助産婦雑誌 37巻4号 (1983年4月)

特集 いま分娩を考える

立ち産へのトライアル

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医療施設に分娩が集中するようになって約30年,母児の安全を守るという施設分娩の所期の目的はほぼ達成されたかにみえる。最近,ラマーズ法や分娩時の体位についての論文を目にする機会がふえてきたが,これらは,分娩に追いまくられてきた産科医療にも,分娩そのものを見直すゆとりがでてきたことを示す,ひとつの左証といえるかもしれない。これからは,安全なだけではなく,さらに分娩環境をも含めて,母児やその家族にとって好ましい分娩とは何かが問われるようになるだろう。この間に,立ち産を介して取り組んだ記録が「立ち産へのトライアル」である。これを果敢と評するかそれとも無謀とみるかは,読者それぞれの立場や感性によって異なるだろう。ともあれ,この試みを素材として,来たるべき21世紀の分娩に思いをめぐらせていただければ幸いである。

プロローグ 大島 清
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 昨年のある日,ある都市の,ある病院で"立ち産"が行なわれた。立ち産を"立位産"と呼ぶべしという声もあるが,そんなことはどうでもよろしい。つまり広義のアップライトポジションのお産である。私が仕掛人である。そして感激屋の友人の産婦人科医師Aが試行した。Aの記録写真を携えて,西に東に私は駆けめぐる。助産婦さんたちの意見を聞くためである。当然選別の意思がはたらいた。話しても,ただびっくりするだけだ,そう思う人は極力避けた。とはいっても10人ほどである。まず面識のある人、それに,あまり遠い人は困る。まだある。日頃,助産とは何か,お産とは何かを考えているような人でないと困る。そのような立派な助産婦さんは,日本全国にゴマンといることはよく知っている。しかし,結局,私の奔走範囲内の助産婦さんが,本論にご登場いただいた5名である。

 まず,立ち産そのものを見学した中村さんがいる。自然出産法を学んで,現在はベルトコンベア式のお産に疑問を抱いている見るからにエネルギッシュな助産婦さん。テキパキと仕事ぶりが早いのは,服飾デザインの腕でみがきをかけたせいか。立ち産情報にいちばん感激の表情を見せたのは新井さんだ。写真を見た次の日,早速その病院に飛んで行って,つぶさに経過を書きとめてきた。産む,という現象にいつも新鮮な感性で接している助産婦さんでないとできないことだ。

立ち産へのトライアル 体験者は語る

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気恥ずかしさと期待と

 それは全く思いがけない体験でした。確かに,平素の健診時より,主人もお産に立ち合えるかどうか伺ってはおりましたが,それは主人も「分娩室に入室して見学する」程度の軽い気持でした。それがたまたま,私のお産はA先生に立ち合っていただくこととなり,突然「へその緒は主人が切るべし」という話になって,気恥ずかしさと同時に,主人に父親としての自覚を強く持ってもらえるのではないかという大きな期待とが入り混じって,複雑な気持になりました。

 病院に到着したのは午前10時半。先生の診察で,すでに分娩第1期も半ば頃とのことでしたので,昼すぎにはもう主人と陣痛室へ移りました。私はベッドの上で壁に寄りかかりながら胡座をかき,陣痛が来るたびにラマーズ法でやりすごすべく必死の形相,主人は音も形も大きすぎる掛け時計で陣痛の間隔を計りながら,私にレモンの輪切りを含ませてくれ,「これだけ主人をこき使えるのは,後にも先にも一度だけ?」などと,痛いお腹をさすりながら考えたものでした。全くこの時は「控え室で出番を待っている関取り」のごとく,デンと坐ってしかめ面。その間にもB助産婦さんが,赤ちゃんの位置を調べたり,図解入りで私共2人に分娩の詳しい説明をして下さったりで,これには大いに元気づけられました。

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 私にとって昭和57年10月10日16時53分は生涯忘れ得ない鮮烈な印象となり,いつまでも記憶に残っていることと思う。待ち望んだ初めての子である長女の生まれた日であり,これだけなら別にどうということもないが,立派な口髭をたくわえられた当直のA先生に,父親の私が,分娩室に軟禁(これは冗談…)され,医師の着るような白衣を羽織り,3時間余にわたる妻の陣痛,引き続いて50分余の"立ち産"による出産の瞬間まで,立ち合うのみならず,あらゆる局面で"参加"した稀少な事例ゆえに,そのときの感想をここにご披露申しあげることにしたい。

