神経研究の進歩 24巻5号 (1980年10月)

特集 生物由来の神経毒

塚田 裕三
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 植物や動物体内に含まれる物質で,従来,神経毒と考えられてきたものは数多く知られている。フグ毒やコブラ毒は動物由来の猛毒物質としてそれらの代表である。

 近時,これらの毒の精製が進み,その構造が明らかにされるとともに,神経科学の研究の進歩と相俟って,神経毒の作用機序も次第に明らかとなった。これによって臨床医学的には中毒の予防や治療,さらには医薬としての応用という面が大きく開かれたのである。

テトロドトキシン 小倉 保己
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 1964年,京都で開催された国際天然物化学会議において,津田博士らによってテトロドトキシン(TTX)の化学構造が発表され,承認された。これは歴史的なことであった。

 それから間もなく,神経,筋肉などの興奮性細胞において,興奮時に生じるNaイオン透過性の増大をTTXが選択的に抑制するという興味ある事実が見出された。このことがあってから,Naイオンレセプターや興奮機構の解明に重要な手掛りを与えるものとして,TTXは生理学,薬理学の研究領域において,多方面にわたって広く応用されるに至っている。

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 ある種の蛇毒に神経毒性があることは前世紀から知られていた(たとえばBrunton & Fayer,18741))。神経毒成分を蛇毒から取り出す試みも,その時代時代の技術の進歩に応じて行なわれた。1950年代佐々木2〜4)が台湾コブラ毒から単離した標品はその毒性,化学的性質から見て本稿の主題の神経毒の一種であったに違いない。ウミヘビ毒からも神経毒成分を免疫化学的に純粋に得たとの報告がある5)

 1966年,田宮,荒井6)は日本沖縄産のエラブウミヘビLaticauda semifasciataから神経毒タンパクを結晶状に単離し,エラブトキシンのa,bと命名した。同年スエーデンのKarlsson7)らはフランスでBoquet8)らが得ていたアフリカコブラ毒の毒成分,トキシンαを精製分析した。エラブトキシンa,b,トキシンαはいずれも61〜62個のアミノ酸残基,および4個のジスルフィド結合から成る塩基性タンパクで,それらが同族のタンパクであることはアミノ酸組成から明らかであった。Yang9)がタイワンコブラから単離した神経毒タンパクも間もなく同類のものであることが示された10)。以来10余年,同族のタンパクは各種のウミヘビ,コブラから相ついで発見され,毒タンパクの中では,最も研究の進んだ大きな一群として知られるに至った。

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I.はじめに

 伝達物質の放出機序に関しては,それが素量的であること,および,Ca2+の神経終末内への流入によって引き起こされることなどが明らかにされているが,その分子機作についての現在の知識は,きわめて乏しい。特異的に伝達物質放出に影響する神経毒素は,その点で有用であると思われる。この小論では,伝達物質放出を阻害する毒素,β-ブンガロトキシンおよびクモ毒成分について述べる。

サソリ毒 岡本 治正
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I.はじめに

 サソリ毒は,神経や筋肉などの興奮膜における活動電位の時間経過を延長することにより,その神経毒としての作用を現わす。すなわち,いったん脱分極反転した膜電位はなかなかもとの静止レベルまで戻らず,閾値付近から再び活動電位を生ずる。これが繰り返し起こる結果,膜電位は最終的に,閾値より脱分極状態にとどまることになり,以後の刺激に,反応しなくなってしまう。

 活動電位の発生については,膜電位固定法その他の電気生理学的手法により,脱分極刺激に応じて膜を内側に横切るNaイオン電流と,やや遅れて外側に横切るKイオン電流によりもたらされることが明らかになっている1)。各イオン電流に対して特異的に働く抑制物質の存在することなどから,NaあるいはKに対するイォンチャンネルが独立した通路構造として膜内に存在することが推定されてきた2,3)。そこでサソリ毒がこれらイオンチャンネルに対し,どのような作用を持つのか興味の持たれるところであるが,粗毒を用いた膜電位固定法による解析などから次の点が明らかとなっている4〜11)。すなわち北アフリカの砂漠に棲むLeiurus quinquestriatusというサソリの粗毒は,後述するNaチャンネル不活性化を抑制するとともに,Kチャンネルのイオン透過を抑える。また,アメリカ東南部に棲息するCentruroides sculpturatusの粗毒は,Naチャンネルの活性化を抑制する。

