呼吸と循環 63巻9号 (2015年9月)

特集 スタチン投与後のレジデュアル・リスク

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 虚血性心疾患の予後は改善し,時代と共に心血管死亡も確実に減少している.その成果は冠危険因子管理に対する薬物治療が整ってきたことも関与している.特に,スタチンがこの予後改善の大きな担い手であったことに誰も異論はないはずである.スタチンはLDL-Cを下げるだけでなく,いわゆる多面的作用である抗炎症効果などの機序を通じ,動脈硬化の進展を阻止し,心血管イベントを減少させることも明らかになっている.

 しかし,それでもイベントはゼロに到達しておらず,スタチンを含め現行の薬物治療や生活習慣の改善では十分でないことを臨床医なら誰しも実感していることである.そこで注目されているのが確立されていないリスク,すなわち残存リスクということになる.残存リスクは大規模臨床試験や疫学研究などで,そのリスクが存在すればイベントが増加することが明らかになる,あるいはバイオマーカーとしての価値,その値が上昇(または低下)すればイベントが増加することが証明されていることが第一の条件である.さらにスタチン投与下,LDL-Cが70mg/dl以下になっても,そのバイオマーカーがイベント増加に関与した場合に,そのバイオマーカーは残存リスクとして認知される.そして,そのバイオマーカーを介入によって下げることで,予後が改善すればそのバイオマーカーは残存リスクとして確立されることになる.さらにはスタチンを使用してもイベント減少効果が十分とはいえない糖尿病や慢性腎臓病,さらには高尿酸血症なども冠危険因子の一つでもあるし,残存リスクでもある.

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はじめに

 低比重リポ蛋白(low density lipoprotein;LDL)は粒子の大きさにより脂質組成が異なり,小型の粒子は比重が重くsmall dense LDL(sdLDL),大型の粒子は比重が軽くlarge buoyant LDL(lbLDL)と呼ばれている1).sdLDLは酸化LDLや糖化LDLと関連が強く,動脈壁内に沈着しやすく,lbLDLに比し,動脈硬化惹起性が高いと考えられている.sdLDLはトリグリセリド(triglyceride;TG)の豊富なリポ蛋白の蓄積した状態で増加し,食後高脂血症と強く関連する1).高比重リポ蛋白(high density lipoprotein;HDL)以外のリポ蛋白は構造蛋白が各粒子に1分子存在するアポリポ蛋白B(アポB)であり,アポB値はこれらリポ蛋白数に比例する.レムナントリポ蛋白が著増するⅢ型高脂血症以外では,一般にアポB粒子の90%がLDL,10%が超低比重リポ蛋白(very low density lipoprotein;VLDL)で,中比重リポ蛋白(intermediate density lipoprotein;IDL)などのレムナント粒子は1%以下である2).アポBリポ蛋白のコレステロールの総和がnon-HDLコレステロール(non-HDL-C)で,疫学調査からLDL-Cと同等以上のリスクマーカーであることが報告されている3).これはVLDL代謝物のVLDLレムナントがコレステロールリッチの動脈硬化惹起性リポ蛋白の一つであることに起因する.スタチンは強力なLDLコレステロール(LDL-C)低下薬であるが,スタチン投与中の残存リスクはLDL-Cのみでは管理が困難である.本稿では,脂質低下療法の残存リスクにおけるLDLの質,特にsdLDLの意義を中心に解説する.

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はじめに

 動脈硬化性心血管疾患(ASCVD;atherosclerotic cardiovascular disease)の発症リスクとしての高low density lipoprotein-cholesterol(LDL-C)血症の確立や,スタチンによるLDL-C低下療法が心血管イベント抑制に大きく貢献してきたことは広く認識されている.一方,LDL-C低下をターゲットとしたスタチン治療の有効性確立の影で,未だ約70%のresidual riskが残存していることも事実であり,このresidual riskの解明とそれを標的とした薬剤の開発は急務の課題である.

 high density lipoprotein(HDL)は超遠心法により分離され,比重が1.063〜1.210g/mlのリポ蛋白と定義され,血中HDL-cholesterol(HDL-C)濃度はASCVDの負の危険因子であることが国内外の疫学調査で報告されている.また最近では,LDL-Cを70mg/dl以下に低下させた患者においても,HDL-C濃度と冠動脈疾患が負の相関関係を示すことも知られている.このようにHDLは抗動脈硬化作用をもつリポ蛋白と考えられており,この作用に注目した治療法の開発が現在多くの施設で行われている.特に最近では,HDLの様々な抗動脈硬化作用が明らかになってきており,単に血中HDL-C濃度を増加させるのではなく,その機能を増強する治療戦略が注目を集めている.