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 昨年10月に誕生した長女真紀も,はや満2か月を過ぎ,日ごとに赤ちゃん特有の愛くるしさを加味していく様を,親馬鹿たっぷりのまなざしで眺めております。

立ち産へのトライアル 助産婦の立場から

立位産を見学して 中村 恵子
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本来,お産とは

 お産とは元来,生物のごく自然な現象として太古から営まれてきたにもかかわらず,現在ではもし何か異常があったら,という何パーセントかの危険性のために,病院など施設内分娩がほとんどを占めている。しかもそれがあたりまえのこととして受け取られているのが現状である。妊娠したら病院で予約,分娩台に足を縛りつけられて苦しい思いをして産む。そういう施設内で"産ませてもらうお産"があたりまえだと信じて疑わない。計画分娩で,人工的に陣痛をつけ,分娩監視装置でモニターしながらの分娩で,問答無用の会陰切開が行なわれ,陰圧吸引分娩が日常茶飯事の施設もあるようだ。産婦側も,赤ちゃんさえ元気ならたとえ私が苦しくとも,と自分の選んだ施設の方針に口をはさむような,おそれ多いことははなからあきらめてしまう。しかし分娩は本来,自然な生理現象なのであるから,異常がない限り自然の成り行きにまかせ異常にならないよう見守り,異常になりそうなとき初めて手をくわえられるべきものであると思う。

 私が見た3例の立ち産の産婦も,分娩台に縛りつけられてお産するのをあたりまえのこととして受容していたが,医師や助産婦の立ち産の説明を聞くと,いやだという者はおらず,突然のことなのでとまどいながらも,きわめて協力的であったように思う。

オダン式立ち産の構造 新井 佳代子
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もはや自然分娩志向は時代の趨勢

 適応無視の誘発剤投与,会陰切開,無意味な分娩監視装置の長時間とりつけ,分娩台上での長期仰臥位拘束,放置,新生児の隔離,といった不自然さのくりかえしが,まだ日本の多くの施設で行なわれているのが現状です。母乳哺育の重要性が最近やっと認識されるに至ったとはいえ,これといって決まった分娩方針があるわけではなし,強いてその大綱をとり上げるとすれば,医療が関与しすぎて,なんでも無事に産ませさえすればいいという,お産第2革命内にとどまっているとしか思えません。

 ですから,お産の主役は,依然として医師,助産婦です。その人たちの中で,お産とは何か,助産とは何か,という本質を見失っている方が少なくなさそうに思えます。自然分娩,といくら提言をしても「助産婦のくせに」と一蹴されかねない風潮で,大きい施設内では,助産婦が主体となって新しいことを開発していく余地がまだまだせまいのが,日本の実情というものでしょう。

"助産とは何が"を再考する 内布 敦子
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病院の厚い壁に阻まれた立ち産の試み

 先頃,助産婦の友人Bさんが,私に次のような話をしてくれました。病棟で自然分娩を推進する動きがあり,その一環として,彼女たちは,立ち産を試みたというのです。夫が妻を背後で支え,ヘソの緒も夫が切るという,まるで,つい最近,ある雑誌で見たオダン医師そっくりのやり方のような印象を受けました。夫婦共に感激し,何よりもまず,助産婦自身が,感動し共鳴したというのです。

 私は,この話をきいて,たいへんいいことだと思いました。安全の点で問題がないことが確認されれば,最も良い方法であると思ったからです。そして,その方法は,安全の点でも,オダン医師の主張のごとく,ほとんど問題はないと,彼女の詳細な説明を聴き終わって思いました。私は矢も楯もたまらず,お産を終えたばかりのその夫婦にすぐに会いに行き,彼らの感動の余韻を一緒に味わわせてもらいました。父親は,「この子の一生に一度のことだから」と,感動に震える手で,熱心にカメラのシャッターを押し続けていました。この感動のエネルギーは,これからの親子間のトラブルをすべて解消する力を持っているようにさえ見えました。

