看護学雑誌 58巻8号 (1994年8月)

特集 針刺し事故—そのショックとリアリティ

  • 文献概要を表示

 やっぱり今でも,自分の中で何かが変わったと思う.

  • 文献概要を表示

 針刺し事故の恐怖は,それを自らのこととして体験した時はじめて真実味を持つ.ここでは,実際に事故を経験した方たちにご出席いただき,事故がつきつける現実を生の声で伝えていただこう.

  • 文献概要を表示

 それはいつもの忙しい土曜日の夜のことだった.夜半近くになって,事故による外傷患者が救急部に運ばれてきた時に,スーザン・スミスがこの先数か月の間,悩み続ける出来事が起こった.患者に点滴をする時に,スーザンは注射針を自分の手に刺してしまったのだ.患者はICUに収容され,人工呼吸器が装着された.スーザンはAIDSにかかったのではないかという恐怖に襲われた.その恐怖は,ノーマン氏というこの患者が,ヘロイン中毒者だったことが分かった時にさらに強くなった.

  • 文献概要を表示

はじめに

 わが国では現在約200万人のC型肝炎ウイルス(HCV)抗体陽性者(第2世代HCV検査)がいると推定されている.そのような状況の下,慢性活動性肝炎〜肝硬変〜肝癌に進展する率の高いHCV感染症の汚染血による誤刺事故とその業務感染1)が急増している.にもかかわらず業務血液感染の最大の原因となっている誤刺事故の実態が明らかにされていないのが現状である.

 米国ではエイズウイルス(HIV)感染症の増加によって,誤刺事故対策が改めて問題になり,安全装置のついた針の開発と医療現場への普及が進んでいる.また米国厚生省と労働省は組織的に業務感染対策に取り組んでいる.

  • 文献概要を表示

 パスツール研究所を筆頭に,AIDS研究の権威国であるフランス.患者の対人口比も欧州第一にあげられ,新しい感染者の報告は1週間に110件とうなぎのぼり.この国ではAIDS感染者を身内や友人に持つことはごくありふれたことで,仕事の契約をする際にも検査を求められるなど,すっかりフランス人の生活の中に“浸透”しているように感じられる.

 最前線で働く医療従事者たちに業務感染について聞いてみた.AIDS研究のエキスパート,ジラルド医師(8月に横浜で開催される国際エイズ会議で来日予定)は「感染の経路は多量の血液との接触が要因となるもので,業務上のリスクはきわめて低い」との見解.しかし実践面で1番のリスクを背負う看護婦になると,危険に対する意識も若干変わり,やはり注射器を持つ手は慎重になるようだ.「重要なことは,注射器を扱う時や出血時には,手袋をはめ,ゆっくりと看護にあたること.それとAIDS患者だという恐怖心を持たず彼らを精神的に理解してあげることが肝心」と看護婦のシルビー・ソロネーは言う.ただ,日本の臨床看護では,“ゆっくりと”が一番難しく,また手袋への拒絶感は患者・看護婦双方とも根強い,そのためにリスクを低くできないのが現状だろう.

  • 文献概要を表示

業務感染が問いかけるもの

 いま医療の現場では,さまざまな人権問題が論じられています.

 まず,インフォームド・コンセントの問題をはじめ「患者の権利」を確立する方向での議論がされています.

  • 文献概要を表示

はじめに

 1970年代が日本におけるホスピスの構想期であり,1980年代を始動期であるとするならば,1990年代に入った現在,日本のホスピスは新たな展開期に臨んでいるといえるだろう.それは,1つにはホスピスやターミナルケアの実態を追及すればするほど,そこには医療・看護の領域のみでは解決できない諸問題が浮かび上がり,関連諸領域をも含むターミナルケアへの対応が求められてきていること.さらには,“より日本的なターミナルケア”のあり方が問われ始めているという点である.中でも,「宗教」や宗教と密接に関係する「文化」,「習俗習慣」に関する問題が,それぞれの国においてターミナルケアやその専門施設のあり方を左右し,方向づけていることを強く知らされる.

 日本でのホスピスやターミナルケアのあり方を問う場合も,この「宗教」や「文化」などとのかかわりを無視しては,患者中心の施設,あるいはケアということは名のみのものとなりかねない.

