LiSA 19巻11号 (2012年11月)

徹底分析シリーズ 周術期の輸血療法

巻頭言 清水 喜徳
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本徹底分析は,外科医である筆者が麻酔科医に,術中の輸血についての私見と疑問をぶつけたことがきっかけで企画されたテーマである。

 輸血という,日常の周術期管理のなかでしばしば遭遇する医療行為について,われわれはどこまで熟知しているであろうか。輸血の種類や準備方法,施行基準,タイミングなど,詳しくは知らないまま,何となく輸血を実施しているという方も多いのではないだろうか。

 周術期の輸血医療で考慮すべき事項は,多方面にわたる。本徹底分析は,各方面のエキスパートの先生に,わかりやすく執筆いただいた。おかげで,これから麻酔学を極めんとする若き麻酔科医はもとより,すでに麻酔学を極められた専門医・指導医にとっても,読み応えのある内容になった。

 まずは,患者中心の輸血医療の徹底,血液製剤や自己血の輸血の準備と対応,管理体制など,基礎から実践的な内容を一読していただきたい。さらに,輸血について十分理解していると自負する方には,妊産婦の輸血,血液製剤のコスト,危機的出血への対応ガイドラインの背景など,輸血医療全体への理解を深めていただきたい。

 周術期の輸血療法には,外科医と麻酔科医の相互理解が欠かせない。本徹底分析が,その一助になれば幸いである。

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同種血輸血の感染症に対する安全性は飛躍的に高まった。しかし,ABO血液型不適合輸血,TRALI(輸血関連急性肺障害),TACO(輸血関連循環過負荷),アナフィラキシー反応のように,生命を直接脅かす副作用は根絶されていない。

 最近になって,輸血そのものが患者予後を悪化させるという報告が相次ぎ,同種血輸血を避ける周術期輸血戦略が脚光を浴びつつある。この戦略は,patient blood managementと呼ばれ,その普及が図られつつある。日本語では,その概念から「患者中心の輸血医療」と訳すことができる。本稿ではその概念と,周術期輸血の流れを説明する。

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妊産婦に行う緊急手術は,帝王切開術(帝切)がほとんどであると言っても過言ではない。ほかに異所性妊娠の破綻や,付属器疾患の破裂と茎捻転などもあるが,複数の生命を扱い,さらに大量の出血や母体合併症を伴っていることが多いという視点から,帝切が最も緊急度の高い手術である。

 大量の出血が予測される疾患では,あらかじめ一定量の自己血を貯血しておくことにより,大量出血という緊急時に慌てることなく対応できる。妊産婦の輸血のキーワードは「自己血貯血」である。

 また,予定帝切は気持ちのうえでも落ち着いて施行できるが,緊急帝切は母体・胎児の両者または一方の状態がよくない場合に行うものであり,そこには麻酔科医は当然のこと,新生児科医や助産師,看護師,輸血に関連したスタッフなどとの協働が必須である。緊急時を想定したシナリオで,連携,行動の訓練を常に行っておくことが重要である。

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日本麻酔科学会と日本輸血・細胞治療学会が合同で作成した「危機的出血への対応ガイドライン」が発表されたのは,2007年のことである。上記2学会および,日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会,日本周産期・新生児医学会の合計5学会が合同で作成した「産科危機的出血への対応ガイドライン」が発表されたのは,2010年4月のことである。

 本稿では,これらのガイドラインが作成された背景や議論となった点,そしてこれからの方向性について述べる。これらのガイドラインの詳細については,日本麻酔科学会のホームページ≪http://www.anesth.or.jp/≫を参照されたい。

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周術期における輸血も含めた輸液療法は,Lundsgaard-Hansenの図(図1)1,2) が理解しやすい。出血量が少なければ輸血は不要であるが,出血量が増えて循環血液量の減少,低血圧が起これば,臓器機能低下をきたす。図1にあるように,人工膠質液,アルブミン製剤,成分輸血を行い,循環動態・血行動態を保持していくことになる。

