公衆衛生 40巻8号 (1976年8月)

特集 公衆衛生への提言

政策・行政

脳卒中対策を急げ 若松 栄一
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進まない老人保健対策

 わが国の人口の老齢化が,世界のどの先進国も経験しなかったほどの急速度で進行していることは,既に常識となっている.そして老人福祉対策がともかく多角的に動き出しているにもかかわらず,老人保健対策がいっこうに動きだそうとしないのは,どういうわけだろう.

 昭和50年の65歳以上の老人人口は877万人であり,それが60年には約1,200万人に,70年には1,600万人になると推計されている.65歳以上の老人の死因の3分の1は脳血管疾患であり,死亡者の約3倍は後遺症者として,心身障害者として生活している.いわゆる寝たきり老人といわれる人々は,50年では36万人位といわれるが,20年後には倍の72万人位と推計される.「恍惚の人」とさわがれて注目をあつめたボケ老人の4割は,脳卒中後遺症者であり,脳卒中後遺症者の4割がボケ状態になっていると,調査結果は知らせている.

見なおしてみると 関 悌四郎
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 "(今までの公衆衛生に対する)提言を見なおして,提言せよ" という,編集筋からのご注文である.

 あまりありがたい注文ではない.今まで,いささかの提言らしいものをやってみた.それが,ほとんど噛み合わずに終わっている.だから,もういやだ——というばかりではない.

参加する公衆衛生行政 中川 米造
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高度経済成長の蔭で

 公衆衛生行政は,どうやら頭うちというか,手づまりというか,ともかく,ますます社会からの風当たりが強くなって,すこし大ゲサな表現だが,まるで四面楚歌といった感じである.一般的にいって,公衆衛生行政の担当者たちは,大蔵省や通産省の官僚たちと違って大企業や産業への傾斜はなく,直接,国民のためのサービスマン,国民の健康のための奉仕者をもって任じている人々が多い.高度経済成長時代,彼らはずっと日蔭者扱いにされながら,それでも国民の多面的な要求に応えるよう精一ぱいの努力はしてきたし,そのため少なくとも平均寿命とか,乳児死亡率とか,主な国民の健康指標に関する限りでは,一応先進国なみになってきたといえる.

 それにもかかわらず,これほど風当たりがつよいというのは,基本的には高度経済成長による歪みが遅れてふきだしたということであるが,それに対応する行政の態度が,やはり基本的には高度経済成長時代の方式をそのまま踏襲しているところにその根があるのではなかろうか.高度経済成長を可能にしたのは,技術革新の積極的導入による合理化であり,マネージメントの面からみれば,官僚化の強化である.規則や基準,手順などを精細に定め,これらを計量的・客観的に動かすことである.

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 過去において,いかにすぐれた活躍をし,高く評価されたことがあっても,時代の変遷や社会情勢の変化によって,その存在価値すらなくなるものも少なくない.そのものだけからみれば淋しいきわみであり,堪えがたいことでもある.しかし広い視野からみると,それだけ社会が発展し向上したことにもなる.こう割り切ってしまえば,戦後大活躍した保健所も,ここらで幕を引いたら,という意見もとび出すかも知れない.だが20年もそこで精魂こめて働いてきた私にはとうてい了承できるものではない.しかし,これからも保健所がこのままの姿で推移し,じり貧を続けるようなことがあるとしたら,幕引きはむしろ早い方がよいと言えないこともない.

 今こそ保健所に活力を与えなくてはならない.渦の中から出てまだ日が浅いだけに,ひとごとではなく強く感ぜられる.活力を与えるといってもその手段・方法等容易なことではない.それはわかってはいるが,次の3点をとくに強調せずにはおられない.

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公衆衛生の現状

 公衆衛生とは,組織化された社会的努力を通じて,疾病を防止し,生命を延長し,また肉体的ならびに精神的能率を高める技術であるといわれている.門外漢がこういうのはおこがましいが,この「組織化された社会的努力」というときの努力の主体は,行政機関や医療機関であるというよりは,生活者それ自身なのではないかと思う.行政機関や医療機関は,生活者の主体的な自己を組織化することを通して展開させる疾病の予防や生命の延長の努力に対して,指導や技術的援助をするにすぎないもの,といわなければならない.

 事実,公衆衛生の分野は,早くから「コミュニティ・オーガニゼーション」や「コミュニティ・インヴォルメント」といった地域保健活動の方式を開発し,地域住民を主体にし,その人々の活動と参加によって公衆衛生の実を挙げる,先駆的な仕事をしてきた.

