臨床外科 75巻8号 (2020年8月)

特集 遺伝性腫瘍とゲノム医療を学ぶ

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 遺伝子診断の飛躍的進歩により,外科医が日常的に接している腫瘍の中に少なからぬ頻度で遺伝性腫瘍(家族性腫瘍)が含まれていることが明らかとなってきました.遺伝性腫瘍においては,家系内発症に対するサーベイランス,遺伝子カウンセリングに配慮するとともに,複数の臓器に腫瘍を発症することが多いため,診療科を越えた知識や対応が必要となります.一方,薬物療法の進歩とともにバイオマーカーとしての遺伝子変異の重要性は増すばかりであり,マイクロサテライト不安定性(MSI)などに対する遺伝学的検査が日常診療の中で行われるようになりました.さらに,がん遺伝子パネル検査が保険収載され,臓器横断的に施行されるようになったことにより,臓器の枠を越えた多様な治療薬が選択できるようになるとともに,遺伝性腫瘍に関連する遺伝子変異が数多く同定されることが予想されています.

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【ポイント】

◆2019年からがんゲノム医療が始まり,がん遺伝子パネル検査の二次的所見に伴う遺伝性腫瘍症例の増加が予想される.

◆多くの遺伝性腫瘍では,消化管腫瘍,乳癌,脳腫瘍,内分泌腫瘍,泌尿器腫瘍など,複数の臓器に跨って発癌リスクが上昇するため,いくつかの専門分野の連携が欠かせない.

◆遺伝性腫瘍の一部には遺伝学的検査が外科治療の選択に重要なものがあり,小児期から介入が必要なものもある.

◆ゲノム医療で二次的所見を認めた際には,患者だけでなく家族のマネージメントも必要となるが,遺伝的リスクだけでは保険診療ができない点が現在の医療制度の課題である.

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【ポイント】

◆遺伝カウンセリングは,情報提供だけではなく,患者の自律的選択が可能となるような心理的社会的支援が重要である.

◆薬剤のコンパニオン診断やゲノム医療など,今後,治療目的の遺伝子解析から遺伝性腫瘍が判明する例が増加することが予想される.

◆ゲノム医療時代においては,すべての医療スタッフが,生殖細胞系列遺伝情報の特性を理解し,適切に取り扱う必要がある.

遺伝性腫瘍

遺伝性胃がん 椙村 春彦 , 山田 英孝
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【ポイント】

CDH1遺伝子の生殖細胞系変異が遺伝性びまん性胃がんの原因である.CDH1の変異が見つかるのはほぼ1/3以下で,未知の原因の探索には非発症者も含めた複数の家系内の情報を得る必要がある.また,家族歴のみでなく,組織型や多発性が特色となる.

◆パネル検査も含め,検査の拠点がある.

◆遺伝カウンセリングではその時点で非発症者への説明も必要になる.

遺伝性GIST 内藤 陽一
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【ポイント】

◆消化管間質腫瘍(GIST)は,消化管に発生する軟部腫瘍のうち最多である.

◆GISTの多くはKITあるいはPDGFRαの遺伝子変異を有しているが,非遺伝性に発症する.一方,一部のGISTは家族性あるいは遺伝性に認められることが報告されている.

家族性大腸腺腫症(FAP) 中島 健
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【ポイント】

◆家族性大腸腺腫症における治療は,その表現型や進行がんの有無により個別化対応が必要である.

◆代表的な遺伝性腫瘍疾患であり,遺伝カウンセリングは発端者のみならず血縁者のライフステージを考慮した個別化対応が必要である.

◆減弱型FAPに類似した病態で遺伝学的検査にてAPC遺伝子が陰性の場合は,他遺伝子が原因の可能性があり注意が必要である.

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【ポイント】

◆一対以上の第一度近親者に膵癌発症者のいる家系のうち,既知の家族性癌症候群家系を除いたものを家族性膵癌家系と定義し,家族性膵癌家系の個人に発生した膵癌を家族性膵癌と呼ぶ.膵癌の5〜10%は家族性膵癌である.

BRCA2,BRCA1,PALB2,ATMなどの生殖細胞系遺伝子異常が家族性膵癌に関連しているが,具体的にどのような遺伝子異常が背景にあるか判明しているのは家族性膵癌全体の20%ほどに過ぎない.

◆膵癌の新患患者を診察する際には家族歴を徹底的に聴取し,特に膵癌,膵炎,黒色腫,大腸癌,乳癌および卵巣癌の家族歴に注目する.家族性膵癌や遺伝性癌症候群が疑われる場合には遺伝カウンセリングを考慮する.

