看護学雑誌 25巻4号 (1961年4月)

とびら

夕焼空 金子 光
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 見渡すかぎり,見廻すかぎり,海と空のほかは何ひとつみえない太平洋の真只中,鳥もとんでいない,もちろん,飛行機なんかその音すらもきこえないハワイに近い温暖な太平洋を渡る航海の毎日。

 デッキゴルフに興じていたとき,突然誰かがさけんだ—“ああ,すばらしい!”の声に思わず頭をあげた私の眼に,空一杯にひろがつた金色の夕焼空が,まぶしく,痛くとびこんできました。遊んでいた連中もみんな手をやすめて,デッキのテスリに身をよせ空をみつめたのでした。

口絵 続・写真解説看護技術・24

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□内視鏡室での食道鏡検査の準備および介助法

 Ⅰ.目的

 食道癌の早期発見および食道異物の発見除去(癌センター内視鏡室における検査は癌の発見を主としたもので,耳鼻咽喉科外来における検査とはおのずから異る)。

 Ⅱ.患者の検査前準備について

 入院患者の場合は病室で適格な指示のもとに準備が行なわれるので心配はないが,外来患者が通院で検査を受ける場合は前準備についてよく説明し,なお念のために「胃および食道鏡検査を受けられる方へ」という説明書(下図参照)を渡しておくとよい。

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 第1週のオリエンティションに引きつづいて,新しく職についた看護婦は,更に院内教育の指導者のもとに,第2週,3週,4週を送ります。イリノイ大学,研究と教育のための病院の職員として,つまり,最初の1カ月間はみつちりと,病院の機能,看護婦の仕事分野について紹介と,実地の経験とを与えられ,充分に,なつとくの行く準備を1人1人の看護婦につくりあげて後に,始めて一人前の職員として責任のある職場を与えて働いてもらおうというわけです。第1週のプログラムでは,基本的な事についてのクラスや,見学が組まれていました。その基礎の理解に基づいて第2週以後のプログラムを検討してみたいと思います。

 〔第2週 月曜日 午前7時 12時30分〕

 病室において,婦長と共に。

“The Story of Nursing”を読んで 水曜会
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〈はじめに—この本を読むにいたつた動機〉

 看護婦,助産婦,保健婦,いずれかの資格でそれぞれの職場に入つて4, 5年までの仲間が集まつて1カ月に1度か2度水曜日に集まりをもつている。だから仲間同志でいつのまにか水曜会とよぶようになつた。

 毎日の仕事の中から,看護の中で占めているナイチンゲールの比重の大きいことを感じ,35年始め,看護の歴史を勉強してみようということになつた。皆それぞれにいそがしい生活をしているのでなかなかまとまつた研究という所までいかないが,まず目標を次の3点においた。

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 近代社会生活の複雑化に伴い,精神障害者は増加の一途をたどつている。にもかかわらず,わが国精神障害者130万のうち,施設に収容されているのは僅か10万人にすぎず,多くは在宅のままその悲運を嘆いている。精神障害者に対する心の鍵をはずして,その現状と対策に耳を傾けてみよう。

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形成外科とは?

 皆さんは,形成外科という科名について,まだなじみが少ないことと思う。外国ではPlastic Surgery,Plastic and reconstructive Surgery,Plastische chirurgie,Chirurgie plastiqueなどと称せられているもので,わが国ではこれを一応「形成外科」と呼ぶことにしたのである。この邦訳名は,今から4年前にこの種の学会を作ろうとして集まつた80名あまりの各大学,大病院の諸先生方の間でいろいろ議論し,投票し合つた結果,とり上げられたものである。

