作業療法ジャーナル 54巻13号 (2020年12月)

特集 脳卒中後上肢麻痺に対するEBPの実際

竹林 崇 , 中村 春基 , 山本 伸一
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特集にあたって

 作業療法において,脳血管障害後に呈する上肢麻痺に対するリハは,対象者の幸福感やquality of lifeに大きな影響を与えると報告されている.脳血管障害後に呈する上肢麻痺に関するリハの歴史は長く,従来は主に神経筋促通術等を中心とした経験を基盤としたアプローチが対象者に提供されてきた.しかし,2000年以降は,臨床研究や疫学研究の結果示されたエビデンス(証拠)を基盤としたevidence based medicineの台頭により,ガイドライン等をはじめとしたエビデンスに基づいた作業療法が求められている.実際,2004年から世界作業療法士連盟も,evidence based occupational therapy(EBOT)の推進に力を入れている.

 EBOTを進める際には,1)患者の病態と周囲を取り巻く環境,2)患者の意向と行動,3)その領域におけるエビデンス(証拠),4)医療者の臨床経験,が必要とされている.本特集では,脳血管障害後に呈する上肢麻痺に対するアプローチのエビデンスと実践について,網羅的に示している.本特集が,読者の臨床におけるEBOT推進の一助となることを願っている.

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Key Questions

Q1:Evidence based practice (EBP)とは何か?

Q2:EBPはどのように行われているか?

Q3:EBPにおける意思決定とは?

はじめに

 Evidence based practice(EBP)を少し学んだことがある読者であれば,作業療法でEBPを実践するのは困難であることは容易に想像がつくだろう.そもそも作業療法プロセスは不確実性が極めて高い.また質の高いエビデンスの数自体が圧倒的に少ないこともあり1),EBPがなかなか現場に浸透していかない現状がある.これは筆者もある意味仕方がない部分もあると考えている.

 しかし今回のテーマである脳卒中後の上肢麻痺に限っては,これらの免罪符は通用しない.なぜなら,課題指向型練習やCI療法(constraint-induced movement therapy)等,さまざまな職種によって膨大なエビデンスが蓄積されているからである.むしろ,これらのエビデンスを積極的に活用し,作業療法が上肢麻痺に貢献できることをアピールしてもよいくらいである.本特集によって,上肢麻痺におけるエビデンスと実践のギャップが少しでも埋まることを期待するとともに,上肢麻痺に携わっていない読者においても,これを題材としてEBP自体について理解が深まることを期待したい.

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Key Questions

Q1:Evidence based practiceとは?

Q2:エビデンスの圧政とは?

Q3:脳卒中後の上肢麻痺におけるエビデンスの現状とは?

はじめに

 臨床において,対象者中心の医療を心がけるアプローチの1つとして,evidence based practice(EBP)が挙げられる.この言葉は,一部の臨床家に,「エビデンスしか信じない,エビデンス至上主義」や「机上の空論」等と揶揄されている.しかしながら,それこそが大きな誤解であり,その誤解がEBPの推進を大きく遅らせている.ではEBPとはどういったものなのだろうか.詳細は前稿をご参考いただきたいが,ここでも簡単に報告をしておく.

 Haynesら1)の示すEBPは,「対象者の希望と行動」,「対象者の病態と周囲を取り巻く環境」,「エビデンス(証拠)」,「医療者の臨床経験」の4つの因子から構成されている.つまり,EBPの代名詞のように語られる「エビデンス(証拠)」は4つの因子の1つでしかない.さて,リハ領域ではエビデンスそのものが不十分なことが少なからずある.このような領域を,Brownleeら2)はエビデンスが不確かなグレーゾーンサービスと定義している.そのうえで,エビデンスの不確実性が高いグレーゾーンサービスでは,個々の患者の価値観や好みが,EBPを進めるにあたり特に重要であることを示唆している.そして,リハのような領域で,エビデンスが確立されているアプローチのみを医療者の都合により利用することは,患者に対する「エビデンスの圧政」であると強く戒めている.

 これらを前提としたうえで,セラピストが脳卒中後上肢麻痺に対してEBPを進めるためには,一般的なエビデンスを知ることが必要である.本稿では,「Stroke Rehabilitation Clinician Handbook 2020」3)とAmerican Heart Association/American Stroke Association(AHA/ASA)のガイドライン4)を参考に解説を行う.なお,後述するエビデンスレベルについて,1a:ランダム化比較試験のメタアナリシスの結果,1b:少なくとも1つのランダム化比較試験の結果,2a:ランダム割り付けを伴わない同時コントロールを伴うコホート研究の結果,2b:ランダム割り付けを伴わない過去のコントロールを伴うコホート研究の結果,を意味する.

