看護学雑誌 51巻6号 (1987年6月)

特集 患者になって気づく—看護婦が看護される時

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 21年前の,それも人からみたら病気と言えるほどでもない骨折の入院体験を何のために,今改めて問い直す必要があるだろうか,とも考えた.だが,看護を取り巻く医療組織体における人々の有様は,それほど変わっていないように思える.そこで私自身の反省も含めて見直してみた.

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突然の入院勧告と揺れる思い,心支度

 花の三十路──やるべきことが山積みされている団塊の世代が暇なら困ってしまう──そんな日常を元気印で過ごしていたある日のこと.5月の風に軽い気分で受けた職場の定期健康診断でのことであった.「ちょっと隣の診察室でお話がありますので」診察の後,身支度を整えようとする私に検診医が声をかけた.

 「先生,はっきりおっしゃってください.私は保健婦ですので」そう言いながら,頬がこわばり,緊張が高まっていくのが自分で感じられる.

3度の入院が残したもの 飯塚 集子
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3度の入院歴

 昭和37年12月,卵巣のう腫茎念転と診断され,手術を受けた.ちょうどこの2か月ほど前に原因不明の腹痛があり,尿管結石の疑いで精密検査を目的に1週間ほど入院したのだが,尿管結石は否定された.さらに検査を要するという事であったが,勤務のことも気になり,落ち着いて入院していられないと早々に退院してしまった.ところがこの時既に腹部のレントゲン上にガス像の異常があり,下腹に腫瘤があるのではないかと議論されたらしい.が,当の本人には何ら説明がなされないため,痛みも取れたので無理に退院してしまった.そして2か月後である.

 診断後手術までに2日間が経過し,汎発性の腹膜炎を併発,術後,ペンローズドレーンが4本も入れられるはめになった.こうした事が原因かまた体質的な事もあってか,手術後半年ぐらい経ってから癒着性の亜イレウスを起こし,それからは年に2,3回腹痛と嘔吐が起きるようになってしまった.

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 生来私は比較的健康体であり,入院という経験もなく過ごしていた.ところが2年前,突然の腹痛と下痢,血便で緊急入院し,その3か月後に子宮筋腫の手術を体験した.看護する立場から看護される立場となり,自己の行なってきた看護と自分の健康管理について,深く反省する機会となった.そのなかから特に印象に残っており,日々の看護で自己の戒めとなっていることを書いてみたい.

今だから語れる私の財産 星野 素子
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 勤務してから5年ほど経ったとき(昭和50年),私は腰痛を感じるようになりました.初めは疲労が重なった時に痛む程度でしたが,1年2年と過ぎるにつれ痛みの強さも時間も次第に増し,終日そして就寝中にも下肢の鈍痛に睡眠を妨げられるようになりました.いつまでも治らない痛みだと不愉快に思いながらも,手術をするほどの状態だとはつゆほども疑わず,毎晩鎮痛剤や睡眠剤で痛みをごまかすと翌朝はすっきり出勤していたのです.

癌と闘う患者となって 深川 理和子
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 忘れもしません.その日,昭和60年3月24日.私は夫の父の十三回忌の準備のため,朝早くから,白い割烹着で台所で働いていました.突然襲った右下腹部痛に,生理かなと思いました.ところがどうも痛みが強すぎます.足の方まで引きつるように痛みます.私はとうとう台所にうずくまってしまいました.

 4歳の次女が呼んでいます.「お母ちゃん,ごはん,ごはん」「お父さんを早く呼んできて」うめくように言うと,次女はやっとおかしいと思ったのか,2階へ走って知らせに行きました.駆け降りてきた夫は,私を車に乗せると,私の勤務先である社会保険病院へ連れて行きました.日曜日の早朝は人も車も通らず,通い慣れた道なのにとても長い距離に思えました.その日の当直医は顔見知りの外科医で,夜勤婦長は私の勤務場所の婦長でした.

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はじめに

 日本赤十字社(以下,日赤社と略す)で養成された救護看護婦といえば,戦前は一貫して有事に際しての応召が義務づけられていた.それは日赤社の看護婦養成の最初の目的が,日常生活の中での病人看護というのではなくて,戦時救護にあったからである注1)

 そして,このことと関連して給費制度も確立していた訳で,これは他の私的養成機関が給費によって卒業後に義務勤務を課して,労働力を確保しようとしたこととは,違った次元でとらえられねばならない.看護婦といえども,国策の一端を担わされ,お国のためには個人の生活を犠牲にすることが美徳として考えられた時代である.