 本稿では,HDLの機能,つまりその質に着目し,residual risk克服に向けたその抗動脈硬化作用や創薬の現状について概説したい.

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はじめに

 脂質異常症のなかで,高LDL-C血症と低HDL-C血症は冠動脈疾患をはじめとする粥状動脈硬化性疾患の独立した強い危険因子として確立している.スタチンやエゼチミブを用いた血清LDL-C値の低下によって,心血管イベントが抑制されることはCholesterol Treatment Trialists’(CTT)Collaborationのメタ解析でも確立した事実であるが,十分なLDL-C低下を達成してもなお心血管イベントの初発・再発は高頻度で起こりうる.その残余リスクの一つとして,高TG血症が注目されている.高TG血症に関しては冠動脈疾患の患者においてしばしば合併するものの,その粥状動脈硬化との関連性についてはこれまでに多くの議論があった.高脂血症の表現型分類では,Ⅰ型ではカイロミクロン,Ⅱa型ではLDL,Ⅱb型ではLDLとVLDL,Ⅲ型ではカイロミクロンレムナントやVLDLレムナント(IDL),Ⅳ型ではVLDL,Ⅴ型ではカイロミクロンとVLDLが増加する.したがって,高TG血症はⅡa型以外のすべてのタイプの高脂血症の表現型で認められている.本稿では高TG血症の成因,その背景にあるリポ蛋白代謝異常として,small dense LDLやレムナントリポ蛋白の蓄積とその評価方法,薬剤治療の効果について紹介する.

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はじめに

 心血管疾患の一次および二次予防における“残存リスク”に対する認識が高まっている.3-hydroxy-3-methyglutaryl coenzyme A(HMG-CoA)還元酵素阻害薬(スタチン)による低比重リポ蛋白(low-density lipoprotein;LDL)コレステロール低下療法は,冠動脈疾患患者や動脈硬化リスクを有する一次予防患者に対して,心血管疾患の発症抑制のみならず全死亡のリスク低下をもたらした.しかし,その抑制率は20〜40%程度であり,多くの症例が“残存リスク”を有し,それらに対する新たな取り組みが必要である.その新たな介入策として重要なターゲットが,“炎症”に対するアプローチである.本稿では,心血管疾患の発症や進展における炎症の役割,炎症制御による新たな心血管疾患治療法の可能性について,近年臨床応用されている生物学的製剤も含めた抗炎症治療薬の臨床的効果も含め概説する.

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はじめに

 動脈硬化症は狭心症,心筋梗塞,脳梗塞などの重篤な心血管疾患の基盤となる病態である.動脈硬化は血管壁への脂質の沈着やプラークの形成が特徴であるが,さらに血管壁において慢性炎症を生じていることが多くの知見から明らかになっている1).また心血管イベントの原因となる動脈硬化のプラーク破綻の発生部位には炎症細胞の浸潤が多いことも報告されており,動脈硬化の抑制のみならず心血管イベントの抑制を目的として,炎症や免疫を制御することは大きな意義があると考えられる2)

 一方,心血管疾患の一次予防ならびに二次予防においてスタチンによる脂質異常症の治療がスタンダードとなっているが,低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールの管理を行っても,依然として心血管疾患を発症する例は少なくない.このような背景からLDLコレステロール管理のみでは取り除けないリスクの存在が示唆され,R3i(Residual Risk Reduction initiative)が発足するなど,世界的に残余リスクへのアプローチに注目が集まっている3)

