総合リハビリテーション 18巻6号 (1990年6月)

特集 老人の脊髄損傷

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はじめに

 高齢者人口の急速な増加が進む中で,高齢者脊髄損傷の増加は当然ともいえる.高齢者には脊椎・脊髄の加齢に伴う多彩な病態が既存することから,脊髄の易損性が若年者に比べてより一層高まっているとみられる.その結果は極めて軽微な外力でも容易に脊髄損傷を発生してくる.一般に高齢者の脊髄損傷は軽微な外力で発生し,頸髄損傷の形をとって,不全麻痺であることが多いが,全身的加齢変化,脊髄・脳の脱髄現象などが加わって,脊髄麻痺の予後は必ずしも良好でない.増加傾向にある高齢者脊髄損傷の特徴について言及する.

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はじめに

 人口の高齢化に伴い,リハビリテーション医学の分野においても,加齢が大きな問題となってきている1~3).脊髄損傷についても日常の診療場面では高齢発症の脊髄損傷(以下,脊損と略)者の増加,脊損者の加齢による二次的な医学的問題の増加などを実感することが多い.しかし,これを実証する客観的な資料,研究は意外に少なく,我々が今回検索した範囲では欧米の文献がいくつかある4~7)ものの,我が国では日本パラプレジア医学会で安藤ら8)が行った高齢者頸髄損傷のパネルディスカッションがあるのみである.

 そこで今回,我々は「高齢者の脊髄損傷」の特集にあたって,神奈川県立総合リハビリテーションセンター神奈川リハビリテーション病院における高齢脊損者の実態を明らかにするために過去10年間に当院で入院加療を行った高齢脊損者を後方視的に調査した.

 その結果,さまざまな医学的問題が明らかになり,高齢脊損者の医学的管理について若干の知見を得たので報告する.

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はじめに

 高齢脊髄損傷者のリハビリテーション・プログラム(以下,リハプログラムと略)も基本的には若年脊髄損傷者に対する一般のリハプログラムと変わらない.しかしながら,高齢脊髄損傷者には若年脊髄損傷にはない病態的特徴,あるいは高齢者本来が持つ身体的,心理的諸問題を有し,リハプログラム実施にあたって十分な配慮が必要である.以下,高齢脊髄損傷者のリハプログラム実施上の問題点を文献的考察を加えて論ずることにする.

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はじめに

 一般には60歳または65歳以上の脊髄損傷者を高齢脊髄損傷とする.高齢脊髄損傷の特徴1)として,①X線上,骨傷が明らかでない例が多いが,頸椎症性変化・後縦靱帯骨化などの脊柱管狭窄病態を有する,②屋内での転倒など軽微な外力による受傷が多い,③過伸展損傷による頸髄不全損傷,特に中心部損傷2)が高率に認められる,④不全麻痺例でも若年者に比べてリハビリテーション・ゴールは低い,⑤完全麻痺例では,生命の予後も含めて予後不良である,⑥従来少ないとされていた骨粗鬆症・脊椎圧迫骨折による対麻痺例も決して稀ではない,などが言われている.

 老人脊髄損傷は以上述べた高齢者が脊髄損傷を受傷するほかに,青壮年時に脊髄損傷を受傷し高齢となる2つのグループがある.脊髄損傷者の寿命についての報告3,4)は多くはないが,第二次世界大戦前の死亡率に比べて現在では脊髄損傷者の寿命も著しく延長しているのは確実であり,脊髄損傷者の寿命も健常者より数年から10年程度短いと推定される.従来,慢性期死亡原因の第1位であった腎不全にかわって,最近の慢性期脊髄損傷者の健康調査報告5)によると糖尿病など一般成人病が認められ,したがって慢性期脊髄損傷者の死亡原因6)も悪性腫瘍,心臓病,脳血管障害と一般人の死亡原因と同様になりつつある.

 本稿のテーマは脊髄損傷者の加齢に伴う重複障害であるが,脊髄損傷受傷後に発生した脳梗塞片麻痺や閉塞性動脈硬化症による下肢切断,脳梗塞後に転倒し受傷した脊髄損傷と脊髄損傷受傷時と同時に脳挫傷を合併受傷した例など,我々が経験した老人の脊髄損傷との重複障害例を述べる.