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恵まれていた,病院での初産体験

 子供の成長とは本当に早いもので,出産から早くも3年,思い出せばそれは昨日のことのように鮮かに甦ります。あの日のまばゆいほどの感激と満足感はいまでも忘れられない,私の大切な大切な思い出です。

 当時,私は32歳の初産。貧血が強く,軽度の妊娠中毒症もあり,腰痛がひどく立っているのが辛いくらいでした。その上,引越したばかりの馴染み薄い土地は,私の諸々の不安をなおいっそう強くし,落ち着かない日々をおくっていました。

"お産"っていったい何? 大沼 れい子
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立ち産の写真から受けたインパクト

 お産をするということは,いったいどういうことなんだろう,といきなり思ったのは,ある立ち産の写真を見せられた時だった。

 その写真の女性は,とてもセクシーで,とてもいい顔,満ち足りた優しい顔をしていた。じっと写真を見ていると,何か気恥かしい気持が混じってきた。しかし,看護学生の産婦人科実習で,いぎなり内診台にあがっている風景を見た時のような,胸の痛みはなかった。また,その写真には,分娩台がなかった。夫が後ろから妻をささえていた。つまり,お産に夫が参加していたわけで,お産に立ち合うのとは,また一味違っていた。お産に参加した妻,夫,医師,助産婦,看護婦,誰もが素晴しかった!素敵だった!と目が語りかける。

立ち産へのトライアル エピローグ

21世紀の"夜明け"に向けて 大島 清
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 立ち産経験者と5名の助産婦の意見開陳は,一応以上で終わる。読者の印象はいかがであろうか。ここまで読まれた読者にも,立ち産がいまひとつ実感としてわいてこないのではなかろうか。当然である。A医師から借り受けた写真を見せ,簡単な説明をしても,助産婦さんの顔には,まだ困惑といぶかりの影がよぎる。立ち合った医師や助産婦と,幾度となく会って話を聞いているうちに,やっと輪郭がわかる,というのが実情である。五感いっぱいに,立体的に感受したものでなければ,何事にも実感がわかぬものだ。四次元のお産ではなおさらのこと。本当のお産の基調となる,静かで,素朴な喜びの風情は,大沼さんの,幼児の体験に,うまく描写されている。こういう情景で生まれた子はすくすくと育つ。最近は,子育てが歪められているとしか思えない。母親の,出生時の精神的充足感の欠如,母子スキンシップの不足,さらに妊娠中の子宮内母子分離などが,現今,施設で行なわれているお産の実態である。今回の,立ち産を見つめる試みは,ただ単に,立ってお産をするという出産の形式を問題にするのではないことも,ここでもう一度強調しておきたいし,読者も,すでに十分理解されていることだ,と思う。

 ある病院のある医師,といったように,実名を明言できない実情もご理解いただけると思う。従来の分娩形式でない立ち産や夫参加が大っぴらになると,病院の管理体制が問われるのである。

立ち産へのトライアル 海外文献抄訳

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 分娩時の体位を研究することは,人間の現象の複雑性を理解することである。私たちはピティビィエ病院で多くの分娩を観察し,分娩は,産婦がより原始的レベルの意識に退行できた時に,よりスムーズに,痛みが少なく,早く進行するものであることを知った。産婦への援助は,彼女自身の本性を再発見し,再更生することを助けることであると考えている。

 当院を訪問した方々は,当院の産科棟が,一般の産科棟と異なっていることに気づく。たとえば,長い廊下があって,そこには分娩第Ⅰ期の産婦あるいはその夫婦が歩いているのに出会う。ある人は大きなミーティングルームに注目する。そこにはあまり見かけないもの—ピアノ—が置いてある。またある人は2つの水泳プールをみつける。これも産科棟にはめずらしいものである。

