総合リハビリテーション 40巻9号 (2012年9月)

特集 視覚障害者のリハビリテーション

今月のハイライト
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 視覚障害は身体障害のなかでも,長い歴史をもつリハビリテーション分野です.ここ数年のコンピュータやIT機器の普及が与えた影響は大きい一方で,昔ながらの問題や新しい課題にも直面しています.

視覚障害者の50年と新しい課題 高橋 広
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はじめに

 わが国の視覚障害者に対する救済は,古くから福祉施策として行われ,明治以後は教育が加わり救済対策がなされたが,医療の取り組みは非常に限られていた.これらの詳細は他誌に譲るが1-4),本稿では,この50年の医療面からみた視覚障害者のリハビリテーションの変遷を概観した.すなわち「失明告知」から福祉への紹介の時代から,眼科での保有機能の活用,社会復帰への援助,いわゆるロービジョンケアとして視覚障害者をサポートする時代への大きな転換の時代と意味づけられる.

 そして,これらの歴史的経緯から鑑み,次の時代への展望を合わせ述べる.

ロービジョンケア 山縣 祥隆
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ロービジョンケアについて

 厚生労働省の統計によれば,1996年11月の時点で視覚障害について身体障害者手帳を所持する人は30.5万人であるが,何らかの理由で手帳を所持していない人はそれ以上に多く,同等の視覚障害をもつ人は実際には約100万人いると推定されている1).そしてそのなかで完全に失明した人は約2~3万人で,それ以外の大多数の人は,何らかの方法で残った視覚を活用できる可能性のある人と言われている.そのような視覚障害者を「視覚を活用できない人」と考えず,前向きに「活用できる視覚をもつ人」と考え,ロービジョン(以下,LV)者と呼ぶようになった2)

 眼科領域では旧来,眼科医療と視覚障害リハビリテーションとは別々のものという考えがあり,失明の告知を経てから福祉につなぐというシステムであった.しかしたとえ失明に至らなくても,ある程度の視力障害や視野障害によっても患者の生活には不自由が生じ,生活の質が低下する.そしてそのような患者に対しては,通院している眼科医療機関で生活の質を向上させるケアを行うことができれば効率的である.1980年代後半に欧米で,残った視覚が活用できるLV者については,眼科外来で患者の訴えをよく聞き,すばやく問題解決をしようという機運が高まった2).この動きがLVケアの始まりであり,直ちにわが国にもその概念が導入された.

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はじめに

 失明や急激な視機能低下が人の心理面に与える影響は大きい.視覚障害が心理面に与える影響は,二つに分けることができる.一つは,受傷した個人(心理)に与える影響であり,もう一つは,他者(家族や世間)に与える影響である.

 視覚障害が個人に与える影響は,元気をなくしてしまう,習慣的動作の喪失によるとまどいを生じる,自信をなくしてしまう,仕事を失うことにより生活を再建するための力をも失ってしまうことが挙げられる.以上の問題をこの順番で回復できるよう援助することが課題である.

 これらの問題解決に向けた援助を従来の方法に関連づけて整理すると,元気の回復に対しては,フロイトの悲嘆の回復の考え方(「悲哀の仕事」)による方法がとられてきた1).この方法では失明後の悲嘆を心理的な正常反応ととらえた2)が,この方法によるうつへの対処には問題が指摘されている3).習慣的動作の喪失に対する援助(慣れや自覚の促進)に対しては,「社会適応訓練」が行われてきた.失明前に獲得された基本動作をベースとし,歩行訓練などによって新たな動作を加え,行動様式を再構成する方法である4).これに加えて,新たな習慣的動作を獲得するための援助が必要である.自信を取り戻すことに対しては,“心の型”(脳内に再現された活動)をつくりなおす援助が有効である.なぜなら“心の型”が失明によって損傷されたからである.生活の再建に対しては,就労支援による方法が行われてきた.わが国では伝統的な職業であるあん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師へ向けた援助が中心である5)

 一方,心の援助は従来の障害受容が一般的である(後述).障害受容は総じて喪失感を援助しようとするものである.なお,古典的名著とされる『失明』でCarroll6)は,視覚障害による20の喪失を挙げ,その回復に向けた援助が重要と述べている.

