看護教育 59巻6号 (2018年6月)

特集 身体拘束から考える 基礎教育と臨床の関係

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 基礎教育と臨床教育のギャップは,看護教育において長く議論のテーマとされてきました。臨床では,学校で習ったことは通用しない。現場での新人は何もできない,というイメージが形成されている場合すらあります。学校でいくらケアの理念や看護の基本を習ったとしても,就職後は,現場の慣習,仕事の仕方を身につけることが優先される,という関係です。

 今,基礎教育と臨床のそのような大きな溝を象徴しているのが,身体拘束ではないでしょうか。身体拘束はケアの理念に反するために,基礎教育で学ぶべき内容とは位置づけられていません。一方,臨床現場においては,多くの病院で身体拘束を最小限にしていこうとする努力がされながらも,それぞれの領域の特性,また病院の慣習に従って,まだまだ拘束がなされている現状があります。この現状の違いは,身体拘束を「教わっていない」学生や新人看護師にとっては,リアリティショックの大きな要因とも言われています。

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身体拘束の問題を見定める

─従来,看護基礎教育においては「拘束はするべきではない」という教育がされつつも,「現場はそうはいかない」ために,拘束は続けられてきました。学校で教えていることと,臨床で実際にされている看護の違いを象徴しているように感じます。

 酒井先生は,千葉大学独立専攻修士課程看護システム管理学にて,ずっと身体拘束の問題に取り組んでおられ,また高度急性期病院での抑制しない看護を実現された金沢大学附属病院の小藤看護師長も,千葉大学のこの修士課程の一期生で,酒井先生のお話に影響を受けたと伺っています。

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 私は,成人看護学領域の教員として看護教育に携わっています。一方で,佐藤紀子先生が創設した看護職全般の人々を生涯にわたり発達を続ける存在としてとらえ支援する「看護職生涯発達学」という学問領域で看護師の臨床の『知』,特にクリティカルケア領域の身体拘束に関する看護師の『知』を明らかにする研究に取り組んでいます。

 どうして身体拘束なのか。あるとき,目にした1枚の写真に心を痛めました。上肢をベッド柵に縛られミトンを付けられているお婆さんが私を見つめていました。その瞳は悲しく,長年妻として母として懸命に生きてこられたこの方の最後が,こんな姿なのは悲しすぎると思ったのです。それから,患者さんにとって拘束されるとはどういうことなのか,あらためて考え,「人を縛る」という権利が誰にあるのかという思いが強くなりました。

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 身体拘束は,看護学生にとってどういった体験であり,どのような思いを抱かれているでしょうか。座談会第1部では,まずは学生同士で,実習前のイメージ,実習などで印象に残ったことなどをお話しいただきます。(司会:本誌編集部)。

 その後第2部で,先輩看護師,看護教員も交え,基礎教育,また卒後への連携についてお話しいただきます。(司会:中野真理子先生)

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 本学が精神看護学実習の場としている都立松沢病院では,身体拘束ゼロをめざして取り組んでおり,実際に全国平均の10分の1程度にまで減少させている。そのような,拘束しないことが当たり前という環境で実習しているため,今回このテーマをいただいて初めは正直なところ『実習場面での葛藤,みたいな経験はないのだけど』と躊躇した。しかし,精神科医療の現場において,身体拘束実施数の増加が近年問題視されており,それらを減少させるためにどうすればよいか,といった点について基礎教育の段階から考えていくことは必要である。

 そこで本稿では本学の精神看護学領域において現在行っている講義・演習,松沢病院での実習における学生の学びの内容を振り返り,今回のテーマである「身体拘束から考える基礎教育と臨床の関係」について考えていきたいと思う。

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認知症高齢者を身体拘束から解放するための動き

 身体疾患の治療目的などで入院が必要となった認知症・認知機能低下をともなう高齢者(以下:認知症者)にとって,病院という生活環境への適応にはしばしば困難を伴う。「ベッドから降りる時にはナースコールで呼んでください」などの説明を一定期間記憶することが困難である認知症者にとっては,それらを守ること自体が困難である。その結果「理解度が低い人」と扱われ,これらに対応するすべのない病棟では「安全確保」の目的のもと,身体拘束を選択しやすいのではないだろうか。