 さて,形成外科とは一体どんなことをする科であろうか。一言にしていうならば,先天的に不足している部分あるいは後天的に不足になつた部分を補修して,機能的にも外見上にも正常人と同じ程度のものを作り上げることを使命とした分野である。従来でもこの種の外科的手術が行なわれなかつたのではない。一般外科,耳鼻科,整形外科,眼科,泌尿器科などで相当に行なわれていた。たとえば胃癌を切除して,そのあと胃と腸との吻合を行なうことや,泌尿器科で水腎の治療に尿管狭窄部を切除し,尿管を端端吻合したり,水腎の拡張した腎外腎盂を適当に切除したりしたことなども,広い意味ではPlastic Operation(形成手術)である。

医務局指導課の設置をめぐって
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1.医務局指導課設置の背景

 医療における病院の役割は,医学が進歩し国民の福祉が増進するにつれて,益々その重要性を増すことは,欧米の歴史に徴するまでもなく,我が国における戦後の病院発展の経過をみれば明らかなことである。

 病院医療に対する民衆の期待は,いうまでもなく最新の医療技術を,最適な条件で,労働力を失つた身心にほどこし,一刻も早く恢復して,社会生活に復帰することにある。従つて,病院において行われる医療は,最も専門分科した各種の医療技術が機能的に総合され,組織化されたものの筈であり,この意味では,病院そのものが本来科学的,合理的に運営されなければならぬ性格のものなのである。

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 午前10時半に学院の門を出発し,本科2年生と別科1年生(進学コース),それに受け持ちの先生を乗せたバスは,一路葛飾区の森永乳業東京工場へ,道すがら紅葉に色どられた赤坂の並木道,そして銀座の繁華街,磯の香も懐しい芝浦海岸を通り過ぎ,ガイドさんの案内と若さに溢れるコーラスを聞きながら,可愛らしいエンゼルマークのお菓子を頂いて,バスはだんだんと目的地に近づき,本奥戸橋を渡つて正門に行くまでの周囲には広々とした田んぼが見渡され,故郷を想わせるような景色に懐しさがこみあげる。いままで東京といえば,ただ賑かなところと想像していたのですが,この先入感はいちどに打ち消されてしまいました。

 工場の正門を入つて最初に目についたのは,クリーム色の美しい建物と手入れの行き届いた庭園,それはいかにも清潔な印象で,とても気持ち良く感じました。

癩療養所の日記〔5〕 倉重 節子
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☆ 5月10日

 昨夜,Mがどこから持ち出したのか,刃のぼろぼろにかけた庖丁を振り廻して夜勤看護婦をおどすという事件が起つた。これがようやく園当局上部の耳にも達し“どうにかしなくつては”という動きが見られるようになつた。

 癩患者に対する刑罰という問題について園長より説明がある。私はあまり癩患者に関する法律的なことは知らないが,現在癩患者に対する刑罰的なものは余程の重大なものを除きほとんど等閉視されているのが現状らしい。

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「ここは和歌山の軽井沢だ,是非遊びに来給え」

 去年の春国家試験をパスしてかけ出しのお医者様になつた友人がこんな手紙をくれたので,ものは試しと出掛けてみた。目的地は和歌山県東牟婁郡古座川町国保直営七川診療所である。

 大阪の天王寺を朝9時半に出る準急が紀伊半島西岸を走り続けて最南端の串本に着くのが午後2時過,更に東に二つ目の駅が古座で2時20分頃に到着する。ここから山奥に向つて入るのであるが,往診をすませた友人がスバル360と称する軽四輪車で迎えに来てくれたので狭い助手台に乗つて「忙しいところをすまないな,バスででもと思つていたんだが」と挨拶すると,「君,バスなんてものは1日に4回しか通らないんだ。しかも汽車と接続してないんで」と云われて驚き,「それにしてもここからどの位かかる?」ときけば,「たつぷり1時間はかかるな」と軽く云つてのけられた。

Nursing Study

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 看護業務には,いわゆる雑務が多すぎる。そのため専門の仕事をする時間がへり,超過勤務を余儀なくされ,過労におちいる。これでいい看護サービスが出来るだろうか。雑務追放—そのためには基礎的資料の作成こそ急務といえよう。