  • 文献概要を表示

はじめに

 タッチングは看護ケアの一部として,看護の歴史を通じて用いられ,共感の気持ちを伝えたり,安楽にしたり,疼痛を緩和してきました.タッチは非常に多くの基本的看護技術と結びついていますので,Krieger(1975)はタッチを看護であることを示すお墨付き,即ち看護の標的と呼んでいます.

 看護の文献を見ますと,タッチの定義は数多くあります,非言語的コミュニケーションの1つの形(Barnett, 1972;Goodykoontz, 1979;McCorkle, 1974),相互作用(Weiss, 1979),他者との関係をつくろうとすること,1つの特性,知覚の様式,経験(Ujhely, 1979)などです.

  • 文献概要を表示

みなさんの病院にも来ましたか?

 5月12日の看護の日,看護週問に伴う記念事業『ふれあい看護体験 '94」.この催しはこ存知の通り一般の方々が病院で看護の仕事を体験してもらい,看護への理解と関心を深めてもらおうとするものである.参加者,参加施設は年々増え,多くの関心が集まっている.

  • 文献概要を表示

 おそらく誰もが一度はハッとさせられる針刺し事故.そのほとんどは,注意不足や個人の意識など看護婦側に原因があるとされている.しかし十分な安全性への配慮に欠ける医療器具のデザインによるところも実は大きいのではないだろうか.

 欧米では,すでにそのことが指摘され,注意・意識などの人的要素を変えることよりも,むしろ人間工学的な見地から器具のデザインを改良し,安全性を高めることの方が先決という考え方に変わってきている.

連載 カラーグラフ

このひと'94

  • 文献概要を表示

病院を出て,エネルギッシュに社会へ

 “看護”を社会全体の問題として考え,今後の“看護”のあり方をみんなで考え,実現していこうとする『明日の看護を考える会』.92年8月に発足,昨年12月に「看護にいま求められるもの」,今年3月には「これからの在宅ケア」と,立て続けに2回の公開セミナーを開催した.

 その代表(代行)である山中さんは,とにかくエネルギーあふれる人である.神奈川県下の病院の総婦長から一転,病院建設準備のためにマレーシアヘ.2年の予定が1年で帰ってくることになり,帰国後,神奈川県の実施している「K-DAY』(日本とオーストラリアの交流をはかることを目的とした催し.看護交流も柱の1つ)に参加.オーストラリアへ.そこに参加した看護職員の仲間と『明日の看護を考える会』を設立する.山中さん曰く「高齢化社会を誰がどう支えていくのか,われわれ看護職がコーディネーターに」「看護とは人生をかけてやってきた仕事.看護職の底力を見せたい」.個人,法人合わせ会員約100名,県外も多い.現在,表敬訪問と称し,会の活動の報告,参画を求めて県内の病院等をまわっている.今年7月,今度はカナダへ….

ヤッたね看護—柳原病院の試み・5

  • 文献概要を表示

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんは,その病態から身体は動かないが,頭(意識,思考)はしっかりとしているので,看護側のケアや対応が行き届かないとストレスを増長して精神的に不安定になりやすく,そのことが,ナースコールの回数を増やし悪循環をうむと言われる.

 今回,老人病院を退院して,当院の訪問看護を受けながら在宅ですごすことになった64歳の女性,ALSのT氏が,家族の介護教育,および在宅にむけての調整のために3週間の予定で転院してくることになりました.当病棟では,はじめてのケースだったので他院の患者さんを見学したりして事前学習をし,受け入れ準備をしましたが,むずかしい病気だけにスタッフー同緊張して転院を待ちました.

生体のメカニズム・32 代謝・体温の生理・2

  • 文献概要を表示

 今月は夏の話題として「汗」を取り上げてみたいと思います.この暑い夏の最中,額や顔,胸や背中にはすぐに汗が出てきます.このような暑い日差しの中で友人の引っ越しを手伝い,汗を十分にかいた後で,木陰の下で飲むビールの味は格別ですね.他人のために流した汗の後は,とても爽快だと思いませんか.

 サッカー場でJリーグを応援していると,額の他に,知らない間に手の掌に汗をかいてしまっていませんか.また入学試験などで緊張し,鉛筆に力を入れて答案を書いていると手の掌の中に汗をかいて,鉛筆が滑ってしまったり,答案用紙を汗で破ってしまったりしたことはありませんか.西洋の貴婦人は,フォーマルな席でいつも肘まである絹の手袋をしているのはなぜだかお分かりですか.