 われわれは残余リスクの一つとしての慢性炎症,特にT細胞を中心とした獲得免疫系が,動脈硬化の進展において重要な役割を果たしていることに着目した4).炎症を負に制御する制御性T細胞(Treg)が,動脈硬化症において病変形成に抑制的に働くことが分かりつつあり,Tregをターゲットとした炎症・免疫の制御が新規の動脈硬化治療法の開発につながると考えている.さらにこのような動脈硬化の抗炎症免疫療法の研究を進めるなかで,「動脈硬化を腸管免疫修飾により予防する」という概念を確立し報告した5,6).また腸管免疫は特定の腸内細菌により強く影響を受けていることも明らかになりつつある.そこで,われわれは腸内細菌が動脈硬化の発症と深く関わっているのではないか,腸内細菌叢が動脈硬化の新たな治療標的になるのではないか,と仮説を立て研究を進めている.

 本稿では,制御性T細胞,腸管免疫さらに腸内細菌に焦点を当てた動脈硬化研究を紹介して,今後の動脈硬化性疾患予防への展望を概説したい.

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リゾリン脂質とは

 脂質には,コレステロールやトリグリセリドといった炭素,水素,酸素からなる単純脂質と,リン,硫黄,窒素,糖などをその骨格に含む複合脂質がある.複合脂質のうち,リンを含むものがリン脂質であり,そのうちグリセロール骨格をもつものをグリセロリン脂質,スフィンゴシン骨格をもつものをスフィンゴリン脂質と呼ぶ.脂質は,主に栄養脂質,構造脂質として生体内になくてはならないものであるが,複合脂質,特にリン脂質のなかには,強力な生理活性作用を有し,生理活性脂質といわれる脂質が属している.その一つがリゾリン脂質であり,一本の長い疎水鎖と一つの親水基からなる構造をしているリン脂質が分類される.リゾリン脂質のうち,グリセロリン脂質であるものをグリセロリゾリン脂質,スフィンゴリン脂質であるものをスフィンゴリゾリン脂質と呼び,それぞれ,いくつかの種類のリゾリン脂質が分類されている(図1).

 リゾリン脂質は,その構造がゆえ,非常に高濃度では界面活性作用があり細胞傷害性があるが,近年,いくつかのリゾリン脂質に対して,その特異的な受容体も同定されてきており,リゾリン脂質は,エイコサノイドに次ぐ第二世代の生理活性脂質として注目を集めつつある.後述のように,グリセロリゾリン脂質のなかではリゾホスファチジン酸(LPA),スフィンゴリゾリン脂質のなかではスフィンゴシン1-リン酸(S1P)が最もよくその生物学的作用が研究されているリゾリン脂質である.本稿では,S1P,LPAを中心にリゾリン脂質の動脈硬化の関連を基礎研究,臨床研究から概説し,リゾリン脂質の「残存リスク」を克服するための新しいターゲットとしての可能性についてまとめる.

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はじめに

 近年,内膜血管平滑筋の新たなバイオマーカーとしてLR11が注目されている1).LR11とはLDL受容体と遺伝子構造を共有するリポ蛋白受容体で,正常血管壁には発現しないが動脈硬化巣の内膜平滑筋細胞に特異的に発現する(図1).LR11は平滑筋細胞膜に結合して存在するだけでなく,放出可溶型として細胞外に多く放出され,平滑筋細胞膜上のウロキナーゼ受容体と複合体を形成し,細胞外マトリックスを分解し,平滑筋細胞の遊走能を促進する(図2).動物実験ではLR11欠損マウスやLR11中和抗体を用いてLR11を機能的に欠損させると,カフ傷害による内膜の肥厚が抑制されることや,可溶型LR11がウロキナーゼ受容体を介したマクロファージの脂質の取り込みを調整していることも確認されている2).またヒトでは可溶型LR11が脂質代謝異常者の頸動脈の内膜肥厚の独立したバイオマーカーであることが報告されている3).本稿では冠動脈疾患患者でのLR11の臨床的意義について概説する.