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はじめに

 放射線療法は,癌の治療に大きな役割を担っているが,その副作用は大きな問題である.その中で副作用の1つである放射線皮膚炎は,患者に瘙み,痛みと精神的な苦痛を与え,治療中断の一因となる.

 今回私たちは,ステロイド軟膏を照射開始時から塗布することにより,副作用の1つである放射線皮膚炎の著明な軽減を認めたのでここに報告する.

ハワイからのAIDSレポート—AIDSに強くなろう・2

基礎知識と最新データ 池上 千寿子
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 まず,エイズについて基礎的知識で武装し,きたるべきパニックに備えましょう.パニックとは大げさなと笑わないでください.「エイズの教育は小学校の低学年から家庭で行なうべきだ」とアメリカ公衆衛生局長官がレポートを発表(1986年).ゲイの権利だの性教育だのシャラクサイという保守の親玉とされた一人がついにエイズ教育に踏み切り大向こうをうならせた.とたんに,「8歳児に肛門性交とその危険性を教えるというのか!!」と親の一部はパニック.エイズ患者と同じ屋根の下で生活したり,机を並べるだけでは感染しないとわかっていても,“エイズゆえの解雇を合法化する”運動は起きるし,教育委員会が認めたエイズ患者児童の通学を,体を張ってピケで阻止する親たちはなくならないのです.看護や病院従業員がエイズ患者の治療を拒否—今でこそ減ったものの1981-82年当時はよく耳にしたものです.正確な知識・情報はいくらあっても邪魔になりません.どんなにあっても足りないくらい.

連載 医のなかの想い—ドクター“のぞみ”の院内日誌・6

病院地下玄関 小笠原 望
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 病院の地下の玄関ほど悲しい役回りをする場所はない.普段は使わない玄関のドアを開けると,真正面から冷たい風が吹きつけてくる.

 亡くなった患者さんを乗せた寝台車を見送ったあと「何度しても,辛い仕事だねえ」と決まったように看護婦さんにこぼしてしまう.

連載 二人三脚の闘病記・6

「覚悟」そして「死」 我妻 令子
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 治療と治療との間にはできるかぎり,軽井沢に滞在しました.環境の変化は心に変化を与え,季節のうつろいが自然の摂理を教えてくれます.日本人の中には土に還るという考え方が根強く残っているように思います.土は私たちに緑の木々や豊かな食をもたらし,美しい花を咲かせます.

 東京は仕事の場としてはこの上なく便利ですが,それ以上でも以下でもありません.しかし軽井沢での滞在は,洋に仕事と心の両方を満たしてくれる貴重な時間を与えてくれるのでした.

連載 自立のための援助論—セルフ・ヘルプ・グループに学ぶ・12

「当事者体験」について 久保 紘章
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 セルフ・ヘルプ・グループについて考えているうちに,次第に私の心を領するようになったのは,「当事者体験」ということである.体験しない者にはわからない,という言葉を安易に用いることは危険だが,一方でその言葉のもつ深淵をいくぶんなりとも受けとめる者でなければなるまい.これまで出会ってきた人たちの体験を聴くたびに,私には本当にはわからない世界だな,という気持ちがつきまとう.とりわけこのことを強烈に突きつけられたのは,次に述べる石田雅男さんの話をお聴きしたときだった.

連載 西村かおるの訪問看護留学記—英国編・6

外国人から日本人を見ると……
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同じ島国でもこうも違う英国と日本

 朝,下宿先のイタリア人の家を出て,オーストラリアから移住して来た運転手のバスで駅に向かう.アラブ系の駅の係員から切符を買い,列車に乗って実習場に着く.マレーシア人のヘルスビジターと,インド人医師の患者であるフィリピン人の家庭を訪問.それにかかわっているソーシャルワーカーは中国人.そして,私は日本人.

 これは,ある日私が実習場で経験したことだがほとんど,単一民族の日本から考えると信じられないような事実だ(ポーカーでいうならば,フルハウスという感覚.よくも揃ったものだ).マレーシア人のヘルスビジターは,こっちで生まれたわけではなく,看護学校からこの国に来たというのだから,日本ならば大きなニュースになるだろうが,この国では特別珍しいことではない.厳しい社会階級を築きながらも,様々な人種を受け入れている英国,そこに吸収された一人として,私はぐらつき始めた.

