看護教育 58巻8号 (2017年8月)

増大号特集 「読む,書く,話す」で,教育力の充実を

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 入学生の「読む,書く,話す」能力が,授業に参加するには不十分であると感じることは少なくないでしょう。そのため,初年次教育として,それらの能力を高めるためのプログラムを取り入れる大学,専門学校は近年増加しています。これはつまり,学生がそれまでに学んだことだけでは,専門教育についていくのには足りないと判断されてのことです。翻って,教員としての「読む,書く,話す」能力は,その先生がそれまで学んだことで足りているでしょうか,教育者として授業を行うのに十分でしょうか? ただ,看護師の先輩としての立場のみで「教育」にあたってはいないでしょうか?

 大学では,設置基準の改正により,今年度より教員を含むSD(Staff Development)が義務化されました。自分が学生や院生として,あるいは専門家として学んだことだけで「教育」できるとする見方は通用しなくなります。当然専門学校においても,教員には同様な能力が求められるでしょう。

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「読む」「書く」をコミュニケーションの手段としてとらえる

 「読む,書く,話す」に「聞く」を加えて,その能力の向上について述べる前に申し上げたいことがあります。これらのうち,コミュニケーションの手段というと,一般に「話す」「聞く」だと考えられていますが,「読む」「書く」も実はコミュニケーションの1つの手段だということです。

 「読む」「書く」「話す」「聞く」をマトリクスにすると,1つの軸は,英語教育で言うパーセプション(情報を受け取る側)の「聞く」と「読む」,プロダクション(情報を送る側)の「書く」と「話す」がありますが,もう1つの軸には「読む」と「書く」,「聞く」と「話す」があります(図)。

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 愛知県では,1970(昭和45)年度から看護教員養成講習会を開催している。1993(平成5)年度から2002(平成14)年度までは愛知県看護協会に委託し実施していたが,2003(平成15)年度からは愛知県立総合看護専門学校内に継続教育機関として開設した看護研修センターに移し,現在に至る。

 愛知県専任教員養成講習会(以下,当講習会)は,4月中旬から3月上旬までの1年間にわたる総時間数1000時間の教育課程に加え,受講者が思考の整理をしたり,グループでのディスカッションの時間を確保するための研修時間を設けている。さらに,その研修時間を活用して「読む,書く,話す」の能力を高められるよう取り組んでいる。

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「読む,書く,話す」と私

日々における「読む,書く,話す」

 このテーマをいただいて,「読む,書く,話す」が私の教員としての生活にどのように位置づき,生きづいているのかについて見つめ直してみました。

 私の1日を朝から想起してみると,出勤と同時にメール文を読む,学生からの提出資料を読む,講義や会議資料作成のために参考資料を読む,メール文に返事を書く,あるいは新たなメール文を書く,提出物にコメントを書く,資料や会議資料を書く,時に論文などを書く,そして,講義で話す,会議で話す,ゼミや学生との面接で話すなどなど。毎日「読む,書く,話す」のオンパレードです。あとの残された時間は話を聞いているか,考えているか,動いているか,ぼーっとしているか,食べているか……などでしょうか。

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 本誌の読者である教員はもちろん,臨床看護師であっても,「読む,書く,話す」の技術が重要であるとは日々感じる。しかし,そう思いつつもなかなか勉強するチャンスが少なく,学びを得るのに困難をともなうことも,誰もが実感していることではないだろうか。

 私は,臨床で11年働いた後,自分のキャリアの幅を広げるために大学院の博士前期課程に進み,その2年間のなかで「読む,書く,話す」を学ぶ機会にも恵まれた。本稿では,この経験から考えたことを伝えたい。

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 「読む,書く,話す」─どの能力も,教員にならずとも学生のうちから必要とされている。未知の知識の説明を並べられた文章,難解な論述や抽象的な概念の多い書を苦手にしていた私にとって,それらを「読む」ことは常に苦痛であり,要点をまとめ自分の考えを展開してレポートを「書く」ことは容易ではない作業だった。さらにそれを人に伝わるように「話す」ことは別次元の能力とも思っていた。その苦悩を今も変わらず抱えている自分を振り返りつつ,私見を述べたいと思う。

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 私が学んだ場を全部は書ききれませんが,まさにさまざまだと思っています。

