夜尿相談’を開始し,1981年3月までに149名の事例を経験することができた.夜尿症とは,夜間睡眠中に自覚せずに排尿する状態であるが,症状は同じでも原因は多様であるため,単一の治療では効果はないとされている.つまり夜尿という症状に加えて,心理的精神的症状により複雑な病像を形成する場合が多いので,泌尿器科外来だけで扱うよりは心身医学的アプローチを加えた方が効果的である.外来新患のうち夜尿,昼間遺尿,頻尿を主訴とするものが対象となるが,器質的異常の有無を調べる検査を外来で済ませ指導相談科に来る.

 今回,この149例の事例をもとに,夜尿相談を通しての排尿自立への援助について,その概略をまとめてみたのでここに報告する.

学生の広場

  • 文献概要を表示

はじめに

 成人病の増加とともに腎臓疾患患者も増え,最終的には人工透析へと移行せざるを得ない人も多い.透析者は1978年6月30日現在で3万603名に及んでおり,わずか10年間のうちに約100倍となっている.人工ペースメーカーなどの体内人工臓器植め込み患者と違って通院回数が多く,透析者の日常生活に制限を与えていることが問題であるが,医学的には透析を行っていれば,普通の人の生活にほぼ近い生活をおくれるといわれている.

 そこで今回,私たちは,透析者の就労状況や社会復帰の現状について調査したので,その結果を報告する.

  • 文献概要を表示

私はチームナーシングを経験した後に,数年前から現在のプライマリ・ナーシング体制をとっている内科病棟に配属になった.看護の本質は直接的に患者のケアをすることであり,1人の患者を断片的に看護するのではなく継続的に行うことが最も重要であり,さらに看護の評価をしてゆくことである,と考えている.チームナーシングを行っていた時の経験を振り返ってみると,以下のような問題点を感じていた.

 患者の把握が十分にできない.看護に継続隆がない.看護の評価がしにくい.さらにチーム内でのカンファレンスを持って,その日の看護計画を実施するようになっているが,業務量が多く実行されないことが多い.カンファレンスで問題点を出し,対策を立ててもその日のうちに実施されるかどうかわからない.責任の所在もはっきりしない.処置優先の看護になりがちで看護ケア,教育,指導は後回しになる傾向などである.

LIFE SCIENCE 生命科学のトピックス・1

  • 文献概要を表示

ヒトのDNAはおよそ1mの長さで大腸菌などの微生物の約1000倍

 ヒトの遺伝情報を蓄えているDNAは,細胞当たりにおよそ6ピコg存在する.通常の細胞は,およそ10ミクロンほどの直径であるが,この中に存在するDNAをすべてつなげて延ばしたとすると,およそ1mの長さにも達する.

 これは,大腸菌などの微生物の約1000倍であり,ヒトが持っている情報物質は,極めて膨大な量であるといえる.このために,ヒトの遺伝子の構造は近年に至るまでほとんど詳しい解析は行われていなかった.

CHECK IT UP 日常ケアを見直そう・4

  • 文献概要を表示

ある看護雑誌のグラフに新型のナースコールが紹介されている.病室=ナースステーション=ポケットベルと連結しており,ナースステーションを離れていてもベルを持っていれば患者のコールに応じてベルが鳴り,知ることができる.また,壁掛け式のコールボード上にある患者のネームプレートと,病室入口のネームプレートに同時に赤ランプが点き,誰がコールしたかが一目でわかるようになっており,この病院の看護部で開発した,と解説がある.

 この器械を製作した会社の広告には,離れた場所でも通話ができる受話器の取り付けや,押しボタンが脱落したりコードが断線したときの警報装置,病状急変時の非常警報(スタッフコール)装置も取り付けられる,などという説明がある.初期のナースコールに比べると格段の進歩であり,看護婦にとってますます便利に,使いやすく改良されていて驚くばかりである.