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Key Questions

Q1:CI療法はどのようなアプローチか?

Q2:非麻痺手の拘束や課題指向型練習,transfer packageは,おのおのにどのようなエビデンスがあるのか?

Q3:対象者の意思を反映したCI療法をどのように展開したらよいか?

CI療法とは

 CI療法(constraint-induced movement therapy)は,Taubら1,2)の行動神経学的な基礎研究に基づいている.Taubらは,脊髄後根を切断されたサルに対して,①非障害側前肢の使用を制限し,②望ましい行動目標に向けた小さなステップ(shaping)を伴う障害側前肢の体系的なトレーニング(課題指向型練習)を行うことで,障害肢の能力が改善したことを示した.彼らは,損傷後にサルが障害肢を使わなかった現象を“学習性不使用”と名づけ,リハによってこれを改善できる可能性を示した.これを糸口として,上記の2つに,③複数日にわたる麻痺手の集中的なトレーニング,ならびに④日記を記す等の行動技法(transfer packageと呼ばれる)を加え,脳卒中患者に適用したのがCI療法の原法3〜6)である.その後,CI療法の効果を検証したランダム化比較試験(以下,RCT)によって次々に効果が示された7〜11).また,最近のAmerican Heart Association(AHA)/American Stroke Association(ASA)ガイドライン12)や本邦の「脳卒中治療ガイドライン」13)では,CI療法が効果的な脳卒中上肢リハの一つとして推奨されている.

 CI療法は,身近にある物品や道具を用いて行えるため,特殊な機器を必要とせず,アプローチの場所を選ばないメリットがある.また,神経筋電気刺激や非侵襲的脳刺激,ロボティックス等の工学機器を併用することで,CI療法との相補的な作用を期待できる.一方で,物品の把持や操作を求めるアプローチであるため,手指の随意運動が乏しい重度の上肢麻痺例には適用しづらい.また,長時間の練習や行動技法を提供する人手が必要なこともデメリットである.

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Key Questions

Q1:なぜロボットを活用するのか?

Q2:上肢麻痺に対するロボット療法の有効性は?

Q3:作業療法でのロボットの効果的な運用とは?

はじめに

 昨今では,ロボット技術を活かしたリハ(以下,ロボット療法)が注目されている.2020年度(令和2年度)の診療報酬の改定では,当該機器を用いて,脳血管疾患等リハビリテーション料を算定すべきリハを行った場合に「運動量増加機器加算」として,所定点数に加算することが認められたこともあり,さらに臨床でのロボットの活用が加速することが予測される.

 本稿では,脳卒中後の上肢麻痺に対するロボット療法の現在の位置づけを概説する.その後に,臨床でevidence based practice(EBP)に基づくアプローチとして,ロボット療法が選択される過程を提示することで,作業療法の中でのロボット療法の立ち位置について考える機会としたい.

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Key Questions

Q1:末梢神経電気刺激とはどのような治療方法か?

Q2:末梢神経電気刺激のevidence based practiceにはどのようなプロセスが必要なのか?

Q3:末梢神経電気刺激療法における今後の臨床課題とは?

はじめに

 従来,脳卒中患者の運動障害に対する物理療法として,神経筋電気刺激や機能的電気刺激が行われてきた.これは,電気刺激により運動神経を脱分極させることで目的とする筋群を収縮させ,機能的運動を再学習するために実施される.本邦の「脳卒中治療ガイドライン2015」1)では,神経筋電気刺激や機能的電気刺激は高いエビデンスがある治療法として推奨されている.しかし,これらの方法は関節運動を起こす運動閾値以上の刺激のため,痛みや筋疲労が生じる等の問題点が指摘されている2)

 そこで近年,新たな試みとして末梢神経電気刺激(peripheral nerve stimulation:PNS)を利用した治療法が注目されている〔研究によってはsensory electrical stimulation(SES)やtranscutaneous electrical nerve stimulation(TENS)と表されることもある〕.これは,上下肢の末梢神経から感覚,あるいは運動閾値程度の電気刺激を長時間行うことで,大脳皮質の可塑性変化を期待するものである.PNSは,先行研究通りの刺激パラメータで実施しようとすると,機器による若干の制約はあるものの,痛みや疲労も少なく,かつ運動療法と併用しやすいという大きな利点がある.本稿では,PNSの理論的背景を述べた後に,実際の症例にどのように臨床適応するかをEBPのプロセスに則って解説したい.

