看護教育 58巻7号 (2017年7月)

特集 リフレクションから授業研究(レッスン・スタディ)へ

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 看護教員は毎日「教育」を行っています。教室での講義や,学内演習そして臨地実習。どれも準備し,実施し,リフレクション(評価)を行っているはずです。けれども,そこで終わっていないでしょうか。リフレクションした内容をもとに新たな授業案を作成し,実施,リフレクション,改善を繰り返すことで,教育は進化していきます。このサイクルを回すことこそ,授業研究(レッスン・スタディ)なのです。

 「教員は教育者であるだけでなく,研究者でなくてはならない」という言葉を研究発表の場でよく聞きます。もちろんそのとおりでしょう。しかし,調査研究や学生を対象とした研究も大事ですが,まず教員が研究対象にすべきはもっとも身近な自らの授業ではないでしょうか。その重要さは,おそらくどの教員も気づいているはずです。

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授業研究をめんどうなものと感じている方へ

 みなさんは授業研究をやっていますか?授業研究をめんどうなものと感じていませんか?

 授業研究は,授業に対して見学者に辛辣なことを言われて傷つくだけのものと感じている方はいませんか?授業研究は,本来そのようなものではありません。

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「看護教員は授業研究をやっていない」と思われる理由

看護教員は「授業研究」を行っている,はず

 本誌56巻1号(2015年1月号)からの連載「授業研究で変わる!授業研究で変える!」の第1回の原稿のなかで「看護教育において授業研究がなぜ必要なのか」というパートを担当するにあたり,私(蔵谷)が念頭に置いたことが1つあります。それは,以前見た「看護教員は授業研究をしていない」という内容に対し,看護教員の1人としてそうではないことを示さなければならない,という思いです。そこで,原稿には以下のように記しました。

 「看護教員に限らず,教員の仕事の第一は教育です。学習者がよりわかりやすく興味・関心をもって学ぶことができるよう,授業を工夫・改善していくことは教員にとって,当たり前のことだと思います。そして,授業を改善していく,教員としての授業の力量をつけていくための取り組みは,「授業研究」であり,ほとんどの看護教員が行っていることだと思います。「教員」なのですから,それは当然のことでしょう」1)

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 看護教員にとって「授業」は教育的かかわりの中核である。そして昨今,学生の看護実践能力の育成強化が求められている。この看護実践能力に欠かせないものが,状況判断力といった『考える力』であり,この力を授業のなかでどう育てていけば良いのかが重要な課題となっている。この課題達成のため,看護教員にもっとも求められるのが,教育実践力であり『授業力』であろう。そして,そのために必要なのが,授業研究である。

 吉崎は,「授業研究の目的は,授業実践者である教員が単独で,あるいは同僚教員と協働で,自ら設計し実践した授業を振り返ること(つまり,分析・評価すること)によって,その授業を改善するための手がかかりを得ること」1)と言っている。『授業力』を磨くためには,授業研究が必要であり,個別の努力のみならず学校全体での組織的・継続的なシステムをつくりあげていくことの重要性が説かれている。

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小規模な本校の紹介から

 本校は1学年定員36名の3年過程で,専任教員も8名と小規模な市立の看護専門学校である。2015(平成27)年度までは市立の病院が隣接していたが,2016年度から病院が移転したことにより学生の学習環境が変化するとともに教員の負担も増えることとなった。看護教員の仕事はかなり多忙であることはよくいわれており,どの看護専門学校も同じような状況だと思われる。

 このように小規模な看護学校の多忙な環境であっても,看護教員の教育能力の向上のためは授業研究が必要である。教員の負担にならないようにその学校のレベルに合わせた実践が求められるが,なかなかできないという学校もあるのではないかと思い,本校の取り組みを紹介したい。

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私と看護学校とのかかわり

 私は20年近く,国立病院機構浜田医療センター附属看護学校で非常勤講師(集中講義)を務めています。担当は社会学です。学校教育を切り口に,社会階層と学歴,格差社会,教師と子ども・子ども同士の人間関係,家族,高齢化・人口減少,マイノリティなど,さまざまなテーマを扱います。必ずしも国家試験に直結する内容ではありません。しかし「優れた看護師として在り続ける教養を培ってほしい」という思いで授業をしています。

