胃と腸 8巻8号 (1973年8月)

今月の主題 早期胃癌と線状潰瘍の合併

主題

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 胃潰瘍が先か,がんが先かという問題はほぼ100年の歴史をもつ.潰瘍癌の元祖Hauserがそのアイディアを描く機縁となった症例は1880年代に報告されている.ただしこの考えがまとめて発表されたのはわれわれの知る限りでは1924年のHenke und LubarschのHandbuchの中であって,それまで30年以上の年月がたっている.この考えをまとめるのにHauserはきわめて慎重であったといえるであろう.

 その条件は周知と思われるが,今の言葉に直すと,

1)Ul-IVの慢性潰瘍が存在すること

2)その辺縁の一部または全周にがん細胞群が存在しているか,潰瘍底はがん細胞をまったく欠くこと

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漠然としていた胃変形学

 昔から,schneckenförmige Einrollung, Beutelmagen,Senkrechtmagenという呼称はあった.本誌で,竹本教授らが詳細に述べられたことがある.そんな特殊な胃変形も,X線所見としての独立した価値あるものとはならず,たんに古典的な呼称として習慣的に使っていたにすぎなかった.なにしろ,当時は粘膜像がもてはやされていたときだから,胃変形を十分に利用もできない.したがって問題にもされていなかった.しかし,充満像にみられていたこの特殊な胃変形の所見は,臨床で生き続けていたのである.しかし,胃変形学にまで成長するには,充満像と二重造影像の併用診断が確立することが前提であった.そのあとに胃変形学が起こるわけである.

 Ulkus ohne Nischeという言葉についても同じことがいえる.胃潰瘍を臨床的に取扱うのに,Nische,というX線所見が,万能のように思われていた.あまりに評価されすぎた感がある.このために,Ulkus ohne Nischeという現実は,蔭に潜む結果となった.明らかに見逃されてきた形跡がある.臨床では,こんなものが,ほかの便宜的な診断名のもとに片付けられていた気配がある.

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 少し前までは,線状潰瘍や多発性潰瘍が見つかると,まず良性潰瘍と考え,安心してよいというのが常識であった.そして,多発性潰瘍が2個以上近くに存在すると,お互いに影響を与えあってその形状に不規則性を与え,悪性病変とまちがえやすいとされ,またしばしばまちがわれた時期もあった.これらのことは,現在もなおそのまま通用する事実ではある.しかし,その後早期胃癌の症例の増加とともに,そうではない症例が現われはじめ,頻度は少ないけれど,その発見症例も決して少数ではなくなってきた.

 たとえば多発性潰瘍のなかの一部,ときにはその全部が癌である症例,接吻潰瘍の1つ,ときには2つが癌である症例,線状潰瘍の一部または全部が癌である症例などの発見数が徐々にふえてきた.

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 〔患 者〕S.S. 50歳 男

 初 診:昭和44年11月22日

 現病歴:約14年前より空腹時の心窩痛があり,数カ所の病院で治療を受けていたが,愁訴が軽減しないので当院を訪れた.

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 〔患者〕日○長○ 62歳 男 工員

 家族歴:両親とも脳出血で死亡.

 現病歴:入院の約1年前より上腹部痛あり.胸やけ,嘔気はなく,吐血や下血もない.

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 〔患者〕J.S. 55歳 男

 主訴:2年来の食欲不振と心窩部不快感.

 臨床検査成績

 胃液検査で正酸.胆囊撮影で胆囊結石を認めた以外はとくに異常なし

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 〔患者〕小○朝○ 44歳 男

 主訴:心窩部鈍痛

 家族歴:父親が直腸癌で死亡.

 既往歴:10年前,痔核の手術を受けた.

 現病歴:17年前に胃腸透視にて胃角部潰瘍を指摘されて以来,時々心窩部鈍痛および胸やけがあり,胃腸薬を服用していた.昭和47年2月再度主症状が再発したため,某病院を訪れ胃腸精密検査を受け,線状潰瘍と診断され本院に入院した.

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 〔患者〕藤○隆○ 59歳 男

 主訴:空腹時心窩部痛.家族歴および既往歴:特記すべきことなし.

