産婦人科の実際 70巻7号 (2021年7月)

特集 ポストコロナ時代の産婦人科医療

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新型コロナウイルス感染症によってもたらされた人々の生命への危機感は多大なものがありました。ワクチンの普及しか根本的な救済策が見いだせない医療の限界に気付かされたことも,今後の医療への取り組みに大きな影響を及ぼしたことでしょう。それ以外にも安心安全であると信じてきたわれわれの社会に対する信頼感を覆す事態に直面し,これまで以上に日頃から想定しておかなくてはならなかった備えの重要性に現実的な関心が深まったことは近年になかったことです。これを契機に社会の構造変化が見直され,新たな生活様式が求められています。急激な対応を迫られる変化にこれまでとはまったく異なる戸惑いもあるなか,議論を重ねて積み上げてきた制度や施策に大きな命題を突き付けられ,規制緩和や従来の仕組みの変更が必至の状況になったことも事実です。

1.感染症対策 落合 大吾
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人の動きが盛んになれば様々な感染症の発生リスクは増加する。新型コロナウイルス感染症の流行前にも,2015年の中東呼吸器症候群(MERS-Cov)のアウトブレイクを経験している。このような場合,これまでは感染症の専門家など限られたメンバーで被害を食い止め,われわれ一般医家は感染症問題を深刻な事態として認識してこなかった。しかし,新型コロナウイルス感染症の対応でも明らかなように,すべての医療機関あるいは社会全体での感染症対策を行うことは極めて重要である。本稿では,新型コロナウイルス感染症のパンデミックの初期に,慶應義塾大学病院産科で行った対応を紹介する。

2.ロボット手術 安藤 正明
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ロボット手術は世界的には2000年代より普及し始め,わが国でも2018年に多くの術式が保険収載され婦人科でも広く行われるようになってきている。現行の機器では立体視下に関節をもった鉗子で開腹術に近い感覚でスムーズに手術操作が行えるといった単に操作上の利点しかないが,現在さらなる進化が起こりつつある。今後は情報と一体化したツールになり手術支援,教育,遠隔手術など手術自体に革命的な変化が起こることが予想される。

3.遠隔地の医療 馬詰 武
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広大な面積をもつ北海道では,すでに産科医療機関の集約が一定程度進められてきた。子どものいる地域に分娩施設が配置されており,産婦人科医師数も子どもの数に応じた配置がうまくできている。医療機関と市町村の連携もできていることから,他都府県に比べて搬送距離が長いにもかかわらず救急搬送に要する時間は全国の平均時間と遜色ない。しかし,2024年の「働き方改革」に適応するにはそれでも不足なことから,コロナ禍で急速に進んだ医療現場へのITの導入を積極的に開始した。

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“Precision medicine” という言葉はすでに浸透している感がある。しかし,実臨床の場において,システムが十分に整っているとはいえない。それでも,診断技術・精度は日々向上しており,がん治療は,molecular profileに基づく診断が導入され,臓器横断的な治療が導入されるなど目覚ましい変化を遂げている。大切なのは,婦人科腫瘍に携わる医師1人ひとりが,precision medicineを構築するためのシステムに携わっているのだという自覚を持ち,診療・研究を実践することである。

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新型コロナウイルス感染症への対応を通じて,デジタル技術が生活に大きく浸透した。この変化が,がん診療にも大きく影響を与えるだろう。がんの診断には,リキッドバイオプシーの活用に加えて,月経血の活用も検討される。がんの不均一性を事前に把握することが可能になり,それをベースとした治療戦略の検討が普遍化するだろう。補助療法中の管理では,IoT機器などから送られるライフログをふんだんに活用することになると思われる。再発腫瘍の完治は依然として難しいかもしれないが,臨床的に悪性な分画を適宜把握してそれに対する治療を行うことで,担がんではあるもののQOLが保たれた生存期間の延長が可能になるかもしれない。