 視覚障害が他者に与える影響とは,受傷によって家族や世間からの排除(多くは例えば家庭内別居などの見えざる排除)を意味する.中途視覚障害者の支援に取り組む下堂薗ら7)は,仲間との絆が社会復帰の原動力になると述べている.関8)は視覚障害者への援助として仲間同士の支え合いの有効性を主張している.筆者らはセルフヘルプ・グループへの参加(とくにピア・サポート)は,“一時避難場所”の効果にとどまるものではなく,心の回復の援助に有効であると考えている(後述).

 筆者らは,従来の障害受容が,視覚障害によって起こる心理的問題の側面に力点を置くものであったととらえている.その方法論は具体性を欠くものとなっており,その治療効果には疑問をもたざるを得ない.そこで本稿では,援助方法のなかでも代表的なひとつである障害受容を取り上げる.一方で援助本来の目的である治療的側面に力点を置いたアプローチもある.そのなかで近年注目されているピア・サポートによる方法について詳しく述べる.

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はじめに

 障害児教育の制度は,「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う『特殊教育』から障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う『特別支援教育』への転換を図る」ことを理念として,2007年4月より特別支援教育制度へと転換が図られた1).その要点は,「対象の拡大」と「制度の弾力化」に集約され,主に発達障害者の潜在的ニーズを制度的に明示した点は大きな前進であったと言えよう.

 一方,視覚障害児は0.01%,1万人に1~2人という「低発生頻度障害」であり,対象の拡大と制度の弾力化という特別支援教育制度への転換は,必ずしも視覚障害児童生徒の教育ニーズの充実に繋がっていない面がある.すなわち,一人一人の教育的ニーズに応じるという特別支援教育の理念に基づく制度設計の変更が,低発生頻度障害としての視覚障害教育において,明治以来,特別なニーズに応じるべく先達の築き上げてきた視覚障害教育の基盤や専門性基盤を揺るがしている.

 本稿では,低発生頻度障害としての視覚障害教育の現状を分析したうえで,このパラドックスをいくつかの観点から読み解きながら,特別支援教育への移行から現在までの視覚障害教育における新しい動向や課題について論考し,視覚障害者の教育保障の本質と学習支援の方向性を示したい.また,視覚障害教育がこの数年直面してきたパラドックスは,すべての障害のある人の教育と支援における本質的課題であり,その課題の共有につなげたい.

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はじめに

 視覚障害者が社会的に自立していくためには,その能力を活かして収入を得ること,すなわち,経済的自立に向けた営みが不可欠である.もちろん,個人の能力や障害程度はさまざまであり,すべての視覚障害者がこうした営みが可能なわけではない.したがって,年金その他,経済的自立を図るための支援制度の整備もまた不可欠である.

 本稿では,こうした視覚障害者の経済的自立に向けられた諸活動の一つとして,「雇用・就労」=「就業」,すなわち,何らかの「仕事」に就いて,賃金などの収入を得るという営みに注目し,そのための支援施策の現状を概観し,今後の就業機会の拡大に向けた課題について検討してみたい.

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情報技術の大きな貢献

 今日の社会では多種多様な情報がさまざまな方法で流通し,交換されている.それゆえこの社会における生活では,情報の取得・記録・処理・発信など,情報へのアクセスが重要な位置を占める.しかしながら,情報の多くが視覚的な形態であることから,視覚障害者はこれを行うのが容易でない.その困難や不便は日常のさまざまな場面に及び,結果として社会参加の大きな妨げとなる.近年,この問題の軽減に情報技術(Information Technology;IT)が活用され,目覚しい成果を上げるとともに,視覚障害者のコミュニケーションについても大きな改善をみた.

 当然,情報アクセスやコミュニケーションに関する困難や不便は,社会の情報化が進む以前からの問題であった.ITが登場して活用されるようになる前は,「文字処理問題」と言われていたこの問題に,視覚障害者はもっぱら他人の助力を頼んで対処するしかなかった.点訳,墨訳,読み上げ,口述筆記,代筆,拡大写本といった支援への完全な依存である.ITは,そうした状況をいくつかの側面から改善した.一つはすべて人手によって行われていた墨字(眼で読む普通の文字)を点字や音声,あるいは視認しやすい形状に変換するプロセスをある程度自動化したことである.他方,視覚を使わずに墨字文書を作成する方法も確立された.また,それらとも関連する成果として,点字や音声,ロービジョン向け視覚情報を円滑に伝えるためのヒューマン・インタフェイス機器やソフトウェアが実現したことも重要である.さらに,社会全体で情報のデジタル化が進み,電子データの流通が一般的になったことも,ITが視覚障害者にもたらした恩恵と言える.