 現病歴:約5~6年前から,時々空腹時心窩部痛を認めていたが,最近痛みが激しくなり,同時に胸やけ・嘔気を伴うようになり,某医を訪れ胃腸透視を受けた結果,胃角部に不整潰瘍を指摘され,本科を受診した.

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 〔患者〕小○ 実 41歳 男

 主 訴:空腹時心窩部痛

 家族歴・既往歴:特記事項なし

 現病歴:1年前より空腹時に心窩部鈍痛を自覚するようになったが放置.その後疼痛は次第に増悪し,3カ月前から食後に悪心・嘔吐を自覚するようになり当科を受診した.

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 〔患者〕45歳 男

 約20年前より胃弱気味.昭和40年,心窩部痛が1年間続いた.46年12月ごろより空腹時の心窩部痛を訴えるようになった.12月下旬,某診療所でX線検査を行ない,胃潰瘍と診断された.47年9月29日に当院外来を受診し,11月6日手術した.胃液は正酸.

 胃X線検査所見

 立位充盈像(Fig.1)で小彎の短縮(胃角・幽門間距離の短縮)が認められる.小彎および大彎の長さのアンバランスが著明である.腹臥位の粘膜像(Fig.2)および二重造影像(Fig.3)では,胃角部前壁に,Ⅱcに特徴的な陰影斑(←)があり,腹臥位二重造影像(Fig.4)では,陰影斑の中に線状陰影がみとめられその小彎側では幅広くなっている.

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 〔患者〕G.H. 62歳 男

 X線所見

 前庭部大彎側に著明な変形を認め背臥位二重造影像で粘膜集中を伴う不整形の陥凹を認める.その陥凹底は凹凸著明である(図3).圧迫像では粘膜集中を伴う不整形のバリウム斑を認める(図1).Ⅱc型早期胃癌と診断.その病変と離れて,胃体部に大彎側の彎入と小彎側の変形を認める.背臥位二重造影像で,後壁に粘膜集中が著明なバリウム斑と,周囲粘膜の凹凸,およびほぼ胃角部にある線状ニッシェを認める(図2).線状潰瘍を含む多発潰瘍と診断.

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 〔患者〕瓜○与○ 58歳 男 無職

 家族歴:特記すべきことはない

 生活歴:酒1日2合,タバコ1日13本平均

 既往歴:25歳の時虫垂切除

 現病歴:昭和37年4月ごろより軽度の上腹部痛あり.売薬を内服していたが41年1月ごろから疼痛が強くなり,同年5月胃透視で胃潰瘍を指摘され,6月に胃カメラ,さらに8月胃透視および胃カメラでⅡc+Ⅲの疑いありとされた.細胞診ではClass Ⅰであった.41年9月21日手術のため当外科へ入院した.貧血・黄疸などなく,全身所見に異常はない.上腹部にも触診上異常なく,胃液は正酸(15/38),胃粘膜精査所見としては,以下図1~4の術前X線像および胃カメラ像より,多発性瘢痕性潰瘍と診断され,R1の手術(胃部分切除)が施行された.

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 〔患者〕J.S. 37歳 男

 8年前より上腹部不快感あり.3年前より空腹時心窩部痛.初診:45年12月5日,手術:45年12月23日.胃液酸度正酸.末梢血液像:正常.

 胃X線所見

 立位充盈像では,小彎短縮像および胃角部にニッシェとその上下の辺縁に壁不整像が認められる.二重造影像では,胃角部に突出像とそれに続いて胃横軸方向に細長い不整形バリウム斑があり,そしてその周囲に不ぞろいの小顆粒状陰影が認められ集中粘膜ひだは,その外側で中断している.

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 〔患者〕T.H. 66歳 男

 約4年前より空腹時心窩部不快感あり.初診:43年2月17日.手術:43年3月27日

 胃X線所見

 立位充盈像では,胃角に硬化およびその上下の辺縁に伸展不良と壁不整像が認められる.二重造影像では充盈像と同じく胃角部に硬化像とその上下の辺縁に壁不整像がみられる.辺縁内の所見としては,明らかなひだ集中像と,その先端の中断およびやせ像があり,幽門側では,粘膜ひだの太まりと蛇行像が認められる.