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はじめに

 スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)が冠動脈疾患(coronary artery disease;CAD)をはじめとする動脈硬化性心血管疾患の発症・進展を抑制することが,多くの大規模臨床試験により明らかにされて久しい.スタチンは肝臓でのコレステロール合成を抑制することで最終的にLDLコレステロール値の低下をもたらす.動脈硬化抑制薬としてのスタチンの効果はこうした強力なLDLコレステロール低下作用により発揮されるものと考えられるが,それとは独立した抗動脈硬化作用(pleiotropic effects)も知られており,なかでも抗炎症作用が注目されている.JUPITER(Justification for the Use of statins Primary prevention:an Intervention Trial Evaluating Rosuvastatin)試験ではLDLコレステロール値が130mg/dl以下だが,CRP値が0.2mg/dl以上の中等度リスクまでの患者17,802人を無作為に2群に分け,各群にロスバスタチン20mg/日またはプラセボを投与した.最長5年間の観察の結果,ロスバスタチン群(n=8,901)はプラセボ群(n=8,901)に比べCRP値の下降率は有意に高く,1次エンドポイントである主要心血管イベント(心血管死,脳卒中,心筋梗塞,不安定狭心症による入院,血行再建術の施行)の発症が44%も低率であった(図1)1).積極的LDLコレステロール低下に加え,炎症を標的とした動脈硬化性疾患治療の妥当性を示す最新のエビデンスといえる.

 このようにスタチンの持つ冠動脈疾患の一次および二次予防効果は確立されたものとなった.しかしながらスタチンをもってしても冠動脈疾患発症,再発は決してゼロではなく,われわれはこれを限りなくゼロに近づける努力を怠ってはならない.本稿ではスタチン投与後の残存リスクに対するイコサペントエン酸(eicosapentaenoic acid;EPA)製剤による介入の可能性について論ずる.

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はじめに

 近年,高尿酸血症や痛風の頻度が増加しており,生活習慣や環境の欧米化が主な原因と考えられている1).尿酸は生理的溶解度が6.4mg/dlであるが,尿酸結合性蛋白の存在により7.0mg/dlまでは過飽和状態とならずに存在可能であることから,高尿酸血症は,ヒトの体内で結晶が析出する血清尿酸値7.0mg/dlを超えるものと定義されている.しかし,血清尿酸値が7.0mg/dl以下であっても,血清尿酸値の上昇と共に生活習慣病のリスクが高まるとされる.特に女性においては,男性よりも低い血清尿酸値で疾患リスクが上がるため,より注意が必要である.

 高尿酸血症は,メタボリックシンドローム,高血圧,糖尿病,脂質異常症,慢性腎臓病,肥満などが合併しやすく,血清尿酸値は食事や生活習慣,性別,利尿薬の使用などよって大きく変動することが古くから知られている2).これらの事実から,尿酸は生活習慣病の一部を見ており,あくまで心疾患のマーカーに過ぎないとの意見も多い.また,女性ホルモンは血清尿酸値の低下作用をもつ.女性は,閉経後に加齢に伴って血清尿酸値が上昇しやすいため,尿酸の評価が難しい.尿酸に関わるこれらの交絡因子の多さが,尿酸単独での研究を難しくしており,これまで尿酸単独での介入研究は数少なかった.しかし研究手法の進歩に加えて,フェブキソスタット,トピロキソスタットなどの新しい尿酸降下薬の登場も重なり,尿酸研究がより注目されている(図1).高尿酸血症が高血圧や慢性腎臓病の独立したリスク因子となることは明らかになってきたが,高尿酸血症が単独で心血管疾患の独立したリスク因子か否かについては明確な結論は出ていない.近年,小規模ではあるが尿酸降下薬の介入試験も行われ,狭心症の症状改善や,心血管疾患や心不全の発症予防をもたらすという結果も出てきた.最近の尿酸研究を含め,高尿酸血症の原因,高尿酸血症と高血圧,心血管疾患との関係を中心に解説する.