リンチ症候群 林 直美 , 河合 美紀
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【ポイント】

◆ミスマッチ修復遺伝子の生まれつきの変異(生殖細胞系列変異という)が原因となる常染色体優性遺伝性疾患である.

◆MSI-Highのうちミスマッチ修復遺伝子異常を伴う患者は20〜50%である.

◆リンチ症候群の治療は通常のがんと同じであり,サーベイランスによりがんの早期発見・早期治療が期待できる.

遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC) 大住 省三
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【ポイント】

◆BRACAnalysis診断システムでBRCA遺伝学的検査を行うと,予期せずHBOCであることが判明することがある.

◆がんゲノム医療を進めていく中で,稀ではなくHBOCが見つかる.

◆いかなる状況でHBOCが見つかっても,その血縁者に遺伝医療を提供する必要がある.

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【ポイント】

◆膵・消化管内分泌腫瘍(膵・消化管NET)の10%程度は遺伝性NETである.

◆遺伝性NETは症候群であり,他臓器疾患のサーベイランスが必要となる.

◆ゲノム医療の拡大に伴って,今後,診断症例の増加が予想される.

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【ポイント】

◆次世代シークエンサーを用いたがんゲノム医療が注目され,本邦でも2019年6月より2種類のがん遺伝子パネル検査(FoundationOne® CDx,OncoGuideTM NCCオンコパネル)が保険償還された.

◆いずれの検査も現時点での報告では,治療に結び付く割合は1〜2割である.

◆本検査を滞りなく行うためには,院内での連携協力体制の構築が重要である.

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【ポイント】

◆包括的ゲノムスクリーニング研究SCRUM-Japan GI-SCREENにより,消化器癌の治療標的希少フラクションが同定された.

◆希少フラクションを対象に,医師主導治験,患者申出制度研究により治療薬を患者に提供できている.

◆低侵襲でモニタリングにも応用可能な種々のリキッドバイオプシー研究を開始している.

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【ポイント】

◆MSI-highを有する固形癌は高い奏効割合と生存期間延長が期待されるため,二次治療までに免疫チェックポイント阻害薬が使用できる癌腫(食道癌など)以外では,検体がある場合には可能な限り検査に提出する.

◆治療期間が長期になり,免疫関連有害事象の出現が予想されるため,正確に検査を行うことと適正に診療を行うことが重要である.

◆MSI-highの場合は遺伝カウンセリングを考慮し,必要に応じて遺伝カウンセリング外来受診を提案する.そのためには,施設単位で患者フローを作成し,診断後速やかに受診を促せるような診療体制を整える必要がある.

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尾道方式とは

 膵癌は現在でも予後不良の疾患であり,5年生存率は男性で7.9%,女性で7.5%と報告されている1).その改善には早期診断が必須であるが,近年,病診連携を生かした膵癌早期診断プロジェクトが各地で展開され,その結果,外科的切除率の改善,早期診断例の増加,5年生存率の改善など一定の成果が報告されている2)

 当院が所属する広島県尾道市医師会では,2007年から“膵癌早期診断プロジェクト(尾道方式)”が展開されている.従来から尾道市医師会では,かかりつけ医を中心に病院医師,看護師,薬剤師など各種医療スタッフが多職種で連携し,入院患者が在宅療養へ移行するシステムが稼動しており,情報交換が緊密で病診連携が良好であった3).一方,2006年に日本膵臓学会から発刊された膵癌診療ガイドラインに,危険因子が初めて記載された4)ことが契機となり,医師会での討論を経て,2007年から尾道方式が開始された3).なお,危険因子はガイドラインの改訂とともに項目がアップデートされており(表1)5),2019年版の内容が共有されている.

坂の上のラパ肝・胆・膵・8

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Point

◆胆囊を底部側から全層剝離し,その剝離層から連続して前区域Glisson茎を露出する.

◆前区域Glisson茎根部をクランプして出現した肝表のdemarcation lineに沿って肝実質を離断する.離断中は,中・右肝静脈本幹をランドマークとして露出し,正しい切離面を維持する.

◆肝実質の離断はRex-Cantlie lineと前後区域間の2つのintersegmental planeに沿って進められる.intersegmental plane内にはGlisson分枝は走行せず肝静脈のみが走行しているので,それぞれの面を走行する肝静脈の枝振りを頭に入れて,“芝目”に沿って超音波外科吸引装置(CUSA)先端を動かし,肝静脈分枝の股裂き損傷を回避する.