 人の自由や尊厳を奪う身体拘束から高齢者や認知症者を解放する動きは,1998年の「抑制廃止福岡宣言」1)にはじまり,2000年の厚生労働省令「身体拘束禁止規定」2),2001年「身体拘束ゼロ作戦推進会議」3)の発足を経て,2004年には行動指針4)がすでにまとめられている。最近の国からのインセンティヴでは,2016年度診療報酬改定による認知症者へのチームによるケア体制加算「認知症ケア加算1・2」の創設により,入院した認知症者の身体拘束からの解放がある。この加算の目的は「認知症による行動・心理症状や意思疎通の困難さが見られ,身体疾患の治療への影響が見込まれる患者に対し,病棟の看護師などや専門知識を有した多職種が適切に対応することで,認知症症状の悪化を予防し,身体疾患の治療を円滑に受けられること」5)であるが,認知症者を中心としたケアチームの体制を構築し,身体拘束しない看護計画をチームで策定し,看護師がそれを牽引することへの加算である。この算定には,身体拘束を行った日は100分の60に減算する規定が盛り込まれており,身体拘束が診療報酬評価に直接的に影響する仕組みとなっている。

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はじめに

●本調査の背景

 看護基礎教育において臨地実習は,学習した知識と実践を統合する役割をもつ重要な科目である。看護師養成所2年課程(通信制)(以下,通信制)では,在籍する学生が准看護師としての豊富な業務経験をもっていることを前提としていることから,臨地実習は「紙上事例演習」24事例程度,「病院見学実習」16日,「面接授業」24日をもって構成されている(科目ごとに「紙上事例演習」3例程度,「病院見学実習」2日,「面接授業」3日と設定される)。

 通信制は,入学要件としている准看護師経験年数「10年」の短縮が,平成27(2015)年3月の国家戦略特別区諮問会議,6月に発表された「日本再興戦略改訂2015」において提案され,「保健師助産師看護師学校養成所指定規則」の一部改正を経て,今(平成30)年度4月より,「7年」への変更が施行された。この入学要件の見直しにあたっては,「看護師養成所2年課程(通信制)への進学者の修業年限と就業内容に応じた教育内容に関する研究」(代表者:井部俊子)1)が実施され,新たな入学要件に見合った教育内容を検討した。そのなかで,通信制の教育体制や教育内容に関するさまざまな課題が明らかとなった。なかでも臨地実習については見学実習の期間や方法,実習施設の確保について検討が必要であることが指摘された。さらに,紙上事例演習で用いられている通信機器などを通じての学習支援は,対面とは異なる技術が必要であることから,効果的な学習支援方法を検討する必要があることが明らかになった1)

 こうしたことを受けてあらためて,見学実習や紙上事例演習を含めた,通信制の臨地実習のあり方を検討することを目的に本調査を実施した。本稿では主に見学実習の改善にかかわる内容について報告する。

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大学における初年次教育の必要性

 少子化にともない,「大学全入」時代を迎えたといわれている。「大学全入」時代とは,過度の受験競争は緩和される一方,大学入試の選抜機能がもたらしてきた,①「高校教育の質の保証」(大学合格を動機づけとした学習効果),②「大学の入口管理」(大学合格が基礎学力の証明となる)への効果が,従来ほどは期待できなくなっており,さらに,③大学進学者は一定の基礎学力を有する,との前提の成立が難しくなっている状況のことである1)。また,大学生になっての意識として「大学の授業についていけない」と感じている学生も多く,いかに入学後早期に大学生活へシフトチェンジできるか,が重要である。

 さらに近年,学生の「質」が変化したといわれている。たとえば,「基礎学力がない」「学習意欲がない」「学習目的が明確でない」など,受動的で非常にネガティブな評価となっている。こうした背景には,大学の大衆化やユニバーサル化があり,社会全体が変化したとの分析もある2)。こうした評価は,2000年前後に騒がれた「学力低下論争」に端を発しており,「ゆとり教育」批判をめぐる政治的課題へと発展している。

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大学の組織運営に不可欠となるIR

 団塊ジュニアが18歳を迎えた1992年に200万人を超えた18歳人口は,2008年に120万人まで減少し,2018年度には2017年度より約1万8000人減って,約116万人となる。また出生率の減少にともない,2024年には18歳人口が110万人を切り,2031年には99万人となり減少の一途をたどると考えられている1)

 このような若年層の減少とは逆に大学は急増し,1990年代には約300校であったのが2017年度は760校を超え,うち看護系大学は約1/3を占めるようになった。また,大学・短大を合わせた進学率は1979〜80年代は36%程度であったものが,2017年には54.8%となり,過去最高となっている2)。今後は,学生が集まる大学とそうでない大学の二極化が進むため,選ばれる大学となるため,新しい学部の設立,学生サービスの充実,新たな財源の確保など特色や個性のある大学をめざした改革が進められている現状がある。