職業的調整講座・5

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3.自由

 今更「自由」でもあるまいに,と言われそうである。それほど,もう耳にたこができるほどきかされているこの「自由」が,本当は案外わかつていないのではないか,守られていないのではないか,と思うのである。

 いま,やいやいと催促を受けてこの原稿を書いている時,ラジオニュースは中央公論社の嶋中社長宅のテロ事件について報道している。

ストはやめての投書をめぐって

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私は現在,中学3年に在学中の一生徒です。そして,最も看護婦という職業を尊敬し望んでいるひとりです。私は最近,皆さんに質問したいことがひとつ起こりました。それは,皆さんがなぜ看護婦になられたかということです。無い賃ゲールの気持ち私にはわかりません。私は小学生の頃から,看護婦さんほど清く,美しい,尊い職業はないと信じていました。看護婦さんは,みんなナイチンゲールのような方たちばかりだと思つていたのです。しかしいまは違います。その理由は,ストが起こつたからです。いいえ,ストだけではありません。耳の診察に通つている医院で直接,看護婦さんの冷たい態度に接したからです。その看護婦さんの冷たさは,そばで見ていても腹が立つてきます。その人の背に『なぜ,看護婦になつたのか』とどなつてやりたいぐらいです。みなさんの全部が全部そうだとはいつていません。しかし,頼まれた仕事を喜んで引き受けて気持ちよくやつてくれる人は,そうざらにはないでしよう。私のような無経験の者は,本当の看護婦さんの苦しみやつらさはわかりません。でも,入院された患者さんたちは,どんなに心が曇つているでしようか。はげましや慰めのことばをどんなにか待つているでしよう。そんな患者さんたちの心をときほぐしからだの回復に力を注ぐのが看護婦さんの務めではありませんか?

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 病院ストといえば看護婦が病院の門で最前線にたつて赤旗をふるものと社会の人に思われるようになつてしまいました。病院の中には他の職種の人も非常に多い中ですのに。赤旗の林立するその下で,ピケを張り労働歌をうたう看護婦を,テレビと新聞と揃つてニュースするようにしています。そこのナースがやらなければ他の病院の看護婦の応援を求めてまで,その風景をつくるというようなことになります。これまで感じていたナースとこの現実に立つて病院に親しんでいた患者はもちろんのこと,一般大衆の人々にまでかなりのショックを与えていることはまぬがれないようですし,またナースの労働が非常に重労働であり,その割に待遇がよくないことも十分に認識されたことと思います。こういう意味で,私のところにもかなりたくさんのお手紙をいただきました。その中にY.N.というかわいいグリーンの封筒のものがありました。字も一字一字力を入れ,ていねいにかいてありましたが,それは看護婦になりたいと思つている中学3年の保子さんという方からでした。レターペーパー6枚にわたり.こまごまと記されたものでしたが,これを見まして,だれに言われたよりも一番切なくて,どう処理をしたらよいのかわかりませんでした。いちど手紙を出してこの少女に会いたいと考えましたが,大阪市とかいてあるだけで消印もあいにくうつつていませんでしたので,どうしようもなく,ここに掲載していただくことになつたわけでございます。

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 保子さん,編集部から受けとつたあなたのお手紙を毎晩読みかえし,どう御返事を差し上げたものか迷つているうち,とうとう締切日がきてしまいました。上手にお話しできませんが,どうかよく読んで立派な看護婦さんになつていただきたいと思います。

 私が看護婦を志したのは,あなたがまだ生まれる前,日本が大戦争の最中でした。戦いに傷ついた兵隊さんや従軍看護婦の活躍が,本やニュース映画に出るたびに,私も白衣の天使となつて一身をギセイにしても御国のためにつくすのだ,とかたく信じて日赤の看護婦となりました。幸か不幸か勉強中に終戦となつてしまいましたが……。それから15年,決して短い期間ではありませんでしたが,看護婦として働いている間に,いつぽい疑問が湧いてきたり,今まで知らなかつたいろいろなことがわかつてきました。