 毎年,受講者はとても質の高いレポートを届けてくれます。学校や社会に対する率直な思いがあふれています。彼らがこれまで経験した「傷つき」の理由を,社会との関係で客観的に見つめ返したレポートも数多くあります。紡がれた言葉はとても正確で,いつも心を動かされます。そしてそれは常に,授業を見直す手がかりを与えてくれます。学生は同僚や他の教師以上に,正確な観察者であり評価者です。鏡のような存在です。ひとつのごまかしも通用しません。ですから,この学校は私にとってとても大切な場所なのです。

連載 学生なら誰でも知っている 看護コトバのダイバーシティ・7

共感 木村 映里
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 患者さんへの「共感」が信頼関係をつくる,と学生の頃に習ったものの,生まれも育ちも違う人に対して共感を覚えることなんてできるのだろうか,とずっと疑問に思ってきました。

 私はこの春から,東京都内のクリニックで看護師をしています。主に内科疾患を診ており,訪問診療もしているクリニックなので,患者さんの社会的,環境的な背景が当人にとってどのくらい重要であるかを日々実感しています。ただ,区によってずいぶん雰囲気が変わる東京ですから,自分が育ったところではない地域の患者さんに「共感」するのはとても難しいものです。

連載 フィンランドとの交流経験からの今後の日本の看護教育,研究活動への示唆・2

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はじめに

 前号ではEBP(Evidence-based Practice)の実践を担う学位をもつ看護師の役割について論じ,学位取得看護師が重要であることを指摘した。「エビデンスに基づく」とは,最新の研究知見のように科学的に証明された根拠を用いるということである。「エビデンスに基づく」という考え方の重要性は,臨床実践だけに限らない。看護教育の目的は言うまでもなく,看護師の養成であり,将来の看護師を育てる教育においても,エビデンスに基づく教育が必要である。現在でも,エビデンスに基づいた看護技術や援助ができるよう,講義や演習が実施されているが,今後は教育実践そのものにも,エビデンスを求めることが必要ではないだろうか。特に,看護実践を学ぶ重要な機会である臨地実習において,エビデンスに基づいた,効果的な教育実践1)を追及していくことが重要であると思われる。

 今回の交流において,オウル大学とオウル大学病院の看護学生に対する臨地実習の取り組みを見学する機会を得た。そこでは,臨地実習教育の現場での課題を科学的に検証し,解決していこうとする様子がみられた。そのため,本稿では,オウル大学とオウル大学病院による臨地実習への実践的,研究的取り組みを紹介し,わが国の看護教育,とりわけ臨地実習における研究の現状を概観したい。これらをふまえ,日本の臨地実習を研究として進めていくうえでの課題について論じてみたい。

連載 専門家と市民の架け橋 CoSTEP・1【新連載】

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 読者のみなさん,はじめまして,私は「北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門」に所属している種村剛といいます。所属の名称がずいぶんと長くて舌が絡まりそうなので,これからは略称のCoSTEP(コーステップ)を使っていきたいと思います。CoSTEPの名前の由来については,また後日お話しさせてください。

 さて,CoSTEPの仕事の1つは,科学技術コミュニケーターを養成することです。私たちは,科学技術コミュニケーターを,科学技術の専門家と市民との橋渡しをする人材と考えています。たとえば,専門的な科学の話をわかりやすく人々に伝えるファシリテーターの役割を果たす人などを指します。受講生はCoSTEPが提供する1年間のプログラムを通じて,科学技術コミュニケーターとして必要とされる知識やスキル,態度を学んでいきます。

連載 看護教育 継往開来!・4

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江藤 連載第1回で,教養教育を考える際,当時から変わったものと変わらないものがあるという話をしました。

 私も看護を専門としていない立場で長野県看護大学にいたころ,赴任以前のイメージとは違い,私が学んできたことを求めてくれた人がいて,接点がもてると強く感じました。勉強会なども活発に行いました。