連載 つくって発見! 美術解剖学の魅力・6

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 血管は比較的身近に感じられる器官です。皮膚のすぐ下に青色や紫色の蛇行した線として見えることがその理由かもしれません。この透けて見える血管を皮静脈と言います。わざわざ“皮”を付けるのは,筋の中にあって外からは見えない深静脈と対応しているのです。そのため,皮静脈は浅静脈とも言います。加齢にともなって皮膚が萎むと皮静脈はレリーフ状に盛り上がり,曲がりくねった走行が外見で目立つようになります。腕では肘から先,脚では膝から下でよく見えます。

 皮静脈の走行は,一見ランダムに見えますが,実は誰もが似た走行をしています。そのため太くて見つけやすい皮静脈は採血をする血管として用いられます。これは静脈ですから,血流は指先から心臓へ向かっていることを意識しましょう。上下肢の静脈血はいつも重力に逆らって登らなければならないので逆流防止の弁が数センチごとにあり,血管上の膨らみとして見出せます。

連載 看護に恋した哲学者と読む ベナーがわかる! 腑に落ちる!・2

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第1回の振り返り

 前回は,イントロダクションのあと,これから中心的に読み進めていくルーベルとの共著『現象学的人間論と看護』が,ハイデガーとメルロ=ポンティの現象学にもとづいた「現象学的人間観」を提示し,それをベースにして具体的な看護理論を展開した書物であることを述べました。そしてそのうえで,ベナーらが本書でなぜ「現象学」をベースにして看護論を展開しているのかを理解するために,「疾患」と「病い」の区別について解説しました。

 ベナーらによれば,人は医学的に診断される身体の状態としての「疾患」を,さまざまな意味を帯びた「病い」として経験します。医学が「疾患」の治療をめざすのに対して,看護は「病い」経験に患者がうまく対処していけるよう,手助けし支援することにその本領があるのでした。したがって,看護実践にとっては,患者が「疾患」をどのような意味を帯びた病いとして経験しているのか,その「病いの意味」を理解することがとても大切になるのです。ここで,患者が経験している「病いの意味」を理解するうえで必要になるのが,「現象学」という哲学でした。というのも,「現象学」は,物事や人々がそのつど意味を帯びて経験されることを「現象」と呼び,そうした「意味」経験がいかにして成り立つのか─つまりそれらの物事や人々がどうしてそのような意味を帯びて経験されるのか─を,人間の意識や身体の働き,人間の根本的な存在の仕方にまで遡って明らかにしようとする哲学だからでした。「病い」も意味経験の1つですから,現象学という哲学によって,その人がどのような意味を帯びた病いとして疾患を経験しているのかが,根本から理解されるようになると,ベナーらは考えたわけですね。本書で提示される「現象学的人間観」は,意味を帯びた「病い」として「疾患」を経験する人間の在り方を理解するための視点を提供してくれるものであったわけです。

連載 ティーチング・ポートフォリオ作成講座・3

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はじめに

 前回は,ティーチング・ポートフォリオ作成の第一歩として,ティーチング・ポートフォリオ・チャート(以下,TPチャート,図1)について知り,実際に作成をしました。

 TPチャートは,自分の教育活動を振り返り,そして,自分の理念に自分で気づき,その理念を軸にして教育活動をとらえ直すためのものです。TPチャートの作成により,「すっきりした」「やっていることの自信につながった」あるいは「今後の見通しが立った」と感じられる方が多いようです。

 TPチャートは,まず,「つくってみること」が重要です。実際に第2回で紹介した作成方法では各項目において比較的短い時間設定を示していますが,これは研修として行う場合の進行とおおよそ同じです。振り返りにはいくらでも時間がかけられ,制限がないと作成が進まなくなってしまうことがあるため,そのような設定にしています。したがって,TPチャートの作成では教育活動に関する一定の振り返りを行っているものの,深い振り返りを行う余地が十分に残っています。理念として書き出したつもりのものがそうではなかったり,方針・方法とうまく対応づいていなかったりすることがあります。

 そこで,この第3回では,いったん作成されたTPチャートを見直し,より的確な教育理念を見出すことを目的とします。

今回の目標

・TPチャートを見直す方法や留意点を説明できる

・TPチャートを5つの問いにしたがい見直す

連載 キネステティク・クラシック・ネオ 動きの言語化のツールが可能にすること・6【最終回】

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 最終回である今回は,キネステティク・クラシック・ネオ(以下,クラシック・ネオ)を看護場面に取り入れるときのヒントに視点を置いてご紹介してまいります。

 療養上の生活の援助とは,別の言葉で言い換えるとセルフケアが不足している部分の日常生活動作(ADL)を本人がするかのように動きを支援することです。言語化のツールであるクラシック・ネオは,今,私たちがどのように何を支援すればいいのかを考えるときに役に立ちます。