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 大震災,大津波,原発事故を体験し,超高齢化が進むわが国の社会において,社会保障制度の改革が求められ,人々の暮らし方,医療政策,メディアにも変化の兆しがみられます.また助け合いや絆という言葉が日常的に聞かれる一方で,家庭内の犯罪や孤独死などのニュースも絶えません.コミュニティ(共同体)は,その共同体のメンバーの誰かが病気になったり,障害を受けた場合に,即座に共同体から分断するような関係であってはなりません.共同体の本質とは,その仲間が適格条件を欠いていても暖かく迎え,その人らしく過ごせるような支援の手を差し伸べ,そして仲間の回復を気長に待つセーフティネットとしての環境を意味していると思います.

 その意味で地域リハビリテーションの定義,すなわち「障害のある人々や高齢者およびその家族が住み慣れたところで,そこに住む人々とともに,一生安全に,いきいきとした生活が送れるよう,医療や保健,福祉および生活にかかわるあらゆる人々や機関・組織がリハビリテーションの立場から協力し合って行う活動のすべてを言う」は視野の広い,愛に満ちた提言であり,リハビリテーションを主軸においた共同体の概念と言えます.また障害のある方に限定せず,高齢者およびその家族が入っていることに先見性を感じます.

講座 失語症とリハビリテーション・第4回

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 現在推定52万人余と言われる失語症者は,話すこと,書くこと,計算すること,話を聞いて理解することなどのあらゆるコミュニケーション手段に障害があるため,社会参加の機会を奪われている.目にみえない障害なので,発症した者にしかその苦しみは理解できない.家族,友人,知人,職場仲間など,病前には心を打ち溶け合っていた人々とのあらゆるコミュニケーションが困難になる.コミュニケーションの手段なくしては日常生活を送ることはできない.聴き取りの障害があることから,周りの人と同じ時間・空間を共有することもできない.「失語症」がどんな障害であるのか,社会全体にほとんど知られていないので,発病後,身体の健康は取り戻せても,復職や復学をすることが極めて困難になっている.言葉が通じないことから,精神の障害などと間違われ,人としての尊厳を奪われた状態におかれることも珍しくない.まず,失語症に関する正しい理解が社会全体に広まること,そしてどのような援助があれば,社会参加ができるかという正しい知識をもつことで,失語症者の社会参加が進み,失語症者とその家族の苦しみが少しでも軽減できる.そのために,NPO法人全国失語症友の会連合会(以後・連合会)は,啓発活動を展開している.

講座 医療安全・リスクマネジメント・第1回【新連載】

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はじめに

 医療安全は,新たな時代を迎えている.

 「医療安全対策加算」が新設され,これにより専任の医療安全管理者注)の配置で算定が可能となった.例えば,「医療安全対策加算2」では社団法人全日本病院協会が実施する講習に参加し,課された講義2クール(4日間)および演習(2日間)の全日程を修了した者に「認定証」を授与している1).これにより医療安全対策加算を算定できるというものである.その一方で,広義には医師以外のコメディカル(co-medical:医療専門職)と言われる医療従事者も医療過誤の対象となり,多くの判例を抱えるようになってきている.もちろん医療の質を問う判例もあれば,予想だにしないことで矛先が向けられるものまであり,医療機関のみならず当事者においても,社会からの視線によって戸惑いを隠せない現実が迫ってきている.

 昨今のリハビリテーション医学は,脳卒中急性期医療の発展と脳の可塑性における積極的リハビリテーション医療の推進から,急性期における医療安全への配慮には課題がみられる.特に血圧の管理については,ある一定のエビデンスを使うことで脳卒中ガイドライン上もコンセンサスを得ている2)が,それにより急性期からの理学療法・作業療法が実践され,その後の回復過程においても重要な役割を示すとともに,多くのリスク管理を余儀なくされるという諸刃の剣となることがある.

 本稿では,リハビリテーション医療の現状を見据え,そこに携わる専門職教育と安全・安心のあり方および具体的推進者の育成について述べてみたい.