連載 COLOR ATLAS—徴候から理解する脳のしくみと働き・3

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頭蓋内腔占拠性病変と頭蓋内圧亢進

 先月号では意識障害について学びましたが,今月号からしばらく「脳ヘルニア」という病態を通して,意識障害患者の観察の仕方について勉強したいと思います.脳ヘルニアの病態は,脳の構造についての知識を持っていないと理解しにくいと思われますので,今月号ではまず,脳ヘルニア発生のしくみについて述べることにします.

 脳は硬い頭蓋骨に囲まれていますね.頭蓋骨の中のスペースを頭蓋内腔といい,この中に脳実質,脳を包む膜(硬膜,クモ膜,軟膜),脳脊髄液,循環している血液などが入っています(図1).これらの構成要素以外のものが頭蓋内腔に出現し増大すると,頭蓋内圧が上昇します.

連載 在宅看護への道・3

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新たな不安

 昭和58年2月6日,今日は光子さんの退院の日である.自宅では娘さんや実習中の看護学生2名,さらにはボランティア看護婦1名が待機している.寝台車に乗った光子さんには,加藤さんと私,それに看護学生1名が同乗した.この日がやって来るのを覚悟していたはずの加藤さんであったが,いざその場になると新たな不安が募り始め,それを隠しきれずにいた.

 「大丈夫かなあ」そうつぶやく加藤さんの表情は不安げで,笑い顔もどことなくぎこちなく見えた.

連載 高齢化社会の福祉と医療を考える・10

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 前回は,もともと日常語であったのに今や社会用語になり,さらには公的用語から研究用語にまでなろうとしている「ねたきり老人」という言葉について,なぜそれを問題視しなくてはならないのかを分析した.そして,「ねたきり老人」が社会的に実体化されていく過程で極めて重要な役割を果たしていると思われる,厚生省が毎年全国規模で実施している厚生行政基礎調査の内容を詳しく検討した.今回は「ねたきり老人」によって表象されている問題の本質をマクロな視点から考え,続いてその分析を具体例を引きながらケアに結びつけて展開してみよう.

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 4年に1度開かれる医学会総会.本年の第22回総会は,中尾喜久会頭(自治医科大学長)〔写真①〕,阿部正和副会頭(慈恵医大学長)②,森亘副会頭(東大学長)③,高久史麿準備委員長(東大教授)④の4氏の準備の下「開かれた医学会」を目指して,去る4月4-6日,品川,芝,池袋の全11会場で開催された.今回のメインテーマは「21世紀への医学と医療」.登録者は1万9千人余,展示会場入場者は延23万5千人にも上った.

 既報(本誌3月号,開原成允広報委員長の特別インタビュー)のように,今回の総会は,今までの医学会員のみではなく医師以外の医療職,即ち看護婦,検査技師等にも解放されたScience,Art,Humanityの3本柱で行なわれた学術講演を始め,一般にも公開された展示もあり,看護職の参加も100名以上に上り,「開かれた学会」という当初の目的は果たしたように思われた.

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 10年程前,地域の母親たちのグループが,学童保育の開設を求めて市役所に働きかけていたが,市はなかなか動いてくれず,グループの一員であった病院の職員が思いあぐねて,病院の事務長に空いている部屋を貸してもらえないかと相談したのが開設のきっかけ.

 相談を受けた病院は,よりよい精神医療の実現には,地域の人々の理解と協力がどうしても必要という考えのもとに,地域還元の活動の1つとして学童保育開設に積極的に協力.病院内にプレハブの建物を建てて場所を提供,市も見捨てておくわけにいかず補助を出し,西原学童保育所が開設される.

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 身体の健康のため「1日に30種類以上の食品材料を献立に使用するように」と言われていん.私の家ではどうだろうか,と振り返ってみた.

 朝などで,トーストと牛乳とか,ラーメン1杯だけというような時は,1日あたりの食品数もぐっと減ってしまう.やはり,主食(パン,米,麺類)に,主菜は魚,肉,卵類の料理,または大豆製品,それに副菜として野菜類をつけたいところである.

和漢診療の実際・18(最終回)

証について 寺澤 捷年
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 さて,いよいよ今回がこのシリーズの最終回.そこで,これまでに進めてきたお話をまとめて,漢方の診断である‘証’について記してみたい.