連載 リズムとからだ 「うまくいく」と「うまくいかない」の謎・4

歌の力と「ノる」の秘密 伊藤 亜紗
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 こんにちは,伊藤亜紗です。この連載では,吃音を手がかりに,私たちが体を動かし動かされるその制御の謎に迫ろうとしています。

 私たちは「話す」というと言葉や音のことを思い浮かべがちですが,それはまぎれもない身体運動でもあります。言葉や音としてとらえるかぎり,たとえば「たまご」は3つの音の連なりにすぎません。しかし身体運動としてみるならば,それは「ta→ma→go」と声道の形状をなめらかに変形させていく「モーフィング」の過程です。この複雑なモーフィングのプロセスに困難があるとき,そこに生じるアイドリングが吃音なのではないか。このことを前回確認しました。もちろん吃音はこれ以外にも複合的な要因をもちます。しかし運動制御に焦点を当てた場合,この移行部分にかなりの困難があるようです。

連載 すべって,転んで,立ち上がるために 〜看護職生涯発達学から〜・4

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「教える」ことを日常的に求められた私の臨床経験

 私は,7年間助産師として病院に勤務し,大学院に進学しました。今思えばたった7年なのですが,その当時はたくさんの役割を任され,仕事も卒なくこなし,いつの間にか先輩よりも後輩が多くなり,役職はついてないのに20代後半に入ると“上の人”と呼ばれる存在になっていました。そのため,学生指導や新人指導を任されることも多く,自分の看護や助産に自信をもち,天狗になっていた時期での入学でした。

 ここで私が以前働いていた環境を説明したいと思います。私が助産師として働いた臨床の場は,まず看護学生なしでは語れません。なぜなら,近年の看護大学の急速な増加と,社会問題にもなっている産科の不足から,実習先として附属の看護学校だけではなく,看護短期大学や看護大学,そして助産師学校からたくさんの学生を受け入れていたためです。平日の勤務に学生がいるということが当たり前で,褥婦よりも学生のほうが多いことも間々ありました。そうした現場で,“上の人”となってしまった私は,学生指導を任され病棟での看護業務を遂行しながら「教える」ことを日常的に求められていました。当時の私は,看護学生や新人の看護職に「教える」ことを当たり前のことだと考えており,意欲的に取り組んでいたと思います。しかし,一緒に働く同僚は,「学生指導は,嫌。できればやりたくない」と話していました。同僚にとって看護学生に「教える」ということは決して当たり前のことではなかったのです。

連載 優れた“わざ”をどう伝えるか 技術の「背後にある意味」を教える・7

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見えてこない「看護における」コミュニケーション技術

 「かかわる」「寄り添う」「ふれ合う」など,対人援助に関する用語を説明しようとすれば,どうしても抽象的にならざるを得ない。なかでも,意味が広すぎて定義の難しい言葉が「コミュニケーション」である。広義には,動物間の情報伝達と,社会生活を営む人間間の意思や感情,思考の相互伝達の,2つに分けられる。看護学においては,看護に共通する技術として後者の人間間のコミュニケーションの技術に位置づけられている。

 テキストでは,後述するように,コミュニケーションの基礎知識から,看護との関係性,そして看護学におけるコミュニケーション技術と,一般的知識のレベルから看護で行われる専門的知識へ段階的に整理されて記載されている。臨床看護においては,そうして学んだことが統合されて,患者─看護師間の情報のやりとりや意思の疎通,関係形成などが行われている。看護実践に欠かすことのできない,それなしに看護は不能であるのがコミュニケーション技術である。だから,その過程についても,プロセスレコードやリフレクションなどを用いて反省的に検証されたり,推進されたりする大事な看護技術である。

連載 「配慮が必要な学生」の学びにつなげる対応 臨地実習における教育上の調整を考える・7

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 実習指導における困難さは,学生の特性・特徴をふまえ,刻々と変化する実習環境に応じながら教育することでしょう。

 今回は,気分の落ち込みと学習意欲の低下が強く,気分の変動により学習に支障を来している学生を取り上げました。多くの看護教員や臨床指導者が経験していることです。しかし,たとえうつ状態がとらえられたとしても,うつ状態の程度のアセスメントや,学生への対応への難しさを感じていることでしょう。ここでは,架空の学生Pさんを紹介し,実習担当教員Qとの場面を提示し,教育上の調整について考えてみたいと思います。