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はじめに

 ハチ類は十万種以上に及ぶ種類が知られており,現在もなお記載が殖え続けている。種によって,毒の組成がかなり異なっていることが知られている1〜4)。これはハチの社会的生活,とくに食性の違いに基づくものと考えられる。たとえば花粉を集めるミツバチと,他の昆虫を餌とする肉食性のハチは,毒の成分に差があるのは目的論的に考えてもむしろ当然かもしれない。種類が多いうえに,1個の毒腺中に含まれる毒液が,きわめて微量であることが,ハチ毒研究の最大の隘路となっている。これまで毒成分の分析が進んで構造の明らかになったものは数種類にすぎない。そのうちミツバチ毒に関しては,養蜂の必要上から年間を通じて飼育できるため,何万匹ものミツバチから毒液を集めることが可能で,ハチ毒のなかでは最も早くその組成が明らかになった。これらは,melittin,apamin,MCD-peptideなどと名づけられた。このほかに構造の知られたハチ毒成分としては,キニン類があり,アシナガバチ類のPolistes annularis5)やVespula maculifrons6)から分離されている。そのほか,ヒスタミン,セロトニンなどの生体アミン類や,酵素類の存在がいくつかの種類のハチで知られているが,まだ多くの生理活性物質が不明のままである。

 本稿では,この特集のテーマに従って,向神経性のハチ毒成分に焦点を絞り,国内外の研究の現状を展望してみた。

イソギンチャク毒素 藤田 省三
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 本稿では種々のイソギンチャクから得られる毒成分の精製とその化学的性質について述べ,神経毒素の生理学的,生化学的研究を紹介し,最後にサソリ毒素との関連について述べる。イソギンチャク毒素がサソリ毒素と共通の受容体に働くという報告が1978年に相ついで出されており,今日では両毒素が興奮膜上のNaチャンネル不活性化過程に作用するものと考えられている。したがって,岡本氏の「サソリ毒素」の章も合わせて御覧いただきたい。またNaチャンネルの性質などについては総説34,51)を参照していただきたい。毒素に関して述べる前にまずイソギンチャクと刺胞について簡単に触れておく。

テタヌス毒 高野 光司
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I.はじめに

 破傷風は,感染病の中で特別な位置を占める。すなわち一般の伝染病と異なり,ヒト(あるいは他の動物)からヒトへの伝染ではなく,土壌などのなかにひそむ破傷風菌が,外傷によって動物の体内に入り,菌にとって条件が良い時には繁殖し,破傷風毒素(テタヌストキシン)を産生して,破傷風を惹起する。人類社会の工業化,都市化によって土との接触が著しく減り,また外傷処理の発達により破傷風感染の機会が減ったとはいうものの,破傷風から完全に安全であるためには,各個人の能動免疫以外に他の方法はない。予防注射の強制力の低下と,余暇の増大により自然および土に親しむ機会が今後増えるとすると,この病気は次世紀には再び工業国において増大する可能性がある。それにもかかわらず原因療法はいまだに発見されていない。

 病気の主症状は,ドイツ語名のWundstarrkrampf(外傷性強直性けいれん)が示すごとく,身体各筋の過活動である。骨格筋の不随意性収縮はまことに強烈で,しばしば骨折を起こす。患者の苦痛は烈しく,治療には莫大な費用を必要とする。工業国では,終板遮断剤(クラーレなど)を用いて筋収縮を防ぎ,人工呼吸器につなぎ,人工栄養補給を行なう。治療開始と同時に受動および能動免疫を行ない,荒れ狂う病気が去るのを待つのみである。

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はじめに

 ソテツの配糖体のaglyconeであるメチルアゾキシメタノール(MAM)は,アルキル化作用を主体とする核酸合成阻害物質の一つとして,その毒性の追究とともに,脳発達障害の疾患モデルの作成のために,有用な実験手段として用いられている。MAMのcytotoxic effectは脳の発育の特定の時期に限られており,ラットの胎生期の投与によって小頭症の出現,出生直前の投与で,網膜の障害22,77),新生仔期の投与で小脳の低形成を招来する。ここではその毒性のうち,サイカシンまたはMAMの,動物についての発癌実験と,神経毒としての,MAMの脳発達に及ぼす影響を中心に述べたい。