 本稿では,成人の周術期における血液製剤の一般的な種類,特徴,使用基準,管理体制,輸血環境について述べる。

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輸血は,手術,移植,高度な化学療法など,現在の高度医療には必須の療法である。輸血用血液製剤は他人の生の血液を分離調製したものであり,感染症や免疫学的な副作用を完全に防ぐことはできない。また,血液は人の臓器の一部であり,その採取や利用には倫理的な配慮が求められる。

 本稿では,輸血用血液製剤に焦点を当て,血液製剤のコストについて概説する。

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近年,patient blood management(PBM)という考え方が提唱されている1)。その根幹は患者中心の輸血医療であり,輸血を必要とする患者の管理を,エビデンスにもとづき,かつ多面的に行おうとするものである。手術医療においては,術前に貧血や出血傾向を是正しておくこと,そして,自己血貯血を活用することを含めて,不要な血液製剤の使用を回避すること,しかしいったん危機的な出血が発生したら,必要な量の血液製剤を迅速に輸血できる体制を整えておくことまで,幅広い対応が求められる。

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外科医と麻酔科医との間には,輸血の適応に関する考え方に,多少なりとも相違があるように思われる。当院はその“溝”を埋める方法として自己血輸血を導入し,特に,肝胆膵外科領域の手術で,その有用性を実感してきた。本稿では,自己血輸血を導入した背景,その利点と欠点,実際の自己血輸血法などについて,個人的な考えも織り交ぜて概説する。

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自己血輸血の臨床は,回収式から始まったとされている。1874年,Highmoreが回収式自己血輸血を提唱し,1885年,Millerがリン酸ナトリウムを用いて回収式自己血輸血を股関節離断術で施行した。1921年にはGrantが,貯血式自己血輸血を小脳腫瘍摘出術で施行した。そして1960年初頭,心臓手術で希釈式体外循環法が行われ,血液希釈の概念はここから始まったとされる。さらに1975年,Messmerらが希釈式自己血輸血を施行した。

 日本では1979年,高折らにより希釈式自己血輸血が臨床に用いられた1)。なお,弘前大学では,1980年に希釈式が臨床応用された記録が残っている。それから30年間以上にわたり,地道に希釈式自己血輸血を行ってきた。

症例検討 術中輸血の決断

巻頭言 坪川 恒久
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術中輸血には,酸素運搬能と血液凝固能の維持という二つの目的がある。一方で,輸血は臓器移植であり,異型輸血,輸血関連肺障害,移植片対宿主病(GVHD),感染症など,さまざまな合併症が起こり得る。麻酔科医は,これらのリスクとベネフィットのバランスを考慮したうえで,輸血の判断を下すことになる。

 また,手術の状況も重要なポイントである。本症例検討では,私たち麻酔科医がよく遭遇する状況を四つ(肝切除術,心臓手術,前立腺全摘術,産科出血)取り上げている。手術ごとに,緊急性,輸血の準備の状況,考慮すべき合併症などは大きく異なる。まず,出血量を予測し,輸血用血液製剤または自己血を準備する。手術中は刻々と変わる状況に応じて,輸血の判断(開始時期,輸血用血液製剤の種類,投与する量)を行う。たとえ予想を大きく超える出血になったとしても,異型適合血輸血なども含めて,フレキシブルに対応するシステムを構築しておかなければならない。

 さて,あなたはどう準備して,どう対処する?

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症例

59歳の男性。身長170cm,体重65kg。自覚症状はなかったが,HCV抗体陽性のためスクリーニングで施行した超音波検査で,肝右葉の中肝静脈近傍に,径6cm大の肝細胞癌(HCC)が認められた。肝予備能はChild-Pugh分類A(5点),ヘモグロビン値(Hb)13.4g/dL,ヘマトクリット値(Ht)41.5%であった。Pringle法を併用し,超音波破砕切開装置にて肝切除を進めた。

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症例

59歳の男性。身長170cm,体重65kg。自覚症状はなかったが,HCV抗体陽性のためスクリーニングで施行した超音波検査で,肝右葉の中肝静脈近傍に,径6cm大の肝細胞癌(HCC)が認められた。肝予備能はChild-Pugh分類A(5点),ヘモグロビン値(Hb)13.4g/dL,ヘマトクリット値(Ht)41.5%であった。Pringle法を併用し,超音波破砕切開装置にて肝切除を進めたが,肝切除が半分終了した時点で中肝静脈枝からの出血(計800mL)が続き,Hb 9.2g/dL,Ht 33.9%と低下した。