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はじめに

 当院(神奈川県総合リハビリテーションセンター神奈川リハビリテーション病院)では,近年外来または入院する高齢の脊髄損傷者が増加しているように見受けられる.高齢に伴い生じる医学的問題が,社会的問題に結びつく例にしばしば遭遇する.加齢による身体機能の低下や合併症への対応の問題に対し,多くが家族の介護に依存している現状1)がさまざまな不安となって表れ,それを補完すべき社会的サービスの欠陥が問題となって浮かび上がってくるように思われる.

 このような高齢脊髄損傷者の社会的問題をとりあげた文献はほとんどないように思われる.

 我々はこのたび高齢脊髄損傷者の社会的問題の一面を明らかにしたいと考え,アンケート調査を実施したので,調査結果とともに若干の考察を加え報告する.

巻頭言

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 リハビリテーション医学は障害に負けずに戦うというキリスト教的精神を強く反映していると日頃感じます.どうも新潟のような地方都市で特に老人のリハビリテーション医療を行っていると,仏教徒にキリスト教を布教しているような違和感を感ずることがあります.リハビリテーションという言葉だけは市民権を得たようですが,その内容と精神についてはまだまださっぱり理解されず,やりにくいことばかりです.近年,新潟県ではリハビリテーション医の減少が著明であり,また新入医局員がないのも,こんなやりにくさが影響しているのではないかという気までしてしまいます.

 私は12年前に米国深南部に留学し,キリスト教とリハビリテーション医療,社会福祉との密接な関わりを実感しました.昨年,ひさびさに労働福祉事業団からの派遣で西オーストラリア州パースのベッドブルックのところへ3か月間,脊損リハビリテーションの研修に参りました.オーストラリア人は人がよくて,よく日本人の宗教は何かという話になると,私は日本人は無宗教である,また日本人の宗教は“トヨタ”である,などと答えておりました.実際,日本人にとっては科学が宗教のかわりになったのだろうかとも考えておりました.葬式などの日本のお寺の儀式などは全く形骸化していて,信じるには値しないものだと思い込み,むしろ拒否しておりました.ところが,たまたま国際協力事業団からの派遣で仏教国タイに数週間滞在する機会がありました.実際にタイでタイ人と一緒に生活してみると,われわれ日本人にはあきらめの宗教ともいうべき仏教の教えが骨の髄にしみこんでいるのではないかと感じるようになりました.

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はじめに

 半側空間無視は高次脳機能障害の中でも,特にリハビリテーション(以下リハ)の阻害因子となりうる重要な症状である.これは体外空間の半側にある対象を無視する症状であり,右大脳半球の頭頂後頭葉接合部病変で生じるとされている1).近年,右後頭葉や前頭葉病変,右視床や被殼などの皮質下病変でも生じることが知られてきた2~5).また左半球病変で生じた報告6)もある.しかし,その責任病巣や発現機序については検討すべき問題点も少なくなく,神経心理学的症状の質的な差異,さらには日常生活場面に及ぼす影響などについては未だに明らかではない.

 今回,我々は右視床出血で一過性に左半側空間無視(thalamic neglect)を呈した2症例に対し経時的にXe-enhanced CTを施行し,脳循環動態面からみた責任病巣を検討するとともに,急性期に日常生活動作に及ぼす影響を考察した.

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はじめに

 我々は骨系統疾患により高度の股関節症をきたした5例9関節にCharnley型人工股関節置換術(total hip replacement:以後THRと略す)を行った.症例はmultiple epiphyseal dysplasia(以後MEDと略す)3例6関節,spondyloepiphyseal dysplasia tarda(以後SED tardaと略す)2例3関節で,手術時平均年齢は46.7歳である.

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はじめに

 急速な高齢化社会への移行につれ,老人医療,特に障害老人の医療と介護の充実が求められている.なかでも失禁等の排尿障害は,本人はもちろん患者家族や介護者の悩みの種であるが,それに対する的確で積極的な対応はまだまだ少ない1,2).これまでも,施設入所者では尿路感染と生命予後とに関連があること3),気づかれないまま尿路感染を繰り返している例の多いこと4)が報告されている.