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糖尿病治療の心血管イベントに対するスタディ

 糖尿病は慢性的な血糖上昇を来す疾患で,それに伴い細小血管障害として神経障害・網膜症・腎症を来す.合併症は細小血管障害のみならず心血管疾患や脳血管疾患にもわたり,動脈硬化の一因となっていることが明らかとなっており,こうした合併症の抑制は糖尿病の治療目標の一つになる.「残存リスク」という言葉のイメージからは糖尿病による動脈硬化のリスクが軽度である印象を生じるかもしれないが,例えば欧米では糖尿病患者の40〜50%で心筋梗塞が直接死因となっており,また糖尿病であるだけで心筋梗塞の既往と同程度の心血管リスクとなっているなど,糖尿病の動脈硬化疾患に対するリスクは相当に大きいものであり注意を要する.

 もともと1型糖尿病に対してはDCCT/EDICで細小血管合併症の抑制効果と初回心血管イベントリスクの低下がもたらされることが明らかとなっており3),2型糖尿病の細小血管障害の発症・進展の抑制についてはKumamoto Studyで明らかとなっている3)

巻頭言

HFpEFについての雑感 大手 信之
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 スタチンの効果なのかDESの影響なのか? 急性心筋梗塞で来院する患者が若干ではあるが減少している印象がある.一方で本邦は著しい高齢化社会を迎えており,心血管病の終末像である心不全(heart failure;HF)患者が相当の勢いで増えている.ここでは左室駆出率(left ventricular ejection fraction;LVEF)の維持された心不全(HF with preserved EF;HFpEF)についての私見を述べさせていただく.レファランスに基づく総説ではないので,その点を予めご了承いただきたい.

 HFpEFは,以前は拡張期(性)心不全(diastolic heart failure;DHF)と呼ばれてきたが,今ではより正確に病態を反映するという理由でHFpEFになった.①なぜDHFではいけないのか? HFpEFの患者に左室拡張障害があることは間違いなく,それが心不全の要因であることも間違いないであろう.肥大型心筋症の左室拡張能は,健常者や高血圧患者と比べて著しく障害されているとの報告があるが,肥大型心筋症と診断されるのが比較的若年でもあり心不全の発症率は高くない(高齢になるとおそらくは大動脈硬化の影響を受けて心不全発症率が上昇する).左室拡張障害にのみ心不全の原因があるわけではなさそうでDHFという用語の使用は適切ではないとの理解であろう.加えて,収縮不全心はすべからく拡張障害を合併するので,HFpEFを取り立ててDHFと呼ぶのは都合が悪い.HFpEFの診断には何らかの手段で左室拡張障害を証明する必要があろうが,拡張能は収縮能のように目視できないので評価は容易ではない.血漿BNPあるいはNT-proBNP濃度の上昇にこの役割を担わせるのが簡便かつ客観性が高いと筆者は考えている.②HFpEFは名前のごとくLVEFの維持された心不全であり,決してLVEFが正常というわけではない.以前には,EFが正常の心不全(HF with normal EF;HFnEF)という用語も用いられたが,正常でないものを正常と呼ぶことがはばかられてか,今ではHFnEFの用語はまず使われない.さて,ここでLVEF 50%以上を誰がEF正常あるいは維持されていると決めたのであろうか? その根拠は? 米国の著名な心不全学者に聞いても「単に切りの良い数字だから」という答えであった.ましてLVEF 40%や45%以上をEF維持の閾値と考えるのは,循環器内科医であれば賛同できないはずである(EF 40%の左室は既にかなり収縮能が障害されていると目視で分かる).筆者らはEF 58%を左室収縮能が維持されているか否かの閾値であると提唱している(Heart Vessels 2015, Open Access).③HFpEFの病態に僧帽弁逆流(逸脱などプライマリーの逆流は除く)の関与はないのか? HFpEFの非代償化に高血圧発作が関与すると思われるが,多少なりとも僧帽弁逆流があれば高血圧による左室後負荷増加のために僧帽弁逆流は悪化するに違いない.筆者は一過性の僧帽弁逆流(増加)が多少なりともHFpEF非代償化に関係しているのではないかと考えている.④発作性心房細動では,左房圧上昇を防ぐメカニズムである左房能動収縮を突然に失う.その結果左房のリザーバー機能が低下して肺静脈圧が上昇する.また頻脈による左室拡張時間の短縮は左室充満を妨げ,左房・肺静脈圧を上昇させる.高齢者における発作性の頻脈性心房細動では,左室がその内腔が消失するかのような良好な収縮を有するものの肺水腫を伴うHFpEFをしばしば発症する.これはacute HF with paroxysmal atrial fibrillation and rapid ventricular response in old personsとでも命名し得る病態でHFpEFの一典型像であろう.一方でEF>60%で肺水腫を伴う洞調律HFpEFにはめったにお目にかからない.⑤最後に治療について.血圧のコントロールされているHFpEFの予後を改善する薬剤は今のところ見出されていない.ガイドラインは適切な降圧と脈のコントロールを推奨している.倫理的に前向き研究は困難であるが,いかなる薬剤を使用しようとも降圧を得ることそのものが予後改善のエビデンスになるのではないかと筆者は考えている.加えて上記②よりEF 60%以下の症例にβ遮断薬が有効である可能性を信じている.この問題の解答を得るべく多施設共同前向きレジストリー研究を開始した.