 国立の看護学校を卒業後,浜松医科大学医学部附属病院に看護師として勤務。その後,ニュージーランドでナースエイドができるプログラムに参加して帰国後,4年ほど臨床で勤め,2005年6月に静岡県の教員養成講習会で学んでから専門学校に8年勤務。その後,浜松医科大学医学系研究科で学びながら看護系大学や看護専門学校で非常勤勤務をしながら,いくつかの学会や研究会に所属および参加をして学びを重ねてきました。

増大号第2特集 言葉の力

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 医聖ヒポクラテスは,医師の武器として「第一に言葉,第二に薬草,第三にメスである」との言葉を残しています。もちろん,現代は古代ギリシャとは比べられないほど,「薬草」や「メス」は進歩しています。しかし,ヒポクラテスにとっては,あくまでも言葉の力が第一なのです。これは,現在の看護界にとっても,重くうけとめるべき姿勢ではないかと考えます。

 「言葉」は,交わる,考える,伝える,読みとる,といった対人的営為のなかでも,中心的な役割を担ってきました。そのような人間の根幹にかかわるテーマであるからこそ,看護にとって,何かを学ぶ者にとって,実践を語る者にとって,言葉のもつ力はどういうものか,繰り返し考えていかなければならないと思います。

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 言葉一般についてうんぬんする資格はない,とわかっている。が,こと看護は,実践においてはもちろん理論においても,他のそれらに比べ当事者は,言葉の重みをひとしおいたく感じているのではなかろうか。いや,感じるべきである,と思うので,そのあたりを話させていただきたく。話すことが若干はあるのです,と胸に聞きつつ。

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患者のほうに向いた言葉を

医師に残るエリート意識

─外山先生は,『思考の整理学』をはじめ,ことばに関する多くの著作を出版されていますが,昨今の医療の言葉について,どのようにお考えですか?

外山 これから,医療者と一般の人の関係が密接になればなるほど,一般向けに話す力が求められていくのは自明の理ですが,そもそも,大部分の医師が言葉を知りません。専門分野の勉強は一生懸命しても,言葉については,私から見ると不十分です。昔からの悪い癖で,威張って,患者をまるで自分の家来のように命令形でね。第一人称を使って命令する。

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生き延びるための「勉強」

─先生が書かれた『勉強の哲学─来たるべきバカのために』の狙いを教えてください。

千葉 タイトルのとおり勉強についての本ですが,一般的な勉強のイメージ,つまり,何か新しい知識を身につけるとか,できなかったことができるようになる,といったことだけではない「勉強」を提示しています。

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経験,実践を記述すること

大谷 諏訪先生は,人工知能の研究から,身体知や個人の経験に注目していらっしゃり,とても興味があります。人工知能には,もっと汎用性の広いものをめざしているイメージがありましたので。

諏訪 良い人工知能をつくろうと思ったら人間の研究が必要ですが,人間とロボットなどのシステムを比べれば比べるほど,人間の凄さに気づくわけです。そして人間の凄さの源泉を求めると,状況に遭遇して自分なりの何か解釈を付与して対処するということだと思い至りました。そういう考えから,「一人称研究」やからだメタ認知,身体知や感性の育成方法論の研究に取り組んでいます。

連載 学生なら誰でも知っている 看護コトバのダイバーシティ・8

配慮 木村 映里
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 「患者さんへの配慮」「ご家族への配慮」,あるいは「羞恥心への配慮」といった,患者家族の状態に対するものから,「実習中の病棟看護師への配慮」「学生への配慮」まで,看護にかかわるありとあらゆる人間が配慮を求められるのがこの業界であるのは,誰もがご存知のところだと思いますが,実際「配慮」とはなんなのでしょうか。

 カーテンを引いて患者家族のプライバシーの確保をする,言葉遣いに気をつける,実習中は他の看護師の邪魔にならないようにするなど,学生から若手の時代にかけてマニュアルのように大量に覚えていきます。

連載 フィンランドとの交流経験からの今後の日本の看護教育,研究活動への示唆・3【最終回】

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 この連載は,フィンランドのオウル大学と大阪大学との交流のなかで知ることとなったフィンランドの臨床現場と大学との連携を,さまざまな立場から考察し,日本における看護基礎教育の今後につながる示唆を得るために開始された。