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 〔患者〕64歳 男

 主訴:吐血

 現病歴:3カ月前,飲酒の際,吐物に少量の血液を混じたという.

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 〔患者〕59歳 男

 主訴:食後の上腹部痛

 家族歴:特記すべきことなし.

 既往歴:10年前より胃下垂といわれている.

 現病歴および経過:生来胃腸が弱く服薬することが多かった.昭和41年3月ごろより食後に上腹部痛が発来するようになった.症状の改善がみられないので5月9日本院を受診し,胃レ線検査の結果,線状潰瘍と診断され6月18日入院した.入院時理学的検査,血液生化学検査に異常なく,胃液は無酸であった.

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 〔患者〕51歳 女

 主訴:左側腹部痛,吐き気

 家族歴・既往歴:特記すべきことなし.

 現病歴および経過:約5年前より時々吐き気,上腹部不快感を覚えるようになった.1カ月前より症状が増強してきたので近医を受診,胃レ線検査で胃潰瘍と診断され内服薬の投与を受けていたが,さらに精査を希望して本院を受診した.胃レ線検査および胃内視鏡検査でⅡc+Ⅲ型早期胃癌と診断され入院した.入院時,理学的検査,血液生化学検査で異常なく,便潜血反応はB法(+),G法(-),胃液酸度は低酸であった.入院後生検でadenocarcinoma mucocellulareを確診し,その後のレ線,内視鏡検査で変化の強いことから進行癌の可能性もありとして手術された.結果はⅡc+Ⅲ,深達度mの早期胃癌であった.

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 〔患者〕64歳 女

 既往歴・家族歴:ともに特記すべきことなし.

 現病歴:昭和38年ごろより心窩部不快感,時に鈍痛を訴え,近医にて治療を受け,自覚症状が軽快した.43年8月,胃集検にて異常を指摘され当院へ紹介された.臨床的には特に異常を認めず.一般検査では糞便,潜血(+),胃液は過酸であるが他の諸検査は正常であった.

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 〔患者〕64歳 男

 主訴:空腹時心窩部痛,嘔気,胸やけ.

 家族歴・既往歴:特記すべきことなし.

 現病歴:約1年前より上記症状があり,昭和47年9月上旬より一層症状が増強したので,9月28日某医にて胃X線検査を受け,多発性胃潰瘍といわれ入院した.

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 〔患者〕辻○静○ 62歳 男

 主訴:上部腹痛

 現病歴:昭和36年8月以来,千葉大学第1内科にて次のように経過検査を行なっている.

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 この論文はハンガリーの胃集検の試みに関するものである.筆者らはJászberény市在住の医師で,サフラニー先生の友人たちである.この国では,いちばん積極的に胃癌に取組んでいる人たちである.ハンガリー人の“胃の様子”がわかり興味ある論文であり,ここに掲載する.

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 1926年,Hauserが病理組織学的な立場から胃潰瘍から胃癌が発生すると説き,いわゆる“潰瘍癌”の病理組織学的規準を提唱して以来1),わが国においても,Hauser説が多くの病理学者に支持されてきた2)3)4)6)7).しかし一方では,Stromeyer10)やKonjetzny12)のように,潰瘍からの癌化は非常にまれであり11),潰瘍の周辺の慢性胃炎から癌が発生するという説や,最近では粘膜内癌がかなりの期間存在していて,その間に潰瘍が2次的に形成されるという説が内科医の胃潰瘍の経過観察から支持されてきた8)34)

 しかし,切除胃組織標本から得られる断面的な所見のみからでは,癌または潰瘍先行のいかんを決定することはむずかしく,決定的な確証は得られない.この問題を解決するには,慢性胃潰瘍を臨床的に長期間にわたって正確に胃直視下生検を基礎にして経過観察し35),慢性胃潰瘍からの癌化の頻度を統計的に処理するか,典型的な慢性胃潰瘍の辺縁に微小粘膜内癌を見いだし,これが偶然の発生ではないことを確認するしかない.