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 カテーテル診療の領域で一世を風靡し,現場を席巻し続けるライブデモンストレーション.あの興奮を心不全の世界でも表現できないか—この10年,わたし個人の目標のひとつであった.ライブは,なぜ興奮するのか.それは,多岐にわたる病変ごとに,神の手たちが論理立てて最善策を提示し,それを実現していくからである.キーワードは,バリエーションへの対応,tailor-made therapyというやつである.

 心不全は多種多様な症候群である,とは教科書の常套句である.ならば,心不全の世界こそ,ライブの熱狂に似つかわしい.心不全診療の極意は,症例検討でしか表現できない.脚本書きこそ醍醐味である.今や,診断や治療における道具立ては数知れない.エビデンスに基づいた診療(EBM)が半ば常識化した現在,有効だとする根拠なしに,道具が現場に登場することはない.しかし,統計学上の有意差やハザード比が,診療全体のなかで重み付けを決めるとは限らない.多くの道具をどう取捨選択し,どの順番でどう診療フローを組み立てるか,いくら論文を読みこんでもなかなか回答は得られない.「臨床シナリオ」を語る時代が到来したのである.

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はじめに

 経カテーテル的大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation;TAVI)は,周術期リスクが高く外科的大動脈弁置換術(SAVR)の適応とならない,もしくは高リスクな患者群に対して,より低侵襲な治療として誕生した.

 2002年にフランスのRouen大学循環器内科のCribier教授によって第一例が施行されて以来1),2007年にヨーロッパでCE mark取得,2011年にはEdwards社のSapien valveが,またMedtronic社のCoreValveも2014年に米国でFDA承認を受けている.現在までに欧米を中心に世界中で15万例以上が治療されており,世界中で急速に進歩,普及しつつある治療法である.

 日本でもようやく2013年10月より保険償還され,実施施設が拡大しつつある.

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はじめに

 肺容量減量術(lung volume reduction;LVR)は過膨張に陥った気腫病変を外科的切除し呼吸機能の改善を図る.肺容量減量術で得られる効果をより低侵襲で得る試みとして,気管支鏡を用いて一方向弁を気管支内に留置し末梢肺を無気肺にすることで容量減量を図るものである.一方向弁によるBLVR(bronchoscopic lung volume reduction)はheterogeneousな肺気腫で側副換気を認めない症例を選択し,治療対象肺葉を完全閉塞することが臨床的効果を得る条件であるとされている1,2)

Current Opinion

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最近1年間の肺真菌感染症を巡る全般的な話題

 [1]原因菌種の変化:遺伝子分類による新興真菌(隠蔽種)の出現と抬頭

 新興真菌症の抬頭としては,接合菌症(ムーコル症),フザリウム症などが挙げられるが,昨年は隠蔽種の存在が大きくクローズアップされた.近年の分子生物学的解析法の導入により,真菌についても,これまで一つの菌種とされてきたもののなかに,多くの菌種が紛れていることが分かってきており,これらをいわゆる隠蔽種(cryptic species)あるいは関連種(related species)と総称している.たとえばアスペルギルス症起因菌の代表とされるAspergillus fumigatus(A. fumigatus)のなかにも,薬の効きが悪いもの,色調や形態が少し変わっているものが混じっていることが以前から知られていたが,実はそれらのなかには別な菌が混じっていたことが明らかになった.菌としての性質が異なっているものについては,診断や治療を大きく考え直す必要に迫られている.正しく治療する観点からも,もはや無視することはできない.