わたしの大切な作業・第32回

多々ますます弁ず 辻 真先
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 生まれつきおしゃべりだったわけではないが、開局早々のNHKテレビに就職して様変わりした。制作・演出ひとりでこなさねばならないから、黙っていてはなにも進まない。ドラマはすべて生放送の時代である。いつも時計の針に追われる仕事で、ついつい早口になる。公開番組の場合は前説と称して、大勢の観客の前でおもしろおかしくしゃべり散らして、座を賑やかに盛り上げねばならない(そういう仕事も演出にはあるのです)。

 おかげさまで、武道館で1万人の客を相手にして平気なほど、度胸がついた。群集場面の演出に声を枯らすなんて大変な作業量だが、得られるカタルシスもすばらしい。

提言

ひととつながる 小林 央
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 病院の新築移転に際してすべての荷物が運び出され,空っぽになった作業療法室で,これまでに出会った担当患者さんとの写真を一枚ずつ振り返りながら,本稿のアウトラインを考えていた.そういえば,いつからか写真はメモリーカードの中に格納され,プリントして手元に持つことが少なくなっている.手に取る写真でそのころを思い出すという,普段とは少し異なる作業が「ひととつながる」を振り返るのに,余計に懐かしさを感じさせた.

あなたにとって作業療法とは何ですか?・第72回

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人がしていることには「意味がある」 人の理解は「場の理解」である

 学生時代に,子どもにかかわろうとして,「逃げられたり」,「泣かれたり」と大変苦労した経験がある.笑顔を見せても見透かされ,子どもはわがままで嫌いだと思っていた.しかし,子どもは自分の感じていることを素直に表現してくれる.“子どもってわかりやすい”と思えるようになった.それからは,距離をとり,観察し,様子をうかがうようにした.そして,以下の言葉を意識してかかわると,自然と子どもたちが集まってきてくれた.

講座 感覚の問題に注目しよう!・第5回

感覚処理のアセスメント 岩永 竜一郎
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はじめに

 近年,発達障害児者にみられることが多い感覚処理の問題が,以前よりも注目されるようになっている.米国精神医学会が刊行している「DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル」1)の自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の診断基準に感覚の問題に関する項目が挙げられたため,診断場面で感覚の問題を捉える必要性が高まっていることも影響しているであろう.このようなことから,そのアセスメントをOTが依頼されることが増えていると思われる.そこで,本稿では,発達障害児者にみられる感覚処理のアセスメントを紹介する.この中で,臨床現場で使われることが多くなっている感覚プロファイルを用いた評価,学校現場で使える感覚・動作アセスメントによる評価についても説明する.

連載 作業療法を深める ㊽学校図書館

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まずは自己紹介

 赤木かん子と申します.

 もともとは新聞や雑誌に本の紹介等を書いていたのですが,ひょんなことから学校図書館のリノベーションを始め,今までに500校ほど,幼保,小学校,中学校,高校,公共図書館の改装をしてまいりました.

連載 老いを育む・第7回

老いの生き方 柏木 哲夫
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 連載1回で2018年(平成30年)の日本人の平均寿命に触れましたが,先日発表された2019年(令和元年)の平均寿命はさらに延び,女性が87.45歳,男性が81.41歳で,ともに過去最高を更新しました.2020年(令和2年)9月,100歳以上の老人が8万人を超えました.2015年(平成27年)には「ベビーブーム世代」が前期高齢者に到達し,その10年後(2025年)には高齢者人口が約3,500万人に達すると推測されています.これまでの高齢化の問題は,高齢化の進展の「速さ」の問題でしたが,2015年以降は,高齢化率の「高さ」(=高齢者の多さ)が問題となっています.

 私たちの寿命は延び続け,今では“人生90年”に手が届こうとしています.しかし一方で,自立した生活を送れる期間「健康寿命」が,平均寿命より男性は約9年,女性は約12年も短いことがわかりました.これは支援や介護を必要とする等,健康上の問題で日常生活に制限のある期間が平均で9〜12年もあるということです.長い人生,いつまでも元気に過ごすためには「健康寿命」を延ばすことが必要なのです.

連載 認知症と仏教・第12回【最終回】

ただ生きて死んでいく 日髙 明
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記憶と事実

 以前,実習のためにしばらくお世話になった養護老人ホームで,忘れられない人に会った.その方,Aさんは,ちょうど100歳になる女性で,物忘れはあったがコミュニケーションに大きな問題はなかった.私は実習期間中,廊下の長椅子に一人佇むAさんに何度か話しかけた.Aさんは,映画を観に行った,とんかつを食べに行った,テニスをした,とご自分の若いころの話を楽しそうに語ってくださった.