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はじめに

 もうずいぶん昔(1963年)のことであるが,英国に留学した時に左側臥位での分娩介助を初めて体験した。当時日本でのお産事情は,仰臥位産でなされており,分娩誘発剤としてのアトニン,アトニンOの時間注射や点滴の指示が多い頃であった。その頃は出産数も多く,われわれ側のニードにより,複数産婦が同時に分娩にならないよう観察し,それを調節するためにもアトニンの使用がなされていた。一晩の産直時に9例の出産を介助したことも思い出されてなつかしい。アトニンは,英国で開発されたのに,当時の日本は,家元をしのぐ使用国であった。英国では,ほとんど誘発剤は使用されなかった。

 助産婦学生としてのかかわりや,助産婦の業務内容など当時の分娩事情は,当誌にも報告ずみであるが,妊婦には心身ともに分娩時教育がなされており,週末には夫婦学級が開催されていた。そのクラスの中で分娩時使用する吸入麻酔のデモンストレーションと同時に,使用方法の実地練習が行なわれた。その実技は分娩時大いに役立つものである。分娩第1期の後半から助産婦により,鎮痛・鎮静剤の使用や,定められた薬品と器具を用いての吸入麻酔が展開されるが,その時産婦は,陣痛室のベッドでも分娩台でも側臥位で吸入するようになっていた。

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はじめに

 近代産科学における最近の胎児診断学に関する多角的な進歩と新しい診断技術の導入は,胎児管理に関する多くの貢献をもたらしてはいるが,一方,母体側からみた産科管理ばいまだ多くの面で旧態とし,とくに分娩時の産婦の体位は,分娩の管理者側から強制された体位による砕石位分娩が主流である。

 最近,分娩の生理的現象を産婦の精神的心理的な面を含め,より自然で人間的な管理上より再考しようとする見地から,ラマーズ法を始めとし,座位分娩が注目されるに至った。

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分娩体位の歴史的変遷

 文献1)によれば,古代から18世紀末まで産婦のほとんどは,分娩第Ⅰ期,第Ⅱ期および第Ⅲ期を通じてなんらかの形の直立位(upright position)で分娩を行なっていた。したがって産科の歴史に関する書物には必ずといってよいほど,出産用の腰掛け(birth stool)(図1)に座っている中世の産婦と介助者の絵が収載されている。その姿勢は,立位(standing Position),座位(sitting Position),膝位(kneeling Position)または蹲踞位(しゃがんだ姿)(squating position)であったと推測されるが,いずれの場合でも体幹は,水平よりも垂直状態に近かったと思われる。

 1738年,フランスの産科医Francois Mauriceauは分娩椅子に腰掛ける代わりに,ベッドに寝る体位を提唱した。彼はフランス王妃に仕えた産科医であったために,その権威でこの体位はヨーロッパ全上のみならず,新大陸にも広がった。Mauriceauの書物によれば,この臥位は産科医の分娩管理を容易にするために導入されたもので,母親や胎児のためではなかった。すなわち,産婦をベッドに横たわらせた結果,内診や産科的処置,さらには鉗子の適用など,すべて容易に行なうことができるようになった。

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 諏訪マタニティークリニックは,長野県のちょうど中央部下諏訪町に位置し,背後には‘御神(おみ)渡り’で有名な諏訪湖が控えている.その外観は,諏訪の町並みの中で少々突出気味と思われるほど瀟酒であるが,内部も十分な設備を備えている.医療で得たものは,すべて医療を受けに来る人たちに還元したいという哲学を持つ根津八紘院長の考えが具体化した建て物であり,人的にもスタッフの陣容の中身は濃い.

 ともすれば,近代的な設備を整えると同時に,反比例するかのように,ケアする精神が失われがちであるが,諏訪マタニティークリニックには,そうした気配のないことに安心させられた.医療にたずさわる者は患者に奉仕するのが当然という思想を,根津氏は信州大卒業後派遣された沖縄中部病院で徹底的にたたきこまれたということであるが,合理性と人間性重視というアメリカ医療のよき影響を間接的に受けて,それまで蓄えてきた諸々の力を,ここ諏訪の地において見事に結実させたといえよう.