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症例

80歳の男性。身長160cm,体重50kg。高度の大動脈弁狭窄症に対して大動脈弁置換術と,2枝病変に対して冠動脈バイパス術が予定された。半年前から胸痛が出現している。大動脈弁口面積は0.6cm2,大動脈弁圧較差は最大90mmHg,平均圧較差は60mmHgであった。左前下行枝に90%,左回旋枝に75%の狭窄を認める。術前の左室駆出率は0.62であった。血算ではヘモグロビン値10.2g/dL,血小板数12.0万/mm3であった。

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症例

69歳の男性。身長165cm,体重69kg。前立腺癌に対して恥骨後式前立腺全摘除術が予定された。高血圧の既往があり,カンデサルタンおよびアムロジピンを服用中である。入院時血圧130/86mmHg,心拍数73bpmであった。毎日20本,30年間の喫煙歴があるが,3週間前から禁煙した。手術2週間前から4単位分の自己血貯血を行った。手術前日のヘモグロビン値は11.2g/dL,血小板数21万/mm3であった。

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症例

妊娠34週5日の妊婦。身長160cm,体重67kg(非妊娠時体重58kg)。陣痛があり,入院した。妊娠経過に特記すべきことはなく,児の推定体重は3080gであった。入院後の検査で胎児機能不全non-reassuring fetal status(NRFS),常位胎盤早期剝離と診断された。血圧98/64mmHg,心拍数102bpm。ヘモグロビン値は8.5g/dL,血小板数は12.5万/mm3,フィブリノゲン濃度120mg/dLであった。緊急帝王切開が予定された。患者の血液型はA型で,院内にあるA型は2単位である。

連載 臨床留学に憧れて:第4回

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本連載は,日本生まれ,日本育ちの平凡な日本人である私が,アイオワ大学医学部麻酔科のClinical Assistant Professorというアカデミックポジションを得るまでの紆余曲折を紹介するものです。

 前回は,憧れていた米国のレジデントポジションをついに獲得し,Maimonides Medical Center(MMC)で臨床留学の第一歩であるインターンシップを行った経験についてお話しいたしました。今回は,MMCでの3年間にわたる麻酔科レジデンシーの開始と,レジデンシー期間において私が苦心したことについてお伝えします。

連載

Editorial拝見
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The New England Journal of Medicine

Editorial:

Kavanagh BP. Glucose in the ICU―evidence, guidelines, and outcomes. N Engl J Med 2012;367:1259-60.

Article:

Agus MS, Steil GM, Wypij D, et al. Tight glycemic control versus standard care after pediatric cardiac surgery. N Engl J Med 2012;367:1208-19.

■小児心臓手術患者における血糖コントロールの臨床的意義は?

重症患者における血糖値コントロールについては,この10年間余りで多くの研究がなされてきた。2001年にvan den Bergheらが,内科ICUにおいて血糖値を正常に保つことで,感染率や死亡率が30%以上も改善することを報告した。この研究を受けて,さまざまなガイドラインにおいて,重症患者では厳密な血糖値コントロールを行うことが推奨された。しかし,2009年のNICE-Sugar studyという6100名以上を対象とした大規模研究において,厳密な血糖値コントロールはむしろ死亡率を上昇させることが示された。だが,同年に発表された小児心臓外科手術後を対象とした研究では,血糖値の厳密なコントロールをすることで,死亡率が6%から3%に低下することを示した。血糖コントロールについては,まだまだ議論が必要と考えられる。

 このような背景のもとに実施されたのが,Agusらの研究である。

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連載 妊娠・出産talk CAFE:第6回

理想的な周産期医療 富岡 恵子
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今回は,私が考える理想的な周産期医療についてです。