胃と腸ノート

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 最近Panendoscope式ファイバースコープの進歩によって,十二指腸全体の内視鏡検査Duodenoscopyよりも球部の検査Bulboscopyが誰にでもより容易にアプローチが可能な方法として注目を浴びているように思える.これらのPanendoscopeは側視式のものと違って幽門輪通過を直視下に行なえるという安心感を無視することはできない.しかし前方視式だけでは十二指腸球部の内視は完全にゆかないし,また側視式だけでは幽門輪に近い部分に観察盲点があることも周知のとおりである.

 最近だんだん売出してきた英国のBristolのSalmonらも,現状では球部の完全な検査には側視と前方視の併用が経験例の1/4以上に必要であったと述べている.

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 今回はⅡc型病変2個の早期胃癌症例です.ともに同じ大きさで,深達度m,未分化型腺癌ですが,胃角部のⅡc(病変A)にはUl-Ⅱのscarが共存していて,前庭部のⅡc(病変B)にはUlは認めませんでした.

 図1aはほぼ正面位の空気が比較的少ない二重造影像です.図1bはごく軽く第一斜位で撮影しており,空気が図1aよりは前庭部側に移動しています.図1cは空気量が多い二重造影像で,体位は図lbと同じです.術後像の胃壁のふくらまし方は,図2aが図1aと図1bに,図2bは図1cに相当します.

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 胃角部に線状潰瘍瘢痕が存在して囊状胃を呈し,胃体中部前壁に小さなⅡc+Ⅲ型早期胃癌を合併する症例を経験したので,癌病変の発見の動機になった工夫をこらしたX線ルーチン検査法,その病変のX線精密検査での描出法を中心に若干の考察を加えて報告する.

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 ここ十年あまり本邦における胃疾患診断の進歩はめざましく,胃隆起性病変についても数多くの珍しい症例の発表がなされてきた.

 著者らは,浮腫と低蛋白血症を主訴として来院し,胃ポリーポージスによる蛋白漏出性胃症と考えられた症例を経験したので報告したい.

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欧文目次

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 発熱と感染症は切り離せない密接な関係がある.もちろん感染に関係のない発熱もあるけれども,原因不明で一見感染に無関係のような発熱でも,よく調べてみると感染であることもある.したがって発熱の問題は感染症学に関心を持つ人はもちろん,一般臨床医にとっても重要であることはいうまでもない.また感染症を細菌学の立場から研究する臨床細菌学者にとっても,発熱は重要な研究課題である.

 畏友吉植庄平博士は最初細菌学を学ばれ,次いで内科学,とくに感染症学を研鑽され,そのすぐれた細菌学的手技を駆使して発熱の問題に取り組まれた.さらに内分泌学にも足を踏み入れられたが,その知識が発熱の研究をさらに進展させるのに寄与したと老えられる.発熱の研究は吉植博士のライフワークであるが,本書はその集積と考えてよいであろう.本書の完成には数年を費し,脱稿後も新知見の挿入のため,書き換え,書き足しをくり返えされたと聞く.それだけに重厚で充実した書物で,発熱に関するすべての新知見がこの中に満ちているといってよい.

編集後記 村上 忠重
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 早期胃癌と線状潰瘍の特集をしようということになったが,もちろん,このような例を沢山持っている施設はそんなにない.そこで症例を公募しようということになり,多数の方から応募していただいた.しかし収容できる紙数にも限りがある.そこで大変残念ながらお返しする例が多かった.せっかく応募させておきながらとお感じになっている方も多数いらっしゃることと思い,深くお詫び申し上げる.こうしたむだをさせまいと思って,はじめは症例の有無だけを御通知願い,返事のあった方のうちで条件の合致した方にだけ投稿を依頼する形をとりたかったが,こういった手数のかかる方法は編集部から断わられてしまった.そこでいきなりはじめから投稿を求めるという形をとらざるを得なかった.いきさつを記してお詫びする次第である.

 さて掲載症例から何らかの結論が得られたかというと,私のみならず,白壁さんも崎田さんも結論を出すのに苦慮されたようである.私は論文の中に書いたように潰瘍が先か癌が先か,の問題をここでもまた結論づけることができなかった.むずかしい問題だということを,あらためて感じさせられた次第である.それもそのはずで線状潰瘍自身の発生機転がまだ十分にわからない.今までのクラシックな病理組織学的な研究方法を脱却しなければならないのかもしれない.

基本情報

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胃と腸
8巻8号 (1973年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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