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行は社会活動,人流が制限され経済活動にも大きな変化をもたらした。医療の分野にもかつて経験がないほどの混乱を巻き起こしている。感染患者とりわけ重症患者用ベッドが不足し,一般の悪性腫瘍など治療を急ぐ患者や救急患者の受け入れ体制にも支障が生じ,医療逼迫の状況が続いている。感染が拡大している地域では,周産期医療体制が崩れかけているところもある。またコロナ禍で情報通信技術(information and communication technology;ICT)の普及が促進され,オンライン診療,遠隔医療が行われている。ポストコロナの時代もオンライン診療や遠隔医療はさらに普及していくと思われる。また,それに伴う診療報酬改定,キャッシュレス決済(クレジット・交通系ICカード,「PayPay」など)が必要になろう。行政のデジタル化も加速している。

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コロナ禍後の生殖医療は大きな変化を迎えるであろう。そのなかで出生率の低下が最も大きな課題となる。それゆえわれわれが対処すべき生殖医療としては,生殖機能の老化および現時点で未解決の治療の開発が対象となるであろう。現在取り組んでいる新しい治療法および将来有望視されている実験段階のアプローチとして,① 老化した卵巣機能の回復,② 老化した卵巣機能の救済,③ 無精子症の治療成績の向上,④ 卵巣移植,⑤ PGT-Aの一般化,および ⑥ PCOSに対する安全な排卵誘発法の開発の,6つの視点より今後の対策と展望について述べてみたい。

8.遺伝医療 平沢 晃
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新型コロナウイルス感染症の拡大は医療システムを大きく変化させた。「受診したいけど受診できない患者・クライエント」と,「受診してもらいたいのに受診してもらえない医療者」が双方で模索して歩み寄ることになった。ポストコロナ時代の産婦人科遺伝診療は「変えていくべきもの」と「変えてはいけないもの」のバランスに配慮し,最新の遺伝子解析技術やオンライン診療などを導入するとともに,遺伝リテラシーの向上を通して,遺伝情報,ゲノム情報を当事者のために有効に活用することが求められる。

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新型コロナウイルス感染症が蔓延しているなか,第73回日本産科婦人科学会学術講演会を,日本産科婦人科学会としては初めての現地開催とWeb開催併用のハイブリッド形式にて開催した。昨年以来,Web学会の利便性を享受してきたが,現地開催のよい点も浮き彫りになった。ポストコロナ時代の学術講演会はハイブリッド開催が主流になると思われるが,何をWebに移行し,何を従来の現地開催に残すかの議論が必要である。

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2018年4月に専門医機構の専門研修プログラムによる研修が開始になった。COVID-19の流行により,病院の機能制限に伴う症例数の低下など研修への影響は大きい。また,初期研修医の産婦人科へのリクルート活動も,病院見学,ハンズオンセミナーなどが開催できないため苦戦を強いられている。近年,進んできた教育ツールのデジタル化は,学会のWeb開催など,今回のパンデミックを契機により拍車がかかっている。20年後を予想すれば,便利な教育ツールが充実し,研修場所を選ばず,知識や技術の習得が可能になるかもしれない。そうなると,研修医が産婦人科や,専門研修プログラムを選択する基準は,科としての根本的な魅力や指導医の医師として態度など,よりアナログな動機になるかもしれない。その魅力がいっそう際立つような未来を期待したい。

11.行政の対応と取り組み 小林 秀幸
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厚生労働省母子保健課は,もともと母子保健法や母体保護法を所管し,産婦人科領域とは密接な関係にある課であるが,近年,成育医療基本法,旧優生保護法一時金支給法,生殖補助医療法が相次いで制定された。筆者は,2年余りの期間,これら新法に係る国会対応や法施行の事務を進めつつ,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめ,その時々で時事的に問題となった政策課題に対応してきた。これらの業務について振り返りつつ,ポストコロナ時代において,少子化の進行を食い止めるうえでの産婦人科医療に対する期待,妊産婦のメンタルヘルス対策の重要性,生殖医療・生命倫理に関する課題について述べる。

12.医師の働き方の変化 木戸 道子
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時間外労働時間の上限規制が2024年度から医師にも適用される。そのために,業務効率化,タスクシェアなどによる業務分担を進めて労働時間を削減する工夫が求められる。少子高齢化による働き手の減少,社会や人々の意識の変化に対応しつつ,安全と法令遵守を考えたゆとりある人員配置,システムの改善が必要である。効率的な研修,技術習得や,様々な立場の人がもてる能力を発揮し,力を合わせて組織のパフォーマンスを上げる仕組み作りなど,働き方改革を好機と位置づけ,前向きに取り組むことが求められる。

