胃と腸 8巻9号 (1973年9月)

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 これからここに述べる話は,本質的にはX線診断の話ではない.内視鏡診断にも標本の肉眼的診断にも共通した話なのであるが,一つの例としてX線診断を中心として述べることとする.

 A医師がX線診断で潰瘍を見つけた.そして良性潰瘍であろうと診断した,同じ潰瘍のX線写真をみてB医師はこれは悪性すなわち癌であると診断して,激しい討論を行なった.B医師は,潰瘍の形といい大きさとか周辺の盛り上りなどは癌とするに充分な所見であると力説するに反し,A医師は,それらの所見はどれも良性胃潰瘍にしばしばみられる所見であり,それらの所見だけをもって悪性とすることはできないから良性と言わざるをえない,と主張して譲らなかった.手術して,その切除標本を肉眼的にみると,いわゆる典型的な円形の消化性潰瘍であり,A医師は診断が当ったことを喜んだ.しかし,その後組織学的に検査すると,肉眼的観察では全くわからない程度のごく小さい癌が潰瘍縁にあることがわかった.いわば純粋なⅢ型といえるような早期癌であったわけである.するとこんどは,B医師が,自分の診断が本当は正しかったのだ,といって小踊りして喜んでしまった.果して,どちらが正しかったのであろうか.これが問題提起である.

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 病理の立場から,胃潰瘍の質的診断とその限界について書くように依頼された.大変難しい課題で,できれば避けて通りたいという気持もないではなかったが,胃疾患の診断や治療にとって依然として重要な課題の一つであり,診断の限界を知り,その限界をふまえてどのように対処していったらよいか,また今後の問題点はどこにあるかなどを得られている成績や知見をもとにご紹介し,あわせて筆者らの考えを述べさせていただく良い機会と思い直すようになった.

 いうまでもなくこの問題の基本には,数年前に病理学者や外科医の間で種々論議され,未だに意見の一致をみるにいたっていない潰瘍癌の組織学的判定の基準の問題がある1)~11).この基準は,潰瘍と癌との組織レベルにおける位置的関係を重要視したものであるが,両者の発生後の古さの比較という時間的要素がその背景にあることもご存知の通りである.しかし時代の推移とともに診断に多くの進歩改良が加えられ,切除胃の内容も次第に変ってきており,このような観点から古くて新しいこの問題をこの辺りで考察してみるのも,また大事なことではないかと思う.

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 かつて,外国人が胃潰瘍の質的診断に非常に興味をもっているという話を聞いて,奇異な感じをもったことがある,当時,私どもの第一の関心事は,より小さな,より微細な早期癌の診断ということであったから,潰瘍辺縁にある癌はすでに小さな病変ではなかったわけである.それに,Ⅲ+Ⅱcの症例が意外に少なかった.

 ところが,昨年,本誌でも,Ⅱb型早期胃癌についで,Ⅲ型早期胃癌が特集され,ついで悪性サイクルが特集された.主題も症例も座談会の記事も興味深かった.そして,最近,国立がんセンターの市川平三郎先生から,胃潰瘍の良性・悪性の鑑別診断についての,外国人とわれわれとの間の差を解説してもらって,なるほどと感じ入った.そのような立場からの特集は本誌にもないようである.

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 悪性サイクルの概念の確立は,早期胃癌の研究史上に特筆すべき業績の一つであるが,この概念の認識によって潰瘍性病変の診断学は大きな転機を迎えるとともに,あらたにいくつかの問題を提起しつつある1)~4)

 すなわち,まず素朴な疑問として良性サイクルと悪性サイクルとの間に,はたしてどのような相異があるのか,また潰瘍のあらゆる時相について,どこまで的確に良悪性の診断ができるか,胃内視鏡診断学に対する要求は一段とたかまってきたものといえるし,これらの所見を臨床において確実に把握するためには,原点に立ちかえって潰瘍の内視鏡像を詳細に分析して行く必要性に迫られている.

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 市川(司会) 実はこの号の編集を望月先生,竹本先生とご一緒に引き受けましたので,一緒に司会をお願いします.