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 colchicineおよびvinblastineの神経活動に対する作用機序は,他の生物由来の神経毒とは,いささか趣を異にしている。colchicine,vinblastineともに数年前までは,もっぱら細胞分裂阻害剤,antimitotic agentとして分類されていた。小量でも連続して使用すると,中枢神経系に障害が現われるので,神経毒として取り扱う場合もあった。しかし,最近では,細胞内の微小管蛋白tubulinと結合して微小管構造を破壊するため,抗チューブリン剤,anti-tubulin agentと呼ばれることが多い。

 colchicineはユリ科のイヌサフランColchicum autumnale L. やこの近種の種子や鱗茎から抽出されるアルカロイドの1種である。古代ギリシャの町名Colchisから名づけられたといわれ,この町の郊外には豊富に自生しているそうである。5世紀頃にはアラビア人医師たちによって薬用に供されていたといわれる21)。構造式は図1Aに示してある。vinblastineはツルニチソウ科のVinca rosea L. から抽出されるアルカロイドの1種であり,水に難溶のため硫酸塩として用いられる21)。構造式が近似し,同一の作用を示す物質としてvincrystine,vinleurosineなどがある。構造式は図1Bに示してある。

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 カイニン酸(kainic acid,KA)は1953年にわが国の村上信三,竹本常松32)らにより海人草(digena simplex)より単離抽出され,その後合成された物質である。2-カルボキシ-3-カルボキシメチル-4-イソプロピルピロリジン(図1参照)という化学構造式を有し,分子量531であり,以前わが国では回虫の駆虫薬としてよく使用されていた。この物質はその化学構造が興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸(Glu)とよく類似しておりGluのagonistと考えられている。しかし,KAがGluと同様に作用しGluレセプターに親和性を有するかどうかについては,なお問題が残っている。KAがとくに哺乳動物中枢神経系に毒性作用を有するという報告は1974年にOlneyら27)がKAの末梢投与により,ラット視床下部弓状核を観察したのが最初である。その後,1977年頃から神経生物学領域で実験的にKA投与を行ない,中枢神経系のいろいろの領域を破壊し,形態学的10,18,20,21),電気生理学的15,31),神経化学的10,12),行動科学的6,16)に研究が行なわれている。現在までにKA投与により研究されている神経領域は,視床下部弓状核を中心とする視床下部領域に始まり19,27),網膜3,28),線条体5,22),海馬20,21,23,24,26),小脳11),嗅脳25)などである。

ボツリヌス毒 廣川 信隆
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I.ボツリヌス毒とは

 ボツリヌス菌***(Clostridium botulinum)の産生する毒は,きわめて強力な致死性を持つ蛋白で,人間の場合0.5〜5μgが致死量であるといわれる29)。この毒素は,DEAE-sephadexにより分子量約150,000のα成分と分子量約500,000のβ成分に分けられ,前者が神経毒で後者は赤血球凝集素である22)。ボツリヌス中毒の原因となるのは,この神経毒で,毒素の抗原性の違いから,ボツリヌス菌にA,B,C,D,E,Fの六つの異なった株が報告されている。地理的分布に差があり,またCとDは主に動物に中毒症状を起こさせるので知られている22)。神経毒は,さらに分子量50,000のA鎖と分子量100,000のB鎖よりなり,基本的にはジフテリア毒やテタヌス毒と同様な構造をしていると考えられる。この神経毒は,末梢神経系のコリン作動性神経系に作用し,骨格筋の麻痺や副交感神経系の麻痺を起こすことで知られる。この小論では,主にボツリヌス毒の作用機構について著者らがカエル胸皮筋(cutaneous pectoris muscle)の神経筋接合部を用いて行なった実験について紹介しようと思う13)

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1.はじめに―神経組織の酸性タンパク質とカルシウム結合タンパク質