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2018年3月24日,筆者(松尾)は三上らとともにルイジアナ州ニューオーリンズで開催中の第49回米国婦人科腫瘍学会(SGO)のメイン会場にいた。本学会に出席する人のほとんどが,そこで行われるLate breaking abstractの発表を一番の楽しみにしている。そこでは,毎年のようにいわゆる大目玉の試験結果の発表が続くからだ。大勢がフロアに駆けつけてまさにコンサートの様相だ。その日も,皆はきっとLACC試験の好結果を期待していたはずだ。しかし,ラミレスらより世界初の早期子宮頸癌に対する低侵襲広汎性子宮全摘術の有用性を試した第Ⅲ相試験の結果が発表されると学会フロアは水が引いたように静まり返り,セッション終了後は怒号とため息の入り混じった異様な雰囲気に包まれた。あれから3年,米国では早期子宮頸癌に対する低侵襲広汎性子宮全摘術はどうなったのか。また,日本ではどうなっているのか,日本は今後どうするのか。日本への熱い思いと期待を,太平洋の対岸から静かに伝えたい。

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SHiPとは妊娠中ないし産褥42日目までに突然発症する特発性の腹腔内出血であり,稀ではあるが母児ともに致死的な経過をたどりうる。SHiPの多くは妊娠22週以降に発症し,妊娠22週未満に発症して正期産まで妊娠継続可能であった報告はほぼない。近年,危険因子として子宮内膜症や生殖補助医療(ART)が指摘されており,ARTの普及に伴うSHiP増加も危惧される。本症例では,基礎疾患なく自然妊娠が成立し,妊娠18週にSHiPを発症したが,緊急手術により妊娠を継続し,正期産に生児を得ることができた。

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腹腔鏡下手術において5mm径のトロッカーを用いたセプラフィルム®の腹腔内への挿入には工夫を要する。今回,セプララップ®を用いてセプラフィルムの挿入・貼付について検討を行った。当施設で全腹腔鏡下子宮全摘術(TLH)を施行した7例を対象とし,5mmトロッカー4本を使用したダイヤモンド法で行った。患者の右側に立ち,右下腹部のトロッカーから挿入し,左骨盤壁への貼付の際にはハンドルを回旋させ(約35度),ジョイントの屈曲を利用することで貼付が容易となった。セプララップの腹腔内挿入から抜去までの時間の平均値は71.7±18.6秒,貼付成功率は88.0%であった。

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症例は53歳,主訴は不正性器出血。子宮内膜組織診は類内膜腺癌Grade 2,骨盤部MRIでは子宮体部に結節状腫瘤を認めた。子宮体癌ⅠA期の術前診断で腹腔鏡下単純子宮全摘,両側付属器切除術を実施。術後の病理組織診断はpT1a,脱分化癌,高度のリンパ管侵襲を認めた。術後補助化学療法はTC療法を実施したが,8カ月後肺門部リンパ節,肺転移をきたした。TC療法を再開したが効果なく,MSI-Highを確認しペムブロリズマブを開始。2サイクル後軽度増悪傾向を示したが4サイクル後に縮小に転じ,以後奏効を維持している。

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一過性大腿骨頭萎縮症(TOH)は股関節周囲や鼠径部の疼痛,股関節の可動域制限を主訴とし,数カ月の経過で症状および画像所見が正常化する疾患である。今回,妊娠中にTOHを発症し,前回妊娠時も同様の症状を訴えていた妊娠例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する。症例は32歳,1回経産婦で,妊娠29週より右股関節痛を訴え,妊娠38週で症状増悪を認めた。産後に症状の改善がないため精査したところTOHの診断となり,免荷療法で経過観察している。前回妊娠時にも同様の訴えがあり,妊娠中に股関節痛などの症状を訴えた場合は必要な検査と専門科へのコンサルトが重要であると考えられた。

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産婦人科の実際
70巻7号 (2021年7月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0558-4728 金原出版

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