 「ねぇ,ほんと,いい思い出.思い出が全部」目を細め,惚れ惚れとした表情でAさんは言った.彼女の「思い出が全部」という言葉からは,100年生きて,今の実際の生活よりも思い出のほうの比重が大きくなっているような印象を受けた.決して後ろ向きのものではなく,Aさんは満ち足りているように見えた.

“不”定期連載 北村薫の図書室・第4回

吾輩は,ねこはいを作る. 北村 薫

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Abstract:作業療法臨床実習は学生の職業的アイデンティティに強く影響するとされているが,対象者や指導者とのコミュニケーションに苦慮し,実習遂行困難になる学生も少なくない.本研究では,学生のコミュニケーションスキルや実習での経験をアンケート調査し,職業的アイデンティティへの影響を検証した.調査結果から学生は実習中の対象者とのコミュニケーションに中等度以上の困難さを抱えていたこと,臨床技能の中でも態度の技能と職業的アイデンティティとの相関が強いことが明らかになった(r=.504).また,知識や技術については,4年次学生が他の学年と比較して有意に自己評価が低値だった(p<.001).職業人としての態度は,学生が臨床実習で職業的アイデンティティを高める基盤として重要と考えられる.それに加えて,評価・治療と多くの経験をする4年次学生に対しては,実習場面を想定した学内での準備教育のさらなる充実の必要性が示唆された.

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Abstract:脳卒中後の重度上肢麻痺に対する視覚誘導性自己錯覚(KINVIS)療法と従来型運動療法による複合療法に,Aid for Decision-Making in Occupation Choice for Hand(ADOC-H)を加えたアプローチによって日常生活での手の使用に変化がみられたので報告する.患者は50代男性で,左脳梗塞発症後3.5年経過していた.介入(10日間)は,①視覚誘導性自己錯覚療法,②従来型運動療法,③ADOC-Hを用いたアプローチを毎日行った(③のみ7日間).結果,上肢運動機能の改善を認め,日常生活での麻痺手の使用が増加した.本結果は,視覚誘導性自己錯覚療法と従来型運動療法によって運動機能改善が得られ,さらにADOC-Hを用いたアプローチによって日常生活での麻痺手の使用が促進することを示唆している.

昭和の暮らし・第48回

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 回想法に用いられる道具は,前回取り上げた洗濯板をはじめ,各国共通するものが数多くある.

 アイロンも同様である.現代に至るまで先端がとがった舟形というプロポーションもおおむね変わっていない.

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目次

表紙のことば/今月の作品

次号予告

わたしたちの作業療法

第56巻表紙作品募集

Archives

学会・研修会案内

研究助成テーマ募集

編集後記 澤 俊二
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 特集は「脳卒中上肢麻痺に対するEBPの実際」です.私は心待ちにしていましたし,皆さんにとっても待ち望んでいた特集ではないでしょうか.友利氏が,「そもそもEBPは対象者にとって最良の医療を提供するための手段であり,さらにはOT自身の(最高の)自己研鑽にもなり得る.決して,ある介入法をランク付けしたり,療法士のエゴを満たすために使うものではない.まずはエビデンスが豊富な上肢麻痺からEBPを導入し,作業療法全般のEBPを推進,ひいては質的底上げにつながればと願ってやまない」と述べているように,まずは,「脳卒中上肢麻痺に対するEBPの実際」を十分に味わっていただきたいと思います.そして,EBPが備わった研究成果を一つでも臨床に活かしてみようと思われるなら,執筆者への最上のご返事になると思います.その他,研究報告も症例報告も,そして,連載も力作揃いであり,味わい深いですよ.楽しみました.

 さて,私は,2003年(第37巻)から足かけ19年(第54巻)の長きにわたって編集委員をさせていただきました.編集を通して,作業療法のあり様と深さを詳細に学ばせていただいたこと,感謝に堪えません.作業療法は人権思想を体現するものだと実感いたしました.そして,編集委員のチームワークのよさと,作業療法を愛する編集スタッフの方々の知性と企画力があったればこそ,永続的に発刊されてきたことを身をもって知りました.また,さまざまな切り口で作業療法の醍醐味を語る,特に若いOTの登場に未来の作業療法の明るさを感じることができました.

基本情報

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作業療法ジャーナル
54巻13号 (2020年12月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0915-1354 三輪書店

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