連載 [リレーレポート]いきいき看護研究・11

  • 文献概要を表示

看護のすばらしさを知るために

 仕事に満足感や充実感を得ることは,毎日の作業を楽しく続ける上で必要なことだと思っている.満足感は,その場その場の患者さんとの触れ合いの中や,1日の仕事が終わった時などに沸いてくる楽しみであるが,充実感は,苦労を重ね,大仕事をした時に味わうことのできる楽しみである.そういう意味で,研究発表は充実感を私たちにもたらしてくれる.日頃,1人でも多くの職員が仕事の中から充実感を味わい,仲間とともに,また,家族とともに看護のすばらしさを知ることができるように心がけている.

 公立能登総合病院は,1943年に開設された半世紀の歴史を持つ自治体立の基幹病院である.人口9万人の1市6町を診療圏とし,1994年から基準看護は全病棟特III類の承認を受けている.看護婦の66%は当院附属看護専門学校の卒業生であり,多くの看護婦が卒前,卒後の一貫した教育の長所を生かして,地域の雰囲気に適した看護を展開している.看護職員数は216名で,看護婦(保健婦1名,助産婦8名を含む)156名,准看護婦33名,その他27名である.

連載 —海外文献紹介—Current Nursingピックアップ・5

  • 文献概要を表示

はじめに

 近年,急速に患者数が増加している糖尿病患者への教育は,日本においても教育入院などの形式で,主に知識面の教育がある程度系統的に実施されているが,その評価に関する研究はほとんどなされていない.

 実施した看護ケアをきちんと評価することは,患者への直接的なケアの改善にとどまらず,実践の学である看護学の発展という意味においても非常に重要なことである.そこで今回は,最近欧米の雑誌に報告された糖尿病教育の評価研究のなかで,対象や教育プログラムの異なるいくつかの実験デザインの研究を取り上げてみたい.また,糖尿病教育の評価研究に関する詳細なメタ分析や総説(文献研究)も報告されているので,はじめにその1つを紹介する.

連載 看護相談学のすすめ・2

  • 文献概要を表示

はじめに

 前回は,看護相談学の方法論的な前提と,看護相談という実践の枠組みについて述べたが,その主旨を要約するとともに今少し敷衍(ふえん)してみよう…….

 保健・医療・福祉の専門職は,健康上の困難を抱えた人々から援助を求められた際,カウンセリング,心理療法,ケースワーク,行動療法等のさまざまな面接技法を駆使してクライエントの相談にのる.そして,これらの面接技法の背景には,“診断主義”,“機能主義”,“行動主義”という3つの流れがある.日本の看護教育は,いずれの面接技法についても,またその背景となる流れについても専門的な訓練の機会を十分に提供してこなかったが,現実に行なわれている看護相談は,3つの流れがそれぞれに担ってきた役割を併せ持っている.だからといって,看護相談が面接の諸技法に還元されてしまうわけではないし,看護者は面接の諸技法から学ぶ必要がないというわけでもない.さまざまな面接技法から学べる点を吸収しつつ,看護相談が成り立つ場や求められる状況にふさわしい,看護職に独自な技法の確立と,その理論的な裏づけが必要である…….

連載 おしえて看護婦さん!いまどき医療の?・11

  • 文献概要を表示

「止まったら」で何を連想する?

 今,私はムンテラに興味があって,失敗談を集めている.で,最近いちばん笑った話を.

 ある40代のご婦人が不定愁訴で医者にかかった.医師は更年期障害を考えるが,生理は順調という.そこで,「心配ないでしょう.止まったら,また相談にいらしてください」と話した.「止まったら」は閉経したら,のつもりだ.けれど,2週間ほどしてその患者さんが再来.その月の生理が終わったら,という意味だと思ったのだという.

  • 文献概要を表示

 自己コントロール,自己決定,インフォームド・コンセント,自律,支援,共生,連帯etc.これらは現代の保健医療を社会的・文化的な文脈の中でとらえる際のキーワードとして注目され,論じられることが多くなった.社会の構造的変化に伴い,保健・医療・福祉のありかたが問われるなかで,そこに共通する理念は個人尊重の原則である.本書で展開される「ささえあいにもとづいた社会システムとは何か」を基調とする議論は,上記の理念を実態化しようとする,1つの試みといえるだろう.