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行政の固定化とセクショナリズム

 厚生省の『厚生統計要覧』でみると,「公衆衛生」という項目には,「栄養・体位,伝染病・食中毒,結核,ライ・性病,成人病,精神・優生保護,母子保健,歯科衛生,原爆医療,公害,上下水道・清掃,食品衛生,環境衛生,保健所」が列挙され,「人口,死亡,結婚,医療,薬事,社会福祉,障害者,老人福祉,社会保険(医療・年金),公園,社会保障」などのテーマは,公衆衛生から区別されている.一応区別するのは統計学上の必要からかもしれないが,これからプロジェクトごとに新しい順列と組み合わせを築く努力と示唆は,何ら試みられていない.ここに,公衆衛生だけでなく,厚生行政,いや,日本の行政一般の固定化とセクショナリズムの土壌があるように思う.こうした厚生統計からは,行政の壁を越えた,新しいプロジェクトが生まれるはずはない.統計は統計でいいから,まず現在と未来に必要なプロジェクトを大胆に設定する作業を,私たちの第一関心事とする努力が必要じゃあるまいか.これには,厚生当局だけでは駄目で,各行政機関を動員し,これに国民的な頭脳と努力が協力する必要がある.早い話が,私が家庭医学のシリーズに厚生省の協力を求めた際,厚生省に,どの部局にも「性」の担当がないのに驚き,同時に,厚生省が狼狽したことを覚えている.性は自然現象だと思っていたらしい.

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はじめに

 政令市(昭和20年代),県衛生部(30年〜45年),再び政令市(現在)と,人口規模こそ違え,2度目の政令市ご奉公.幸か不幸か,終戦後の混乱期・復興期ならびに滅速経済期の現在と,公衆衛生行政にとっては恵まれた社会的・経済的背景の中で,勉学し,育まれた30数年.関係者の声には「政令市こそ住民に最も密着したサービスができるのに,政令市発足以降ほとんど実質的変化なし」と決め,きわめて安易にして無責任な評価を下す輩もあるが,住民生活の快適性と安全性確保のため,どんなにか苦心している実相を,どの段階で,どの程度分析した結果を言っているのか,判断と理解に苦しむ1人である.

 仮りにもこのような視点に立てば,全国30政令市の存在は,使い古された言葉でいう「中途半端な政令市」としてしか受けとめられず,現に「保健所の在り方」の検討にしても,すべて都道府県保健所単位の尺度で,政令市は別途検討に入るとされ,異和感すらいだかしめる.一般市町村はもとより,最も住民と結びつきやすい政令市サービス機関の衛生行政の強化と抜本的改善こそ,先決ではないだろうか.過去30数年を回顧し,その時々のメモを頼りに,謙虚な反省をこめつつ,恐れながらいくつかの提言に代えてみたい.

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公衆衛生の転換を促す諸要因

 昭和30年代の公衆衛生の転換を促した要因にはいくつかのものが考えられるが,やはりなんといっても,その直接的な条件としては,疾病構造の変化と,都市化・工業化の進展ということがあげられよう.長く死亡順位のトップを占めてきた「全結核」が,昭和30年の「人口動態統計」では一挙に第5位に後退し,それに代わって,脳血管疾患,悪性新生物,心疾患などが上位を占めるようになったという.伝染性疾患から慢性疾患への移行,そして「不慮の事故」によるものが30年代の後半から40年代にかけて5位からさらに4位に上昇してきたということに象徴される,交通災害,労働災害,公害,薬害などの激発ということは,いずれもこれらの具体的な現われに外ならない.さらにこれらの変化は,人口面では,その構成の老齢化と都市集中という形で現われてきているのである.

 同じくこの昭和30年代は,「もはや戦後ではない」という言葉に象徴されたように,国民一人当たりの平均所得水準や消費水準が第2次大戦前の状態に復帰し,それを上回って上昇を示し始めた時期でもあった.とはいえ,このような生活の向上は,経済や物質面にとどまり,精神的・文化的側面においては,逆に頽廃や貧しさをも生んできたのである.

教育・研究

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現場実習をもたなかった公衆衛生教育

 医学は本質において実践的である.はじめに患者の要求があって治療が求められ,治療の専門職としての医師には,科学的基盤としての治療医学を身につけることが要求され,学問としての医学は,その進歩を実践に演繹させなければならない.この論理は,公衆衛生学領域においてもまったく同様である.

 このように医学が実践を主体とするものであるならば,教育も当然実践なくしては画餅である.したがって,治療医学の教育のためには病院実習がある.附属病院を持ち,外来において,あるいはベッド・サイドにおいて学生は生きた医療活動を経験しつつ医学を学ぶ.教科書や講義だけで観念的には医学を学べるわけがないからである.