 第1回目は,学位をもった人材を十分活用しているオウル大学病院やその他の病院の看護実践として,施設の管理者などに博士の学位取得者が活躍している様子を紹介した。特に,博士の学位を取得する要件には,システマティックレビューに準じるレビューの執筆を経たうえでのプライマリーリサーチの実施が必須であるため,自然と実践のなかにエビデンスというものが存在している状況であるといえる。フィンランドではレビューも含め,実施した研究はすべて国際的な学術雑誌への複数(3本以上の場合もある)の掲載が必要である。本当にその分野に精通している,いわゆる「博士」を育成する取り組みが,大学だけではなく実践現場も合わせて展開されていた。

連載 リズムとからだ 「うまくいく」と「うまくいかない」の謎・5

スタイルを借りる 伊藤 亜紗
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 こんにちは,伊藤亜紗です。

 前回は,「歌うときにはどもらない」という多くの吃音者が口にする現象をとりあげながら,リズムのもつ,自分の運動を部分的に他律化する力についてお話しました。リズムに「ノる」とき,運動はいくぶん自動的になり,運動をコントロールしようと求心的になりがちな意識が外へと開かれるのです。

連載 専門家と市民の架け橋 CoSTEP・2

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 みなさん,こんにちは。札幌もここにきてやっと夏らしくなってきました。今月はCoSTEPの講義についてお話します。

 CoSTEPの講義は毎年5月に始まります。今年度の開講特別プログラムは「科学とアートのコミュニケーションが始まる。」と題して,ドラマ「あまちゃん」のテーマソングでも知られる音楽家の大友良英氏をお招きしました。この開講プログラムを皮切りに,全27回の講義がスタートします。

連載 すべって,転んで,立ち上がるために 〜看護職生涯発達学から〜・5

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大学院入学までの私の経験

 あなたはどういう看護師ですかと聞かれたら,私は「新卒で手術室に入った看護師です」と今でも答えます。それくらい,手術室での新人時代はインパクトのある経験だったのです。自分自身,手術を受けたこともなければ,手術を見たのは学校での見学実習のみ。麻酔にかかって眠ることも,おなかを切っても再び目覚めることも,最初はとても不思議なことでした。命をあずかって緊張している医師は,ピリピリしていますし,その空気に呼応して先輩看護師も自分自身に厳しく仕事をしているように感じました。

 私の場合,希望が通って入った手術室でしたが,手術という非日常の光景のなかから看護を見いだすのに時間がかかったのです。手術に毎日立ち会うだけでも精神的に疲弊しましたし,5日勤─休み─5日勤の繰り返しで体はヘトヘトでした。毎日新しい1〜2件の手術につくために術式についての予習復習が必要で,勉強が追い付かず同僚宅に泊まりがけで勉強したことも多くありました。

連載 優れた“わざ”をどう伝えるか 技術の「背後にある意味」を教える・8

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 医学の進歩と経済を主流にした昨今の医療状況は,臨床看護に「診療の補助」的行為の比重を高め,「療養上の世話」という日常生活援助行為の衰退をもたらした。医療も看護も,プロセスではなく結果に価値が置かれるようになった。そんななかで看護技術は,効率が悪いものは廃止され,器具機材で代替されるという道を辿っている。効率を追求する社会だからこそ,看護はそれを優先してはならない。複雑化する検査や治療というCureは,密度の高いCareを必要とする。

 看護は,医学的にはどうしようもできない人々の安楽とか,通常の発達過程をたどれない子どもたちの育ちや,病気と老いの二足のわらじを履かねばならない高齢者を支えるものでもある。そういった人々への看護は単純ではない。看護の目標すら簡単には立たない。たとえ目標は立ってもそこに至る方法がわからないということもある。だから,そうした状況下での看護には多くの工夫が凝らされている。工夫という言葉は,トライ&エラーを表わす試行錯誤よりはやや軽く,やり方のちょっとした変更というイメージがある。また看護過程が幹線道路だとすれば,工夫はバイパスのような,定型的思考パターンとは多少異なる回路をもつ。何がどうなっているのかを論理的に考えるというよりは,こうしてはどうか,ああしてはどうか,まずはやってみるという,身についている反射的行動のようなものである。