インフォメーション 新しいナーシングケアのために

  • 文献概要を表示

UOAにおけるオストミービジター活動

 米国(含,カナダ)にはストーマstoma(人工肛門,尿路変更の回腸導管など)患者の会としてUOA(United Ostomy Association)が組織されている.その活動の1つにオストメイトostomate(ストーマの人)による患者訪問があり,その訪問者のことをオストミービジター(Ostomy Visitor)と呼んでいる.

 オストミービジターは,病院側の依頼により出向き,医師あるいは看護婦と打ち合わせた後患者を訪問し,オストメイトのもつ様々な問題の解決にあたっている.この活動は1949年以来今日まで続いている.また,オストミービジターとしての役割を明確にし,適性を調べ質を高めるためにオストミービジター教育プログラムに沿ってトレーニングを行っている.

バイタルサイン・25

慢性呼吸困難[1] 岡安 大仁
  • 文献概要を表示

慢性の呼吸困難とは,一般には数か月ないし1年以上の経過をもつ呼吸困難である.患者は,多くの場合,はじめは歩行時や階段上昇時に以前に比較して息切れがするようになったと自覚する.そして,その度合いがだんだん強くなり,平地歩行でも息切れするようになり,さらに悪くなると,安静にしていても息切れがすると訴えるようになる.もっとも,すべての慢性呼吸困難が,このような経過をたどるということではない.

労作性呼吸困難運動時に息切れがすることを労作性呼吸困難(exertional dyspnea)ともいう.労作の程度による差を知っておくと,患者の呼吸能力(肺機能といってもよい)がだいたい把握できるし,それによってケアの仕方や治療の評価ができるので都合がよい.ヒュージョーン(Hough-Jones;H. J.)分類というのがそれである表).さらに,労作と肺機能検査の数値とを比較したものもある(図1).この際の1秒率とは,図2に示すように,健康人が1秒間で一気に呼出できる量よりどれほど少ない量しか呼出できないかを示していることになる(対標準値).

カラーアトラス 褥創・16

多発性,広範囲褥創—2 大谷 清
  • 文献概要を表示

両大転子部,仙骨部さらには坐骨結節部に広範囲褥創を発生した新鮮例である.

 症例:45歳,男性,対麻痺

フレツシュ婦長

  • 文献概要を表示

何事も経験と思い,郷実里より遠く離れた東京学医学部付属看護学校へ入学.折しも安保闘争のさなかで,学校全体に熱気が満ちていた.政治についても考えるかでヒッチハイクなど若さにまかせて学生生活を謳歌した.卒業後,同付属病院に勤務し,間もなく県立中央病院へ1981年4月より放射線科の婦長に.同科でも末期患者の増えている現状になる.これまで経験した麻酔科や脳外科などでは、いわば動的なケアが多く要求されたが,ここでは自分自身を患者の置かれている状况に見合つた形に対応させる静的なケアも要求される.

これからの抱負を.‘患者との信頼関係を作り上げることが第一ですね.そのためには,忙しいなかでも患者の目の高さに我々を置いて,ゆっくり話の聞ける時間を作りだしたい,てして少なくとも1日1回は,清拭どスキンシップをとおして個別的にケアできる時間も作っていきたいですね’

  • 文献概要を表示

大和医療福祉センターは新潟県の南,全国でも有数の豪雪地帯として知られる魚沼地方(大和町)にあり,住民とともに独特の地域医療を意欲的に進めて注目されている公立の医療機関である.センターという名称であるが,その実体は‘町立大和病院’(87床)と‘町立農村検診センター’,そして‘特別養護老人ホーム・八色園’(100床)の3つが合体したものであり,1976(昭和51)年に開設された.

