INTESTINE 22巻5号 (2018年9月)

特集 大腸腫瘍の分子生物学

序説 平田 一郎
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大腸癌には遺伝性と非遺伝性(散発性)があり,前者は大腸癌の約5~10%を占め,後者は約90~ 95%を占めるといわれている.いずれにせよ,大腸癌における遺伝子異常の解明は癌発生機序を知るうえで重要であり,大腸癌の発癌予防,新しい診断・治療法の開発などにつながるものである.さらに,high risk 群の選別による効率的な大腸癌スクリーニングも可能となる.

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1988 年にVogelstein らにより,大腸癌の多段階発癌モデルが提唱され,30 年が経過した.この間の研究の進展はめざましく,分子標的治療薬の選択におけるRAS 遺伝子変異など,バイオマーカーが臨床応用されるに至っており,これらをまとめた.得られたゲノム情報を適切に診療に応用することが臨床医にとっても必須となってきている.したがって,臨床検体,解析方法,結果の解釈などに必要な大腸腫瘍の分子生物学について,用語の解説を含め解説することが本総論の目的である.分子生物学の用語,癌の分子生物学,大腸腫瘍の分子生物学の基礎,エピジェネティクス・エピゲノム,マイクロサテライト不安定性,マイクロRNA,バイオマーカーとしての臨床応用・トピックスについて概説した.

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大腸腫瘍の分子学的特徴は,Vogelstein らの多段階発癌説が現在でも広く受け入れられている.近年,次世代シークエンサーを用いて,The Cancer GenomeAtlas Network やconsensus molecular subtypes などの大規模な分子学的解析が行われ,その特徴により大腸癌分類がなされている.本稿では,現在広く受け入れられている大腸癌の分子学的特徴について解説するとともに,当科で解析してきた大腸癌の進化の過程について概説する.

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エピゲノム情報とはゲノム上の修飾情報を指し,遺伝子の転写を制御し細胞の分化状態を決定する.癌は,ゲノムの配列構造の異常の蓄積に加え,エピゲノム異常の蓄積が原因となって発症し,大腸粘膜において蓄積した一部のエピゲノム異常は発癌リスクを上昇させる原因となる.遺伝子プロモーター領域におけるDNA 異常メチル化は癌抑制遺伝子を不活化する重要な分子異常であるが,その蓄積は腺腫の段階でほぼ完了する.その異常は大腸癌においても引き継がれ,それゆえ大腸癌は蓄積したエピゲノム情報を用いて,異なる発癌分子経路を反映したいくつかのサブタイプに明瞭に層別化される.DNA 異常メチル化を大腸粘膜に促進する環境因子としては加齢,炎症,喫煙,肥満などが,抑制する因子としてはアスピリンやホルモン補充療法などが報告されている.エピゲノム変化は発癌後も微小環境など代謝状態の変化により可塑的に引き起こされ,治療抵抗性の獲得などにも重要な役割を果たしうる.

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大腸癌の分子異常は類型的にmicrosatellite stable(MSS)とmicrosatelliteinstability(MSI;MIN)に大別される.MSS はコピー数異常,loss ofheterozygosity,TP53 変異などによって特徴づけられるが,MSI はマイクロサテライト領域の異常,BRAF 変異,ゲノムワイドのメチル化異常などと密接に関連している.MSS とMSI は排他的な関係にある.一方,前駆病変からの腫瘍発生仮説は,① adenoma-carcinoma sequence,② 鋸歯状経路,③ denovo 型経路に分類される.①と③はMSS 型癌に,②はMSI 型癌に進展する.ゲノムの網羅的解析として,The Cancer Genome Atlas が有名であるが,一方で新しい分子病型仮説も最近提案されている.病理学的観点からは病理組織像との関連性を検討することが重要と思われる.

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大腸癌の先進部では,癌の浸潤性や転移能を規定するうえで鍵となる分子変化が起こり,高悪性度の癌では上皮間葉転換(EMT)に関連した形態学的,分子生物学的な変化を高頻度に認める.これらのEMT マーカーは強力な予後因子となることが知られており,pT3 大腸癌を対象とした教室の検討でも,簇出Grade(G)3 群(5 年生存率59.8%)はG1,2 群(87.7%)と比べ予後不良で(P<0.0001),cytoplasmic podia も高度群(60.5%)と軽度群(83.8%)の間に差を認めた(P=0.003).組織マイクロアレイを利用した検討では,先進部におけるカドヘリン発現低下(HR:2.6,P=0.0082)が独立した再発因子であることが示されている.これらのEMT マーカーは癌の転移能と強く相関すると解釈でき,癌の悪性度を推し量るうえで臨床的に利用価値が高い.