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 保子さんのお手紙拝見しました。それと同時に看護婦さんの側からの回答も編集部の人にお願いしてみせて頂きました。そして,どちらの内容にもそれぞれ胸をうつものが感じられました。

 保子さんは「白衣の天使であるべき看護婦はどんな場合でもぜつたいにストをやるべきではない」と考えておられますし,看護婦さんの側は「生活環境の劣悪さを改善することがよい看護をするための必要条件であり,その手段としてやむをえずストを行なつている」と答えておられます。

ナースの意見

ストの立場を理解して下さい K子
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 新年号の“とびら”のページの「いのちとはなしあい」の文章にはいささかの異議がありますので思い切つてペンをとつた次第です。

 まず,冒頭の「医療機関におけるストライキが世間をさわがす不祥事件の一つ」と見なされたこと。つまり金子先生は,毎日のように新聞の紙面を賑わす殺入や強盗事件,あるいは交通事故などと,このストライキを同一視されていると解釈してもよろしいのでしようか。これだけ多くの病院の労働者が統一して待遇改善のために,また人権要求のために立ち上つた事実を,ただ単なる不祥事件として片附けていただきたくありません。それにはそれだけの問題が山積していたのですから。

批判にこたえて 金子 光
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 1月号の「とびら」に対する御意見を拝見しました。おつしやることはよくわかります。一つ一つそのとおりだと思います。また,御自分自身その活動の中にあつて真剣に行動していられたのでしようから,私の書いた記事はいかにも水をかけたようなかつこうになつたので,黙つていられなかつたのでしよう。私自身,言葉が足りなかつたと,反省しています。今回の争議に,看護婦が参加していたというか,その中心勢力のようになつていたということに対して,私自身が看護婦であるために,立場上私にあびせられた最も冷淡な,無理解きわまる批判について説明するつもりであつたのが,言葉不足なために,いわゆる看護の論理だけが強く出てしまつたのでした。そこで,論理は論理として別に考え,今回の問題を,看護婦が置かれている立場から,現状に立脚した社会問題として考える時には,異つた考えが生れる,といろ観点から私の考えを改めてお伝えしたいと思います。

 看護婦を含めて,すべての医療関係者は,「スト権」を確保している労働者なのですから,他の一部の人がいつているように「医療関係者は特別な職業である」とかまた「医療関係者は労働者でない」などとは申しません。おつしやるとおり,立派な賃金労働者の1人でしよう。ただ私の考えとしては,その上に少しニュアンスをつけたい。

ナースの作文

黒いセーターの婦人 福田 洋子
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 一滴の水気もない乾燥しきつた瓢単形の池に七色のもみじが静かに舞い落ちた。

 誰からも哀れみを受けず,誰にも頼ろうとせず,風に吹かれて転々と住みかをかえるのだろうか。このもみじに限つたことはない。あらゆる木の葉が同じ運命をたどるのだ。

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7)ベツドに寝かせて第二次麻酔が医師によつて行われる。

 8)カーレンのカテーテルが挿入され,測定が医師により行われる。

臨床検査とその介助

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はしがき

 泌尿器科は賢,尿管,膀胱,尿道の泌尿器と睾丸,副睾丸(睾上体ともいう)精管,精嚢,前立腺の男子性器の病気を取り扱う一分科である。しかし腎の病気でも特に外科的腎疾患を主とする外科的領域の科目であり,女性性器等は婦人科領域に属する。近来は扁側性腎性高血圧,副腎等の疾患も取り扱うようになつてきたため内科的諸検査もこの領域に導入されてきた。