焦点 第106回看護師国家試験を振り返って

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第106回国家試験結果の概要

近年もっとも低い合格率

 厚生労働省は,2017(平成29)年2月19日(日)に実施された第106回看護師国家試験について,3月27日(月)に合格発表を行った1)

 第106回の合格基準は,必修問題のうち2問が「問題としては適切であるが,必修問題としては適切でない」という理由で,この問題を正解した受験者は採点対象として含めるが,不正解の受験者については採点除外とされた。これにより必修問題の得点は40点以上/49点または39点以上/48点とされた。一般問題と状況設定問題は,採点除外問題1問と「複数の正解がある」「設問が不適切で正解が得られない」「設問が不明確で複数の選択肢が正解と考えられる」との理由で対象となる5問が複数の選択肢を正解として採点することとなったため142点以上/248点以上とされた。結果,必修問題と一般問題・状況設定問題の先の条件を満たす者が合格とされた(表1)。

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臨床状況に対応できる能力が問われる

難しかった……試験後に起きた受験生の反応

 試験終了直後,多くの受験生が「何ですか?あの難しさは」「問題文長すぎ!」「読むのが大変だった」「どうしよう……」「たぶん,落ちた」などネガティブな言葉を発するのを耳にした。筆者が所属する大学では,国家試験終了から卒業までの束の間の時間を安心して過ごしてもらおうと,国家試験の翌日に一斉に答え合わせを行っているが,その際に多くの悲鳴を聞いた。Net上でも,twitterなどで「涙しか出てこない」「悲鳴」「(何もかも)終わった……」などの投稿が目立ち,「過去最高の難易度」とのつぶやきもあった。

 いったい,今回の国家試験ではこれまでと何が変わったのだろうか?何が「難しかった」と感じさせたのだろう。「過去問では太刀打ちできない」「一般的な問題を出してほしかった」との訴えが示しているように,問題傾向の変化に大きな反響があったのは事実のようだが,難しいと感じる要因は何なのだろう。筆者は国家試験問題の分析と受験対策を専門としているわけではないため,専門的な分析は他に譲るが,本稿では教育の現場で学生の教育に携わる者として,学生の目線で「難しさ」の要因について考えていきたい。

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改善におけるリフレクション

教員にとってのリフレクション

 リフレクションが教員にとって重要であることはもはや異議を挟む余地はないだろう。ショーンにより提唱された教員像としての「省察的実践家」をはじめとするリフレクションに関する理論的系譜はここでは詳細には取り上げないが,多くの先人によって専門家としての成長におけるリフレクションの重要性が指摘されてきた。また,優れた教員に共通する資質について調べた研究によれば,「ティーチングを自己評価し,適切な改善を加えるためのある種の組織的な方法をもっている」ことが,優れた教員の資質の1つとして見出されている1)

 しかし,リフレクションは簡単なことではない。時間および労力がかかり,また,リフレクションの質も重要であることから,良いリフレクションを行うには,明確な目的の設定と目的に応じた正しい方法が必要である。本稿では,日々逐次的に行うリフレクションではなく,教員としての活動を俯瞰的に振り返り,活動の軸となる理念を明らかにし,今後の目標を定めることに適した方法である,いくつかのポートフォリオを紹介する。

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新刊紹介

INFORMATION

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 能動的な学習者を育てる,という言葉が盛んにいわれている昨今,私は,能動と受動といった二項対立の枠組みとは異なる,もう少し自由な学習者のとらえ方があるのではないか,というジレンマに陥っていたことがある。なぜ,安易に学習者を二項対立の図式にあてはめようとするのか。

 能動と受動の対立,つまり「する」か「される」かの対立には意志と責任の概念が存在し,これが善か悪かの二項対立の判断基準になるという。学習においては,能動的な学習者が意志と責任を担う善で,受動的な学習者が悪とされる。

基本情報

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看護教育
58巻7号 (2017年7月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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