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 脳卒中,ガン,心臓病は,その特性からみて手遅れの状態に対しては,医療技術の進歩によっても本質的な回復は望まれず,いたずらに医療費の増高をもたらすだけである.このことは,個人と家庭の不幸を増大させるばかりでなく,国民経済的にも大きな損失となり,社会的重圧となることは明らかである.したがって,人口老齢化が着実に進行し,成人病が全死亡の過半を占める現状では,成人病発症以前の恒常的な健康管理を中心とした予防対策に十分な投資がなされなければならないであろう.

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 筆者は社会(科)学の立場から医療や健康の問題を勉強し始めた者である.したがって,医療の中核となる医療技術の訓練や実践の経験がなく,それから導かれ,またその基礎となる医学理論の体系的知識に欠けている.しかし,医学・医療の形成・発展,そして人びとの健康・傷病構造は社会的条件によって規定され,また,それらは社会の生産力,ひいては経済・政治・文化・思想を規定する——,ここに,医療や健康に対する社会科学の貢献は必要かつ重要であると確信する.

 そこで,医療関係者と社会科学者との交流や共同研究が望まれる.だが,それはあまり容易ではない.というのは,医学・医療の専門分化の進行により,医師をはじめとする医療関係者がますます狭い専門に閉じこもりがちであること,さらに,臨床場面における医師(専門家)と患者(素人)の関係が,敷延され,研究や行政の場にももちこまれがちであり,最近の医学部卒業者の臨床志向の傾向もこれを助長するのではないかと思われることのためである.

"異端"の公衆衛生学を 木根渕 英雄
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環境汚染への対応こそが第一主題

 1971年6月,イタイイタイ病第一審で原告が勝訴,つづいて同年9月,新潟「水俣病」訴訟も被害者側の勝訴に終わった.西アフリカのガーナで,日本から伝わる月おくれのニュースを見ながら,公害問題がようやく曲がり角を過ぎたことを感じていた.「企業は被害者に対する補償と公害防除の設備投資とのバランスを考え始める.産業廃棄物による環境汚染は制約を受けるだろう.しかし農薬は残る。農業労働人口の激減をカバーするための,除草剤・殺虫剤の大量投入方式は,既にわが国の農業構造に組み込まれてしまっている」.1年ののち,間近になった帰国予定をひかえて,同僚に書き送った.「現在の日本において,公衆衛生の主題は環境汚染への対応.農村医学という背景の中でそのことを考えよう」と.

新しい名前がほしい 佐々木 直亮
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「公衆衛生」のあゆみ

 ことばは生きものである.名前がつくとあるきだす.

 衛生100年,厚生40年,そして公衆衛生は40年.

疫学研究に想うこと 山本 俊一
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 私の奉職している衛生学教室は,東京大学医学部一号館の中にあるが,最近ここで嬉しい出来事が引き続いて起こっている.それは,昨年秋に薬理学教室の江橋節郎教授が文化勲章を授与され,また今年になって化学教室の山川民夫教授が学士院賞を受賞されたことである.そもそも,この古めかしい建物の中には,われわれの衛生学講座のほかに,生化学,生理学,薬理学がそれぞれ2講座ずつ,それに細菌学の合計8講座があるが,8人の現職教授のうち2人が受賞されたのであるから,これは並々ならぬことである.しかも,このほかにも,将来の受賞の有力候補者と目されている教授が何人かおられる.

 ところが,この場合の唯一の例外は,外ならぬ衛生学の主任教授である私自身である.これを自遜的な告白と受け取らないようお願いしたいのであるが,衛生学教室にいて疫学を専門としているようでは,このような最高の受賞の栄に浴することが決してないであろうことは,自他ともに認めるところである.

対象選択の時代へ 岡田 晃
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 新しい時代における公衆衛生,とくに教育・研究についての提案ということであり,高度経済成長から,やがて転換してゆく,いや,すでにしつつある低成長経済の時におけるその展望について求められているのであるが,このような経済環境の変化に随伴して,はたして教育・研究に関連ある,どういう公衆衛生問題が新たに登場したり,あるいは消滅するかに答えることははなはだ困難でもある.

 一方において,公衆衛生領域における教育・研究に関連ある課題は,たしかに社会的背景とは無関係ではないので,経済変動による影響をうけるであろうことは否定できないにしても,このような経済変動とは無関係に続けなければならない.あるいは将来とも提起されるであろうような教育・研究の問題も存在する.そこで,これからの課題ということに主として焦点をあてて考えてみ,これに低成長下という条件下での問題も加味してすすめてゆくことにする.