連載 NとEとLGBTQ・3

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 LGBTQの健康状態は,NonLGBTQの人と比べて悪い場合が多いことが知られています。GLMA(Gay and Lesbian Medical Association Health Professionals Advancing LGBT Equality)はLGBTへの平等なケア提供のために議論すべきTop Issueをあげています(表)。日本でも,自殺念慮や性感染症の罹患率が高いものがあるなどの報告があります2)

 しかし忘れてはならないのは,「健康なLGBTQ」が健康課題を抱えている,という視点です。同性愛がICD─10の疾病分類から削除され,さらに今年公表予定のICD─11で,性別違和も疾患でなくCondition related to sexual healthとして分類されます(第1,2回参照)。今後LGBTQを疾病モデルでとらえることは,なくなっていくでしょう。

連載 授業を良くする! 教育関連理論・8

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より良いグループ学習を実現したい

 あらためて学習方法について考えてみましょう。西条と菊川1)が整理した基本的学習方法の特性の比較は,一斉学習,グループ学習,個別学習の特徴をよくとらえています(表1)。これをもとに考えると,一般的に講義科目では一斉学習,演習科目ではグループ学習,実習科目では個別学習が中心になります。さて,このように分類してみたものの,グループ学習はどの科目においても活用できそうに思います。一斉学習に頼りがちな講義科目でも,学生の能動性や記憶の定着率の低下,学習へのフィードバックの不足といった問題をグループ学習によって解決できないか,個別学習中心の実習科目でもカンファレンスなど,学生がグループで討議する場面はある,という具合です。

 しかし,グループ学習を中心とする演習科目も含めて,グループ学習そのものをあまり効果的に進められないという悩みを抱えておられる先生は多いようです。「一部の学生だけで議論や活動が進んでしまう」「グループ活動に対して消極的な学生が出てくる」「個々人の意見を出し合うだけで,議論が深まらない」といった問題にぶつかることもしばしばです。その結果,講義科目でグループ学習にチャレンジしていた先生も,元の一斉学習に戻してしまうことがあるようです。どうすればこのような問題を解決し,グループ学習を効果的に行い,期待する学習成果を得られるようになるでしょうか。

連載 専門家と市民の架け橋 CoSTEP・12【最終回】

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 みなさん,こんにちは。CoSTEPのスタッフがリレー形式で行ってきた連載もとうとう最終回です。今回は今年の3月に行われた,修了式についてお話します。

 第6回(58巻12号)でもふれたように,CoSTEPには,北大への通学を基本とする「本科」と,e-learningの受講とスクーリングによる集中演習を中心とした「選科」があります。そのため,修了式は全国にいる受講生が一同に会する,特別なイベントになります。

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目次

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 基礎教育では,長年「看護師としての思考」を育てることに力を注ぎ,なかでも,「看護過程」という科学的な問題解決思考を中心にした,個別的な看護実践につながる看護の方法を大切にしてきました。しかし,医療環境の変化のなか,「看護過程教育」は単なる思考のトレーニングに終わっているという指摘も挙がるようになってきました。この指摘については「看護過程教育」の本質ではなく,教授方法の問題であろうと思います。

 しかし,このような「看護過程教育」のみで,「看護師としての思考」が育成できるかと,疑問を抱くようになってきました。具体的な課題は「臨床状況の変化」にともなう思考・判断の弱さです。看護過程は,網羅的に情報を収集し,立ち止まりアセスメントし,問題を特定します。したがって,「網羅的に情報に収集しないとアセスメントができない」「計画が立たないと看護ができない」という状況が生じてきます。「その場の状況や患者の変化に気づく能力」「網羅的ではなく,必要な情報を収集する能力」「何をすべきか推論する能力」,このような臨床的な思考の育成が,今の基礎教育に欠けているのではないかと思うのです。患者の病状が変化して計画が立たなくても,実践が求められる場面は多々あります。それに対応する教育をこれまで,卒後教育に任せていたように思います。

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 看護学教育にかかわる教員にとって,活き活きと学生が学び,学習効果が実感できる授業設計や,適切な教育評価は,教育の醍醐味でもあり,命題ともいえます。「わくわく感が学習エンジンとなる授業」「ライブのような活き活き感を学生と共有できる授業」をめざしている教員は,私だけではないと思います。

 今まで看護学教育課程,教育方法,教育評価などについて学んだ知識は,私の脳裏に点在していました。そんななか,本書を読んでみると,知識や理論が整理され,まさに今,教員として,科目の教育実践のスタートラインに立った感覚で「統合」されていく実感がありました。「読みながらわくわく感が生まれる」と同時に教員として,「腑に落ちる感覚」を体感しながら,教育実践のプロセスを思い描きました。

新刊紹介

INFORMATION

基本情報

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看護教育
59巻6号 (2018年6月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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