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スタチンの効果なのかDESの影響なのか? 急性心筋梗塞で来院する患者が若干ではあるが減少している印象がある.一方で本邦は著しい高齢化社会を迎えており,心血管病の終末像である心不全(heart failure;HF)患者が相当の勢いで増えている.ここでは左室駆出率(left ventricular ejection fraction;LVEF)の維持された心不全(HF with preserved EF;HFpEF)についての私見を述べさせていただく.レファランスに基づく総説ではないので,その点を予めご了承いただきたい.
HFpEFは,以前は拡張期(性)心不全(diastolic heart failure;DHF)と呼ばれてきたが,今ではより正確に病態を反映するという理由でHFpEFになった.①なぜDHFではいけないのか? HFpEFの患者に左室拡張障害があることは間違いなく,それが心不全の要因であることも間違いないであろう.肥大型心筋症の左室拡張能は,健常者や高血圧患者と比べて著しく障害されているとの報告があるが,肥大型心筋症と診断されるのが比較的若年でもあり心不全の発症率は高くない(高齢になるとおそらくは大動脈硬化の影響を受けて心不全発症率が上昇する).左室拡張障害にのみ心不全の原因があるわけではなさそうでDHFという用語の使用は適切ではないとの理解であろう.加えて,収縮不全心はすべからく拡張障害を合併するので,HFpEFを取り立ててDHFと呼ぶのは都合が悪い.HFpEFの診断には何らかの手段で左室拡張障害を証明する必要があろうが,拡張能は収縮能のように目視できないので評価は容易ではない.血漿BNPあるいはNT-proBNP濃度の上昇にこの役割を担わせるのが簡便かつ客観性が高いと筆者は考えている.②HFpEFは名前のごとくLVEFの維持された心不全であり,決してLVEFが正常というわけではない.以前には,EFが正常の心不全(HF with normal EF;HFnEF)という用語も用いられたが,正常でないものを正常と呼ぶことがはばかられてか,今ではHFnEFの用語はまず使われない.さて,ここでLVEF 50%以上を誰がEF正常あるいは維持されていると決めたのであろうか? その根拠は? 米国の著名な心不全学者に聞いても「単に切りの良い数字だから」という答えであった.ましてLVEF 40%や45%以上をEF維持の閾値と考えるのは,循環器内科医であれば賛同できないはずである(EF 40%の左室は既にかなり収縮能が障害されていると目視で分かる).筆者らはEF 58%を左室収縮能が維持されているか否かの閾値であると提唱している(Heart Vessels 2015, Open Access).③HFpEFの病態に僧帽弁逆流(逸脱などプライマリーの逆流は除く)の関与はないのか? HFpEFの非代償化に高血圧発作が関与すると思われるが,多少なりとも僧帽弁逆流があれば高血圧による左室後負荷増加のために僧帽弁逆流は悪化するに違いない.筆者は一過性の僧帽弁逆流(増加)が多少なりともHFpEF非代償化に関係しているのではないかと考えている.④発作性心房細動では,左房圧上昇を防ぐメカニズムである左房能動収縮を突然に失う.その結果左房のリザーバー機能が低下して肺静脈圧が上昇する.また頻脈による左室拡張時間の短縮は左室充満を妨げ,左房・肺静脈圧を上昇させる.高齢者における発作性の頻脈性心房細動では,左室がその内腔が消失するかのような良好な収縮を有するものの肺水腫を伴うHFpEFをしばしば発症する.これはacute HF with paroxysmal atrial fibrillation and rapid ventricular response in old personsとでも命名し得る病態でHFpEFの一典型像であろう.一方でEF>60%で肺水腫を伴う洞調律HFpEFにはめったにお目にかからない.⑤最後に治療について.血圧のコントロールされているHFpEFの予後を改善する薬剤は今のところ見出されていない.ガイドラインは適切な降圧と脈のコントロールを推奨している.倫理的に前向き研究は困難であるが,いかなる薬剤を使用しようとも降圧を得ることそのものが予後改善のエビデンスになるのではないかと筆者は考えている.加えて上記②よりEF 60%以下の症例にβ遮断薬が有効である可能性を信じている.この問題の解答を得るべく多施設共同前向きレジストリー研究を開始した.
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