麻酔科医として産科緊急に立ち会ったときから,患者さんや医療スタッフにとって良い仕組みとはどんなものだろうと考え続けてきました。

これは,麻酔科医なら誰しも一度は考えることではないでしょうか。

そして今回,自分が出産する側になったことで,考えが少しアップデートされました。

連載 はへほのはなし:第3回

定積分はトイレで 紙野 厚美
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猛暑が続いて湖底が露出した早明浦ダムのように,過去2回ですでに筆者の頭はすっかり乾涸びてしまったにもかかわらず,血も涙もないE嬢(そろそろ実名で糾弾したいくらいである)からは,借金取りのような正確さで,矢のような原稿催促が来る。第1話,第2話では10のn乗表記を要する数が多く,そうでなくても気の進まない原稿執筆が輪をかけて面倒なものになってしまった。読者(がいるとすればの話だが…)もさぞかし読み進めるのに骨が折れたことだろう。そこで,今回はいきなり冒頭に結論を提示してしまう大胆さである。

連載 知識をいかに体系化するか

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ずっと以前のこと,内科学のある偉い先生と酒の席で論争しました。最後は相手を怒らせてしまい,私の悪口を言わせたところで時間切れになり,論争の終わり方としては,後味はよくありませんでした。でも,相手が怒ったのは私の議論が真実をついていた故と解釈します。その時の論争のポイントを,麻酔科学に置き換えて説明すると以下のようになります。

連載 ヒューストン留学記(その後):74

sushiと中華料理 石黒 達昌
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ヒューストンへ行くことが決まった時,アメリカ暮らしが長かった知人から,無理をしてでも一軒家を借りるべき,とアドバイスを受けました。曰く,屋外バーベキューの気持ちよさは絶対だ,と。確かに,見せてもらった写真の,広い庭での夕暮れの団欒は,アメリカならではのものでした。しかし,着後早々に一軒家を諦めたのは,金銭的なことばかりでもありませんでした。

 庭つきの家には必ず芝生がついてきます。その芝の手入れが面倒,というのが最後の決め手だったのです。芝刈り機を使って自分でやるにしても,それをやってくれる人を雇うにしても,これからいろいろとセットアップしなくてはならないアメリカ生活をより困難なものにするように思えました。確かに前者を選べば気は楽ですが,酷い庭を晒せば近隣から苦情がくるほど,アメリカ人にとって芝生というのは特別な意味をもっているようなのです。さりとて,後者を選んだとしても,一体相場はいくらなのか,チップはどれくらいがよいか,間隔はどこまで空けることが許されるのか,渡米間もない日本人には高すぎるハードルでした。

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from LISA
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■10月発行のIntensivist(Vol.4 No.4)の特集は「呼吸器離脱」。その中に“気管切開の虚像と真実”と題された項目があり,そこで,エジプトのパピルスやインドの『リグ・ヴェーダ』に気管切開同様の処置が記述されている,と気管切開の歴史に触れています。で,ネット検索すると,「Homerosの伝記はAlexander大王が窒息した兵士の気管を自らの剣で切開し命を救ったと伝えている~」という文書が見つかりました。「Homerosの伝記」が何を指すのかわかりません。それならばと,英語で検索すると,「Homer around 1000 BC reported that Alexander the Great saved the life of a soldier from suffocation, by making an opening in the trachea using the tip of his sword.」を見つけました。Indian Journal of Otolaryngology and Head and Neck Surgery誌(1995年)の一論文。これとまったく同じ文章がInternet Journal of Otorhinolaryngology誌(2006年)のHistorical Review Of Tracheostomyと題された論文にもありました。この記述,気に入られたのか,けっこうヒットします。

 そもそもホメーロス,生没年不詳,紀元前9~8世紀の詩人(実在したかどうかも疑問)とされています。まあ,紀元前1000年はよしとして,その彼がアレキサンダー大王の気管切開を記すのです。これがおかしい。話としてはおもしろいですが,紀元前356~323年のアレキサンダー大王のエピソードを紀元前1000年のホメーロスが書けるわけはない…。まあ,ちょっと考えれば,すぐにわかりそうなもの。で,別のネットには,「The poet Homer is said to have made a reference to the procedure in the eighth century B.C.」とあり,こちらのほうが曖昧な分,間違いにはなっていない。曖昧なほうが正しいなんて,ちょっと変ですが…。

基本情報

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LiSA
19巻11号 (2012年11月)
電子版ISSN:1883-5511 印刷版ISSN:1340-8836 メディカル・サイエンス・インターナショナル

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