◆Rex-Cantlie lineを離断し,前区域Glisson茎根部を離断した後は,前区域を腹側に持ち上げながら,前区域と尾状葉,後区域との間をそれぞれ離断する.

病院めぐり

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 当院は兵庫県南部のほぼ中央,東播磨地域にあります.兵庫県最大の河川,加古川が近くを流れ,明石,神戸に連なる広大な台地の西端の高台にあります.外科病棟は5階にあり,四方の眺望は良好で,加古川流域の平野部も広く見渡すことができます.

 アクセスとしては,市街地からは少し離れていますが,病院近くまで,自動車専用道路の東播磨道の専用ランプが設けられていますので,自動車での交通利便性は高いと思います.また患者さんには,加古川駅からのバスの片道料金負担制度などもあります.

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要旨

Nuck管水腫は水腫内に子宮内膜症を伴うことがあり,水腫を遺残なく完全摘出する必要がある.腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(TEP法)は水腫の局在を正しく診断し,確実に切除することができる.同手術を施行した子宮内膜症を伴うNuck管水腫の1例を経験したので報告する.症例は40歳,女性.右鼠径部に圧痛を伴う膨隆があり,当科受診となる.約2 cm大の低エコー像を認め,Nuck管水腫と診断した.圧痛は月経中に増悪することが多く,子宮内膜症併存の可能性が示唆された.TEP手術を施行し,円靱帯とともに水腫を完全摘出した.腹膜はENDOLOOPで閉鎖した.内鼠径輪の開大を認めたため,メッシュ補強した.術後病理組織検査で子宮内膜症の組織像が得られた.

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要旨

症例は77歳,男性.10年来,右鼠径部膨隆を自覚しており,腹部大動脈瘤フォローCTで右鼠径ヘルニアと診断されていた.CT上,ヘルニア内容は回盲部腸管で,ヘルニアは徐々に増悪し,3か月前には小腸拡張が始まっていたが,自覚症状はなかった.その後,頻回の水様下痢と発熱をきたして緊急入院し,まもなく排便停止となった.イレウス管治療無効の腸閉塞と診断し,初回手術として,ヘルニア内容腸管の腹腔内還納整復およびヘルニア修復術を施行した.術後に腹部コンパートメント症候群をきたし,腸閉塞も遷延したため,再手術として繭玉状に一塊となった回盲部を切除したところ,良好な経過をたどった.

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要旨

症例は59歳女性で,腹腔内巨大腫瘍に対して摘出術を行った.巨大腫瘍のため術野確保が困難であり,大量出血し止血困難となり,輸血の院内在庫不足となったためガーゼ圧迫留置(以下,ガーゼパッキング)を行い,手術を停止した.さらに集中治療室への移動にも危険が伴うと麻酔科医が判断したため手術室で中心静脈カテーテル留置や体温の維持に努め,輸血の到着を待った.約3時間後に血小板を含めた追加の輸血を行い手術を再開,ガーゼの除去,予定術式を完遂した.消化器外科領域の術中大量出血に対してガーゼパッキングを行った報告は少ない.今回われわれは短時間のガーゼパッキングを行うことで手術を一期的に完遂できた症例を経験したため報告する.

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要旨

症例は80歳,男性.夕食後に上腹部痛,嘔吐を発症し,当院救急外来を受診した.バイタルは正常.腹部は平坦かつ軟で,上腹部を中心に軽度圧痛を認めたが腹膜刺激症状はなく,CT所見から食餌性イレウスによる門脈ガス血症と診断した.バイタルが安定しており,腹部所見に乏しかったため,オクトレチオドを併用し保存的に治療することとした.症状は改善し16日目に退院となった.食餌性イレウスはイレウス全体の0.3〜3%とされ,さらに食餌性イレウスに門脈ガス血症を伴う症例は極めて稀である.本症例は稀なだけでなく,食餌性イレウスに対してオクトレオチドが有効であった可能性があるため報告する.

ひとやすみ・192

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 学会では特別企画や招待講演はその道の権威者が講演する.そして一般演題の演者の多くは若年者で,年輩者が発表することは少ない.しかしながら私自身は60歳代後半になっても,学会参加するからには発表することを自分に課している.