連載 「配慮が必要な学生」の学びにつなげる対応 臨地実習における教育上の調整を考える・8

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 臨地実習では,学生は対象者や家族,臨床指導者や看護師スタッフなどさまざまな人たちとのかかわりのなかで,自己の考えや意見をきちんと伝えながら実習を進めていくことが求められます。しかし,今回取り上げるような特徴をもつ学生は,周囲に合わせて自己主張をすることや,本心を他者に伝えることが苦手で,他者の意見や意志に流されてしまう傾向があります。臨地実習では,これまでの講義・演習において自分なりに努力をしてきたやり方やルールは通用せず,思うように良い結果を出すことができずに,自己のコントロールを失いがちです。そして心理的なバランスを保とうとして,食べ物を過剰に摂取したり,その一方で食べたことへの罪悪感と嫌悪感から嘔吐を繰り返すということが起こりがちです1)

 一見して病的に痩せており,何らかの医療的対処が必要である学生については,臨地実習での身体的・精神的なストレスを乗り越えていくことが難しく,身体状況によっては,学業の継続自体が困難で,入院加療を勧めることもあるでしょう。しかし,以下の事例のような学生の場合,見た目には体重が維持されていて,摂食上の問題がわかりにくく,結果的に対処が遅れるときもあります。

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相対的欠格事由改正後の動き

 本誌57巻11号(2016年11月号)誌上で,相対的欠格事由改正後,初の保健師・助産師・看護師免許付与数の公開について報告1)しました。その際,2001年改訂の視覚,聴覚,音声・言語,精神機能に関する診断書が,平成26年2月5日医政発0205第8号各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知「医師,歯科医師,保健婦,助産婦及び看護婦の免許申請について」にて一部改訂されたことにふれました。

 以後,関係者間で2016年4月施行の障害者差別解消法2)(以後,差別解消法)および改正障害者雇用促進法3)(以後,雇用促進法)をふまえた診断書様式などのあり方を検討する場が設けられました。その結果,医師,薬剤師など,相対的欠格事由を有する医療従事関連資格の診断書様式が,法改正および医政局長通知をともなわない形で改訂されました。

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調査課題成果報告会の背景

障がい者差別解消に向けた国際的な動きのなかで

 「2016年度 大学コンソーシアム京都 指定調査課題成果報告会・交流会(以下,報告会)」は,去る2017年3月22日に行われた。

 今回の報告会は,障がい者差別解消に向けた国際的な動きのなかに位置づけられている。国内での流れに沿って説明すると以下のようになる。まず,国連総会にて2006年に障害者権利条約が採択され,わが国も翌2007年に同条約に署名し,関連する国内法の整備を整えてきた。さらに2013年に障害者差別解消法が成立し,これまでの法制度になかった概念「合理的配慮」が導入された。この合理的配慮の提供義務を負う主体の1つである国公立の高等教育機関は,主務大臣である文部科学省が作成する対応方針のもとで,合理的配慮を提供する自主的な取り組みを促されることとなった。そのため,文部科学省は,2012年と2016年に「障がいのある学生の修学支援に関する検討会(以下,検討会)」を開催し,共有すべき基本的考え方と具体的な対応を議論してきた1,2)

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参加の動機

 近年,日本の大学入試制度は高等教育の大衆化や量的拡大による選抜方法の多様化,入学者の個性重視といったこれまでの制度変容に伴い,選抜機能の低下という批判を受け,改革を迫られています。2020年度から大学入試センター試験が廃止され,「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)として国語の記述式問題や外国語の民間検定試験などの導入が検討されているといった報道を目にするようになりました1)

 この背景として,「現状の大学入学者選抜では,知識の暗記・再生や暗記した解法パターンの適用の評価に偏りがちであること,一部のAO入試や推薦入試においては,いわゆる「学力不問」と揶揄されるような状況も生じていることなども指摘されている」2)と述べられています。また,大学による選抜への過度な依存や一発の試験による選抜の妥当性という観点も,制度改革への一因となっているとのことです3)

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INFORMATION

新刊紹介

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 本学では,ベッド上での体位変換技術,ベッドからの立ち上がり,立位からいすへの移乗技術を,すべて「紙屋法」「キネステティクス法」「古武術介護法」の3つの方法について,経験できるようにしています。患者と看護師自身の体型や身体状況に合わせてアセスメントし,体位変換方法を選択できるようになるためです。

 体位変換法のなかでも,「自然な身体の動き」に合わせ,多くの動作を組み合わせて行う方法では,「自然な身体の動き」「重心の移動の軌跡」をイメージしづらい学生には難易度が高いようです。

基本情報

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看護教育
58巻8号 (2017年8月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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