実践講座 がんのリハビリテーションにおけるリスク管理・第4回

終末期浮腫 小川 佳宏
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はじめに

 がんの終末期には,種々の原因で局所的または全身的に浮腫がみられることが多い.症状の程度によっては,浮腫により生活の質(quality of life;QOL)の低下を来し,リハビリテーションを行う際に支障が生じるだけではなく,原因によっては生命予後にも関与する.

 終末期で浮腫のある患者にリハビリテーションを開始する際や,浮腫がみられなかった患者にリハビリテーションを開始した後で浮腫を確認した際には,その原因・病態を確認してリハビリテーションを開始または継続可能かどうか検討する.このように医師の診断や指示の下で,終末期浮腫に対して「リスク管理」を行うためには,治療に携わるスタッフに注意すべき状況かどうか判断する知識が必要である.

 浮腫自体が日常生活動作(activities of daily living;ADL)低下の原因であれば,浮腫自体に対する治療も必要になる.がん治療後に発症することがある一般的なリンパ浮腫に対しては,表1に抜粋したような治療方法が国際リンパ学会で推奨されている1).また日本では,複合的理学療法(combined physical therapy:CPT)を中心とした保存的治療(複合的治療)が推奨されている.終末期浮腫では,原因や病態・症状によって,複合的治療のうち実施可能な治療内容を,効果をみながら使い分ける知識や技術が必要である2)

 本稿では,終末期浮腫で考えられる原因・病態やその診断方法,浮腫の対処法や注意点などについて解説する.

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要旨:〔目的〕バランスパッドはバランスエクササイズとして頻繁に使用されているが,運動学的および運動力学的解析は少なく,特に重心と足圧中心の違いを考慮した即時効果の調査はなされていない.本研究の目的は,運動学的および運動力学的に床上とバランスパッド上での静的立位保持の差異と,バランスパッド上での静的立位保持後の床上立位の即時変化を調査することである.〔方法〕健常成人20名を対象とし,床上,バランスパッド上,床上の順に1分間の静的立位を2施行ずつ実施した.三次元動作解析装置,床反力計,表面筋電図を使用し,重心と足圧中心の各要約統計量,筋電図,関節角度,関節モーメントを算出した.〔結果〕バランスパッド上の立位では,床上に比べてすべての重心と足圧中心の要約統計量の有意な増加(p<0.001)と,大腿直筋(p<0.01)・内側広筋(p<0.01)・前脛骨筋(p<0.001)の筋電図,膝関節屈曲角度(p<0.01)・足関節背屈角度(p<0.001)・股関節伸展モーメント(p<0.05)の有意な増加を認めた.バランスパッド上の立位後は重心の前後単位軌跡長が有意に減少(p<0.05)し,足圧中心の単位軌跡長(p<0.05)・前後単位軌跡長(p<0.01)は有意に増加,大腿直筋(p<0.05)・内側広筋(p<0.01)の筋電図では有意な減少を認めた.〔結語〕バランスパッド上での立位は床上立位に比べて重心と足圧中心の動揺が大きかった.バランスパッド上の立位1分2施行後は床上立位における前後方向の重心動揺が減少し,足圧中心の動揺の増加が認められた.

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はじめに

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)は,上位および下位運動ニューロン障害を呈する神経原性の進行性疾患である.平井ら1)は本疾患のリハビリテーションの要点を,①廃用による二次的合併症の予防,②残存機能の利用,③全経過にわたる生活の質(quality of life;QOL)向上の援助,④心理的サポートとしている.ポータブルスプリングバランサー®(portable spring balancer;PSB)はスリングにより上肢の重みを免荷し,スプリングの弾力を利用してわずかな力で上肢の拳上運動を可能とする福祉機器であり,食事動作や意思伝達などに用いられている.さまざまな疾患の患者を対象とした浅井ら2)の調査によると,PSB導入の練習期間は,平均2~6か月との回答が半数を占めている.またPSB導入は,病院や施設内で行われることが一般的であり,外来リハビリテーションでの導入成功例は検索し得た限り報告されていない.今回ALSの独居男性で,数回の外来作業療法(occupational therapy;OT)にて,在宅でのPSB導入に成功した症例を経験したので以下に報告し,成功の要因と,進行性疾患患者に対する福祉機器導入のあり方について考察する.なお本症例報告は,ご本人およびご家族から了承を得ている.