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遺伝性(家族性)消化管腫瘍は常染色体性優性遺伝形式が多く,発端者の子孫は50%リスクを有する.それぞれの原因遺伝子が単離され,疾患の統合的理解とともに遺伝学的検査が可能となってきた.遺伝学的検査を用いた発症前診断が行われるならば癌の早期診断が徹底され,癌対策上大きく貢献することが期待される.遺伝的異質性が存在するので,遺伝学的検査は鑑別診断に力を発揮する.疾患と癌関連遺伝子の特徴と特殊性を十分把握し,遺伝学的検査を癌診療向上のために活用する癌ゲノム医療が実装されることが望まれる.

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潰瘍性大腸炎(UC)関連大腸癌(UC-associated cancer;UCAC)の発癌には持続する慢性炎症が関与しており(炎症性発癌),UC の炎症粘膜では加齢により認められるDNA メチル化(age-related methylation)の亢進を認め,腫瘍合併例において顕著であることより,DNA メチル化が UC における炎症性発癌の早期の重要なメカニズムであると考えられる.UCAC において,癌抑制遺伝子TP53 の変異を高率に認めるが,散発性大腸癌に認められるAPC,KRASの変異は低率である.UC の炎症性発癌におけるage-related methylation と,TP53 変異をつなぐメカニズムの解明が待たれる.

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大腸癌は世界的に罹患率・死亡率の高い疾患である.一方,分子生物学的な検討においては発癌プロセスの理解もあり,長期にわたり先駆的に研究されている疾患である.その研究過程で開発された分子標的治療薬は殺細胞性抗癌剤のみの治療より生存期間を約10 カ月も延長した.さらなる分子生物学の進歩は,5%未満のより希少なフラクションの遺伝子変異を検出可能とし,今後の大腸癌治療の生存期間をさらに延長すると考えられる.本稿では,今までの分子生物学の大腸癌化学療法への貢献を概説しながら,今後の新たな治療標的と臨床応用への取り組みに関してまとめる.

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次世代シークエンサーの登場を契機とした遺伝子解析技術の飛躍的な向上により,新たな大腸癌サブタイプ分類(CMS)が提唱され注目を集めている.遺伝子検査の倫理的問題・遺伝子情報のセキュリティ・遺伝子解析手法の標準化などの解決すべき問題は残されてはいるが,サブタイピングに基づくprecisionmedicine による個別化医療への流れは今後より強まっていくものと思われる.

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70 歳代,女性.全大腸内視鏡検査で横行結腸に約5 mm 大の粘液付着を伴った白色調の平坦隆起性病変を認めた.色素拡大内視鏡観察を行うと,病変中央部では開大したⅡ型pit を認め,開Ⅱ型pit と判断した.その上方ではより隆起が高くなり,分岐化し,大柄となった鋸Ⅳ型pit がみられ,下方でも開Ⅱ型pit と判断したが,個々に独立し島状に存在する“フジツボ”のような所見を呈していた.SSA/P with cytological dysplasia と判断し,内視鏡的粘膜切除術を施行した.病理診断は術前診断どおりであった.遺伝子解析では,開Ⅱ型pit を呈する領域,鋸Ⅳ型pit を呈する領域ともにBRAF 変異,CIMP 陽性であったが,鋸Ⅳ型pit を呈する領域は,基盤となる開Ⅱ型pit を呈する領域と比較し遺伝子のメチル化が高度であり,またhMLH1 メチル化も高値を示した.

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症例は43 歳,女性.病変は横行結腸の15 mm 大の表面陥凹を伴う広基性隆起であり,拡大観察でSSA/P の担癌例の診断の下,EMR を施行した.病理診断は中・高分化腺癌を伴うSSA/P であり,SM 浸潤距離2,300μm,grade1 のリンパ管侵襲と簇出を認めた.分子解析では,SSA/P と癌のいずれも高メチル化とBRAF 変異が陽性かつMSS であった.癌部でTP53 変異とアレル不均衡がみられた.