 症例報告は比較的容易で,若年者にとっては取り組みやすい.しかし発表する際には症例を子細に観察し,小まめに検査を行い,詳細な記録を残し,関連の論文を精読する必要がある.そして症例の特異性や治療における工夫などを明確にし,簡潔でわかりやすい抄録やスライドを,しかも日常業務をこなしながら作成する.また発表においてはさまざまな質問にさらされ,緊張は最高潮に達する.さらに好評であれば達成感を覚えるが,批判されると屈辱感で発表したことさえ後悔する.

昨日の患者

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 40年以上医師稼業を務めていてもいまだ鮮やかに思い出されるのは,研修医時代に出会った患者さん達である.ローテーションで整形外科を回った際に受け持った,患者さんを紹介する.

 昭和50年代初めは現在以上に交通事故が多発し,多くの死傷者が病院に搬送されて来た.当時高校生であったKさんが横断歩道でトラックに轢かれ,緊急入院した.血管や神経断裂を伴う左大腿骨複雑骨折で,救命には大腿部で切断せざるを得なかった.そこで娘の将来を憂える両親そして悲観に暮れる本人を説得し,同意書を作成して大腿を切断した.

1200字通信・146

続・働き方改革 板野 聡
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 2019年12月9日に厚生労働省社会保障審議会の医療部会で,2020年度の次期診療報酬改定について,「医師などの働き方改革」の推進を重点課題として掲げる基本方針を決定したと報道されました※1)

 具体的には,(全体としてはマイナスではあるものの)医療保険制度の運用原資となる診療報酬本体はプラス0.55%となったとし,このうちの0.08%(公費126億円程度)は医師の働き方改革への特例的な配分として消費税を活用した財源を確保したとありました.さらに,この特例対応は,救急病院での勤務医の働き方に対してとありましたが,「一般勤務医の働き方改革のため」と思っていたのですが,「救急病院の医師」限定なのでしょうか.

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 2013年に経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI),そして2018年に経皮的僧帽弁形成術(MitraClip®)が保険償還されるようになり,今や構造的心疾患に対するカテーテル治療“structural heart disease(SHD)インターベンション”は多くの患者さんに対する有効で画期的な治療法であることが認知された.特にTAVIに関しては,その良好な成績から外科的手術中等度リスク症例や二尖弁症例にも徐々に適応が拡大され,もはや日常診療の一部として取り込まれつつある.また,経カテーテル僧帽弁置換術・肺動脈弁置換術や三尖弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療なども海外ではすでに進んでおり,今後さらに発展していく分野と考えられる.

 この分野の治療法の最も大きな特徴は,治療がインターベンション医のみでは完結せず,心臓血管外科医,循環器内科医,麻酔科医,放射線科医,臨床工学士,看護師,放射線技師などのスペシャリストから成る,いわゆる「ハートチーム」の形成が大変重要であるということである.本書はSHDインターベンションの全てを網羅しているだけでなく,ハートチームのどの職種にも読みやすく,一読すれば治療の概要が理解できる構成になっている.

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目次

バックナンバーのご案内

次号予告

あとがき 橋口 陽二郎
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 新型コロナウイルス感染症による非常事態宣言がようやく解除されましたが,ほっとする間もなく「東京アラート」が発令され,感染第2波に警戒しなければならない毎日です.人類を危機に陥れるようなパンデミックは,すでに過去のものと思われていました.しかし,考えてみれば,これだけ医学が発達しても,実際に倒したと言える感染症は1980年にWHOが根絶宣言を出した天然痘だけということに愕然とします.

 本邦での感染状況は諸外国に比較して軽く,不幸中の幸いとしか言いようがありません.全国的なBCG接種が幸いしているかもしれないとの意見があり,何十年かぶりにスタンプのように残る接種跡を探しました.1回目のBCGではツベルクリン反応が弱く,両上腕に計2回の接種を受けたことを思い出します.そういえば,ニューヨークに留学した際に,娘が幼稚園入園に際してツベルクリン反応が陽性であるとの指摘を受け,入園を拒否されました.本邦で全国的に一律にBCGが行われていることを必死で説明してようやく納得してもらいました.思えば,ニューヨーク州の死者数は実に3万人を突破しています.ついでに肩をさがすと,根絶に伴い,すでに行われなくなって久しい種痘の跡もくっきり残っています.感染症の予防に画期的な足跡を残した先達に思いを馳せるとともに,自分の体にくっきりと刻まれた感染症予防のための傷跡に「お陰様でまだ生きてます」と,感謝の気持ちが湧いてきました.

基本情報

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臨床外科
75巻8号 (2020年8月)
電子版ISSN:1882-1278 印刷版ISSN:0386-9857 医学書院

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