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 新設の医学部で公衆衛生学の講座を担当して1年になりますが,まだ"開店準備中"といった感じで,とても身のある提言などできそうにもありません.しかし今年9月からは,第1期生に対して,公衆衛生学の講義を始めねばなりません.来年の1月からは実習も始まります,少ない人手と限られた設備でどんな教育をしてゆくかが,現在の私にとって,一番頭を悩ましていることです.ここ数年来の医大新設ブームで,古くからある大学の公衆衛生学講座でも人手不足となり,同じような悩みを感じておられる先輩も多いことと思います.どうしたら中身の濃い,しかも特色のある教育をしてゆくことができるかについて,みんなでブレーンストーミングをやる必要があるかと思います.

 大学における公衆衛生学の教育内容については,衛生学公衆衛生学教育協議会でも討議がなされておりますが,まだ広く公開されるにいたっておりません.

若い同僚を前にして 秋山 高
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すばらしい研究所だが……

 私の職場は地方自治体の研究所である.私をとりまく職員は約40名で,彼らが大学で専攻した学科も,獣医学,薬学,農芸化学,工業化学,化学,生物学……と実に多彩で,平均年齢も27歳と若々しい.不思議(?)なことに,医学部出身者はいない.頭数からいえば,優に大学学部の数教室に匹敵する.設備・予算についても,ほぼ同じことがいえる.職員の質も博士課程・修士課程修了者を含め,約80%が学卒であり,研究所を維持していくのに十分な資格である.これらの若々しい頭脳が公衆衛生の分野で,全エネルギーを費やしてゆくとすれば,まことにすばらしいことであると思う.

 これらの若々しい研究者の一群を前にして,「公衆衛生は地域住民の健康を目標にするものであり,幅広い知識と手技を要するものである.いっしょに協力して仕事をやりましょう」と言ってはみるものの,一抹の不安感が走る.これは,以前大学医学部衛生学教室で仕事をしていた頃も同様であった.

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 私は公衆衛生への提言を,小都市(人口11万)の民間病院にある医師として,ささやかな体験を通し,具体的にかつ大胆にのべてみたい.

 抽象的議論をしていても,地域の住民は健康にならないことは知りながら,地域保健福祉事業は議論が多くあまり定着しない.なぜだろうか,どうしたらよいか.

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ある町での体験

 ある町でのできごとである.老人世帯を隣人が訪れた.もともとねたっきりのおじいさんの世話をしているおばあさんが,具合が悪いとみえ,床をはいずるようにして食事をつくっているのをみて,すぐに民生委員に知らせた.民生委員は,それを確かめ,保健所に電話して老人世帯の様子を話し,保健婦の訪問を頼んだ.その日のうちに,老人世帯を訪ねた地区担当の保健婦は,おばあさんに「かかりつけの医者がすぐ来てくれるから心配はいらない」と,帰されてしまった.おばあさんには,お上の世話になりたくない,本当のことを明かすと病院にかつぎこまれるかもしれないという不安,寝たっきりのおじいさんの心配とか,いろいろあったのであろうが,保健所という役所から来る人に対して,"構える"気持ちもあったのではないかと思われる.

 保健婦が,民生委員の家に寄りその話をしたら,「それはおかしい,医者とは喧嘩して半年以上来てくれない」と説明された.翌日,民生委員のところに,保健婦と老人の世話をしているホームヘルパーとが集まって,打ち合わせをした.

地域看護活動をとおして 上村 聖恵
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在宅患者の看護問題

 平均寿命の延長や疾病構造の変化,さらには社会変動に伴う過疎・過密現象のなかで,入院していない,あるいは入院を受け入れてもらえない在宅長期病臥患者の問題は,ますます深刻となっている.こうした在宅患者の看護の問題に対し,少しでも役立つ看護をと,可能な業務量の範囲のなかで,保健婦は対応している.しかし,現実に患者に接すれば接するほど,患者が居宅にいるかぎり,家庭看護の問題は患者や家族にしわよせされ,すべてが個人の責任であるかのような考えが支配的であることに気づく.

 現行の医療体系の枠外にも放置され,公衆衛生活動の対象範囲にも組みこまれているところは,数えるほどしかない.このことは,老人医療の無料化,難病対策等,どのような制度が施行されても,患者が家庭にとどまるかぎり,看護面の公的援助はほとんど受けられない状態であることを示唆している.