 ‘大和病院’の前身は,1962(昭和37)年国民健康保検の直営診療所として開設された‘大和町診療所’であるが,1970(昭和45)年,黒岩卓夫医師(現センター長)が内科医として着任し,それまでつづいていた診療所活動(無医地区や僻地への出張診療も含む)を受け継ぎながら,一方では地域の特性と住民の生活に根ざした包括的な地域医療をつくることを提唱したのがキッカケで,その“基地”としての新しい病院づくり運動がおこり,住民や町保健課,町議会など町ぐるみの協力によって建設されたもので,地域の第一線病院としてセンターの中核をなしている.

コンピュータを学ぶ人のために・16(最終回)

  • 文献概要を表示

マイコンキットって,これ?

 和田 これまでにいろいろと学んできましたけれど,いよいよ今回で終わりです.そこで最後に,L-キット16というマイコンキット(図)をいじってみましょう.

 近藤 これですか,マイコンキットって…….これ全部先生が組み立てたの?

喫煙の生理・衛生学・9

喫煙と中枢神経系 浅野 牧茂
  • 文献概要を表示

喫煙の精神作用の主役はニコチン

 精神活動も身体活動も,いずれも中枢神経系の働きによって統御・調節されていることは,いうまでもない.常習喫煙者は喫煙によって‘イライラ’が治まる,とある人は感じ,また‘ボンヤリ’がさわやかになる,とある人は感じ,これを喫煙の効用と考えている人々もいる.同一の人でも場合によって両方を交互に体験することもあり,喫煙によって精神は興奮するのか鎮静するのか,ひと口には決め難い.経験的には,両方の効果を喫煙は及ぼすと考えられている.1)

 喫煙自体は極めて複雑な行動であり,ある種の感覚と享楽の状態が,生体の様々な生化学的・生理学的過程を背景として成り立っている.2)喫煙の習慣は,まず典型的には友人の影響による習得の例に見るような杜会的強化が土台をなすとする,社会的学習モデルにより説明される.

口腔疾患(歯科)Q&A・1

  • 文献概要を表示

無機質でできている歯がどうして痛みを感じるのだろうか

 Q 今回から12回にわたって,歯科のことについて,いろいろ伺っていくことになりました.

 私たちは歯学部付属病院に勤務しており,歯科の患者さんによく接しておりますが,それでもわかりにくいところがたくさんあります.特に,歯科にはなじみの薄い一般病院や診療所の方には,口や歯のことはわかりにくいところが多いのではないかと思います.そこで,この機会にいろいろお聞きしてみたいと思います.

看護に生かす交流分析・11

人生脚本の分析[1] 白井 幸子
  • 文献概要を表示

人生脚本とは

 交流分析は,人間の一生を<一編のドラマのようなもの>と理解する.すなわち,‘それぞれの人がその人なりの脚本を与えられていて,自分の人生という舞台で,脚本に書かれた筋書きに従って,自分の役割を演じている’1)と考えるのである.

 バーンは,人生脚本(scripts)を‘無意識の人生計画’(unconscious life plans)と呼び,それは我々の幼児時代に,両親から与えられるものだと言っている.すなわち人生脚本というのは,2-6歳ごろの幼児時代の子供が両親のメッセージに対してなす,‘これからの人生をこう生きよう’という決断なのである.

  • 文献概要を表示

 看護学生の時代に、友人に誘われてキリスト教会の門をたたく。「友達の顔を立てるのと、キリスト教なるものを少し知っていても悪くないと思って」行ったが、いつの間にか熱心なクリスチャンに。そして「自分に与えられた技術を生かして、病んでいる人たちに福音を伝えたい」と思うようになった。

 そんな思いを抱いて臨床で働いていたが、最貧国の一つと言われているバングラデシュのミッション系の病院で看護婦として奉仕する道が開かれた。イスラム教徒の国であり、一般の人に直接伝道することはとても困難だが、病院がミッション系であったため、付属の看護学校で朝の礼拝だけはすることができた。