 具体的にはA. fumigatusの隠蔽種として,A. lentulusA. udagawaeA. viridinutansなどがよく分離されている.これらのA. fumigatus隠蔽種はしばしばアゾール薬およびamphotericin Bに耐性を示して治療抵抗性となる1).一方,それらの病原性はA. fumigatusと比べても遜色がない.世界中の様々な施設で検討された結果,A. fumigatusとして同定されてきた臨床分離株の5〜6%が実はこれらの隠蔽種であったことが明らかになっており2),一般的に考えられている以上に頻度が高い菌群であることが明確となった.一般的なアスペルギルス症の治療に抵抗性であった症例のなかには隠蔽種による感染が相当数潜んでいた可能性がある.隠蔽種はしばしば治療方針や予後を大きく左右するが,隠蔽種であるかどうかを確認するためには実際に培養する以外に方法がなく,感染症診療における培養の重要性が改めて示された形となった.

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最近1年間の動向

 サルコイドーシスは原因不明の全身性肉芽腫性疾患である.心臓病変の存在(心臓サルコイドーシス)は,致死的不整脈や重症心不全を来し,突然死の原因ともなり,サルコイドーシス患者の予後を大きく左右する.その頻度は,欧米に比較してわが国において高く,ステロイドなどの免疫抑制療法により,心臓病変の進展抑制効果が期待されるため,早期に適切に診断することが重要である.心臓サルコイドーシスの診断は必ずしも容易ではなく,拡張型心筋症,慢性心筋炎,巨細胞性心筋炎などとの鑑別が問題となり,剖検,心臓移植,左室形成術などの心筋を組織学的に検索し,初めて同症と診断される場合もある.

 従来,国際的に報告されている心臓サルコイドーシスの診断的ガイドラインは数少なく,主に1)日本において1992年に作成され2006年に改訂されたもの1,2)と2)World Association of Sarcoidosis and Other Granulomatous Disorders(WASOG)により1999年にA Case Control Etiology of Sarcoidosis Study(ACCESS)として報告されたものが用いられてきた.

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欧文目次

次号予告

あとがき 福田 恵一
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 未病という言葉が最近よく使われるようになった.病気になる手前の段階とでも言うべき状態であろう.多くの疫学研究,動脈硬化モデルの研究から高脂(コレステロール)血症(脂質異常症)が動脈硬化性疾患の原因であることが示され,治療法が模索されてきた.スタチン系薬剤の登場前は脂質異常症の有効な治療法はなかったが,現在では一部の症例を除き脂質異常症はかなり治療法が発達し,心血管疾患の2次予防および動脈硬化性疾患を未病の段階で進行を予防することができるようになった.現在ではスタチン系薬剤を投与した場合,動脈硬化性疾患の死亡率を最大30%程度までは減少させることができるようになった.本特集号では,スタチン投与後にさらにどのような点に着目し,どうした治療を施すべきかを専門家の先生方に解説してもらった.

 この特集号の原稿を読みながら,脂質異常症治療の残された課題がこんなにもあるのかということに驚かされたが,同時にこれらの問題はその本質が理解されれば時間の問題で解決されるであろうと予感させるものであった.今後は脂質異常症の1次予防に対し,どの程度まで介入を進めることが妥当なのかという問題であろう.限られた医療資源・財政のなか,脂質異常症治療にだけ予算を掛けるわけにはいかないのも事実である.高血圧,脂質異常症,糖尿病などの生活習慣病の1次予防は確かに有用かつ重要であるが,治療の範囲をどこまで拡げるか,財政的な問題もあり,社会全体での議論も必要であろう.脂質異常症の治療に難渋していた時代を振り返ると隔世の感があり,悦ばしいことである.

基本情報

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呼吸と循環
63巻9号 (2015年9月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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