 生物化学の究極の目的は,いろいろの生物のはたらきを化学的な機構に還元して理解することであるとされている。このような方向に従って,生物のさまざまの高次のはたらきについての研究が進みつつある。たとえば,遺伝についての理解,免疫についての考え方,発生あるいは細胞相互の認識の問題,筋肉収縮についての機構,神経パルスの伝達の機構など,かつては全く不可解と思われた現象についても,いちおうの考え方が出来上がりつつある。このような生物化学の研究の流れを概観すると,いずれも生体高分子の化学的性質にその理解を求めようというのが基本的な考え方であるように思われる。なかでも,このような研究の流れの中心に存在するのがタンパク質である。もちろん,核酸も,炭水化物も,脂質も確かに重要な役割を果たしており,これらが存在しなくては生物はありえないのであるが,その役割はむしろ静的である。すなわち,換言すれば,核酸,炭水化物などの生体高分子は,タンパク質によって動きを与えられているというべきである。この意味で,タンパク質の動的な変化を高次に組み上げて生物のはたらきを説明するというのが生物化学の研究の流れであると考えたい。

 しかし,現実には,研究の方向としては,生物のいろいろの作用を解析し,その作用を担う究極の物質として,対応するタンパク質を見出すというのが常道である。

14-3-2蛋白とエノラーゼ活性 加藤 兼房
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はじめに

 赤血球中のヘモグロビン,筋肉中のミオシンなどはそれぞれの器官に特異的に存在し,その器官の機能をささえ,特徴づけている蛋白質である。これと同じように神経組織には,その高次な機能をささえる特異蛋白質があるに違いないという観点から,蛋白質分画法の進歩に伴ない,多くの神経組織特異蛋白が発見された4)

 1965年Moore & McGregor38)はウシ脳の可溶性分画をDEAE-セルローズカラムクロマトグラフィーで15分画し,それぞれの分画をさらにstarch gel electrophoresisにて分画して,脳可溶性蛋白の"protein map"を作製した。そしてこのmapと他組織(肝臓)抽出液の"protein map"を比較すると,DEAE-セルローズカラムから高塩濃度下で溶出してくる分画(14,15分画)中に,脳に特異的に検出される蛋白質があることを見出した。14-3-2蛋白はこのうちの一つで,ウシのみならず,広く他種動物の神経組織中にも類似の酸性蛋白が存在し(nervous system specific),それぞれが免疫化学的に共通の抗原性を有する(species non-specific)ことが明らかになった37)

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 神経組織の特異的蛋白質の中でミエリン膜の蛋白は生体膜の構成蛋白として,また脱髄疾患の起炎性蛋白として興味を持たれ,最も研究が進んでいるものの一つであろう。とくに中枢神経系のミエリン蛋白は,原材料となる組織が豊富に得られ,比較的簡単に大量に精製が可能であり,塩基性蛋白に脱髄活性があることが明らかにされて,多くの業績が蓄積されている。すでに多くの総説1〜5)もあるので,本稿ではとくに最近の進歩について,筆者らが研究を行なっている末梢神経系のミエリン蛋白に重点を置いて記してみたい。

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I.はじめに

 わが国の多発性硬化症(multiple sclerosis,以下MSと略す)は,同緯度の欧米諸国に比較してその有病率が著しく低い(Okinakaら,1960;Okinakaら,1966;KuroiwaとShibasaki,1976)とともに,異なった臨床像を示す症例が多いといわれている(Okinakaら,1958;Kuroiwaら,1965;椿,1966;Kuroiwa,1967;黒岩ら,1970;KuroiwaとShibasaki,1973;Kuroiwaら,1975)。すなわち,日本人は欧米人に比して,初発時に視力低下を呈するものが多く,全経過を通じて視神経と脊髄が主として侵されるものが多く,また比較的急激に進行するものが多いというのである。しかしながら,従来行なわれたこの種の比較は,異なった施設からそれぞれ異なった神経科医によって報告された臨床集計に基づくものであった。この点,たとえば診断基準の相違や,施設による患者集団の偏り,臨床像の評価法や集計法の相違などが結果に影響を及ぼすことが考えられる。

 二つの患者集団を比較する場合に,いま同一分析者が同一手法を用いて行なえば,上記因子のいくつかの影響を克服することができる。

基本情報

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神経研究の進歩
24巻5号 (1980年10月)
電子版ISSN:1882-1243 印刷版ISSN:0001-8724 医学書院

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