 一般に精神機能障害あるいは身体能力の低下したものには失禁や尿路感染が多いことは良く知られているが,これらの排尿障害のタイプや原因にも多くのものがあり,それぞれへの対処は異なってくる.しかし,これまで障害老人の膀胱機能と精神および身体能力との関連について詳細に検討したものは非常に少ない.今回,明らかな排尿障害のないものも含めて,障害を持つ老人全体における排尿障害の実態を膀胱機能検査と精神身体能力の関連から検討したので報告する.

講座 運動学入門(6)

手指の運動学 鎌倉 矩子
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はじめに

 手は眼や口とともにヒトが環境と交流するための装置である.手の運動を論じるときは,誰でも暗黙のうちに手の働きということを頭の中に描いている.したがって,手の運動学はいつでも手の動作学へ発展していく可能性をもっている.そこで,この小論では運動と動作の両方を取りあげることにしたい.

 手指の運動学は次のような範囲にわたっている.

 1)手の構造とバランス

 2)手の機能

 3)筋活動

 4)動きの特性

 5)動作のパターン

 6)力の問題

 7)その他

 これらの研究は真理の探求という立場からも行われるが,臨床上の必要が契機となって行われることも少なくない.以下に,これまでに発表された研究から,いくつかを振り返ってみることにする.

実践講座 職業リハビリテーションの現状と問題点(6)

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はじめに

 当初,“更生”と訳され,まだその意味が一般にはよく理解されていなかった「リハビリテーション」という言葉が,法令用語として最初に登場したのは,昭和40年の労災保険法改正による保険施設の一つとしてであった.それ以後,4半世紀,特に「身体障害者雇用促進法」(昭和35年)から「障害者の雇用の促進等に関する法律」(昭和62年.以下,障害者雇用促進法と略称)への進展によって,この言葉は今では法令用語としても,法制度としても定着し,発展の方向を辿っている.

 この間,障害者数の増加,障害者の高齢化,障害の重度化・重複化,精神系障害者(精神薄弱,障害)保障への要請の高まりなど,障害者保障をめぐる状況の変化があり,また思想的には1981年の国際障害者年を経過して,職業リハビリテーションの概念や,さらに現実の制度のあり方にも影響を与えることになる国際的規模での障害者保障の理念の大きな進展があった.

 本稿ではこのような経過を背景として,まず「職業リハビリテーション」の概念,現在においてそれを支える理念や原理について述べたのち,現行法制を検討し,その課題を明らかにしたい.

一頁講座 イラスト・神経学的テスト(6)

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筋緊張

 1.状態による筋緊張の分類

 ①休止(安静)時筋緊張

 身体的・精神的緊張から開放された状態の筋緊張.

 ②姿勢時筋緊張

 自分である姿勢を保つときに見られる筋緊張.姿勢反射や平衡反応に伴う.

 ③運動時筋緊張

 随意的に運動をした場合にみられる筋緊張.共同運動などが出現する.

 このうち神経学的テストとしてよく調べられるのは休止(安静)時の筋緊張である.

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1.坐位における体幹筋力測定法の検討

   東海大学リハビリテーション学  田代 桂一 本田 哲三 豊倉 穣

      石田  暉 村山 恵一

   東海大学整形外科 千葉 昌宏

        国立療養所箱根病院

      田中  博 野口 隆敏

 ダイナミックな体幹機能評価法の一つとして,Cybex 340を用い簡便な椅子座り坐位による体幹筋力測定法を開発し,信頼性,妥当性について検討した.さらに非腰痛者33名に対し筋力測定を行った.信頼性の検討では,5名の同一施行内における最大トルク値(以下PT),PT角度はいずれも0.9以上とよく一致していた.2回の検査(平均16.2日後)での再現性の検討では,角速度60度/秒の方が120度/秒より高く,PT角度,屈伸筋PT比,ROMの変動率(第2回値/第1回値×100)はいずれも18%以下であった.動作時の表面筋電図により,屈曲伸展に同期し,それぞれ外腹斜筋,大腿直筋,および腰部脊柱起立筋,大殿筋の収縮が認められた.非腰痛者33名の測定では,PTは50歳以上の高齢者で低下傾向を示し,屈伸筋PT比は男性0.46,女性0.37(60度/秒)であった.今後,疾患群へも応用していく予定である.