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症例は60 歳代,男性.大腸内視鏡検査にて直腸RS に20 mm 大の発赤隆起性病変を認めた.病変の主体は鋸Ⅳb+鋸ⅣV 型pit pattern を示しtraditionalserrated adenoma(TSA)と診断したが,口側に二段隆起部を認め,同部位のクリスタルバイオレット染色による拡大観察では,ⅤI 高度不整を認め癌と診断した.病理組織学的にはTSA を背景として,隆起部に近い部位では腺腫におけるhigh grade 相当のTSA,隆起部で粘膜内癌と診断した.TSA 部と癌部につき遺伝子解析を行うことができた症例を経験したので報告する.

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Attenuated FAP(AFAP)は特徴的な臨床像・遺伝子変異を認めるが,しばしば両者に乖離が認められる.また,Lynch 症候群やいわゆるserrated polyposissyndrome では右側結腸に平坦病変の多発を認めることも多いが,AFAP においても右側病変の多発を認める場合がある.遺伝学所見と臨床的所見,両方の側面から患者を理解することが重要である.

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近年,地震,豪雨など各地で記録的な災害が発生しています.1995 年に発生した阪神・淡路大震災以後,災害に対する関心が高まり,さまざまな疾患で対策が必要と認識されています.高齢者や障害者など災害弱者への迅速な対応がまず重要ですが,時間の経過とともに透析,在宅酸素療法,インスリン治療を要する患者などが医療的な災害弱者として問題となってきます.炎症性腸疾患(IBD)では在宅経静脈栄養(HPN)患者,経腸栄養患者,ストーマを有する患者(オストメイト)などがこれらに相当し,災害時支援が必要となることが想定されます.ここではこうしたIBD 患者が被災した際にできる情報提供,今後の課題について述べます.

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クローン病(CD)において,治療の進歩により症状改善から粘膜治癒へと治療目標が変化している.さらにCD 診療において小腸病変は無症状で進行し,狭窄や瘻孔を形成し手術に至るため,その評価の重要性が高まっている.CD では粘膜治癒の評価は基本的に下部消化管内視鏡で行われるが,同検査では回腸末端のみしか観察できず,深部小腸の粘膜評価は不可能である.近年開発されたバルーン小腸内視鏡(BAE)は小腸の粘膜所見を詳細に観察することができ,また組織学的検査や拡張術といった治療も可能である.一方MRI はCD の腸管評価において欧米では一般的に行われる検査であり,クローン病において「imaging remission」を治療目標とするべきという意見も提唱されている(STRIDE).われわれはMRI とBAE の直接比較にて,MRI は小腸の活動性炎症を評価可能であることを報告した.しかし既報は横断的な比較のみであり,MRI がBAE と比較し予後予測が可能かどうか検討することを目的とした.

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非特異性多発性小腸潰瘍症は,1960 年代に本邦で提唱された疾患であり,女性に好発し,多くは幼・若年期に発症し,貧血,低蛋白血症など特徴的な臨床症状を有する.本症が常染色体劣性遺伝の形式をとる疾患であることがわかり,その後の遺伝子解析の結果,原因遺伝子として,プロスタグランジンの細胞内トランスポーターを規定するSLCO2A1 が明らかとなった.一方,SLCO2A1はばち状指,長管骨の骨膜性肥厚,脳回転状頭皮を含む皮膚肥厚症を3 主徴とする肥厚性皮膚骨膜症の原因遺伝子としても注目されており,実際に,腸管外病変として肥厚性皮膚骨膜症の症状を合併する非特異性多発性小腸潰瘍症患者も存在する.これらの結果から,細胞内プロスタグランジンの利用障害が本症の主たる病態であることが判明し,本症の英語疾患名がchronic enteropathy asassociatedwith SLCO2A1(CEAS)という新名称に変更された.

われわれは,「難治性小腸潰瘍の診断法確立と病態解明に基づいた治療法探索」班〔日本医療研究開発機構委託研究開発費(難治性疾患実用化研究事業),松本主之班長〕のもと,① 消化器専門医における本症の認知度を向上させ,② 他疾患との内視鏡所見の相違を明らかにし,③ さらなる症例を集積することを目的に,CEAS 画像診断アトラスを作成し,2016 年3 月に刊行した.本論文は,この画像診断アトラスの一部を英文化したものである.

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目次

次号予告

編集後記

基本情報

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INTESTINE
22巻5号 (2018年9月)
電子版ISSN:2433-250X 印刷版ISSN:1883-2342 日本メディカルセンター

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