連載 ペリネータルケア・4

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high-risk perinateとは

 周産期死亡および罹病率と直接関連性を持つリスクは,多くの場合単独または幾つかの因子が組み合わさって発生してくる.ハイリスク・ペリネートというのは,ハイリスク妊婦の胎児とハイリスク新生児の双方を含めた概念であるが,どのような因子を持つものをハイリスク妊娠またはハイリスク新生児と考えるかについては,現在までそれぞれの施設によって違ったプロトコールが作られてきた.いずれの方法を採用するにしても大切なことは,まず母体がat riskにあるかどうかを確認し,適切な検査法を組み合わせて,リスク因子を科学的に評価し,さらにその妊婦をfollow upすることである.ごく最近になって再び出生前の胎児のwell-beingを正しく評価する目的から,各種の評価方法が開発されてきたことは,決して偶然とは考えられない.すなわち妊娠経過を観察していく場合,胎児の大きさ(発育状態)と在胎週数(成熟度)を知り,さらに妊娠週数に応じた大きさに胎児が発育しているかどうかが常に問題とされるようになった.その理由として次のような点が考えられる.

 1)たとえハイリスク妊娠であっても,児を最適な条件下で分娩にまでもっていくためには,まず胎児の発育と成熟度を知る必要がある.

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 教育の到達目標を達成するために,学生にどのような教材・参考文献を提示するかは,教師にとって重要な課題である。本書は,書名に示すように看護婦のための産科学のテキストであり,初めて産科看護を学ぶ人にとって好適な書といえよう。また,本書は簡潔によくまとめられており,学習を実践的行動にまで,移すことができるように意図されている。

 原著者は,看護婦のバーバラ・アンダーソンとパメラ・シャピロで,病院に所属している臨床の実践家である。訳は,既刊の1版を翻訳した我妻堯氏である。日本の実情,医療,看護制度との差異は,訳にあたって訳者の苦労が推測できるが,「訳者注」によってこの点は十分補っている。

調査研究実践講座・13

時間の特性 林 謙治
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 「因果関係とは何か」(本講座第8回)の章で述べたように,因果関係は時間の問題を無視して語ることはできない。原因は必ず結果の前に作用するということは自明の理であるが,"前"とはどの位前かが因果関係を明らかにする上で重要である。秒,分,時間,日,年,数十年と時間の長さにはいろいろあるが,調査研究で扱うのは短くても時間単位であり,長ければ数十年単位というところであろうが,世紀単位つまり百年を観察単位とする論文も時に見かける。原因が作用して結果がでるまでの間が短ければ観察は比較的容易であるが(たとえば薬物ショックのように),数十年単位におよぶと情報が集めにくいこともあって,直接の原因をつかむことは容易ではない。しかしこれは一般論であって,長い期間経過しないと明らかとならない場合もあり,逆に短時間内にある事柄が発生したとしても詳しい様子がベールをかぶったままの場合も少なくない。

 調査研究のなかでは時間の問題は3つのカテゴリーに分けて議論される。第一はSecular trendすなわち長期変動ないし趨勢変動とよばれる類いである。第二は短期変動とよばれるが疫学では疾病の時点流行として登場する。第三に周期変動とよばれる変動形式であり,1年以内のものであれば季節変動,1日を単位として観察するなら日内変動である。

連載小説 田中志ん物語・終りなき旅・10

第3章 産声讃歌 島 一春
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長女誕生

 志んは,初めての子が生れる直前に醤油樽を動かそうとして,破水した。羊水の袋が破れて流出したのだ。

 陣痛が激しくなって,子宮が開き,胎児が産道を出るとき,管水が流れ出て娩出をたすける。ふだんは胎児を保護し,出産のときは潤滑油の役を果すのが羊水である。

産科内分泌学入門・1

プロスタグランディン 安水 洸彦
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 産科内分泌というテーマなのに,最初がプロスタグランディン(PG)というのは,少々おかしいのではないかと思われる方もいよう。というのは,プロスタグランディンはいわゆるホルモンとはいささか趣きを異にするからである。最初から,しかつめらしい定義論を展開するのは筆者の心するところではないが,「内分泌学」を語るには,ここは避けて通れないので簡単に「内分泌」なるものに少し触れてみる。