 実はこれまでに長々と記してきた様々なことも,すべてこの‘証’にたどりつくための道すじとして述べてきたものなのである.

ワードスキャン

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 米国の精神科医,エリック・バーン(1910-1970)によって始められた交流分析では,私たちの心は,3つの異なった人格より成り立っていると考えます〔図1〕.

 1つは,「親の自我状態」と呼ばれ,私たちを育ててくれた両親が私たちの心に内在し続けて,両親の言動がそのまま私たちの言動となっている部分です,この「親の自我状態」はさらに,倫理観に富み,規律・道徳を重んじ,また理想を追求する「批判的親(父親的親)」と,他人に対する思いやりや愛情を示す「保護的親(母親的親)」の2つの部分より成り立っています.もう1つは「成人の自我状態」と呼ばれ,私たちの中でコンピューターのような働きをする部分で,物事を理性的・客観的に判断し,状況に適切に対処する部分です.残るもう1つの部分は「子供の自我状態」と呼ばれ,理性のブレーキが効きにくく,子供のように感動的・衝動的に振る舞う部分です。「子供の自我状態」はさらに「自由な子供」と「順応の子供」より成り立っており,「自由な子供」は本能的・衝動的で自然のままに振る舞い,それに対し「順応の子供」は自分の本能・衝動を抑えて,周囲の環境に適応しようと努めます.

おしゃべりワークショップ

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 病棟に勤務していた時には気づかずにいたサビ!宮崎医大病院中材部は,その容赦ない侵略を受けていた!

 卒後5年目の研修課題を「鑷子,鉗子,鋼製小物類の錆付着返納を少なくする」こととした中材部の森田さんは早速行動に移った.まずは現状の把握.その結果,バラつきはあるが1日の供給数の1/10にもあたる10-60本もの錆付着返納物があり,中には—目で赤錆とわかるものや溝部分のわからないものまである始末.それに対して中材部のナースにはあきらめ感があり,病棟スタッフにも原点処理意識が欠けていることを確認した.

アラウンド・ザ・ナース・1

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 新コーナー「アラウンド・ザ・ナース」.このコーナーでは,ナースの周辺に存在する身近な事柄を取り上げ,様々な病院におけるその現状を紹介し,比較検討.そしてそこから導き出される問題を考えていく事を目的としている.とは言うものの,実際には各々の病院のナースの日常を紹介するのが,本当の目的だったりするのだな,これが.

 さてパート1として取りあげるのは「ナースの昼食」である.男性の目から見ると,一般的に女性の昼食摂取量というものは,非常に少ないと感じざるを得ない.よくあれで足りるものだと時には感心してしまう.もっとも,その分おやつを摂取する機会が多いという意見もあるが.ところでナースは,一般の職業女性よりも体力を消耗する仕事をしていると言っていいだろう.さすれば当然のことながら,食事の摂取量も多いに違いない,いや多くなければやっていけまい.とは言うものの…

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最古参は勤続30年の多田光一郎さんだが,ほかの5人もみな勤続20年以上のベテラン.そして3組とも洛南病院で結ばれた.結婚歴は,右から16年,20年,25年.病院全体に共働きに対する理解があってこれだけ勤続出来た.夜勤を組む時も,同じ日に夫婦がかち合わないように,病棟婦長が連絡を取り合って調整してくれる.お父ちゃんの方がおしめを替えるのが上手だったり,お父ちゃんの作る弁当の方がうまいと言われてギャフンとしたり,お父ちゃんがお母ちゃんをしのいで,いずれも夫婦円満.

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 診療所のある拳の川は,高知市から車で1時間余り南に下った所にある農村地帯.僻地にありがちな,大学病院の都合で赴任して来る医師が短期間の内に次々と変わる状態が続いていた.

 そんな中,国立京都病院で呼吸器を専門にやってきて,自分の育てた部下にポストを譲るために退職した疋田さんがやって来た.「都会ではできない予防医学をやらせるという約束でやって来たんだが,最初は孤立状態.当時の町長は,今度の先生は変なことばかりしている,と国保連合会に文句を言いに行ったそうですよ」.今は,当時助役だった現町長も学会に同行するほどの熱心さを持つようになっている.

基本情報

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看護学雑誌
51巻6号 (1987年6月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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