 胃潰瘍の良性,悪性の鑑別診断ということは,きわめて大切なことですが,時代の変遷によって細かいニュアンスはいろいろと変わっていると思います.したがって,何年か毎に,こういう話題が出てもいいのではないかと思いますが,そこで,現在の時点で,皆さん方が考えられておられることを話していただいて話を進めていきたいと思います.

 編集委員会でこの話題が取り上げられたときは,日本では胃潰瘍の良性,悪性の鑑別診断という言葉が,近ごろはあまり使われなくなってきているけれども,外国では日常茶飯事に使われているという話が出ました.そこのニュアンスの差も,話題の1つとして取り上げていただけたらと思うわけでございます.

 まず,お集りの先生方,このテーマから思いつくことをひとことずつお話しいただけませんでしょうか.

胃と腸ノート

放射線直腸炎(1) 小林 世美
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 子宮癌を放射線で治療すると,隣接する直腸粘膜はその影響を大いに受ける.直腸粘膜は,殊に放射線に対して感受性が強い.子宮癌は治癒しても,後遺症として現われた直腸粘膜障害が患者を長く苦しめることがある.これが放射線による直腸炎である.従来,この問題は婦人科,あるいは放射線科で取扱われてきたが,必ずしも満足できる治療が与えられたとは言いがたい.腸管側の問題であるから,私ども消化器病学を専攻するものとして,婦人科,放射線科と協力しながら,むしろ積極的にこの招かれざる事態に対処する方法を考えなければならない.最近外来で,この種の患者を多くみるようになったので,治療法の確立を目指している.

 頻度は,子宮癌患者で放射線治療をうけたものの約5%と通常示されているが,どの程度のものまで含めるかで,統計はちがってくる.1回でも出血のおこったものを含めると,私どもの施設では約30%に上る.時期的には,治療期間中におこる急性期と,治療終了後数カ月,数年を経ておこる慢性期の2相がある,私どもが通常治療の対象とする放射線直腸炎は,後者の方である.平均5~6カ月でおこるが,9年たっておこった例の報告もある.放射線量が多いほどおこるのは当然で,7,000~8,000radsの照射量に対して頻度が高くなる.一度放射線治療を受けた直腸壁は,長期にかけて進行性のdamageをうけ,線維化で厚くなり,硬結する.潰瘍やびらんが発生し,浸出物はFibrinを含む.潰瘍辺縁では血管拡張がおこる.狭窄が侵襲された壁のびまん性硬化によっておこってくる.血栓や血管硬化がみとめられる.

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 昭和44年以来,アフタ性口内炎,眼症状,陰部潰瘍をくり返しているベーチェット病患者に回盲部潰瘍の発生をみ,内科的治療で寛解後2年有余を経過した症例を経験した.

 症例は35歳女子.主訴は回盲部腫瘤,某医で大腸癌を疑われて昭和46年1月27日来院.既往歴として,昭和44年10月,ベーチェット病の診断をうけている.回盲部に約3×3cm大の比較的軟い圧痛のある円形の腫瘤あり.大腸X線検査で,回盲部に潰瘍を伴った腫瘤状陰影あり,ベーチェット病に合併する回盲部潰瘍病変と診断し,患者の希望により経過観察を行なった.3月8日よりサラゾピリン投与開始.同月24日には腫瘤は消失した.5月20日のX線検査で潰瘍は見当らず,治療を終了.1年半後の47年7月の検査でも,再発を認めなかった.以後も自覚的,他覚的に異常を認めず,本年6月現在異常はない.

研究

急性胃炎の臨床的考察 大岩 俊夫
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 急性胃炎とは,急激に起る上腹部の疼痛,嘔吐,食思不振等を主訴とし,比較的短期日のうちに症状軽快する疾患であり,臨床上必ずしも稀な疾患ではないように考えられる.にもかかわらず,現在まで急性胃炎についてのまとまった報告は少ないようであり,いまだに胃癌症とまちがえられて手術を受けたり,胆石症や潰瘍穿孔とまちがえられて急患手術を受けたりすることも少なくないような状態である.

 しかし,最近では胃のレ線診断,内視鏡検査,組織生検など,診断技術が著しく進歩し,これらの検査方法を用いれば,急性胃炎を新鮮な状態で,かなり正確にとらえることができるようになってきた.