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 わが国では女性喫煙者が少ないため,妊婦喫煙についての関心は低い。これに対し西欧諸国では婦人の喫煙者が多く,妊婦喫煙に関してすでに多数の研究がなされており,その多くは妊婦喫煙の有害性を指摘している。ところが,日本専売公社の調査によると,日本人女性の喫煙率は過去15年間全体としてはほぼ一定であるのに対し,生殖活動に関与する20歳台の女性の喫煙率は上昇傾向にある(図1)。もちろん20歳台の女性の喫煙率が上昇傾向にあるとしても,これがただらに喫煙妊婦の増加に結びつくとは限らないが,生活様式の欧米化に伴い妊婦喫煙が今後増加することは十分予想される。このような事態に対応するため,妊婦を診察・指導する立場にある医師や助産婦は,妊婦喫煙について十分な知識を備えておく必要がある。

 そこで今回から4回にわたって,妊婦喫煙に関する諸問題,特に助産婦に必要と思われる問題点について紹介していきたい。本シリーズが妊婦喫煙に対する関心を高めることになれば幸いである。

インターホン

育児休業 中村 淑美
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育児とは何だろうそれは母と子のつながりそのものです赤ちゃんを育てる道のりは,そわはそれは長いものです

 しかも苦しいものであるかもしれませんけれども赤らやんを育てる時,思わず飛びあがって喜びたいような「やった」という瞬間が幾度かあるでしょう──『ネ,きいてきいて』より

Hawii Report

Rape is not sex but violence 池上 千寿子
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「アメリカがくしゃみをすると日本は風邪をひく」といった比喩にもみられるように,政治・経済・文化のあらゆる側面で,わが国はアメリカの強い影響を受けています。医療の分野もその例外ではないでしょう。本誌では"気になる国アメリカ"の近況を,35巻1号から11回にわたって,「アメリカ便り」と題して,ウィスコンシン医科大学に留学されていた佐々木茂氏(日医大産婦人科)にレポートしていただきましたが,本号から,その第2弾をお届けします。

 舞台は移って常夏の国ハワイ。レポーターの池上千寿子氏は現在,性医学者としで世界的に著名なハワイ大学ミルトン・ダイアモンド教授の指導のもとで,"女性と性"の問題を中心にその見聞を広めつつあります。医療問題,女性問題の両面からのアプローチが期待されます。今後のテーマとしては中絶法の動き,医学関係者へのセクシュアリティ講座の実態,家庭内暴力,近親相姦,ホモヒクシュアル.性教育,Gスポット,月経と医療などが予定されています。今回はその第1回目として,ハワイSATセンター(俗称;強姦センター)の活動を中心に,アメリカ社会に暗い影をおとしている"Rape(強姦)"の問題をレポートしていただきました。

Medical Scope

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 外回転術external versionという名前は教科書で一度は助産婦諸君もみたことがあるでしょう。骨盤位の胎児を母体の腹壁上から頭位にする胎児の胎位矯正術のことです。若い助産婦諸君のなかには,教科書では名前をきいたことがあるけれども,臨床の実際ではその手技を全く見たこともないという方がきっと多ぜいいることと思います。ずっと昔,もう25年以上も前のことですが,日本の産科学がまだドイツ流の医学の流れを示している頃には,この外回転術は臨床の場でさかんに行なわれていたのです。そして,その技術は,ひとつの産科医の腕のみせどころとして高く評価されていたのです。ところが,だんだんとアメリカ流の医学が入ってくるようになって,一例でも障害が発生するような診療行為は止めるべきだというような考えから,この外回転術はほとんど行なわれなくなってしまったのです。というのは,経験された方もあることでしょうが,外回転術をあまり無理に行なうと,何例に1例か,非常に確率は少ないのですが胎児死亡例が出てしまうのです。胎盤をひっぱられたための物理的な原因でおこる胎盤の部分早期剥離によることもあるでしょうし,剥離までおこさなくても子宮をあまり緊張させたために胎児循環が止まってしまったための胎児死亡もあるでしょう。そんなことで,少しではありますが危険をはらんでいる胎位矯正術である外回転術は,だんだんと行なわれなくなってしまいました。

基本情報

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助産婦雑誌
37巻4号 (1983年4月)
電子版ISSN:2188-6180 印刷版ISSN:0047-1836 医学書院

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