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はじめに

 脳室腹腔(ventriculoperitoneal;VP)シャントは正常圧水頭症に対する治療として広く施行されており,近年ではその管理技術の進歩により,社会復帰を遂げるだけでなく長期生存も可能になった1,2).それに伴いVPシャント留置患者の高齢化が進行し,急性腹症にて外科的処置を要する症例が増加しつつある3).今回われわれは,リハビリテーション施行期に急性腹症を来し,開腹術を要したVPシャント留置患者を2例経験したので,若干の文献的考察を含め報告する.

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要旨:2000年の介護保険制度発足によりケアサービスが充実した一方,依然として通所リハビリテーションや訪問看護・訪問リハビリテーションといった生活期リハビリテーションサービスの利用率は低い.特に個別リハビリテーションが主体である短時間通所リハビリテーションは普及すら不十分な現状である.今回われわれは,当地域(広島市佐伯区・西区)の介護保険における在宅リハビリテーションサービスの現状把握,個別リハビリテーション利用低迷の原因を明らかにするため,居宅介護支援事業所,地域包括支援センターの介護支援専門員に対してアンケート調査を行った.その結果,訪問介護や通所介護などの見守りを必要とするサービスの利用率は高かったが,個別リハビリテーションの利用率はきわめて低い結果であった.またアンケート結果から,現在の介護保険システム自体の問題,介護支援専門員に対する教育・リハビリテーション知識啓発の問題,医療保険から介護保険に移行する際の連携が不十分である問題が利用低迷の主たる原因であると推察された.これらを解決するため,われわれリハビリテーション専門家は,リハビリテーション知識の啓発と連携に積極的に関わり,よりいっそう地域に出るシステムを構築すべきと考える.

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臨床研究を始める前に

 日々の診療ではさまざまな疑問にぶつかる.それらを解決するため,過去に出された論文を検索・熟読する.しかし,過去に報告されていない事象や,知られていない事実も数多く残されている.それらを明らかにするために医学・臨床研究がなされる.出てくる疑問を解決しようとする努力が研究につながる.このことから,ある意味,日常臨床の疑問は臨床研究のアイデアの宝庫とも言える.そのため筆者はいつもメモを用意している.日々の臨床で生じた疑問は,臨床研究を進めるためのアイデアとして雑多に書き留めている.ある程度詳細に煮詰める時もあれば,本当に走り書き程度で忘れないようにするためのメモ程度の場合もある.つまり臨床研究とは,日々の症例を積み重ね,疑問をもち,傾向を見出すことであろう.

 近年,チーム医療の重要性が指摘されている.チーム医療とは,患者を中心に,各専門家が情報を共有し,よりよい治療を提供できるようにするための手段である.しかし,単にチームとして専門の知識を出し合うだけでは進歩はない.異なった患者を診るさまざまなチームが互いに刺激し合い知識を共有する,すなわち教育的な意味もチーム医療という言葉には存在する.教育を進めるためには,常に新しい知識を得て,疑問を解決する努力をすること,すなわち研究という側面を大切にしなくてはならない.研究は,大学病院や研究施設の特許ではなく,医療を行っているものであれば誰もが持っておくべき視点と言える.

連載 体力向上のための運動プログラム【新連載】

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 日本での体力の基本的定義は「生きるための基礎的能力」とされ,「行動体力」と「防衛体力」に分類されている.前者は行動を起こすための身体的要素や能力を,後者はストレスや疾病に対する適応力や抵抗力を指すものされている.「防衛体力」には生体の恒常性の維持に関わる自律神経系・内分泌系や免疫系もその構成要素として考えられており,心と体の健康を維持する能力として捉えられている.

 ただし英語では体力は「physical fitness」に相当し,基本的には身体的な要素・能力に限定され,「mental fitness」とは区別されている.「fitness」には適応性の意味もあるので,身体的なストレスや負荷に対する適応力とその結果である「健康」をも含む概念である.一方「防衛体力」を「体力」に含めるのはわが国独自の考え方で,「広義の体力」と言われる.ただし「防衛体力」は評価するための尺度が確立されていないので概念的なものとして理解しておくとよい.このような用語の違いは,比較文化論の立場から大変興味深い点だが,本稿の趣旨ではないので別稿に譲る.ちなみにダイエット(diet)は「食事」を意味し,英語では「exercise」である「運動」は含まれない.特に肥満者の減量のための食事を「diet」ということがあるが,最近は肥満でない方が減量のために運動をすることをダイエットと称している事例がみられる.これは二重の誤訳になるが,これも原義と異なる日本語としてのダイエットなのかもしれない.さて本稿でのテーマ「体力向上」では身体的な要素・能力に限定したいわゆる英語圏での「physical fitness」,日本で言う狭義の体力「行動体力」として話を進めていく.

Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション

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 明治から大正にかけて活躍した随筆家・評論家の大町桂月(1869~1925)が1913(大正2)年に発表した『吃る英雄』(『桂月全集第4巻』,日本図書センター)は,幼いころから吃音に悩んでいた桂月が,自分と同じ障害のある著名人を列挙した随想である.

 この随想の冒頭は,桂月が吃音ゆえに買い物をする際に値切ることができないというエピソードで始まる.「少時より口吃るをもって,物を買うに,値切るなどは面倒千万なり.故に今日まで,一切値切りたることなきなり」.

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 「11,25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(監督/若松孝二)は,タイトルのなかに「若者たち」の文言があることによって,ストレートに1960年代後半から1970年代初頭の空気を掬い上げた.その当時,政治的立ち位置において若松と趣を異にする「若者たち」3部作が脚光を浴び,ピンク映画界に身を置く若松はと言えば「狂走情死考」を発表.両作とも「新宿騒乱」(68・10・21)の現場に足を踏み入れていたが,三島由紀夫を描く本作もあの場へ戻らねばならなかった.10・8羽田闘争(67),10・21国際反戦デー(68・69),佐藤訪米阻止闘争(69)などが,三島(井浦新)とその周辺の若者たちの闘争心に火をつけたからだ.加えて,17歳山口二矢による浅沼稲次郎社会党委員長刺殺と山口の自死(60),金嬉老事件(68),赤軍派による「よど号ハイジャック事件」(70)が三島をゆさぶる.

 やがて既成概念の破壊へと向かう左翼に対して,三島らは伝統的価値の擁護を対置する.劇中の三島の言によれば,日本人にとって「死は文化」なのであり,「死にも美しさを求める」のだ.陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を襲うにしても実行部隊はわずか5人.使用する武器は日本刀のみ.とすれば,三島らの目標は戦闘に勝つことでもクーデターを成功させることでもなく,日本刀,切腹,介錯という文化的行為を自衛隊員や大衆に見せつけることにある.任侠映画「昭和残侠伝」シリーズに惚れ込んでいた三島が,その道行きで歌うのは当然ながら「唐獅子牡丹」.この場面はこうでなくてはならないというイメージを忠実に完璧に演じる.人々から孤立し,嘲笑されることを予想してもなお自己陶酔感が勝るのだ.とりわけ,森田必勝(満島真之介)に突き動かされ,死へのアクセルが全開状態となる.ここでは,三島,森田のセクシュアリティの特異性が見え隠れする.軍人若夫婦の切腹,自害を描いた三島の『憂国』にしても,死を前にしていたからこそ性の極致に達しえたのであり,市ヶ谷の総監室における三島,森田の切腹もまた,暗黙のうちに成立していた二人の性の物語の完結として解釈できる.

四肢失った男性,海峡を完泳

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文献抄録

投稿規定

投稿および著作財産権譲渡承諾書

次号予告

編集後記
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 「長寿大国」といわれる日本.100歳以上の人口は増え続け,2011年の9月15日時点で47,756人とのこと.1963年には153人だったそうですので,約50年でなんと300倍以上になったということなります.確かに街を歩いていても,元気なお年寄りが増えたような気がします.その一方で,寝たきり率も増え続けているそうです.そこで最近は「いかに元気に長生きするか」,「健康寿命」を延ばすことの大切さが叫ばれています.

 元気な100歳といえば,日野原重明先生(1911年生まれ).先生のように生涯現役とまではいかなくても,最後まで自立していたい…….95歳のわが祖母も,日々算数ドリルに取り組んで頭の体操に励んでいます.「寝たきり予防」,「アンチエイジング」…….高齢社会の世の中,リハビリテーションの役割は今後ますます大きくなっていきそうです.

基本情報

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総合リハビリテーション
40巻9号 (2012年9月)
電子版ISSN:1882-1340 印刷版ISSN:0386-9822 医学書院

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