 5人の執筆者は生命倫理に強い関心をもつ若手研究者である.法哲学,心身医学,倫理学,仏教学,生命学という,それぞれ異なる専門分野からの立場で,自分自身のことばで議論したプロセスがそのまま編纂されている.まず最初の論者が問題提起を行ない,それを受けて次の議論が示される.さらにその全てを受けて次の論者が批判や検討を加えるという流れになっている.

連載 私が訪問看護に魅かれる理由・2

  • 文献概要を表示

 私たちは今,満開の桜の下を愛用の訪問車に乗って走っている.先日あるお宅で,「看護婦さんはよくお花の名前をご存じですね」と言われたが,そういえば訪問看護の仕事を始めてから自然に触れることが多くなった.夏の暑さや今年のような大雪には閉口させられることもあるが,空調完備の病棟にいては味わうことのできない,四季折々の自然の美しさを堪能できるのも,訪問看護の魅力の1つではないだろうか.

 前回は,医療機関からの訪問看護という立場で書かせていただいた.訪問看護にはさまざまな形があることは周知の通りだが,この4月より私たちは病院を離れ,「老人訪問看護ステーション」として再出発を切った.2年前より,全国でスタートした「老人訪問看護ステーション」は,1994年4月現在で全国に約350か所開設されているという.このステーションについては,開業医が主治医でも訪問看護が可能になること,経済的にも若干収益がよくなること,まだ法人や団体にしか開設が認められていないとはいえ,看護職が長となり1つの事業所として独立できることなどが評価されている.しかし,実際には赤字経営が避けられない,職員の確保が困難,慣れない事務処理等々,問題は山積しているのが実情である.

連載 看護ボヘミアン—出会いと発見のつれづれ・11

風立ちぬ—(後編) 林 千冬
  • 文献概要を表示

最後の「環境整備」

 1986年2月末.私の看護婦国家試験の日が近づいていた.ひとまずアルバイトを休むことにしたものの,一番の心残りはやっぱり吉田さんのこと.すでにその頃,彼は自力歩行もままならないほどに衰弱してしまっていた.

 その日,日勤の終わりに彼の病室を訪ねた私の目に飛び込んできたのは,激しい下痢が止まらず,付き添いさんにまさにオムツを当てられようとしている彼の姿だった.

連載 未来予想図 たとえば私の……・11

  • 文献概要を表示

流されて看護婦に

 人生とは,自分で決断し行動して切り開いていく部分と,自分ではどうしようもなく,いわゆる運命として流れていく部分があると思う.今の私を見てもそうだ.私の場合を考えてみると後者のほうと言えるかもしれない.私は現在大学の哲学科で学んでいるが,特に努力家なわけでもなく,熱心なわけでもない.しいて言えば人一倍好奇心が旺盛だということぐらいだろう.

 看護学校に入る時も,特別な思い入れがあったというわけではなく,コミュニケーションの取り方が学べればいいなと思ったぐらいだ.この頃からすでに,アメリカに行きたいという思いを持っていた.それは未知の世界への期待という,漠然とした思いではあったが…….

連載 でも、やっぱり歩きたい[直子の車椅子奮戦記]・32

退院おめでとう 滝野澤 直子
  • 文献概要を表示

憂うつな回診

 部長先生が嫌いなわけじゃないけれど,私は回診のたびに憂うつになった.だって,なにかというと 「そろそろ退院後のことを考えて……」とくるんだもん.私はまだまだ退院なんかしたくないのに…….

 部長先生は『退院』という名の印ろうをかざして歩く.患者さんたち一人ひとりに今後の人生を前向きに考えてもらいたい,というメッセージなのでしょうが……,ホントに先生,わかってるのかなあ.退院なんてちっともおめでたくないんだよ.元気な身体に戻って退院するんじゃない.障害者としての人生が始まってしまうんだもの.

連載 プッツン看護婦物語・48

  • 文献概要を表示

 私たちも、病院勤務とはいえどフツーのお勤め人なんだし、いろんな失敗やらかしちゃって、ずいぶんと恥ずかしい思いもすれば、いろんな人と人とのつきあいだから、人間関係のもつれっていうのもあるわよね〜。

 で、今回はそんなこんなで後々まで尾を引いちゃって、ずっと心に深〜い傷を残す(?)私たちの暗い過去を集めてみました。では……

基本情報

03869830.58.8.jpg
看護学雑誌
58巻8号 (1994年8月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

文献閲覧数ランキング(
6月29日~7月5日
)