 以上のように尿性器等の特殊な部位すなわち恥部を取り扱う関係上この領域の検査すなわち診察,臨床検査の介助は患者の予診をとる時から始まるといつても過言ではない。すなわち多くの泌尿器科患者は恥しさ等のため要領のえない訴えが少くなくなく,また十分その訴えを述べない場合が多い。そのため患者の介助に当るものはこの点を十分に理解し,患者の立場を認識して患者の気持をやわらげ落つかせて安心感と信頼感を与えて,医師が十分に診察できるような雰囲気と諸臨床検査に必要にしてかつ十分な材料を得るようにしなければならない。これには診察検査室の整備はもちろん,診察時患者に恥しい気持を起させないよう言辞,態度に注意し,また診察台の配置に気を使わなくてはならない。一方検査物が尿,精液等である関係上常に検査台の整頓により検査物の混乱,間違いの起らぬようまた検査物をこぼしたり,散らさないよう清潔に細心の注意が必要である。

看護サービス・4

〔問題の扱い方〕 永井 敏枝
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 前回までよい人間関係をつくるための基本心得となることについて考えました。しかしこの根本原則を予防薬として利用しても時に私達は問題の起こることがあります。ここでいう問題とは私達が自分の責任において何か処置をとらなければならないものをいいます。すなわち放つておくと職場の仕事に影響を与え,あるいは人と人との関係がまずくなるということです。そこで問題が起きた時には,上手な処理をしないとあとあとまでも尾をひき,同じ問題を何回もくり返す,ひいては職場にいることすらも嫌になるという結果をひき起こすでしよう。そこで問題を処理する方法を紹介しましよう。

 目的をきめる 問題の処理にあたつてまず目標をきめます。どういう方向に進むべきか,好ましい,のぞましい方向に問題が解決するようにすべてに慎重に進むことです。その進む手段として次の4段階で進めていきます。

セミナー

病院における人間関係
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 病気の治療看護をうけるための入院生活で,とかく二次的なものと考えられがちの人間対人間の接触が,治療看護の基盤となる大切な要因であることを考え,熟練した対人技術を得たいために,土井正徳先生,早坂泰次郎先生の講義をうかがい,柴田明子先生の助言御指導をうけ,「病院における人間関係」の研究討議を行なつたが,私たちの第3班は,「患者および家族と看護婦の人間関係」について討議した。

 患者および家族と看護婦の人間関係

 第3グループ,メンバー:婦長5名,主任3名,看護婦5名,専任教員2名。

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明日と私のこころ

冬風が,鋭いうなり声をあげ道を進む私をおびやかしたとて明日を信ずる私の心になんの恐怖があろうたれ下つた灰色の雲間より冷い白いものが落ちやがて積つて行くように明日の幸せは一つ一つの小さいものから積つて行くやがて,それが消えたときにも私は悲しむまい夜が無ければ朝がないように不幸がなければ幸せはないのだから春風が,こびる如き声でわたしの心の隙間に話かけたとて明日を歩む私の心になんの動揺が見られよう花々が咲きそろつた美しさをほめるより冬のきびしさと斗い抜いたその青い芽を見つめようやがて,花々が散つたときにもわたしはおしむまい一つの種が多くの実を結ぶように一人の人の正しさが多くの人に幸せを与えることを知ろう夏風が,乾燥しきつた熱風を疲れ切つた私の肉体にそそぎこんだとて明日のために汗を流す私の心になんのあせりがあろうやけつくす如き太陽のもとで年えたニコヨン達がモクモクと汗を流し,明日を信じていることを私は知つている秋風がいじわるくとがつた声で私の過去の道程をあばいたとて明日への精神にいどむ私の心になんの後悔と恥辱があろう見よ私は今荒涼たる原野につつ立つているそこに自我の世界と斗う日々苦悶する自己を見る私の少数の愛する人達よもつと,もつと私の深いところを見つめてくれないか

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夕鵙や梢に動く重き雲

旅の宿祭の宵や遠太鼓

基本情報

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看護学雑誌
25巻4号 (1961年4月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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