エージング・レポート イギリスの老年医療見てある記・4

老年医療の歴史 青木 信雄
  • 文献概要を表示

救貧法時代—労役場・施療院と篤志病陽の2つの流れ

 イギリスにおける老年ケアの糸口は,実に1601年の救貧法にさかのぼるといわれます.この救貧法は貧困者と身障者と老人の面倒をみる責任が各地域(行政教区)にあることを明示し,そのための財源は資産を持つ者から一定率で徴収する拠金によること力淀められました,それ以来,老人のケアは運動器・感覚器の障害者や精神病患者ともども,貧民と一緒くたに扱われてきました.救貧法による収容施設としては‘労役場’や‘施療院’などがあります.当時の考え方は‘働かざる者は食うべからず’で,働かないこと,働けないことは悪いこととされ,労役場に収容された人には資産家からの要請もあって懲罰的労働が課せられました.

 このような体制の下で18世紀の初頭,首都ロンドンに5つの病院ができたのをはじめ,以後の125年間に150以上の病院・診療所が各地に建てられました.ただし,これらの病院・診療所は地方自治体立や国立ではなく,医師と富裕な患者とのつながりによる献金や,篤志家からの寄金によってできた,いわゆる‘篤志病院’でした.当時は,医師ばかりでなく患者側からも急性期の診療が尊ばれ,意義あるものとされる一方,慢性病の治療やケアは多くの場合貧困と結びついていたため,医師・ナースにとっては報われないもの,患者からは効果のないものと考えられていました.

素手でつかむ看護 心に残るマラウイでの生活・4

麻疹 工藤 芙美子
  • 文献概要を表示

6月23日,夕方の勤務が終わろうとする時,最後の巡視をした.3つの病棟を1人で管理しなければならない.麻疹・喉頭炎の5歳の患児が母親の膝に抱かれ,眠れずに丸い目でじっと見ている表情が気になった.脈が触れない.すぐに学生にメディカルアシスタントを家に呼びに行かせた.

 マラウイでは医師の資格が取れないため,外国に留学しなければならない.医師の少ない現状に,メディカルアシスタントがドクターと同じ大きな役割を果たしている.学生が‘15分前に見たからもう来ない’という返事をもらって帰ってきた.キョトンとしたかわいい患児を見て学生もピンとこないらしい.‘死んだらどうする!’と怒る言葉に仕方なくまた呼びに行く.しかし‘寒いから’と断わられたと困った顔で帰ってくる.深夜との申し送り中3度目の学生を送ったがダメ.自分で呼びに行くが患児は30分後に死亡した.

  • 文献概要を表示

交叉大腿有茎植皮術を受け患者は,普通の和式寝衣では下肢を十分に覆うことができず,排泄ごとに胸部まで露出してしまう.また,普通の下着が着用できないため,次の点を考慮して寝衣と下着を作製した.

 1)寝衣は,胸部の露出を最小限にし,排泄がスムーズに行え,下肢を十分に覆える.

ホームケア・4 新宿区立区民健康センター訪問看護婦のリレー随筆

うれしい電話 加藤 登志子
  • 文献概要を表示

帰宅して夕食の支度にかかっていると,Yさんから電話があった.患者さんから自宅への電話はよくよくのことと思い,一瞬緊張する.しかし,この日Yさんの声ははずんでいた.‘気分はいいのです.実はKさん(ボランティア)たちが,創の全快祝いを,次の日曜日にやろうというのです.M医師も来てくださるというので……’と誘いの電話だった.

 Yさん(53歳,女,単身)は悪性リウマチで身障2級.膝も股関節もまっすぐ伸びたまま固定しており,松葉杖で直立位しかとれない.歩行はわずか数センチずつ移動するのがやっとである.しかも,二次障害で下腿部に鬱血を来し,皮膚潰瘍が発生する.一度できた潰瘍は,皮膚移植術を繰り返す難治性潰瘍となる.昭和34年以来,この潰瘍のため,Yさんは人退院を8回繰り返していた.

基本情報

03869830.46.4.jpg
看護学雑誌
46巻4号 (1982年4月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

文献閲覧数ランキング(
3月30日~4月5日
)