連載 認知症と仏教・第12回【最終回】
ただ生きて死んでいく
日髙 明
1,2
1NPO法人リライフむつみ庵
2相愛大学
pp.1416-1417
発行日 2020年12月15日
Published Date 2020/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.5001202346
- 有料閲覧
- 文献概要
記憶と事実
以前,実習のためにしばらくお世話になった養護老人ホームで,忘れられない人に会った.その方,Aさんは,ちょうど100歳になる女性で,物忘れはあったがコミュニケーションに大きな問題はなかった.私は実習期間中,廊下の長椅子に一人佇むAさんに何度か話しかけた.Aさんは,映画を観に行った,とんかつを食べに行った,テニスをした,とご自分の若いころの話を楽しそうに語ってくださった.
「ねぇ,ほんと,いい思い出.思い出が全部」目を細め,惚れ惚れとした表情でAさんは言った.彼女の「思い出が全部」という言葉からは,100年生きて,今の実際の生活よりも思い出のほうの比重が大きくなっているような印象を受けた.決して後ろ向きのものではなく,Aさんは満ち足りているように見えた.
Copyright © 2020, MIWA-SHOTEN Ltd., All rights reserved.