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さか立ちの論理

 もともと,「公衆衛生」とは,地域住民の保健問題に焦点をあてて,地域の習慣・モラル・生活水準・意識など,その実情に沿って,技術と方法論を結びつけ,地域住民とともに,その衆知を集めて地域の健康水準を高めてゆくためのものと私は思っている.

 当然,多様な実生活者である住民が住んでいる地域の実情に根ざした諸活動こそが基盤になる.

発言あり

学際的研究 , , , ,
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大学のあり方をめぐって

 最近,学際的研究とか境界領域研究とかという言葉を見聞することが多い.これらの言葉の発生学的辺縁を考えると,どうも,従来問題とされ,大学紛争の原因のひとつとも考えられた,硬直化した講座制が反面教師となっているようなふしがある.また,従来の大学制度の中で,いわゆる象牙の塔とされた苔むした砦は,教授会を中心とした学部の閉鎖性であり,よければよいなりに,腐敗すればなおさら腐敗したなりに,開放されないまま密室の中で,それだけのことに終わってしまう治外法権的存在ででもあったのであろう.

 純血は純血として保存されるにせよ,いずれにしても,かかる隔離集団においては,近親相姦的奇形現象が出現してもさして珍しいことではなく,あるいは集団としての分化・発展・統合が不可能になる恐れも感じられる.

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はじめに

 特定疾患の発病機序,治療方法,予後判定のためには,その疾患の疫学的実態を知ることが第一に必要であり,それには疫学調査が不可欠である.

 全身性紅斑性狼瘡(以下,SLEと略記)見に関しては,わが国において多数の疫学的研究報告が現られるが1〜6),神奈川県の疫学調査はなされていない.そこでわれわれは,本症の神奈川県での疫学調査を実施し,若干の知見を得たので報告する.

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はじめに

 日本人の死亡順位は,40〜50歳代における悪性新生物に代わり,65歳からは脳血管疾患が第1位となる.しかも,加齢に従い,しだいに他の疾患を引き離しており1),老年における高血圧の管理は極めて重要である.従来,高血圧に関する調査・研究はわが国においても数多く,全国各地で行われている.しかし,高血圧に伴う脳血管疾患が著明に増加してくる老年者を対象とした調査は少ない.

 沖縄県は,わが国においては唯一の亜熱帯に属する県であると同時に,最長寿県でもある.今回われわれは,沖縄県本島南部に位置する佐敷村における60歳以上年齢者の血圧の準悉皆調査を行ったので,ここでその結果を報告するとともに,わが国の亜熱帯地域に住む老人の血圧が,他気候地域に住む老人の血圧に比し,どのような傾向をもつかを検討した.

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緒言

 横浜市内唯一の公害指定地域を抱える鶴見区医師会では,昭和49年から大気汚染による公害病の調査を行ってきた.昭和50年度は公害病の中で最も多く,かつ診断規準の比較的明らかな気管支喘息について調査し,興味ある所見を得たので報告する.

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はじめに

 健康の概念の拡大と疾病構造の変遷は,乳幼児健診のあり方の再検討という課題を生じさせている.すなわち,その目標は従来からの疾病の早期発見・治療にとどまらず,すべての子どもの最適な成長・発達を援助するという質的に高度なものへと変わってきている1).このような目標達成にあたって,専門家は,直接に乳幼児の健康にかかわりをもつ養育者の果たす役割を認識し,養育者特に母親が子どもの養育過程でどのような問題に直面し,援助を必要としているかを把握することが重要である.

 われわれは,すでに1歳から4歳までの子どもをもつ母親を対象に調査を実施してきているが,養育者のもつ問題は,子どもの発達に伴って多様化してきていることが知られる2),3),4).本研究では5歳児を対象に,次の3点を明らかにする目的で調査を行った.

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はじめに

 現在,保健所は,生活圏の拡大への対応,保健所の機能に対する住民の新しい要求などにより,種々の面で変化しようとしており,保健所の建設についても,新しく考え直さねばならない段階にきている.

 特に,本市は,発展途上にあり,当保健所管内人口もすでに19万人を突破し,20万人に達しようとしている.このようなことから,業務量増と職員増等が原因で,すでに庁舎の狭隘に悩んでいることは,当保健所ばかりでもなかろうと考える.また,当保健所は建築以来17年を経過し,建物・設備ともに老巧化しており,市民を巻き添えにした事故発生の危険性すら感じている.このような真に迫った立場から,将来を展望し,今後の保健所の建設構想について考えてみた.

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 近年の当県における地域医療対策の特色は,医師会を中心として各地区に設置された地域医療対策委員会の組織と活動であると思われますので,御紹介いたします.

基本情報

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公衆衛生
40巻8号 (1976年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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