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 平成元年も残り少ない慌しい気分の頃に,突然新聞紙上でラスク(Howard A Rusk)先生の訃音に接した(1989年11月4日,享年88歳).

 ラスク先生は数年前から御病気のために歩行も不自由となられ,何処かに御入院中であるという噂を耳にしたことがある.しかし,それ以上のことを確認するすべもないままに時を過ごしてしまった上での突然のニュースであった.私は取り敢えずお悔みの英文を作り,ニューヨークの留守宅にお送りした覚えがある.

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 嚥下は人が生きていく上で最も基本的かつ大切な行為であるが,医学的には,耳鼻咽喉科・消化器科・神経科など様々な領域にまたがるために余り注目されることは少なかった.一方,近年リハビリテーション医学が急速発達し,またQuality of Lifeの概念が普及するにつれ,嚥下障害に対しても積極的にリハビリテーション医学の面から取り組む姿勢が見られるようになってきた.本書はこのような状況の中で,まさにタイミング良く出版された待望久しい書物といえる.

 嚥下に対しては様々な職種から成るチームアプローチが大切なことが強調されているが,本書の原著者は耳鼻咽喉科・神経科の医師をはじめとして,言語療法士・看護婦・栄養士など多岐にわたっている.一部に重複する箇所も見られるが,それぞれの専門職の視点から極めて実践的な問題について解説が加えられている.

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 四宮さんの翻訳による「腰椎の臨床解剖」(Clinical Anatomy of the Lumbar Spine)は,確かに臨床家にとって魅力的な解剖書である.訳も正確で,しかも読みやすい,特徴を一言で言うとすれば,diagnosis-oriented anatomyと言えようか.腰痛の診断を念頭においた解剖といってもよい.

 元来,解剖書というのは外科医の血汐に染まった手引書であった(ガレヌス・ベザリウスの例をあげるまでもなく).「解体新書」もまた実地医家の焔の如き熱意の賜物であることは,人口に膾炙した事実である.その解剖書が面白くなくなった理由はどこにあるのだろう.多分,解剖学として整理され,骨・筋・神経・血管がそれぞれ無関係に,しかし一応系統だって詰めこまれるようになったのがきっかけであろう.解剖学教科書が解剖書を面白いはずがない代物にしてしまったのである.瑣末主義の典型とでも言うべきドイツ学派解剖学は,内容こそ完壁であったものの,presentationのあり方は臨床家を遠ざけずにはいなかった.その対極にあるのがArnold K. HenryのExtensile Exposureである.一見稚拙な挿絵ではあるが,外科医にとっては手離すことのできない解剖書として再版を重ねている.

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文献抄録

編集後記 緒方 甫
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 本号が読者の皆様のお手もとに届く頃は第27回日本リハビリテーション医学会学術集会の開催も間近に迫り,演題発表その他の準備に追われている方々も多いことと推察されます.そしてまた,皆様をお迎えし,お世話させていただく私どもも今まさに開催準備の最終段階を迎えています.参加される方々にとって実り多い学術集会にするために,最大限の努力を払う所存でおります.皆様の温かいご支援を心からお願い申し上げます.

 今月の特集は「老人の脊髄損傷」です.高齢化時代の到来とともに,脊椎ならびにその支持機構の弱化などの要因により,高年齢層の受傷者の頻度も高くなる傾向にあるようです.そして,その臨床像も青壮年者のものとは質的にも異なっています.大谷先生にはその臨床像とその特性について論述していただきましたが,不全麻痺例が多いにもかかわらず,麻痺の予後やADLの能力の回復は不良であると指摘されているように,今後の医学的,社会的問題も山積しています.医学的問題点を水落先生らに,リハビリテーション・プログラムについては大隈君らに経験を交え担当していただきました.さらに加齢に伴う重複障害については吉村先生らに論述していただいたように,今後は一般の成人病の予防がますます重要な課題となってくると考えられます.これに伴い,長谷川先生らが指摘されているように,介護者を獲得しなければ高齢障害者の在宅生活は成り立たないと思います.いずれの論文もリハビリテーションに従事する方々には参考となる力作で,ご執筆の先生方に厚く御礼申し上げます.

基本情報

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総合リハビリテーション
18巻6号 (1990年6月)
電子版ISSN:1882-1340 印刷版ISSN:0386-9822 医学書院

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