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 胃疾患診断学の最近の進歩は稀有な病変はもとより,悪性疾患についてもより早期の診断を可能にした.また,一方では診断学のキメが細かくなるに従って癌と異型上皮,肉腫とRLH(reactive lymphoreticular hyperplasia)など,特に病理学的水準においてさえ鑑別に困難を伴う症例を臨床レベルで取り扱う機会を増加せしめた.

 ここに報告するのは,レ線所見が悪性リンパ腫に酷似し,病理組織学的にも興味ある所見を呈したRLHの症例である.

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 最近,早期胃癌の診断技術が発達し,その型,浸潤範囲,およびその深達度までも術前に的確に診断されつつあるが,Ⅱb型早期胃癌の術前診断はなお困難である.このたび,筆者らは術前に胃体中部大彎側の類似Ⅱb型,ないしはⅡc型早期胃癌と診断し胃切除を行なったところ,肉眼でその癌巣を認識しえず,組織学的検索の結果,胃体中部大轡側を中心に前後壁にひろがる比較的広範囲の類似Ⅱb型早期胃癌であった症例を経験したので,ここに報告する.

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 筆者らは最近67歳の女性にみられた右側回結腸炎の手術症例を経験したので報告し,若干の考察をこころみた.

 患者は初発症状の発現後一旦寛解していたが,約2年後に再燃増悪を来したため,罹患部腸管の切除術が施行された.術後の病理組織学的検査では,非特異性肉芽腫性炎症性病変であることが明らかにされた.

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 胃の好酸球性肉芽腫については,本邦においても多くの報告1)~19)が認められるが,筆者らは最近,胃X線写真および内視鏡所見上Borrmann Ⅰ型の進行癌を思わせた比較的大きな胃の好酸球性肉芽腫の1例を経験したので報告する.

一冊の本

The Acute Abdomen 竹本 忠良
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 消化器病学の領域における診療体制として,ふだんから消化器内科,外科医の間に血のかよったチームアプローチが不可欠であることはいうまでもない.消化管出血例などでも,チームによる診断と治療体系が症例に即応できるように,ふだんから訓練しておかなければ,実際面における活動に制約が起こりやすい.

 急性腹症という疾患群もチームアプローチが絶対必要であることはいうまでもないが,内・外科のコンタクトがよすぎて内科側のほうは診断と治療のすべてを外科側に完全にオンブしてしまう傾向だけはつくりたくない.

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欧文目次

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 第22回総合医学賞入賞論文は,例年通り,昨年1月から12月までの医学書院発行の原著論文収載誌から選ばれた14篇が決定した.

 「胃と腸」からは,八尾恒良先生らの“腸の潰瘍性病変に関する新しい提案”〈第7巻第12号〉が受賞し,贈呈式が7月20日午後6時から,東京赤坂のホテル・オークラで開かれた.入賞14論文に対してそれぞれ賞状,賞金,賞牌および副賞が贈呈され,式終了後引き続いて行なわれた祝賀パーティーでは選考委員,来賓多数が受賞者をかこみ,新しい研究をめぐっての歓談が続いた.

編集後記 竹本 忠良
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 本号の編集方針は市川平三郎博士らの巻頭の論文がそのすべてを正確に示している.胃潰瘍の良性悪性の鑑別診断というテーマは日常もっとも重要で,毎日身をくだいて苦労しているわけであるが,内科診断学なみの鑑別診断学のレベルをはるかにこえ,しかも将来の問題点を鋭く,かつ豊かに示した諸論文を得たことは,「胃と腸」が依然若さを保ち健在であることを物語っているものといえよう.

 市川博士が鑑別上の5段階を提唱されたことは,なお進歩を続けている早期胃癌診断学が日常当面する混乱を指摘し,整理されたものであって,この分類法は必ず普及し愛用されるに違いないであろう.病理,X線,内視鏡それぞれの立場から力作がよせられた.大岩博士の研究論文も大学病院ではむつかしい領域のお仕事だけに,たいへん興味深い.その他,症例はいつどの号を読んでもつねに新鮮であることに本誌の真価がある.

基本情報

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胃と腸
8巻9号 (1973年9月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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